頼んだぜ、ジョー↑カー!↓
カフェ『ふろすと』。昼間はカフェ、夜にはバーにもなる店。
「……。一週間以上はお休み?」
店を訪ねた蝶の飾りの目立つ女子高校生が看板に目をやると、形容しがたい生き物が店の急な休みの理由を話している。
「過保護ですね、あの人も。いえ、感染予防でもありますか……」
それもこれも、店主の弟がベッドで寝込んでいる為に取った緊急措置である。蝶飾りの女子高校生は店の前から移動し、電車のホームへと向かった。
一方、店主はというと……。
「体調管理には気を付けて、と言った気がするんだけど」
「ごめんなさい」
「朝食の粥と薬。体調は一日で大分軽くはなったんだよね? 器は部屋の外に出しておくだけでいいから、寝てなさい」
「はい……」
伏せている童磨の部屋に入ってきた文寿郎は朝食と薬を乗せた盆を近くに置くと、白橡色の――ウィッグを被って部屋を出ていく。
「いってらっげほっ」
「はいはい。お前も早く治しなさい」
この前、弟の意識がいつになくぼんやりしているのを見て病院へ連行すると、流行中のインフルエンザと診断を受けた。
それだけならまだしも、後日に離婚の調停、企業から依頼された諸々の話合いなど……。当人がいなければ成り立たない仕事がタイミング悪く重なっていた。
体調を押してまでの仕事を出来る状態ではなく、予定の融通をしようにもとっくに調整した後の日程である。またその日程を動かす事は童磨の弁護士としての信用も落ちる。
診察後、「あー仕事どうしよ……」という顔になった童磨に対し、文寿郎は童磨本人として彼の業務の肩代わりをする事を決めた。
「検察やってて良かったよ……」
大まかに分ければどちらも法律関係の業務。検察官時代のスキルと、携帯に送られてくる童磨の指示を聞きながら虹色のコンタクトを嵌めた文寿郎は手早く仕事を熟していった。
§
仏塚法律事務所。手入れの届いたオフィスの中、おっとりとした女性がフローリングの掃除をしていた。
扉の開く音に顔を上げると綺麗な緑の目をしていた。
「おかえりなさい! 童磨……さん?」
「いつもご苦労様。琴葉」
「……あ、文寿郎さんですね!?」
「バレちゃったか」
童磨に変装した文寿郎をすぐに見抜いた女性、琴葉はにっこりと爛漫に笑った。
「だって、いつも童磨さんってば挨拶の次には抱き着いてきますから」
「へぇ」
「それに……、童磨さんの目! なんというか、ふわーって感じじゃなくて、お兄さんだとぴしーって感じで」
擬音混じりの説明にやや困った風の顔で聞いているが、文寿郎は素早く手元の携帯で弟へと『少しは自重しなさい』メールを送っていた。
「相変わらずの感覚派だねぇ。今ちょっと弟が体調崩しててさ~、代わりにやってるんだ」
「まぁ! 童磨さんは大丈夫ですか?」
「病院も行ったし、薬も貰ってるから大丈夫。もう少し落ち着いたらお見舞いに行ってもらえると喜ぶんじゃないかな」
「分かりました! あ、伊之助も呼んでいいですか? 一人で行くと伊之助拗ねちゃうので……」
「いいよいいよ~。その日はご飯もウチで食べてくかい?」
「え、ありがとうございます! 張り切ってお手伝いしますね」
――実は嘴平琴葉とその息子、伊之助。
彼女たちとは家族ぐるみの付き合いがあったのだった。
数年前、文寿郎が担当した刑事事件において容疑者として裁判所に呼ばれた琴葉だが、実際は濡れ衣を着せられた被害者であった。
その琴葉の弁護を担当したのが童磨であり、二人でなんやかんや議論を展開させた事により証人に紛れていた犯人を見つけ出すに至る。
その一件だけで終われば何事も無く、単なる被害者だけだったのだが――。
だがしかし、彼女は生粋のトラブルメーカーなのか、事件を引き寄せる体質なのか。
一時期、裁判所で冤罪をひっ被せられまくるふわふわ証言娘琴葉とそれを訂正していく弁護人童磨、担当検察官で頭痛が絶えない文寿郎。嫌な裁判所常連メンバーとなった時期があった……!
検察側も被疑者で『嘴平琴葉』を見掛けたらその案件を文寿郎に回すという、半ば専門家じみた扱いになっていた。
「この書類、嘴平琴葉って名前が見えるけど」「今度何の冤罪を掛けられたんでしょうねぇ」……。付き添いの事務官とのやり取りがうっすらと思い出された。
あまりにも濃い日々を経る内に付き合いが家族ぐるみになり、夕食を共にしたり、童磨が自分の事務所に家政婦として雇ったりして、現在の関係に落ち着く。
「童磨さん、大丈夫かな……。複雑骨折でしたっけ」
「風邪だよ琴葉さん……」
気の抜ける会話をしながら弟のデスクに座り書類を作っていく内、ファイルに紛れたメモに気が付く。
ちらりと見えた日付では大分先の予定を取り付けられているらしい。メモを取り出して内容を眺めると、文寿郎はそれをポケットに仕舞った。
「……? なにかありました?」
「何も? 伊之助くんが来るなら天ぷらがいいかな?」
「天ぷら! 伊之助もたっくさん喜びますよ! お兄さんの天ぷら大好きですから!」
「そう言ってもらえると嬉しいなぁ」
§
(昼は弁護士やって、夜は霊媒稼業もあるって……。大変だな~)
時刻は過ぎて夜。変装を解いて網田光銭として依頼のあった廃屋に来ていた。
場所は一つ県を跨いだ森の奥……にある朽ちた社。一人分の静かな呼吸が聞こえる中、出入口にバイクを停めた。
「これでまた変質者だったら笑えるねぇ」
連日、各々別件で「ラップ音が聞こえる」「荒い息遣いが聞こえる」といった趣旨で依頼されるも大方は人が起こしている事件だった。
前者は依頼主が夢遊病で、意識がない時に動かしている物音が聞こえているというもの。後者は依頼主の部屋に上がり込んでいるストーカーの仕業だったので警察に通報した。
ヘルメットは被ったまま目的の祠へと行くことにした。一本道だが木々の背が高く、懐中電灯で照らしても見えない死角も多い。
他に人のいた痕跡がいないかを探りつつ、先を照らしていると光がぱちぱちと点滅する。
「電池の替え時かな」
前に替えた時から大分長く使っている。そう言う事もあるだろう。
そう目線を手から道へと直した先、見覚えのある人の身体が見えた。太腿まで伸びる黒い髪、より詳細な情報を得る為にライトを顔に向けた。
すると、「きゃ」と可愛らしい悲鳴が上がる。
「何するんですか」
「……カナエちゃんかな?」
「えへへ、お久しぶりですね。今はコーゼン先生、ですか?」
「どちらでもいいよ。そういえば、この稼業で君と知り合ったんだっけ」
立っていたのは胡蝶カナエ。淑やかに花のような瞳を微笑みに滲ませ、文寿郎へと近寄ってきた。
「君はここで何を?」
「コーゼン先生と同じです。依頼を受けて来たんです」
「……君は依頼を受けるタイプじゃないような?」
「友人の友人さんからここに来た時から金縛りや不可解な事ばかりに遭うと相談されたので、来てみました」
「友人の友人は……他人じゃない?」
「それでも困ってる人を見捨てられなかったんです」
お人好しな回答に文寿郎は苦笑いを返した。金銭も発生しないのによくやるとさえ思った。
打算を含めて『お人好し』をしてきた文寿郎にとって裏表無く他人を助けられる人間は文字通り、対照的な立ち位置にいる人間だった。
彼女は双子ではないが下の子を持ち、霊的な事象に干渉する力もある。似通う所はあったが、お人好し以外にも“違う”所はあった。
雑談を交えながら二人が社の前に着いた。聞いていた通り、長年の風雨に当たって痛んだ小さな社を前にして「そうそう」と口に出した。
「明日金曜日だけど大丈夫? 確か俺の店に飲みに来る話だったよね?」
「それは気力で頑張ってみます! 折角なので私、コーゼン先生のお手伝いに回りましょうか?」
「仕事が早く終わるのなら助かるよ。じゃあ……」
社の戸を開けると中には神体らしき木像が社よりは優しい傷み具合で鎮座している。それを取ると、文寿郎に触れようとしたカナエの額に触れさせた。
ぐずりと形が崩れ落ち、彼女ではない何かの形へと姿を現し、像へ吸い込まれていく。
「君はお留守番ということで」
「 なぜ、あとすこし、だった、のに」
像から伝わる思念に答える必要は無い。取り出した祠に戻し、手を合わせて扉を閉じる。
「入れ直すだけで助かった。これが完全に破損してたら他の専門家を呼ばなきゃならなかったし……。いや、一応呼んではおくか」
はてさて、早く帰って明日に備えなければ。何事も無く、今日も彼は家に帰っていく。