ミノタロスみたいな中ボスを乗っ取った   作:暗全畑

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第16話

 静かな空間に、陰鬱な空気。

 崩れた瓦礫の先には、まるで病院のような、現代的で整った建物の一室だった。部屋は金属製のドアで区切られている。

 

 廊下からはカシャン、カシャンという静かな金属質の足音が恐怖を誘い、何かしらの機械が低い駆動音をあげている。

 松明で照らされた部屋には、何に使うのかわからない、円柱状の黒い装置が四つ据えつけられている。

 装着の正面に取り付けられた赤い丸ランプが不気味にぼんやりと闇を照らす。それを収容するためか、天井はかなり高めだ。

 そして、大小様々な檻と、人間用とも思えない拘束具がいくつかある。中はどれも空のようだが・・・。

 

「まさかね、隻眼はあたしのトレードマークだったんだがね。」

「師匠、大丈夫か・・・。」

 眼帯を外したシャーニャさんの眼は再び光を取り戻した。感覚がおかしくなるからと眼帯は戻したようだが。

 

「治療のときは凄い痛みだったが、今は何もなかったように痛みはないね。

あんたが焔のお偉い方に飼われてる理由がわかるよ。」

「確かに。怪我が治せるなら、少し気が楽になる。」

 この点、牛さんの術は便利である。少しの疲労で誰かの一生を左右できる贈り物ができるのである・・・同時に、一介の一般人である俺には、過ぎた力だなとも思う。本当、こんな姿でなかったら、欲に溺れてしまっていそうである。

 欲に溺れるなとは言うが、野に放たれて禁欲を通り越した何かになりつつある気もする。

 

 何にせよ、兵器のような危険なものでないのなら、使えるものは使わないと勿体ない。全力でなけりゃ、この先生き残れないハードな世の中なのさ。

 ブラック企業から逃げられたら、ブラック人生とは笑えるかもしれんね。

 

「・・・。」

 分身で偵察しているのもあるのか、先程からベルンハルトは大人しい。騒がしくしていたら逆に危険すぎる状況ではあるのだが。

 歌とか歌いだしたら、気絶させて洞窟の入り口に放置した方がいいだろう。痛いのは一瞬だよ?

 

「もし生きて出られたら恩は必ず返す・・・といっても、あんたみたいなモンスターに何をしてやれるのかわからないけどね。」

『きにしないで このいせきは?』

 ここを見る限りでも何かの研究室なのだろうか、モルタルのような素材でできた床は、亀裂が入って苔に浸食されても未だに清潔さを感じさせる。

 

「この遺跡か・・・いいかい、遺跡には色んなものがあるんだよ。

住居や店だったり、何かの娯楽施設なんかが大半なんだがね。

地下に埋まった施設なんてものはあたしにも初めてさ、この機械だって初めて見るし、この檻もなんだろうね、嫌な予感がするよ。」

「この手錠、魔封じの術が込められている。ロクなものではない。」

 伊八さんが枷の一つを持ち上げて教えてくれる。古代でもそういう技術は使われていたのか。

 

 うーん。ノベルの方では描写が省かれていたのか。それとも、どうしようもないくらい『ぬえ』が破壊してしまったのか。

 ヨウスケと桜さんで蒸し焼きにしちゃったしなぁ。ヨウスケの最大出力のビームとか何発も叩き込まれて暴れているから、原形はまず残ってないか。

 

 よくよく考えると、桜さんが覚えているかもしれない、後で聞いてみよう。

 誰かが偵察に来た様子も無さそうだったし、流石に洞窟の場所までは覚えてなかったのかもしれない。

 

「ここは、いったい・・・。

僕の偵察でも灯がないから詳しくはわからないけど、生物の研究所みたいだ。

いくつかのガラスのポッドに、見たことのない生き物が浮かんでいたり、肉塊のようになっているポッドもある。

かなり不気味だ、これがあの化け物なのか・・・?」

 虚空を見つめるベルンハルトが、顔面を蒼白にして驚愕の表情を浮かべている。こちらもびっくりである。

 まさか『ぬえ』のような生物が、古代の研究所らしき施設にいるとは思ってなかった。いや、しかし・・・?

 

『てったいして なかまをふやす?』

 動揺による震えでぶれながらも、手元の紙に拙い文字を綴る。そうなると、四人で立ち向かえる規模じゃないかもしれない。

 

「ああ、はっきり言って、そうした方がいいかもしれない。

歩くあのガーディアンという機械は、恐らく10体近くは徘徊している。

それに、この肉塊、生きているみたいだ。出てくる気配はないけどね。」

「・・・噂が本当とはな。しかしどうやって?」

 伊八さんが静かに疑問を呟く。

 この位置はベルンハルトの術で調べた、とかだろうか?

 

「さて、どうしたもんかね。

あたしも遺跡の規模を見誤ってたよ。10体なんて初めてさ。

あんたの言う化け物も気になるけど、遺跡は逃げるわけでもなし、日を改めるか・・・。」

 シャーニャさんの顔も曇る。

 この歳まで冒険者として生きてこられただけあって、危険に対する判断力は確かなものがある。

 

 少々、勿体ない気がするが、巫女さん・・・は無理でも、鎌鼬の人達と人数を揃えて探索した方がいいかもしれない。それも無理なら、ベルンハルト達による冒険者の増援に期待するか。

 いや、ヨウスケの手を借りた方がいいのかもしれない。シャーニャさんも居るなら、シグルドとも協力できるはずだ。

 

「しまっ・・・!」

 ベルンハルトが叫ぶと、突然ドアが開き、けたたましい警報が部屋に鳴り響く。

 

 背筋が凍りつく。何か女性のアナウンスが聞こえるが何を言っているのか不明である。意味は理解できなくとも、今が非常事態であることはわかる。

 それはこの施設だけでなく、我々にとっても。お互いに顔を見合わせる。

 

「何かわからない!だが幻が大きな人型の機械にやられた!」

「ぬかったね!

逃げて背を向けるんじゃないよ!あいつらは人の足にはかなり速い!」

「来る・・・!」

 各々、松明を床に投げて、携えた武器を構えて臨戦体勢に入る。

 

「・・・ぶもっ。」

 天井、この音・・・俺は反射的に跳び上がった。

 

「上から!?」

 ベルンハルトが叫ぶ。

 天井のハッチから落ちてきている物体に空中で組みかかると、すかさず銃のついた腕をもぎ取った。ガーディアンの切断された片腕から火花が散る。

 

 片腕を失ったガーディアンは、そのまま残った腕で牛さんの片腕をかなりの力で掴み、抵抗しようとしてくる。

 俺はガーディアンの頭を掴み床にガーディアンを床に組み伏せた。

 

「ポチ!胸を狙いな!」

 掴まれていた手を無理矢理振り解くと、ガーディアンの腕が胴体から引きちぎれて外れる。その勢いで、胸を無理矢理拳で叩き潰す。

 拳が一撃で装甲を貫通して何かわからない装置を破壊し、ジタバタと暴れていた足が停止した。

 腕を引き抜くと血だらけだが、術ですぐ治せるので問題ない。

 

 ここ最近、この血を見た感覚の馴染みがいい気がする。

 さて、ここからが本番のようだ。

 

「次、来るよ!早く偵察しなベルンハルト!」

「言われなくとも!左右から一体ずつ!」

「ちくしょう!挟み討ちか!」

 シャーニャさんが何発も矢を乱射して通路に放り込む。

 構えから撃つまでの速さが人の動きではない、しかし、一矢ごとの動きは精密機械のように完全に同じである。これで本当におばあちゃんなのか。

 

 音からすると通路のガーディアンに何発かは当たっているようだが・・・。

 右からの足音はこちらに止まらず向かってくる!確かに、これは速い!

 当然ながら風は一方にしか吹かせることは出来ず、T字路の右の方向に充分に攻撃できていないらしい。

 仕方ない、出番のようだ。得意のステップで入り口の横に素早く張りつく。

 

「くそっ!前に出るんじゃないポチ!」

 ガーディアンが急に部屋の前に立ち止まり、銃のついた右腕だけを入り口から出して部屋の中に銃を掃射しようとしている。

 伸ばそうとした相手の右腕を掴むと、ガーディアンも反射的に銃を連射してくる。

 

「ポチくん!」

「ぶもうっ!」

 牛さんの脇腹に当たり、身体の芯まで届きそうな激痛が走るも、無理矢理に腕を引っ張って、オモチャの人形の腕を振り回す子供のように部屋に投げ込む。

 

 ガーディアンの右腕は引きちぎれ、叩きつけられた壁にはひびが入り、衝撃でガーディアンの頭はひしゃげて原形留めていない。

 それでもガーディアンは起き上がって応戦しようとしてくる。感情でもあるかのように、デタラメな電子音が必死に鳴っている。

 

「仕留める・・・!」

 伊八さんが構えると、牛さんの目ですら追えない速さで刀を振り抜く。

 ガーディアンの残った四肢と頭は胴体から切り離され、その場に崩れ落ちた。

 

「ポチくん・・・!いや、右の通路から二体!」

「まだまだ!ポチは下がりな!」

 シャーニャさんが応戦している間に、身体に空いた穴を術で回復させる。

 出血も大したことなく、身体から異物である弾が出てきている気配はない。

 全て強靭なこの身体を貫通したようだが、幸いにも後ろにいた皆は無事のようだ。

 

「左からもう二体!右から一体!」

「ええい、次々と!老人にやさしくないねぇ!」

 俺はドアがあった壁に張り付き、近づいてくる足音に耳を集中させる。今度は左側の通路の足音がまだ止まらず向かってくる!

 

「くそっ、撃ち漏らしたか!」

 左からガーディアンが銃を構えながら飛び出すタイミングに合わせて、こちらも入り口から身を乗り出す。

 そのまま、拳で相手の胴体を貫く。反撃として数発もらったが、すぐにガーディアンの攻撃は止まったので問題ない。

 足を使って蹴り飛ばしながら、腕を引き抜いた。

 

「師匠、矢も魔力も限りがある!」

「チッ・・・!わかっているさ!」

「左右から二体ずつ!」

 素早く後ろに下がって、傷を癒しつつ次のチャンスを伺う。シャーニャさん、これは仕留め切れるのか?

 

「ちくしぉぉょう!」

 冷静なシャーニャさんから、普段の渋い声から悔しさの混じった少し女々しい声が漏れる。

 左右の通路から一体ずつ健在な足音が聞こえる。やるしかない!

 

「ポチくん!」

 左の一体が飛び込んでこようとするタイミングで、先程と同じように俺がガーディアンの胸を貫く。今回は反撃すらもらわない。

 腕の裂傷がひどくなるが、そのまま突っ込んだ腕を反動をつけて引き抜き、次の獲物に向かって突撃する。

 

 ずらりと並ぶ氷の人形の後ろから、右から来たもう一体が俺を目掛けて銃を撃つ。

 当然、こちらは遮蔽物もなく撃たれ放題で、全身を針で刺されたような激痛がするが、怯まずに突っ込む。

 

「ぶもおおおっ!」

 がむしゃらに手を伸ばし、相手の右腕を引きちぎった。

 泣きたくなるほど激痛がするが、突撃した勢いのままガーディアンの兜とも仮面ともつかないような頭を何度も叩き潰した。

 頭部を胴体ごと凹ませると、ガーディアンは機能を停止したようだ。

 全身から血を噴き出しながら、転がり込むように部屋に戻る。

 

「くっ、はぁ・・・やるねぇ!

一杯奢ってやりたいくらいさ。」

「お見事!治せそうか?」

 二人が警戒しつつも労いの言葉をかけてくれる。頷いて壁に寄りかかり休憩する。

 術のかかり具合からして、なんとか出血だけで済みそうだ。

 気絶しなかっただけ幸運かもしれない。もしこれ以上の弾丸をもらっていたら・・・。

 

「ひどい怪我だ、申し訳ない、こんなことに付き合わせてしまって・・・。

でも、良い知らせだ。今のでガーディアンは片づいたみたいだ。

通路に動く気配はないよ。

問題は僕の幻を攻撃したアイツがどこにいるか・・・。」

 

 通路にいない?じゃあそうか、静かなこの物音は・・・!

 

「ぶもっ!」

 天井を指さす。最初のガーディアンが降りてきたハッチがある。

 三人の視線が釘付けになる。

 

「ハッチ・・・いや、そうか!だから見つからないのか!」

 ベルンハルトの分身が、部屋に数体現れる。同時に、天井から巨大な影が飛び降りて来る。

 ぐっ、不味い、治療で反応が遅れた・・・!

 

「なんだ、コイツは?

こんな奴が遺跡にはいるのかい!?」

 ただ巨大というわけではなく、見た目もガーディアンとは異なる。

 ブカブカで汚れた白いスーツに、弾丸を通さないような、重厚で厳つい装甲を随所に装着している。それなのに足音は、着地の時も音はほとんどしなかった。

 頭には赤いランプのついた特殊なヘルメットを装備し、背中には用途は不明だがバックパックのようなタンクを背負っている。

 まさに歩く戦車かのような貫禄である。俺の腕力が通用するのかどうか。

 

「けど、僕の『幻を攻撃した』なら、話は早いね!」

 重装備したガーディアンは何故か、そのタンクを背負った背中を向けたまま、ベルンハルトの幻がいた方向へひたすら銃撃をしている。

 既にベルンハルトの幻は攻撃によってかき消されてしまっているはずなのだが、まだそこに敵がいるかのように、執拗に撃ち続けている。

 

 通常のガーディアンと比べて発射音が大きく、右腕から放たれる弾丸は壁を掘削でもするかのように穴を開け、既に隣の部屋が見えるようになっている。

 だが、一向にこちらを攻撃してくる気配がない。

 

「ガーディアンは僕の幻に取り憑かれている!今がチャンスだよ!」

「なら、あたしが貰うよ!」

 シャーニャさんが矢を放つと、巨大ガーディアンの関節部分に突き刺さり、凍りつき始める。

 ガーディアンが身体の違和感に気づき始めたようだ。凍りつく身体を不思議そうに確認している。

 ガーディアンの足元にも氷が広がり、ひんやりと部屋の気温が一段と下がった。そして、攻撃を止めたガーディアンの動きが明らかに鈍ってきている。

 

「ぶもっ!」

 奴のバックパックかタンクが何の機能なのかわからないが、とにかく、突貫して無理矢理に殴る!最高に頭脳とは無縁の一撃、この手に限るね!

 

「オオォォォオオ・・・!」

 殴った感触から防弾仕様であろう鉄板をぶち抜き、拳がガーディアンの体内まで貫通する。

 正面胸部に分厚い装甲があるようで、そこで拳は止まった。

 内部の感触が、金属だけでなく、普通の肉のような感覚がある。

 流れるのは明らかに血ではなく温度こそ低いが、今まで倒してきた機械達には無かった悲鳴を上げて悶えているようだ。

 思わぬ感触に毛皮の毛が逆立つくらいには気持ち悪い。相手の体内の手頃な部品を掴んで抜こうとするが・・・。

 

「オォォ・・・。」

「ぶもっ!?」

 銃のない左腕の関節がありえない方向に回転し、俺の腕をがっちりと掴む。

 凍りついて動きは鈍くなっているにも関わらず、俺の力ですら振り払うことができない。

 万力で挟まれたようだが、万全な状態ならどうなっていたんだ、この力!?

 

「ぶもっ!?」

 あ、こいつ・・・!?

 右腕も『ありえない』方向に回転させ、こちらの頭を吹き飛ばそうと突きつけてくる・・・!まさか、万事休すか!?

 

「ニの太刀を忘れるべからず・・・師匠の教えだ。」

 しかし、銃の装着された彼の右腕は、鋭い金属音の後に床にボトリと落ちた。青黒い液体が切断面から吹き出ている。

 伊八さんが刀で、根本からバッサリ断ち切ったようだ。関節すら強固そうだったのに見事である。

 生きた心地がしなかったが、なんとかなったようだ。

 

「僕の術に溺れるといい!」

 ベルンハルトが敵の正面に移動して細身の剣を構えると、巨大ガーディアンは慌てて俺の腕を離して、何かに悶えるように頭をおさえて苦しみ始めた。

 隙を見て、足も使って腕を引き抜く。

 

「オォォォ・・・。」

 反動で相手は倒れるが、ベルンハルトの術が解けないのか、床でまさに溺れるかのようにもがき続けているようだ。

 穴の空いた背中からも青黒い液体が噴出し、床をドロドロに汚していく。匂いがないので、完全に無機質とはわかるのだが・・・。

 俺の腕もそのオイルのような粘り気で、毛皮が汚れてしまった。治しきれてなかった腕の傷に沁みる。

 

「さらば、介錯いたす。

機械とはいえ、安らかに眠らんことを。」

 様子を見ていた伊八さんが間合いを詰めると、一撃、一撃と通常のガーディアンに仕掛けた時よりも重い斬撃を打ち込んでいく。

 全ての四肢と頭が切り離されて、やがて動かなくなった。

 俺と同じくらいありそうなサイズのパーツが、青黒い液体の海に浮かぶように転がっている。

 

 気がづくと警報も止まったようだ。

 再び研究所らしき建物に、機械の駆動音と、室内の三人の息遣いだけの静寂が訪れる。

 

「ご苦労、伊八。

ベルンハルト、終わりのようだけど、他に敵は?」

 汗を拭うシャーニャさん。

 彼女の冷気でますます肌寒いというのにそこまでの汗、相当な無理をしていたようだ。

 見ると矢筒には矢が数本しか残っていない。

 

「他に敵は・・・いないね。動くものは無いよ。

肉塊みたいな生物も動きはない。」

 ベルンハルトがため息を漏らして、松明を拾い上げる。

 

「廊下を掃除してくる。」

 伊八さんが廊下に向かい、氷像となったガーディアン達をバラバラにし始めたようだ。

 牛さんも手伝うために後を追って廊下に出て、とりあえず急いで氷像達の銃座のついた右腕をもぎ取っていく。

 伊八さんより歴然としてスピードは遅いが、やらないよりはマシと信じてバラしていく。

 

「・・・ッ!」

 ガン!

 突撃の銃声に肝が冷える。ガーディアンの一体が銃を発砲したようだ。

 

「油断した・・・!」

 素早く腕を切り落とす伊八さんだが、頭に銃撃を受けたらしい。兜の一部が破損している。

 すぐに治療しなくてはと駆け寄り、フルフェイスの兜を脱がせて術を当てようとする。

 兜は紐などで固定されているわけでもなく、簡単に外れたが・・・。

 

「ぶもっ?」

 兜を外した彼女は金髪の美人さんであった。しかし、口では言えないくらいに銃弾のせいで酷いことになっているが・・・。

 青い瞳、細い眉にロングヘア。化粧はせず、どこか無表情のような、独特の冷たさを感じさせる。

 銃弾が命中して出血した箇所に術を当てがうと、目を閉じて苦痛の表情を浮かべてじっと耐えている伊八さん。

 

「大丈夫か伊八!」

 部屋で待機していた二人が駆け寄ってくる。

 弾が床に転がり、治療が終わると、鞄からハンカチで血を拭ってあげる。元の美人さんになったようだ。

 傷跡も残らずほっと一安心である。

 表情からは何を感じているかわからないが、こちらを見つめている。

 

 ふーむ、てっきり男性かと思っていたが、牛さんの耳や鼻でも判断できなかったのは意外である。

 確かに男性としてはちょっと声が高いな、とは思っていたけれども。

 密封されたような鎧の鉄臭さで、よほど近づかないと匂いが分からなかったようである。

 

 ・・・匂いで男女を判別できることに違和感を感じない自分が、少し嫌になる。

 

「えっ、あっ、女性?」

 ベルンハルトが伊八さんの姿に戸惑っている。

「まっ、まだ見ぬ愛がこっ、ここにっ、あったとは!

数々の失礼、お許しいただきたい!」

 辿々しく挨拶しだすベルンハルト。なんか君、さっきまでそういうキャラじゃなかったよね?

 

「今更色男を気取っても遅いよ!」

 軽く吹き出したシャーニャさんに足を小突かれるベルンハルト。

 大した勢いではないのだが、それだけでバランスを崩しそうになっている。

 

「・・・。」

 無言で牛さんが持つ壊れた兜を受け取り、被り直す伊八さん。

 少しだけ、壊れた部分から素顔が見える。

 恥ずかしいのか、怒っているのか、牛さんにはわからなかったでござる。

 

「はぁ、正直言って自分が情け無い。

君ほどに剣技に自信があれば僕も加勢できたのだけど、麗しい女性を前にして敵に一太刀も浴びせられないのは、愛を語る身として恥ずかしい・・・。」

『そんなことはない』

 紙を取り出して彼に見せる。

 ベルンハルトの偵察から撹乱が無ければ負けていたし、見つかったとはいえ直接探索するリスクも高かったことを考えると、相当に役に立っていると思う。

 

「気にするな、それより偵察だ・・・致命傷だった、治療に感謝する。」

 いつもの素っ気ない口調で返す伊八さん。ふむ・・・。

 

 

 

 

 

「さて、どうしようか。

例の化け物は動く気配はないし、ガーディアンもいる気配はない。

探索してみるかい?それとも、撤退するかい?」

 牛さんと伊八さんでせっせと解体作業し、通路のガーディアン達を完全に無力化したのを確認すると、壁に寄りかかっていたベルンハルトが提案してきた。

 

「他人の手が入る前に、探索しておきたい欲はあるけどね。

矢も尽きかけて疲労もある以上、帰るべきさね。」

『ばけものさえ たおせればいい。』

「化け物は後で応援を呼んでしっかりと討伐すべきだ。

帰りも森だ、楽では無い。」

 

 まぁ、順当に考えれば、余計なリスクを抱える前に撤退すべきかな。

 牛さんとしては、自分のルーツが知りたい以上、いかにもバイオテックな研究所をもっと探索したいところではあるが。

 早急に鎌鼬やシグルド達と連絡を取って、シャーニャさんが言うように、人の手が入る前に調査だけでも済ましてしまうのが安全だろう。

 

「そうだね、口惜しいけど撤退しようか。

華麗なる僕もこうなると・・・ッ!」

 

 突然、部屋がパッと明るくなる。天井を見上げると電気で動いているであろう、照明が光っている。

 思わず、光には敏感な牛さんは目が眩んで怯んでしまうが、やはり熟練の冒険者達はすぐさま武器を構えて臨戦体勢に入るのを忘れない。

 

「なんだい、まだやるってのかい!」

「心臓に悪い・・・僕はこう見えて小心者なんだよ・・・!」

「・・・!」

 しかし、この施設全体の機械の駆動音がさらに大きくなった程度で、何か起こる様子はない。

 明るくなっても、相変わらず無機質で不気味な雰囲気が、牛さん達を焦がす。

 

「逃げた方がいいね、まだ何かいるようだよ。」

「背後に気にしつつ撤退。」

「化け物や建物に動く気配はない、今のうちに・・・。」

 ジリジリと出口に向かって後ずさる三人。牛さんも三人を庇うように、ゆっくりと後ずさる。

 

『お待ちください、危険はありません。

当センターの警備員がご迷惑をおかけしました。

こちらは当センターの案内係です。』

 

 機械的で丁寧な女性の声であるが、この言葉は・・・?

 日本語・・・?

 

「待ってくれ、案内係が何かを話している!」

 ベルンハルトが立ち止まり、驚いたように叫ぶ。

 案内係と彼は理解したのか・・・?

 

「古代語で何か話しているようだがね、文字はある程度読めても言葉までは知らないんだよ!」

「撤退だ、ベルンハルト・・・!」

 引き下がらないベルンハルトに焦燥感をあらわにし、シャーニャさんが松明を捨てて弓を構え、後ろで伊八さんも刀を抜いている。

 

「ご安心ください。どうか皆さま、お時間をいただけないでしょうか?

試験チャンバー内の生物の安全は保証いたします。

この大陸の救済のため召喚された『英雄』と呼ばれる御二方に、どうしてもお話ししたいことがございます。」

 この世界の言語に切り替えた案内係。

 

 どこかにカメラでもあるのだろうか。見渡すが、牛さんにはどれがその装置なのかはさっぱりである。

 魔法と組み合わさっているせいか、もしかしたら元にいた世界よりも高い技術力があるのかもしれない。

 どこをどう見ても牛さんは人には見えないのに、英雄と見抜くシステムとはなんなんだろうか。

 

 そして、御二方、とはね。

 

「英雄・・・?なんの話だい?

古代遺跡は、今のあたしたちの言葉も理解できるのかい?」

「罠かもしれないが・・・。」

 警戒は緩めず、困惑する女性の二人。

 

「御二方・・・?

今、『御二方』と言ったよね?」

 辺りを見渡し、振り返るベルンハルト。

 牛さんとベルンハルトの目線がかち合う。途端、ベルンハルトがまさか、という表情を見せた。

 なるほど、やはり、そういうことなのか・・・。

 

「モニター室までご案内いたします。

残念ながら、セキュアの保証された通信にも時間制限がございます。

大変恐れ入りますが、急いでお越しくださいませ。」

 ポンという電子音と共に、ドアの上のランプに緑色に光る。こちらに来いということらしい。ご親切にどうもだが、こういう所はアナログらしい。

 

「どうやら、その落ち着いたその様子。

君も理解できているようだね。」

 皮肉っぽく苦笑しながら、こちらに日本語で語りかけてくるベルンハルト。

 

「いや、しかし、まさか『ポチ』とはね・・・。

演技は得意なつもりだけど、演技を見抜くのは苦手らしい。」

 観念したかのように首を振り、パチンと指を鳴らすと、緑の髪が一瞬で黒に変わる。その髪色も幻だったということか、瞳の色すら変わっている。

 

 うーん、牛さんは別に演技していたわけでなく、割と素ではあるんだけども。

 

「あんた、髪の色まで、今の言葉はいったい・・・?」

「ベルンハルト・・・?」

 なんでオーディン国の最重要人物がこんな危険なところにいるのか、正直に言うと呆れる気持ちもあるわけだが、自分も似たようなものか・・・。

 こちらも紙を取り出して応える。

 

『オーディン国の英雄の使者と思っていたけど、まさかご本人とはね。

お互い話したいことは山ほどあるだろうけど、まずはお誘いに行ってみようか?』

 さすがに子供の頃から慣れ親しんできた言葉だ。この世界の言葉より遥かに素早く、そして上手く書ける。

 文字を見て納得したかのように頷くベルンハルト。

 

「ああ・・・その文字も懐かしい、日本にいたことが遥か昔のような気持ちになるよ。君はどうだい?」

 敢えて日本語で語り、苦笑し続けるベルンハルト。お互い似たような気持ちなのだろうか。

 いや、ベルンハルトというのも偽名なのだろう。牛さんも鼻を鳴らす。

 

「ポチのその文字、英雄・・・あんたら、そういうことなのかい?」

「私を治したあの術・・・。」

 シャーニャさん達もなかなかに察しがいいようだ。話がわかるのは助かるよ、牛さんが話せないだけにね。

 

「さて、申し訳ないけど、僕らはリスクを承知でこの先に行かなくてはならないようだよ。

冒険者の君ら二人はどうするかは任せるけど、ポチ君、いや、同郷の英雄君、油断せず行こうか。」

 ベルンハルトは片手剣を鞘から抜き、松明を拾いあげると、廊下に向かって歩き始めた。

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だね。

何か世界でも救えるような、貴重な話しが聞けるといいんだけど。」

 

 ベルンハルトがこの世界の言葉で日本の諺を話すが、どこか奇妙な感じに聞こえる。

 ベルンハルトの後ろを牛さんが同行すると、意を決したのか、残りの二人も一緒に歩き始めた。

 

「馬鹿弟子のためさ・・・。あたしらしくないがね。」

「奇妙な運命だ。」

 うんうん、それでこそ冒険者だと思うよ。御守りいたしましょう。

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