鬼滅の刃RTA 上弦の弐単独討伐   作:一億年間ソロプレイ

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過去という井戸は深い。底なしの井戸と呼んでもいい。
-『ヨセフとその兄弟』トーマス・マンより


無限城脱出 ~ エンディング part7 / 井戸の底の蛙

 皆さんこんばんは。初めましての方は初めまして。

 前へ出な無惨。うす汚ねェ鬼とかの血を絶やしてやるぜ。なRTA、始まります。

 前回はキチ子が上弦ラッシュを終え、一人の哀れな素流門下生を成仏させました。

 それでは恒例のステータス上げのお時間です。

 

 仏塚 吉子 性別:女 特徴:『筋肉密度異常』 階級:『神』

 

 ステータス

 体力(108/108) 根気(108/108) 筋力(108/108) 防御(108/108) 速度(108/108)

 

 技能

 薬学(100/100) 交渉(47/100) 岩の呼吸(100/100)

 人体理解(100/100) 素流体術(100/100) 拳の呼吸(100/100)

 節制(100/100) 器用(46/100) 全集中・常中(100/100)

 瞑想(100/100) 柔道(100/100) 医学(100/100)

 強靭(100/100) 運び上手(100/100) 心眼(42/100)

 不落の陽(100/100) 透き通る世界(100/100) 日の呼吸(100/100) 

 

 ――千の言葉より残酷な俺という説得力。上弦でないと殺せない生き物になりました。

 ずっと(50)だった素流体術が念願の(100)!

 生ける伝道師狛治殿との実戦にて技を継承し、日の呼吸と共にMAXに出来ました。

 もう何も恐れることなどありません。後はこの無限の城を脱出するだけで終わります。

 

 さて透き通るEYEによって鳴女殿をハケーン!したらば、ちょっと小ネタ紹介。

 彼女の血鬼術はこのゲームでは音を媒介にして作用しているそうで。

 現在のキチ子のステータスですと……。

 

 

 パ ン ッ !

 

 

 柏手一つで術の発動を妨害できます「なんだこのゴリラ!?」と驚愕している鳴女さんの首を泣きながら刈り取った所で無限城解体です……。

 いやー、プチツアーみたいで楽しかったですね。深夜の森の中に戻ってきました。

 さて本RTAを完走した感――。

 

「どうされました、お嬢さん。こんな夜更けに一人は危ないですよ」

 

 は? は? は? 無惨? (上弦の壱)はどこだ!? (兄上)(生き恥)(蟹上)!?

 後ろか茂みの中か土の中か!?

 

 いやいや待て待てこれは完全に()()()()()()()()()()()()()()()()している。

 ……まさか、蒸発? 消えた?

 

 低確率で起きるネームドたちが消えるあの蒸発現象が起こった?

 

 

 ……。

 

 

 

 ワタシの勝ちデース!!!!!!!!

 

 

 

 蟹上は生き汚き狛犬と違い二撃でキルできるんでほぼほぼ休憩ペースだったんですが、徘徊老人蒸発ナイトテーブルだったとは幸運です。

 このまま突き進みましょう。運を呼ぶのもこれまた実力と申します!(スマイル)

 

 おい待てェい。上弦全部殺したのに無惨が回避行動及び雑魚鬼ファンネルを向けてこないのがおかしいじゃねェか。

 そう思われる(読者)の方もいるでしょう。答えは単純明快ただ一つ!

 

 

 

青い彼岸花の一点のみ!

 

 

 上弦全ツッパして殺して奪い取れなかったのに下級の奴等が殺せる筈も無し!

 鳴女も殺されたし(超重要)ここでコイツを逃せば二度と手に入らんかもしれんし!

 

 と、焦りに焦って引き篭もりが自ら部屋を出てきます。流石にウン百年掛けて見つからんかった素材見つかったら出てくるか……と生暖かき目で見つめましょう。

 これが鬼舞辻無惨最強伝説の終幕とも知らずにな……。

 

「町まで送っていきますよ」

 

 真下からの攻撃が確定で来ますので半歩後ろに下がって避けます。うーんこの。ウンチィ!(キレ)

 今から後悔させてやるよ……。誰に言ってるのかって? お前だよ、オ・マ・エ!

 

「ふざけたことを!」

 

 にこやかスマイルを怒りに変えた鬼舞辻無惨戦の解説。

 分裂阻止ヤク投与後あんぱんコーラ拳の呼吸 漆ノ型 熒火。 -完-

 

 駄目ですか? 走者は疲れるとつい略しちゃうんだ。

 待て、待てて(カンペ)

 

 無惨毒という通常の手法で解毒できない毒があるのでノーダメ戦法。

 分裂阻止の薬を最初に投与しないと分裂した肉片を片っ端から消さねばならなくなるのでタイムロス。

 吸息攻撃は岩の呼吸パッシブ効果で重量級となるので無効、相手はノーガードなのでゴリ押せ。

 

 限界突破ステ+日・拳の呼吸パッシブのダメージボーナス+人体理解による筋力ステ10補正+コーラあんばんの攻撃力バフでもう大丈夫。

 

 殺せます。

 

 本来なら彼岸花ガチャやってる間に他のステ補正付き技能を獲得して初撃退場させるのですが、今回は運良く最短突入ルートですので何回か攻撃を入れてから拳の呼吸の奥義でフィニッシュですね。

 

 初撃ボーナスたる人体理解での初手クリティカルによりあのカスボケクソ長体力バーの三分の一が消えました。

 はい、ここで分裂阻止薬を投与!

 これでポップコーン戦術にて逃亡もリスク分散も出来ません。

 折角なので完璧に覚えた素流タイプ技を使っていきましょう。

 

「貴様猗窩座の技を……。この恥知らずがっ!」

 

 うん? 聞こえんなァ~~~?

 

 それでは完成形となった素流体術の残りの技を軽く解説しましょう。

 素流タイプ陸ノ型『砕式・万葉閃柳』。ご存知あの瓦割りならぬ無限城割りの威力を持つことも出来ちゃうアレです。ナンダコノユレハ!?

 漆ノ型『破壊殺・滅式』。似たようなモーションが拳陸『瑩徹穿ち』なのですが、これはその上位互換。ただしこちらの方が溜め時間が長いので時と場合によって使い分けましょう。無論、こちらの方が威力も高い・確定スタンで高性能です。

 捌ノ型『青銀乱残光』。花火みてーな音と攻撃力の爆発力、百発近い乱れ打ちが無惨を襲う! ただし、相手の近くで発動させないと不発になるのでご注意。

 

 これで体力バーがミリになりましたが、無惨が怒って変身ムービーに入る前にィ……はい、拳の呼吸の奥義、漆ノ型『熒火』を発動します。

 

 拳漆『螢火』は連続カウンターを成功させないと発動出来ませんので、ヒット数が多い――この変身前の攻撃判定で発動!

 後はもうこの傷付いた魂を抱き上げるだけです。

 

 もう逃げられないゾ♡

 

 さぁ発動いたしました拳漆『螢火』。

 キチ子選手、触手状になった無惨氏の腕を束ねて――腹に手を回し抱えて跳躍いたしました!

 この技が発動中は無敵ですのでどんなに暴れようが関係ありません。

 

「離せ、離せ離せ離せェ!!!」

 

 あーもう一回言ってくれ(笑)

 

 空中でキチ子氏が無惨の頭を下にし始めました。

 そうこの構え――シャットダウンスープレックスホールドォ!

 暴れようが逃げ場はありません。

 

 

ヘブンリー・キチ子・スープレックスホールドにて鬼舞辻無惨着地後死亡ゥ――!

 

二撃必殺により、この青い薬を投与ォ!

 

 エンディングスキップ&スキップゥ!

 エンドロールクレジットの

 

   竈門炭治郎 花江夏樹   

 

 が見えた瞬間タイマーストップです。

 

 時間は02:42:374,176:00:00。

 三時間の壁をぶち壊すことが出来ました! これも蟹上が蒸発してくれたおかげや!

 

 完走した感想ですが……、彼岸花ガチャが初手で終わってンギモチィ!

 先程も言いましたが初手以降青い彼岸花が出る感覚が3~4年なので陽光丸制作後の強化チャートもあったのですが、それをすっ飛ばして最終決戦行けました。

 こればっかりは運ゲーでバグ無しRTAでは超超超理想のタイムとしか言えません。

 Proliferation Blue licoriceバグ、通称PBLバグを利用して初手で得られる確定報酬の青い彼岸花を増殖させることもありますが……。

 

 バグ使ってRTAを走れとは家訓に書いてないので。

 

 あん? 上弦の壱が蒸発したのはいいのかって?

 あれも精密に言うとバグではありません。鬼連れモードで上弦連中を指名すると原作から色々と変わってしまう事があります。

 童磨指定で謝花兄妹がそのまま死ぬみたく鬼さんたちにも色々事情あるんでしょ(鼻ホジ)。

 あとあのチキンハートティラミスパンケーキメンタル侍は他上弦を指名してもよく蒸発する上弦筆頭です。

 そんなところまで壱位にならなくていいから(タイムは助かるけど)。

 

 前々回と前回は“討伐”が目的でしたからその時点でのタイマーストップでした。ただ前々回は流れで無惨討伐エンディングまで計っていたのでスキップせずエンディングまで流しましたがぁ……。

 今回は“無惨人間化エンディング”が目的なのでエンドロールでタイマーストップ。

 なんか味気ないですね……。

 

 じゃけん、スキップしたエンディングたちを見ていきましょうね~^

 

 まず最初ォ! 無惨人間化エンディング!

 無惨様が人間になって己の無力さに打ちひしがれて零落していく様をご覧ください。あの気性じゃ下働きなんてとてもとても……。

 月彦時(顔と背丈がほぼ同じ)でやっていた事業が失敗! 廃業後コネ使って入った会社でもクビ!

 コネも使えなくなり肉体労働をしようがクビ! クビだクビだクビだ!

 確かに無惨様は頭脳面は優秀ですけどパワハラなんかしたら生殺与奪の権を奪えていない部下はふっつーに離れてくだけですから。当たり前だよなぁ?

 今までの放免はどこへやらといった落ちぶれようですが産屋敷一族には見つかっていないのが流石です。ヨッ、ゴキブリ並のしぶとさ!

 やがて露頭に迷った彼は……。という所で終わりですね。

 頸斬られて死んだ方がカリスマ性あったんじゃないのォ~???

 

 続いて好感度エンディングですが、これは……ンアァァァ!?

 

 炭治郎パパエンディングじゃないやん。どうしてくれんのこれ!?

 

 現状好感度MAXなのが冷蔵庫の童磨、炭十郎殿のお二人でどちらともイベントは最後まで進んでおります。

 やっぱそっくりアバターだとそちらの方が優先されるんでしょうか。家族愛が中核の作品だし……(遠い目)。一定の確立で炭十郎パパンエンドにも行けたのですが……。

 琴葉さんといも助と合流し、極楽教を再興させ、謝花兄妹たち(ナゼェイキテイル!?)を引き連れての旅が始まり――花火が打ち上げられる夏の夜になりました。

 

 拳の呼吸かつ素流体術を取ってると狛治殿と恋雪たそイメージで花火エンドになりますが~え~……。

 

 どうやら死亡ルートです。

 半々で生存ルートもありますがァ……、とりあえず乙!

 

 いつぞやかはプレイヤーキャラが弟を抱き上げていましたが、今度は弟に背負われて二十五の痣寿命死を迎えて死亡となりました。

 きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ。死んでるんだぜ。それで……。

 彼女は真面目によく頑張りました。運も良かった。本当にお疲れ様でした。

 

 鬼舞辻無惨討伐後だと幾星霜編では平和な光景ですが、人間化エンドで一部の鬼が残っていると後世まで鬼殺業が残ってしまいます。アーナキソ。

 一体誰なんだこんな事態を引き起こしたのは……。ワシのせいか? これは……(半天狗回想)

 竈門カナタや炭彦くんたちが鬼殺隊として活動する場面で終わり……、エンドロールです。

 

 えー、本当に感無量ですね。ようやく走り切れました。

 また投稿期間が年単位空くとかね、避けたかったので……年内に完走出来てウレシイ!

 

 このゲーム『鬼滅の刃 ー烏兎之鬼録ー』は鬼を殺すだけでなく、鬼を生かしたり、人間に戻すことでもエンディングを目指せるのがいいですね。

 で・す・が。結局エンディング分岐は大体無惨に直結するので、彼を殺すか、人間に戻すか、完璧な鬼の王にするかとかでも変わります。

 でもこいつは死ななきゃ駄目な奴だから(無一郎)。

 無惨が倒れた場所ってぇ、記憶違いじゃなければ某霊媒気質持ちの日の呼吸を継承している炭焼き一家のいる山だと思うんですけどぉ……。お慈悲ぃ……?

 

 そっくりアバターによる特殊イベント、他数多のイベント分岐、霜・ハゲ・茶といったイロモノ呼吸共……。

 従来の鬼滅の刃という世界観を楽しみつつ、この烏兎之鬼録という世界観をも楽しめる優秀な作品ですね。

 原作キャラがこの道を辿ったらのIFルートでもオリ主人公で全員救済するもヨシ。自由という言葉の意味を再確認させてくれましたね。

 

 それではお後もよろしいようで。

 また別のジャンルでお会いしたらよろしくお願いします。

 ほな、さようなら~ ノシ

 

 

§

 

 

 もうとっくの昔に飽きていた。潤む目の向こうで眺めるしかない天井、息をするだけで節々の痛む体、したくもない咳で痛む喉と肺。

 いつだって重たく凭れかかる――、足元と背後から潜むものが。

 

 食べる。薬を飲む。眠る。話しかけられて起きる。眠る。薬を飲む。眠る。

 

 その間体はずっと鈍く、頭はいつも茹で上がったように熱くて、汗が身体に張り付いて気持ちが悪い。体が重たくないと感じた事が無い。

 人並みに体調が良かった日なんて数年を経て片手の指で数える程度。

 外には出られないけれど、熱が緩く治まっている日は本を手に取って捲るだけ。天気の移り変わりや寺院の中の騒がしさで体は簡単に悪くなる。良くなることは一切無い。

 

 物心ついた時にはそうして生きていた。

 健康な体を持つ弟がいて、女遊びの激しい父親というものがいて、手を出された女に悋気を募らせる母親というものがあった。

 

 私の家族らしい彼等は人を導く為に寺を開いているが、その内情は自らの欲を叶える為だけの庭だった。

 物珍しい見た目をした弟は寺の中での神相応に崇められ、父親は時折寺の方針へ口を出しながら奔放に動き、母親は惨めに女共に当たり散らしていた。

 

「姉さん、今日の調子はどう? ……ああ大丈夫。辛そうだね。ごめんね、今日は忙しくて。人を送るから」

 

 弟は毎日訪れる。この頃は教祖として忙しなく、そして顔色がうっすらと悪い。

 

「だりぃよなぁ。病人の世話なんざ。こっちに移ったらたまらない」

「結核とかじゃないのか? ありゃなったら仕舞いって言うぜ」

「先も短いのに……、なぁ?」

 

 寺院で弟を信じ敬う者達の多くは都か、それか生まれ故郷を追われてきた者達が多数だった。

 賭博で身銭を全て失くした。家族から縁を切られて路頭に迷った。生き神の話を聞いてやってきた。

 誰もが身の上で困り、あの全てを見渡す菩薩の峠の向こうへ彷徨い()()を見つける。

 人里離れた場所にいる“神”とやらに全てを打ち明けて、赦しを貰った。

 

 罪を犯し、神に赦された。

 

 ――だからといって、その性根が心から変わることも、過ちを再び起こさない事も無いのだ。

 

 神も見ていないのなら任された仕事を放る。己より弱い畜生に対する慈悲の心が無から生ずる事も無い。

 打ち付けた背の痛みと冬の寒さと体の熱さで苦しんで、井戸の桶を何度も落としながら、鶴瓶に繋がる縄を必死で握った。

 

 ようやく吊り上げ手にした桶には底に薄っすらとだけ水が張るだけ。

 皮膚が擦り切れてまで手にした苦労にしては少ない。縄を持っていない筈なのに何かが軋む音がする。

 

 桶の中でゲコリと蛙が鳴く。ふくりと喉を膨らませて、私の顔を見ては飛び出した。

 そのまま。銀世界の中でくるりとひっくり返って動かなくなった。

 触れても、布で包んで温めてももう動かない。淵に攫われたものが迎える死が在った。

 無性に胸を締め付けられて、いつまでも私の脳裏に張り付いている。

 

「お加減はどうでしょうか吉子様。こちら私が握りましたの」

「ささ、どうぞ。遠慮なさらずお食べになって」

 

 父が手を出した女たちが色目を使って部屋に来ることがある。

 父からの更なる寵愛を受けたいが為の、部屋に来ない母親へ当て付ける為の行い。

 

 けれど彼女たちの運ぶ食事は私の胃に入らない。脂ぎったものは辛い。私は顔を緩く横に振り、彼女たちが食べるのが常。

 勝手に人の手を使って手遊びなどをするが疲れるだけだ。

 たったそれだけの行動さえも出来ない。軋む音……、素気無い母の瞳とあの歯軋りが聞こえてきた。

 

「見て、あの目。鬼みたいだわ」

「だからあの人も私達の元に来るのよ。この前ね、こんな事もしていただいてね。とっても刺激的で楽しかったのよ」

「うそぉ。やだぁ、私もしてもらおうかしら」

「混ざりましょうよぉ。きっと快く許してくれるわ。だって多ければ多いほど楽しいと仰ってたもの」

 

 私の為と嘯いて自らの小腹を満たす為の食物を食べて、手遊びの最中に母を嗤笑する話などを交えてようやく帰る。

 

 此処の者たちは、まるで私に意思が無い様に心の内を話していく。

 それは人として見られていないのと同じ。

 たまに道を歩いてやってくる野犬の前で誰がその口を止めるというのだろう。

 碌に言葉も喋れない人間が人と話すなどとは思わない。犬はわんとしか吠えない、猫はなぁとしか言わない、私は鳴き声すら上げられない。

 

 私がこの寺院における全ての生き物の中で弱い。

 だから畜生扱いになる。最も弱い者にはその目線が合う事さえ無い。

 

「え、文字をもっと教えて欲しいって? 分かった! 滅多にない姉さんのお願いだもの。俺がちゃんと聞き取ってあげる」

『忙しいのに、ごめんなさい』

「いいよいいよ。俺は教祖だからね」

 

 もう少し色んな本が読みたいからと言って、弟の手に文字を書いて指南を求めた。

 どこか虚ろな目をしながらも教えてくれたので読めなかった本が読めるようになった。

 昔の誰かの日記、草双紙や人体を薬にする指南書。最後の本がとても役に立った。

 自分では知れない人体の働きについても事細かく書かれてあった。その知識を応用したおかげで体が臥せる日々も少なくなっていった。

 

 体をどうにかしようと薬学に触れた。人体についての書が時折やってくる父が教えてくれたのもあったし、少しでも動ける時間を増やしたかった。

 どの植物に何の薬効があるのか、自分に起きた症状を当て嵌めて、薬師の元で働いていた事のある者と試しに薬を作ったりもした。調剤もそれなりの腕前になった。

 

 一日、一日をゆっくりと積み重ねていく内に、私はとうとう普通に喋れて、歩いていても倒れなくなる体になれた。耳鳴りの対処法は書いていないのは残念だけど。

 体が少し丈夫になったと知り、驚く者喜ぶ者と反応はそれぞれだが大きな反響は無い。

 そうだろう、貴方方にとっては何刻と歩いて体が倒れないことは普通なのだから。

 

 まだ、出来る。まだこの体を鍛えることが出来る。

 身体の筋肉を意識して、満遍なく動かして、倒れる時間を減らして減らして減らして。

 私はようやく人並みに動けるようになって、両親への取り次ぎや寺院の細々としたことを行う下女になっていた。

 

 膳を運ぶ。井戸水を汲む。汚れた場所を掃除する。麓の里への買い出しに行く。

 ――初めて山を下りて買い出しへ行った時には物珍しくて何もかもが真新しく見えた。

 胸が躍るとはきっとこの事だ。寺院とは違う人、違う喧しさに溢れた市場、寺院には無い書物。

 半日掛けて荷を背負って山を登る。買い出しの仕事を共に与えられた信者は寺院の中にいたけど構わなかった。

 あの感動は、一人で得られたものだから。

 

 私がようやく人として過ごせるようになったある日の夜、近頃滅多に訪れなくなっていた弟に私の方から会いに行った。

 最近は教祖の仕事も落ち着いてきたようだし、私の体も大分丈夫になってきた。

 今なら出来そうだった。だから、言った。「山を下りよう」と。

 

 応対していた弟から表情が抜け落ちていくのが見えた。

 

「姉さん。俺ってね、教祖だから外に行く時間なんて無いんだ。分かるよね、それくらい」

 

 昼間に教祖として微笑みを浮かべていた口は上がることなく淡々と言葉を発した。

 頭に合わない大きさの帽子を被り、教祖の証たる羽織を引き摺りながらこちらににじり寄り、肩を掴まれて、その瞳を更に近くで覗いてしまった。

 人間らしさというのが削げ落ちた顔をしていた。作り物めいた色なのに作り物ではない。自然に人から生まれ落ちたのが不思議な目だった。

 

「いいよね姉さんは。体が弱いから、神の子じゃないから、色も無いから。愛玩動物みたいでさ。話も聞かなくていいし、簡単な仕事をしていればいいだけ。あ、頭も悪いから簡単な事で喜べていいよね」

 

 迂闊な過ち。

 私の予想していた以上に彼は摩耗していた。

 

「神なんていないのに。俺は神の子なんかじゃないのに。父さんも母さんも話を聞いてくれない。俺の話を聞いてくれない人たちを、どうして俺が救わなきゃいけないの?」

 

 教祖として据えられる前、弟は私の元へとやってきて「はい」と小指を出した。何だろうと思っていると弟は無邪気に笑ってこう言った。

 

『病気からは守れないかもだけど、でも絶対、姉さんを守るから。だから姉さんも病気になんか負けないでね。絶対絶対、二人で外に行こうね』

 

『指切りはこうするの。こうやって指を絡めてね、指切りげんまん! 約束しーよーっと!』

 

 

 

「俺、姉さんにお願いしたことある? そんなお願いごと、叶える必要ある? ないよね?」

 

 

 

 …………約束してくれたのに。

 

 この時のことを、よく覚えている。摩耗しきった弟の顔も、覚えている。

 私の想定は甘かった。手緩い、また私は何もかもを見ているだけの、……誰にも何も思われない存在だった。もう弟にさえ見放された存在に成り下がった。

 

 悪いのは私だったのに。

 ――――生まれて初めて、その頸を折りたいと思った。

 

 深い虚脱感を堪えて、湧いてしまった殺意の水を抑えて、息を吸う。悪いのは私、時節を弁えなかった私。

 怯濡にして浅薄。愚劣で人以下。

 弟はずっと頑張っていた。……軽率な発言をした己が悪いのだ。

 

「何か言ったらどうなの。喋れるんでしょ、ほら」

 

 ……そう、そうね。喋れるようになった。だから神なんてものはいないという言葉にそうだねと相槌を打てる。

 出そうになった言葉を飲み込んで、違う言葉を口にする。脳裏にこれと父親がよく信者に向ける、顔立ち、体の動き、言葉遣いを――思い返す。

 

「……じゃあ、貴方は明日から、何でもないただの人になれるよ」

「なれる訳が無いじゃん。姉さんに何が出来るの? ………………姉さんが、助けてくれる?」

「そう望むのなら」

 

 頷いた。貴方が救われる様に、貴方と同じ微笑みを返す。

 翌日、巨大な岩を持ち上げた。寺院の人間を全て使っても持ち上げられない大きさの岩を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の私が持ち上げた。

 

 彼らの目は変わった。

 畜生から自身の理解の外にいるもの。超常なる存在としての――恐れと崇拝の目。

 

「貴方方が日々苦しい思いをするのは、肉体を鍛えていないからです。肉体を鍛えれば、それに伴い魂も強化されていくもの。その場で泣き暮れるだけならば体を動かしなさい。己の体を強化し、この世の理不尽を解決できる手段を増やしなさい。辛い事も悲しい事も貴方方がどれだけ正しく生きようが訪れるのですから。それに立ち向かう手段を覚えなさい」

 

 父と弟の説法というものを参照してそれらしく言い放ち、私は『神』となった。

 そして、弟は人になった。

 同じ年頃の孤児と遊び、過ごしていく内に昔の柔らかさが戻って来た。

 頬を引っ張れば「いひゃいよなんなの」と生意気な口も効く。体調を崩した時もあったけど雰囲気も変わらない。

 

 ――そう、父になろうが弟になろうが信者たちが変わらないのはこんな教義のせい。働く気が無い者、父の女たちは放逐した。五月蠅いし幾ら言っても働かないもの。

 

 ――父と話し合って貴方が作った繋がりを切ろうとするなと言った。父が家庭を気にするようになり母も機嫌よく私を見るようになった。

 

 家族というものになった。父親と母親と、弟が。

 

 父に肩車をされる弟とその隣で穏やかに笑う母。傍から見ても、寺院の外の人間が見ても「彼等は仲睦まじい家族だ」と思うだろう。

 帳簿を会計係の者と共に眺める私は何なのだろうか。

 ああ、ここでは神だった。それなら仕方ないか。ここで作られた(ほとけ)に人の親も弟もいるものか。

 

 ……でも、また、戻れる筈だから。

 そう思い上がる己を律する。

 この傲りが他人を傷つける。私を神足らしめない。

 もう私は人でも畜生でもない、ここの神なのだから。

 

 独善で形作られて私の意地で生き延びていた極楽教という枠組は、唐突に終わりを迎えた。

 癖のある髪と紅梅色の瞳の男が寺院を訪ねてきた。

 「神の子と呼ばれる方を一目お会いしたいのです」と、丁寧な言葉の中に嘲りと人を値踏みする響きを持った男だった。

 

「神の子はなくなりました」

「亡くなられたのですか?」

「人になりました。貴方が仰る子はもうおりません」

「そうですか。それは残念です。本当に、一目、見てみたかったのですが」

 

 それから少し話をして、寺院の中へと招かれた男は――横にいた信者を斬りつけた。刃物は持っていない。

 信者が切られたのは男から伸びる鋭く(しな)る肉の鞭だった。

 

 悲鳴が上がる前に口を動かそうとした者から順に、目にすることは出来ない不可視の攻撃を、息を吹きかけるみたいに簡単に行う。

 信者たちは変色した肉を盛り上がらせて息絶え、体を両断されて息絶え、全てを潰されて息絶える。

 呆然、恐怖、愕然、様々な顔色に彩られて死体が積み上がる。

 

「さて、貴様をどうするか。人になった神の子とやらの場所を教えろ。さもなくばお前も無意味に死ぬ」

 

 私の頭を掴み訊ねる男は強い。寺院の中で誰よりも強くなった私よりも、遥かに。

 傲慢な目で見下ろす彼は少し動かしただけで私の命を潰せる力がある。

 奥にいた筈の父が大広間にやってきて惨状を見つけ、私と目が合った。

 

「娘を放――」

 

 言葉を、口にした気がするけど、気のせいだったのか。

 意識が途切れ途切れで、久方ぶりに体が激しい痛みを訴えた。

 男は強靭な握力で私を握り持ったまま、逃げようとしていた三人の子供の元へやって来た。

 その男の名を口にしたからか、――この男が、この寺院に来た時に定まっていた事なのだろうか。

 

 男は弟を“鬼”へと変えた。

 その男の如く、鋭く尖った瞳孔と口には牙を持ち、転がされた私を見て涎を零す――畜生の姿。

 

 食われた。

 「美味しい!」と獣が声を上げる。

 

 それを何度も繰り返す。

 喜色を滲ませる声と共に何度もこの体を畜生が食らい付く。

 

 どうしてあの時に殺しておかなかったのだろう。

 

 私は人より多く努力を積み重ねないと人にはなれなかった。

 物事の理解も早く、自らに求められる役割を演じる対応力もあって何でも出来る弟の前に立つ為に、人より多くの事をしてきた。そう成る為に必要な事ばかりだった。

 だから多少なりとも私には、男と同じ侮りがあった。

 

 井の中の蛙とはよく出来た言葉だ。私は正にその蛙だった。

 

 死ぬ。

 

 あの時、私が井戸の水を汲まなければ死ななかった蛙の様に。

 

 信者に放られて、必死に水を求めて釣り上げた桶の中には外を知らずに生きていた蛙がいた。

 冬なのに眠らなかった蛙は、雪の冷たさを知らず……あの白い景色の中へと跳んでいった。

 そうして初めて身を殺す程の冷たさを知って、己の体温を知って、死んでいった。

 

 でも私はあの蛙とは違って、飛び込む事も無く死んでいく。

 自分が住みやすい様に変えたこの場所で。井戸の底でこの肉を腐らせて死ぬ。

 

「また、駄目だったの? 嫌だ。嫌だな……。もう、嫌だな……」

 

 ――食べたくない。一心不乱に自らの腕に噛みついて、食欲を抑える弟を目の当たりにした。

 

 ……なんて勝手な弟だ。()()は物凄く勝手だ。渾身の力を込めて殴れど吹き飛ぶ事は無かった。

 ()()()()()()()()。なら、動かなければ。金銭と、父から贈られた小刀を持って着の身着のまま寺院を飛び出した。

 

「嫌だ、助けて、食べたくない。分かったよ。それが願いね?」

 

 この弟の体をどうにかしなければならない。あの男と同じく畜生となった弟を。

 その為に必要な事は、私があの男より強く、より高みに昇る事。弟の状態を知る手段と知識を得る事。

 

 あの日から眠り続ける弟を背負って日々を過ごす。

 道場に入って護身術を学ぶ。肺がコォと妙な音を立てようが何度も型を練習した。

 鬼にしては不可思議な噂を聞きその正体を突き止める。破落戸(ごろつき)に入れ墨男たちの集まりばかりだったけど、人になろうと足掻く()に出会った。

 古本市場で見つけた巻物に惹かれて、作ってみれば書面通りの効果を得られた。

 これなら私は刀など無くても鬼を殺せる。

 

 人がいつだって普通に浴びている太陽。その力を表出させ、鬼に流し込めれば弱い力の鬼は塵も残らず蒸発する。

 少々強めの瞳に数字の入った鬼などは形を残して崩れていった。同じ流派だった鬼も最期は涙を流して消えていく。

 効果は間違い様もない。これならば――殺せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうされました、お嬢さん。こんな夜更けに一人は危ないですよ」

 

 ――熱い。体が病の時よりも酷く熱い。

 背中が焼けているみたいに熱くて、私の血潮の一滴一滴が叫びを上げている。

 私というものが全て燃え上がっている。火を付けられた炭の様に白く燃え尽きて灰になるまでこれは収まらない。

 

 あの男を前にして軋む音をさせながら、私は動き出した。

 

 許さない、赦さない。あらん限りの苦痛を与えて日光の元に晒してやる。

 いいや、あの時から。寺院を壊された時から()()()()()()

 

 この男を日の下に晒してやろう。鬼ではなく人として、(あれ)が見下すものとして。

 それがこの男にとっては最大の苦痛になると、初めて寺院を訪れた日の話で()()()()()()

 

「化物がァァ!!!」

「なら貴様は家畜以下の害虫だ。木の根を食い荒らし、食物や木々を腐らせるだけで何の生産性も無い虫風情がよくも、よくも――」

 

 身体を固定させたまま、地面を蹴り上げて飛んだ。

 これまでで一番、骨への負荷を考慮せず、筋繊維、骨、血潮。私を構成する全てに陽光の力とやらを込めていく。

 その度に背中の熱は激しく温度を上げ、またその熱で私の血は、身体は、人体が耐えられない程の熱さを宿す。

 

「私にこんな気持ちを覚えさせたな……!」

 

 自分が未だ弱い事に気付きたくなかった。

 ……ああ、この男が突き付けたのは事実だった。私は弱い、吹き消される蠟燭の火の様にか細い命。

 でもこの男も、信者たちも、父も母も、弟も。――どこかに弱さを持っている。

 

 誰も彼も弱いから、自分が生きられる場所を作ろうとした。ただそれだけの事だった。

 私だって、父の掲げた教義では生きられなかったから変えた。

 弟を理由にすれど、結局自分の為にしか動いていない。()()()()()()()()()

 

 それでも。例え弱かろうと足掻くしかない。強くなれなくても、それでも人は生きている。

 だから家族という関係が『元』には戻れなくても、納得のいく着地点を見つけられる。

 ――不変は無いのだから、悪い状況もいつかは快方へ向かうと無条件で信じていた。

 

 引き上げられる鶴瓶の音に気付いていなかった。

 夢見心地のままに揺られ、肌に感じる寒さでようやく自分の現状をというものを把握させられた。

 

 認める。私は驕っていた。浅ましかった。

 畜生から段階を飛ばして“神”になれたことで満足していた。

 両親の仲が修復されて弟とも普通の家族の様になっているのを見て、寂しさを覚えもしたが“構わない”と切り離した。

 

 でも、それを嫌でも再認識させられた。――この男が、全てを壊したから。

 

 失ってしまったから、……私もあの輪に入りたかったと理解してしまった。

 

 父と母が世間の両親らしく弟や寺院にいる子を気に掛けるようになったから、私だってもっと普通の幼い子供みたいに甘えてみたかった。また弟と気軽に遊べる仲になりたかった。

 

 そんなのは夢幻に過ぎない。ようやく形らしくなった関係は全て破壊された。

 

 胸を酷く痛めつけるこの思いがいつまでも経っても消えない。

 痛みの余りに、約束を交わせた頃に戻りたいと無意味に思考までするこの惰弱な心の絶叫が。

 

「貴様の情など知るか! 私はこんなもので死にはしない。してたまるか……!」

「ああ。殺さない。()()殺さない。ただ一回死んでもらう必要があるだけだ!!!」

「意味が分からん! 論理的な思考さえも放棄したか(けだもの)めがァ!!!」

 

 十分な高さまで上がり切った所でこの男の態勢を変える。

 持ち上げて、背を弓なりにして――この男の頭から着地される様に。決して、離さない。

 

 

 ここまで接触すればこの血潮の呻きが伝わるか?

 

 貴様の様に夜に隠れず日の光を受けて!

 

 何日何日と鍛錬の傍らで苛み続けた私のこの怒りが!!

 

 

「離せ、離せ離せ離せェ!!!」

「離すも何もあるものか! 貴様を今から日光を浴びれる体にしてやる!」

 

 寒くて、痛くて。悲しくて、どうしようもない怒りで毎日気が狂いそうだった。

 死んで欲しくなかった。生きていて欲しかった。時間というものがあるのならきっとまた違う道もあった筈なのに。

 ――――返してやろう。これまでの想いを全て、この男に!

 

「だから安心して死ね!」

 

 山の木々よりも遥か高い場所へと飛び上がった私たちは、鬼の始祖を緩衝材にして()()()()()()()

 踵落としで殺した時よりも遥かに強い衝撃が私の体を伝い、その大きさを大気へと振動させる。

 耳を(つんざ)く轟音、後に、私は鬼の始祖の体を離す。

 

 衝撃によって気絶している。好都合だ。

 ――背負箱から薬を取り出してこの男に投薬する。つう、と青い薬液が男に入る。

 その頃には私が与えた傷は治りかけていた。念の為確認したがちゃんと折った骨は治っていた。

 

 一仕事終えて。……嫌に騒がした心と、血を落ち着けようと地面に倒れ込んだ。

 少し消耗し過ぎた。男から受けた傷が嫌に重く、身体の調子を狂わせる。

 

 ――先程でさえ思いのままに声を荒げて、また私は過去を振り返っていた。

 そんなことをしても何にもならないというのに。

 この男を人へと戻しても、殺された人間が生き返ることもない。寺院で殺された人間が元に戻る事も無い。

 

 でもやり遂げると決めた。これはその一環で、……必要なことだったと。

 今は……、今だけは、そう思わせて欲しい。久しぶりに体が重たい。

 

『そんなに自分を否定しないであげてくれ。泣いたっていい、怒ってもいい。自分の心の声をちゃんと聴いてあげてくれ』

 

 微睡む中で、炭十郎さんと話した時のことを思い出していた。

 何を感じたかは知らないけど、彼はいつだって悲し気に私を見つめていた。

 

 自分の心とは何。

 快、不快と思うこの心地のことか。利益を算段するこの脳のことか。約束をした頃に戻りたいなどと願う弱さのことか。

 

 私には心なんていうものは分からない。理解が及ばない。

 だがその仕組みで人間の行動の大半が定まることだけは、知っている。

 だから否定なんてしていない。ずっと正直に従っている。

 

 今も昔も、私は私の為にしか動かない。“優しさ”からかけ離れた行動原理しかない。

 井戸に唾を吐けばやがてその水を己が飲むことになる。だから、そうしない様に他人を気に掛けているだけ。

 私とは違って本当に優しい人間たちを……見ているのが苦しい。

 

「……え、さん。姉さん、姉さん!」

 

 意識が飛んでいたらしい。……箱に仕舞っておいた筈の弟が、日が出る間際だというのに、もう日が差して、その手が焦げているというのに()()()()()()()

 まだ終わってはいない。――遂げてはいない。此処で寝ている訳にはいかない。

 

「手を、離しなさい。生きては、いるのだから」

「でも血が、口から血が止まってない。何か薬……」

「いい。持って、るから」

 

 『あの男の血は人を鬼にする』。忌々し気に言い放った珠世殿から着想を得て作っておいた薬がある。

 血が毒というのなら、これは『血清』とも言うべきか。

 弟に指示を出して背負箱から取り出したアンプルを折り、中に入れた薬液を自分で注射する。朦朧とした意識が定まっていくのを感じる。初調剤だけど上手くいった。

 

「弟……、箱に戻りなさい。帰るから」

「でも姉さんが大丈夫じゃ……」

「いいから。このままじゃ貴方が灰になってしまう」

 

 弟を無理矢理背負箱に入れて、あの薬が正しく作用したかを遠くから見つめた。

 ――上手くいったから、弟にようやく投与してやれる。人に戻してあげられる。

 これで、胸に焼き付いてやまない痛みも、治まってくれるといいのだけれど。

 

 

§

 

 

 崖から落ちない為にと粗雑な柵が設置された道を歩いていた。

 吉子の背負箱の重みの殆どは鬼であった弟だったが、今ではその箱も軽い。

 

「これいつまで歩くの……? 馬とか使えば?」

「返却が大変」

「それもそっか……」

 

 太陽の出る日の下、ぺっかりと白橡の髪を照らす童磨の姿があった。

 

 吉子が鬼舞辻無惨にて薬の効果を試した翌日、彼女は童磨に藤の色をした薬を投与した。三日三晩魘された後、ようやく彼は人間へと戻った。

 

 瞳の瞳孔は丸く、口の牙は短くなり、身体能力や体力も人並み……動いていなかった時間が長かったので体力や筋力は衰えてはいる。

 

 だが、吉子は無事『鬼を人間に戻す薬』の開発に成功した。

 

 彼女たちが向かっているのは故郷たる極楽教。山深くの場所にある寺院へは途中まで整備されている街道を使った方が安全である。

 体力が落ちている弟のリハビリを兼ねての移動なので、時間に急かされる事のない穏やかな道中が続いていた。

 

「いやー、朝日ってあったかいねぇ。昼の世界なんてすごく久しぶりに目の当たりにしたなぁ……」

「これから眺める時間の方が多くなるよ」

「そっか……。俺は驚いたよ。まさか人間に戻れるなんて」

 

 童磨からすれば寝ている間に姉は手が触れようがない(文字通りの意味でもある)ぐらい強くなっており、それから少し……半年以上で鬼から人間に戻った。

 

 数百年の時を鬼として生きた彼からすれば「急に鬼になってすぐ人間に戻ったな……」という印象が拭えず、どこか落ち着かない様子でいた。勿論、姉を食っては繰り返した時を忘れた訳ではない。

 

 歩いてすぐに蓄積されて体から抜けない疲労も、姉に触れても焦げず日光に当たっても死なない体は確実に“人間”だ。

 

「ふむ……。そろそろ私が背負うね。今日は村の方で宿を取りたいから」

「はーい」

 

 童磨の為に緩やかな歩行速度だが背負って村や人里へ行ける距離の場合には鬼だった時の様に吉子が運ぶ。

 これがまた凄い。行き交う街道の人間より遥かに早く、そして揺れが少ない。

 人力車のアルバイトや童磨を背で運んできた経験だと思うとほろりと頬を伝うものがある。これこそ涙ぐましい努力の結晶だろう。

 

(そういや俺、いつ戻れるんだろう?)

 

 この子供(肉体)は“鬼”から“人”へ戻った。

 それならば贖罪の旅のゴールに相応しく、真っ当な終わりというものではないか。

 

(すぐ切り替わるとかじゃなく、緩やかに戻ってくのかな?)

 

 やがて極楽教寺院の影響下にあった村を通り、二人は街道から外れた獣道を歩くことになる。

 まだ極楽教があった時は村と村を繋ぐ山道の舗装や点検も行っていたものだが、どうやら熊に襲われて壊滅したと噂されている今では放置されている。

 草は伸びに伸びて足を絡めとり、小枝は落ちに落ちて歩きにくく、隠れたヤマカガシに噛まれそうにもなった。

 

 寺院までの小屋も無いので吉子に背負われて、ようやく入り口の階段まで昇ってきた。

 先日降った雪が積もり、踏めば緑の苔を覗かせる石段を上がり……、ようやく彼女たちは辿り着いた。

 

「ここでいいか」

「?」

 

 少し歩いて吉子は童磨を降ろした。――そして、彼の頸から腕が伸びている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「え?」

 

 

 

 童磨が見上げた先、彼女が採集などに使っていた小刀の――鈍く光る刃が見えた。




RTAは終わりだ。
ただし小説パートは終わりじゃないとは言っていない。
でもそちらも次回で最終回。

せんせー、上弦の壱さんがいないのは何でですかー?
黒死牟くんは怨霊と化した嫁さんに追われているので欠席です。
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