新しい術の力で、森の中を機関車のごとく駆けめぐる。
この術凄いよぉ!強靭、疲れない、すぐ治るのキャッチコピーで大満足!
術の力を手に入れてから、術をいかにして使うのか実践をしていた。立派な『ぬえ』になるために色々頑張っている。
・・・いや立派な「ぬえ』よりも早く人間に戻りたいんだが。とにかく、色々実験をしていた。
まずは、妖を回復させながら戦闘する訓練。最終的には相手が逃げ出すことが多いが、今後、森の中の獣と戦う上で非常に役に立つ。
どういう行動をすれば噛まれるとか、妖術を使ってくるとか、首を狙ってくるとか、体力がどれくらいか、どれくらい攻撃すれば倒れるかなど、じっくりと時間をかけて覚えることができる。
大抵、トレーニング相手は肉食獣として俺を食べようとしてくる奴なので、正当防衛かつ、妖にとっても無傷で帰れるだけ幸せだと思うのだが・・・。弱い者イジメしている気分になって少し罪悪感がある。
とはいえ野生の妖も侮れない。今のところ出会っていないが、不定形で物理的に倒し辛い生物、幾万という数でゴリ押してくる生物、毒や幻覚を使う生物、魔力を奪ってくる生物など悪辣な妖は多い。
何がそこまで駆り立てるのか、この世界の自然界のパワーバランスは、強烈と激烈と猛烈で火花を散らしあって、酷いところで成り立っているようなものである。再生力お化けの牛さんでも油断はできない。
山などを登ると魔力が高まり、凶悪さが増すという。山のふもとであるここで、戦闘で妖との戦闘のコツを覚える必要がありそうだ。
一方、『他の獣を取り込む』『腕や足を変形させる』『触手をうねうねさせる』などの『ぬえ』の特殊な能力は使うことが出来なかった。触手などは、もしかしたら何かしら別生物を取り込んでいる可能性もあるか・・・?
触手生やしたら、やっぱり遠くのリモコンとか取るのに便利なんだろうか。テレビ無いけど。そもそも家がない・・・。
アレこれやってみたが、牛さんを辞めるのはまだ時間がかかりそうだ。牛さん辞めたらイケメンになりたいなぁ。
あとは、回復の限界が存在することがわかった。
まず、植物はダメだった。うねうね動くカラフルキノコも切ったら治らない。あれは怖かった。二度とやらない。
しかし、昆虫などは足を生やせたりした。
頑張れば、カブト牛とかクワガタ牛になれたりするかもしれない。ロマン溢れないので却下だが。
そして死んでからまだ経っていない動物の死骸などをいくつか試したが、傷が治らない、傷は治るが動かないなど、死んでしまってから時間が経つと蘇生は難しいようだ。おそらく脳がダメになっちゃうと、やはり蘇生は無理らしい。
まぁ、ゾンビのようになられても困るしなぁ・・・ただ、マジでゾンビ作れる英雄が今の代いるから恐ろしい。
ノベル通りだと即、最序盤に国を滅ぼされている。英雄が覚醒しきれば、兵を殺せば殺すほどゾンビになり、殺されれば殺されただけゾンビが増える。
バイオハザードってレベルじゃねぇぞ!下手すると世界の住人が全員ゾンビになるんじゃないか?
なおゾンビは子作りできないので詰みである。全てを呑み込まんとした『ぬえ』もびっくりなバッドエンドである。
さて、話を戻すが、尻尾の欠損した鼠を捕まえたので、回復魔法を使うと尻尾が生えた。
同じように片目に怪我を負った鹿を捕まえて、無理矢理治療してあげたところ、目が再び機能するようになった。
これは凄いことである。再生医療の革命やで!
ただし、結構な疲労感がある。
単に傷を癒やす以上に、精神的なナニカを失って疲れるようだ。なんと言えばいいのか、このフシギナチカラを吸われるぅーという感じ。ともかく消耗は強いと思ってくれれば良い。
さて、そんな風にいろいろ生命に対する、少々、マッドサイエンティスな実験を繰り返していたのだが・・・。
「グルルル・・・!」
走り回っていた俺に、黒い巨体がこちらを威嚇してきた。
立ち上がると、俺の身体より少し小さい程度の・・・ゴリラのような妖が待ち構えていた。
彼らのナワバリに侵入したのだろうか、気配はコイツだけではない。だが、他は手を出してくる様子はない。状況からするとコイツがリーダーだろうか。
恐らく、細かく分類すればゴリラではないだろうが、類人猿の一種のようだ。筋肉猛々しい腕、脚、そして闘志、相手にとって不足なし。
ククク、牛さんは絶好調なんだよ?ちょっと稽古に付き合わないか?
「ぶもぉぉ・・・!」
こちらも同じ調子で威嚇する。挨拶は大事。
霊長類最強は誰か教える時がきたようだ・・・よくよく考えると今、俺は霊長類ですらないかもしれない。心は霊長類だから気にするな。
「ウホォ!」
俺の丁寧なご挨拶に大興奮なボスゴリラ、その筋肉モリモリな巨体で加速しタックルをかます。だが、正面から受けて立つ!
「グルォ!」
「ぶもっ!」
がっしりと巨体と巨体がぶつかり合い、相撲をとるような形となった。だが、こちらは噛みつかれるのを防ぐため、肩でしっかりと相手の口をロックして塞いでいる。甘いな、タックルから噛みつきなんぞ野生動物の様式美さ、丸わかりだぜ。
ジリジリとゴリラの体勢を崩せつつある。ボスゴリラがこのままでは押されるのを察したか、こちらを突き放し、牽制にブンブンと滅茶苦茶に腕を振り回してくるので距離をとる。
野生動物というのは、とにかく素早い。
素早い上に、一撃一撃が人間の筋力の数倍なんだから油断できないのだ。ましてや妖として妖術で強化されている。今の無軌道な牽制も、人間だった頃の俺には恐ろしいスピードで、当たれば即死もあり得るだろう。
「グルルル・・・!」
「ぶもーっ・・・!」
お互い数歩の距離を保ちながらお互い睨み合い・・・。
「ウホォ!」
ボスゴリラが再び飛びかかる、今度は掴みかかってこようとする、だがぁ・・・隙だらけだ!
「ぶもっ!」
掴みかかりを外してボスゴリラがよろけたところに、素早く右フックを叩き込む。あまりの衝撃にゴリラが宙に浮き、拳の感覚に、顎骨が砕ける感覚が伝わる。しかし、その拳に回復魔法を仕込むことで・・・。
「グルォッ!?」
元通りである。鎮痛剤などは無いので、痛みだけが残る。お代はサービスだぜ。
さすがのボスゴリラも、地面に転がされ、劣勢だと言うのに自分の顎が無事なのを困惑しながら確認している。さて、なかなか良かったよ?もう1ラウンド行こうか?
その後、日が傾くまで二人(人なのか?)で殴り合っていた。
ボスゴリラも勝てないが傷もつかないと察したのか、フェイントやドロップキック、木登りからの空襲など、野生の技を惜しみなく次々と披露してくれた。
こちらも何発かもらった。噛みつきや引っ掻きは、やはり強力な武器だね。そして、とにかくスピード。俺は突然マッチョマンになったせいか、己の武器の全力を出しきれていないのだと実感した。
無限の回復という手段があるから大胆に立ち回れるのであって、術が無かったとしたら負ける可能性もあったかもしれない。
これを日暮れまで続けてくれたんだから、ナイスガッツである。逃げずに付き合ってくれたボスゴリラに感謝、感謝。
夕方になって、ボスゴリラが降参だと動きを止めると、観察していたゴリラ達が果物を木の枝で割って分けてくれた。お、たまに見かけたやつだけど、食えるんだねそれ。食料には困ってたからなぁ・・・。
んで、ボスゴリラがフレンドリーに毛繕いしてくれる。なかなか気持ちがいい。なんか仲間と認識されているらしい。何か馴染んでる気がするので、『ぬえ』の身体にはこのゴリラも取り込まれているのかもしれない。
そうこうしているうちに、夜を迎え、とりあえず群れと一緒に寝ることとした。複数人で眠る安心感はある。
ただ、文明から一歩遠のいた気がしてならない。野生に帰っている気が・・・。俺はいったいどこへ・・・?文字、覚える、巫女・・・?
朝を迎えて、群れと一緒に行動する。
ゴリラ達と行動している内にどの木にどんな果物があるか教えてくれる。彼らは森の中ならば、どこにどんなものがあるのか、完璧なくらい把握しているようだ。
他には、雨をどう凌ぐのか、外敵と出会った場合の集団での狩りの仕方、他の群れとどんな合図を取るのか、仕留めた獲物のどこを食べるのか、などゴリラとして生きる基本知識を教えてくれた。社会性も高く、俺が子供の親に木の実を渡すと、噛み砕いて子供に与えていた。
流石に生肉は遠慮したが、彼らは、どうやら骨の髄までぼりぼり食べるようだ。ワイルドだねぇ、あ、いらないよ、ほら俺は都会人だから。
日が傾くと件のボスゴリラが、『またやろうぜ』と合図してくるので、スパーリングという名のガチの殴り合いが始まる。
お互いに怪我をしないことを理解してか、目潰しとか急所付きなど、本気で狙ってくるようになった。なかなか訓練になる、素晴らしい。毎日死闘を繰り返してるのと同じであるし、ボスゴリラもより逞しくなることだろう。
そして、三日ほど彼らとお供して、ある晩のこと。
何か温かいものが触れたので目を覚ました。
目を開けると、メスゴリラが迫ってきていた。
興奮して鼻息の荒いメスゴリラが迫ってきていた。
がっしりとしたパワーで俺の頭を押さえつけ、俺にナニをしようと跨がっている・・・。
彼女の潤んだ瞳の中を覗くとハートマークが見えた気がした。メスゴリラの高まる鼓動が聞こえ、口付けを・・・。
「ぶもおおおお!ぶもおおおおお!」
払いのけて全力で逃げた。とにかく逃げた。自分でも何を叫んでいたのかわからない。とにかく叫びながら逃げた。
この世に生まれて初めてファーストキッスがメスゴリラである。惚れられた女の子がメスゴリラなのである。
泣きたい。おうちかえりたい。おうちにかえぅ・・・。
こうして俺は、また一つ大人の階段を登ったのであった。
そんな世にも恐ろしい恐怖体験をした次の日。
あてもなく彷徨う夜の森の中、松明と思しき灯りを発見した。
息を殺して近づく。久しく忘れかけていた文明的なものに、心から感動しているのが悲しい。危うく野生に還るところだったのかもしれない。
あのまま彼女を受け入れていたとしたら・・・寒気がした。
さて、近づいて様子をみると木の塀に囲われた砦のような場所である。多数の人の匂い、何かしらの煮込み料理の匂いに混じって、不快な腐臭も混ざる。
俺の野生の勘が、ただごとではないと告げているようだ。ゴリラのトラウマで一杯だった脳みそは急にフル回転し始める。
木陰から覗くと、粗末な格好をした、門番が二人。
音を立てないよう周囲を注意深く観察し、灯りの少ない塀を登り侵入する。3mほどの塀だが、俺にとって登れないほどではない高さだ。こんな所なので、主に獣避けを目的としたものかもしれない。
数件の木製の建物の真ん中に大きな鉄の檻があり、中には十数人の・・・ひどい状態だ。よく気にせず生活できるものだ。
男女関わらず折り重なって、下着のまま身ぐるみを剥がされ放置されている。血と腐臭の臭いが鼻につく。まだ『新しい』が、獣が寄り付くとか、考えないのだろうか。
壊れた馬車が置いてあり、横の檻には、子供が二人捕らわれているようだ。目視、匂いで確認したが、一人の体調が良くない。怪我を負っていて、ろくな手当ても受けていないようだ。
もう一人は声に出さないようさめざめと泣いているようで、「お父さん・・・お母さん・・・」と小さく呟いていた。恐らくは檻の中に・・・。
いつだって理不尽な暴力は弱者に向かうものだ。乱世ならば、こうした不幸は量産され続けるのだろう。たとえ、俺がこの二人を救ったとて・・・。
建物の一つに聞き耳をたててみる。
「けっ、奪えたのはこんだけか、しけてやがんな・・・」
「仕方ありやせん、何分、あんな小さな商隊じゃ、運ぶものもたかが知れているというもの。」
だいたい察しはついていたが、この前の山賊の皆さまだろう。まだ残っていたのか。
「それでこっちも数人やられてんだぜ?
ただでさえ数が減ってるのに、割りに合わねえよちくしょう!
デカイ山は渡れねぇし、クソッ!」
何か食器のようなものを投げたのか?何かが飛んでぶつかる音がした。それにこの声、あの時の頭領では?
ちょっと真莉さん、仕事してくださいよぉ。何逃してるんすか。
「とにかく、ガキも含めて奪ったものを街に流して、なんとか凌ぎやしょう。早くしないと怪我した餓鬼も死んじまいそうですぜ。」
「なら、いっそのこと殺しちまえ・・・!足もつくし、大した金にならんだろうが!」
「へ、へいっ!」
つまり、子供の安全も危険かもしれんと、つまり今夜中にケリをつけないとマズいってことだろうな。
助けたところでどこまでできるのか。子供の彼らに頼る先があればいいが。とはいえ、ここで俺がヤらねば、その頼るチャンスすらもないわけだ。
いや、頼る先がなくとも、まだ子供だ、生きる希望はまだあるはず。ほぼ指名手配犯の牛さんと違ってな。
アレ?どう考えても、俺が人のこと心配してる場合ではないな・・・。
ふーむわどうしてこうもトラブルが・・・ま、俺が無視してもいい山賊のアジトに乗り込んでいる時点でトラブルだな。飛んで火にいる夏の牛。まだ春っぽい気候なんだけども。
「ぶもーっ・・・。」
やれやれ、と首の骨を鳴らす。対人戦など知らないし、生兵法は大怪我の元。なんだけど、怪我をしてもすぐ治るし・・・今夜、ヤるしかない。クソったれめ!
というわけで、ちょっと荷物を取りに来たそこの君。
「誰だてめ・・・ウッ!」
誰かって?みんな大好き牛さんですぜ兄貴。
建物裏手から、出会い頭に会った山賊の頭部をグッとあり得ない角度までひねる。術を仕込んであるので、すぐ戻る。気絶した無傷の人間の出来上がりである。
「な、なんだ、どう・・・!」
建物の裏口から様子を見に来た山賊を素早く、顎が砕けるほどのアッパーを入れる。一緒に首もあり得ない角度におかしくなったが、すぐに術で戻す。しかし、派手に倒れたため、後ろにあった雑貨に当たり物音が周囲に響き渡ってしまったようだ。
「なんだ!どうした!」「敵襲か!?敵襲!」「食堂の裏だ!」
おいおい、物音だけで警戒とか訓練されてるな。足音からして、建物という建物から山賊がわらわらと出てくるのがわかる。数までは把握しきれんなこれは・・・。
今回は巫女のいない単独の対人戦であるが、さすがの牛さんでも囲んでボコボコにされるとまずい。夜という環境を利用して、確実に攻撃させてもらおう。一旦、塀を越えて逃走を計る。
「くそっ、二人やられた!」
「大丈夫か!起きろ!
・・・てんで起きやしねぇ。」
「逃げやがったか!まだ近くにいる、探せぇ!」
なかなかの巨体なので隠れるのが大変なんだが、暗闇のおかげかこちらの位置は把握されなかったらしい。人間の感覚の9割は視覚と言うしなぁ。
追ってくるなら、森の中に誘き寄せようと考えていたが・・・。
こちらには嗅覚と聴覚で位置がわかる。さながらレーダーのように、山賊の動きがわかるのだ。なので、砦の一団から離れたところにいる・・・コイツらがちょうどいいね。
「ぶもっ!」
「ぐあっ!」
一人に塀から飛び降りて上から足で首をひねる。ボスゴリラが得意としていた攻撃である。野生の力を味わえ!俺は野生のメスゴリラを味わいかけたんだからな!くそぉ!
「ぶもっもっ・・・。」
「ひっ!
てめっ、この前の・・・ッ!」
そのまま後ろの奴に素早く腹に一撃、その後頭をベチーンして回復。一丁上がり!
お?物音に気づいてオロオロと様子を見に来ているそこの君だよ、ちょっと気絶しようか?
「クソ!こっちもやらてる!」
「こっちも・・・うわぁぁぁ!」
こうして、囲まれそうになると逃走して、隠れたら奇襲を繰り返し、人が一人、また一人と消えていく。十数人はやっただろうか。相手からすれば、パニックホラー映画さながらの状況になりつつある。
「ひ、ひぃぃ助けてくれぇぇ!」
「お頭、このままじゃ全滅ですぜ!」
うーむ、山賊の頭領とは戦闘は避けてるんだよね。和香と互角でやり合うだけの能力があるのがわかっている以上、迂闊には手を出せない。他に囲まれつつ戦うなど、もっての他である。
「散らばるんじゃねえ!相手は一人だ!固まれ!真ん中の広場だ!」
ぐぬぬ、こちらを待ち伏せする形になったか。飛び道具持ちもいるかもしれんし、正面きっては戦いたくないところだ。
「クソ!なんなんだ・・・?
燃やさねぇなら巫女じゃねぇだろうし、『鎌鼬』ならとっくにバラバラになってるはずだしよぉ、野良の冒険者か何かかぁ!?正義の味方気取りか、えぇ!?」
悪の味方の頭領が叫ぶ。正義の味方ねぇ・・・俺が欲しいよ、牛に変えられた一般人をもとに戻してくれるようなヒーロー様が。
巫女さんがいれば固まったその範囲を焼き払えばいいので楽なんだが、飛び道具も特にないしなぁ・・・。
回復を使えないけど、そこにある手頃な大きさの樽でいいか。4斗(72ℓ)ぐらいかな。お、中身入りか。お酒かな?
「ぶっもっもっ。」
樽を掲げて賊達の前に現れる。ぐっ、顔を出した途端に矢が肩に刺さった、やるじゃない。だが、その程度では牛さんは倒せないよ?
「あいつはこの前の牛じゃねぇか!」
「あの樽、中身入ってるだろ!」
「や、やめろっ!」
やぁ、この一杯は俺の奢りだよ!
「ぶもーっ!」
樽をぶん投げた。よくよく考えると100kgぐらいあるんじゃないのこれ。悲鳴をあげている数人に命中して、樽がバラバラになったけど生きてるかな・・・?
樽を投げた後、死角から回り込んだ賊の頭領が、懐に潜り込もうとしているのを足音と匂いで察知した。
物陰から飛びかかるように繰り出してきた斧の連撃をかわす。相変わらず、デカい鎧なのに、いい動きしやがる!
「会いたかったぜぇ、牛野郎・・・!」
ギラギラと輝く奴の瞳には、燃える復讐心がありありと浮かんでいた。
「ぶももぅ!」
俺は会いたくなかったぜぇ!だから一発プレゼント!
ゴンッ!頭領の顔に一撃を差し込み、鈍い音がする。
にもかかわらず、手応えがなかったので、間合いをとると飛び跳ねて、後ろの屋根に登った。頭領も間髪おかず追ってくる。そう簡単に逃してくれないらしい、猿のように身軽な奴である。
「けっ!逃げるんじゃねぇよ、怖気ついたかぁ!?」
頭領が頬から流れる血を拭う。なるほど、他の賊なら意識が飛ぶどころか、治療がなければ即死もあり得る一撃だったんだが。
訓練した人間も頑丈になるんだなこの世界。賊だからと舐めていたようだ。コイツは獣以上に強い!
「喰らえっ!」
山賊が大きく振りかぶり、一撃を叩き込もうとしてくる。
妙に隙の大きい悠長な攻撃に違和感を感じるも、躊躇している暇はなかった。
頭領の顔にもう一撃を入れてトドメにしようと、こちらも間合いを一気につめたが・・・。
「ぶもっ!?」
ゴウン!という鈍い音と共に拳が『何か』に阻まれた。拳が砕けるような痛みが走る。これは、頭領の顔の前に透明な『何か』がある!
いや、まずいっ!斧をかわそうと身をよじるも・・・。
「もらったぁ!」
「ぶもぉっ・・・。」
肩に強烈な一撃をもらった。激痛。視界が白黒する。
見れば肩から血が噴水のように吹き出し、えぐれるほど斧が突き刺さっている。文字通り、血の気が引いていくのがわかる。
悪魔のような表情でほくそ笑む頭領。より傷口を広げようと力を込めてくる。
「へへへ、甘いぜぇ、獣の頭にゃ、『結界術』なんてわからないだろうからなぁ!」
結界術。かつての英雄の一人が使った、術の一つ。和香が体勢を崩されたのもこの術だろう。所詮、俺の戦闘力など付け焼き刃。やはり、こうなってしまったか、いや、わかっていた。だがなぁ・・・。
「残念だったなぁ、このまま一思いにトドメを・・・ん?」
俺は『ぬえ』なんだよ。血に飢えた化け物よ。
惜しいなぁ、生半可な獣なら、このまま終わりだったのかもしれないがなぁ?
「は、離せ、クソッ!」
血に濡れて滑りそうなる大斧の柄を、しっかりと両手で握る。
全身は黄金のオーラを放ち、肩の傷口は既に塞がり、出血は止まっている。
「ちくしょう、なぜ平気なんだよ!」
頭領が斧を動かそうと奮闘するも、ピクリとも動かない。『ぬえ』の真骨頂。これが国を壊滅させた力か、自分でも嫌になるな、これは。
「我慢比べか!?いいだろう、てめぇが死ぬまで付き合ってやらぁ!」
頭領が斧を掴んでいた片手を腰のナイフに素早く滑らせ、そのままこちらの首を刈ろうとする。流れるような一連の動き、相当に訓練されているのだろう。
そして、俺は抵抗もせず、首にナイフが刺さる。
「なぜ、死なねぇ・・・。」
今度は血すら出なかった。まるで、首にただナイフがめり込んだようになっている。月で照らされ、生々しく斧の返り血で光る頭領の顔が、目前の化け物の理不尽さに恐怖に染まる。
頭領が戸惑って、斧に込める力を緩める隙を逃さない。俺は頭領の腹に蹴りを叩き込もうとする。
「バレてんだよ!」
術の結界でガードされるが、そんなのこちらも最初から読めている。そのまま上半身をグッと乗り出し、山賊の頭部に狙いを定めた。
俺の血に燃える双眸と、怯える頭領の目線がかち合う。
「何を・・・ッ!」
はて、頭領はどんな表情をしていただろうか?
人の頭の味とは美味いものではないなぁ、鉄臭くて、しょっぱくて。
「・・・・・。」
頭領が俺の口を開こうと、斧を手放して必死にもがこうとするが、遅かったようだ。
べきっ、と頭蓋骨が砕ける音が口の中で響いた。
ああ、この不味いのは俺の返り血の味かと気づいた時には、頭領の身体から力が抜けていた。
生きているのか知らないが、とりあえず頭領を治癒して、とりあえずその辺の地面に放り投げる。ぺっ、ぺっ。風呂入ってない野郎の頭部をもぐもぐさせるなんて、どんな拷問だよ。
斧や矢で傷ついた身体を回復させながら周囲を見渡すと、残りの賊は砦から逃走していたようだ。虫の声しかしない、静かなものだ。
この真っ暗で危険な森の中、どこへ行くんだろうな?彼らの運命は森だけが知っている。
まずは、負傷した子供の檻の前まで来た。子供は眠っている、いや、怪我のせいで起きられないのか?
「や、やめて食べないで!お願い!」
さっきまで泣いていたもう一人の子が必死にこちらを呼び止め、ガシャガシャと檻を鳴らす。
「ぶもー・・・。」
もしかしたら弱った子のため、怪物の注意を引きつけているのか。勇敢な行為なのかもしれんがな!無視だ無視!顔が悪いよこの牛顔が!
「ぶもうっ!」
「そんな・・・やめて!」
鍵が見つからなかったため、檻をこじ開けた。お隣の子供にはさぞ猟奇的に見えることだろうよ。
そっと抱えて、外傷を確認する。全身打撲に、顔をざっくり刃物でやられたか・・・エグいことするもんだね。そのまま回復魔法をかける。
戦闘もあり疲労が蓄積してきているが、一通りかけ終わると顔色もよくなった。少し熱もあったがひいたようだ。寝息も静か。傷跡も残らないだろう。
牛の額の冷や汗を拭う。これで牛顔じゃなければ、聖人になれたぜ。
「すごい!治したの!?」
「ぶもっ。」
ああそうだよと、ぶっきらぼうに頷き肯定する。さて、お片付けか。あと、お前は出してやらん。
意地悪というより、万が一山賊が目を覚まして暴れた場合に人質にされたりすると危険なのと、こちらを信用してない以上、森の中に逃げ出す可能性が怖かったからだが。まぁ、治療して見せたから多少は信用してるとは思うが・・・。
「どうして、檻の中から死んだ人を出してるの・・・?」
「ぶももも・・・。」
大きな檻には鍵はかかっていなかった。
一人一人丁寧に抱えて、優しく地面に並べていく。仮死状態の人がいるなら治療できないか、と思ったがダメだった。しっかりと、どの遺体にも二度と起き上がらないように、致命傷を与えられていた。あの頭領らしい、抜け目ないやり口である。
恐らく行商の罪もなかった人たちだろう。老若男女、様々な遺体だ・・・。全部で十五人。檻の中の子が泣きながら、その中の二人の遺体を見つめている。
「あ、山賊を檻に閉じ込めるんだね。」
「ぶももっ。」
そして空になった檻に、気絶した山賊どもを雑に放りこんで行く。やれやれ、夜中に重労働だぜ。
後で頭領には例の巫女にかけられていた枷をしておかないといけないため、外に放り出しておいた。応急処置として、縄で力に任せて簀巻きにしておいた。なかなか時間がかかったが・・・。
さて、他は放りこんだはいいが、鍵がないので辺りを見渡す。逃げた賊が持ってったとかだと、ちょっと困るのだが。あちこち探してみるが、見つからない。
「鍵を探してるの?鍵のありかを知ってるからここから出してよ。」
「ぶもーっ?」
む、まぁ、山賊を無力化できるなら出しても大丈夫だな。
とりあえず、元気そうな子供の檻もこじ開ける。子供が隙を見て逃げないか警戒していたが、子供は建物の壁にかけられていた鍵をとり、檻に鍵をかけた。
「連雀(れんじゃく)商人の僕は六助。あの子は友達の松太郎。助けてくれてありがとう、名前はなんで言うの?」
「ぶももも。」
「・・・?じゃあ、『ぶもさん』でいい?」
とりあえず頷く。今日から俺はぶもさんだ!
「う・・・あ・・・。」
傷を負っていた松太郎が目を覚ましたようだ。調子はどうかね?
「ひっ!化け物!」
「あ、待って大丈夫だから、この『ぶもさん』は僕らを助けてくれたんだ!」
「ぶもー。」
驚いた松太郎をなだめる六助。俺は両手をあげて敵意はないですよー的なポーズを取る。ここでも通用するのかね?
「傷だってぶもさんが治したんだよ!」
そうだ!そうだ!地味に危なかったんだぞ!
「ホントかよ?
でも確かに大人しいし、よく見るとマヌケそうな牛だな。」
松太郎は呆れたようにこっちを見る。軽口を叩けるくらい元気そうで何よりだよ。牛さんのガラスのハートにヒビが入るくらいには効くね。
「いや、命の恩人なんだって。」
「ぶもぅ・・・!」
少し六助も笑っている。悪かったな、好きでこの顔になったわけじゃないやい!
「そうだ!父さん、母さん!」
松太郎が辺りを見渡し、遺体の並べられた中に駆け寄り、二人の男女を見つける。それは子供にはあまりにも残酷かもしれない。しかし、隠すこともできない。乗り越えてもらわんとな・・・。
「そんな、みんな、嘘だ、嘘だろ・・・!」
「生き残ったのは、僕らだけなんだ・・・。」
「嘘だ、みんな最強だって言っていたのに、こんな・・・!
こんな、ことって・・・!」
涙をこぼし嗚咽する二人の肩に手を置き、静かに死者達の冥福を祈る。
しばらく、無言で見守った後、俺は建物の裏手で見つけたシャベルを持ってきて、おもむろに穴を掘り始めた。
「お墓を作っているの?」
「お前・・・。」
無言で頷く。人が一人入れるくらいの穴を作ると、遺体の中から一人選んで埋めていく。山賊の砦なんかに埋まりたくないかもしれんが、子連れでこの人数を森から街へ運ぶのは、さすがに問題が多すぎる。せめてここで、粗末なものだが弔わせてもらおう。
ひたすら無言で作業を続けていると、二人が木片に炭で文字の書かれた札を持ってきた。墓標ということだろう。
葬式とは死者のためだけではなく、生きている者のためにもある。死者に別れを言い、式を上げた者がいなくなった明日の世界を、受け入れて生きるための準備でもあるのだ。
願わくば、少年達の行末に幸多からんことを。
「ぶもさん、これ食べる?」
「ほら、お前も腹減っただろう?」
ひとしきり全員分の墓を作り終わると、二人は山賊が食べていた鍋を持ってきてくれた。そういえば飯時に乗り込んだんだったと思い返す。
まだ少し暖かいスープを箸を受け取って受け取って飲む。
「ぶもーーーーっ・・・!」
文明の味がする、というか久しぶりに塩気があるものを食べた。決めた、やっぱり牛さん文明に帰る!いや、ホントこれまでの食生活は辛かった。食べ物が不味いと心まで荒むね。
牛さんが美味しそうに食べるのを見て、二人がにやけている。少しは打ち解けられたかもしれないな。
「ぶもっ?」
げっ、このカラフルキノコ、煮れば食べれるのかよ、毒じゃないかこの鍋。
一瞬、箸の中で動いた気がした。あのウネウネの気持ち悪さは、筆舌にしがたい。
「お、踊り茸じゃん、賊のくせして高級なもの食ってんな?」
高級食材だったのかよ!絶対毒だと思ってたわ!
「ほんと、悔しいけど美味しいや。僕らの物資も使われてるんだろうね・・・。」
うん?馬車があって馬がいないってことは、もしかしてこの肉はそういうことか・・・。なむなむ、美味しくいただきましょう。
「使えるものは持ってきたけど、これからどうする?」
「うーん・・・街に行けば、おじさんの店があるけど・・・。」
墓を作ってるうちに家捜しをしていたらしい、なかなか逞しいな少年達も。
森を抜けるまでは俺も手伝えるが、それ以降どうするかは少年達次第だが・・・ん?
「ぶもっ?」
ふいに、かぎ覚えのある匂いが鼻に入り、立ち上がって周囲を見渡した。しかし、こんな夜分にこの匂い・・・?
それに、なんだこの悪寒のする嫌な予感は、『今すぐ逃げろ』?
「ぶもさん?」
「どうした?急に立ち上がって?」
この甘いお香の香りは・・・和香?
急に明るくなったと思うと、砦を囲む塀が真っ赤な炎に包まれた。砦は炎の壁に囲まれ、逃げることはできなくなる。
少年達が一瞬で変貌した光景に、呆気にとられている。
違うな、彼女はこんな大人びた匂いじゃなかったはずだ。しかし、だとしたら・・・?
「今宵は良い晩じゃな。」
砦の門が爆発で吹き飛んだ。爆炎の中からゆっくりと人影が歩いてくる。
盗賊達を放りこんでいた檻の中が一瞬で火を吹き、中の人だったモノを炭に変える。門や檻から出た炎は彼女の周りで竜の形を取る。まるで炎を纏うように、悠々と歩き、微笑む彼女。
まるで、降り頻る火の粉が、花びらのように。しかし、それは生きとし生けるもの全てを焼き尽くす獄炎の一鱗。
「貴様のような妖が消し炭になるには、良すぎるくらいに。」
その微笑みとは裏腹に、瞳の奥には狂気じみた殺意を持って。
お前は『天野桜』・・・!