鬼滅の刃RTA 上弦の弐単独討伐   作:一億年間ソロプレイ

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俺、頑張ったんだよ。頑張ってたんだよ。
しのぶさんとくっつけるように、頑張ってたんだ。


IF:どこかがおかしい本編軸の話⑤ / 二つ割れた人形

 ――兄さんと過ごして、私とても幸せだ。

 いつも冷え切った胸がとくとくと高鳴る。ああしたいな、こうしたいなって、自分の気持ちが素直に出てくる。

 無表情の兄さんをぱっと笑わせてあげたいな。そして私を目一杯甘やかして欲しいな。仕方ないなぁって、私の隣で笑っていて欲しいな。

 絶え間ない幸福。これこそが至福。私の極楽浄土。

 

 兄さんの体ってね、とっても不自由なの。いつも心臓が冷たくて何も感じない、なんて。

 私だから良かったものの……、もしね? もし仮に()()()()()()()()が私の代わりに譲られていたとしたら、きっと何も面白くない人生ばかりが続いただろうなぁ。

 

 これを、兄さんはちゃーんと隠してるんだよね。鬼殺隊に、あの小娘にさえもこの事を隠してる。それで皆、普通に兄さんを慕っているなんて……。

 ある意味可哀想だよね。なんとも思われていないのに、自分たちはまるで特別だって顔してさ。ふふふ。

 

 ……あぁ、また胸が冷たくなっちゃった。兄さんがすぐ側にいてくれないと、私、駄目な体になっちゃった。

 …………どうしてかな? こういうのって普通、一年先にも熱が残っているものじゃない?

 どうしてすぐ冷めてしまう? あれ。冷める?

 

 冷めるというよりもそこにあったものが、痕跡さえも薄れていくような、この感覚は。

 

 

 

 ――なくなってる?

 

 

 

§

 

 

 天井が割れた。

 

 全力の脚力でもってしのぶが蹴り上げたとはいえ、天井はまだ崩れ落ちる程の損壊を負ってはいなかった。

 思わず童磨も競り合うカナエも頭上を見上げた。

 

 其処に見えたのは刺青の鬼。――上弦の参。

 童磨が降りかかる天井のガラスを軽く吹き飛ばした。

 

「ねぇ猗窩座殿なに遊んでるの? 今私は女の柱を処分しようとしてるけど君が代わりにやる?」

「俺は追い込んでいただけだ! チッ、こんな所にいられるか!」

「あーはいはい早く柱の五人でも十人でも遊ばず殺しなよ」

 

 ぐるりと様子を見た猗窩座は倒れ伏す胡蝶姉妹を見つけ、明らかに弄ばれた痕が見える状態に渋面を見せた。

 

「遊んでるのはお前の方だろうが。……命拾いしたな()寿()()! 生きていればまた闘おう!」

 

 

 

「「え?」」

 

 

 

 土埃の中、現れた風の刃がしのぶの拘束を裂いた。解かれた拘束をそのままに、その場の誰もがこつりと足音を鳴らす男を見上げた。

 滅の字を背負う隊服、白と黒の特徴的な頭髪と――上弦の弐とよく似た顔つき。左目は無く、袴の裾から義足を覗かせて。

 その場で誰よりも驚いていたのは、鬼だった。

 

「どういう状況?」

「ッ! 首を斬ったけど弱点を克服された! 姉さん、が……」

「了解。鎹鴉に隊士の要請を頼んでおいたから、君が命を留めて」

 

 いち早く立ち直ったしのぶが状況を報告した。だがその目は未だに、信じられない驚きを宿して彼を見ている。

 

「兄さん、どういうこと? 足、斬ったのに? なんで立ってるの?」

「親切な人間が義足を作ってくれたみたいでねー……。じゃあ出来るなって」

「……何を?」

「お前を地獄へ送ること」

 

 霞の呼吸 肆ノ型 移流斬り――露霜払い

 

 霞の型の動きから冷気を放出しながら霜の呼吸の型へと切り替えた。斜めからの切り上げは防御したものの、もう一撃は食らった童磨は「どうして」と呟く。

 

「折れたんじゃ、無いの?」

「折れる訳ないよ。為すべきことだもの。この数年、一度たりとも頸を斬ることを諦めはしなかったさ」

「仏塚さ、ん……」

 

 その佇まいは変わっていなかった。かつて自分が目にして失ってしまった人は変わらず、――作り物の足でしのぶの前に立っていた。

 

 込み上げるものを抑えて、拘束から解放されたしのぶが姉の体を抱えて移動する。

 去りゆく二人を蓮から伸びる氷の蔓が追いかけるが、その蔓は二人の背を捉えることなく断たれた。

 

 ……静かに鞘に刀を収め、仏塚文寿郎は童磨と対峙する。

 

「そう言えば、ちゃんと名乗っていなかったね。俺の名前は仏塚文寿郎。お前を殺しに来ただけの死霊さ」

「……死んでない、兄さんは死んでなんかいないよ。生きているでしょ?」

「例外的にね。お前を殺せば俺も死ぬから」

「は……?」

 

 霜の呼吸 伍ノ型 堅氷至り――月落霜天・烏啼

 

 童磨の再生されてきた片目が動揺に揺れる。接近して斜め下から斬り上げた斬撃を受け流し、より冷気を放出する斬り降ろしにも対応するが、扇の振りにはキレが無い。

 

「分からない。分からない、兄さんの事が分からない……。それって、死にに行くようなものでしょ? どうして折角()()()()()のに死のうとするの?」

「……」

「答えてよ、兄さん」

 

 血鬼術 蓮葉氷

 

 水の呼吸 拾ノ型 生生流転――霞雲の海

 

 新たに冷気と共に氷の蓮が生み出される。当然の如く息をせず文寿郎は回避し、すれ違い様に蓮を切り裂く。

 その様、勢いよく流れる水の如し。流れる動作で呼吸と型を切り替えると彼の体を霞が覆い、獲物の範疇を見せぬままに幾つもの斬撃を鬼へと振りかざす。

 殆ど防御されたが、浅い攻撃が一つ入る。

 上弦の鬼にとっては柔い風に当たった程度でしかないが、鬼の動揺はまだ癒えていない。

 

(足を無くしたのがやはり痛手だったな。居合はまだ安定して出せない、脚力を重視する型の何個かは使えない)

 

 ――頸を斬っても死なない。ならば、万が一の奇跡を掴んで斬ったとしても無駄骨。

 では心を、その行動原理を折るしかない。

 

 だが、文寿郎が口を開くのも億劫になる程目の前の鬼は話を聞かない。

 壊れてしまった片割れに今更何の言葉が届くというのか。本質を理解し得ないまま、それでもと文寿郎は自らの記憶を引き摺り出す。

 当時の自身が理解出来なくても伝えたかったものがきっと、ある筈だと。

 

「お前が俺を認識した時は……驚いた、と思う。見えるものだと思っていなかったから」

「私もね、驚いたの。でも母さんから聞いたから。兄さんが……私の代わりに生を譲ってくれた人なんだって分かったんだよ」

「そう、母親は俺を知覚していたのか」

「そうだよ~。俺の首絞めながらね、『お前なんか生まれなければ良かった』っていうから。あの人はきっと、兄さんを求めていたよ。色が珍しくて、本当に神の声が聞こえる男の子を」

 

 会話を一言一句聞き逃さない為か、攻撃の手が緩む。文寿郎としては気を張って戦っているが、この流れは好意的に受け止めるべきだろう。

 

「俺にだって神の声なんて聞こえない。そもそもお前は理解してるだろう」

「……嫌だ、兄さんは兄さんなの。だって、()()()()()()()()()なんてことを認めたら。最期まで頭が悪いまま死んでいった両親が流石に可哀想でしょう?」

「もう両親は死んでいるから別に今のお前が認めても良いことじゃないの。それとも別の理由がある? 俺に()()()()()()()()()()理由が」

 

 童磨の動きが止まる。それを好機と受け取り攻撃に転じるべきか、暫し迷った末。

 

 ――文寿郎は刀を下ろした。

 

 それを見て、彼女は手にした鉄扇を放ってまで走り寄った。

 文寿郎へと抱き着き、勢いのままに押し倒す。

 

 床に打ち付けた頭を抑えながら見上げると文字の浮かぶ瞳が真っ直ぐ彼を見つめている。

 色合いは鮮やかだというのに虚を宿している。何度も寝起きの文寿郎が見上げてきた瞳には、いつだって違和感があった。

 

「兄さん、私がまだ人間だった時はね……。大人の男を押し倒す力も、身動きさせない様に腕を掴む力も無かったんだよ」

「……そう」

「だって兄さんが()()()だったら、きっと私みたいに何も出来ないまま慰み物になるだけなんだよ。父親に信者に皆に荒らされるだけ。兄さんだったら……、男の人だったらそうはならないでしょ。だから、こうして姉さんは兄さんに生まれてきてくれたんじゃないの……」

 

 ゆっくり、顔を片割れの胸に寄せる童磨の頬は紅潮もせず無機的な様を(たた)えている。

 

「私があのまま死んでいれば苦しくないのかなって思うよ。今だって思うの。今、この場にいるのが私じゃなくて兄さんだったらね……。きっと全て上手くいっていたんじゃないかって」

「お前は随分俺に夢を見ているようだけど、そこまで万能じゃないよ……」

「そうかもね。でも、きっと私より良い。信者の事も本当に助けてあげられたかもね。両親だって破滅しなかったかもしれないし、全部の物事が上手く運んでいたかもしれない」

 

 言葉から感じるのは後悔か、諦観か。ずっと生き続けていた者の考えは死者であった文寿郎には分からない。

 

「兄さんを見ていると胸が満たされてた。兄さんの事を考えると胸が温かくなった。兄さんが戻ってきてくれた時……、すっごく嬉しかった。今まで生きていた中で一番、胸が躍っていた」

 

 でも。

 

「ずっと望んでいたのに、楽しい気持ちが何処かへ落ちてしまう。話せて嬉しかった、傍にいてくれるだけ嬉しかったのに、その気持ちがどんどん、どんどん零れていくの。もっともっとと求めても、先程まで感じていた物が私の中には何も残っていない」

 

 いつも童磨は文寿郎に対して「嬉しい」「楽しい」と言う。今が楽しくてたまらないと態度で表しても文寿郎は信じられなかった。

 

「何も無かったなんて、気付きたくなかった」

 

 自分自身に言い聞かせているように見えた。僅かな焦燥が隠れて、それを見ない様に誤魔化して更に言葉と行動を重ねて。

 遠くを見ていた彼女が文寿郎を仰ぐ。

 

「私は一番幸せになれた筈なのに、どうしていつも虚しいままなの?」

 

 水面を隔てても、常に側にいても、決して合わなかった。

 童磨は彼を見ていなかったし、文寿郎は彼女を見ようともしなかった。

 

 唇を噛み締めた。いつも目を伏せて、口にしたかった事。

 

「お前は生きていて……」

 

 誤魔化さず答えてくれるならば、伝えたかった言葉。

 

「良かったと思う時はあった?」

 

 “弐”と入った華のような瞳が柔らかく目じりを緩めた。

 

 

 

「なかったよ。ずっと」

 

 

 

 壊れた箱には何も留まらない。嬉しくとも悲しくとも、受け止める器が壊れているから全部留まらず落ちていく。

 何も得られない。何も生み出す事も出来ない。――己が生きている事に価値を見出せない。

 童磨の頭部の再生も途中から止まっていた。骨と筋肉の動きが止まり、ただ静かに冷たい血を頭部から滴らせて、文寿郎の服を濡らしている。

 

 この鬼には戦う意志は残っていなかった。手を互いに合わせ、指を絡めた。

 ようやく腑に落ちた。見ない振りを止めて、虚も怯えも無くなって、二人の言葉が真に通じた。

 こつんと額を合わせた。

 

「初めて目が合った」

「そうだね。初めて見た時から綺麗な目だと思った」

()()()だって透き通っていて綺麗。……この世で一番」

 

 馬乗りになっていた童磨が額を離し、文寿郎から降りた。

 手が、離れていく。それを惜しく思う資格は無い。

 

 彼女は佇まいを直して正座をすると、首元がよく見える様に顔を上げる。

 ――手を広げて待つ。

 

「ねえさん、おねがい」

 

 彼は立ち上がり刀を構え直す。

 今この時、二人の間に言葉は無くても全てが通じていた。

 

「妹よ。お前の黄泉路がどうか、満たされたものでありますように」

 

 

水の呼吸 伍ノ型 干天の慈雨

 

 

 

 慈悲の雨が乾き切った頸と胴を離す。今度こそ、その肉体は――頸と共に崩れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付いた時には見覚えのある暗い道が続いている。かつて姉が引き返させてくれた黄泉の道……、ぽつぽつと小さな足で進む。

 手にしているのは市松人形。丁寧に塗られた胡粉も、顔立ちも愛らしいのに口は笑っていない。頭髪は珍しい白橡色で、目は虹の色。綺麗な服に身を包んでいる。

 

 でも髪は散々に切られて焦げて、顔は潰されて中の粘土が見えて、服はいつまで経っても濡れたままのみすぼらしいお人形。

 好き放題にされて手も足も無い。辛うじて首が繋がっていただけの、人形。

 本当に求めていた物を手に入れても満たされない事に気付いてしまったから、首も取れちゃった。

 

「一人は寂しいなぁ……」

 

 地獄へと向かう背に伴は無い。そうされる資格が無い。

 

 それでも神様がいるならどうか、お願いします。

 私を見つめて「妹」と呼んでくれたことを。

 ようやく満たされた気持ちまでも、私から取り上げないでください。

 満たされて、納得して、悔いたまま。この道を歩かせて下さい。

 

 ぽろぽろと人間みたいに涙を流して、ほろりと落ちた首にも気付かないまま小さな背が歩いていった。

 

 

§

 

 

「カナエ姉さん、今日も起きない……」

 

「大丈夫ですよ、きっと起きます!」

 

「シーツも替えました。ふかふかですよ!」

 

「うん、それじゃあ戻す……」

 

 声がする。まるで蝶屋敷にいる妹たちみたいに、穏やかな声。

 体があったかいなぁ……。先程まで冷たい場所にいた気がするのに。とても体の中を荒れ狂うものが渦巻いて大変で……。

 

「……しのぶは!」

 

 ぴたりとカナエの声に三人の少女の動きが止まり。

 

「か、カナエ様が起きました!」

「しのぶ様ー! アオイさーん! 文寿郎様ー!」

 

 カナエを抱き起していたカナヲが固まり、きよとなほが思わず叫んだ。するとのっそり、白黒の特徴的な頭髪の持ち主が現れ……カナエもあんぐりと口を開けた。

 

「今しのぶちゃんたちお話中だから俺が来たよ~」

「うそっ、仏塚くん!?」

「カナエ殿起きてるじゃん」

「「だから言ってるんですよぉ~!!!」」

「か、カナエ姉さん、起きた……」

 

 カナエ起床! 蝶屋敷に響き渡る悲鳴や叫び声の二重奏が近所の村まで届くまで一時間も満たなかった。

 またもやのっそりと文寿郎が二人とすみに知らせた所で蝶屋敷の住人全員が驚きに驚いてぜぇはぁと息切れをした。

 

 小一時間、いやカナエが疲れて寝てしまった為五時間後。

 しのぶたちは――上弦の弐との戦いの後昏睡してしまったカナエに状況を伝えることが出来た。

 

「落ち着いて聞いて、姉さん。鬼舞辻無惨は死んで全部の鬼が滅びました」

「あらぁ」

「仏塚さんは姉さんが倒れた後天井から上弦の参と降ってきて、なんか色々とあって頸を斬りました」

「悲願達成で嬉しかったよ~」

「良かったわねぇ」

「冨岡さんたち鱗滝一門の鉄壁の防御とか、宇随さんと粂野さんと不死川さんによる無惨爆竹吸引作戦とか、本当に色々あったんだけど柱の欠員無しで無惨を倒したの」

「凄いわねぇ」

「それで、痣の寿命を過ぎている悲鳴嶼さんが今昏睡状態だから蝶屋敷で様子見中。鬼の所へ捕虜になっていた仏塚さんをついでに蝶屋敷に引き取りました」

「別に良いって言ったら匡近殿も実弥殿も賽河殿も皆『引き取られろ』だなんて言うんだよ。酷くない?」

「酷くないわねぇ」

「今酷くないって言った……? 絶対同調してくれる流れだと思ったのに……」

「仏塚くんは少しふわふわしてる所があるもの。しのぶだったら強く引き留めてくれそうね~」

 

 んん、としのぶが咳払いをして話を脱線へ導く文寿郎を黙らせた。

 

「姉さん、何か質問したことはある?」

「そうね……。しのぶと仏塚くんは付き合っているのかしら」

「付き合ってないね」

 

 即答した文寿郎に対してしのぶは顔色をいくつも変えながら固まった。妹の反応を見て姉はニコニコと笑顔を絶やさない。

 

「うがー!」

「お、怪獣しのぶちゃんのお出ましだ」

「だ・れ・が・怪獣だ!」

 

 蝶屋敷主人代理のしのぶと謎の同居人文寿郎の余りにも差がある追いかけっこは蝶屋敷でのお約束になっていた。

 「騒がしくしないでください!」とアオイの一声が響くまで、カナエはひとしきり笑っていた。

 

 

§

 

 

 カナエが目覚めたと聞いて蝶屋敷には大勢の人が詰めかけていた。彼女に世話になった隠や隊士、そしてお館様――産屋敷輝利哉と妹たちが挨拶に来たりもした。

 無論、その中には元柱たちの姿もあった。

 

「胡蝶姉、無事で良かったと心から思っている。お前の妹がよく心配していた」

「そうなの冨岡くん。いつもしのぶと話してくれてありがとうね」

 

「おう胡蝶姉! ド派手に活躍したって聞いてるぜ。ほい、これ見舞いな。悲鳴嶼の旦那の様子も見に行っていいか?」

「いつもありがとうね宇随さん。悲鳴嶼さんも喜ぶと思うから会いに行ってもらえると嬉しいわ~」

 

「胡蝶さん! 元気になられたと聞き馳せ参じました! ご無事そうで何よりです!」

「煉獄くんもいつも元気そうで何よりよ。左目は大丈夫かしら? 痛くない?」

「痛くないです! はっはっはっ!」

 

「カナエさんが元気になったっでぎいでぇ~! 良゛がっ゛だぁ゛~゛!」

「あら蜜璃ちゃん。可愛い顔が……、もっと可愛くなったわね! うりうり~」

 

「胡蝶さん、お元気そうで何よりです」

「伊黒くんも大変だったって聞いたわ。そうそう、蜜璃ちゃんとの祝言には呼んでね」

「……!?!?!?」

 

 一通り来客の対応を終えた所で――、折角来てくれたというのに抜け出そうとする気配に気付かない筈は無く。

 「不死川くん」と呼びかけると扉の前で立っていた人影が大きく肩を揺らす。「おい呼ばれてるぞ」と――粂野に背を押されてようやく姿を現した。

 彼はカナエへ会釈をすると良い笑顔のまま去っていった。

 

「……よう。随分遅い目覚めじゃねェか」

「四ヶ月は寝ていたって聞いたわ。確かに、私もお寝坊さんね」

「……」

 

 実弥はカナエと目を合わさない様、視線を下にしながら……横たわる彼女のベッド脇に置かれた椅子へと座った。

 

「心配……した」

「うん」

「…………目ェ覚めて、良かった」

「うん……! ありがとう、不死川くん」

 

 顔を赤くしながら絞り出された言葉は素っ気ない。だが、彼にとっての精一杯の言葉を贈ってもらえて嬉しかった。

 頬を染めたカナエは実弥の手を取ると、彼の顔も真っ赤になっていく。

 

 ――こうして、多くの人に回復を祝われ、実弥にもこうして祝われて。

 そこで、自分が死地から……鬼のいない世界へ来たという実感が湧いて、カナエはこそばゆくなってシーツで緩んだ顔を隠した。

 

 そんな甘い空気をニッコニコの笑顔で見つめる者たちがいた。

 隣室の悲鳴嶼の様子を見に行っていた宇随天元、去った筈の粂野匡近、蝶屋敷在住の文寿郎、そして蝶屋敷のお使いに来ていた嘴平伊之助だ。

 

「いいねぇ、若ェ奴らは」

「甘酸っぱぁ~……。もしかしてこれが恋の空気……?」

「なぁあいつら番いになるのか! じれってぇな、俺言ってくる!!!」

「もう少し小声になろうか伊之助くん」

「分かったぜ父ちゃん!」

「いや父ちゃんじゃないんだけど」

 

 一連の行動を温かい視線で見守られていた事を知るや否や、元風柱によるデッドオアデッドの鬼ごっこが始まった。

 なお、未だ無惨戦で負傷している怪我人もいる為、蝶屋敷での騒ぎは怒れる蝶屋敷主人代理の拳によって鎮められたのであった。

 

 

§

 

 

 神崎アオイは困惑していた。主に最近蝶屋敷に住むことになった住人、仏塚文寿郎についてだ。

 彼女も鬼殺隊に入る前……、花屋敷の頃から胡蝶姉妹に引き取られ、少しでも彼女たちの役に立てる様にと手伝いをしてきた身だ。仏塚文寿郎が負傷した隊士たちにとってなんとも眩い希望の光だったと話を聞き、自然と彼女にはその認識が根付いていた。

 

 だから、彼の私生活に小さくはないショックを受けていた。

 

「今日は賽河殿と一緒に賭博場巡りしてくるからここ数日帰らないからね」

「隊士の子たちに誘われて宴会行ってくるね」

「お酒飲みたいから出掛けてくるね」

 

 私生活が……あまりにも乱れていた。大人しくしていたのは来てから数日、それ以降はもう酒・賭博・酒・酒・酒で蝶屋敷に帰らない日々!

 

 常に帰ってこいという訳ではない。アオイが聞いてきた文寿郎の姿と私生活での彼の姿が合致せず、がんがらごっしゃんとイメージが崩壊しているだけで。

 何も手伝わない訳でもない。何かと忙しい朝や食事作りなども積極的に手伝ってくれるし、きよ・なほ・すみたちが暇な時は遊び相手にもなっている。

 痣の寿命について――協力者と共同研究をしているしのぶの方にも顔を出し、手伝いは無いかと聞いてもいる。

 

 ただ用事が無い時はずっと縁側に寝そべって外を眺めている。義足を外してだらりと空か、庭か、何処を見ているかも分からない目で。

 

 そんな日々が一ヶ月も二ヶ月も続いているものだから……、とうとうアオイは声を掛けた。

 

「いつも何を見てらっしゃるんですか」

「空かな」

「見ていて楽しい、ですか?」

「楽しくはないかな」

「そうですか……」

 

 昼の間は物静かであるが、夜中になれば基本酒を飲みに出掛けてしまう。前は蝶屋敷まで酒を飲みながら帰ってきたが、「娘三人の教育に悪い」としのぶの鉄拳を受けてからはしていない。

 ある日、アオイは彼に言った。

 

「何か趣味などを作られてはどうですか?」

「趣味……?」

「何か作るとか、景色の良い場所を巡るとか」

「ふーん……。アオイちゃんの趣味は何かな~?」

「えっと、私は……町中に出掛けるとか。しのぶ様の趣味は怪談話ですよ。確か本があった筈です」

「趣味ねぇ……。ありがとう、探してみるよ」

 

 ――そしてその日も夜の街へと出掛けて行った。

 帰りはやけに遅く、朝に帰ってきた。丸一日中潰れてしのぶにこんこんと説教されていたのは記憶に新しい。

 

 アオイは胡蝶姉妹と違い、特段縁も無く、仏塚と親しい訳ではない。

 それでもきっと、見た目以上に傷を負っているのは分かるので、一日でも早く彼の傷が癒えます様にと願っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうしたアオイの証言。飲みに誘った隊士からの「引く程飲んでた」、風の呼吸師弟連中からの「飲みまくって吐く」という証言。

 

「今は無暗に突っ込まない方がいいぞ。な、槇寿郎の旦那ァ」

「ぐ……。そ、うだな……」

 

 蝶屋敷の客間には珍しい面々が並んでいた。

 しのぶの呼びかけに応じた宇随天元、宇随に「そういう理由なら」と連れてこられた煉獄槇寿郎。この三人が机を囲んで座っていた。

 

「やり切れねぇ時、人間には二種類の状態がある。下向いてる時と上向いてる時だ。そのツラが上向いてりゃ自分を心配する人間が見えるが、下向いてりゃ当然見えねぇ」

「上を向くには時間か、きっかけが無ければ……、ずっと下に目を向けたままだ」

「……そう、ですか」

「今回の件に関して言えば、“二度としない”って約束を取り付けただけでも儲けもんだ」

 

 ずうんと槇寿郎は俯いたままだ。

 気遣わし気にしのぶが槇寿郎を見ると、彼は力なく頷いていた。

 

「出来るなら早く終えた方が本人にとっても、体にとっても良い。彼はまだ……今回だけで、他に問題となる行動は起こしていないのだろう?」

「ええ。蝶屋敷では聞いてませんね。何かされたらすぐ報告する様に言い付けてありますから」

「……私が言うのもなんだが、今はそっとしておいて欲しいのではなかろうか。無論、間違いを犯すならば止めるのも大事なのだが」

 

 ――人間には沈んだままでいたい時期がある。

 ふむ……と考え込む三人の中、「そういや」と宇随が声を上げた。

 

「冨岡が被害にあったって聞いたな」

「ええっ? 冨岡さんが?」

「ああ。仏塚の状態を心配して『そんなに飲むのは良くない』と結構強く止めたらしい。それで……」

「それで……?」

 

 ごくりと緊張感を滲ませた顔つきでしのぶが続きを催促する。実に真剣な顔で宇随は続けた。

 

「『君に関係ある?』と言われ……、ここ数日寝込んでる」

「ああっ冨岡さん! 寝込むだなんて気の毒に……!」

 

 何か思い当たる節があって顔を青くして頭を抱える槇寿郎。「ちなみに毎日錆兎が喝入れてるが凹んだままだ」という追加情報にしのぶはよよよと涙を流した。

 

 だがしかし。

 面白半分に流した涙をスンと止めたしのぶは、槇寿郎に続けて頭を抱え始めた。

 

「あの人は関係無いとは言いますが、どう考えても原因は……」

「アイツが捕虜になってた数年だろうな」

「鬼の捕虜か……。生きていただけ運があるとは思うが、救助には行けなかったのか?」

「……ええ」

「行ったら鬼殺隊への襲撃が続いたまま。不死川だけじゃなく他の柱の居場所を特定されて――壊滅って所だな。あの不死川ン時は運良く撃退出来たってだけだ」

 

 当時は飲んだくれていた煉獄槇寿郎にも鬼殺隊襲撃の報せは届いていた。

 文寿郎を救いに向かえば鬼殺隊への攻撃は続き、隊士の数が減り、緩やかに組織は滅び――鬼舞辻無惨討伐を果たす事も出来なかったやもしれない。

 潜入任務から帰ったばかりの宇随としのぶに対し、「救助はしない」と言い切った当主の判断には葛藤もあっただろう。

 

「アイツも知ってて、逃げなかったな」

 

 人柱として捧げられたことを悟っただろうに。

 

 宇随の言葉が重たく圧し掛かる。苦い気持ちを飲み込みながら、この日は「まだあまり触れない。危険地帯に行こうとしたら止める」という結論に至ってプチ会議は終わった。

 

(でも、きっと捕虜の時以外に……何かあるとは思うけど)

 

 それを打ち明けることは無かった。

 縁側でぼんやりと景色を眺め、夜は酒に耽て。

 

(……私と居ても、あの人の傷は癒せないのかな)

 

 ブンブンとしのぶは頭を振って考えを振り払う。

 

 大股で私室に戻ろうとした時だった。すれ違ったアオイが「しのぶ様!」と持っていた封筒を指差した。

 

「最近お帰りにならない仏塚さんから、この手紙が届いて」

「手紙? また遠出ですか……」

 

 呆れた顔で手紙を取り出して広げる。ハラハラとしてアオイもその文を見つめ、――しのぶは思わず手紙を落とした。

 

 「万世極楽教の所に行ってきます」の一言だけが書かれた手紙を。

 

「緊急招集! アオイ、鎹鴉を呼んで!」

「は、はい!」

 

 ――何やってんのあの人は!

 

 悪態と共に嫌な予感が募りに募って、どうにかなりそうだった。

 

 

§

 

 

 片割れを殺したのに未だに死が訪れる気配が無い。

 最終決戦でさえ生き残った男には、自分がまだ生きている事自体が不思議で仕方なかった。

 上弦の弐を討伐した後、流れで上弦の壱とも戦い、無惨とも戦った。この戦いが終われば心の臓も止まるだろうという予感もあった。

 

(まだ、生きている)

 

 喜ぶ輪の中で取り残された自身だけが異物で、気持ちが悪くて仕方なかった。予感が外れて落胆というものを感じた。

 

(なんで死んでないんだろう)

 

 葬式と宴会の席に出て適当に話を合わせ、勧められた液体を飲んだ。

 酒、今まで飲んだ事のない飲物。

 

 これをずっと飲んでいると頭が浮ついて、簡単に他者へ気分が良い様に見せかけられるから、都合が良かった。

 飲み続けていくと浮ついて、多分気分が良くなって、夢を見ない眠りへ。飲み過ぎて頭が痛くなる事もあるし、飲んでる途中で急に嘔吐感に襲われて中身を吐いた。

 吐瀉物を地面に撒いている時でさえ頭がふわふわして、多分気持ちいい。考えない事はこんなにも気が楽で、その後が暗い。

 明るかった気分が急に落ちて、何もかも分からなくなって。分からなくなりたいのにそうはなってくれなくて。

 

(ああ、考えたくないな)

 

 なんで生きてるんだろうかとか。なんで死んでないんだろうとか。なんで蝶屋敷にいる事になったんだっけとか。

 昼間から酒を飲むなと言われたから、何も用事が無ければ縁側にずっといる。ただ庭とか空を眺めているだけ。なにも起きない、鬼のいない世界。

 時々、殺した筈の鬼の声が聞こえる世界。

 

『俺の首絞めながらね、「お前なんか生まれなければ良かった」っていうから。あの人はきっと、兄さんを求めていたよ』

 

 そうかな。

 

『鬼狩りが兄さんを助けてくれるって?』

 

 まぁ助けはしなかったね。最後の最後で道具を届けてはくれたけど。

 

『私があのまま死んでいれば苦しくないのかなって思うよ。今だって思うの。今、この場にいるのが私じゃなくて兄さんだったらね……。きっと全て上手くいっていたんじゃないかって』

 

 同じ状況だとしても、俺だからといって上手くいく筈なんて無いのに。

 

『私は一番幸せになれた筈なのに、どうしていつも虚しいままなの?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(また吐いちゃった。何も無いのに)

 

 隣町へ移動してからまだ隊士でもない自身の側にいるさわに「手紙を蝶屋敷へ渡して欲しい」と言えば、白毛混じりの鴉が飛んでいった。

 道端の茂みに胃液を吐いて汚れた口元を拭って、追いつかれる前に行こう。

 あれ、追いつかれたくないなら手紙なんて出さなければ良かった……。ああ、一言残さないと蝶屋敷の子たちが心配するから。

 別にこんな人もどき心配しなくたっていいのに、お人好しばかりの子たちだから困ったなぁ。

 

 口の中が酸っぱいからお酒で流すことにする。手にした酒甕で飲みながら義足で急げ、急げと走る。

 ご飯もいいや。どうせ吐くし、お酒の方が楽しいから。

 

 時々千鳥足、吐いて、お酒買って、飲んで、吐いて、吐いて、ようやく着いた。

 御山に見える豪奢な造りの寺院。辺りの人間が俺の姿を見て「早く万世極楽教へお戻りに」という。

 さぞ不安だっただろう。いつだってお前たちを見守っていた教祖がここ数ヶ月姿を見せないのだから。

 

 どこぞの鬼がやらかしたお陰で俺は教祖の兄君として受け入れられてしまっている。今ではそれが、好都合。

 寺院に着くと光る頭の信者君が俺を迎えた。彼に背中を支えられて対話の間なんて場所に連れてこられた。

 

 あ゛ー……、ここが、いつも鬼が話を聞いていた場所なんだろうか。

 もうとっくに死んでいるというのに、教祖が座に帰るの待ち望んでか、生けられた花の瑞々しいこと、馬鹿馬鹿しいこと。

 間に集まっていた信者たちの目が俺に向けられる。言う事だけは簡単。

 

「皆様ご存知、教祖様は一足先に極楽へ、行かれ……ました~。はい解散」

 

 空気が固まって、怒号で部屋の中が一杯になった。

 俺に掴みかかったのは中年ぐらいの男で、何か言ってるけどなーんにも分からない。

 でも必死に何か訴えている。あ、首が絞められてる。きゅうと絞まって、あ、これも気持ちいいかも。

 面白くって仕方なくってあはははと笑ったら止まって。

 

「なんで止まるの? もっと絞めていいよ!」

 

 男の手を自分で掴んで力を込めてあげると戻ってきた。そう、これ。これがいい。

 あたままっしろになって。壁に凭れてて、辺りが血生臭くって……、最初に案内してくれた彼が、俺を支えながら移動して……。静かな部屋に置かれて。

 お酒ないかなーって手を動かすと潰れた人の頭だった。うわ、汚いな。なんでこんなことになっちゃったんだろ。衝動殺人?

 

 あーやだやだ、これだから……。嫌になるよね、可哀想に、こんな場所にいたら壊れてしまうよ。たった一人人間(おに)がいなくなっただけで暴走するような哀れな人間たち。

 こんな所に送り返したのは誰だっけ。

 

「仏塚さん」

 

 部屋から出て庭に出ると、見つかっちゃった。でも気にしない気にしない。俺は今一番確認したいことがあった。

 あの池。初めて会った場所の池まで……上手く立てなかったから這いずって行ったらさ、暗くて何も見えないの。

 池を覗いてもなんも見えないや。

 

「貴方、まだ傷が治ってないんです。蝶屋敷に戻りますよ」

「しのぶちゃん」

 

 その声は多分しのぶちゃん。とっても優しい声だね。

 匡近殿に実弥殿、宇随殿もいるなぁ。皆勢揃いだ、どうしてだろ。

 あ、そうだ。皆人間だ。

 不完全じゃない、生まれ持って感情なんてものを持って、生きている人たち。

 

 君達だったらどうした? あの時、皆が俺の立場だったらもっと良い方向に持っていけた?

 誰も不幸せにならなかった? 送り返した大事な人は生きていた?

 

「大事な人に生きていて欲しいのは、善意?」

「……善意、じゃないですか?」

 

「生きていて欲しいのに、その人は嫌だ嫌だって泣いてたのに、生きる事を嫌がってたのに」

「……そうか」

 

「俺、どうしても生きてて欲しかったから、そうしたの」

 

 川の向こうへと投げた彼女の顔が今にも浮かぶ。

 

「そしたら大勢の人間を巻き込んで悪い事ばっかりして、たくさんの人に潰されて壊れちゃった」

 

 池に手を入れて、何も映らない水を搔き乱した。

 見つめる目も、反射で映る夜空も見えない。何も無い。此処にはもう、誰もいない。

 

 『なかったよ。ずっと』

()()()()()()()()()って。言われても、俺には分かんないよ。分からなかったよ」

 

 生者の世に地獄があるなんて、知らなかったんだよ。

 

「文寿郎、こういう時は泣いていいんだよ」

「泣く……」

 

 今まで相槌打ちながら泣く、ということはしたけど、だからどうしたという話じゃない?

 何で瞳から涙を流すだけで人の共感が集められるのか、よく分からない。きっと俺の手で殺してきた鬼たちの方が知っている。

 そう、人から外れた生物の方が、俺よりも感情を知っている。滑稽だなぁ。

 

「泣く……………………」

 

 こう? と匡近殿の方を振り向いてみた。皆顔が引き攣っちゃった。俺だって分かってるよ。幾らお酒でぐちゃぐちゃになっても、意識が朦朧としてようが、二十年近くやってきた事だから。

 顔の表情筋がどう動かせば笑う顔になるか、怒った顔になるか、……泣く顔になるか、分かってる。

 

 今の俺、笑ってるんでしょう。

 

 最近気付いたんだけど、泣こうと思ったらこんな顔になっちゃうんだ。

 どうしてかなぁ。生まれて初めて泣きたいと思ったのにずっと笑ってしまうよ。

 あはは。

 

 

 

 あはははははっ!

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたのいない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祖母が亡くなった。母が実家へ帰る際について行って、祖母の館を弟と共に探検してあちらこちらへと走り回っていた記憶がある。それぐらい広かったのだ。

 祖母の館に誰かが住むということも無いので母や親族とで遺品整理に動くことになった。

 大正モダンを思わせる造りの洋館に加えて蔵まであった。その為、暇かつ体力の有り余る学生である彼女たちが遺品整理に駆り出された。

 

「もう、こんな大きい蔵の整理が一日で終わる訳無いじゃない」

「まぁまぁ……。出来るだけやってみようよ」

 

 勝気な少女が母から受け取った蔵の鍵を用いて錠前を開けた。黒髪の少年が錆びついた扉を開けると黴や埃の混ざった空気がゆらりと外へと流れていく。

 二人が蔵の中へ入れば、彼らが思うよりも蔵の中身は少なかった。大きな家具などは後で大人を呼んで動かしてもらうとして、まずは目に見える甕やまとめられた紙束を運び出した。

 

「姉さんが行った蔵の方がたくさん入ってたのかもね」

「後で手伝いに行こうか」

「そうね」

 

 木材が腐った花台、針の止まった壁掛け時計。興味が無くとも「おお」と声が出る小道具の数々。そのどれもに使用された痕跡が見えて、この道具たちを使われた時代を生きた者でもない他者にさえノスタルジーを味わわせた。

 

「なんだろうこれ」

「水槽とか? 水っぽい汚れがあるし」

 

 両面ガラス張りだが、確かに水滴の跡にも見える汚れが付いていた。円形型で上部と思わしき場所には穴が開いている。水槽と言われれば水槽なのかもしれない。

 少年がいそいそと運ぶ中、少女は蔵の奥に文机を見つけた。

 その下……、暗がりの中にもう一つ何かがある気がする。

 彼女は文机の前でしゃがむとそこへ手を突っ込んだ。――硬い感触があった。

 

(箱……?)

 

 ずずずと重たさに眉を顰めながら取り出してみれば荒縄で固く何重にも縛られた桐箱だった。

 こんなにも縛られていると彼女の中で冷え切っていた僅かな好奇心がじくりと刺激された。

 桐箱を蔵の外へ運び、鋏を母屋から持ってきた彼女はその縄を切っていく。途中から「どうしたの?」と少年が彼女の作業を見守り始めた。

 

「箱……の中に箱かしら?」

「とても大切な物が入ってるのかな」

 

 箱の中には布で包まれた四角形の何かがあった。元は白かっただろうその布は年を経てか、くすんだ色合いに変色していた。

 布を解けば漆の小箱が現れた。流石に、次こそ何かが出てくるだろう。

 

 ごくりと唾を飲んで少女が箱を開く……。

 

「――写真?」

 

 干からびて皺の目立つ褪せた紙に映るのは一人の男性。

 彼に漂う寂静たる空気が見ている此方にまで伝わる。目にした彼等の心臓を凍えさせるかのような……、一抹の物寂しさも感じた。

 

「あ、この人……。広間の写真にいた人じゃない?」

「確かに。でも雰囲気が違うような……」

 

 館の広間の壁には人で溢れていた頃の館の写真が飾られている。ひいおばあちゃんとそのお姉さん。彼女たちに引き取られた孤児の女性たちに、傷のある男性や体を欠損している男性の写真もあった。

 元々、医院として使っていた時期があるとは聞いていたが、彼等は医院で世話になっていた患者なのだろうか……。

 写真を持って二人が広間へ戻り、集合写真と古ぼけた写真を見比べた。

 

「あ、この人だよ。そうか、この人いつも笑顔だから……」

 

 少年が指したのは義足の男性だ。彼が映る写真は全て晴れやかな笑顔だったので、この写真に写る人物と合致しなかったようだ。

 むむむと顔を顰めた少女が写真を掲げて遠目から見た。

 

「この時だけ真剣な顔してって言われたのかしら?」

「うーん……。それにしたって、この写真だけを箱に隠す理由はなんだろう……」

 

 二人で頭を悩ませても答えが出る訳もなく、じとーっとした瞳で少女が言い出した。

 

「……貰っちゃ駄目かしら」

「姉さん?」

「いい、義助(ぎすけ)。この写真は内緒よ、ナイショ。私達だけの秘密ね」

 

 そそくさと少女がハンカチに丁寧に包んで写真を拝借した。

 義助には分からなかったが、漠然と少女には、この写真だけを隠した人の心が分かった気がした。

 

 誰にも見られたくない。

 いつでも笑顔の人が隠した人にだけ見せただろう、素の表情を。

 

 隠した人の事を思えばこの写真は箱に隠すべきだ。だが彼女はそうはしたくなかったし、燃やして()()()()()()にするのもしたくない。

 広間の写真は他の親族に引き渡されるだろう。其処に笑顔のまま映る彼の、写真に映っていない……、誰も知らない表情。

 

 それを自分たちだけが知っている。――ほんの少しだけの優越感を味わいたい。

 何とも可愛らしい感情だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、俺だけの写真が欲しいって? しのぶちゃん一体何に使う気? 俺怖いよ……」

「蹴り飛ばしたくなる発言止めてもらっていいですか」

「今のしのぶちゃんに蹴られたら、俺絶対空の向こうまで吹き飛ぶからね」

「別に何だっていいじゃないですか。ほら、座って。手伝いますから」

「義足外すから待ってて……。いやぁ、君の頑固さには俺も感心しちゃうよ。こんな気狂いの男なんて忘れちゃいなよ」

「忘れられる訳ないでしょう。……忘れられる訳ないんですよ」

 

「……仕方ないなぁ。ちゃんと撮るんだよ」

「ええ、分かってます。ちゃんと綺麗に撮って現像してあげます」

「そうしたら、君を本当に大事にしてくれる人を見つけるんだよ。もう、俺は大事な人を不幸せにするのは嫌だからね」




アヘ顔ダブルピースしそうな妹が実は真顔シングルパー族で、逆に真顔シングルパー族に思われた兄の方が酒飲みながらアヘ顔ゲロダブルピースする側だったという話。

たったこれだけの内容に反して文字数が(デカ)すぎんだろ……。
ということで簡潔に気になるだろう点の解説を。

Q.悲鳴嶼女神はどうなった? 薬は開発出来たんですか?
A.文寿郎の死後にようやく薬が完成し、悲鳴嶼女神は復活しました。柱たちも欠損そのままにしたりしなかったりで痣の寿命が解決しました。錆兎や真菰も元気にしています。基本鬼殺隊側はハッピーエンドで終わってます。一部を除いて。

Q.元あね設定必要? 性差による違いは?
A.文寿郎側にはありません。童磨側の思考パターン分岐があるだけです。彼奴は「あに」だろうと「あね」だろうとあんまり影響ないです。ちなみに男に生まれたのは単なる乱数なんで、普通に文子になる可能性もありました。文子の場合でもきっちり使命を完遂したことでしょう。\ワタシ、文子! 妹ヲ殺シニキタノ!/

Q.何故文寿郎が最終戦後に死ななかったのか?
A.監禁生活で寿命の貯金が出来てしまったから。奇しくも監禁した本鬼が余命を作り出していたという。自業自得やが一緒に死んでくれないなんて可哀想やな……。

Q.万世極楽教で何が起きたのか?
A.心の支えが無くなって爆発寸前の信者たちは「先に教祖極楽行ったで」という心無い言葉によって爆発しました。これには教祖様も地獄でうんざり。
尚、光る頭の信者くんことハゲ信者くん(原作唯一の顔あり信者)は死にかけている文寿郎を助けてしのぶさんたちに引き合わせました。聖人?

Q.朝帰りの時ナニしてた?
A.夜のお店の人たちに趣味を聞いてたら乱パ(略語)が発生して巻き込まれた。しのぶさんは碌に抵抗せず流された文寿郎に真剣に怒りました。二度としないという約束を取り付けたものの、しのぶさんかわいそ……。これには清い監禁生活を送らせていた教祖様も地獄で地団駄。

Q.なんでずっと笑っちゃうようになったん?
A.助けたつもりが歪ませてたなんて笑っちゃうよねwwwアヒャヒャwww
 希死念慮の発生を確認(チャキ)

Q.おい……。くっついとらんやん。
A.彼なりに誠意は見せたとだけ弁明しておきます。

Q.このIFにおける幾星霜の世で文寿郎はどうなA.以上です。

このIF話は終わり!閉廷!解散!
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