〜〜【白金 燐子】〜〜
ピンポーン
燐子「やっぱり……家にはいない……よね……」
真言くんはわたしと……"すれ違った"後、黒服さんに連れられて帰ってしまったらしい……
燐子「やっぱり病院に……」
でも行って何を話せば…………前みたいに……いや、前よりも心を閉じてしまった真言くんに……わたしはなんて言えばいいの……?
「はーい」
燐子「え……」
誰か出てくる……?
清正「おお、やはり燐子さんじゃったか」
燐子「真言くんの……おじいさん」
清正「久しぶり……と言ってもつい最近あったばかりか」
何でここに……
燐子「真言くんのお見舞いですか……?」
清正「まあ、そうじゃな」
あ、謝らなきゃ……わたしのせいで真言くんは…………
燐子「…………」
清正「折角来てくれたんだ。上がっていきなさい」
燐子「え…………」
清正「いいからいいから」
良いのかな…………でも、既に何回かお邪魔してるよね……
燐子「お、お邪魔します……」
玄関で靴を脱ぎ、そのままリビングに通される。
生活に必要な最低限の物しか置いていない簡素なリビング。とても高校生が一人で住んでいるとは思えないほど、綺麗な…………何もない部屋。
清正「本当になんにも無いのぉ……燐子さんもそう思うじゃろ」
燐子「え、えっと…………」
清正「はっはっは!」
口ごもるわたしを見て笑う清正さん、でもすぐに真剣な表情になった。
清正「あの子に趣味と呼べるものは無い。それがこの家に現れておる」
清正「小さい頃から無趣味だったからのぉ、まぁ無理もない…………」
燐子「?」
あるものを見て止まる。その目線の先にあったのは……テレビの横の棚に丁寧に並べられたCD。
清正「……君達と出会って、少しは変わったと思っていたんじゃがな」
そう、悲しそうに笑う。
並べられたRoseliaのCDを手に。
燐子「あの……」
清正「ん?」
燐子「前から気になっていたんですけど……真言くんはずっと一人暮らしなんですか……?」
清正「あぁ、そうじゃ。あの子の母親の話は前にもしたな?」
燐子「はい……」
清正「この家にはマコが母親と二人で住んでおったんじゃ。……ほんの少しの間だけじゃがな」
清正「母親の容態がよくなれば二人で住み、悪化したらマコは一人。子供には酷な話じゃ」
清正「…………やはり、ワシの選択は間違っておった。今でも後悔しておる」
わたしを見据える清正さんの真剣な瞳は、どこか真言くんに似ている気がした。
清正「君はどうかな?白金 燐子さん」
燐子「わ、わたし……ですか……?」
清正「あの子と出会い、あの子を救い、そしてあの子の大切な人になったせいで…………君はとても恐ろしい経験をしてしまった」
清正「もし君が真言と関わらなければ……今回のようなことは確実に起こり得なかったんじゃ」
少しためらった後、清正さんはハッキリとした声でわたしに聞いた。
清正「君は……真言と出会ったことを後悔しているか?」
〜〜【神代 真言】〜〜
真言「止めに来た?俺を?」
有咲「そう。止めに来た」
そう言う有咲の目は、今までに見たことがないくらい真剣なものだった。
真言「何を止めに来た……いや、何で止めに来た?」
有咲「お前が間違ってるから」
要領を得ない回答だ。いつもの市ヶ谷 有咲では考えられない。
ベッドの横の椅子に腰を掛け、話し出す。
有咲「お前は燐子先輩を助けた。なのにお前は勝手に一人で有りもしない責任を負って、挙句の果てに高校を辞めようとしてる。そんなの…………絶対におかしい」
真言「……俺が自主退学しようとしてたこと、バレてたのか」
有咲が怒ったような口調に聞こえるのは、やはり怒っているからなのだろう。
今、彼女は俺のために怒ってくれている。本当に優しいやつだ。
真言「別に、おかしくはねぇよ。死人が出なかったとはいえ、昔より酷い事件を起こして、約束破って…………」
大切な人達を、危険な目に合わせた。
真言「何よりな、有咲。俺は俺が怖い」
真言「黒服さん達から話を聞いて、俺が一番最初に思ったことはな──」
『今回の事件について、幸い……と言いますかあの場に死人は一人もいませんでした』
真言「──誰も殺せなかったってことなんだよ」
あれだけ憎くて、殺してやるって息巻いていたくせに、結局俺は誰一人息の根を止めることができなかった。
そしてそれを俺は……
真言「悔しいって思っちまったんだよ」
俺は俺が怖い。
真言「殴ったときの拳の感触も、血の匂いも、そして自分が自分でなくなる感覚も、全部覚えてる」
俺はもう神代 真言を人間だとは思えない。
人の命を奪うという行為を軽んじている今の俺を、もう人間だとは思えない。
あいつらが俺の人生の前に現れ、俺に不幸を撒き散らす狂った悪魔なのだとしたら………俺も、周りの人に不幸を撒き散らす狂った化け物だ。
真言「…………なぁ、有咲。教えてくれよ」
真言「お前に俺はどう見える?」
無言で椅子から立ち上がる有咲。
有咲「……お前が窓から飛び出して、それを私が掴んだあの時から…………」
有咲「私には神代 真言は人間にしか見えていない」
ハッキリと、有咲は俺にそう言った。
有咲「お前は人間だ。口では全て諦めたような事を言っても実は全然諦めきれてなくて、他人に迷惑をかけるのが怖い……でも一人じゃ何にもできないってことさえ忘れるくらいバカな」
有咲「ただの人間なんだよ」
私達と同じ。と有咲は続ける。
有咲「……だからさ、もう諦めたフリをするのはやめろよ。もっと周りに、私達に助けを求めろよ」
真言「そんなの…………」
許されていいはずがない。俺が……俺なんかが…………
有咲「化け物でも監視対象でもない、一人の人間としての"神代 真言"が何をしたいのか……答えが出たら聞かせてくれ」
有咲「じゃあ、また学校で」
答えが出ない質問を投げかけて、静かに病室を出ていった。
真言「俺は…………」
俺はどうしたい?
やらなければならないこと、やってはいけないこと、今までにたくさんあった。
じゃあ、やりたいことは?
俺の本当にやりたいことは………………
こころ「燐子に会うこと、でしょ?」
真言「あ…………ああ!?」
金髪の少女がいつもの笑顔で病室にいた。
真言「おま!いつからそこに……!」
こころ「ついさっきよ!」
真言「はぁ…………」
こいつは全然変わんねぇな……
真言「…………なあ、弦巻、聞きたいことがあ──」
こころ「あたしにも真言は真言に見えてるわ!」
真言「………………」
この野郎………聞いてやがった…………
こころ「どうかしたの?」
真言「……聞きたいことはそれじゃねぇよ」
こころ「あら!じゃあ何かしら!何でも聞いてちょうだい!」
真言「お前、今したいことはあるか?」
こころ「したいこと?」
真言「夢って言ってもいい。今……というか、人生?生きている内にしたいこととか……まぁ何でもいい。何かあったら聞かせてくれ」
こころ「それはもちろん世界を笑顔にすることよ!」
世界を……笑顔に?
真言「……即答かよ」
こころ「えぇ!」
真言「…………お前らしいな」
「弦巻らしい」なんて、関わりの薄い俺が言えたことではないとは思う。
こころ「それに今は…………」
こころ「目の前の友達に、笑顔になって欲しい」
真言「……!」
こころ「その子はあたしにはいつも怖い顔をするんだけど、偶にすごくいい笑顔を見せてくれるの」
こころ「だからあたしは、これからもっともっとその子に笑顔になって欲しい」
あぁ…………
真言「(眩しい)」
いつもそうだ。こいつを見ていると目が眩む。
いかに俺が暗くてダメなやつかを見せつけてくるみたいで。
その太陽のような笑顔は……俺には眩しすぎるんだよ、弦巻。
こころ「ねぇ真言、真言は自分のことが嫌い?」
真言「…………嫌いだよ」
嫌いだ。嫌いだ。大嫌いだ。
真言「自分勝手で、自己中心的で、周りを見れなくて、約束一つ守れなくて、友達を……お前を危険な目に合わせて、燐子先輩を守れなかった」
真言「そんな俺が、俺は──」
ポスっ
真言「……………」
手だ。俺の頭に弦巻の小さな手が置かれている。
そしてそのまま弦巻は俺の頭を優しく撫でた。
こころ「真言が真言のことを嫌いになっても、真言を大切に思ってくれる人は必ずいる。心当たりがあるでしょ?」
真言「………………」
こころ「少なくともここに一人、あなたの友達がいるわ!」
こころ「有咲も紗夜も燐子も、みんなあなたを大切に思ってる。そんなみんなの気持ちも真言は否定するの?」
何も、言えなかった。
頭を撫でながら弦巻は続ける。
こころ「大丈夫。あなたは自分で思っているよりももーっと素晴らしい人よ!」
真言「俺はそんなんじゃ……」
こころ「あたしが保証するわ!だって真言はあたしを助けてくれたじゃない!」
真言「それだって俺の……」
こころ「真言が自分のことが嫌いなら、あたしが真言の良いところをたくさん言ってあげる!真言が自分のことを好きになるまで!!」
こころ「だから……ね?」
こころ「勝手にいなくなろうとしないで……」
笑顔が消え、一瞬で泣きそうな顔になった彼女は弱々しくそう絞り出した。
真言「…………悪い」
こころ「何度でも言うわ、あなたは素晴らしい人よ!」
再び眩しい笑顔で彼女は俺にそう言う。
こころ「強くて、カッコよくて、困ってる人がいると放っておけない、あたしも助けてくれた!」
こころ「神代 真言はあたしのヒーローよ!」
真言「……本当、お前は眩しいよ」
眩しくて、温かい。
まるで、太陽みたいだ。
真言「ありがとな、弦巻」
こころ「……!今笑ったわ!」
真言「……気のせいだろ」
こころ「ならどうして顔をそらすの?」
真言「あーもう!いいから帰れよ!俺は疲れてるから寝る!!」
こころ「もっと素直になってもいいのに……」
真言「ほっとけ」
こいつと話して、少しだけ気持ちが軽くなった。
こころ「じゃあまた学校で!」
どいつもこいつも、「また学校で」か……
真言「ああ、またな
〜〜【白金 燐子】〜〜
燐子「後悔なんてしてません」
口下手な私でも……ハッキリと口に出して言えた。
燐子「だって真言くんは……」
私はちゃんと知ってる。
何の関係もない女の子をイジメから救おうとしたことも、
今井さんと青葉さんを強盗から守ったことも、
プールで私達を守ってくれたことも、
攫われた私を助けてくれたことも、
……あの日、一人で心細かった私の手を引いてくれたことも。
全部全部全部、知っている。
真言くんは自分で思っているより、ずっとずっと素敵な人だってことも。
彼のカッコいいところを、可愛いところを、優しいところを、怖いところを、強いところを、弱いところを、見てきた。
いろんなところを見てきた。
だから私は……
燐子「だって真言くんは、私の……ヒーローですから」
だから私は、彼を好きになった。
感謝を込めて。