こうして続きが生えていくんですよ奥さん!
出された茶を飲みながら男は部屋を観察していた。
駅の中心から離れたこの町には人気が無い。前に起きた怪人災害で死傷者が出てから移住を選んだ者たち、そしてこの土地に残り続け亡くなった年寄りも多く……、そうして空き家が生まれていく。
怪人被害で死傷者が出た土地に加えスーパーやコンビニからも離れた過疎地域へ移住しようと思う変わり者もそういない。
男はある家を訪ねて客間へ通された。六畳の和室でちゃぶ台が一つ。
「二年からは宇随先生ですか。はぁ」
「俺なら毎日ド派手なHRにしてやるが、どうだ? 登校したくなっただろう?」
「いや余計に行きたくなくなった」
「地味な奴め……」
「いや、HRに派手さは求めなくても良くない?」の意を含んだ地味な視線を受け流し、宇随は四月の頃、去年の十二月から学校へ登校していない仏塚文子の家を訪ねていた。
予想通りに彼女は宇随を客間に通した。学校関係者を避ける傾向は無し、と心の内に留めた。
「お前、親はどうしてる?」
「仕事行ってますよ」
「去年の授業参観にも来てねェらしいじゃないの。そう仕事熱心な親なのか?」
「熱心ですよ。お気遣いなく」
親の話題は避けたか。じゃあ、次はと宇随は次の話題を上げた。
「朝にバイトしてるって聞いたんだが本当か? ほら、これ」
宇随が取り出したのは今朝届いた新聞だ。それをちゃぶ台に広げた。
「俺の嫁がな、毎朝早朝にランニングすんだわ。そん時、ウチに朝刊を配達してるお前を見たっつってな」
「見間違いでは?」
「バイトを咎めるつもりはねーよ。学生の内は自分で自由に出来る金は欲しいもんな」
「否定の意味も無く肯定された……。咎めないなら良いんですけど」
目の前で不遜にもタメ口紛いの敬語を使う文子は、冬頃に
それ以降、学校に登校せず不登校扱いとなった。
「実はな、お前をいじめていたグループのガキ共は転校してんだよ。実行犯の三人組」
「はぁ」
「学校としては戻ってもいいんじゃねェかと言いたいところだが、他に事情があるんだろ? 無理に来いとは言わないが、悩みがあるなら聞くぜ?」
「そう言ってくださるのはありがたいんですが、悩みは無いんですよね。お話出来る事もありません」
キッパリとこの後に話す事も無いと示す生徒。年下である筈だが、妙に大人びた対応。悪い意味で子供らしくなかった。
「そうか……。じゃ、俺から言えることも無ェな。――ああそうだ、一週間ごとにプリントを届けに来ても大丈夫か?」
「別に構いませんが、誰がやるんです? 毎週勾配の激しい坂道を歩いて配達するのは大変では?」
「立候補してる奴がいるからな。
「胡蝶さんが、ですか」
「良い友人を持ったな。じゃ、そういうことでヨロシク」
宇随は立ち上がって玄関まで戻る。古い木材で組まれた玄関から、文子は帰る背中を見送った。
「放っておけばいいのに」
§
家の中を歩く足音が聞こえる。それは真っ先にこちらに向かっているが彼女は聞こえないとばかりに布団を被った。
タンッと軽やかに襖が開けられた。まろやかな瞳は布団で蹲る芋虫を見つけて、「仏塚さん」と呼び掛けた。
「仏塚さん、起きなさい。午後の五時です」
「お布団に時間は関係無い……」
「もう、起きてください。夕飯作りに来たんですよ」
「んん……。あと十二時間……」
「寝すぎです!」
べりっと布団を剝がされた芋虫はやる気なく手を伸ばすも、くるくるとしのぶが畳むので触れることもなく、その手はべたんと畳へ落ちる。
目も開いていない状態で布団を探す姿に呆れたのか、しのぶはその手を取ってよいしょと立ち上がらせ……ようとしたが出来なかった。身長の差が……。
中途半端に膝立ちになった文子はようやく自分の足で立った。ずるり、肩からTシャツが落ちる。
「顔洗ってきてください。その間に作りますから」
「わかったぁ」
「何語ですかそれ」
洗面室に向かい、蛇口を捻って水を出す。手に冷たい水を溜めて軽く顔にぶつける。大分眠気が覚めてきたが目はまだぼうっとしている。
濡れた顔のまま、文子はぐぐぐと力を込めて目を開く……が、力を入れてなければ瞼が下がり、やる気のない顔になる。とぼけた顔の女がそこにはいる。
「……あほらし」
タオルで顔を拭くとキッチンに戻ると彼女にとって何度見ても慣れない光景が広がる。
しのぶの家とはひと昔も違うキッチンコンロの操作に四苦八苦していた。
「胡蝶……、今日のメニューはなに……?」
「今日はつみれときのこ味噌汁、鮭と野菜のホイル焼きです」
「つみれにホイル焼き……!? また面倒な料理を……」
「貴女具材切るだけでも面倒と言うじゃないですか!」
「ご飯は……、先に炊いてるみたいだね。前のようなことはしてない、と」
「う、ぐ……! ま、前は忘れてただけです! 蒸し返さないでください!」
「ははは」
不定期に行われる、しのぶによる『文子にまともなご飯を食べさせようキャンペーン』。
それは、彼女がまだ学校に登校していた頃の昼食時の会話から始まった。
『仏塚さん、昼の時間はずっと寝てますけど大丈夫なんですか? お弁当持ってきてないんですか?』
『四日に一回食べてるから大丈夫』
しのぶ、固まる――。
(四日に一回、えっと昼の話よね?)
『お昼ご飯を四日に一回、ということですか? 晩ご飯はちゃんと毎日食べてるんですよね?』
『? 四日に一回、朝か晩に食べてるから大丈夫』
『おやつとか食べてたり……?』
『ううん、要らない』
しのぶは宇宙を背負った。
一日一食は雑誌やネットで聞く話だが、四日に一回?
『ダイエット中……だったり?』
『いや、食費削減』
『は……?』
その日の昼は終わり、家に帰ってもしのぶの頭にぼんやりとその事が残っていた。
「どうしたの? ずっとぼんやりちゃんね」と言われてから、しのぶは姉のカナエに聞いた。
『……四日に一回しか食べてないのに人間って生きられるの? 栄養の偏りは? その一食で全部補完してるの!?』
『まぁ』
妹の怒濤のツッコミを聞いた姉は朗らかに笑った。
『じゃあ、しのぶがお弁当作ってみたらどう? きっとその子もしのぶにメロメロ――』
『そんなんじゃないから! 男の子じゃないし、ちょっと、ちょっとだけ気になっただけなんだから!』
『まぁまぁ、うふふ』
後日姉はこっそりとしのぶの様子を窺うと、ああでもないこうでもないと弁当のおかずに悩む妹を見た。味見をカナヲにお願いしているのを見てカナエも混ざりにいくとしのぶから「姉さん!」と声が上がった。
しのぶが弁当を作り、文子が受け取り、文子がしのぶにお金を渡したり――。
そうした切っ掛けから、いつの間にかしのぶが文子の家まで行って夕飯を作る事態にまでなった。
ナマケモノみたく一日中机に突っ伏し、家に帰れば畳に転がっている生物をほっとけなかったのだろう。文子の手を引っ張り上げて食卓に座らせるしのぶの図が完成してしまった。
(なんだかんだ付き合いも多い? いや、日数を考えるの面倒……)
前回のキャンペーン時は他のおかずは出来たが肝心の米を炊いていなかったことで、すぐには食べられなかったという失敗があった。
「前は一回で点いたのに」としのぶが苦戦しているガスコンロの着火を代わり、文子は何度もつまみをぐりぐりとすることでカチッと着火した。
「最近調子が悪いから何度も捻ると点くよ」
「そのまま故障しないといいですけど」
「大丈夫大丈夫。一年くらい持つよ、多分」
しのぶは作りかけのつみれを作り始めた。慣れた手つきで作る彼女に一言。
「いっぱい練習したのかな?」
「……しましたよ? それが何か?」
「入れ忘れてるもの、なぁい?」
「あっ!」
ボウル横のまな板に残るネギに気付いたらしく、いそいそと肉の残る手でしのぶは入れ始めた。生暖かい目で文子は見守っていた。
「まだまだだね~」
「な、にを……。ぐぬぅ……!」
「がんばれ」
ボウルの中の鶏ひき肉を混ぜる手を応援しながら文子は冷蔵庫の中を見て、ある材料を取り出す。
「そういや前来た時に買ってくれた生姜、全然使ってないから混ぜてくれる?」
「早めに言ってくださいよ!」
「今からみじん切りにしてあげるから待ってて~」
適量の生姜を切り落とし、素早く包丁で皮を剥いてあっと言う間に微塵に切られた生姜がボウルへ投入される。小さな手がにぎ、にぎ、と全体をこねくり回した。
「きのこ入れておくね」
石突を切り落とされたきのこがバラバラと鍋に入っていく。
生姜といい、きのこの時といい、文子は包丁の扱いが手慣れていた。
「いつも思うんですが、慣れてるなら自炊をちゃんとしたらどうなんです?」
「別に毎日三食いらないし、だったらレトルトでチンが一番簡単。人間が生み出した誇るべき文化だよ」
「この怠け者……」
「昔みたいに誰かがいる訳でもないしね」
ぎゅうぎゅうと丸められたつみれを形が崩れない様に鍋に移せば、次はホイル焼きだ。
ホイルに入れる野菜を切ろうとした時、家のインターホンが鳴った。
「何か頼みました?」
「ううん。誰か来たのかな。見てくるよ」
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
連続で鳴らされるインターホン。キッチンに残るしのぶは「なんだろう」と思い、玄関に向かう文子は玄関の摺りガラスから見えた人影に「げ」と声を出した。
「文子ちゃん、いるんでしょ~? 開けてよ」
「……」
「聞こえてるからね? 今『げ』って言ったでしょ。あ、奥の方にしのぶちゃんもいるでしょ! 良い匂いもする」
文子は無言のまま玄関から踵を返そうとした。
「玄関の扉、壊していいってこと? 入るよ~!」
「分かったから壊さないで。何なの? 来るなって言ったよね?」
がらりと玄関の扉を開けると、ボストンバッグを持った童磨は晴れやかな笑顔を浮かべて立っていた。
「家出してきたから泊めて!」
「は……?」
§
「はぁぁぁ!? 母親と喧嘩した!?」
「それで家を飛び出して……、思いついたのが文子ちゃんの家だった」
「その呼び方止めろ……。吐く……」
致し方なく、といった様子で童磨を客間に通した。火を止めてきたしのぶが合流し、叫ぶに至る。
呼び名に口元を抑えながら文子の頭に疑問符は絶えない。二人の視線に気付いたのか、「だってね」と続けた。
「文子ちゃんが『そんなに悪いことしたいなら母親の心でも抉ってきなよ』って言うから。確かにって俺も思ったんだ。だから抉ってきて、居心地が悪くなったからここまで来たのに……、追い返そうとしたんだよ? 酷くない?」
「それ、本当ですか?」
ちら、としのぶが横の文子を確認すると彼女も誰もいない横を向いた。
「ほらさ、母親だってお子さんを不登校児と会わせたい筈無いじゃない」
「私は『全面的に関わってこい!』って言われましたけど」
「君のはちょっと特殊なパターンだから。きょとんってしないの」
納得いかない顔のしのぶ、ニコニコと笑う童磨。二人を前にして「だから」と切り出した。
「極楽寺は母親の言う通り不登校児との接触を禁止されたんだからそれに従えばいい。胡蝶は……、いつになったら諦める?」
「諦めませんけど?」
「俺も諦めないしめげないよ!」
「頼む……。静かに……。放っておいて……」
天然と確信犯。後者に至っては「扉を破壊してもいいのか」と脅しを掛けてくる。ちゃぶ台に伏した文子に抵抗する術は無い。
一応の事情を聞いた胡蝶だが、この後どうするのかと聞く前に。
ぐぅ、と腹が鳴った。――その出所は童磨からだった。
「お腹空いたんだけど……。何かあったりする?」
「……夕食を作っていましたが、食べますか?」
「頼むから胡蝶、こいつを締め出すんだ。君しか頼れない……!」
「いいんじゃないんですか。ご飯食べてから家の方に電話しましょう」
「胡蝶ォ……!」
「ええ、しのぶちゃんたちの手作り!? 美味しそう!」
中身が殆ど無い筈の胃を抑えながらしのぶは文子へ「いいですか、貴女はまず着替えなさい」と言い付けてから食卓に戻って調理を再開した。
童磨は「手伝うことある?」と聞いたが椅子に座っている様に言われた。
いつもの家着よりマシな姿になった文子が戻った頃には料理も終わり、テキパキと白米、つみれときのこの味噌汁、そしてホイル焼きが――。
「あ、ホイル焼きは二つしかない……」
鮭は二尾しか買ってこなかった。しまった、としのぶが考えるより先に文子は自分の前に並べられたホイル焼きを童磨の前に移した。
「いや、俺は急に来たからふ「仏塚」仏塚ちゃ「さん」……仏塚さんが食べなよ」
「また胡蝶に作ってもらうからいいよ」
「!? ……いいですけど? また作りますから」
「流石の私も家出坊主に
「何か不思議な副音声が聞こえた気がするけど……、ありがとう!」
いただきます、と声が重なる。
しのぶは一通り、練習した通りの味になっていて安心していた。ただ違うのは……。
「これ、懐かしい味がする!」
つみれを口にした童磨はパァっと顔を綻ばせた。しのぶ自身もアクセントが効いて良いアレンジだと思う。
「なんだろう、生姜が美味しい! ね、ね、おかわりあるかな?」
「ありますよ」
「やったぁ!」
食事も終わり、さてこれからどうしようかという話になった。変な味のするお茶を飲みながら童磨は手を合わせた。
「お願い仏塚さん。泊まらせて!」
「却下」
「そんなぁ!」
しのぶは自分が入れたので普通の緑茶だ。文子は何も言わなかったので童磨と同じ茶が置かれた。彼女はそっと童磨の元へ置き直した。
「まずは親御さんに電話してからでもいいんじゃないですか? ……そもそも、何故喧嘩を?」
「そんなのよくある話だよ。俺の母親はかなり過保護でね。俺に傷一つでもあれば不安で不安で仕方なくて他者を攻撃したり、行動を束縛してくるんだ」
「……例えば?」
「自分が気に入らない子供とは遊ばせようとはしないね。遊んでるのが発覚したり、疑われたりすると家に直帰は絶対でー、母さんが帰ってきたら毎日二時間に続く説教が……。はぁ……。知るならまだしも、思い込みだけでやられる時もあるから堪ったもんじゃないよ」
眉を寄せてふぅと溜息を吐く童磨からは本当に参っている空気が感じ取れた。
「小学生ならまだ分かるけどそろそろ俺も中学生なんだぜ? 純粋に俺を心配する気持ちより、被害妄想が入ってる節もあるし」
「被害妄想ですか……」
「『あの悪魔がまた貴方を誑かそうとして』って。悪魔ってなに、悪魔って」
「オニでも怪人でもなく?」と呆れた顔に釣られ、しのぶも引いた顔を見せた。
「またってことは昔何かやらかしたんじゃないですか?」
「あー、それがねぇ。俺昔の記憶殆ど覚えてなくってさぁ」
「はい?」
衝撃発言二度目。母親、記憶喪失。色々と聞き過ぎてしのぶの頭は混乱し始めていた。
「覚えてるのは七歳だかそこらへんから? 多分そこでなんかあったんだろうな~って思うんだよ。思い出そうとしても出来ないし……」
「それは、大変でしたね……」
「だからさ」
ニコリ。童磨は席を立ってダイニングの入り口に近付いている文子を見た。
「俺とこーんなに
ゆっくり、大きく、優しく言い聞かせる声色。文子は振り返りもせず私室へ逃げた!
「あ、待ちなさい! 仏塚さん! 説明を求めます!」
「ほら~やっぱり! 第三者から見ても俺たち血縁だって!」
「血縁じゃありませーん。実は私は宇宙から来た生命体。肉体はアバターだが実年齢はこの星で換算すると百十四才なので血縁なんかじゃありませーん」
「「もう無理があるでしょ!!!」」
私室の襖を前にして二人はやいやいと騒ぐが、ふと中が静まり返っていることに気付く。
「あ、逃げた」
「なんですって?」
しのぶが勢いよく襖を開けるといつも閉め切られていた窓から風が吹き、カーテンが揺れていた。
「あの人ったら……」
「中身は意外と普通だ」
「何勝手に見てるんですか」
てし、としのぶは文子の部屋を物色し始めた童磨の頭を叩いた。
「とりあえず、電話してみましょう。心配してる親御さんに一報入れて、それでもまだ帰りたくないなら……どうしましょう」
「そこは『泊まっていいよ♡』って言ってくれるんじゃないの?」
「家主は私ではありませんので」
つーんとした態度のしのぶに引き摺られながら童磨は内心唇を舐めた。
(第三者を使うと効率的だけど逃げられちゃうか。……急ぎすぎなのかな? 文子ちゃんの警戒をゆっくりでも解いた方がいいか)
坂を素足で駆け上がり、また誰もいない空き家の前にある階段に座った。家屋は多いものの、明かりが点いている家は点々と離れ、片手で数えられる程。
(舐めてた……。アイツのポジティブさと、積極性と、計算高さ……。胡蝶を使ってくるのは卑怯だ)
こちらが強めに拒否した翌日からも相手はめげずにやって来たが、居留守で二週間は持った。
それでも此方が居留守を決め込んでいれば「扉を壊す」と脅迫し、「母親と喧嘩して家出してきた」と。
タイミング悪く胡蝶といた時に自身の話を切り出し、何も知らない胡蝶の興味を煽って連携までして。
「……はぁ」
久しぶりに考えた挙句勢いで外に出てしまったので疲れてしまった。流石に野外で寝る趣味は無いので、とぼとぼと文子は家に戻る。
その途中、地面が揺れた。あたた、と地面に尻もちをついて、そのまま揺れが収まるのを待った。
「地震か」
最近何かと多いので、ただでさえ古い家の設備が壊れないか心配になる。補修するにも金が掛かるのだから。
家に帰ると携帯越しから聞こえる悲鳴と、頬を膨らませて抗議している童磨、口元を抑えて顔色の悪いしのぶがいた。
「何事?」
「人ってあんな声出せるんですね……」
「――分かった! もう俺暫く帰らないから! 遠くに行く!」
プツ、と携帯の向こうで話している途中で切った。
「えへへ、母さんとの仲悪化しちゃった」
「バカァ……」
結局夜も遅いので童磨を泊めることになった。文子は本当に何度も何度も溜息を吐き、「男女が泊まるなんて……」と言いたげなしのぶを二人で見送った。
「本当に泊めてくれるとは思わなかったよ」
「だって財布忘れたんでしょ? ホテルも取れないじゃん」
「あはは。俺が頼れるのはもうパピちゃんと携帯だけ……」
「財布じゃなくてアクスタ持ってくるってお前……」
しょんぼりと眉を下げながら童磨は軽く頭を下げた。
「あの時はごめんね? 俺が事実を言っちゃったからつい怒っちゃったんだよね?」
「うーん、道徳の教科書ってどこに仕舞ったかな」
「俺道徳って好きだよ! 踏み外す為にあるようなものだよね!」
「教育の敗北か……」
誰か人の心というものを隣の男に教えてやって欲しい。切実に文子はそう思った。
「別に怒った訳じゃない。鬱陶しかったから離れて欲しかっただけ」
「でもまた来ちゃった♡」
「拳が出そう……。めんどい……」
「しのぶちゃんみたいにしっかりツッコミしてよ」
「めんど……」
それでもこれだけは言うべきか、と彼女が振り返る。「お前の考えは分かった」と前置きをして。
濁った眼が夜中でも明るい色彩の瞳を見据えた。
「私の口からは諸々言えないので、どうでもいい記憶を探りたいのなら自分で動け」
「……! 素直じゃないなぁ! 俺の妹!」
「その肉親判定には断固反対」
生まれて初めて感極まった童磨が文子に抱き着こうとして、彼女は軽く身を一歩後ろにすることで避けた。
転ぶことも無くニヤついた顔をする男を背に、家の扉を開く。
彼女は客間のちゃぶ台を隅に動かし、引き出しに仕舞われた布団を出した。
「はい、君の寝床。私の部屋に許可なく侵入したら蹴り飛ばす」
「警察に通報とかじゃないんだ」
「*1」
「言葉にする気力も無くなっちゃった! それじゃお休み!」
ひらひらと手を振って文子は客間から出た。笑顔で見送ってから童磨は布団に潜った。
親に逆らい、友達の家で女子の手作りの夕食を食べ、友達の家でお泊り。
(たのし~!)
母親にこれまで思っていた事をぶつけ、人生で初の友達らしい事をしたという興奮が彼の目を輝かせた。
(俺頑張るよ。頑張って、記憶を取り戻して見せるからね!)
その暁には――お互いのことを一杯話そう。
そして俺の事を分かって欲しい。俺も君を分かりたいから、君の事も話して欲しい。
むふふとしている内に童磨は眠りに落ちていった。
文子は食事を作ってもらった時にしのぶさんに食費を渡します。でも受け取ろうとしないので、しのぶさんとのゲキアツしょーもなバトルが毎回発生します。
「受け取りなよ。これは正当報酬」
「これは私が好きでやっているんですよ」
大体しのぶさんが折れて受け取ってるけど一度も使ってないらしいです。律儀~。