人にはどうしても退けない時があります。
人の心を持たない運営がこの世には居るからです。
理不尽に金を奪い、周年ガチャの後だというのに反省もせず、悔やむこともない。
俺は水着星5四体実装という暴挙を起こしたソシャゲ運営を許さない。
「お酒ぇ、お酒はあるかねー」
「おかえり金麦。さっき買い足したからあるよ」
コーゼンが大きなクーラーボックスを顎で示すと金麦は勢いよく開け、たっぷりと敷き詰められた缶ビールたちを物色し始めた。
ア〇ヒやヱ〇スは飲んだし気分を変えてハ〇ボールも飲んだ。やっぱり今度は飲んだことのない発泡酒だろう。オリオ〇ドラフトと銘打たれた缶を取り出した。
ビーチチェアに座るかと目で問われたが彼は軽く首を横に振る。
金麦の両足は妹によって切断されており、義足で生活をしていた。各々が短パンを選ぶ中、彼は足元まで覆えるサルエルパンツを選んでいた。
座るよりも立って酒を飲んでいる方が気も楽だ。早速小気味良いプッシュ音を鳴らして一缶開けた。
「さっき幼い弟くんに会ったよー。肉体年齢からして文子の方かな」
「そうか。頼みごとを聞いてくれてありがとう。今一番厄介な相手を白炭の方に相手してもらってる」
「厄介な相手ねぇ……」
同じ自分、しかし歩んだ道が違う。此処に集められた己たちの肉体年齢もまたそれぞれで異なっている。
コーゼンと金麦は三十路近く。白炭と藤鬼は二十歳、文子は十四、吉子は十三というが文子と違って肉体があまりにも幼い。
そして最後に合流した文寿郎はかつて金麦が鬼狩りとして全盛を費やした時期よりも
あれは出会ったばかりだろう。酔いながらも思考がクリアなのが彼にとって忌むべき点であった。
「七人の俺に七人の
「どういう状況だろうと必ず生まれる訳ではないけれど……、それぞれ“遂げた”ってことだけは伝わるよ。いや、違うかな?」
「まぁ大方はそうじゃない? 途中ばかりの俺たちだったらこんな事態になってないだろうし……。悪霊は大人しく地獄で煮詰まっていてくれたらいいのに」
ぐぉりぐぉりと音を立てる中、グビと一息に飲み干した金麦は更に缶を開けていく。
(こういう自分もあったのか……)と思いつつ、コーゼンは回していたかき氷機から手を離した。
「そうそう。実は―――」
ある地獄に刑を受ける鬼がいた。
首を金づちで潰されながらも意識は明瞭とし、数秒後には治っていった。
「……兄さんに会いたい」
ある地獄に刑を受ける鬼がいた。
体の全身を釜で煮詰められて何度も死んでいるが再生していた。
「姉さんに会いたい姉さんに会いたい姉さんに会いたい姉さんに会いたい」
そして最新型の地獄体験部屋へ行った鬼が帰ってきていた。
その瞬間。
異なる地獄で同じ慟哭が上がり、同時に現世では教祖の御霊召喚の儀を執り行っていた――。
実に稀な確率で二人の鬼の叫びがシンクロし、儀式のピークさえも重なっていた。
その鬼たちの周囲は瞬く間に光り、「うお眩し!」と担当していた獄卒の鬼の目が光から戻ってきた時、そこに刑を受ける鬼たちはいなかった。
『あやべ』という紙がひらりと落ちた。
こうして、罪人の鬼が地獄より抜け出した。
たまたま悪魔崇拝的儀式を行われていた――パラダイスビーチに降りて、二人の鬼は即座に召喚したと思しき面々を気絶させ、責任役らしき男を
道中ぽけんと日光に当たっていた
何故鬼たる彼等が日光に当たっても死なないのか?
もう彼らがとっくに死んでいるからだろう。
時間は有限とばかりに抜け出した鬼二人がホワイトボードに書き連ねた。
「どうしたら!」
「兄さんに会えるか!」
「普通に償っときなよ……。俺巻き込まれただけだし。君達とは違って、俺はちゃぁんと贖罪をしたんだぜ」
――兄が辞表届を出してくるからと待っていた童磨は、ホワイトボード側に立つ女版の自身、キノコを生やした男の自身を呆れた瞳で見回した。
「コイツ……、刑を受けている間にも兄さんが獄卒で会えたからって余裕の顔してさぁ……」
「私ら一回も地獄で姉さんに会ってないもん!」
「うわぁ……」
「というか、何あの儀式。いくら頭が抜けてる万世極楽教といえどあんな儀式するまで頭は悪くなかった筈だけど」
「万世極楽教教祖の御霊なんて指名出来る筈も無くない? まぁそのおかげで抜けられたんだけど」
「俺は巻き込まれただけなんだけど……。兄さんが待ってるから帰るね」
別に他の己がどうなろうとも兄とした約束の方が大事だし。ひとまず連れてこられた場所に行けば帰れるだろうと当たりを付けた童磨が立ち上がる。
女版童磨が口元を扇子で弄りながら「へー」と声を出した。
「恐らくだけどね、私たちがいれば姉さんたちも来てくれると思うんだけどさぁ……。もしかしたら貴方と出会う前の兄さんに会えるかもしれないよ?」
「はい? ごめんね。一応
「可能性としては充分ありえるよ。だってそもそも、
(自分勝手が過ぎないかな?
というか確実に兄が来ると信じてこの狂
こんな
「仕方ないなぁ……。ちょっとだけ待ってみるか。兄さんが迎えに来てくれるかもだし」
「冷気で殺せないのが悔しいぐらい殺したい」
「何でそんな酷いことを言うのかな? 殺す」
「んー?」
一気に室内がクーラー要らずの部屋と化し、触れれば斬れる物騒な扇舞の会場となった。
そうして巻き込まれる形で思わず現世に来てしまった童磨だが、事前に女版の自身が引き摺り出してきた信者から現世の事情を聞き出しATM化させて当世での水着に着替えていた。
此処で童磨は考えた。――彼は諸々の事情から吉子の弟としての記憶も持っていた。
(まぁ他に男の俺いるだろうし。鬼側の特権ということで)
深く考えず彼は幼女形態へとその身体を変化させ、その状態で服を購入。
ロリ童磨誕生の瞬間である。
海水の浸食によって削られて出来る海蝕洞、それに繋がる洞窟。その一部分には鍾乳洞も見られるとか。
「採取は法令で禁じられているからね?」とコーゼンに念を押されているので人目がない間に拝借――、そもそも吉子の時代でさえ禁じられている事なので半ば心外だと思いながら吉子は一人洞窟内を歩いていた。
カエルのチャームが付いた麦わら帽子を被り、肩口をフリルであしらわれたオレンジのワンピースタイプの水着姿をしていた。
現代生まれの文子に着せられたがどう見ても幼女でしかなかった。受付も子供料金で入場。
弟を人間にして以降、完全に薬種のみを収納していた背負子は文寿郎の日輪刀と同じくコーゼンの元に保管されていた。
(ああいう可能性もあったのね。あまり良い結果ばかりではなさそうだけれど)
鬼殺隊として入った己、鬼となった己、現代で無気力になった己、酒に溺れる己……。
認めがたいが状況によればそうなるのだろうという納得は各文寿郎たちの中で共通認識としてあった。
殺す必要があったから鬼殺隊に、どうにも出来なかったから鬼に。
ちなみに吉子は出会い頭に鬼の己に一刀入れたがそれで刈り取れなかった。それが吉子と同じ顔集団とのファーストインプレッションである。
犠牲になった藤鬼は目を白黒させながら首を抑えて再生した。「え、人間?」などと己からも言われるとは……。
足元だけをライトで照らされた道を歩いていくと彼女の背後から「ねぇ」と可愛らしい声が掛けられた。
「お姉さんひと「男の骨格で大分無理をしている」バレるの早くない!?」
声を掛けたのは白いワンピースの如何にも可憐な少女。薄い頭髪の色合いと幻想的な七色の瞳がこの青い空間にあってはより落ち着いたコントラストに見え……。
――ていたが、吉子には『鬼、弟の気配。肉体を変化させた形跡がある』と透き通った視界が捉えていた。
「折角変わったんだからもうちょっと驚いたって……」
「驚く? 同じ顔の集団を見た時点でこの事態は想像されている。残念」
「かなり淡泊だなぁ……」
苦笑いをしながら童磨は横に並んだ。麦わら帽子の頭が動くとチャリ、とカエルのチャームも揺れた。
色彩の多い瞳がちらりと全身を見渡す。
「いいね~。現代風の水着似合ってるよ姉さん」
「ふん……。勝手に着せられただけだから」
(照れてる照れてる~)
にまにまと顔を緩めていた童磨だったが、それも束の間の事だった。
「お前こそ、泣き虫は治ったの?」
「え゛」
「姉さんが死ぬのが怖い……なんて言ってた。
「え、見えてた……?」
「今さっき思い出した。目がすーっとなってから弟の姿が何だか二重に見えていた。それで今理解した。
「あ、あちゃー。大分前にいたことも気付いてる……。殺す?」
「為すべきは違う己に在る。……私は生かせたのだから」
恐らく彼女は全てが終わった時期から来たであろう吉子なのだ。
弟を背負う旅が終わり、また次へと踏み出そうとしている途中。
幼くも凛々しく朗らかに微笑む。――彼女の弟は相当幸せだろうにと、童磨は顔を伏せ、そして思い切りその手を取って体を弾ませた。
「この先に海蝕洞があるらしいよ姉さん。見に行こう!」
「……まぁいいけど」
引っ張られる形で洞窟のメインとも言える海蝕洞へ来た時、童磨は笑顔で立ち止まった。不審に思った吉子が背後から覗くと童磨に繋がれた手を離していった。
洞窟から抜けた先、そこからは太陽の日差しが差し込む外となる。海面からは少し小高い岸になっている場所から左、そこに波によって岸壁を食まれた海蝕洞があった。
そこに、白装束の男と子供がいた。
「桃摩、いたのね」
「うぇっ!? 姉さん何その恰好! は、恥じらい! 恥じらいを持って!」
「これが未来での流行りらしいわ。最先端よ最先端」
見慣れた霜髪の白装束を着た人物の隣にいた幼い桃摩が顔を赤くする。既知の二人が合流したのはいいものの、童磨はそーっと白装束の男を見上げた。
それは鬼が一等嫌いな藤の香りをさせた、“鬼”だった。
「お、鬼の兄さん……?」
「厄介な……」
舌打ちと共に吐き出された言葉にガーンとショックを受ける童磨だったが。
「じゃあ、お二人揃ったということで」
その鬼は、あわあわする桃摩とその襟を引っ張ってド〇キへ行こうとする二人を海へと突き落とした。
「はへぇ」と気の抜けた声が童磨から上がり、大きく寄ってきていた波に二人が攫われていった。
「ど、え、ええー……?」
海水浴場にも海の家や歩道近くの場所では出店があったが、海浜公園の方にも何かしら良い匂いを漂わせながらキャンピングカーが開いていた。
一応目を通してはみるものの特に食欲が湧くこともない。
店を一瞥して踵を返せばふわり、薄く透けたパレオが揺れた。
日光に照らされて胸元の刺繍が淡く光を返す中、ネックを回るか細い紐の位置を少しだけ直す。ブラトップに付けられた白のフレアで隠されてはいるが膨らみは大きい。しかし、ハイネックタイプの水着は胸部全体を覆っている。ブラトップのフレアも相まって、肌の露出をさせながらも清楚な雰囲気を漂わせていた。
胸から腰にかけてのくびれのラインは十四の少女のものとは思えないまでに艶めいている。黒のパレオは他の女性たちも付けてはいるが、清純さと腰つきの艶美さがより一層目を惹き付けていた。
――サングラスを掛けた女、文子がどうすべきかと辺りを見回していればナンパ目的の男に囲まれるのも無理は無い話だった。
「ドゥーシタ彼女。何か探スィ物?」
「キャワウィーネェ。オレタチとオチャしない?」
掛けられた言葉に返信することなく文子は人が来ない日影の場所を探しているのだが当然無い。
海浜公園にも人は多く来ており、日影となるベンチや屋根の下の休憩所といったクーラーの無い場所でも人がぽつぽつと座っている。極力動きたくない彼女は(水族館の方へ行けば良かったか……)と選択を後悔していた。
「オイ反応シロし」
「ネーチャンコッチキテモロカ」
ナンパ二人組が彼女の腕を掴もうとした時、「おまたせー。待ったかな?」と三人の間に声が落ちた。
いつもより
赤のストライプの入った黒のサーフパンツを着た男だ。
白橡の髪を高い位置で結わえているが、何よりも目を惹いている――特にファミリー連れの奥方や女性グループら――のは、鍛え上げられた肉体美だろう。
そして声は宮野真〇、190cm近くの体格を持ち、鍛え上げられた肉体を持っている。
ナンパをする場にいて欲しくない要素を持つ男が来たので二人組はそそくさと逃げていった。
声を掛けてきた彼が柔和な微笑みを浮かべているが――その額から血管が浮き出ているのも見えたからだろう。
待ち合わせをしていた体で合流しました。
そんな空気を出しながら男は文子を隅々まで眺めた。
「なるほど。近親モノ――」
「誤解を生む発言はジャンルの枠を変更しなきゃならなくなるので止めよう」
「いやいやごめんごめん。あまりにも食べ頃な肉体で柔らかくて美味しそうだったからさ」
「……そっか。人肉を食らう鬼の方だったか」
彼女の知る『オニ』はコンプライアンスや建物被害などを考えて動かねばならないという、なんだか微妙な立ち位置にいる創作物の悪役という印象。
だが、他の己からすれば
欲は欲でも肉欲ではなく
年頃の女を見て肉質の感想を言う――、これが他の己たちが下に持つ弟。
「俺は童磨。君の名前は?」
「仏塚文子。残念だけどこの体は食用じゃないんだ」
「そっか。残念。……ならさ、俺とお茶でもしようよ。ね?」
そうした不穏な空気を持って始まろうとした話だったが、彼――キノコを生やしがちな童磨が渾身の力で見せた姿は一瞬で消え去った。
軽い応答をしただけでカラッとした晴れ空の下、梅雨レベルにじめっとした空気を漂わせていた。傍にはもうお馴染みにもなったキノコの姿もあった。
「だって仕方ないじゃん何も言ってくれないんだし……。おかしくない、俺はおかしくない……」
「いや毒盛る方がおかしいでしょ。その頭は何の為に付いてるの? 他の同じ存在から『お前ほんとふざけんなよ』とか言われてそうな気がするけど」
「なんでそこまで知ってるのぉぉぉ……。そうだよ言われたよ散ッッッッ々詰られたし霧氷菩薩食らうし扇で千切りにされたよ!」
「うわバイオレンス」
ガチで斬り合って殺す鬼殺隊ではなくマジカルなパワーで変身する元キサツタイからすればあまり
肉体を細切れにされても死なない鬼の生態に引いていた。
「元気出しなよジメ磨。多分どっかに君の兄がいるだろうからさ」
「兄さん……。兄さぁぁぁぁぁぁぁん…………!」
「これが男泣きかぁ」
パシャリと手持ちのガラケーで写メった文子は『キノコ生えてる奴いた』とコーゼンに連絡を取っていた。
サーフィン、ジェットスキー、ダイビング。
様々なマリンスポーツを経由して女版童磨は白炭と釣りをしていた。
(??????)
無表情で「いやっほー」と波に乗る兄さん。
「すぴーどすたーだぜ」とオートバイを走らせる兄さん。
「ぽ〇もん取ったどー」とオウムガイを取ってくる兄さん……。
いや確かに? 着物の上からフィッシングベストを着ていたけれども?
これまで激しく動いてきたというのに急に釣り。血を吸う暇も無いったらありゃしない。
「何故釣りなのか。顔浮かぶ」
「うんまぁ……そうだけど。あれ、さっきまで普通に喋って無かった?」
「さーびす」
ブイと虚空に向けてピースサインをする。――なるほど、かなりぶっ飛んだタイプの兄さんなんだね。把握把握。
「不服? 楽しくない?」
「そんな事ないよ! 楽しかったけどね……。えっとぉ、血を吸わせて欲しいなぁ……って」
頬を染めていやらしく強請ってみるが白炭は首を傾げるばかり。
姉さんもそうだが色仕掛けというものが効かないのかこの人たちは……。
「鬼の血、美味? 人の血ではない」
「いいや、兄さんだから鬼の血だとしても美味しい。私はそう確信している」
「ほお……」
海に垂らしたルアーに釣られる魚はいない。
「妹。下の子。何故上の子を愛おしく思う?」
「何故って……。私を最初から見ていてくれたのも、殺しに来てくれたのも姉さんだけだったもの!」
童磨は少女らしい幼い顔で笑う。
彼女をただの妹として見ていたのも、生き返り殺しに来たのも姉だけだった。
何も残らない体に留めを指した瞬間を思い出しているのか、竿から手を放して体をくねらせ始めた。
と、小言を漏らしながら若干ズレ始めた首を治し、彼女は納得した顔で横にいる兄を流し目で見た。
「……そうか。兄さんの
「是。捨てた」
「そっかぁ……。うぅ、何か傷付くゥ……」
彼は傍にあった命を見捨てて生まれた。
何かを思ったか、思えなかったかは些細な違い。彼の瞳にある二つの瞳孔が示している。
「血を分けた程度の肉がいる。それで何が変わる? 理解不能」
「変わるよ。兄さんの元に弟か妹がいたならきっと変わってた。私が知る姉さんはそういうお人だし」
「ふむ」
「蘇ってまで殺しに来る人、きっと世界中探してもいないんじゃないかな~。ふふ」
特殊な事例と立場であれど
硬い言葉の兄と童磨は他愛ない話を続ける。
「そういや何で片言なの?」
「通常、思念で会話。言葉発する、久しぶり……」
「信者との会話は? どうしてた?」
「勝手解釈、終わる。意図違ければ適宜訂正。仏か何ぞ崇めるみたく、言葉交わす機会も無く……」
(もしかして私の知ってる極楽教じゃないかもしれない)
極楽教が禅寺か修行寺の方面へと変わっていったのかもしれない。鬼の童磨の中でもかなり計画的に運営してきた彼女はそう結論を出した。
それから淫猥さも無い和やかな雑談を交わす内に釣り具のレンタル時間がやってきた。
釣果は無いがどこか落ち着いた心地で浜辺を歩いていた時だった。――彼女の瞳が見逃せない姿を捉えた。
「あ゛――――!? 文子ちゃん! 何故ここに!?」
「げ、うるさいのが来た」
謎の酔っ払いと別れた極楽寺童磨は携帯が繋がるまで海浜公園の方で時間を潰そうとしていた。
依然として電波は県外のままで周囲には公衆電話も見当たらない。店員は何故かこちらの応答には反応しない。ドリンクを買うなどは反応してくれるらしいが……。
購入した桃の果肉入りクランベリーソーダを片手に海浜公園の浜辺を散策していると見覚えのあるサングラスの人物を発見した。
彼とは違う鬼の童磨によって設置されたパラソルの下、ビーチチェアに寝転がっていた文子はちらりとサングラスを上げた。
「あれだけ俺やしのぶちゃんに心配掛けておいてサマー気分とは畏れいったよ」
「まぁ死んでるし」
「死んでるし、じゃないよ! もう……」
大災害のまま時が止まったD県。大穴の最奥にて見慣れた人物の氷像が砕け落ちていった。
あの最終戦から常々、童磨は物申したいと思っていた。――死者には会う術も、何かを伝える術だってないというのに。
「何その水着。簪なんかも付けちゃって」
「ああこれ? 貢いでくれた男から貰った。溶けず氷の簪だって」
「はぁぁ? 気にくわないからちょっと待ってて。――絶対待っててよ」
「はいはい」
軽く手を振ってから寝そべり待つこと数分。息を切らした童磨は文子へと蝶のヘアクリップを渡した。
言葉通り待っていてくれたことに童磨は表情に出さず驚く。彼女は何の言葉も遺さず、ある日突然消えたのだから。
髪飾りを手に取った文子は日差しの下から日光に透かして見た。
「安物だね」
「ふっざけないでくれる……!? 悪趣味な簪とは違うんだから。学生の財布という領分があるんだよ」
「まぁね。蝶、蝶ね……」
文子はまとめていた蓮の簪を砂浜へと投げ捨てると青い蝶のヘアクリップでまとめた。
あまりにも呆気なく捨てる姿勢に「えぇ……?」と立ち直った童磨が引いた声を出した。
「いいのあれ」
「全部夢だからポイ捨てにはならない。安心だね」
「えぇ……」
ビーチチェアから降りて立ち上がる。腰につけていたパレオを巻き直す姿を見ながら童磨は思う。
凛とした立ち姿だが女性にしては長身。多くの人間が彼女を美女と評するだろうに、あんな猫背でだらしない恰好でいたのは何故だろうと。
「会った時もそうやって背を伸ばしていれば良かったじゃん。へにょんへにょんじゃなくてさ」
「とっくに死んでいるのに美醜も学生生活もあるものか。死者は死者、生者は生者。みだりに侵すものじゃないんだよ、その境界は」
「でも、君とあの時出会ってなきゃ、俺は君を姉さんと呼ぶことも出来なかったさ」
「言う様になったねぇひよこが」
「俺もう七歳児でも何でもないからね!?」
歩く文子に合わせて童磨も足を進めていた。波が寄りては白い痕を残して帰っていく。
いないとは分かっている。これはきっと夢だろうとも思う。青い蝶の髪飾りを付けた、命を賭してまで己を護った姉が生きているなんて。
もう見れない癖に、夢の癖に、――似合う水着姿で水際を共に歩くこの瞬間も。
「海に来たなら……こうっ」
先手は文子。足元の海水を童磨へと被せた!
水辺の装備ではない彼と持ち歩くキサツパピヨンのアクリルキーホルダーの付いたトートバックに飛沫が掛かる。
――されたままではいられないと彼は反撃し返した。
「このっ!」
「どこ見てる! 海パンを無くして泣いていた坊っちゃんが!」
「もう忘れて!?」
幼い過去の事を暴露されて顔を赤くしながら童磨は波打ち際より更に深く入っていく。
白く輝く飛沫の中、透ける青い蝶が逃げるのを追って。
――そのまま二人は楽し気に、水を掛け合っている間に波に飲まれていった。
その男からは鬼の気配がしなかった。生粋の人間。鬼殺隊が守るべき人間。
だが見た目は上弦の弐と同一。自然と、
分かりにくいが熱中症の初期症状も出ている。加えて事態の混沌とした状況への対応には未だ時間を要していた所だ。
「なんだか歓迎はされていないなぁ」
(……落ち着こう。これもまた別の己の弟だ。殺す対象ではない)
渡された
「あ、もしかして開けれない? 貸してみて」
ひょいと男はペットボトルの口を捻って開けた。「ありがとう……」と拙く返すので文寿郎は精一杯だった。
飲み口らしき場所に口を当てて飲む。自販機でよく冷やされた水がしっとりと自然に乾いていた喉に沁みる。
それでも警戒心を解くには至らず、不審そうにしている文寿郎を見ながらにかー! と童磨は笑う。
「よかったよかった。顔色も良くなってきた。ところで、この後予定が無いのなら俺と一緒に水族館を回らない? 俺も一人でね。なんなら一緒に歩く連れが欲しい所だったんだ」
「……まぁ、それくらいなら」
こうして赤いアロハシャツの童磨と水族館を回る羽目になった。
文寿郎が困ったのは動物のえさやり体験だった。
元は童磨が購買していたチケットを好意で「やってみるといいよ!」と譲られたのだが、この男鎹鴉以外でまともに動物に触れた覚えが無かった。
他人から「これ持ってろ」とカブト虫などを持たされることはあるが、動物や昆虫たちはどちらかといえば文寿郎を避けていく。
カワウソも餌を前にしているが文寿郎の姿を見るや隅で固まってしまう。この時は本来の体験チケットの持ち主である童磨が餌やりをすることで場を納めた。
「動物に好かれない人間がいるとは」
「好かれなくても関係は無いから」
「まぁまぁ。ぬいぐるみなら逃げないから」
童磨が引き当てたカワウソのぬいぐるみを無理矢理持たされ、文寿郎は男から視線を外した。
薄暗い照明の中、水槽だけに照明が当たっている
海に生息する生き物。その小さな水槽だけでのみ生きる魚を見て何ら感慨を浮かべることは無い。
(早く戻って鍛錬をしなくてはならないのに……)
鬼と違って人の時間は有限なのだから。
己は更に少ない刻限の間、確実に殺す領域にまで立たねばならないのだから。
焦りを見せ始める文寿郎とは対照的に、童磨は餌やりの時に飼育員に掛けられた「可愛い弟さんですね」との言葉にデレデレとしていた。
「いやー面白かったね!」
「そう」
「ふふふ、俺が君の“兄さん”か……。いいね」
「喜ぶことなの」
「そりゃあね。俺にはよく分からない生態をした
身近で兄弟というのを持つのは兄弟子の不死川実弥だった。彼には年の離れた弟が何人もいたが、鬼によって一人を残して全て殺された。
最近だと胡蝶姉妹もだろうか。姉のカナエは肺を再起不能にされて鬼殺隊を引退し、残された妹のしのぶが奮起しているという。
――兄や姉は弟や妹のしあわせを願う。
あの兄弟子は、少なからずそういった情を持って弟を遠ざけた。
姉のカナエは妹と共に他者の幸せを守る為に共に鬼殺隊に入隊した。
正反対の有様に困惑していた気持ちが今になってふと蘇った。
下の弟や妹は時折兄や姉らしく振舞いたくなる。
そんなことを異なる己が持つ弟が言うので、――少しばかり、あの人形じみた鬼にもそのような気持ちが芽生えることもあったろうか。
壁一面に広がる水槽と大広間らしき場所に来た辺りで今にも泣きそうになっている少女がいた。
「ありゃ、迷子かな」
「見取り図があるのに迷うんだ」
「んんっ……。誰でも親とはぐれたら悲しいものだよ。不安になってまともに考えられなくなる」
「へぇ」
何か言いたげな顔をしながら童磨は少女へと声を掛けた。怖がらないように低くしゃがみ、優しい声色を出していた。
「こんにちは。どうしたの? 迷子になったのかな」
「母ちゃんと弟がいないんだ……」
「うんうん。怖いね、不安だね。でもこのカワウソさんが頑張れって言ってくれるよ」
カワウソ。……この場でカワウソの
しゃがんでいた童磨はパチンと片目を閉じて彼へとアイコンタクトをしていた。
(え、俺が喋れってこと?)
泣きそうになっている少女が潤んだ目でこちらを見ている。
こういった時の対処法。即座に似た事例を思い出そうとしたが、先程からうまく頭が回らない。
暫く固まった後。
「が、がんばれ姉君……」
((姉君?))
咄嗟の発言に静まり返る二人。――だったが、少女の方がぷぷぷと笑い始めた。
「あ、姉君て! 初めて言われた! あっはははは!」
「お、笑った笑った! じゃ、大丈夫かな?」
「ん。あんがと! ……でもやっぱ心細いから二人ともついてきてくれよ。お土産コーナーにいそうな気はすんだよな」
がはは! 先程まで泣きそうになっていた少女とは思えない豪快な笑いをしていた。
(……心外!)と文寿郎は無表情ながら顔を顰めながら二人の後を追った。
――彼女の母親と弟も同じくお土産コーナーにいたそうで、店員の前で弟にハグをしながら再会していた。
「
「姉ちゃぁぁぁん!」
「心配掛けたわ母ちゃん! まこ!」
優真という少女の母親は送り届けた童磨たちへと頭を下げ、子供らは元気に手を振って水族館を出ていった。
「……ファインプレーだったよ弟者!」
「お前が急に無茶ぶりをするからでしょ」
「んふふ。乗らなくたって良かったのにぃ~。捨てておけないなんてねぇ~」
上機嫌な童磨につんのこされる指を振り払いながらカワウソのぬいぐるみを抱えながら彼らは水族館を出た。
その場で別れようとした文寿郎だが「実は兄さんを探しているんだ」と、憂い気な顔をして童磨は引き留めた。
「知らない間にビーチなんて所に来たけど、なんか兄さんに会える気がしてさ……。良かったら一緒に探してくれない?」
「……その兄の特徴は?」
「うーんと、サングラス掛けてたかな。この日差しだと目が痛いらしいし。かく言う俺もなんだけど」
目の色素が薄いと大変だよねーと
高く登っていた日も少し落ちていた。ちらほらと砂浜に立てたパラソルを撤収する人間たちも見え始める。
「あ! それっぽい人見かけた!」
勢いよく童磨が走る――それに並行して文寿郎が走ると隣から驚いた声が上がる。
「え、凄いね!?」
「遅いくらいだけど」
「き、傷付く。ジムにでも通うべきかな……」
弁護士で昨今デスクワーク続きの男はようやく目当てらしい人物を目にした。
設置された桟橋の上に、あの霜髪に臙脂のかりゆしウェアにサルエルパンツの人物……。
だが、
「金麦と……、誰だ」
「え、俺……みたいな女?」
金麦と相対していたのは赤いレースのロングカーディガンを羽織った露出の高い水着の女。
しかし髪色といい目の色といい、どうにも他人には思えない要素満載であった。
「ああ姉さん! 姉さんにようやく会えた!」
「なんで抜け出すかなお前……。少しは反省したと思ってたんだけど」
「ううんちゃんと反省したの! 今だって人は殺してないし、ちょっと色目を使っただけで人間は殺しても堕落もさせてないの。すごくない!?」
「……あー、一歩だけ? 少しだけね」
「キャ――――!? 姉さんが褒めてくれた! ねぇもっと褒めて! 甘やかして! 撫でて! 触れて触ってぐちゃぐちゃにして!!!」
「いややっぱ反省してないなお前」
赤ら顔の金麦は手にしたスキットルに詰められた
女の動きは素早く。桟橋が割れる程の踏み込みで金麦に抱き着く形で接近。ぎゅうとその体を抱きしめその胸板に頬ずりした。
「姉さん姉さんお願いだから私が償うまで待ってて! 置いていかないで! 寂しい!」
「ふ……」
歓喜の喜びか、その後を考えてか。彼女の瞳にはぼろぼろと涙が零れ始めた。
その柔らかな背に金麦が手を回し、更に体を密着させると女は涙を止め、更に頬を赤くさせて吐息を漏らす。
「なんで待ても出来ない雌犬の言い訳を聞かなきゃならないの? お前は地獄で大人しく罪を償っていろ。――色情狂いの
「あぅっ淫らで姉さんにたくさん迷惑かけてごめんなさいでもだって姉さんに会えたらシたいことばっかりだったんですものでも姉さんだってその年頃であの有様だったのも悪いと思うの誰だって普通知ってるようなことも知らないなんてそんなの興奮しない人間がいますかいません私はしました姉さんの痴態を見て何度も人に言えないことだってしたのもっともっともっと詰って姉さん大好き」
「お前を喜ばす言葉を言う訳無いだろうが! 私が!」
「ンッ! 姉さんと目が合って、掛けられる言葉が罵倒でも……。何でも大好き♡」
抱き着かれた勢いのまま金麦たちの体は桟橋の上から海へと投げ出される。
ダッパァァァァン!
大きく、高く。波飛沫を立たせながら二人は海へと落ちていった。
駆け寄った童磨と文寿郎は落ちていった場所を眺めるが……二人の体は浮き上がることは無かった。
「……なにあれ?」
「さぁ……」
水族館ワイプ
(え、学生くらいの頃の兄さんがいる。しかもかなり不愛想だ)
(餌やりで好かれず髪の毛の尾っぽがしんなりしてる。……か、かわいい、このままでいて欲しい。だってこの時にはもう兄さん愛想笑い完璧で打算で動く人間だったしこの状態なんて滅多に見なかったし)
(姉w君wwwww 俺が養子縁組すればもう問題ないね。持ち帰ろうそしてみっちり教え込んでいこう大丈夫犯罪じゃない同意があれば)
軽く解説
優真(ゆま)
何回か前の生(ゆいま)の時に文寿郎にもんもんと名付けた事がある。
まこは彼女の大切な弟である。
臨界編
合流する前まではろくろ首形態になった藤鬼に「ギャー!?」とか言って遊ばれてた。ぐるんぐるんにされて心臓バクバクしてた。
現パロ軸
「え、その状態で保険に入れると思ってるんですか(意訳)」でグッサリジメ磨を刺した。
事の他蝶のヘアクリップが気に入ったので「盆の季節になったらこれ付けて帰ろ」と文子は算段した。
「きゅうりとなすは速い形でよろしく」
IF:おかしい軸
(実質)女双子時空。倫理観もおかしくなっちゃった。
本編軸 不明
:最初 ✔
キメ学軸 不明
IF:二鼠軸 不明
現パロ軸 ✔
IF:おかしい軸 ✔
臨界編 ✔