鬼滅の刃RTA 上弦の弐単独討伐   作:一億年間ソロプレイ

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わりい、おれ死んだ(長すぎて分割)
それはそうと鬼滅の刃全世界の興行収入1000億突破おめでとうございます!
次回の兄上の生き恥パートも1000億行くといいですね!!!

ということでどうぞ


IF:どこかがおかしい本編軸の話④

 

「左近次、すまないね……。随分と、長い事、手を煩わせた……」

「いえ、お館様の為ならば。この老骨、喜んで手を動かしましょう」

 

 ごふ、と咳き込むのは当代の産屋敷。頭を下げるは天狗面の老人で、彼らの間には独特な形をした木の棒が二つある。

 円柱に棒を挿した様な形だ。人の足に例えると太腿辺りまでが円柱形で、膝から足先にかけての部位が楕円状の木材で象られているようにも見える。

 

「霧雲杉を使い、岩漆を施して耐久性を高めております。この形状であるならば人体の体幹も取り易いと、幾人かの隊士から言葉を頂きました」

「ふふ、ありが、とう……。可愛い、子供たちも、……足を失ったと、しても、戦って、くれて……、いるんだね」

「ええ。お館様から『義足』を造って欲しいと言われた時は、驚きましたが……。皆の助力あって、このように形に出来ました」

 

 およそ三年前、鱗滝左近次は産屋敷耀哉から義足の製造を願われた。

 『届けたい子がいる』。そう願われてしまっては尽力せずにはいられない。

 

「隊服と、日輪刀は……用意出来たかい」

「はい。依頼された隊服を裁縫係から受け取り、鍛冶師から刀を預けられております」

「うん。その二本の義足と、隊服、刀を……。三日後までに、賽河隊士の、部隊に、届け、て……おくれ」

「御意」

 

 鱗滝は言われた荷物をまとめてすぐにその場を去る。場所は事前に伝えてある。

 

(……君は、まだ、立ってくれるだろうか。随分虫のいい事を言っているとは、我ながら思うけれどね)

 

 病に蝕まれながら彼は祈る。

 義足を届けた先の男が――造られた両足を付けながらも、刃を取ってくれることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、酷いよね。あのお方ったら兄さんを踏んで……。痛くなかった? 潰れた所とかは無い?」

「奇妙なまでに手加減されていたから傷は無いよ」

「良かった!」

 

 はぁ、と鬼は男の片頬に手を添えて左目を見つめる。そこには虹とまではいかないが、光の屈折によって多様な色合いを見せる豪奢な義眼がはめ込まれていた。

 

「私とおそろいみたいで綺麗だね」

「毎回言ってて飽きない?」

「飽・き・な・い・の! えへへ、兄さんの元の目の色も綺麗だけどね」

 

 ぎゅむっと男の背後から抱き寄せる。人権も何も無い、ほぼほぼ玩具の扱いをされながらも男は顔色一つ変えない。

 耳元にそっと唇を寄せる。息の冷たさに皮膚が震えた。

 

「兄さん、そろそろ鬼狩りの一斉掃除が始まるよ。楽しみだね。――兄さんの姿も見せて良いって!」

「悪趣味……」

「後、全部終わったら鬼にしてくれるって。嬉しいね」

「ならないよ」

 

 ピタリと笑顔のまま鬼が固まる。

 

「兄さん? またそんな事言って……」

「ならないって言っている」

「……へぇ。やっぱりまだ希望なんか持ってるの? 鬼狩りが兄さんを助けてくれるって?」

 

 鬼は眉を寄せた表情をしながら両足の無い男を腕に抱え直してその頬に触れる。

 

「一度も来なかったのに? 信者として潜入もしてこなかったし、あの忍者の柱も来なかった。完全に見捨てられたのに、まだ希望を持っているんだね……。可哀想」

 

 ほろりと涙を流す鬼の手の中で、憮然としたまま男は少し目を伏せてから見つめ返す。彼女の手は切断面へと触れる。

 

「こんな風に足も無くなっちゃったらさ、鬼狩りなんて出来ないでしょ? 兄さんの力はもう足のあった頃みたいには無いし、筋力だって全然落ちてる。片目だって私が斬っちゃったから食べたし……。ああ、鬼殺隊にまだ心が残っているんだね。分かったよ。ちゃんと私たちが全部潰すから、兄さんは安心して鬼になって、私と一緒に過ごそうね」

「断る。まだ分からない?」

 

「何を?」と笑顔で聞き直すと――。

 

 

 ベン

 

 

「もうお前との道は分かたれているってこと」

 

 

 ベベン

 

 

 琵琶の音が二つ鳴る。男を持ち上げていた筈の童磨は無限城へ移動したが、手に男がいない。

 

「鳴女ちゃ~ん……。後でお話しないといけないね?」

 

 睡蓮の浮かぶ池と浮橋の間に連れてこられた童磨は兄を探す為に御殿の戸に手を掛けた。

 

 ――一方、男、仏塚文寿郎は別の場所に連れてこられた。

 周囲を見回すが鬼はいない。しかし。

 

(何故分断されたんだ……?)

 

 落ちる直前に見た鬼の顔は呆気に取られていたものだから、これが予期せぬ事態という事は分かる。

 そして、先程までいた寺院から無限城に繋がる道を作れるのは琵琶の鬼だけ。

 

(好機と見るか、遊ばれていると見るか……)

 

 透き通る視界が見渡すのはかつてない程の鬼の気配。そして人の気配。

 

(え、人?)

 

 縦横無尽に広がる戸に廊下、灯篭の明かりが薄暗く照らす世界。何度か見世物にする為に連れていかれた覚えがあるが、人の気配は一度もしたことが無い。

 部屋の隅に身を寄せているとこの部屋に繋がる廊下にいた鬼が幾人かの人間へと向かって行く。

 

 その内の一つが文寿郎のいる部屋に繋がる戸を開けた。その鬼は愉しみを見つけたとばかりに文寿郎を注視していた。

 ああ、不味い。そう思った時には鬼の頸が別れていた。

 

 刀を持った――鬼殺隊の隊服に身を包んだおかっぱ頭の隊士が気配を感じてか、此方を向く。

 

「鬼っ、じゃない……!?」

「あれ、賽河殿? え、賽河殿が生きてる……?」

「お前、は、おい、嘘ッ、文寿郎!?」

「「え、仏塚文寿郎……!?」」

 

 

「「「えええええええ!?」」」

 

 

 賽河の後から続いた隊士たちがその名前と、文寿郎の姿を見て大きな声が上がった。当然声に反応して鬼がやってきたが、洗練された動きで彼らは集まってきた鬼を討伐した。

 おや、と思いつつ、ひとしきり鬼の猛攻をしのいだ所で部屋に繋がる扉を閉め、二人ずつ配置して残った隊士たちがわらわらと寝そべる文寿郎に集まった。

 

「おまっ、お前、死んだんじゃ!?」

「あー、死んだことになってるんだ。実は生きてて、鬼の捕虜になってたんだよ」

「……あ、足が」

「うん。刀折られて、足も斬られちゃったからどうすることも出来なくてさ」

 

 ようやく落ち着いたのか、彼らは文寿郎の姿を見て、着物の裾から覗く筈の足が無い事に気付き息を呑んだ。

 ぷらんと持ち上げてみると「ひいっ」と悲鳴が上がるので、文寿郎は若干面白がった。けらりと笑う彼に反して、賽河はずっと苦々しい顔をしたままだ。

 

「そんな、どうして……」

「本当なんでだろうね」

「……なるほどな。道理でお館様経由で俺らに荷物が届いた訳だ」

 

 おい、と賽河が指示して、大きな荷を背負っている隊士二人がその風呂敷を解いた。

 中から出たのは隊服一式と日輪刀。そして……。

 

「そいつは最近隊で取り入れられた義足だ。錆兎(さびと)って奴が使い始めて、足を無くした隊士たちも(こぞ)って使ってる」

「義足……」

「ったく、俺にこんな面倒事ばっか回してくんじゃねぇよ……」

 

 小声の悪態に文寿郎は淡々とした顔で賽河を見上げた。

 黒い瞳が何か一つ、定めた様に落とされた。

 

「でだ。お前はどうする」

「どう、する?」

 

 大きく溜息を吐いて賽河が文寿郎と目線を合わせる為にしゃがむ。文寿郎は見たことが無い、彼の真剣な瞳。

 

「戦うか、戦わないのか」

「……」

「まぁ俺は? つうか鬼殺隊としては()()()()()()もしなきゃなんねーから、このままお前を護衛して凌いでやるさ。そんで、強い柱共が上弦の鬼と鬼舞辻無惨を倒しゃなんとかなる」

 

 意図を探る。どうしてこの男が、――普段ならばそっぽを向く筈の男が、自身の瞳をこうも強く見据えるのか。

 どうしてこうも、息が揺れる? 自身に知覚出来ない何かが彼の胸を乱している。

 

「警護なんてクソ面倒……なんでもねぇ。そこそこの鬼を倒して凌ぐつもりだったが、いいさ。肉盾あるしな」

「おいテメェなんつった?」

「やっぱお前クソだよクソ」

「賭博場ばっか行きやがって任務なあなあにする奴が何抜かしてんだよ、戯けが」

「あ、賭博狂いは治ってないんだ」

「うっせぇ!!!」

 

 ……ああ、そうか。この男は慮っているのか。

 脚を無くした己を、彼なりに。

 

 あは、と。文寿郎の口元が自然に上がる。……そうか、ずっと笑っていなかった。表情を見せるということをしていなかった。

 

 問いの答えはとっくの昔に決まっているけど、その時と今とでは、何かが違うかもしれない。

 

「いいや。折角のお誘いだけど、断らせてもらうよ」

「俺は鬼を狩るさ。――君達が狩れない鬼の分までね」

 

 不敵な笑みを浮かべた文寿郎は賽河へと手を伸ばし、力を求める手は取られた。

 

「そう言うと思ったぜ」

「義足があるなら話は別さ。大親友殿」

「ま、俺くらいじゃなきゃお前の親友やれねーわ。な、文寿郎」

「“さん”を付けろよおかっぱ野郎ォ!」

「んだと下っ端階級がこの(きのえ)の俺にそんな口利いていいと思ってんのか!」

「賑やかだなぁ! あっはは!」

 

 着せられた血が滴る様模の着物から隊服へと着替える。義足は他の隊士から付け方を教わりつつ、手を借りて装着出来た。

 隊服のシャツに腕を通す感覚に懐かしさを覚える。袴を付け、裾から見える足が義足だとしても――自ら立って動く感覚に、湧き上がる何かがある。

 

「そういえばこの刀って誰が使った物?」

 

 体に染みついた動きで刀を抜くと白い刃が見えた。――それが深みのある青緑色の刀身へ染まる。未使用品だったとは。

 

 周囲の隊士たちから「おお」と声が上がる。胆礬(たんば)の色合いとなった刀身はどの呼吸にも見られないもの。

 

「これ、もしかして霜の呼吸の色ですか?」

「かもしれないね。前握った時は水の呼吸の青色だったし」

「カッケェ! あの汚ェ茶色に染まって銅製の刀みたくなる呼吸とは違いますね!」

「おい誰だ俺の刀の色を汚いとか言いやがった奴」

「え、茶色……?」

「博の呼吸とかいう使えない呼吸の使い手なんスよ。たまにめっちゃ強い型出ますけど」

「分かったお前ら覚えておけ。全員減給してもらうようお館様に言ってやる」

 

 「告げ口とは卑怯な!」「だからいつまでたってもカス扱いのままなんだぞ!」と、温かい隊士たちの言葉に囲まれながら賽河は賽河で隊に溶け込んでいるようだった。

 

「ああそうだ。仕上げ」

 

 躊躇なく文寿郎が己の左目の眼窩に指を突っ込んだ。唐突な行動に悲鳴が上がる。

 そこに嵌められた義眼を取り出し、人のいない場所へと投げて軽く刀で両断した。

 刀の動きが見えず、もんげーと口を開けたまま彼らは文寿郎へと視線を向けた。

 

「大分遅くなっちゃったな~」

「え、あれで遅い方なんスか?」

「上弦の鬼って意味分からないぐらい早いからさ。じゃ、俺はここで。日輪刀とか義足とか運んできてくれて……、じゃないな」

 

 この言葉は適していない。ほんの少し頭を悩ませ、これだ、と口をついた。

 

「俺を見つけてくれたのが君たちで本当に助かったよ」

 

 随分と不思議な心地だ。人の思考を読み取って考えずとも、言葉が出てくる。

 

「ありがとう」

 

 初めての事ばかりで困惑もあるが、別に不快ではない。

 「はん?」みたいな顔をしながらも受け取った賽河は、文寿郎とは反対の廊下を向いた。

 

「この戦い終わったら賭場巡り付き合えよ。俺の財布代わりにな」

「え~? やだなぁ財布なんて。特等席から君が身持ちを崩していくのを見させてくれよ」

 

 ――続く言葉は無く、鬼を狩る為に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鳴女ちゃんどういうことかな……。さっきから同じ部屋に戻されるんだけど」

『あの方からの御命令ですので』

「兄さんと離したのも君だよね? 勝手な動きしてるって理解してるのかな?」

『勝手な動きが多いのはどちらの方でしょうか』

 

 この無限城は鳴女の血鬼術で形成された異空間。言い変えれば此処は全て鳴女の腹の中ともいえる。

 幾ら上弦といえど無限城の構造を変化させたり、好き勝手に出入りする事は出来ない。重たく溜息を吐いて部屋の中央で鬼狩りを待つことにした。

 

 それを見て鳴女は御殿の入り口の繋ぎ目を元通りにした。

 琵琶を構えた彼女は無限城で繰り広げられる戦いを見つめている。無限に広がる空間の主には隊士が何処に隠れていようが、群れている数さえも分かる。

 

(こんなに騒がしいのもですが、普通の演奏は久しぶりでしたから)

 

 悪趣味な上弦の弐によって捕虜にされた鬼狩りの男。

 常に飼い主である弐が持ち運んでいたのだが、他の鬼へちょっかいを掛ける為に下ろされた時が一度だけあった。

 彼は気怠げに周囲を見回すと、少し離れた場から佇む鳴女を見つけた。

 

「そこの琵琶の方、良かったら何か曲でも弾いておくれ」

「人間と話すつもりはありません」

「だが、暇だろう。俺もあの鬼に放置されて暇だ。慰みに何か音でも聞きたいのさ」

「……」

 

 ――たまたまですので。たまたま、その時に『琵琶を血鬼術ばかりに使用して、本来の琵琶の音を聴く奴がいない』とか気付いただけですので。

 その後、「良い音色だ」なんて言われて、三曲披露してあげたことなんてありませんから。

 常日頃「どいつもこいつも好き勝手使いやがって」とか思ってませんよ。特に弐とか伍とか。

 

(あの方からは上弦を各地に配置し、鬼狩りの柱を当たらせろとしか御命令されてませんので。別に足の無い人間については何も仰せにはなっておられませんので)

 

 薬を珠代に刺された直後の無惨では、鳴女とコンタクトを取る事もその思考を傍受する事も出来なかった。

 だが遅かれ早かれ、鬼の滅ぶ時はすぐそこまで迫っていた。

 彼女は逃れ者が作ったジャリ鬼の指を頭に突っ込まれるまで、適度に妨害しながら戦いの場を変形させたり好き勝手に過ごすことにした。

 

 鳴女、最後のオンステージであった。

 

 

§

 

 

 ただ予感はあった。鬼の気配も静まる中、睡蓮の花が乱れ咲く場所とその中央に建つ豪奢な造りの御殿を目にした時から。

 

 情報は共有していた。炎柱が戦った上弦の参の姿も、平隊士が土下座して油断させた所で応戦した上弦の壱も。

 壱と参はどちらも武人気質。なれば、見せかけの極楽を(かたど)るこの場所は――教祖の『弐』だと。

 

 建物の奥へと進む度、これまで以上に鍛錬を積み重ねた事を振り返った。

 毒の研究も行った。数多くの人を助けた。数多くの人を助けられなかった。助ける命を選んだ事もあった。助けた人から(なじ)られる事もあった。

 

 そうして目にしてきた、たくさんの人の中に一人の姿を思い浮かべた。

 生きているのか、死んでいるのかも分からない人。けれど最悪だけは想定していても……、どうか生きていて欲しいと思う人。

 重厚な扉の向こう、静かに冷気が帯びているのが分かる

 

 

 相手も分かっている。彼女も、分かっている。

 

 

 歩く度に体温を高く維持し、不必要に力を込めない様に、息を漏らさない様にするのが大変だった。

 初手が肝心。彼女は刀を抜き、左手で扉を素早く開けた。

 しのぶへ襲い掛かるは冷気。目を閉じて素早く冷気の壁を突き破り、抜けた所で目を開いた!

 

 この部屋の中央、ガラスの天窓の下で輝く怨敵がしのぶを見て目を細めた。

 敵の位置、冷気の場所、――そして相手の筋肉を見て動きを予測した彼女は息を大きく吸い、沸騰する血を体に巡らせながら脚に力を込めた。

 

 限界まで鍛え上げられた体と極められた呼吸。

 これまでの積み重ねが彼女の背負う白い羽織さえ姿を消す速さを与えた。

 

 鬼は目を見開かせながら、しのぶの初撃を許した。

 

 蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡き

 

 刀における切先(きっさき)刃区(はまち)だけを残した独特な形状の刃が深く心臓を突き刺し、冷気を伴う扇の払いを避ける為に抜かれた。

 回避中に黒鞘からもう一本の刀を抜いて、初撃に使用した刀は線のある白鞘に納められた。

 冷気が体を過ぎ去ってから、しのぶは刀を構えながら口を開いた。

 

「随分と手荒い歓迎の仕方じゃない」

「……わあ、驚いた。最近の虫は素早いだけじゃなくって喋りもするんだ」

「長く生きていると毎日が楽しそうで何よりですね。お婆さん」

「ああ、本当。最近は毎日が楽しくて仕方ないんだ。君の様におしめも取れていない小娘には分からないだろうけど」

 

 両者ともそれは見るものが見れば惚れ惚れとする笑顔だが、言葉には棘を隠していない。

 冷気が漂う事も相まって空気がかなり冷え込んでいる。それこそ霜さえ降りそうなぐらいだ。

 

「未だに腑抜けた教えを布教して、集まってきた信者を救っているらしいじゃないですか。いやはや、最近はなんと! 教祖様の兄君もいらっしゃるとかなんとか。私、どうにも興味が出てきたものですから――貴方のお兄様の居場所、教えていただけません?」

「鬼殺隊ともあろう組織が、まさか上弦の鬼の居場所を知っていながら放置するなんてね。そこまで人材に乏しい組織だとは思っていなかったよ。そんな所にいただなんて、兄さんの苦悩が偲ばれるよ……」

 

 鉄扇で顔を隠し、童磨は瞳を潤ませて涙を流す。うぅ、と肩を震わせて空いている手で頬へと流れる雫を拭う。

 

「可哀想な兄さん。弱い奴に群がられて、力だけを必要とされて、……でも誰も兄さんの真実を知らない。ああ……、なんて可哀想」

 

 しのぶは背後から一直線に伸びる気配をしゃがんで避ける。扉の入り口に設置されていた蓮がその蔓を伸ばしていた。

 そして床に落ちる黒い影に気付いた彼女は咄嗟に橋から池へと避ける。人を容易く貫ける鋭さの氷柱がしのぶ目掛けて落ち、橋を深く貫通していた。

 

「お前に教えると思う?」

「殺してから吐かせるわ」

 

 血鬼術 寒烈の白姫

 

 睨みつける様に笑い、肺に空気を溜めてから呼吸を止める。童磨の背後から女の氷像が現れ、フゥと煌めく吐息をしのぶに向けて吐いた。

 しのぶは避けてその場を振り返ると、真白に吐息の部分だけが凍り付いた池が見えた。

 

(あの氷像の吐息に一瞬でも掠れば壊死は確実……)

 

 続いて、氷の花弁が緻密な渦を巻いてしのぶへと吹き荒れていくのが見えた。彼女の予想以上の速さで接近してきた渦を避けられず、咄嗟に呼吸での回避を試みる。

 

 水の呼吸 弐ノ型 水車

 

 迫りくる花弁を斬りつつも細かい切り傷を負ってしまった。しのぶは接近を試みようとするが、すぐに造られる氷の蓮や氷像によって近付くことが困難だ。

 『水面斬り』や『水流飛沫』などによって相手の攻撃をいなしはするが、じわりと追い詰められていく。

 

「ほらほらどうしたの? どうやら上達したのは口だけだったみたいだね」

「じゃあ貴女がそこから動いたらどうなんですかー? あ、すいません。御老体ですから動くのも辛いんですよね? すいません。ついうっかり事実を言ってしまいました!」

「それで挑発のつもり? 可愛いね。微塵も面白くないよ!」

 

 しのぶが飛ぶ。先程までいた場所に氷柱が音もなく落ち、氷の蔓が鋭さを増して吐息と氷の花弁を大立ち回りで避ける彼女を追尾する。

 今の所、しのぶの方が速度は(まさ)っているが、疲労が蓄積すれば追いつかれる僅かな差だ。

 

(蓮も氷像も壊せるだろうけど……、壊した所でまた造られる。鬼は疲労した所ですぐ回復するけど、私はいつまでも逃げ続けてはいられない。吐息も厄介だ。蔓に掴まれば装備は奪われるだろうし、身動きが取れない所を甚振られる可能性もある)

 

 鬼と人との戦いで持久戦は以ての外。人間は何としてでも鬼の頸に刃を突き立てねばならないし、鬼はそうはさせまいと的確に此方の行動を潰してくる。

 逃げ続ける中でしのぶは白鞘を何度か()()()()()()。――毒を調合できる仕込み鞘を。

 

 とん、とん、とん、と橋を渡り避けていくしのぶの目の前で壁が吹っ飛んだ

 彼女は止まって背後から追尾する蔓を斬り落とし、()()()()()方向を見た。

 

 待っていましたと言わんばかりの笑顔を浮かべて。

 

「お待たせ、しのぶ!」

「姉さん!」

 

 ――胡蝶カナエが爆発と共にやって来た。

 だが……、ここまで大きな爆破と共にやってくるのはやり過ぎでは?

 しのぶはちょっぴり訝しんだ。

 

 

§

 

 

 慣れなかった義足をものの数分で使いこなして見せた文寿郎は童磨の気配目掛けて走っていた。

 

(やっぱ大分筋力落ちてる。分かってはいたけど……、どう立ち回れるか、かな)

 

 彼の視界はとうに透き通っていた。建物のありとあらゆる場所から気配の強い鬼の居場所を探る事は簡単とはいえ、全盛期よりは落ちた体力と義足とで長い距離を移動するには骨が折れる。

 文寿郎の右側には何ら廊下も鬼の気配も無かった。だが、突然扉へと変わりその向こうから二、三匹の気配を感じる。琵琶鬼の妨害だ。

 

 開かれた戸から大柄な鬼が現れて文寿郎を視認――した時点で彼は即座に刀を抜いていた。シィァァと風が吹き荒れる。

 

 風の呼吸 捌ノ型 初烈風斬り

 

 風の刃が鬼たちを縦横無尽に切り裂いた。平隊士からすれば十分強いように思うが、上弦と戦うにはやはり心許ない。

 廊下を通り抜けて無造作に並ぶ建物の数々を見やる中、文寿郎は咄嗟にその場から飛んで建物と建物を繋ぐ(はり)へと移動した。

 

 文寿郎がいた場所には砂埃を上げながらめしゃりと床や柱を巻き込んで大きな穴が開いていた。その中央に――全身に刺青の入った鬼がいる。

 

「ほう、今のを避けたか。飼い殺しにされていたとはいえ、良い身のこなしだ」

 

 不遜な物言いをする鬼は獰猛さを宿して文寿郎へと振り向いた。じろりと文寿郎の体を眺め、平坦な足を見て目を細める。

 

「それは義足か? そして隊服を着ている。――お前はもうあのいけ好かない女の所有物ではないという事でいいか?」

「最初から俺は所有物じゃないって、その武術しか入らない脳味噌でも理解出来なかったのかな」

「はは、そう喚くな。元々お前から感じる闘気は気になっていた。そして、今、丁度良い事にお前は寝返っている」

 

 こき、こきり。今すぐ手を出したいとばかりに指を鳴らす鬼の『上弦』『参』と瞳に入った金色の瞳はしっかりと文寿郎を捉えている。

 逃げる隙は見当たらない。為すべき事の前に現れた壁に心の中が苦々しさで満ちる。

 

「つまり戦っても良いという事だな。実に素晴らしい」

「……邪魔だなぁ」

 

 雷の呼吸 壱ノ型 霹靂――

 

 刀を抜かず、脚に力を溜めて移動する『霹靂一閃』の動きによって猗窩座の一撃を回避する。

 

(より力を出せる筈だけど、俺で避けられる速度に調整している。……また遊びか)

 

 上弦の参は強者との戦いを求める……、という話を童磨から世間話で聞いていた文寿郎は即座に力の差を理解する。

 真正面から斬り合うのは避ける。この複雑な構造の無限城を利用し、撒く他無い。

 目前に迫る戸を斬り開いてその破片を後ろへと蹴る。ちら、と見れば涼しい顔で払い、笑顔で鬼は追いかけている。

 

「どうした? 戦わないのか?」

 

 迫る風圧を感じて横に逸れると隊服の端をチリと焦がす。たった拳の一振りで凄まじい圧。――それが今も背後から六、七は振るわれている。

 

 風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵嵐

 

 地上から天井へと向けて斬りつけ上部へと移動する。続いて移動しようとした先で、隊士たちが鬼と戦っているのが()()()

 暫し考える――、そして文寿郎は左側面から見える穴へと体を落とした。

 

(ああもう、回り道になるんだけどな)

 

 同じ様に文寿郎を追いかけ飛び込んでくる鬼目掛けて少々の時間稼ぎを試みる。

 

 炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり

 

「これは杏寿郎も使っていた型だな! はは、多彩! そして面白い! お前は幾つもの呼吸を使うようだな!」

「そう」

「そして実に極められている。……全盛期のお前とも戦いたかったものだ!」

「俺は御免被りたい」

 

 水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・乱

 

 炎の壁を煙幕として鬼からの視線を隠し、その間に文寿郎は息を切り替えて――壁や柱といった建築物に最小の面積で着地しながらすぐに移動する。

 

 下へ下へと動きながら先程まで走っていた方向とは逆へと切り替えている。自然、猗窩座との距離も近付いてしまう。

 

 離れていた二人の距離は縮まり、文寿郎へ振り下ろされる踵を咄嗟に刀で防御した。空中かつ踏ん張りが効かず落下速度が加速していく。

 重力と受け止めた力の重たさに文寿郎は息を詰めて耐えた。

 

(ただの打撃を受け止めるだけで……重たい)

 

 ――脚を無くして尚刀を取った男を見る鬼の眼差しは、憐憫に溢れていた。

 猗窩座と文寿郎がこうして話すのは今日が初めてだ。

 文寿郎は常に童磨の持ち物の様に運ばれており、猗窩座はそれを遠目から見て――出来る限り童磨を避けた。

 

 自らより後に鬼になった女。それが元々上弦の弐だった猗窩座を引き摺り落とした事も気に喰わないが、隊士の足を斬り落として『兄』と執拗に呼び慕い、見せびらかす頭のおかしい女とは関わり合いたくなかった。

 だというのに当鬼は猗窩座を『親友』と呼び、馴れ馴れしく話しかけてくる。

 

 そして……ぼう、と。童磨に連れられている際は人形の様に、無機質に。己らを見つめる文寿郎に気味の悪さを感じたのもある。

 人は、あそこまで虚になれるものなのか。そう思った時もある。

 

 だが今は、その人形の瞳には生気があった。

 脚には義足を着け、刀を取り、滅の字を背負って鬼と対峙している。

 ――寝たきりだった人間が、初めて自らの足で立って一日を過ごせたと。喜ぶ誰かの姿が被る。

 

 憐憫の中に、何故か懐かしさが混じるのが対面する文寿郎には見えた。

 

「ああ、そうだな。両の足で立てるのは、嬉しいだろう」

「……まぁ、嬉しいね」

 

 何かを思い出す様な目。激しい闘争心による表情ではなく、何か雰囲気の違う表情。

 

(変な鬼)

 

 そう考えて文寿郎は次の手を考えながら、落ちていく。

 

 

§

 

 

(小賢しいな)

 

 童磨としのぶであったらそのまま遠距離からの攻撃で押し潰せていたが、後からカナエが合流した今は状況が一変していた。

 

 まず両者は柱。鬼殺隊において上位の実力を持つ者たちであり、――中でも長く柱の座を守ってきた者がいる。

 花柱、胡蝶カナエ。彼女は穏健でありながらその実力は高い。共有された鬼の記憶から見ても欠点という欠点が『人間の身体機能を有している』という点しかない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。着実に積み上げていった努力と鍛え抜かれた才能、豊富な経験が戦いの場に於ける最適な動きを出力していた。

 

 次に、両者は肉親。他人となる隊士よりもお互いがどう考えているかを読み取りやすく、信頼の上で行動に出られる。

 妹が攻めに出れば姉はその補助に回る。――やりづらい事この上無い。何発か貰ってしまっている。

 

 三つ目は両者に見える()。片羽の蝶にも見える痣はしのぶには最初からあったが、カナエは後から痣を発現させた。

 その後、格段に身体速度が上がった。此方の動きを予測して防御する事も増えた。留意しておくべき点だろう。

 

 そして四つ目。

 先程からしのぶが扱う武器は普通の形状をした日本刀。――初手で使った反りの少ない、独特な形をした刀を使用したのは一回きり。

 最初、その刀が収まるのは白鞘で、普通の打刀が収まるのは黒鞘だった。

 

(今は()()()使()()()()が黒い鞘に収まっている。……何かあるかな。入れ間違えたとかではなさそうだよね)

 

 花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬

 

 幾つかの斬撃が腕に入る。すぐ治りはするものの苛立ちは募る。

 爆破で部屋に穴を開けられたのも大きい。冷気を充満させてじわじわと窒息死させるつもりだったというのに。

 ああ兄さん。兄さんの姿を見たい。あいつ等に見せつけてやりたい。そして……。

 

(……?)

 

 何かが引っ掛かる。そちらに思考を割く為、僅かに手加減をしていた童磨からその制限が取れた。

 童磨を見上げたしのぶを、無機質な瞳が見下ろした。――得体の知れない濁りを宿す黒さに背筋が凍る。

 

「しのぶっ!」

 

 固まっている場合では無かった。即座に呼吸を止め、瞼を閉じていなければ。――姉がいなければしのぶの全身が凍りついていただろう。

 

 彼女たちは()()()()()()()()()。それが作られるまで一秒も無かった。

 

 

 

 

 血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩

 

 

 

 

 天井にまで届く巨大な氷の仏像が一瞬で作られた。――相手から容赦が無くなり、相手が本気で人間を殺しに来たのだと理解すれど体がその場で震える。

 その氷像が放出する冷気は今までの技の比ではない。二人は氷像から一旦離れ、息を整える。高い体温を鎮める様な冷気に負けず、その血を巡らす事に集中する。

 

「あのさぁ。さっきから君、何かしてるよね?」

 

 遥か高くから声が投げかけられた。かちかちと、口を震わせていたしのぶは(おもむろ)に黒鞘から白鞘へ独特な刃の刀を収め、空いた黒鞘にこれまでの戦いで使っていた打刀を収めた。

 

「今更気付いたの? 随分と鈍かったじゃない」

「たかが蚊に血を吸われた程度なら気にしないんだけどさぁ。どうも思考が乱されるから……、毒でも塗ってたのかな?」

「ええ、毒よ。効能が何かは教えてあげないけど」

「その白い鞘で毒を調合って所かな……。うーん……、もう十分に遊んだからいいか!」

 

 鬼の酷薄な笑顔と共に仏像の手が下る。

 

「しのぶ」

「分かってる、姉さん。……信じてる」

 

 この日の為に積み重ねてきた努力を。私を。姉を。……この鬼に()()()()()()()事を。

 

 仏像の手が彼女たちを押し潰す前に、二人はばらけてその攻撃を避けた。

 

 ――上弦の鬼、童磨を殺す為に幾度も思考を重ねた。実際に戦った姉と音柱の意見も交え、そしてしのぶ自身が受け取った所感から考えた。

 

(この鬼の毒殺は不可能だ)

 

 例えしのぶが藤の花を食らって、その全身に毒を巡らせても――そうしなくても、童磨はしのぶを食べない。

 塵の様に捨て置いて腐る様を見る。根拠は無いが確信すらあった。

 だからといって他人に毒を仕込ませて食わせるなど言語道断。カナヲが手を挙げようとしていたが下ろさせたし、挙げた所で採用しない。

 

 しのぶが研究の末に発明した『藤の毒』。多くの鬼に使用し、致死量さえも導き出した。

 

 強い鬼ほど毒を解毒しようと動き、耐性を付け始める。耐性が付くまでの時間も短くなり、強力な個体は一度に毒を多く摂取させなければ死に至らない。

 下弦で試した事は無いが、もし上弦の鬼を毒殺しようとするなら致死量の何百倍もの毒を摂取させなければならないだろう。

 しのぶが鉄河原鉄珍と相談した上で作った刀で打ち込める量は50mg程度。耐性を取得させない間という限られた時間の中、50mgの毒を何度取り込ませればいいのか……、という話になる。

 

 総合的に考えた結果、しのぶは開発していた()()()()()()()()()

 

 鬼殺隊の中でも毒の知識が豊富な音柱との話、様々な書籍を読んでより薬学を極め、そして最終決戦直前になって彼女よりも経験豊富な()が協力してくれた。

 彼女としのぶが求める毒の効能は同じタイプ。偶然にも合致していた。

 

 『毒殺』ではなく、『弱体化』させる為。

 殺すのではなく、――その()()()()()()()()()()()()()()()を。

 

 壁にて全身の力を溜めた彼女が毒剣の柄、白鞘に収められた刀を握る。

 

 

 

 「蟲の呼吸 蜈蚣ノ舞 百足蛇腹」

 

 

 

 お願いとは言わない。縋らない。自分の歩みが正しいのだと信じて。

 今此処で、確実に叩き込む。

 

 彼女が軽やかに飛び立つ。壁は一つの小さな足跡を残して、悍ましい程の罅割れを引き起こして割れ落ちていく。

 轟音を立ててしのぶは氷像へと移る。氷像から発生させる冷気が体を凍てつかせる前よりも早く、動いている。

 

 童磨の持つ技の中でも随一の硬度を誇る氷像にさえ亀裂を生む踏み込み。童磨は一気に彼女の警戒度を上げた。

 

 血鬼術 結晶ノ御子――散り蓮華

 

 合わせた扇から四体の御子を作り出し、しのぶのいる方角へと氷の花弁が逃げ場の隙間さえ無く散らされた。

 

(速い。今まで加減していたということ? ――彼女の筋肉量で出せる速さと力じゃない)

 

 和やかな声が響く。

 

「あら、私もいるってこと忘れてない?」

 

 水の呼吸 参ノ型 流流舞い

 

 血鬼術 枯園垂り

 

 水流を思わせる鮮やかな剣戟が四体の御子たちの体を刈り取った。しのぶに回避する余地が生まれ、鬼は思考よりも早く体が動いた。

 冷気での煙幕『凍て曇』を発生させつつ声のする方へと婉曲する氷柱を発生させながら扇の攻撃を振舞う。

 

 ――そうするのだと、彼女には動きが見えていた。

 眩い光を持つ瞳は透けた世界を見通していた。

 

 花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 

 童磨の行動は阻害され、扇を持つ腕が両断される。

 即座に腕を繋げ童磨はカナエと応戦するも、しのぶの姿を見失っていた。

 

(動きの予測。攻撃の妨害。何より冷気を吸わずに息を止めて型を出す? 気が狂ってるとしか思えない。どちらかを対処しようとすれば片方が的確に視線を集める。――本当に邪魔だ)

 

 しのぶへと警戒を上げた瞬間、カナエは童磨のいる蓮の玉座まで登り、妹への攻撃を阻害し目を晦ませる。

 ただ呼吸させる隙を与えなければと思った所で、一瞬だけ思考の淵へと動いてしまった――彼女が視界に現れた。

 二人の居る玉座、――あまりにも低い姿勢で。

 

(低い。姉の方が離脱、その陰に隠れて)

 

 

 

 いや。――天井!

 

 

 

 姉に隠れたしのぶは童磨の動体視力さえ超えて天井へと飛んだ。

 

 この時になって、初めて童磨に焦りが生まれる。

 彼女が天井へと移る姿が捉えられなかった。そこから導き出される答えに狼狽(うろた)えながらも防御の姿勢を取った。

 

 

 

 

 

「死ねッ!」

 

 

 

 

 

 この世の怒りという怒りを詰めた、激情が下す一撃が――右目から全身へと突き刺さった。

 体内が毒液を取り込んだ瞬間、思考も儘ならない内部の痛みと共に()()()()()が起こる。

 天井から童磨へと落下したしのぶは彼女の体を足蹴にしながらその場を離れた。

 

(動け、ない)

 

 全身の筋肉が痙攣して動けない。激しい激痛に気が散る、動悸が荒く、解毒しようとする鬼の背後から――気配。

 

「さようなら。可哀想な女の子」

 

 

 花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

 

 童磨の頸に、花の一閃。

 

 その鬼は防御を取ることさえも出来ず、頸を跳ねられた。

 

「い、や……!」

 

 力の維持が出来ない。急速的に抜けていく。全ての力が――消えていく。

 がらんと崩れ落ちていく氷の仏像。認めがたい、事実。――上弦が小娘二人程度に遅れを取ったなどと。

 

 増してや、喰わずに遊んで殺そうとしていた小娘の、毒で!

 

「こんな、……いや、いや、嫌だ……」

 

 落ちた首は床へと転がり、ぷつぷつと消えていく鬼の顔が不意に前へと目線を動かす。それは体中を凍てつかせた、満身創痍の少女。

 かつて(まみ)えた時と違って堂々とした威風を持って童磨の前に立っていた。冷気よりも冷たい視線でもって、彼女を見下ろしていた。

 

「お前の負けだ。とっととあの人の場所を吐け」

「……負けて、ない。負けていない、私は。私は、()()()なんかじゃ――!」

 

 ――鬼の首は錯乱したままの様子で、うわ言の様に言葉を零しながら消えていった。

 それを見てしのぶは大きな舌打ちをし……、それから大きく息を吐いた。

 

「終わった……」

「しのぶ、お疲れ様」

「姉さん……」

 

 力を抜けたしのぶが顔を上げると、彼女と同じく無傷では済まなかったカナエが彼女の元へ歩いてきた。姉の美しく艶やかな髪が歪な形で斬られ、体にはしのぶへの攻撃を受け止めた生傷があった。

 カナエの痛ましい姿と、やるべき事を果たした安堵によってくしゃりとしのぶの顔が歪む。

 

「終わったのね……」

「ええ。よく頑張ったわね、しのぶ」

「ありがとう、ありがとう……姉さん」

 

 ――何も動きは無かった。上弦の鬼は倒された。

 

 姉妹はそこで、お互いを抱き締めた。戦いの余韻を分かち合う様に、伝わる体温が発熱時よりも高い事に眉を顰めながら。

 しのぶは少し、今の時ばかりは姉の首筋に浮かぶ痣を見たくなくて胸に顔を埋めた。甘えたな様子を見せる妹に「あらあら」と微笑ましい声が上がる。

 

「きっと仏塚くんは生きているわ。よしよし」

「……うん」

「この戦いが終わったら探し――」

 

 香る臭いに緩んだ感覚が引き攣る。

 

 戦いが終わった場には似つかわしくない、血の……。

 

「え……?」

 

 しのぶは体を離すと、自分たちに影が落ちていた事に気付く。

 

 

 

 ――頭の無い、長身の体。

 

 

 

 濡れた上弦の弐の肉体が、手にした扇でカナエの左腕を斬り落としていた。

 

 

§

 

 

白橡(しろつるばみ)の頭髪は無垢な証。この子は特別な子だ」

「きっと神の声が聞こえてるわ」

 

 両親はしきりにそう言って、私に常々『神の声』というものを強請った。

 そんな物は一度だって聞こえないと、何度も言っても両親は「()は聞こえないんだね」と私を宥めるばかりで、話を聞こうともしなかった。

 頭が可哀想だから事実を受け入れられないんだね。幼いながらに悟った事だった。

 

 私は賢くもあったから、『神の子』として振舞っていると父親は「教祖の座を私に譲る」と言い出した。母親も同意していた。

 「神の子」こそ衆生を導くに相応しい、なんて言って。本音はそうじゃない事をよく知っている。

 

(あの教祖になる為の儀式とかって、面倒だったな……)

 

 儀式という名目で拓かれてしまってからは、全てがどうでもよくなっていた。

 彼等はこんな頭の悪い宗教にまで縋る程追い詰められた人間だから、私が適当に話を聞いて同情を寄せる顔をするだけで酷く私を拝んだ。

 

 色彩の珍しいだけの子供が浮世離れして見えるぐらいだから、きっと人生に於いて良い事が無かったんだろう。年数を重ねようが人生経験の数が比例しない程に乏しい生を生きてきたのだと、私は泣いてあげた。

 

 信者を受け入れ、教祖を止めてから激しくなる父の女遊びを受け入れ、母親の嫉妬の籠る視線を受け入れて。

 ああ、どうにもならない、つまらない人生だったの。その日まで。

 

 ある時、池を覗いた。「蓮の花が美しく咲きました」と初老の庭師が言うものだから覗いてあげたんだ。

 花を見て綺麗だなんて、一度も思った事無いけど。

 

 最初は花を見ているだけだったのに、私の視線は――水面に映る“誰か”に向いていた。

 

 そこに映っていたのは私では無かった。同じ顔をした“誰か”。

 色褪せた目と黒い髪をしていた。鮮やかな私とは反対の、色を持っていた。

 

『お前が生まれなければ。お前の代わりに死んだ子が、生まれたら良かったのに』

 

 首を絞められながら紡がれた言葉が不意に浮かんで、――強く強く惹かれて手を伸ばした。

 この子供は“誰か”じゃない。私の代わりに死んだ子供。

 あまりにも弱かった私を、生かした。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 生まれて初めて強い衝動を持った。其処にあるのはただの水、手を伸ばしたとしても彼に繋がる訳は無いのにそれでも伸ばさずにはいられなかった。

 

 だから、周りが見えていなくて池の淵から体が落ちてしまった。大きな飛沫と共に体が濡れて不快だったけど。

 歪む水面に映る、その人があまりにも、……優しく笑うから。

 邪な欲も、憎しみもなく笑うから。

 

 誰だって私を通して“何か”を見ていた。父親は無垢な少女を、母親は死した子供を、信者は己を救う御使いとして。

 あんな真っ直ぐに私だけを見てくれるのは、その人だけが初めてだった。

 

(兄さん、どうか私と生きて)

 

 地獄でそう言っても兄さんは困った顔をして私を送り返したから。

 

(兄さん、どうか私と一緒に苦しんで)

 

 兄さんと一緒にいる日々をいつだって考えた。私の隣にいる兄さんがずっと笑って、一緒に悩んでくれることを望んだ。

 

(兄さん、どうか私の苦しみを味わって)

 

 兄さんのせいで私はこんな頭の悪い両親の元に生まれてしまったのだから。

 兄さんのせいで私は貴方以外の人間から偶像として望まれるだけの生を生きているのだから。

 兄さんのせいで、私は胸がずっと苦しいのに。

 

 貴方はいつまでも水面の奥で伏せた目で見ているだけ。元は同じ一つの命なら、どうか私と一緒に生きて苦しんで。

 

(ようやく兄さんを手に入れたのに)

 

 この世を見ている癖に救いもしない御仏か神か、そのどちらでもいいけどこの時ばかりはその存在を讃えた。

 だって死んでいる筈の兄さんが生を受けて、私の前に現れてくれた。

 人の道から外れたら来てくれると思ったの。兄さん、私一杯頑張りました。たくさんの信者を救ってあげて、食べてあげたんだ。

 

(死にたくない)

 

 兄さんのいる生活はとても幸せに満ちていた!

 両手を縛って全部食事を食べさせてあげた。潰した左目の代わりに、私と似たような色合いの義眼を作らせて嵌め込んであげた。

 服だって色んな物を着せ替えたし、日が昇っている内は一緒に体を寄せ合って寝ることもした。

 

 無くなった足の傷で苦しむ兄さんを看病してあげた!

 兄さんの全てを、私がお世話してあげた!

 

(それでも兄さんは私を妹と呼んでくれない。家族って呼んでくれなかったの)

(出しゃばる小娘にはあの笑顔を向けたのに。私の前では一度も笑ってくれないの)

 

 ――酷い、酷いよ兄さん。

 

 首を斬られた筈の意識が戻り、体が繋がる。好都合な事に私の体は氷像に紛れて池に落ちていた。

 

 濡れた体が気持ち悪いなぁ。でもね、こんなのは乾かせばいいだけ。

 

 小娘もその肉親も鬼狩りも全部全部殺し尽くしてから兄さんを探して、あの方に留意していただいた鬼化を施してもらう。

 そうすれば、ずっと一緒!

 

「一生を私と共に生きよう、兄さん!」

 

 鬼の弱点をも超えて、私は兄さんと生きる!(ほんとうに?)

 

 本当に私は生を望んでいるの?

 

§

 

 

 カナエの左腕が斬られてからの動きは早かった。しのぶは酷く疲労した体を必死に動かして童磨の腹を蹴って距離を取った。

 

「姉さん止血を!」

「……!」

 

 く、としのぶは息を止めて冷気を纏う扇の薙ぎ払いを避ける。呼吸を止めた状態が長く続かない。は、とすぐに息をしたくなる。

 

「なんなのよ、頸切れたっていうのに、動くんじゃないわよッ! 馬鹿野郎ッ!」

「君たちの強さと作戦はよく分かったよ。毒の効能も凄かった、回っている事にも気付かなかったよ。後、その刀でも毒を私に取り込ませていたんだねぇ」

 

 応戦しているしのぶが手に取ったのは黒鞘に収めた日輪刀だ。

 この刀には(とい)を掻かれている。刀の棟にすっと伸びる一本の溝は優麗さを出すだけではなく、刀身の強度を保ちながらの重量を軽減する。少しでも荷を軽くする為の、鉄地河原鉄珍が考案したものだった。

 

 そしてこの刀を白鞘――毒を調合する為の仕掛け鞘に入れると樋の中を毒液が伝い、此方も()()()となる。その量は10mgにも満たないが、この作戦に於いては必須の仕掛け。

 毒剣は一つと思わせつつ、此方の刀でも少しずつ毒を取り込ませる。

 作用しない毒液が全身に巡った所で()()()()()()()()

 そして、しのぶではないもう一人が毒で固まる鬼の頸を斬る。

 

 作戦は上手くいっていた。――相手が頸の弱点を克服した事以外は。

 

(全部見破られた。あの毒はもう効かない!)

「うんうん。涙ぐましい努力の結晶に私も感動して、とっても大事な事を思い出せたよ。思い出すというより再確認かな?」

 

 冷気の無い所で息を吸う。それだけで落ち着ける筈が無い。カナエの腕が斬られた、鬼が弱点を克服するという異例の事態だって起きた。

 怒り、動揺、悲嘆。様々な感情で体が止まりそうになる。それを(こら)えて呼吸をする、型を使う。

 

 水の呼吸 肆ノ――血鬼術 蔓蓮華

 

 しのぶが型の動きを取るよりも早く氷の蔓が刀を持つ右手を拘束し、童磨が手を切り上げた。鮮やかなまでの断面を見せてしのぶの右手が宙に浮かぶ。

 首から上を再生しかけている童磨の口元が笑みに歪むのが、蹴り倒されたしのぶには見えた。

 

「う、そ。血鬼術まで、使え、るの……」

「うん♡」

 

 童磨は蔓でしのぶを拘束しながら右手首を折れない程度に踏み付けた。

 

「うあ゛ぁぁあっ……!」

「あーあ、刀はもう握れないね。可哀想に……。って、私がした事だったね。ごめんごめん!」

 

 水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き

 

 悪びれていない様子で童磨は背後から迫る剣士の攻撃を避けた。

 痛みに脂汗を滲ませ、端麗な顔が怒りに満ちている。最初からこうしておけば良かったんだ、と鬼が喜悦を見せる。

 

「大事な妹を虐められて怒るぐらいなら、鬼と仲良くしたいなんて言うものじゃないよ~」

「黙りなさい。――黙れ!」

「怖い怖い。兄さんにこの傷付けられた心を慰めてもらお~っと」

 

 普段鬼に対しても温厚なカナエに怒り故に血管が浮き上がる。痛みで霞んだ視界の中で、しのぶは頭の何処かでぼんやりと驚いていた。

 

(姉さんが、怒ってる……)

 

 人の為に怒る姉が、あそこまで激しい感情を見せた事は無かった。片腕を無くしたばかりで痛みもある。重心だって変わっている筈だが、よろける事無く切り結ぶも簡単に防御されてしまう。

 威力も速度も明らかに落ちている。虫の抵抗に鬼は涼やかに口元を緩めるばかり。

 

「私だってね、唯一の妹を殺されかけて冷静でいられる訳じゃないの」

「命を区別しているんだ。へぇ~、うんうんやっぱりね、人間ってそういうものだよね! 立派な事を言っているけど誰だって自分が大事で、実に醜い!」

「貴女だって区別しているでしょう。()()()()と他人。その考えしか無い貴方にはさぞかし自分以外がそう見えるのよね」

 

 水の呼吸 参ノ型 流流舞い

 

 ヒュゥゥゥと冷気の出ていない間に呼吸を整え、鉄扇による薙ぎを紙一重で避け、手を目掛けて切り上げる。

 空いてしまった胴の横を閉じた扇で殴打されてカナエの体が飛ぶ。池に打ち付けられても彼女はすぐに立ち上がる。止血を施した彼女の左腕からじんわりと血が滲むのが見えた。

 

「あと一つ言ってあげる。醜いのではなくて“可哀想”よ。――貴女の心が」

「死ぬ間際だっていうのに口が減らないねぇ」

 

 血鬼術 枯園垂り・()()()

 

 童磨は斬撃と曲がりうねった氷柱と共にカナエへと追撃。扇による血の散布も忘れず、辺りが一瞬で白む程の多量の冷気が彼女を襲った。

 間一髪、カナエは動きを予測して大きく回避するが、肩や首が凍り、足や唯一残った手さえも寒さによって(かじか)む。

 池の水で濡れた事と腕の出血も相まって、カナエの意識は朦朧とし始めている。

 

 それでも、激しい怒りを胸にして視界を引き締めている。瞳からは弱りは見えない。

 徐々に血の気が引いて青くなる顔のカナエを見て、しのぶは拘束から抜け出そうと藻掻いていた。

 

(あの時、――頸を斬った時に確認していれば!)

 

 己の不注意を呪う中、刻一刻とカナエに死が迫る。

 

 死なせたくない。自分の不注意でまた誰かを死なせなどしたくない!

 

 懸命に抜け出そうとする度に蔓が拘束を強める。カナエと戦いながら此方(しのぶ)にも注意を払っているのが分かって、歯軋りをする。

 

(動け、動け。動け。何の為に! 私はッ、今まで戦ってきた!)

 

 弱って泣きそうになる心に喝を入れようが状況は変わらない。蔓は今にもしのぶの体を両断する程強く縛って、頭に血が昇り過ぎて冷静な思考も儘ならない。

 しのぶの顔が、ぐいっと無理矢理蔓に上げられた。

 

 見たくないと、直感が激しく彼女の脳裏を叩いていた。

 だらりと垂れる足から、恐る恐る――しのぶの瞳がその全体像を認識してしまう。

 

「君のお姉さん、こうなっちゃった♡」

 

 持ち上げた鬼がぱっと手を離すと、――カナエは鈍い音を立てて床の上に転がる。ぴくりとも動かない。

 出血多量による昏睡。凍傷を受けた部分が黒くなり始めていて……。

 

「ちょっと頭をこつんってしたら、動かなくなっちゃった……。人間の体って脆いね、妹ちゃん」

 

 鬼のやけに色彩の多い右目が細められ――しのぶの全身という全身から、絶叫が響いた。

 




・欠損について(ゲームシステムの説明)
 プレイヤーキャラが鬼の攻撃で欠損することがあります。欠損した部位によってステータス上限が(60)とか(35)とかに変動し、一部の型が使えなくなったり、威力が半減したりします。今回の文寿郎は(55)、終盤のカナエさんは(75)という状態。ひえ~。

・しのぶさんの毒の効能について
 原作において童磨戦に使われた毒がどくどくタイプとするなら、こちらはしびれタイプの毒を開発したという独自設定。あと微妙に思考をぼんやりさせる効果もある。
 鬼の体をザクザク斬ったり、レイピア剣でブシュブシュして毒を体内に取り込む。この時点では体が毒と認識していないので通常の血液に混ざって全身ぐーるぐる。
 起爆剤とする毒薬を調合し、体にぶっさすと血液に混ざってた毒が活性化。シビビビビ……。という感じ。
 ツッコミ所多いと思うけど……、そういうことで……(ソソクサエスケープ)
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