ミノタロスみたいな中ボスを乗っ取った   作:暗全畑

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第10話

「グルルルル。」

 あの目・・・殺せずに残念とかそういう感情すらない。生きていれば殺す、死んでいれば次を殺す。ただそれだけを考える機械的な目だ。

 

「くそっ、マジかよ!あいつの攻撃でも駄目ならどうするよ!?」

「撤退なんて無理よ!相手が速すぎる!」

 ヨウスケの攻撃を受けた鉱石が赤熱し、当たった部分の皮膚が黒く焦げているものの、特に支障もないようだ。

 あれだけの攻撃を受けて軽傷で済むとは。ノベルでも目覚めたヨウスケの怒りの一撃を受けてやっと撤退だったが、どうしたもんか・・・。

 

「ヨウスケ、今のをもう一度できないか?」

 桜さんが俺の抱えるヨウスケに尋ねる。

 腕の中のヨウスケは息も上っていて、明らかに疲労の色が見える。あの技は終盤になるとバンバンぶっ放すが、物語の最初のうちは負荷が強く、一発撃ったら気絶を繰り返していた。

 

「え、あっ、俺か・・・ああ、もう一発くらいならなんとか!」

「ぶもっ!」

 お、やるねぇ、その心意気やよし。降ろしてあげよう。

 

「ポチ、少し時間を稼げ。その間に私達はもう一度術を練って一撃で決める。」

「ぶもーっ。」

 さて、何にせよ、もう一仕事行きますか・・・。

 人馬鞍と荷物を地面に降ろし、首をこきこきと鳴らして、爪から垂れた血を一舐めする。獣の本能を呼び覚ます。溢れるインスタントなアドレナリン。

 軽くステップを入れながらトカゲに距離を詰め、味方達から注意を逸らそうとする。警戒してこちらを向くトカゲ。

 

「ぶもっ!ぶもっ!」

 トカゲくん?牛さんと遊ぼう?

 はっ、だけど遊ぶのが仕事とは俺も恵まれてるねぇ、くそったれ!

 

「よし!おい、そこのシグルドとか言う槍男。

あの岩蜥蜴の口を開けたまま凍らせて固定しろ。お前ならできるだろう。」

 ほぉ、シグルドか・・・伝説の神の名を師にもらった、凄腕の冒険者。三枚目な性格だが、激動の時代の中、数多のモンスターを屠った。

 名声を利用して、主人公サイド、オトラン国サイド両方にモンスターの活性化を伝えたけど、戦争は止めらなかったんだよな・・・。

 

「へぇ、いつ名乗ったかなぁ、桜様?

いいぜ、レイチェル!あいつが口開けたらさっきの奴を頼むぞ!」

 皮肉気味に笑いながら応えるシグルド。なんだ、この二人、知り合いでもないと思うが、妙に馴れ馴れしいやり取りだな?

 

「了解!牛の・・・ポチさん?頑張って!」

 レイチェルか、なるほど、役者は揃っているわけだ。牛さんが言葉を理解することを察してくれているようだ。

 かわい子ちゃんの応援なら頑張りましょう。いっちょ行きますか!

 

「ぶもーっ!ぶもーっ!」

 パン!パン!と手を叩いてトカゲを挑発してさらに素早くステップを入れる。鬼さんこちら、手の鳴る方へ!

 よし、段々とこちらを目で追い始めた。案外、カエルのように動くものを襲う習性があるのかもしれない。元々は、地面に潜るちっこい5cm程度のトカゲらしいっすよ?

 

「ぶもうっ!」

 十分に撹乱した後、再びトカゲの前に躍り出る。

 再び口を開けて迎え、今度こそ噛みつこうとしてくるトカゲ。

「ぶももうっ。」

 飛び込もうとするが、トカゲもフェイントを読んで早めに噛みつきをかましてくる。あえて間合いに入らないことでかわせたが、そういう知能は侮れない。

 

「ぶもっ!」

 噛みつきの隙から再びトカゲの顔の横に出て、すかさず硬い瞳をぶっ叩く。こちらの拳が砕けるが文句は言ってられない。

「グルル!」

 トカゲは悲鳴をあげてのけぞるも、首を振ってこちらに打撃を加えようとするので、あえてトカゲの胴体の横の方へ回り込んで避ける。

 

「ぶももっ!ぶももぅ!」

 短い足と無駄に長い胴体のせいで、ダバダバと足を必死に動かし、顔でこちらを追おうとする少々間抜けな形となっている。

 狙い通り、方向転換は得意ではないようだ。それに、短い足のせいで胴体横部分には攻撃する能力もない。もっとも、こちらにも攻撃する手段もないが。

 

「グルル・・・。」

「ぶもっ!?」

 こちらの動きに翻弄されていたトカゲの目が泳いだ。

 別のターゲットを捉えた・・・!?

 振り返ると、レイチェルがトカゲの口を開くタイミングを伺って、追いかけっこをする俺らのかなり近くまで来ていたらしい。血の気が引く。マズい!

 

「逃げろレイチェル!」

「来るぞ!」

「あっ・・・!」

 シグルドと桜さんの叫び声が聞こえる。レイチェルを次の獲物として捕捉したトカゲは、思いっきり尻尾を振りかぶり、レイチェルを俺ごと弾き飛ばそうとしている。

 

「ぶもうっ!?」

 地面を抉りつつ、高速で迫るトカゲの巨大な尾。こちらはレイチェルに向かいつつ、タイミングを測って大縄跳びの要領で攻撃を飛び越すも、そんなことはできないレイチェルは・・・!

 

「きゃぁっ!」

 吹っ飛ばされる!くそっ!

 

「レイチェル!」

 ヨウスケがあまりの光景に叫ぶ。レイチェルは地面をボールのように転がりながら、かなり後方に飛ばされた。しかし、トカゲの注意はこちらを向いていない、奴の目線の狙いは飛ばしたレイチェルだ!追撃が来る!

 

「くっ、う・・・!」

 うめき声をあげながら、ボロボロであろう身体で立ち上がろうと、もがくレイチェル。

 杖を掴んだまま突っ伏して動けないようだが、息があるのは安心だ・・・そして、レイチェルに向かって全力で走る俺の後ろを、やはり突進してトカゲが追いかけてくる。

 戦闘不能なはずのレイチェルを、何としても喰らう算段かよ、執念深い奴め!

 

「後ろだポチ!」

「避けろぉ!」

「う・・・うぅ・・・。」

 レイチェルを回復術を展開しながら抱きかかえる。両腕の骨は砕けて、内臓もやられている、かなり重傷だ。杖を手放さず、気絶していないのがむしろ驚きである。

 そこに口を開けて、俺とレイチェルを呑みこもうと滑り込むかのように突進してくるトカゲ。俺は力の限り脚に力を込め・・・。

 

「ぶもぉっ!」

 あえてトカゲの顔に飛び掛かるように跳躍した。

 

 ・・・よし!俺の方がトカゲよりもほんの少し高い!

 口を開いたトカゲの鼻先を右足で思いっきり踏んづけて、トカゲの頭の上でもう一度ジャンプする。トカゲの突進は凄まじい勢いではあったが、走り慣れた筋肉のおかげで体勢は崩さなかった。

 そのまま俺の真下を列車のごとく通過していく大トカゲ。

 

「ぶもっ!」

 着地も体勢を崩さず、レイチェルも離さない。レイチェルを攻撃されたのは迂闊だった、自分のインチキ臭い身体能力に浮かれ上がっていたらしい。己の未熟さを痛感するぜ。

 トカゲの方はダバダバと慌てるように方向転換しこちらに向き直ろうとしている。コイツ、短い足のせいで、動きがいちいち間抜けなのが腹が立つな。

 

「ぐっ、うっ、まだ戦える・・・!」

 腕の中で杖を向け、敵を見据えるレイチェル。最大出力の俺の術のせいでさらに激痛がしていると思うが、つくづくこの世界の女の子は逞しい・・・。

 

「レイチェル!大丈夫なのかレイチェル!」

 あまりに心配だったのか、声を上げてこっち寄ってくるヨウスケ。ちょっ、こっちに来るとまずい。

「ぶもうっ!ぶもっ!」

「くそっ、ヤベェ状態じゃねぇかよ・・・!」

 無事ですぜ!全力で頷いてみせるが、こう言うとき喋れないのはちと困る。

 

「生きている!説明は後で話すが、ポチに任せれば心配はいらない!

迂闊に近づくな!岩蜥蜴を倒すことだけ集中しろ!

とにかく術に集中して口を開く瞬間をよく見ていろ!」

「・・・ッ!わかった!絶対に次で仕留める!」

「くそっ!全員生きて帰るんだからな!やってやらぁ!」

 桜さんに喝を入れられる男ども。再び構え直して、術を練り大技の準備をする。

 

「グルル・・・!」

 こちらを見据えて唸るトカゲ。

 トカゲの狙いはあくまで手負いのレイチェルかよ、しつこい野郎だ。こちらとしてはレイチェルを抱えたままなので、出来るだけ距離を稼ぎながら逃げ回りたいが・・・。

 

「ポチさん、いい?出来るだけ相手を引きつけて・・・!」

 レイチェルが決意に満ちた目で杖に力を集めている。既に杖先は先程のように歪み始めている。

「ぶもぅっ・・・!」

 マジかい、かわい子ちゃんの頼みとはいえ、危険な賭けだな・・・!

 

 こちらに突進を始めるトカゲ。向こうは動き始めたが、こちらは動かない。

 揺れる大地に、地面の土埃の匂い。レイチェルの爽やかな香水に混じる、血の匂い。杖を握りしめるレイチェル。

 緊迫した空気に、俺の頭はクリアになる。トカゲの突進は猛烈なスピードにも関わらず、時間がスローになったような、そんな感覚すら覚える。

 迫り来るトカゲが、こちらが動かないことをいいことに、口を大きく開ける。

 

「今よっ!」

 レイチェルの杖から水流の弾丸が射出されて、トカゲの上顎の口の中に命中する。トカゲは痛みと衝撃に顔を背けるも、突進の勢いはそのままで迫ってくる。

 攻撃による相手の突進の方向のズレを見ながら、レイチェルを両腕で抱え、突進を避けるために飛び退く。迫り来る風圧と、一緒に巻き上がる土煙。トカゲの前足が目の前に見えるくらいに、スレスレの回避だった。

 レイチェルを傷つけないよう、背中で着地する。

 

「レイチェル!?

なら行くぜ!身体の芯まで凍りつけ!」

 シグルドが巨大な氷柱を作り出し、トカゲの口の中に真っ直ぐ放り込む。トカゲの舌に突き刺さり、口の中を目に見える程に凍りつかせた。

 

「行くぞヨウスケ!口の中を狙え!お前に合わせる!」

「レイチェル・・・やってみる!」

 ヨウスケの剣が光り始める。最初の一撃よりも眩しく感じた。

「行くぞぉぉぉぁ!」

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 閉じられなくなったトカゲの口を目掛けて、最初の一撃より遥かに太い一撃が彼の剣から放たれる。

 それを追うようにして炎の竜が桜さんの剣から放たれて、あたかもトカゲの口の中に潜り込むかのようにうねりながら叩き込まれる。

 

「・・・!」

 口から身体に入り込む、逃れられない熱で暴れるトカゲ。喉を焼かれ叫び声すら上げられず、苦しみから逃れようと必死になってもがく。念のためレイチェルをお姫様抱っこして離れる。

 だが、トカゲはもはや本能のままに、人間など狙う余裕もなく、ただ生き残ろうと足掻くだけであった。

 大地を滅茶苦茶に揺らし、土煙を巻き上げた後、仰向けのまま脚をピクピクと動かし、やがてその動きも止まった。

 

 目から生気が失せて、だらしなく開けた口から黒煙が上がっている。

 

「レイチェル!無事か!」

 シグルドが駆けつけて来る。ヨウスケは剣を杖にして、なんとか立てる状態でこちらを見ている。声を上げるのも辛いのかもしれない。

 

「え、ええ・・・私は大丈夫、なの?」

「ぶももっ。」

 優しく地面に降ろすと、地面に立ったレイチェルはあちこち自分の身体を触って確認する。後遺症とか気になったりするが、似たような治療をした桜さんを見た感じ、まぁ大丈夫だろう。

 

「なにこれ・・・?どこも痛くない、あなたが何かしたのポチ?」

「ぶも、ぶもっ!」

「はぁ?いや、見た感じ元気そうだが何をしたんだよ・・・?」

 ええ、何かしました。何かしたんですが口がきけないので・・・。

 

「人馬鞍と荷物を忘れるな、ポチ。」

「ぶもっ!」

 そう言って、さっき置いておいた二つを渡してくる桜さん。さすが桜さん、相変わらず隙が無さすぎですぜ。ありがたく装着して、と。

 

「説明は後だ、散々暴れた以上、村から離れているとはいえ他国の奴らに気づかれる可能性がある。一旦ここを離れよう。」

「けっ、あのトカゲの鱗や牙やら売り捌けば遊んで暮らせそうだが・・・光の術使った以上、ずらかるしかねぇか。」

 

 妖術で様々なものを強化できるこの世界においては、生物の価値というのはとても高い。このトカゲは頑丈な上に火を通さない鱗を持つので、それで鎧を作れば一級品である。その鎧が何着作れるか・・・。

 

「うえー、今月厳しいのに・・・鱗の一枚くらいダメかしら。」

 レイチェルが名残惜しそうにトカゲの亡骸を見つめている。

「さっきまで死に掛けてたのにホント元気だなお前?」

 シグルドは呆れながら、そんなレイチェルを見つめる。

 

 とりあえず、ふらふらのヨウスケ君の前で、人馬鞍に乗れるように屈む。桜さんも頷いて、ヨウスケが乗れるように手伝ってくれた。

 

「ああ・・・すまない。何から何まで・・・お礼すら言えてなかった。

ポチさん、さっきは何度も助けてくれてありがとう。」

「あ、私も!助けてくれたし、たぶん妖術で治してくれたんだよね?」

「ぶもっ!」

 気にするな!ノベルの主人公達に死なれたら、今後が辛いことになるのは目に見えてるからな!情けは牛のためならず。ん?何か違うような・・・。

 

「とにかく話は後だ。とりあえず森へ案内してくれポチ。」

「ぶもーっ。」

 索敵も引率もやりますよ、今日は牛さんは大忙しだ。

 

 

 

 

 

 

 

「いやーっ、助かったぜぇ!

桜様に、ポチ、あんたらがいなかったら全滅だったわ!」

 森の中を村とは反対方向になるように歩いて、しばらく経った後、シグルドが口を開いた。

 

「ここ最近、私達も負けなしだったから、油断していたのもあるけど。それでも、あんな強いなんて思ってもなかったわ。」

 ふむふむ、レイチェルさんは元気そうで何より。問題なく歩けているようだ。ノベルではメインヒロインであり、挫けそうになったヨウスケを何度も支えてくれる。

 

 芯の強い人であると同時に、村を失ったせいで寄る辺をなくし、どこかヨウスケだけに入れ込んでしまい、それをヨウスケは理解した上で受け入れているところがあった。牛さんからすればヤンデレの一歩手前です。

 

 放っておけない。自分がレイチェルを選ばなかったらという危うさを感じさせる。しかし、彼女はそんな素振りを見せずに、どんな辛い時でも献身的に接してくれる。

 だから、ヨウスケは英雄として多くの誘惑を受けながらもレイチェルを選び、幸せにしようとしたのだろう。

 

「俺の光の魔法がさっぱり効かないなんてね・・・。あれで倒せなかったのはいなかったからさ。」

 我らが主人公ヨウスケくん。今は牛さんに背負われているが、あれだけの攻撃をしていて未だ気絶してないなんて、これはノベル以上に成長しているな?

 

「ありゃバケモンだわ、いやー、コタローが英雄として目覚めたての時に追い払うことができてたって聞いてたから、行けるもんかと。」

「ぶもぅ?」

 コタロー?ん、ヨウスケのことか?『予言』のことを言っているのか?そもそもシグルドとヨウスケがなぜ一緒にいる?

 牛さんの頭はこんがらがりつつある。

 

「誰だ?コタローというのは?」

 フルフェイスの兜を脱いで、横に抱える桜さん。

「あ、俺の仮の名前です、初めまして桜さん、ポチさん。

いや、シグルドのように何か俺のことを知っているのかもしれませんが。」

「ああ、名前は俺がつけたんだ、焔の国の出身っぽいだろ?

で、もしかして、俺と同じなんじゃないか?」

 

 んー?シグルドも、何かしらの手段で『予言』できるということか。

 うーむ、予言のバーゲンセールだな!なんか未来予知が英雄達にすら安売りされすぎて、半額セールで買えそうなくらい価値が無くなってきてないか?

 

「かもしれんな。」

「ほら、覚えているぜ?

例えばヨウスケを誘うために、あのピチピチのビキニアーマーを・・・。」

 ああ、焔の国にも砂浜があって、確かその時桜さんにレイチェルが負けたとか言っていたな。胸囲的な意味で。でもレイチェルさんもなかなかでごわす。

 しかし、『覚えている』?

 

「ほう、ではこの絞め技も覚えているだろうな?」

 おお、桜さんが一瞬でシグルドに回り込み、見事な裸絞めを決めている。

 

「んんん・・・!」

「ほらほら、早く答えないともっと強く締まるぞ・・・!」

「んーっ!んーっ!」

「ぶもーっ・・・。」

 シグルドが必死に手で降参のタップをする。あれは答えられないことわかってやってるやつだ。ヨウスケとレイチェルも苦笑いである。

 

「まったく、ヨウスケに変なものを吹き込んでないだろうな?

どういう状況なのか説明しろ。」

 抵抗が弱くなってきたところで離す桜さん。落ちる寸前までとは、なかなかの鬼である。

 

 そういえばシグルドが、ヨウスケにアタックしまくる桜さんをからかって、お仕置きされていたこともあった。

 終盤、悲壮感も漂よう状況でシグルドが場を和ませようとしたのもあったが、崩壊しかけていたとはいえ、その時の国家の最高指導者によく出来たものだ。桜さんもノッたと言えばノッたのかもしれないが・・・。

 

「げほっ、げほっ、いや今のは一瞬危なかったぞ・・・!

絶対、お前が俺と同じ『前世』の記憶を持ってることはわかったけどな!」

「『前世』か・・・あれはそういうものだろうか。

だが覚えているぞ、久しぶりだなシグルド。お前と共に戦った地獄を。護りきれなかった世界を。」

「ああ、初めまして、久しぶりだ桜様。」

 

 共に微笑み、どこか旧友と出会ったような目で見つめ合う二人。これが戦友同士の絆というものなのだろうか。

 

 『前世』の記憶。もしかして、俺が知っているノベルは彼らの『前世』の話ではないのか?しかし、何故彼らだけが知っているんだ?

 

「やはり、桜様もシグルドと同じように、一度この世界で何があったか知っているんですね。

俺は記憶を失って森の中を彷徨ってたんです。

そこを、この二人に拾われて、こうやって古代遺跡を巡る旅をしています。」

「記憶を?ということは、ここに来る前の世界のことも覚えていないのか?」

「はい、それが全く、名前すら思い出せなくて。

ただ、時々、夢を見ます。戦争の夢や、モンスターに襲われた人達の夢を・・・あのトカゲのモンスターも夢に見たことがありました。」

 

 記憶を失くす・・・?しかし、夢ではこの世界の出来事が記憶されている・・・?

 

「どういうことだ?それがある種の『予言』なのか?

それに記憶を失うというのも解せぬな。」

「だよな?前世ではたまに別世界の話してくれたんだが。

冷やしたパンツを路上で売ってるとか、凄い世界だよな。」

「そ、そうなのか?なぜ下着を冷やして売っているんだろうか・・・。」

「ホントよね・・・。」

「ぶもぶも。」

 

 ホントだが、とある国のごくごく一地域だよ?世界全体が変態みたいな話と誤解されては困るんだが、前世のヨウスケ・・・。

 でも、今でも売っているのかは知らんが、なぜ冷やして売っているんだ。それで売れたというから凄いが。

 

「あ、私はレイチェルです。初めまして。桜さん、ポチさん。

私は小さい頃、近くのワイズマン村で住んでいましたが、シグルドに何度も家に押しかけられ、最後には折れて一緒に冒険者になりました。」

「いやー、毎日訪ねて行っては焔の国直伝のドゲザをするに至ったからな!」

「両親や師匠には結婚を申し込まれたと勘違いされるし・・・話がわかった今ならわかるけど、それでもバカでしょう。」

「ぶもーっ?」

 と言いつつ、まんざらでもなさそうなのは気のせいなのか?ちょっと顔が赤い気がするんだが。

 

「なぁ、話の途中で悪いが、さっきからものすごく気になっていてな・・・。

自然と会話に入り込んできてるから頭はいいんだろうけど、さ。」

 シグルドがちらちらとこちらを見る。牛さんブレインは人間並!普通だな。

 

「あ、ああ、俺も気になる。何度も助けてもらってるし、乗せてくれてありがたいんですが、ね?」

「私も・・・いや、私も感謝しているんだけど何をしたかわからないですし・・・。」

「ぶもっ?」

 あ、牛さんのことか。自然と会話していると、話せないだけで自分が牛さんだったことを忘れてしまうんだよね。

 

「彼はポチだ。見ての通り、私の護衛を兼ねた馬として連れてきた。

元々は人だったらしい。話せはしないが、言葉は理解しているぞ。

『傷を治す術』が使える獣だ。」

「凄い・・・その、私は大丈夫なんでしょうか?」

 レイチェルは自分の身体を確認している。ついさっきまで両腕が砕けてたのに、気が付いたら治ってるとか不思議体験もいいところなのかもしれない。

 

「私も治療を受けたことがあるから大丈夫だ。後遺症も今のところない。」

「なんて便利な術・・・凄く痛かったけど、おかげ命が助かりました。」

「ぶもぶも。」

 首を横に振る。いえいえ、貴女を護衛しきれなかったこちらの力不足もあるので・・・あー、悔しいな、できれば集団戦をもっと鍛えたい。

 

「元は人って、どうやったらそんな身体になるんだ?人体実験?

トカゲと真っ向からやり合うポチがいなけりゃ、全滅もあり得たんだ。本当に助かったぜ・・・。」

「ぶもっ!」

 こちらこそ!三人の援護が無ければ厳しい相手だった。まぁ、村に集まっている英雄達を連れてくれば楽勝だったのかもしれないが。

 ただ、ヨウスケの取り合いで、その場で戦争が起こるかもしれんな!

 

「見ていて凄い動きでした、何度も噛みつかれるかと思えばかわして、上手く挑発する。

時間を稼いで隙を作ることができたのは、ポチさんのおかげです。」

「いつかはコタローも、あんな動きができるようになんなきゃダメだぜ?

なんたって光の英雄なんだからな!」

「えっ・・・えぇ?あれは人間には無理だよ。」

「ぶもぅ?」

 牛さんも元人間なんだから頑張ろ?

 といっても、確かに、自分の身体が自分のものでないような、自然と身体が動き出すように感じることがある。元人間にしては、良い動きすぎるのは間違いない。やはり、牛さんの脳みそに何かされたのか・・・。

 

「だが、光の英雄がこんなところに居て平気なのか?

このままでは、ゲルトマン王国もヨアキム国に呑み込まれるだろう。」

「だろうな・・・これは俺の我儘だ。」

 どこか、いつもの三枚目故の、おちゃらけた雰囲気を持っていたシグルドの顔が哀しげに曇る。

 

「ヨウスケは元々、戦争なんてできる性格じゃない。

あんたもボロボロになっていくアイツをよく知っていただろう?」

「・・・・・。」

 目を下に向けたまま、何も答えない桜さん。

 ヨウスケは強かった。だからヨウスケはあらゆるものを背負い込んだ。罪も責任も、人類の命運すら。

 彼は勇者だったかもしれない。だが、がむしゃらに進む彼は幸せだったろうか?

 

 彼を誘惑する女性は桜さんだけではなかった。

 しかし、時にそれは彼女らの欲望を満たすためだけではなく、彼に惹かれ、悲痛な命運の彼の心の隙間を埋めてあげようという、どこか優しさに似たものがあったのかもしれない。

 

 ところで、化け物扱いされる牛さんの心の隙間を埋めてくれる女の方はおりませんか?ほら、見てください、ガバガバですよ?

 とりあえず人間に戻ろう、そうしよう。

 

「召喚されたからなぜ国を護らなければならないんだ?

力があるからって、なぜ戦争しなきゃならないんだ!

こうやって冒険者になったって誰も文句はないだろ・・・!」

「シグルド・・・。」

 後ろのコタローことヨウスケが言い淀む。

 

 シグルド自身、師匠と共に戦争なんて馬鹿らしいと考えていた、冒険者でも穏健派の一人である。

 結果、人類は悲壮な戦争でボロボロして自滅したところを、ラスボスにつけ込まれる羽目になったのだ。その中で、師匠を失った彼にとっては、あまりにも馬鹿らしい結末だったろうな。

 

「ヨウスケ・・・。」

 桜さんが呟く。目が潤んでいる気がする。

 けど、桜さんだって国を背負い、家族を次々と失いながら戦い続けた強い人だ。今の様子を見ていると、心のどこかで、彼女は彼女で、ヨウスケを支えにしたいと思ったのかもしれない。

 こうして、牛さんも支えてあげたいな、とは思えるくらいには貴女も頑張っていたよ。

 

「俺は古代遺跡に、あのモンスターの群れをなんとかする手段があるんじゃないかと思っている。これを見てくれ。」

 シグルドが箱を取り出し、開けると、キューブ状の青白く輝く物体が収められていた。なんぞこれ?ノベルにもないと思う。

 

「ぶもぅ?」

「これは・・・?

見た目以上にかなりの力が蓄えられているのはわかるが。」

「詳しくはわからない、だが、霊峰のアンファングの山頂の巨大な遺物から見つけたものだ。

似たように、高度の高い山頂には何かしら遺物が刺さるように残っていると聞いたことがある。それを集めてみるつもりだ。」

 箱を大事そうにしまうシグルド。んー?いまいち役に立つのかは牛さんの知能ではわからない。牛さんブレイン役に立たない!

 

「霊峰か・・・。よく登れたものだ。」

「ふぅ・・・おかげ赤字なんだけどねぇ。」

 レイチェルがため息をつく。山頂に向かえば向かうほど魔力が強まり、モンスターは強くなる。相当な過酷な旅だったろうに。

 それでも彼に付き合う彼女は・・・なんだろうか。元々、冒険者とはロマンに殉ずるような、こういう生き物なのかもしれないけどな。

 

「・・・そうか。

群れのゲートの位置が山に対応しているからか?」

「そうだ。解析すれば、止める手立てが見つかるかもしれないと思ってな。」

「解析はうちでやればいい。一人、頭はおかしいが腕は確かな研究者がいてな。お前の嫌いな戦争にも利用しないと誓おう。」

「ぶもぅ。」

 えぇ、たぶん成穂ちゃんのことだろうけど、『頭おかしい』はストレートすぎませんこと?もっと柔らかく、ほら、変人とか、人格は信用できないとか・・・さして変わらないね。

 しばらく桜さんの目を見て考え込んだあと、首を縦に振るシグルド。

 

「わかった。これほどのものを解析できる奴も施設もなくて困ってたんだ。

頭おかしいってのは気になるが・・・世界の終わりを知っているあんたなら信用する。焔の国に寄るからその時に頼むぜ。」

「ぶもっ!」

 拳を握り締めるシグルド。シグルドの目に希望の光が宿っている。おうおう、頑張れ。牛さんも応援してるぞ。

 

「あとは資金援助くらいはしてやろう・・・。どうせ我が国の霊峰、始祖の山にも登るのだろう?」

「冒険者が国と繋がるのは・・・。」

 プライドから断ろうとするシグルドだが・・・。

「はいはい!お願いします!

あー、装備も新調できなくて困ってたんだよね!」

 遮るレイチェル。女の子は逞しいなぁ。

 

「レイチェル・・・。

山頂の遺物では、古代文字のスケッチもできる限りとったんだ。それも読んでもらおう。」

 ヨウスケが抱えた鞄からスケッチブックを取り出す。古代文字かぁ。文字・・・文字ぃ!?

 

「ぶもっ!ぶもっ!」

「ん?どうしたポチ?」

 木の棒を拾い上げ、地面に『りゅうのすけ』と書いてみる。

 もしかしたら、もしかしたら・・・!

 

「おお?これも古代文字か?」

「見たことのないタイプの文字ね・・・。」

「いや、なんだろうかこの文字は?

焔様関連の書籍で見た文字と似てなくはないが・・・。」

 三人が俺の文字を見つめて首を傾げる。俺はくるりと後ろを向き、背中に背負ったヨウスケに文字を見せてみる。

 

「あれ、『りゅうのすけ』?

へぇ、ポチさんの本名かな?

っとと!?」

 

 俺はその場に崩れ落ちた。読めた。記憶を失っても文字を読む能力は残っていた・・・!

 

「よく読めたな。もしかして、たまに書いていた別世界の文字か?」

「ポチさんが泣いているよ・・・?」

「別世界の文字だと?ポチ、まさかお前・・・!」

 

 視界が涙で霞む。手が震えて何を書いたらいいかわからない。

 ただ嬉しかった。意思疎通ができる人が見つかって、ただその感動に打ちひしがれていた。

 長かった、やっと・・・!やっと!

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