1:The Summer Swept
青い空、輝く太陽、煌めく砂浜。砂浜濡らす飛沫と緩やかな波、兎角人々を開放的な気分にさせる。
ここはパラダイスビーチ。時間軸とか現世か地獄かなどと気にしてはいけない。
あちこちに立つパラソル、人の波、その合間を潜る――隊服姿の文寿郎がいた。
あまりの暑さに羽織を畳み抱え、日差しの下を死にそうな目をしながら歩いていた。
(ここ何処……? 次の任務先じゃない。絶対違う。海なんて見えない。何でそんな肌晒してるの? え、そんな形の着物あったっけ? 下着で歩いて恥ずかしくない? 羞恥心さえ置いてきた人間があまりにも多すぎない?)
文寿郎が目にする人々が着ている、実に面積の少ない布地の着物。いわゆる水着。
だが彼の時代ではボーダーのツナギのようなものであり、下着の様に布地が少ない物では無かった。
しきりに人々は四角い板のようなものを手に持ち、気のせいでなければそれに向けて話しかけ、銃口にも見える部位を海や人に向けていた。
(な、なにこれ……)
気のせいでなければ文寿郎の姿は人目を引いている。
誰もが肌を見せる中で黒い詰襟の隊服姿。そして日輪刀を二輪差しにしている。
ただ聞こえる言葉はやや理解できる。「コスプレか何かの撮影なのかしら」……、コスプレとは?
注目が集まるのは不味い。というかそもそもこんな昼間に鬼なんていないだろう。
そう、文寿郎は確かに――真夜中の町を走っていた筈だった。
「お、いたいた。おーいそこの霜髪のお兄さん。こっちこっち」
霜髪……。確かにそう呼ばれることもある。ちらりと文寿郎がそちらへと目を向け、珍しいことに動揺した。
「あー、やっぱりそっくりなんだな。驚いてるなぁ」
「……えっと、誰かな? 親族だったりする?」
文寿郎は
同じく生え際の辺りが白い黒い髪。聞き間違えでなければ、同じ声。
ただし相手が着ているのは紺のシャツに短パン。そして頭に掛ける黒いサングラス。
違いは着ているものだけ。
困惑する文寿郎がそう断言できる程に両者には違いが見当たらなかった。
「事情を話すからこっちに来なよ。ね、
「……」
どうやら自分の理解が及ばない事象が起きているようだった。この場合は情報収集に限る。
鬼の血鬼術かとも考えるが、……周囲を歩く人間が纏う服の生地や板、言葉遣い。どれも文寿郎の知らないものであり、――考えられる地域だろうとあまりにも生活様式が違う。
血鬼術で見せられた幻覚にしては確かな感覚、夢にしては違和感が無く。
(では何故もう一人、俺に似た男がいるというのか)
どちらにしてもその事には何かしらの意味がある筈だ。
ひとまず事情を知っているだろう人物の後を仏塚文寿郎は追った。
「なんかまた同じ顔増えた」
「へー……。あ、俺と同じ年代っぽいね。やっほほぉぉぉぉぉ」
「この酔っ払いが私と同じ……?」
「摩訶不思議」
男に案内されたのは一つの大きなパラソルが建てられた浜辺の一箇所。
そこで文寿郎は信じられぬものを見た。――同じ顔が四つ。雁首揃えて集まっているのだ。
はしたなく肩や肌を見せている女。
赤ら顔でひっきりなしに酒を飲み下している男。
訝し気に同じ顔を見つめる背負い箱を背負う少女。
表情さえ無い、右目の瞳孔が二つある着物の男。
その誰もが同じ髪をしており、同じ無彩色の目を持ち、同じ声(違う声)をさせている。
「まさかドッペルゲンガァというやつ……!?」
「あはは反応まで一緒一緒! オゲロォォォ……」
「うわ汚い。存在自体が汚物だ」
胃液をパラソルの敷地外に吐いたのがまさか自分自身だというのか。目を白黒させながら文寿郎を案内したサングラスの文寿郎が「はーい注目」と声を上げた。
「混乱しているだろうから自己紹介しようか。俺は仏塚文寿郎。明治時代の俺とは違う現代版文寿郎さ」
サングラスを掛けた文寿郎がそう言った。
「仏塚吉子。文寿郎という名前じゃない」
背負い箱の肩紐を握りながら吉子は隣へ視線を移した。
「私も違うよ。仏塚文子。流石に性別違うと変わるっぽいね。何故かおチビとも違うらしい」
ぶかぶかのTシャツからインナーが見えている文子は口だけで笑う。目が究極的に死んでいた。
「俺ねぇ、きっと俺と同じぃっ……く。でも違った! 仏塚文寿郎、もんもんとか最初呼ばれてたねぇ」
しゃっくりを出しながら缶ビールを新たに開ける文寿郎。
「どうやら私は他とは全く違う。異常? 私、仏塚文寿郎。否、先に死したのか?」
硬い言葉の声音の文寿郎は首を傾げる。
「――と、仏塚文寿郎が
「色々処理が追いつかない」
「まぁ飲み込めるだろ? 俺なんだし」
「事情説明するんなら男連中の識別名考えてからにしない? どいつも文寿郎で
「それもそうだ。俺の事は網田光銭……コーゼンとでも呼んでくれ。別の業界で通してる名義」
「俺クズとかゴミとかでも……あ、やっぱ金麦でいいや。これに金麦って書いてあるし」
別名義持ちのコーゼン、今飲んでいる缶ビールの名前を拝借した金麦のあだ名は決まったが、事態に追いつけない文寿郎と片言な文寿郎が互いに見合わせた。
すると気付く。この自分が漂わせる血生臭く、何処か熱を含む気配。
「……君、鬼の気配がするね」
「鬼。お前たちは人間。ああ、私は鬼。
「ソイツは今席を外してるだけで、自分で『藤鬼』って名乗ったからそう呼んでるよ」
「え、もう一人いるの……」
「然らば。私、白炭。炭だけでも良い。先に来るは私、譲ろう」
「そうなの、ありがとう……。いや、こんな昼間から鬼がいていいのか……? 出歩けるの?」
無言で白炭はパラソルの外、――日差しが降り注ぐ浜辺へと歩いた。
彼は陽に当たろうがその身が燃える事は無かった。とことこと白炭は戻り、ビーチチェアに座った。
「無事」
「嘘ぉ。どうしたら殺せる?」
「不知」
文寿郎は腰の刀を抜こうとしたが、その手を止めた。
「いやいい。今は事態を把握しよう」
「是」
「結論から言うと、俺たちは
「金麦と吉子は大正っぽくて、藤と白炭が江戸だっけ。コーゼンと
「なるほど? とりあえず大まかに飲み込めた。何故か
「各々巻き込まれた時間も散り散り。朝の散歩で巻き込まれたコーゼンに、昼寝の最中に来た文子。鬼の私たちも同じく」
「ははぁ」
互いが同じならばこの次、浮かぶ考えも同じだった。
顰め顔、無の顔、諦めの顔、案ずる顔、微笑む顔。
「「「「「
なんともいい加減な両親によって今まで戸籍無しだった桃摩にもようやく世間に名乗れる名前が付けられた。
今まで「神の子」「教祖」「弟」とでしか判別されていなかった事に傷付くも、これからは心機一転。姉が捻じ込んできた桃の字の付く名前を大事にしていこう。
そう決意した矢先、まったく違う光景を桃摩は捉えていた。
先程まで寺院の自室にいた筈なのだが、青みがかった洞窟の中にいた。
冷静に辺りを見回してもここは外。そして己は寝間着姿。
「はい?」としか言いようが無かった。血鬼術かと思うが今しがた起きたばかり、朝日が差す下に鬼は徘徊などしない。
――幸運か不幸なことに己の前に誰かがいる。
白装束を着た黒髪の男だ。何処か見覚えのある髪のハネを持つ男はこちらに背を向けている。
「あのー……。ここ何処か分かる……?」
気さくに声を掛けようとしたが声に緊張が滲む。
くるりと男が桃摩の方へと振り向いた。
着物から覗く手に指、爪、足。そのどれもは確実に人間の形をしている。首に続く鎖骨、顔の横の耳だって人間らしい形。顎から繋がる輪郭も人間。
でもこの男には“顔”が無かった。
眉、目、鼻、口。人が視認して個人の表情を認識する顔の部位が無い。顔の毛は無く、目鼻口を示す凹凸さえも無い、まるで誰かが塗り潰した様に均一で平坦で何も無い。
「……ああ、違う弟みたいだね」
柔く高い声。童磨が知る中でこの声をさせる人物はいない。知り合いという訳でも無い。
だが、
「…………あー、なるほどね」
寝起き特有の頭に血も巡らず意識もハッキリとしていない状況。しかし着実に姉によって育て上げられたこの桃摩の中にあるセンサーは働いていた。
姉だ。
「とうとう姉さんが兄さんになったのか……」
「は……? 頭大丈夫? 普通人間は性転換なんかしないでしょ」
「いやぁ、これが。我が姉に関しては起こってもあり得るというか、男顔負け形無しの膂力を持つというか」
――この場に彼の姉がいたら俵返しの刑に処されていた。
間一髪で命を拾った桃摩だが「いやでも」と続けた。
「姉さんにしては……薬種の匂いがしなくて、でも花の匂い。――ああ、藤の匂いだ」
――姉さんと私は表裏一体の存在。私がいれば、姉もいる。
世間からすれば「?」となるような事も、この鬼からすれば真実であり真理。世の理。
浜辺の上で赤いレースのロングカーディガンが踊っていた。
青い海とは対照的なその色、そしてレースが覆う人物にと人々の目は釘付けになっていた。
豊満な胸をクロスホルダーのブラトップに包み、軽く指を引っ掛ければ解けてしまいそうな――リボン結びの紐がうなじを飾る。際どくバックをカットされたボトムは真白く柔らかな臀部を惜しみなく露出させていたが、それは赤いレースの下。そのもどかしさが男の目を集めていた。
すらりとしながらも程好く付いた健康的な肢体、薄紫の爪、そして誰かを探すように向けられる瞳。
その鬼は開放的な人々の中でも色香という毒を振り撒いていた。
婀娜っぽく頬を薄らと赤くさせる女の七色に輝く瞳の瞳孔は鋭く、唇を舐めた際に見えた隙間から覗く歯は鋭く尖っていた。
(ならばする事は決まっている。――――多くの
優雅に浜辺を歩く美女がまさかこんな残念なことを考えているとは、横切られて鼻の下を伸ばした男には想像も付かないだろう。
「誰か、捜索?」
――女は一フレームの隙も無く振り返った。その声、正に
「ああ兄さん!!!!」
そして飛び込む様に抱き着き、その肩から覗
立てた。
(……? あれ、刺さらない)
ガジガジ噛んでも刺さらない。あれれおかしいな。
骨ぐらい噛み砕ける程強めてるのにまったく噛めない。
「皮膚の硬度は黒曜石。牙欠けぬ。ほお」
「ありゃ……。も、ももももしかして……」
可能性の一つに思い至り、童磨は勢いよく肩から口を離して瞳を蕩けさせながら見上げた。
片眉を上げた瞳、その中に二つの鋭い縦の瞳孔があった。
「お、鬼になった兄さん……!」
「何。してる?」
“キサツタイ”……。世間に発生する怪人やオニを退治する、正義のヒーローたち。
彼らのひたむきな姿勢は世間に親しまれ、最早一つのコンテンツとも言うべき形ともなった。
かくいうこの男もその一人。
黒と赤のバイカラーのシャツにジーンズといったラフな格好をした極楽寺童磨には貴重な土日に予定があった。
――期間限定、その地域にのみ書き下ろされたご当地キサツタイグッズの確保。
愛しのキサツパピヨンちゃんが可愛い
彼の優秀な頭脳は即座に母親を誤魔化す算段を立て、新幹線とホテルを予約し終えていた。
そうした綿密な計画を立てての出発が――、何故か海にいる。
(うんまぁ確かに海に面してはいるけども? でも違うよね。俺新幹線に乗った記憶が無い。行ってきますと母に声を掛けて家を飛び出した――ところで終わってる)
これはおかしい。他のオニたちが引き起こした血キ術のせいかとも疑うが……、童磨はスマホを取り出した。
(県外? え、あの電波塔は飾り? ……繋がらないし、店に事情を話して電話でも貸してもらうべきかな? いや……、ちょっとあそこの人に話でも聞いてみよう)
臙脂の下地で片側に白の刺繍のシャツで現地の人らしい姿。何か見覚えのある様な髪をしているけど気のせいだろう。
「すいません。道を尋ねてもいいボケロォォッシャァうわきたな!?」
「んー? あー……。ごめんごめん。飲み過ぎてさー、あはは! ごめ゙ロッシャ!」
「謝りながら吐かないで!? えっと大丈夫? 近くのトイレでも……」
「いいっていいって。内容物無いし、ちゃぁんと土に吐いて……ウゴエ……」
「いやここコンクリ!」
どう見てもコンクリートの上に胃液が散らばっている様にしか見えない。
――話してしまった手前、放っておくことも出来ず暫く男の吐き気が収まるまで童磨はその背を摩り続けた。
数分後、ようやく男が落ち着いた。
「どうもどうも。優しい青年だねぇ」カシュッ
「いやー、それ程でも。じゃ、……えっと、何故またお酒を飲もうと?」
「吐いたらさ、無くなるんだよね……お酒……。また入れないと!」
「いやいや、ええええええ!?」
空になった缶を片手でペシャリと潰した男性は、再び懐から
ごくごく、と大きな嚥下音を立てて缶ビール一缶が丸々その場で飲み干された。あまりの事態に童磨は呆然と見上げていた。
「じゃあ、ねー……ぁむりはきそう」
「ちょっと俺の方に吐かないで折角のパピちゃんのアクスタが汚れる!!!」
「パピちゃん……?」
酔っ払いの目が介抱をしていた青年の鞄へと移る。トートバックの手持ち部分に括られているのは夜会巻きでまとめ上げ、蝶の飾りで留めている――隊服を着た美しい女性。
「しのぶちゃんだぁ……。いつの間にこんなに小さくなっちゃったんだ……。うう、元から小さいのにあれ以上小さくなるなんて可哀想……」
「えパピちゃん推しなの!? 確かにしのぶちゃんに似ているけどこの子はパピちゃん。キサツパピヨンだよ!」
「きさ……つ……?」
――この場に
疑問符を浮かばせながら酔っ払いの男は何やら興奮しながら語る青年にうんうんと相槌を打っていた。
最悪な事態に気付いた後、文寿郎たちは「郷に入っては郷に従え、だ。君達の恰好目立ってるから相応しい装いにしようね」とのコーゼンの言葉により、パラダイスビーチに隣接した大きな道路を跨いで立つ――激安の〇堂へと足を踏み入れた。
見た事のない道具、どの街でも見覚えのない幅広い品揃え、(昔の生まれには)目に痛いポップの数々。思わず文寿郎もぽけんと口を開けてしまった。
「凄いなぁ未来。こんなに発展するんだねぇ……」
白地で左側に青い刺繍の施されたシャツ――かりゆしウェアなる物を着た文寿郎は水族館にいた。
某ペンギ〇の殿堂にて服を自分で決めた後、文寿郎の刀はコーゼンに預けられた。
「刀は銃刀法違反に当たるからこっちで隠しておくよ」と。元検事が言っては良くない台詞を吐きながら彼と白炭はパラダイスビーチに立てた
女バージョンたちはそれぞれ当世らしい水着に着替えて海の方へ行った。特にやる事が無いと宣う文子はパラダイスビーチに隣接されている海浜公園に、吉子は鍾乳洞が見れるという洞窟へ。
金麦はド〇キから出て真っ先に何処かへと行き、
少し目を休めたかった――、思考を落ち着かせたかった文寿郎はドン〇の横にある一際大きな建物。文子曰く水族館なる場所へと足を運んだ。
どうやら入るには当世の銭がいるらしく、現代生まれの己たちから教わった通貨の単位と分けられた銭で文寿郎はガラス張りの向こうで泳ぐ魚たちを眺め歩いた。
此処も此処でなんともまぁ驚く技術ばかりだが、ビーチよりは日差しも無い。
室内を照らし過ぎない照明と、飼われているが故に穏やかに泳ぐ魚をぼうと見つめた。
「大丈夫? 良かったら水どうぞ」
差し出された透明な容器に包まれた(確かペットボトル)水筒を出され、文寿郎の目はその人物を向く。
「何故水……?」
「大分前から座ってぼーっとしていただろう? 熱中症かと思ったんだ」
「熱中症……」
響きからして
無言でいれば離れていくだろうと思ったが、青年は何時までも離れる気配が無い。仕方なくそれを手に取った。
「良かったら隣いい? ありがとう!」
「何も言ってないけど」
青年の声色もその色合いも良く知っていた。
池の向こうで見つめ、花柱を背にしてようやく現世で
ただ違うのは、あれとは違って隣の青年は血の通う笑みをしていた。
異なる己。もしあの時共に生まれていれば、あったかもしれない道。
「俺の名前は童磨。いやぁ、中々熱い日差しだったろう」
何だか、どこかが軋む音がする。
本編軸文寿郎 → 文寿郎
:最初の文寿郎 → 白炭
キメ学軸文寿郎 → コーゼン
IF:二鼠藤を食む → 藤鬼
現パロ軸文子 → 文子
IF:おかしい本編軸の話の文寿郎 → 金麦
臨界編の吉子 → 吉子
いやーややこしい。そして水着の名前はこれで合っているのか?(オタク無知罪)
8月ももう終わりかけだろって? 黙れ何も違わない私は何も間違えない。