ミノタロスみたいな中ボスを乗っ取った   作:暗全畑

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第1話

「うぐぐ・・・。」

 鼻いっぱいに広がる、芳しい土の香り。

 肌寒い外気。二日酔いのような重たい身体を起こすと、そこは森の中のようだ。何やら視界が覚束ないし、何かに殴られたような頭痛のする頭に触れると形に違和感を感じる。

 

 さらにふっさふさである。どうも外で寝てしまったらしいと思考するものの、はて昨日はそんな無茶な酒盛りなどしてない、そもそも家で寝たのではと鈍い頭で思考する。

 

「あうう・・・。」

 口も上手く動かないし、強烈な違和感を感じる。

 口だけでなく、身体という身体に自分のものでないような違和感を感じる。身を起こして自分の身体を見てみる。

「・・・?」

 茶色い毛。自分の胸に触れるとこれまたふっさふさな感触の下に、分厚い筋肉質が感じられた。

 自分の手のひらも巨大で、5本の指に鋭い黒い爪が伸びている。間違いなく自分のものではない別の生き物の手だが、確かに自分の意思で滑らかに動いている。

 

「ふーむ。」

 思考を放棄する。どうやら夢を見ているらしい。

 傍に苔の生えた岩の冷んやりした感触を楽しみつつ、仕事に疲れた自分が見る夢にしては素敵な夢なのかもしれないと、せせらぎの音と鳥の囀りを楽しむ。

 

 マイナスイオンとかスピリチュアルとかそういう似非科学的な癒しを心が飢えているんだろう。自分の身体がふっさふさなのも、そういう柔らかい温もりに飢えてるんだろう。

 

「はふぅ・・・。」

 後どれくらいこうしていられるのだろうか。

 しばらくして目覚まし時計が鳴れば現実に引き戻され、ブラックな社会の歯車として身をすり潰す日が始まるのだ。このまま森の朝日に溶けてしまえれば・・・。

 

 そうこうして10分経っただろうか。

 意識は朝日に溶けるどころかむしろ覚醒してきて、現実感が湧いてくる。意を決して立ち上がってみると、視界が踏み台に登ったかのように高い。そして、身体が猛烈に力強い。

 

「ぶもっ!?」

 毛に覆われた腕も脚もパンパンで、健康を超えて暴力的な太さにまで成長している。

 というか毛に覆われているからわからなかったがマッシブなマッパである。服など落ちていない森の中で開放的な全裸である。

 毛深い体毛はかろうじてシンボルを隠してくれているとはいえ、これはよくない、大変よろしくない。

 

 海外にはよく全裸で森の中を駆ける趣味の方々がいらっしゃるが、遺憾ながら当方にはそんな趣味はもちあわせていない。

 

 恥ずかしいという感情どころではない状況に混乱しつつ、せせらぎの音のする方に向かうと、ゴツゴツした上流特有の岩の間を流れる小川を見つけ、水を飲もうと顔を近づけてみると・・・。

 

「・・・!?」

 

 牛がいた。

 

 正確には牛の頭をくっつけた筋肉質の茶色い毛玉巨人が水面に映っていたのである。

 恐る恐る顔の先端に触ってみるとそこには牛のチャーミングなお鼻があり、感触はそれが自分のものだと告げている。もーうダメだ。牛だけに。

 

 またしばらく思考を放棄して茫然自失した後。

 水面を鏡にして身体チェックを行ったところ、どうやら自分はミノタウロスのような怪物になってしまったということが理解できた。

 

 小ぶりだが頭には黒い角が生えており、猛獣を思わせる鋭い犬歯・・・草食の牛なのになぜ犬歯?

 目は黒目ではなく、爬虫類みたいな獰猛な鋭い目をしている。尻尾もあるが、ふわふわの丸く短いタイプのようだ。牛のようで、牛以外の要素も混ざっている可能性もあるようだ。

 

 あと口の構造が人と違うらしく喋れない。喋ろうとしても人の言葉を真似たような意味不明な動物の鳴き声にしかならない。

 唇があるかわからないぐらい小さく、舌は逆に長すぎてうまく人の言葉に喋るのに適していないのだ。

 水を手を使わずに飲むのは便利だったりするのだが、舌が長いから何だというのだ・・・人間様には手という素晴らしい器官があるのだぞ。

 

 正気度ロールとかあったら精神は消し飛んでミンチになってそうだ。ストレスでどうにかなりそうだ。

 

「ぶもぅ・・・」

 何度も試した言葉にならない独り言を呟き、とりあえず川の下流に向かってあてもなく歩いていく。裸足なのに痛みを感じないくらい分厚い足の皮膚には助けられた。

 

 この川は人里に繋がっているのか。ここはどこの山なんだろうか。仮に人里に出たとしてこの姿を晒したらどうなるのだろうか。筆談はできる自信があるのでビックリ牛人間として研究されながら生きていけるのか。

 

 悪夢だな、はっはっは。どうすればいいんだ、夢なら早く醒めろよそんな人生。もーうどうにでもなれと、とぼとぼと歩いていく。

 

「下がれ下郎!この国に住まうゴミ虫どもが!」

「ちくしょう、ちくしょう!」

「仲間をやりやがったなぁ!」

 

 絶望感に朦朧としかけていたので、人の声にびくりと跳び上がる。牛にしては少し長い、プリチーな兎耳が人の話し声、いや、怒鳴り声の方向を捉えたようだ。人間の耳なら聞き分けるのは難しい距離である。

 

 意識しなくとも鼻は精確な人の臭いの位置、そして何かが焦げた臭いも嗅ぎ分けた。泥と汗の酸味の強い複数の臭いの中に、甘いお香のような臭いが一つ。

 

「ぶもぅ?」

 こんな芸当は人であった時にできた覚えがない、そもそも『人の臭い』などわからないはずだが、当たり前の日常動作であると身体が覚えているかのようだった。

 あまりに鋭くなった五感に不気味さを感じつつも、ただごとではないと生い茂る低木林をかき分けてそちらに向かう。

 

 体勢を低くし木に隠れつつ、広場のようになっている場所を覗き見た。

「くそっ、囲まれたか!」

 年端もいかない小柄な少女が薙刀を構え、周囲の男どもに全身の神経を集中させるかのように警戒をしている。

 手入れのされた、まさに漆のような漆黒の黒髪を束ね、健康的な赤みのある頬を汗がつたう。汗を拭う余裕も無いようだ。

 袴は紅く、鎧さえなければ巫女服のようにも見えなくはない。

 甘いお香のような香りは彼女のものだろう。闘いには似合わない、心地よい春のような香りである。

 

 確か鎧は『胴丸』という軽量の鎧だったろうか。渋く派手さないものの、女性用なのか随所に柔らかい曲線の複雑な紋様で装飾されている。しかし何故だろう、どこかで見た既視感を感じる。

 

 少女の洗練された薙刀の構え。

 よく鍛錬したものだろう、動いてすらいないのに「美しい」と思ってしまった。ある種の神秘性も感じる。

 テレビで見かけるような時代劇の作り物ではない、夢のような現実に、確かにそこにいた。瞳に怒りと戦う闘志が宿る、本物の戦少女が目の前にいるのだ。

 

 少女の正面には黒く焦げた人型の何かが・・・あまり直視できるものでなかった、臭いは本物の血と肉が焼けるものだと告げている。

 あれは人間だったものだ。少しこみあげる吐き気。少女がやったのか?しかし、どうやって?

 

 少女を囲む男どもはボロきれ同然の粗末な和服で、それぞれ人を殺せそうな刃物なのか鈍器なのか、といった凶器を構えている。

 鎧と言っていいのかわからない、お皿のようなかろうじて急所を守る防具を付けている者もいるようだ。

 

 数は・・・六人、いや弓持ちが二人いる、八人。一触即発の状況に、全員こちらには気付いていないようだ。茶色い巨体は木陰から隠しきれてないはずだと意外に思う。

 少なくとも焼ける死体の臭いは本物だとわかる。時代劇の撮影などでは断じてない。しかし、身体は自然と男どもに飛びかかれるように構えている。普段なら、もしかしなくとも恐怖で動けないだろう。

 

 なぜ焼けた死体があるのかわからないが、暴漢に囲まれた少女に味方しようとしている。自分で自分の自殺行為のような勇気に疑問を持つ。

 なぜ「いける」と判断したのか。夢と思ったからか、それとも「野性の勘」という代物だろうか。

 

 焼けつく喉に、溢れるアドレナリン。しかし、頭の中は意外にもクリアで、呼吸は獲物を狙う狩人のように静かだ。

 

 少女は対面の男、おそらく弓持ちの一人を凝視しているようだが、弓持ちの男が目配せをすると、少女の背後で同じく弓を構える男が目配せに応えるよう頷く。

 その動作を見て、躍り出た俺の身体が風を切り、右腕に感じたこともない激痛が走り・・・

「ぶもぅもおおおぉ!」

 

 へろへろのラッパのような、情け無い牛の叫び声が響き渡った。

 産まれて初めて矢が刺さったんだ、そりゃ痛い。先程の冷静さは欠片もなくなっていた。

 

「なっ!」

 少女が驚いて声を上げてこっちを振り向くと同時に、薙刀の刃がカッと光り、猛烈な風と熱気に周囲が包まれた。

 俺は初めてだったはずの痛みも忘れて、可愛くない爬虫類な我がおめめをまん丸にして、陽が出ているのに明るくなった森の中を見渡す。

 

「あぁぁぁ!」「火が、火がぁぁぁ!」「ギャァァァ!」

 男どものつんざくような断末魔が響き渡り、あたり一面の火の中で必死にもがく人影達。

 少女の不可思議な力で作り出された、地獄絵図のような光景。果たして、この少女に加勢したのは正解だったのか、やっぱりこれは悪夢ではといまさら自問する。

 

 見れば可愛らしい少女だ。

 胸はそこまでではない、いや、あるのかわからないくらいだが、庇護欲を掻き立てられるような柔らかい愛嬌がある顔立ちだ。

 燃えてしまった下衆な男どもに、呆気なく女の子として蹴散らされてしまうはずだったような。

 

「奇襲!予言の化け物は貴様か!」

 しかし薙刀の構えはバッチリこちらを向いている。

 おう、黒く曇りのない瞳には闘志が満ち溢れてますな。怒った君も可愛いよ、くそったれが。

 

 だが『美しい』と思ったが前言撤回だ、殺気を向けられた今は『禍々しく』感じるぞ。

 見て見て、これは戦意のないポーズだよ、何故構えをやめない?ほら腕見て、牛さんはあなたを矢から庇ったんですよ?

 

「・・・?」

 全てを焼き尽くさんとする炎獄の中で、野獣と少女の間に奇妙な空気が横たわる。怪訝そうな顔でこちらを睨み付ける少女。

「ぶもっふ!?(やったか!?)」

「焔の国を滅ぼす厄災、断ち切らん!」

「ぶもーっ!(ですよねー!)」

 

 俺の顔が悪いよ顔が!振り抜いた薙刀から放たれる火の玉を反射的に屈んで避けて、やぶれかぶれで火の中に突っ込み、走り抜ける。

 あまりにの火勢に鼻も利かず、目を開けられない。

「ぶももももも!」

「くっ、火が!待てっ!」

 もはや獣でも人でもない奇妙な叫び声を上げながら、小川の方へ突っ走る。

 

 幸い、爆発的な瞬発力のおかげで、大した火傷も負わずに水に飛び込むことができた。名前も知らぬ少女は自分の炎で足止めを食らったらしい。

 

 冷静に考えると、彼女も火と煙の中で危ないのでは?まさか戻るべきなんですか?と水に浸かりながら思案していると、草をかき分ける足音と甘い香りが高速で近づいて来るので、安心して心の中で中指を突き立て、反対方向に全力で逃げ出すのであった。

 

 

 

 

 

 がむしゃらに逃げてどれくらい経ったのか。気づけば日は高く上がっていた。森は代わり映えのない景色が続くが、それでも坂は下るようにしていた。

 

 念のためだいぶ距離を走ったが、とっくに逃げきれたようだ。軽く上がった呼吸を整える。

 森の中を普段でも考えられないくらい快速で走ることができたにも関わらず、それに見合った疲労を感じていない。さすが筋肉。

 

 少女はさすがに遭難する可能性もある以上、深追いはして来ないか。俺は遭難してるけど、どこに遭難しようと同じだからな!

「ぶもーっ!(ちくしょう!)」

 

 刃から火が出て、人が焼け死んだ。

 目眩や吐き気がするが、強靭な肉体のおかげかなんとか耐えてはいる。あまりにも非現実的な体験に頭がよく回っていない。

 牛の頭って脳みその量はどうなっているんだろうか。小さい脳細胞どもをフル活用して記憶を掘り返す。

 

 戦乱もののライトノベル『主人なきデウス・エクス・マギナ』。転生ものが流行する少し前の時期に、人気であった作品。あの少女のような和服の出立ちの、なんちゃって日本も登場する。

 

 同じだ、自国の『炎』と他国の『風』を扱えることも。ヒロインの一人の妹。高い戦闘力を持つサブヒロインであり、かつての英雄、『天野焔』の血を引く、いわば王族の一人。『天野和香』。

 挿絵でしか見たことがないが、実際に見たらあんな感じなのか、いやそんなわけがない。そんなこと、俺が牛になるくらいあり得ないのだ。

 

 『和香』という少女。優秀すぎる姉『桜』を持ち、それに決して届かないコンプレックスを持ちやさぐれながらも、同時に姉を愛し、姉を支えた。

 優秀だが、苛烈で暴走しがちな姉に意見できる存在であり、外交や内政の手腕は、姉に勝るとも劣らない。

 

 何より行動力があり、高貴なる血をひきながら、庶民的な感覚を持ち、それもあってか、やはり愛嬌があるのだ。最期は熱くも、鬱になるくらい凄惨だったが。

 

 姉が抜きん出ているだけで、当の本人も相当な武術の腕を持っている。

 確か、貧乳がコンプレックスだったか?姉がグラマラスなボデーを誇っているのに関わらず、胸囲の戦闘力はあまりにも無惨。

 

 かつて国を救った女性の英雄『天野焔』がこれまた胸囲の戦闘力が凄かったばかりに、巨乳が崇拝されるという伝統ができているのだ。つまり、伝統あるおっぱい星人の国!

 

 さて、アホな事で話が逸れたが、その小説は世界はなんちゃってヨーロッパみたいな国々、召喚された英雄達が戦う、剣と魔法のファンタジー。

 

 とある強国が力をつけて小国を呑み込み、それを必死に抵抗する西の小国の主人公陣営、そして裏ではラスボス勢力が着々と準備を整えていき、最後には激突し、世界は滅亡ギリギリ、ボロ雑巾になりながら救われる。

 いや救われたのかあれで。

 

 覚えてはいるが、たくさんの作品の中で流し読みした程度の知識ではあるし、伝説などのモチーフの引用による、偶然の一致なのかもしれない。

 

 しかし、少女の口にした言葉、『焔の国』にはライトノベルにおける中ボスがいる。何度も退治されては蘇る、最終的には国に甚大な被害を与えるキメラのような化け物が。作中では『ぬえ』と名前がつけられていた。

 

 様々な動物を喰らっては、その特徴を吸収し、人を襲い、退治され、その度に凶暴性を増していく。

 最終的には人に『種』を植え付け自らと同じ化け物とし、操り手駒とする。たまたま主人公勢と国とが協力して退治できたが、もし遅れた場合たしかに国は滅んでいたかもしれない。

 

 さて、顔立ちは牛だが、遺伝子学の理を超え動物をミックスし、たまたま人型をしてるだけのような俺は『ぬえ』のような事になってないか。

 

 気のせいだよな、悪い夢だよな。早く醒めろよ。起きろ、ブラック企業が待ってるぞ。あの化け物に転生したとか有り得ないよな、死んだ覚えないぞ。

 

 しかし、『予言された化け物』とは?あの甚大な被害が『予言』されていたら『ぬえ』は蘇ることができなくなるよう、念入りに殺されて終わっていただろうに。

 蘇るというより、単にアレはしぶとく、運が良かっただけなのだ。例えば、刺さった弓矢がすぐに治癒してるのが当たり前なくらいに。

 

「ぶもっふ?」

 そう思って痛みの引いてきた右腕の弓矢を試しに抜いてみるかと、ぐりぐりっと軽くいじると、スポッと気持ちよく抜けた。既に傷は塞がっているとか、我ながら怖いんですけど。 

 

 穴がみるみる元に戻っていくんですけど。なにこれこわい。ちなみに、返しのついた弓矢なんてものは、本来なら摘出するのに麻酔が必要なくらい重傷なんだよ。

 傷が治ったことは喜びではなく、血の気のひくような悪寒を引き起こした。

 

 自害すべきか?

 

 物語にも描写の限界がある。実は描かれていないだけで予言されていたという可能性だってある。今回だって運が良かっただけではないか。

 自分が狂気に陥って、物語をなぞる形になる可能性がないと言い切れるか。

 そもそも、仮説が当たってようが外れてようが、こんな姿になって、ろくに会話もできない化け物が人々に受け入れられるのか。

 

 少女の言った予言とやらがされている以上、危険な生き物としてマークされていると考えた方がいい。恐らく賊の類である、燃やされた暴漢達と同じ末路を辿るだけではないだろうか。嫌な汗が茶色い毛皮を伝う。

 

 単なる仮説にすぎない、馬鹿な妄想、思い込みだ。そう言い聞かす。身体が絶望に震えてくるが、ダメだ、たとえ正解だとしてもまだ諦めるのは早計だ、気をしっかり保とう。

 

 嫌な考えに頭を支配されかけていると、ふと鼻の曲がるような、きつい臭いに気づく。しかし、これは下水などとは異なる。

 

 この姿になる前にも嗅いだことのある、田舎独特の発酵した酸味のある臭い、『肥やし』である。つまり、畑か何かがあるということ。距離はあるが、この方向に行けば人里に出られるかもしれない。

 

 で、どうするのだ。

 

 化け物が人里に出たらどうするだろうか、勿論、退治されるのみである。

 だが、逃げ切れる脚力には自信があるため、様子見だけでもしようか。

 徐々に空腹も感じつつある。しかし、盗みなど働けばますます男どもの二の舞である。

 現実感が未だに希薄だが、死という恐怖あらためて身がすくむ。しかし、他にあてもない。どうすればいい、どうすれば・・・。

 

 そうこう考えているうちに、村の一件の建物の裏庭に出た。伝統的な日本の木造の古民家といったところか。庭先には見たことのないカモノハシのような小動物が縄に繋がれている。餌箱もあり飼われているようだ。

 

 しかし、瓦が異文化の中でも根付いているのは不思議でもある。確か、『天野焔』は稲作を伝えたとか。

 やはり何処かで伝授されたのだろうか。建物には人の気配はしない。どうやら人々は村の中心に集まっているようだ。

 微かにだが、すすり泣く声も聞こえる。目の前の建物は昼間にしては生活音もなく静かだ。

 

 建物の陰に隠れつつ、農村の中心の広場に目をやると・・・村の中心には人々が捕縛され集められ、それを囲うように先程の賊のような男どもが武器を持って警備にあたっている。

 いや、賊のようなではなく、汚らしい笑いで村人を蔑む態度は間違いなく賊である。

 血の鉄臭い匂いからして、村人、賊の双方に怪我人がいる。ここを囲む賊は五人。しかし、今、隠れている建物とは別のところで、乱暴に物を荒らしている音が複数。

 

 緊張に口の中に溜まった唾をごくりと飲み込む。次から次へと湧いてくるトラブルに、放っておくべきかと呆れそうになる。

 そして、村を襲う『賊』がいるという治安の悪さに、ここは日本ではないとあらためて実感する。

 

 少女が焼き払った賊達も、彼らの仲間だろうか。相変わらず、こんな状況なのに頭はキンキンに冷えきってくれている。『いかに獲物を狩るか』という思考には、なぜか身体は躊躇がなく、むしろ興奮で胸が高鳴るのだ。

 

 恐らく木綿のような長袖の、簡易的な和服の普段着を着た地味な村人達。腕にはそれぞれ縄を巻かれているが、足までは拘束されていない。

 

 そんな中に、鎧の無い少女と同じ紅白の巫女服のような服装の女性が二人。二人とも特殊な紋様の入った手枷をさせられ、手を後ろに回されている。

 

 細身の一人は絶望しきった顔だが、もう一人は歯を剥き出しにして鬼のような形相で一人の賊を凝視している。

 

 細身の女性は黒髪を油で丁寧に結い、いかにも公家ですよという、お高くとまった雰囲気を纏っている。この世の全てに絶望したように、目を閉じて力なく項垂れ、どうも風が吹いたら飛ばされてしまいそうな、頼りないヘタれの予感がする。

 

 猛犬のように表情だけで威嚇する女性はショートヘアで、男性的な、悪く言えばガサツな印象を受けた。

 髪質は金髪、着崩した日本衣装の巫女服が少しコスプレにもみえなくもなく、青い瞳は血走っている。その表情が無ければ美人さんなんだろうが・・・。

 拘束されているのに、この状況で一番、本能的な恐怖を感じる人物であるほどである。

 あの対称的な性格といい、覚えがあるんだよなぁ、考えたくない、嫌だなぁ・・・。

 

 さて、彼女の威嚇する先には賊がいるのだが、彼は一人の少年の肩を押さえて刃物を喉に当てている。どうやら人質ということらしい。一応、暗い顔をした少年は歳の割には落ち着いているようだが。

 

「なぁ、なぁ、お頭、ヤっちまいましょうよ。」

 先程から村人達にニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる男が、賊の中でもちゃんとした作りの大鎧を着た男に話しかけた。獲物は両手で持つ大きく無骨な斧である。

 

「ダメだ、今は待て、かっぱらい終わるか、仲間の増援が来るまでは油断するな。万が一もあり得る。」

 そう言ってお頭と呼ばれた男はニヤつく男を軽く膝で小突く。

 

「でも仲間は遅すぎやしませんか?そろそろ到着してもいい頃合いでしょう?」

 賊の頭領は口を閉じろとジェスチャーし、耳元に口を近づけ内緒話をするが、鋭い刃物のような聴覚の俺の耳には聞こえてくる。

 

「巫女一人に手こずったんだろ。だがガキだったし、あれだけ数がいれば心配いらねぇ。合流して撤収できたら好きにしていいぜ。お前は先陣をきったんだ、今回は特別に選ばせてやるよ、へへへ・・・。」

「へへへ、ありがとうごぜいやす、お頭、あっしは金髪の巫女が・・・。」

「マジかよ、被らないとは俺も運がいいな、あんなのがいいのか・・・?俺はあっちの巫女にするぜ・・・。」

 

 二人して悪い笑みを浮かべて囁き合い、女の子達を品定めしているようだ。あーあー、いい趣味してるね下衆野郎さん。少女は『巫女』か・・・。

 

 しかし、増援は和香らしき少女に消し炭にされたと考えると、増援は永遠に遅れ続けるということになるようだ。また、こうなる前に、何かしらの別の戦闘があったようだ。

 いずれにせよ、人質もいる以上、俺が下手に動くと犠牲者を増やしかねない。

 そもそも、ほんのちょっと前に醜態をさらした素人に何ができるというのか。略奪がいつ終わるか危険な状況だが、焦る状況でもない。少女の動向も気になる。何かしらの動きがあるまで待つしかあるまい。

 

 

 そう考えていると、村の入り口を見ていた賊が二人、火だるまになった。

 

 凄惨な光景だが、映画でも見せられている気分である。火だるまは、声も上げずに人の形から静かに崩れ去っていく。

 火の中で黒く燃える炭。それは、ついさっきまで生きていた人だったモノなのだ。

 

 下手すれば俺も彼らと同じように丸焼きにされる恐怖、自分の守る倫理観がいかに通用しないことが嫌でもわかる。

 やはり俺が出るべきではないのかと逡巡する。

 

 辺りを見渡し、攻撃をした例の少女を探すが見当たらない。鼻を頼りに例の甘い香の香りを探すと、彼女も向かいの建物の物陰からこちらを狙っているようだ。なるほど、遮蔽を取って確実に術で敵を削る戦法のようである。

 

「敵襲!敵襲!」

 頭領が力の限り全力で振り絞るようにして叫び、略奪に励んでいた仲間を招集する。大斧というには木こり用に見える不恰好な武器ながらも、奇襲に対して焦りはなく構えはしっかりしたものだ。

 

 重そうな鎧を装着した見た目に反して、機敏な動きができるらしく、攻撃を避けるためか、ゆらゆら上体を揺らしながら、時々、人とは思えぬ素早い横ステップを入れて少女に攻撃された方向の物陰に近づいて行く。

 

「くそが、こっちには人質がいるんだぞ!?出てこい!」

「うぐぅ・・・。」

 男の押し付けた刃物から、少年の首筋から血が流れる。牛の鼻はその匂いすら感じとり、脳に更なるアドレナリンを放出するよう促す。

 

「別に人質はおかわりだってあるんだぞー!ガキ一人死んでも構いやしねぇ」

「いや!やめて、やめてぇ!」

 男は少年のほおをゆっくりと刃物でなぞり、そこからたらたらと血が滴った。母親らしき女性が恐怖にパニックになりかけている。

 

 賊の一人がその女性を殴りつけた。少年はなんとか耐えているようだが、何をするかわからない母親が不味い、これは不味いぞ・・・!

 

 出ようか出まいか迷っている内に、物陰から薙刀を構えた少女が姿を表した。苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 

「さっきの巫女じゃねぇか、武器を捨てろぉ!」

「変な真似してみろ!ガキの首なんて一発だからなぁ!」

「こっちもいい女じゃねぇか、へへへ!」

 

 少女が薙刀を地面に置いた。正直、呆気なさすぎて意外な行動であった。親子の無事はかろうじて保てたが・・・。

 

「和香さま!そんな!」「和香さまぁー!」

 巫女服の女性二人が、彼女の名を呼んだ。『和香』そう言ったのだ。仮説がまた一つ確信に変わり、それは嬉しくない報せでもある。

 

「暴れんなよ、痛くしねぇからな、ひひひ・・・。」

 頭領は舌なめずりしながら、警戒するように和香にじりじりとにじり寄る。

 

 和香は日本人形のように静止したままだが、あの時のように闘志はその瞳に爛々と輝いている。他の賊も毅然とした態度の和香に釘付けになっているようだ。

 

 頭の中で直感が「今だ!」と叫んだ気がした。

 俺は物陰から滑るように飛び出し、少年を人質にとる男の背後をとり、刃物を持つ腕を捉えた。

 

「な、なんだおめぇ!」

「ぶもっ」

 通りがかりの牛さんですよー?おいたはやめましょうねぇ。

 

「化け物だ!妖だ!」「殺せぇぇぇ!」「あんな化け物初めて見るぞ!」

「助けてくれ!」「あぁぁぁ!」

 

 突如戦闘に乱入した巨大な化け物に、駆けつけた賊は各々に叫び声を上げる。頭領もターゲットをこちらに切り替えたようだ。

 

「ちぃ、こんな時に、面倒くせぇなぁ!化け物と巫女を囲め、囲めぇ!」

 しかし、和香と挟まれているせいか迂闊には動けないらしい。部下に指示を出しつつ足取りは変わらず冷静かつ慎重で、挟撃されてるにも関わらず隙がなさそうなのはさすがである。

 

「焔さまぁ!焔さまぁ!」「食わないでぇ!」「お願い命だけは!」

 なーんか助けようとしてる村人からも悲鳴が聞こえる気がするが気のせいだろう。気にしないことにしよう。うん。

 

「こんな時に、くそっ、これさえ無ければぁぁぁ!」

「終わった・・・完全に終わった私の出世、いや人生・・・!」

 うーんやはりこの巫女服の二人、金髪は『真莉』で黒髪は『雫』。『桜』お抱えの精鋭『火産霊』所属だ。でも戦場の歩く火炎放射器のような精鋭がなんで捕まってるんです?

 

「は、離せ!くそっ!なんだこいつ!」

「ぶもー」

 賊は俺を振り解こうとするが、不本意ながらマッチョになった我が筋肉はそれを許さない。逆に、拘束している少年を解放できるように両腕をバンザイさせてやる、離すのは貴様の方だぜ。

 貧相に身なりのくせに筋肉質な逞しい男だったが、赤子の手をひねるように簡単だった。ああ、筋肉はいい。筋肉は全てを解決してくれる。

 

「たろ坊、逃げるのよ!逃げて!逃げてぇぇ!」

 少年の母親らしき人物が叫んでいる、我が子を逃そうと必死だ。たろ坊と呼ばれた少年はこちらを見上げると・・・。

 

「うわぁぁぁぁん!」

 刃物に刺されてもあんなに大人しかった少年が、火がついたように泣きながら賊の間を抜けて逃げ出して行った。うん?俺って、賊より怖いの?怒るべきなのか?悲しむべきなのか?

 

 少年の様子に気を取られたが、獣の直感が電気のように全身を駆け巡る。和香がお札のようなものを振りかざし、巨大な火球をこちらに向かってぶん投げてきた。これ当たったら死ぬやつぅ!

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