ミノタロスみたいな中ボスを乗っ取った   作:暗全畑

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第12話

 夜。

 都市を見下ろす展望台から焔の国の首都をスケッチする。

 吹き荒れる風は夏を運ぶ。

 

「報告がある。」

 いつものように、いつの間にか猫のようにクリスタが入り込み、背を壁に預ける。足音を消して歩くのが癖になっているそうだ。

 

「どう、上手く描けているかい?」

 鉛筆画だが、緻密に夜の建物一つ一つ描けている。最近は描く暇もないから、腕が鈍らないよう、スケッチだけでも力を入れている。

 

「ああ、いつかこの都市が焼け落ちた時に、貴重な資料となるだろう。」

「やめてくれよ、僕は平和的にこの都を手に入れたいんだから。」

 冗談じゃないのはわかっているんだけど、思わず吹き出してしまう。相変わらずだねぇ。

 

 あまり思い出したくない出来事があって、僕は出奔して路上で絵描きを始めた。有名とは言えずとも、そこそこの評判にはなったよ?

 

 そして、あのお方は僕の絵を大変気に入ってくれた。

 はは・・・あの頃に戻りたいと思ってしまう。日当たりのいい小さなアトリエに毎日貴方が訪ねてきて、あのままの日々を・・・。

 

「光の英雄は取り逃したそうだ。

ワイズマン村には都市同盟、オーディン国の英雄も滞在していた。

他にも、旅人を騙る他国の使いらしき者達もいたようだ。」

 戯けるぼくを気にかけず、何ら感情を込めず、事務的に淡々と話す。

 

「なるほど、予想した通り僕らの『予言』は、他の英雄さん達も使えるんだねぇ。

恐らく、光の英雄を勧誘なり処分するなりするために集まったんだろう。

もっとも、僕たちの英雄様は、元々村を防衛するために訪れたんだろう?」

 外交努力が実って無血開城できそうなゲルトマン王国だけど、巨大鉱石トカゲが暴れるのはよろしくないということで、ショウヘイ様が視察と外交の名目で直接乗り込んでいたはず。

 

「ああ、だが光の英雄は村に到着する前にトカゲの潜伏先を見つけ出し、手早く焼きトカゲにして去って行ったようだ。」

 ああ、なるほど・・・。

 

「光の英雄さんからすれば、村に到達した時点で被害が大きいから、動き出す前に討伐しようとしたんだね。そりゃ、当然と言えば当然だ。

だが、『予言』では追い払うのがやっとのはずだったろう?」

 桜様といい、『予言』より全体的に兵の成熟が早い。

 うかうかしていると、僕らの軍でも戦力に水をあけられそうだ。油断ならないねぇ。

 

「どうやらトカゲの口の中に直接攻撃を放り込んだらしい。

熱を通さない鱗だけあって、鉱石トカゲの肉は壺の中で蒸し焼きになったようになっていた、だそうだ。」

「なるほど、『予言』では無理矢理に術を叩きつけて焼き殺していたけど、上手く考えたものだよ。」

 さすがに終盤ほどではないらしい。けど、絡め手か・・・位置を特定できたことも考えて、彼も『予言』が使えるのかな。

 

「そのまま光の英雄は逃げ出したが、問題はそれだけではない。

そのトカゲの死体をゾンビにして、後から来た三人の英雄達に襲いかからせる奴らがいた。」

 へぇ、いいね、そういうのは僕好みの悪巧みだよ。

 

「なるほど、死霊術師達は元々、光の英雄さんの遺体を狙っていたとか、そんなところかな?

 上手くいかなくなったから予定変更、近くの英雄を暗殺して乗っ取ろうってところだろうね。」

 実に節操がないね。もっと敵は選んだ方がいいと思うけど。

 ゾンビとして死を迎えることを肯定してカルトになった彼らには、もはや僕らの常識的な考えは及ばないのだろうね。

 

「さあな。だが、あのカルトなら世界を敵にしようがやりかねない。

結局、幻の英雄に撹乱されたところを土の英雄に押さえつけられ、雷の英雄がダメ押しとして雷で焼き切ると、そのまま鉱石トカゲは動かなくなった。

しかし、死霊術師達からは逃げられたらしい。別に機動力のあるモンスターのゾンビでも持っていたのだろう。」

「巨大な生物を操れるほどの、高位の死霊使いを野放しするのはよくないなぁ・・・。

やろうと思えば、村を襲ってそのまま小隊にして駒にするような奴らだからね。」

 

 最初はカルトになっても、オトラン帝国は放置していた。帝王は攻めるべきだと考えていたらしいが、英雄が引き留めていたらしい。

 だが、奴ら、現オトラン帝の娘をいつの間にか暗殺して、ゾンビとして操っていた。操られていた彼女が帝王を暗殺しようとして妨害された時、死霊術だと発覚。

 激怒したオトラン帝は死霊術師達の根城であるハイビス諸島攻めを敢行。英雄も合意したが・・・国の姫君ですらゾンビに汚染されていた、となると武将達も、というわけで。

 

「ああ、実に厄介な奴らだ。

結局、鉱石トカゲを仕留めたその場で、英雄達は死霊術師達に対して共闘する約束をしたらしい。

土の英雄がトカゲの死体の所有権でごねていたらしいが、山分けということになった。ご主人様も気に入って、その鱗で鎧を作るそうだ。」

 へぇ、火を通さないから、焔の国の対策としては便利そうだね。僕も兵を出しておけば、あのお方の隣に、お揃いの鎧で横に立つことができたかな?

 ちょっと惜しい気持ちになる。

 

「お前も気をつけることだな。寝首を掻かれて、ゾンビとして焔の国を死霊の国しないように。」

「おお、怖い怖い。警備は厳重に頼むよ。」

 

 トップに立つと怖いことばかりだ。

 独裁者の気持ちがわかるよ。自分が殺される前に殺したくなる気持ちが。自分が殺される覚悟がなければやってらんないね。

 

「当然だ。お前は英雄にしては弱すぎるからな。」

 肩をすくめて、どうしようもないな、と言いたそうな彼女。

 昼も散々彼女に稽古をつけられたけど、やっぱり敵わない。英雄に化けるなんて馬鹿らしくなる。

 

 

「さて・・・もう一つ報告がある。

例の目を焼いた研究者の目が治った。」

 元々険しいクリスタの顔がひときわ険しくなる。

「それは・・・いったいどうやって?」

 目を細めて聞き返す。

 おや、地味だが厄介な問題だねぇ。

 

 研究者は、焔の国でも天野家の秘蔵の蔵書を全て頭に詰め込んだかのような、かなり優秀な研究者だ。その優秀さは、こちらにとって毒となる。我らが英雄の技術、雷を研究していることが問題だった。

 今も本国との通信手段として電信を利用しているけど、それを解析できる技術を持つ可能性が浮上し、研究を妨害する必要が出てきた。

 だから悪巧みが得意な僕らは、彼女の目から光を奪った。

 

「わからない。

彼女が開発した秘薬による治療、としか発表されていない。

天野家の機密として、我々にすら公表する気はないらしい。」

 秘薬ねぇ、実際、その研究者なら作ってしまいそうなくらい、えらく優秀なのだけれども。こちらを警戒して桜様がなかなか情報を開示してくれないのは困ったものだよ。

 お互い良い国を築きたいと思っている者同士、協力しなくちゃダメじゃあないか。ははは、皮肉だね。

 

「秘薬ねぇ、できるなら本国に持ち帰りたいけど・・・。

たしか桜様が5日間、郊外で療養していただろう?

時期からして、もしや光の英雄に会いに行ったのかと思ったけど、すぐに帰ってきたんだよねぇ。距離からして間に合わない。

あれはもしかして、その研究者の目の治療に何かしていたかな?」

 厄介だねぇ、こんな所に潜伏している以上、騒ぎを大きくしたくないために、目を焼く程度で手を打ったわけだけど。

 これが本国が焔の国を籠絡できた後なら見過ごせる、いやむしろ歓迎していたかもしれないな。

 

「わからんな、だが療養先に姿を見せなかったのは確かだ。」

「もっと桜様の動きに気をつけていた方が良かったねぇ・・・。」

 彼女とは本当にやり合いたくない、今日なんかも目を見るだけで嫌われてるってわかるほど冷たかったよ。心当たりは多いけども。

 いやはや、早くあのお方と一緒になって欲しいものだよ、あー・・・複雑な気持ちになる。胸のあたりがむかむかするね。

 

「ふむ・・・成穂といったかな?

天野家の御用達の研究者だから、さて、警備も以前にもまして厳重になってるはず。かといって、下手に彼女を狙い続けると電信の秘密に勘づかれてしまう。

目を焼くだけじゃ済まされない状況だけど、どうしたものかねぇ。」

 すると彼女がひらりと一枚の紙を取り出した。

 

「彼女が都の外れの診療所を、人払いして貸し切る申請を出した。

護衛も下級の巫女三人と少ない。

普段は引き籠っている彼女だ。チャンスはここしかないだろうな。」

「へぇ、なんでまた人払いしてまで診療所なんかを?」

「理由は書いていない。」

「ま、奇人の彼女のお考えなど、凡人たる我々の及ぶところではないだろうね。けど、目の治療に関することかもしれないか・・・。」

 しょっちゅう奇声を上げていると有名だし、彼女が人体実験など非道なことをしていても驚かないくらいには狂気的な研究者だ。

 しかし、狂気的か・・・。

 

「そこまで規模の大きくない診療所だ。それに金にもなる物も多い。

人払いの隙に乗じた、物盗りの仕業に見せることも可能だろう。」

「しかし、下級とはいえ巫女三人はどうする?その『物盗り』の規模は?」

 下級とはいえ、巫女になれる時点でエリートなのは間違いないからね。

 

「15人用意できる。全員本国からの選り抜きで腕は確かだ。騒ぎも起こさず、静かに終わる。」

 彼女の瞳の奥に、獰猛な狼の光が宿る。5倍の戦力か、それだけの精鋭で押しかければ決着はあっという間だろう。

 

「結構な数が動員できるね、潜伏の甲斐があったよ。

では、強盗らしく、惨たらしく、皆殺しにしてしまうのがいいだろう。

もし、彼女の目を治療した技術が見つかるなら、お土産にしよう。」

 ニヤリと笑う。きっと鏡を見れば悪人面が似合うような、男前になっているのだろうねぇ。

 

「了解した、手配する。」

 クリスタの獰猛な瞳の光が、一際眩しく感じる。

 

「あの研究者は将来のフィアンセのお気に入りだったし、お悔やみの言葉を考えておかなきゃ。和香ちゃんも可哀想にねぇ。」

 こんなことで笑えるこちらも、狂気的なら似たようなものかな。

 

「心にも無いことを・・・。」

 クリスタは話は終わりだと、壁から背を離した。

 

「本心さ、別に彼女のことを嫌いってわけじゃない。

好きになれないだけさ。」

「・・・全てはご主人様のために。」

 彼女はこちらを一瞥すると、音もなく静かに歩き始める。

 

「全てはあのお方のために。」

 彼女の背を見送ると、夜景のスケッチの続きを描き始める。

 

 鉛筆による白と黒の世界。都市の上の暗澹とした闇の空に、荒涼とした月は、孤独と死をイメージさせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柔らかい雨の中、暗い夜を馬車が走る。

 隣に無理矢理に押し込んだポチが元気のない様子で膝を抱えて小さくなっておる。これから解剖されると聞けば、当然じゃろう。

 

「すまぬな、成穂が稲子院に申請を勝手に無理矢理にも通したのじゃ。許しておくれ。」

 あやつは研究という目的のためなら、なんだってする。平然と書類も偽造するからのぅ、本物の書類にすり替えてやったからいいものを・・・!

 

「大丈夫じゃ、念のためたろ坊もおる。

琴音様は以前は母上と実力を競い合った仲じゃ、腕は確かじゃて。」

「ぶもぅ・・・。」

 ため息をつくポチ。雫は静かに何も言わず、馬車の手綱を握っておる。

 

「なぁ、お主は、本当にわしの行く末を知っておったのか?」

 

 ポチは何か考えた後、わしの頭を優しく撫で始めた。むぅ。

 

「これ、子供扱いするでない、これでも年は16、副大巫女なのじゃぞ。」

 ポチはそっと手を引っ込める。

 

「だが、英雄か、もしお主が本当に英雄とやらなら、わしの頭を撫でる権利くらいあるのじゃろうな・・・。」

「ぶもぅ?」

「独り言じゃ、忘れてくれ。」

 ポチの膝に背を預けてみる。森の中に暮らすという割には、獣臭い匂いもなく、良い毛並みをしている。さらさらと撫でてみる。

 

 詳細は姉上から聞かされた。光の英雄と接触でき、それに協力できるとは、相変わらず突拍子のない行動で良い結果を引き寄せるのぅ。

 

「ポチ、お主は・・・。」

 突然、化け物の姿で現れて、殺そうとしたわしを助けて、わしの行く末を知っているとな。わしの凄惨な最期を変えたいと・・・。

 そして、本当は人であり、本当は英雄だと言う。お伽話のような話じゃのぅ。

 

 ポチの顔を見遣る。見つめ返してくるポチ。

 恐ろしそうな瞳でありながら、そこに優しげな感情が見て取れるのじゃ。

 

 ポチの首輪は相変わらずしておる。英雄に対してこの扱い。思えば敬称もないが嫌そうにもせず、姉上に従順で、こうして今もわしに付き添う。

 

「世界の厄災が終わり、この戦乱が終わったら人に戻るつもりらしいが、その後はどうするんじゃ?」

 ポチは首を傾げるだけ。特に考えてはおらんようじゃ。

 

「元の世界に帰りたいか?帰ったという英雄の話はわからぬのじゃがな。」

 ポチは頭を押さえた後、首を横に振る。むしろ帰るのが嫌なのかお主・・・。

 

「ならば・・・。」

 英雄というだけで婚約をさせられそうなキョウスケの顔が浮かぶ。とぼけた面でありながら、焔の国の伝統を壊そうと躍起になる、得体の知れぬ忌々しい男。

 

 国のためにというのであれば、誰とでも一緒になる覚悟ではあるのじゃ。例えそれがヨアキムだろうが、オトランだろうが関係あるまい。

 しかし、奴自身が本当に国のために行動してるのかわからん。奴自身も、何かにつけて婚約を延期しようとする気配があるので、助かってはおるが・・・。

 

「・・・。」

 英雄とは恐ろしい力を持つ。

 その気になれば、焔の国など簡単に乗っ取ってしまう。戦が終われば、英雄以前に治めていた国の主達は、彼らの力の矛先が自分に向かないか恐怖するのじゃ。

 

 だから血で縛り付ける。

 親族として迎えてしまえば、そして子どもさえ産まれてしまえば、少なくとも謀反の恐怖はだいぶ減るであろう。

 そしてわしがその鎖となるならば、キョウスケとも一緒になるのが一番良いのは理解できる。わし一人の個としての幸せなど、国を存続されるためには価値のないものじゃ。

 

 それは母上のため、父上のため、何より姉上のため・・・。

 

「ポチ、お前はどういう人間だったんじゃろうな?」

「ぶもぅ・・・?」

 だが、どこか愛嬌があり、平然と首輪を受け入れる彼であっても、英雄ならば、鎖が必要ではなかろうか?

 

「そろそろ到着します。ポチに布を被せてご準備を。」

「うむ。ではじっとするのじゃ、ポチ。」

 揺れる狭い馬車の中、用意した白い布でポチを覆うが、下の方が尺が足りずに隠しきれておらぬ。夜で雨も降っておるから、見つかる心配はないとは思うが・・・。

 

「ではポチ、到着したら、先に着いておる真莉達に運ばせるから、大人しくしとるのじゃよ。」

「ぶも。」

 短く鳴いて応えるポチ。相変わらず元気がなさそうではあるが、我慢しておくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うじゅる。ふふふふふ・・・。

運び込むのに苦労しましたがっ!つっ、ついにこの時が来ましたっ!」

 白衣に着替えた稲穂がメスを両手にバンザイして飛び跳ねる。

「これ、手術室で飛び跳ねるでない。」

 こやつ、本当に大丈夫なんじゃろうか。ちょっと頭が痛くなるのじゃが。

 

「ぶもぅ・・・。」

「牛さん大丈夫?」

 同じく白衣のたろ坊が心配そうに、何台も寝台を合わせた手術台のポチの顔を覗き込む。念のため、傷を素早く治せるたろ坊を連れてきた。わしは護衛を兼ねて兵の主人として見届けるため、じゃな。

 

「ではポチ、お前が人間に戻るきっかけを探すためでもあるのじゃ。

我慢しておくれ。」

「ぶもっ。」

 暴れるとか、そこまで心配しておらぬが、ポチの正体のこともあるので姉上からの要望もあり、下級の巫女と騙って参加した。

 

 結局、大きさと重さのせいで白い布を被ったまま、歩いてここまでやってきたポチ。真莉でも無理だったか、馬三匹でも馬車で運ぶのに苦労しておったしのぅ。

 雫、真莉は外で建物の入り口を警備しておる。一応、周囲の住民には知らせてはおるが、念のため急患は彼女らに対応させる。

 

「では、まずこの箱の煙を吸ってください。」

 琴音様が吸い口のついた奇妙な箱を持ってきた。あの中身をわしは知っておるが、言わぬが華じゃな。

 琴音様は母上より年上であられる方。火の癒しに精通しているからか、今でも肌は若々しい。

 女医として、患者を安心させる落ち着いた雰囲気を持っておられるが、若い頃は武勇に秀でて凄まじい性格であったらしい、母上も褒めておったな。

 

「こちらには、外敵から身を守るため眠らせる煙を発生させる妖が入っております。本来の人の量の数倍ですが。」

 妖が入っていると聞き、怪訝そうな目で箱を受け取って調べると、意を決したのか吸い口を口に含むポチ。

 

「そのまま横になり、ゆっくり吸って吐いてください。ゆっくり、ゆっくり・・・。」

 寝台に寝そべったポチの目がゆっくり閉じられる。

 

 

 

 

「気道の確保ができました。

これほど大きな獣の手術は初めてですが、切開だけならばまだ安全でしょう。

では、始めましょうか。」

 琴音様が手に紅く術を展開する。傷を悪化させたりせぬように、火の術の癒しの力を手に展開させるのじゃ。

 

「琴音様、改めてよろしくお願いします。」

「お願いしますっ!」

 わしと成穂も同じように展開させる。火を放つのと同じ感覚でありながら、これは癒しの効果を持つ。一応、たろ坊はポチとおなじ術を展開したようじゃが、触れないようにさせておく。

 

 術を使えるわしらとて、稲子様の開発したこの使い方はとても不思議じゃ。この力と、稲子様が苦痛を和らげると探した麻酔薬のおかげでまともな手術ができると言っても過言ではないのぅ。ありがたや、ありがたや。

 

 それまでは普通にぶった切って死ぬか、瀕死からなんとか助かるか、九割が死んでいたというから実に恐ろしいわい。

 

「ではメスを入れていきます。」

 琴音様が慣れた手つきで、ポチの腹に刃を入れていく。たろ坊が見たくないとばかりに目を背けるが・・・。

 

「感覚が、人でないからでしょうか?いや、しかし?」

「どうされました?」

 違和感を感じたのか、メスを入れるのを止めて少し考え込む琴音様。

 

「興味深いですね!

お、おそらく、肉質も硬質なものを持ってきているのかもしれません。」

 一挙一動に興奮する成穂。

 

「いえ、大丈夫です。もっと深くいきます。」

 ゆっくりと深くメスを刺していく。そして、一尺(33センチ)ほどの開口部を作り、術と止血剤を併用しつつゆっくりと開くと・・・。

 

「これは・・・!」

「な、なんじゃこれは!?」

「ふぉっ!?ふぉーっ!?」

 腹の中には、兎のような手、我々の知らぬ臓器、虫の頭や脚、眠る犬の頭部、何かの目や牙・・・。

 そしてそれらが、生きて、確実に血が通っておる。

 

「そ、想像以上です!想像以上で興奮してしまいます!

歴史に、歴史に残さなくては!」

「大丈夫ですか、和香様、慣れている私でもこれは・・・!」

「なんとか吐き気を抑えられとる、むしろ成穂の声で耳が痛い!

しかし、これは?」

 もはや、人や獣としての内部をしておらなんだ。混沌と、取り込んだ生物の部分を乱雑に詰め込んだだけのような、歪かつ怪奇で、醜悪な空間なっておる。

 

 英雄殿の『予言』が頭をよぎり、嫌な冷や汗が流れる。これが国を滅ぼすとされた化け物の本質・・・!

 

 それにしても、腹の中に頭や口なぞあっても役に立たないのじゃが。腹の中ですらこうなのだから、他の箇所はどうなっておるのやら。

 

「あ、ああ、同定するために資料をもっと持ってくるべきでした!

口惜しいです!文字は全て覚えられても、絵までは覚えられない、ポンコツな頭ですね!」

 相変わらず、女子とは思えぬ叫び声を上げて頭を叩く成穂。もう少し、こう、女の子としての嗜みというのを覚えるべきじゃ。

 この状況で興奮するとは、様子を見ておると少々気が抜ける・・・。

 

「ちっとは静かにせい・・・!

できれば早く解析なり、調べるのじゃ。」

「ひゃ、ひゃい!」

 興奮してくるくる回り出している成穂に喝を入れると、成穂は犬の頭に触れようとする。

 何かの粘液に覆われているが、はっきりと黒い毛並みがわかり、首から下が何か別の臓器に繋がっておるようじゃ。

 

 たろ坊は見る勇気が無いらしく、部屋の隅で怯えながらこちらを見ているようじゃ。子供だし仕方ないことじゃ。

 

「あっ・・・!

この犬の頭、呼吸しています。肺に繋がっている?」

 犬の前に手をかざし、呼吸を確かめる成穂。犬の頭部に付着する粘液を指で少し掬い取り、硝子の容器に入れる。

 

「わうぅ?」

「むっ!」

 なんと、犬の頭部が目を覚ましたようじゃ。麻酔が効いているのか、トロンとした目つきでこちらを呆然と見ている。

 人の腹の中で犬と見つめ合うとは、誠に奇怪な光景じゃ。何も知らぬ人に話せば狂気に陥ったと誤解されるかもしれぬのぅ。

 

「どうなっておるのじゃ、これは・・・。」

「わ、わかりません、私の自分の頭がどうにかなったのかと。」

 多くの患者を見てきた名医でもあられる琴音様ですら、困惑して眺めるしかないようじゃ。

 

「ハッ、ハッ、ハッ。」

 意識がはっきりしてきたのか、犬の頭部が舌を出して、確実に周囲の状況を認識しつつある。どうも、撫でて欲しいように見え、人懐っこいように見えるのが困る。

 もし、普通の犬ならばなかなか可愛いらしい。しかし、頭部だけであると不気味としか言えぬ。いや、少々憐れでもあるか。

 

「・・・。」

 わしも何を思ったか、意を決して恐る恐る犬の頭に触れて撫でてみる。

 大人しく愛撫を受け入れて、嬉しそうに目を細める犬の頭部。わしの心臓が高鳴るのが、はっきりとわかる。

 琴音様は何も言わず固唾を飲んでその様子を見守り、成穂が目を輝かせながら、紙を取り出して炭でその様子を図に残そうとしている。

 

「あっ、み、見てください!

犬の頭部の後ろに、人の頭部らしきものが!」

 なんとか図に残そうと必死の成穂が、指をさして声を上げた。

 

「そうですね、恐らくは人の頭蓋でしょう。

しかし、なぜこんなところに?やはり生きているのでしょうか?」

 子細を知らぬ琴音様には、殊更に不気味で見えるであろう。しかし、冷静に状況を分析しておられる。

 これが、もしや、取り込まれたというリュウノスケの頭部か・・・?

 

「わうぅ?」

 何故か犬が首を傾げる動作をした後・・・。

「ウゥゥ!バゥッ!バゥッ!」

 急に唸り、吠え始めた。身体こそ動かないものの、腹の中で噛み付かんばかりの勢いである。

 

「な、なんじゃ、麻酔の効果が切れたのか!?」

「急いで先程の箱を!周囲の臓器に傷がつくかもしれません!」

「な、なな、何を見ているのでしょう?」

 犬の頭部は我々ではなく、どうやら何もない天井を凝視して吠えているように見えるのじゃが、麻酔特有の幻覚でも見ておるのか?

 牙を剥き出しにして、わしらには見えぬ何かに敵意を見せておるようじゃが・・・。

 

「和香・・・!」

 掠れ、くぐもったような、低い男の声がどこかから聞こえる。

「なんじゃ、誰がわしを呼んだ?」

「わっ、わかりません、でも誰か呼びましたよ!?」

 周囲を見渡すが、たろ坊以外に男はいない。たろ坊も首を横に振って自分の声でないと否定する。

 な、なんなんじゃ!?

 もしや、このポチの腹の中か声がしたのか!?

 

「上だ・・・!」

「上ぇ!?」

 

 困惑しつつ再び上を見上げると、銀色に光る何かが視界に飛び込んでくる。

 敵襲・・・!?

 

「あぐっ・・・!」

 咄嗟に避けるが、肩口に激痛が走り、鮮血が吹き出した。

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