世間では『オニ』という存在がいて、彼らが『怪人』を作って日々人を襲っているという。彼等を止めるのは警察でも自衛隊でもなく、『キサツタイ』が対処する。
――なんて、非日常的な出来事が起ころうと俺の日常はいつも退屈なままだ。これまでオニにも怪人にもキサツタイにも会ったことが無い。強いて言うならテレビの向こうでは会ったとか?
母親の勤務先変更に伴い、転校することに慣れも出てきた。俺は賢いし、周りの人に優しく出来るので普通に人の輪に入れたし、疎外された事だって無い。
流行りを抑えて相手の話を聞いていれば自然と人が集まったし、そして跡を濁さず転校してきた。
ただ、これまで入ってきた学校には無かったものが、今年入った学校にはあった。
「あの席、いつも空いてるけど何で?」
俺が編入したクラスではいつも一人の座席が空いたままだった。最初は風邪かインフルエンザで休んでいるのかと思えば、三ヶ月を越えてもその席に座る生徒は現れない。
世間話の流れで聞けば、先程まで笑顔で喋っていた男子も女子も、ぴたりと口を噤んだ。
ああ言っちゃいけない話題だったかな。そう思っていると、一人の女の子が教えてくれた。
「不登校の子がいるの。あそこの席はその子の場所」
「
不登校。よくニュースや噂には聞くけど本当にいたなんて。
周りは触れられたくないみたいだからそのまま話に流されてあげることにした。別に関わる事も無いだろうしね。
――そう思っていたのだが。
「
「先生、胡蝶さんなら部活動の方へ行かれました。何か用事があるなら伝言でもしましょうか?」
胡蝶さんは蝶の髪飾りをつけて髪をまとめた女子生徒だ。彼女ならば終業の合図と共に淑やかな笑顔で退室した。
放課後の教室へ一度退室してから戻ってきた担任にそう言えば、彼は「ほお……」とバツの悪そうな顔をした。
「いや……、しっかしなぁ……」
「?」
「……極楽寺、この後予定は無かったりするか?」
「はい。まぁ」
妙に煮え切らない態度をする担任に首を傾げていると、いつになく苦々しい顔で彼は持っていた封筒を下ろす。
「……ここから約二十分程度歩いた先にな、このクラスの不登校児の家がある。ソイツにこの封筒を持っていって欲しいんだが」
「いいですよ~。でも住所知りませんよ、俺」
「待ってろ。メモ渡すから。住所はな……」
流れで引き受けたが、不登校の生徒というものにも興味があったのも事実。キサツタイやオニなんかよりもよっぽど身近な非日常だ。
中学生の時点で人の輪から外れるぐらい社会に適さない人間を見てみたいという好奇心から、俺は『
「助かったわ。普段なら胡蝶がやってくれてるんだが」
「いえいえ、困った時は助け合いですから。それではさようなら」
「おう、最近は怪人被害も無いが気を付けろよ。家の位置が分からなかったら自分家に持って帰って、明日封筒を俺に渡せばいいからな!」
担任に見送られながら俺はいつも通る帰り道とは反対の方向を向いた。親が借りる賃貸は大体町の中心地にあるし、他の生徒だってそちらに住まいがある。
彼が教えてくれた仏塚文子の家は空き家も多い閑静な住宅地だった。
坂を上がっては下ってと慣れない道を歩いているが、午後だというのにすれ違う人がいない。気配自体が感じられない。
手入れのされていない田がぼうぼうと草を生やし、通りがかるガレージには車が通るタイヤの跡も見えない。『自然豊かな』という謳い文句で売りに出されていそうな土地ばかりだ。
「こんな所に人って住めるんだ……」
担任からのメモとスマホの地図アプリのナビによってようやく着いた場所は、……そこもまた人が住んでいるのだろうかという風体の一戸建て。
家の横には車一台は入りそうな小さな駐車場と、そこから覗く縁側の戸は締めきられている。
「……いるのかな?」
表札さえ無い家だがインターホンはあるらしい。ボタンを押してピンポーン、と音を鳴らしてみる。
……耳を澄ませても家の中から物音はしない。
だよね~。出る訳無いよね。
僅かな好奇心も無くなったことで郵便受けに封筒を入れて帰ろう。
「何か用?」
「……えっ」
人の声に振り返る。それだけでも驚いたのに。
俺は声を掛けた人間を見て、――人生で初めて驚いた。目を見開く、という事が本当にあったのかと。
「そっくりだ」
その女の子は、とても俺によく似た顔をして、俺と同じ様に……。驚いた顔をしていた。
「――見つけたぞ! 適合者!」
「はい?」
気付いた時には俺の顔面に何かがへばりついて、多分……後ろに倒れて、頭を打った。
§
「なんとも犬小屋みたいな家だ」
「じゃあ家から出れば?」
「する訳ないだろうが」
「ええ……?」
……声が聞こえて目が覚める。起き上がると、自分が外ではなく家の中にいる。手に当たったのは、俺を寝かせていた座布団?
視線を感じて頭を上げると、俺のそっくりさんと、……顔のついた、いや生首?
「なにこれ」
「知らない。貴方がプリントを届けようとしたのは分かったけど」
「そうそうプリントを届けに……。って、じゃあ、君が……?」
「私が仏塚文子。貴方の名前は?」
――そういえば、クラスで自己紹介をした際、何だか視線を感じると思ったんだ。
もしかして俺と彼女の顔が似ていたからなのかな。
意図して笑顔を浮かべて挨拶をする。彼女は表情を浮かべないまま、色の無い瞳で俺を見ていた。
「俺は極楽寺童磨。えーっと、お会いできて嬉しかったり? 同じ顔が三人いるとは言うけれど、こんな似ている人に会うのは初めて」
「おい二人だけで話すな貴様ら」
「……それでこの、生首は何?」
「知らない」
俺たちは机を挟んで会話していたのだが、その座卓に乗るのは生首……というにはデフォルメ化された見た目をした、紅梅色の瞳とうねる黒髪の……男?
いや、この物体によく似たものを俺は知っている。確かテレビで流れていた。怪人被害を食い止めるキサツタイの側によくいる……。
「仕方ない。よく聞け。私の名はキブツジムザン。極楽寺童磨、貴様には『オニ』の才能がある」
「今なんて?」
「お前がオニになれば強力な怪人を増やし、あの忌々しいキサツタイに対抗することが出来る」
『オニ』、『キサツタイ』、『怪人』。そのどれもが俺には関係の無い……、テレビの中の話だ。
いつの世からか、『オニ』と呼ばれる者たちが『怪人』を作り、人を襲う事件が起きていた。
それに対抗するのが『キサツタイ』。『ウブヤシキ』の力によって変身し、彼等は『オニ』、引いては『怪人』と戦う。
――その『オニ』の首魁こそ、『キブツジムザン』。
……もしかして、そのムザンとやらがこの生首なの?
どうしよう、あまりにもいきなり過ぎて賢い俺でも飲み込み辛い。
「キブツジムザン、生首なんだ」
「オニってスカウトで増やすものなの?」
「応募で取った奴はどれもカスだからな。手間ではあるが、この私直々にオニの素養を見出して勧誘せねばならない。なお、そこの仏塚とやらも中々の素養がある。二人揃ってオニになれ」
「「ええ……」」
思わず顔を見合わせると彼女も困惑しているようだった。あまりに現実味が無いので戸惑っていると、ムザンはこう言った。
「オニになれば怪我や病もすぐ治る体になる。身体能力も上がり、お前が強くなれば超常現象さえも操れるようになる」
確かにキサツタイに比べたらオニの方が色んな能力を使っている。腕を飛ばしたり、雷を操ったり……。再生能力もキサツタイには無い。オニは腕を斬り飛ばされてもすぐに生やしていた。
「なによりも刺激的な日々を送れる。――退屈しているのだろう? 飽き飽きしているのだろう? 転校で誰とも深く繋がれる事もなく、上辺だけ取り繕って周囲に合わせて、また一、二年経ったら
ムザンの言葉が、俺の胸に突き刺さったみたいに痛かった。
だって全部その通りだから。
俺の母さんは昔、離婚したらしい。俺を食わせていく為に働き始めたけど、職場先で何度も問題を起こしてクビになった。何度も退職と再就職を繰り返し、ようやく派遣として安定するようになった。
数年、或いは企業によってすぐに変わる契約。母の派遣先が県外になったりすると転校しなければならなくなった。転校だって面倒なのに、母親は俺を自身の祖父母の元に引き渡すということもしなかった。
そうした方が良いのに、あの人は俺と離れることを嫌がるから。
何度も何度も何度も俺に縋るから。
「惨めだな。お前はそのままでいいのか? 私の手を取れば変われる。お前の価値は母親に依存せず、お前――むぐ」
「そこまで」
……そっくりさんがムザンの口を塞いでいた。
「この首まんじゅうの手を取らなくても、人間は変われる」
「
「このまんじゅうは君の傷を抉って『それだけしかない』と思わせて手を取らせようとしている。よくある詐欺の手口だよ」
「……だろうね。随分と俺の周りの事を調べているようだし」
彼女の中のまんじゅうが跳ねた。
「でも俺はこのまんじゅうの手を取るよ」
「……何故?」
少し落ち着けば、次第に傷の熱も治まって冷静に思考が回っていく。
オニ。怪人を作って、キサツタイと敵対する存在。
もし自分がキサツタイやオニになるなら――なんて稚拙な妄想をした事は無いけれど。今この時に考えてみれば、俺はキサツタイよりもオニの方が向いている。
キサツタイはオニや怪人から守る為に奮起するような、お人好したちばかりだ。
でも俺は他人の事を、
そう、俺はこの退屈が嫌なだけ。だったら。
「オニの方が楽しそうだなぁ!」
「契約成立だ!」
瞬間、ムザンの髪がうねって俺の手に絡み付いた。そこから送られてくる――体内の血が沸騰しそうな程、熱いエネルギー!
これをどうにか制御しようとしたら視界が真っ白になって――。
「……! なにこれ! 背が高くなってる!?」
「それがオニとしてのお前の姿だ。体から力が溢れるのが分かるだろう」
「うんうん! 声も低くなってる~!」
「鏡見る?」
「…………ねぇ、これ俺が大人になっただけじゃない? 他のオニってもっとこう、異形とか刺青が目立つ感じになってたよね?」
そっくりさんが寄せた姿見で見たオニの姿は、俺を大人にして、血がだらりと落ちてるような模様が髪についているだけ。似たような模様の上着と灰色の袴、閻魔大王が被っていそうな帽子に、いつの間にか金色の鉄扇?かなこれ。それを二つ持っていた。
「安心しろ。認識阻害魔法が掛かっているから変身した状態のお前を『極楽寺童磨』と認識することはない。自ら明かせばその魔法は解けるがな」
「へー……。あれ、それってそっくりさんにも効いてる?」
「最初は知らない男の人かと思ったけど、話の流れから推理して極楽寺だって気付いた」
「そういう抜け穴もあるんだ」
「さあ行くぞ
「知ってはいたけど名前がダサい!」
オニソードとかオニフィストとか、オニ側のネーミングが至極ダサいことは知っていたけど!
……まだマシな方かな?
§
こうして俺はオニとなって、日々怪人を作ってキサツタイと戦ったりしなかったりする非日常を掴み取った。
オニとしてキサツタイと戦うのって楽し~!
この前蝶の飾りがついたキサツタイの子に凄く睨まれちゃった!
小さいのにとっても頑張っててさぁ~! 思わず敵の俺が応援したらさ、舌打ちしてくれたんだよ!
という感じで!
退屈な日々から一転して、俺の日常に潤いというものが生まれた。
ある日、俺はそっくりさんの家に来ていた。
だってオニ関係で有耶無耶になっていたけれど、何で不登校になったのか聞いてみたかったし。
インターホンを押すと相変わらずそっくりな彼女が出てくれた。
今度は家にいたらしく、なんともだらしがないというか、人を迎え入れる気が無い家着で迎えてくれた。
Tシャツのサイズが大きいのか、肩出てるし……、インナー見えてるし……。
ぼやーっとした目でお茶を出されたものの、なんだろうこのお茶。不思議な味がする。
「そのお茶は格安セールで売ってた知らない名前のお茶」
「なんていうものを客人に出すんだ」
「ウチに玉露なんてものは無いよ」
「そこまでは求めてはないけど。……不登校になった理由を聞いてもいい? なんか世間でいう不登校の生徒っていう感じがしないんだけど」
「別に心を病んで不登校になった訳ではないからね。毎日バイトしてるぐらい元気」
「それは元気だ……」
「でしょう」
見た目は古びて見えるが、内装は綺麗にされていた。リノベーションでもしてあったのかな。
「……あの、またここに来てもいい?」
「聞く前に来てるよね?」
「この前頭打った時に家に入れてくれたお礼がまだだったから、ということで一つ」
「別に理由なんていらないけどね。いいよ、でも胡蝶もよく来るから君一人だけを入れている訳ではないよ」
話しの切り口に「え?」と声が出る。
「前に君みたいに来てもいいかと聞いて、後から『自分だけが特別じゃないのか』と言った子がいたからね。一応言っておいた」
「……へぇ」
「期待したのかな? 可愛いね」
――ほんの少しだけ、似たような下心が無かったといえば嘘になるけど。
こうもあっけらかんと指摘されてしまうと素直に認めたくなくなるなぁ。含み笑う彼女に一矢報いてやろうじゃないか。
「じゃあその家着での応対止めなよ。俺はならないけど、可哀想な人は勘違いするんじゃない?」
「面倒だし、そもそも不登校の人間の家にやって来る方がどうかしてる」
「ええ……」
「あの時もそう。いつもだったらプリントは胡蝶が持ってくるのに。どうせ担任の宇随が面白いもの見たさで君にやらせてみただけだろうから」
「あー、やっぱりそうなんだ」
あの担任、確信犯だったんだ……。
謎のお茶を飲む。ちょっとこの味にも慣れてきたかも。
「それじゃ、ごちそう様。今度はちゃんとしたお茶を持ってきてあげるよ」
「別にいいよ。客に出さずに私が飲むから」
「酷すぎる……。もてなしの精神が見当たらない……」
「帰るなら帰った」
しっしっ、と追い出されてしまったので大人しく帰る。
不登校の理由も聞けたものの、今度は彼女自身に興味が出てきた。
また来る時はちゃんとしたお茶を俺が買ってきて、彼女にもてなしの精神を育ててあげようっと。
極楽寺童磨:転校してきた中学二年生。転校ばかりのこんな人生……ポイズン!傷もあるが愉快犯の側面からキブツジムザンの手を取りオニロータスとして誕生!今後キサツタイを的確に邪魔していくぞ!
ゆっくりムザン:いつもメディアとキサツタイから姿を隠し、逐一オニに指示を出してくるぞ!
仏塚文子:不登校の中学二年生。一年生の秋ごろまでは普通に学校に行っていたが不登校になったぞ!度々やってくる来客をインナーが見えるだぼだぼTシャツのまま淡々と相手しているぞ!恥を知った方がいいぞ!
胡蝶さん:とっても優等生で可憐な女の子。いつも仏塚のプリントを届けていたぞ!
担任:「いやぁ、同じ顔同士合わせたらどうなるかって気にならねぇ? 胡蝶」
胸倉を掴まれながら彼はそう言った。