この言い訳を披露せず終われたことに……感謝!
とある夜半の浜辺に紙と黒のカードが落ちていた。それを気怠い動作で白装束の鬼が拾い上げた。
『ちょっと逃げ出した君らの弟共を連れ戻してきて。必要なものはこれがあれば買えるから』
一枚の紙切れと共にあったのはなんでも買えるすんごいカードだ。
だがこのカードの価値や使い道を理解できる者は一人としていなかった。
((なんだこの板……))
藤の香りを漂わせる鬼は立ちぼうけ、熱を感じさせる鬼が人のいない浜辺で体育座りをしていた。
二人は目線を合わせた。何だか似た特徴を持つ
体育座りの鬼は彼の弟――白橡の髪と虹の瞳を持つ憎き畜生、それと同一の特徴を持っていた。
「地獄、ではない?」
「……あや、同じ声だ。君の名前聞いてもいいかな?」
「…………昔、文寿郎と。鬼の時は
「なるほど。まずお互いの話をしようか」
藤鬼――と名乗った鬼は毒殺後、地獄にて氷漬けにされていた所を急にこの場に来ていた。
燬宅と名乗った鬼は座禅をしながら押し潰されていた所だった。
共に罰を受け入れていた所――、謎の海浜に来ていたという。
だがどちらも江戸の世に生まれ大正にて死した鬼。
ブラックカードをいきなり渡されてもその価値を理解出来ない。
「何でも買えるとは……?」
「板一枚で?」
((何で?))
カードをつんのこする燬宅に頭を悩ませる藤鬼。
――そんな中、新たに歩み寄る影があった。
「え、なんで同じ顔が二つ……? というか何で一方は弟みたいな色してんの……」
後にコーゼンと名乗る男が合流した。
これは鬼たちが抜け出すよりも先に起きた出来事であった。
「まず第一に、この事態はお前たちの脱獄が原因だ」
「俺は巻き込まれただけなんだけど……」
「同じ存在だから諦めろ。そして、積もりに積もった未練と、本日の明け方此処で行われていた教祖召喚の儀というものが原因で赦されてもいない魂が現世に戻ってきた」
「盆は過ぎてるのにね」
「馬鹿三匹に釣られて似たような魂もやってきた。連鎖する形で他の俺の魂も来た。鬼の俺たちは巻き込まれても仕方ないけれど、未だ生きてる俺をも連れてくるのはどうかと思うよ」
「馬鹿って言われた……」
「だから同じ軸での
藤鬼が吉子らを突き落とした後、童磨は彼から事の起こりを話されていた。反転文字はもう
幼女に体型変化させた童磨が腰かけて海を眺めているこの場所。此処で例の謎極まりない儀式を執り行ったそうだ。
それで女版の童磨とジメジメした童磨が地獄からエスケープ。そして待ちぼうけていた童磨は彼等に引っ張られてやってきた。
「なるほどね……。じゃあ
「湿った……? 何故加害者が湿る?」
「この棘は確実にそうだね」
「……お前は、どの俺の弟かは知らないが随分と気楽そうだ」
「まぁね。贖罪終わったし、これから兄さんと一緒に輪廻の輪に入る……所だったんだけどなぁ」
「終わって共に入る、だって?」
「毒を盛られた兄さんには信じられないだろうけど……。うーん、俺の状況と兄さんの状況は前提からして違うからなぁ」
頭を悩ませるロリ童磨の隣に藤鬼が座る。どうやら聞く態勢らしい。
「俺の場合は死にかけていた俺を兄さんが生かしてくれたんだよね。だから生まれたのは
「……確かに違う」
「それから成長して幼い頃、死にかけた俺をまた兄さんが生かしてくれた。その後俺は教祖として哀れな馬鹿たちを導いてきたが鬼にされた。その過程で兄さんを思い出す事は無かった。蘇った兄さんに頸斬られてからようやく思い出せたんだー」
もし思い出せずにいたら。考えてもぞっとする。
こうして自分が本当に望んでいたことをも知らず、流れのままに償い、次の生へと廻っていく。
己を死してまで殺しに来てくれた人の存在を忘れたまま。
そんな俺は、――なんだか素敵な出会いもある気がするが、内に
「うう嫌だ嫌だ……。本当に思い出せて良かった」
「話を聞くと本当に違う。本当に同一存在? 『生きてて良いと思えたことあるの?』とか抜かす鬼とは思えない……」
「うわぁ」
何故兄さんにそんな事を吐いたのか。
ロリ童磨はジメ磨に会ったら再び霧氷菩薩ですり潰す事にした。
「二人で生まれた事が必ずしも良い方向には繋がらない。むしろ、一人で生まれた方が……」
「いや、それは違うよ」
「何が違う。他に二人生まれた場合の己を見たが、そのどれもが極楽教とは関係の無い生まれだった。ならば、あの山奥の寺院で生まれた場合は……」
「最適解とか無いんじゃない?」
藤鬼には顔が無いが項垂れている、――それは童磨が兄弟喧嘩の時に目の当たりにした気配と同じ。
『どうしたらいいのか』と戸惑っているのは読み取れた。
「そもそも俺たち死んでるんだし、起きた事は変えられない。兄さん好みの合理という事からかけ離れた環境だろうと、一緒に生まれてくれたことまでは否定しては欲しくないな。
「……はぁ、出来た
「うん! でしょう!」
生産表示シールに
罪を見つめ直し、清算は終わり、これから先――共に歩んでいく約束を魂に秘めている。
大きな溜息を吐いて藤鬼は立ち上がった。
「戻るか……。海の方にいそうだ」
「なら他の兄さんにも会わせてよ~。見たい見たい~」
「いいのか……? まぁ、いいか」
続けて立ち上がる童磨に軽くぽんぽんと撫でる。
己から咄嗟に出た仕草に藤鬼は固まるが、された方の童磨はにこにこと微笑んだ。
仏塚文子が現代の装いの己と共に波間へと消えていく。
その瞬間を見た童磨は「あーあ」と声を漏らした。
「折角の姉さんがいなくなってしまった……」
口先で文子に良い様に使われた童磨はしょんぼりとしながら自分の設置したビーチチェアへと座る。
周囲の人間というのは薄らぼやけてはいるが会話やその姿が消えてはいない。家族連れで来た者、友達と来た者など、様々な関係性を持つ人間がこの海ではしゃぎ遊び倒していた。
――羨ましい。何も思考せずに兄を慕えるような存在が。
阿呆みたいに甘え尽くしているその小さな肉の塊など爪で引き裂きたくなる。
あの藤の香りだって嫌なものだ。特に蝶の髪飾りの付いた女が纏わせていたのを思い出す。
必ず殺すと目で訴えてきたあの女。……それが、此処にいる筈も、無い……。
呆然とした心地で童磨は己を覗く気配の主を見上げた。
「酷い顔をしている」
「に、いさん……」
のっぺらぼう状態ではなく、幾久しく目鼻立ちのある顔をしていた。
正真正銘、彼にとっての兄。自身が苦しみ、それ故に苦しませ続けてきた人物。
死後思い返しても不可解な行動ばかりしてきた。言葉で傷付け、健常になってきた兄の体に毒を盛って伏せさせた。同じ己からさんざっぱら糾弾だってされた。
――自分自身でもどうかと思う。
思うが、何故自分がそう動いたまでの理解は出来ていなかった。
「地獄から抜け出して、お前は何がしたかった?」
「……兄さんに会いたかったんだよ」
「あれだけ首を斬ったりしてきたお前が? 何故?」
「……」
鬼の体になってからは気に入らないことがあれば兄の首を扇で斬ってきた。何も言い返せないまま何も無い浜辺へと視線を移す。
何故会いたかったのだろう。理由はあるが、口にしようとすると喉元でつっかえてよく分からなくなる。
心の何処かで「言いたくない」とは思っている。だがもうそれで許される時期はとうの昔に過ぎている。己の罪過は裁かれた。
「言いなよ。でないと俺は去るだけ」
「う、分かったから……。しゃがむの止めてよ、俺もう子供じゃないんだし」
「はん……?」
藤鬼が中腰の態勢から立ち上がる。
釣られて童磨も立ち、――彼らの足は自然と洞窟の方に向かっていた。
「なんで兄さんは……、俺が言っても受け止めるばっかりなのさ。少しは言い返してくれたっていいじゃん」
「お前は言っても仕方ない立ち位置にいたから。不満は正当だから言い返さなかった」
「薄々思ってたけど俺より人間味無いのって兄さんの方だよね」
「欲しいとも思って無い。必要なら得る努力はするけど」
「……本当に、あの時思ったんだよ。じゃあ兄さんは何で……、何の為に生きているのか」
童磨は感情が無いということを自覚していた。縋る信者や死んでいった両親に比べても、己は他の人間の様に喜怒哀楽を感じる事自体が少ないと。
感じても振れ幅というものが小さかった。僅かに良い、嫌と思えるものはあるが――死ぬまでの間、強く揺り動かされた物事はいつだって兄に関する事だった。
――自分がこうなら兄も同じ筈だ。だって双子だ。同じ時に生まれたのだから同じ欠陥を有している筈だと。
そう願いを込めた童磨の問いにあの時、兄は思いもよらないものを返した。
「『お前が幸せに生きられるように』」
昔と同じ言葉を今も吐く。
「……それじゃ駄目なのか?」
――だというのに。
死した今なら、ちゃんとその言葉が聞けた気がした。
『し、信じられない。兄さんと生まれたのに素気無くした挙句殺しにいったなんて……。俺の面汚しだ。死んで?』
『あのね、ぶっちゃけて言うとそれめっちゃ悪手。あんな中で貴様の兄さんだけはずっと味方でいてくれただろうに……。死ね』
他の己たちから聞く
腹に据えかねて殺しに来るその気概、――そう、確かにあった。
だから俺は兄に毒殺されたのだ。
鬼にされてからの兄はずっと藤を食べ続けていた。毒だけは分解せず取り込み続け、百年以上も溜め込んでいた藤の毒を流された。
俺の体は直ぐに溶け落ちて、その余波で他の上弦や無惨にも毒が流失していった。殺意の塊だった。
『馬鹿だなお前。……大馬鹿者め』
それから、兄がぐずぐずに溶けた俺の頸を地獄まで運んでいった。
――あの時だ。
苦しみから解放された死後の意識で、静かに泣いている兄の顔を見たのだ。
兄が泣くのは然程珍しい事でもない。病で伏せている時に生理的によく浮かべていた。
だがもう体は痛くはない筈なのに、泣いている理由が分からない。
その顔を見てからどうも胸の辺りが苦しくてしょうがない。刑罰での痛みよりも強く“痛い”とばかりに主張するのだ。
「地獄に行く時、なんで泣いていたの」
「こんな質問をする為だけに地獄から抜け出した弟を持たないと分からないだろう」
「答えてくれたっていいじゃない」
「それを言ったら兄の立つ瀬は無い」
洞窟を渡り歩いた先、砂浜の広がる海岸が見えた。橙に染まり水平線の向こうへと日が落ちていく中、藤鬼はざぶざぶと波間を進む。
その後ろを付いて行く童磨は大声を出す。
「分かった。ちゃんと考えるから。必ず答えを見つけるから! だから……」
揺れる言葉尻で振り返る。腹の辺りにまで白波が触れる程浸かっていたが、藤鬼はその先を告げさせる隙など与えなかった。
節ばった手を強く引っ張り、二人の体が海中へと沈む。
「精々苦しめ」
その言葉を最期に、童磨は目を閉じた。
「へー、現代だと兄さんはこんな感じかぁ」
「女だとそういう感じになるんだね」
桟橋での奇妙な出来事を置いて、文寿郎はどんよりとした空気で童磨に引っ付かれるので渋々コーゼンのいるパラソルの場所へと戻る。
そこで目にするのは少女の形をした
「な、な……兄さん!?」
「おや弟に見つかってしまった」
「良かったねえ。俺の探し人も見つかったみたい」
――そう、あの女の鬼とは違う。文寿郎が此処に来る前、カナエを背にして立った時に感じ取り、
即座に文寿郎はカワウソのぬいぐるみを人間側の童磨へ押し付けた。ズボンのベルトに机に立て掛けられていた日輪刀を挿して手を何時でも抜けるようにと柄を握る。
「おお
その間、幼女に扮していた童磨は笑顔のまま元の――男の肉体へと戻る。
「やぁやぁ。んー、
「早い再会で嬉しいやら何やら」
文寿郎が素早く視線を行き渡らせる。昼より少ないとはいえ人目はある。
この空間において鬼は日光を克服している。文寿郎も回復してきているとはいえ十全とは言い難い状態。
初動を見誤れば終わる。
伝わる殺気がそう示している中、にこやかな鬼は――その場から離れた。
「鬼さんこちら! 手の鳴る方へ!」
「鬼はお前なんだよね!」
白い影を追って黒い影がパラソルの下から離れていく。バイオレンスな鬼ごっこを目の当たりにして二人はその後を見つめた。
「はっっっっっや」
「肌がビリっとするね。殺気というものかな?」
「嘘……。ハード過ぎ……」
殺し合う仲だなんて。事態を把握しきれてはいないが現代版童磨はぶるりと背を震わせた。
「なんでかいつの間にか同じ顔、幼い兄さんのいる空間にいたけど……。これも霊的な関係?」
「概ねそうかな。君たち
――今日の深夜。
藤鬼たちに合流したコーゼンは新たに落ちてきた紙で事態を把握した。
『君たちの同位体が下に持つ弟鬼と妹鬼が脱獄。同時刻、また異なる軸にて極楽教教祖の召喚を目的とした儀礼によって彼らは地獄から引っ張られ、そして強い欲求を抱いて現世に現れようとします』
『該当する弟鬼の兄たる文寿郎、そして異なる軸で償い途中の燬宅。両罪人に脱獄鬼共の連れ戻し、ひいては寄せられてくる君たちの同位体たる魂をそれぞれの
『しかし召喚される時代は君たちの時代からかなり先なので、同軸の同位体存在に協力を要請しておきます。両方遂行出来た場合減刑あり』
珍しく三枚に重なった紙を藤鬼が捲り、燬宅が流し読み、最終的にコーゼンに渡された。
「要請も何も急に呼ばれただけなんだよね」
「だが無関係でもないのでは?」
「頭の悪そうな儀式を行う存在には幾つか心当たりがあるけど……。現場を見てみないと何も言えないかな」
とのことなので彼らは儀式会場の海蝕洞にやって来た。
「うおおお悪魔に滅ぼされし教祖の御霊を召喚せん!」
「ガチャ当たりますようにガチャ当たりますようにガチャ当たりますように」
「教祖様、TSした姿で来ないかな。来ていただきたい。いや来い」
「……心当たりは?」
「潰した筈の羽虫がまた湧き出てくると腹立つよね。俺は立たないけど」
「迷惑」
死んだ目のコーゼンたちは謎の魔法陣から飛び出てくる脱獄鬼二人を発見。そしてもう一人が引き摺られていくのを見送り、作戦会議を始めた。
コーゼンは自身の弟に対し、かき氷を作りながら経緯を説明した。
差し出された赤いシロップをふんだんに掛けたかき氷に童磨は手を付けながら聞いていた。
「それから他にやってくる俺とお前の同位体が来るからその場所の把握。事情を話して金麦に散策出来るラインの把握、携帯を持ってる文子と鬼同士で連絡を取れる藤鬼と燬宅に他の同位体存在の居場所報告。これらをまぁ俺がまとめて、それぞれの
「なんで海に沈む必要があるの?」
「ここがビーチだったからじゃない?」
「適当だなぁ閻魔様って」
「そうと決まってる訳じゃないけど……。さて、お前は何か言いたいことがあるかな。罪人である俺に物を言えるのは今だけだよ」
穏やかにコーゼンは童磨の向かいへと座る。
彼もまた、人ではあるが現世からではなく
「俺の為に動いたことが罪になるの? 弁護しよっか?」
「もう裁判終わっちゃってるんだよね~」
「検事だったんだから少しは減刑措置の為に抵抗とかしてよねっ。してないだろうけどさっ」
「理解度が高くて困るなぁ俺の弟」
顔を綻ばせながら笑うコーゼンに不服を示しながら、氷をじゃりじゃりと潰す。小さくなった氷は外気に触れた途端に溶けて底へと溜まっていく。
「もう初七日も、三七日や四七日、七七日さえ過ぎて一周忌前だよ。知らされた時よりかは俺も落ち着いていられる。犯人も嬲り殺しておいたからね!」
「お前ね……」
ざくりと赤く染まった氷を大きな口でぺろりと平らげる。
夕日が差して暖色に煌めく瞳は、彼の生きる時間の先にはいない死者の姿を映していた。
「約束覚えてる?」
「勿論」
「じゃあいいや。俺が其処に行くまで待っててねー」
「はいはい。うっかり先に行かないように獄卒にでもなって待っておこうかな」
「俺を担当した時は痛くしないでね?」
「どうしようかな。ありとあらゆる苦痛を与えたくなってきたかも」
夕暮れ時。彼らはいつもの日常と変わらないリズムで会話を続けていた。
泣くことも縋ることも無く。交わした約束さえあれば、それでいい。
人を多く食らい続けた上弦の鬼。その身体能力との差を如実に理解せざるを得なかった。
あの場は相手からの手加減があったからこそ――刀が折られど――まだ渡り合えた。
柱にさえ満たない実力では力無き隊士など赤子同然。
(遊ばれている)
――この鬼は自分を誘導している。すれ違う人間を食らうことも、殺すことも無い。
けれど時折氷柱が頭上から降ってくる。砂の感触に慣れないながらも避けられる。それもまた調整しての出来事。
死か、生存か。
死してまで対象を押し殺せる未来は無い。焦る気持ちを整えてすべき事を再確認した。
「諸々の事情を聞いてはいるが……。素直に戻るだけだと味気ないだろう?」
扇で口元を隠し、文字の入った瞳を細めて笑む。片手間でゆらりと金の残像、次いで女の上半身を模した氷像がフッと吐息を零す。
その像も吐息も気温が高かろうと関係無く周囲から温度を奪い凍り付かせる。ましてやその冷気には人の肺を壊す作用もある。
迂闊には近づくことも出来ずに後ろへ飛び退く。だが背後からも冷たい気配は漂っていた。
即座に踏み込んだ力の行き先を斜め左へと進路を変えるが、逃げ遅れた右腕は裂傷を負い血を静かに流す。
――霜づく冷気の通り道を経由して作られた、血鬼術の主を模した氷人形が冷たい花弁を散り透かせていた。
「ほらほら。近付かないと俺の頸は斬れないよ~?」
「君が出てきたらその手間が省けるのになぁ」
「――じゃあお言葉に甘えて」
徐々にその言葉が間近に迫る。直感と経験。文寿郎は前へと足を蹴り、振り上げられた左の扇を持つ手を弾き返した。
相手を踏み台にして距離を取るが
より一層、鬼を中心にして空気が冷えた。
重要な器官たる目を閉じ、息をせずに文寿郎は鬼が振りまく冷気の中を走り抜ける。背後からは一定の感覚を保ちながら
「手が止まっているよ? 呼吸も使っていないじゃないかほらー」
「…………っは。したら壊れるからね」
全身に力を行き渡らせる呼吸器官たる肺が壊れれば、鬼殺隊は鬼に食われて死ぬ他無い。
この血鬼術は対象との間隔を必要としない。使うのに何ら予備動作も無い。凍てついてもつかなくとも、視認する場所がこの鬼の狩場となる。――理不尽な血鬼術だと言わざるを得ない。
風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風
五つに分かれた烈風の爪が冷気を周囲へと散らす。
風爪の背後から低く飛び、刃へと風を纏わせたまま彼は円状に回転しながら鬼へと接近した。
ようやく見えた攻撃に鬼は持っていた扇を口に挟み、進んで左腕を差し出した。
水の呼吸 弐ノ型 水車・遺風
風の勢いと水車の回転力で鋭さを増した刃は鬼の肉を断った。
しかし、
着地と同時に胴体に決して浅くはない傷から血が流れ白のシャツを染める。
息を整えて相手に刀を構え、向かう。――文寿郎は生存できるかも怪しい状況に陥ったと考えを改めた。
「良い斬撃だったね! 俺の腕が取れちゃった」
ぷらぷらと取れた手を
爪の間に残った肉を舌で掬って久方の血肉を味わうが、動揺も無く相手は息を揃えている。僅かに刀を握る指が震えているが、それも直に
童磨はたまに寺院の外へ出て柱と会えば、一回自らの四肢を断たせて――その部位で反撃する。
するとどうだろう。いくら精神的にも肉体的にも強い柱といえど、激昂か絶望かの表情を浮かべる。
鬼畜生と罵られども、その言葉が真に感情さえ凍りついた鬼に届くことは無かった。
死に際の足掻きを見て目を楽しませ、これぞ最期と繰り出した大技を無傷で平らげ、そして次の戦いに生かす情報へと処理する。
計算高き鬼は静かに見つめ返す文寿郎の反応に満足していた。
(それでこそ俺の知る兄さんだ)
決して苦境に立たされども諦めない。必ず
彼をそのままにすると呼吸で血を止めてしまうので、態勢を整えさせる前に人体を軽く両断する金色の鉄扇で腕の関節を狙って氷柱を乱舞させながら踊る。
血鬼術 枯園垂り・瑞枝
(底が知れない。上方修正が必要だ)
動きによって下から砂塵が舞い上がり、同時に冷気を漂わせる氷筍の鋭い動きが襲う。
その氷は扇の動きに連動していると思えば、
どうにか予測して擦過程度で終わらせるが、それでも傷は傷。血液が流れれば体力の低下は免れない。
舞い散る砂塵での視覚を制限。予測し難い氷筍と扇の斬撃、冷気さえもある。
これ以上の負傷すればこれからの動作に支障を生ずる。状況を悪化させぬ様に思考を巡らしつつも動きを鈍らせてはならない。
避ける最中で傷の出血を呼吸で抑え、刀を振って扇を逸らす。相手の四肢の動きを可能な限り予測して次に繋げられる動きで避ける。
氷柱から溢れる冷気で呼吸術を封じられている為に動きも制限される。
防戦一方で攻めに転じて隙を作る暇がない。斬撃の合間に視線が一時だけ合う。
「楽しいねぇ楽しいねぇ。ずっとこのまま遊んでいたいね!」
「それは、嫌だな。君に永遠なんて来ないから」
血鬼術 蓮葉氷
甲高い音を立てて扇の払いと冷気を避けた文寿郎は、背後に蓮を浮かばせゆっくりと歩み寄る鬼から刀を構えたまま足を後ろに動かす。
――踵に、霜づいた岩壁が当たる。足元に飛沫が掛かる。
彼は隙間も隙間の場所へと追い詰められていた。最早この一帯は季節が冬かと見紛うぐらいに気温も低く、空気中の水が固まり氷粒となって辺りを白く輝かせている。
(逃れられる場所は海しか無い……)
――蔓蓮華
一瞬の思考の躊躇を逃さず瞬時に造られた氷の蔓は文寿郎の体を拘束した。
腕に伝わる冷たい感触、自身の体が風を切りながら海へと沈められる。
全身が濡れる感覚に死を、予感した。
「うーん。今の兄さんだと力足らず。でも傷が少ないのは良い事だね! よく出来ました!」
白い泡に包まれて海へと沈む中、真向かいから遊びを楽しんだとばかりに呑気な声が聞こえた。
傷口から血が溶け出して鋭く刺激し、痛みに苛まれる中体内の空気を留める為にも口を固く閉ざす。
鬼は海の中でさえも息を続けられるのか、恍惚としたまま話を続ける。
「ふふ、楽しみだなぁ……」
光も差さなくなり、暗く海が全てを包み込む。その中でも鬼の顔は何故か明瞭に見えた。
――楽しみで楽しみで仕方がない。
約束はまだかと思いを馳せて願う
青い爪をした手が文寿郎の頭を掴み、地獄を眺めた瞳を覗き込む。
「絶対俺の事を殺しにきてね」
――言われなくても殺してやるよ、クソ野郎。
海中に吐き出した言葉は泡となり消えていった。
「店仕舞い。結び。終幕」
コーゼンも還っていった後、残ったパラソルを片付けた白炭は中身の残ったクーラーボックスから金麦が飲んでいた発泡酒を拝借していた。
ぐびぐびりと飲みながら最後の魂らが還るのを見届けた。
「般若湯……。美味なるかな」
凍りついた海蝕洞への出入り口でぺたりと素足で歩く場所は溶けていった。
その背を見送る影も話し合う人間もいない。
白と黒に扮していた姿を元々の――、遥か昔に両親が無垢を見出した色彩へと戻す。
「地獄持ち込み禁止。ポイ捨て御免。まぁ我々のいた痕跡など消えるが」
残念とばかりに浜に空き缶を刺してじゅうじゅうと蒸発していく海の中を歩む。
体が沈み切る前に波からにょっきりと手が伸びる。
「あいるびーばっく」
白炭は
ある夏に起きた鬼の脱走事件。
それは現世を生きる誰の魂に留まることなく、――緩やかに波に攫われて消えていった。
番外編で碌でもない終わりをしたルートがほんの少し可哀想だったからトンチキで昇華させたかったっていうかぁ……(ろくろ回し)。
IF:二鼠軸
ちょっと気になりはするけど振り返らず次の生へ行った藤鬼。
淡い期待は持っている。
キメ学軸
一番平穏で文寿郎の寿命も長い。これも上手くやれたパターン。
本編軸
やってきた文寿郎はまだ甲未満。もっと鍛錬しなきゃ(使命感)。
本懐を果たし、小さな肉を見つける。
:最初
吸収されたと思しき弟の一部は目に残っている(瞳孔二つ持ち、多瞳孔)。
彼を斬ったのは一人の鬼殺隊隊士なので生まれてからの死者でもないし、『兄弟』でもない。
兄族・鬼側(+コーゼン):呼び戻す為に連れてこられた。いえーい地獄の罪人だニャン(棒読み)。
ブラックカードは『閻魔様』名義。
・人側:巻き込まれた。ガラケー持ち文子にはコーゼンから協力要請。
それを聞いた金麦が「俺の仕事は?」と聞き、透明な壁の有無の確認を任された。
後の方で合流してきた吉子・文寿郎は「ままえやろ」と放流。
弟族・鬼側:一名(本編軸)除いて己の欲求がまま抜け出した。
・人側:全員巻き込まれ。
本編軸 ✔
:最初 ✔(いないので)
キメ学軸 ✔
IF:二鼠軸 ✔
現パロ軸 ✔
IF:おかしい軸 ✔
臨界編 ✔