『天野桜』
ノベルの英雄を除外した人物の中でも、屈指の強さを誇る。
ラスボス勢力の妖に埋めつくされた大地を焼き払い、巨獣と一対一で死闘を繰り広げ、その実力で生き残った剛の者。
終盤は『英雄に匹敵する』とまで評された、大巫女。炎のように苛烈な、誰よりも熱い心を持つ女性。家族想いだが、同時に家族を騒乱の中で失っていく悲しみに耐え続けた。芯の強い女性である。
父が『鎌鼬』の頭領で、ノベルでは『ぬえ』に呑み込まれていたはず。相性が悪かったんだよな・・・。
そして、胸囲的な戦闘力も大巫女である。ちなみにヒロインレースに負けてました。うん、完璧超人だけど恋愛弱者なんですよ。
一生懸命にアタックして、むしろカウンター食らって玉砕するタイプ。
「どうした?早く本性を見せたらどうだ?
妹を誑かした罪は重いぞ?」
あかんやつや、これ。絶対ヤる気マンマンですわ。
和香と同じ軽鎧が炎に照らされて、鈍い輝きを放つ。
臨戦体制もとらず、ゆっくりと歩いてくるが、その威圧感は和香ちゃんの比ではない。一分の隙も見当たらない。
暴れる炎が建物に燃え移る。炎に照らされる彼女は、俺にとっては死神のように見える。手を出したら『殺される』。少しでも動けば、何らかの形で死を迎える予感がする。
全身の毛が逆立ち、逃げろ逃げろと警告してくる。しかし、逃げ場などあるのだろうか。
だが、俺はここで『終わり』かもしれないが、少なくとも子供達は関係ないはずだ・・・。
「待って、待ってください、『火産霊』の巫女様!」
六助が恐怖で乾いた声を絞り出す。巫女の歩みが止まる。明らかに殺すつもりなのに、微笑みを崩さないのが恐怖でしかない。
「彼は山賊の砦を襲撃し、僕らを救出してくれました!
僕らの仲間の商人も、弔ってくれました!
彼は善悪の区別のつく大人しい獣です!」
果たして、彼らの説得が通じる相手だろうか。
彼らを庇うように、一歩前に出る。足がガクガク震える。はは、あの鍋美味かったな、最後にもっと食っときゃ良かった。
「ほう、多少の悪知恵がついたようだな、小賢しい。
後で、眷属にするなり、喰らうなどとして好きにするつもりだったのだろう?
見てたぞ、山賊を喰らおうとするところを。」
必死の説得を鼻で笑い、薙刀を優美にゆったりと構える桜。
「あれが貴様の本性だろう?」
「ぶももぅ・・・。」
一応首を横に振るが、いや、あの、不味そうに吐き出したところも評価して欲しいんだけど。どうしてこうなった。
「待ってくれ、彼は俺の傷を治してくれたんだ!
悪い奴なんかじゃない!」
松太郎が前に出て、声を張り上げて説得する。
「傷を・・・治した?」
野生の勘が告げる。狙いは俺じゃない。
「ぶもぅ!」
子供二人を抱えこみ、全力で横に飛んだ。
俺らのいた場所に、天まで登りそうな火竜が立ち昇る。
マズいな、子供は巻き込みたくなかったが。彼女は子供も消し炭にするつもりらしい。
ノベルの知識なんぞ当てにならないな、こういうことをするキャラじゃなかったはずだが。
「そんな童すら眷属としたか!まさか和香も・・・!?
おのれ、欲望のまま人を喰らい、弄び、国を蝕む邪悪な悪鬼め!
焔の国の獄炎が成敗してくれる!」
桜の顔から微笑みが消え、深い義憤に鬼のような形相へと変わる。
あらら、もうこうなると説得なんて無理だね。
とにかくこの少年二人は逃してやらねばならないな。
最悪、この国から逃げられればなんとかなるだろう。
「そ、そんな!『けんぞく』ってなんだよ!」
「ぶもさん、逃げよう!」
桜の目が完璧に据わっている。あれか、例の『予言』を完璧に信じ込んではまり込んでいるパターンか、これは。
そういうとこだぞ、恋愛レースに負けるヒロインさん。
「ぶっもっ、ぶもっ!」
厄介・・・だな!
床に落ちていた鉄鍋を、足の骨にヒビが入るくらい思い切り蹴飛ばし、美人巫女の頭にシュート!弾丸のごとく発射される鉄鍋に追随するように走る。
牛さん、突貫します!
「甘い!」
桜は風の術を使って鉄鍋の軌道をずらしつつ身を屈んで回避し、薙刀を構えて俺の突撃にカウンターの構えに出る。
そこだ、もらったぁ!
「ほう!?この期に及んで逃げるのか!」
はっ、攻撃なんかするかよ!高速で巫女の上を飛び越す。
とっさに追撃として放たれる火の玉を、ゴリラ仕込みのフェイントでかわし、全速力で突っ走る。
ありがとうボスゴリラ!二度と会いたくないよメスゴリラ!
「え、え、火に突っ込むの!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!?」
「ぶもおおおおおお!」
そのまま桜の入ってきた門に突っ込む。当然、周囲と比べて一際燃え盛っている。覚悟を決めろ少年ども!他に道はねぇ!
刹那、全身が炎に包まれるも、少年達に回復術を全力で発動し、息を止めて走る速度を一切落とさない。
一度やってるからわかるのさ、こういう時は度胸が物を言うんだぜ!飛んで火にいる夏の牛!
全身が炎に包まれながらも、炎の中を突破する。森の中を少年達と火だるまになりつつも、回復術を緩めずひたすら突っ走る。
「ぶももぅ!」
「けほっ、喉が・・・!」
「生きてるのかよ俺ら・・・!」
生い茂る草木を突破するうちに、夜露に濡れてきたおかげで鎮火した。無茶苦茶な賭けであった。
回復術が効いてきた両脇の少年達の無事を確認するも、走る速度は緩めない。森の中を全速力で駆ける。
両手に少年達を抱える以上、木には登れない。ひたすら機関車のごとく、道なき森を突き進む。
少年達の顔に草木が当たって辛そうだが、気にしている余裕はない。でぇじょぶだ、どうせすぐ治る!
「ぶもさん、後ろ!」
「なんなんだよ、あの巫女・・・!」
何かが破裂するような音とともに、後ろから例の匂いが高速で接近してくる!ちくしょう、やはりか!
「私の炎を突っ切るとはな!しかし・・・逃さん!」
桜が木々の間を凄まじい速さで飛んで来ていた。風術で自分を吹っ飛ばしながら、木から木へと移動しているのである。
こちらも元々の筋肉に術を全開にして相当な速度が出ているはずなのに、追いつかれようとしている。
『鎌鼬』が風の術を補助に素早く移動することはあるが、彼女の場合、速度が生身の人間はケチャップになってそうな殺人的な加速である。
それを障害物だらけの森で追いついて来るとか、頭おかしいとしか言えない。
「はぁぁぁ!」
「また攻撃してくるぞ、避けろ!」
桜はがむしゃらに加速してこちらに追い付きながら、無理矢理にでも炎の竜を操ってこちらに当てようとして来る。
美人さんの顔が枝に引っ掛かったのか血だらけだぜ。その黒い瞳には狂気の光が浮かんでらっしゃる。ホラー映画のよう。
ありゃ、いつものお香の匂いに混じる血の匂いからして、もしかしたら全身もヤバいことになってんな。
「ぶもさん、左だ!」
「ぶもぉっ!」
周囲の木々を遮蔽物にして、迫り来る炎の直撃を避ける。無茶苦茶な移動方法なだけあって、狙いは正確ではないようだ。
「次は右だぜ!」
「ぶももぉっ!」
俺が炎を避けるたびに、森に次々と炎がついて行く。山火事なんてものは気にしていないらしい。森は大切な資源だよ?
「どうした!どうした!どうしたァ!
逃げるだけしか能がないのか化け物め!」
ショットガンのように放たれる火球の乱撃を、木々に三角跳びをしてかわしていく。
「ぶもっ・・・!?」
「ぶもさん!?」
しかし、一発が命中して左の肩が焼けた。すぐ鎮火して致命傷にはならんが、相手もこちらの動きに慣れて来やがったな?
いや、こっちは燃料切れが近い。術の力が弱まって来ていて、動きが鈍ってきているのもあるか。流石に連戦で、息が切れ始めてきている。
一方、桜はあれだけ暴れておいて、未だに疲労の色は見せない。どっちが化け物だよ!
だがこちらも、桜の『軌道』はだいたい理解できた・・・!
「ぶもぉっ!」
「そこか!」
不意に立ち止まり、足元の岩を思い切り蹴飛ばす。
ここぞとばかりに炎の竜が呑み込もうと飛んでくるが、兎耳の先端が焦げる程度で済んだ。
「どこを狙っ・・・はっ!」
桜の着地点にある細い木が、蹴った岩に当たって折れていた。
「あぁぁぁぁ!?」
こちらを燃やそうと狙っていたこともあり、着地点を見失った彼女は、そのまま衝突事故を起こしたようだ。
少々情け無い、素っ頓狂な声を上げながら、別の木々に衝突。木々がニ、三本は倒れた音が森に響き渡る。
「やった!」
「やるじゃねぇか!」
その後、森は虫の音も聞こえないくらい静かになった。
この世界の鍛えられた人達は頑丈なので、大丈夫だとは思うが・・・。
いや、足止め程度の軽い気持ちで岩を蹴ってみたが、まさかここまでの結果になるとは。牛さんもびっくりである。
とにかく、少年達の安全のため走り始める。
山賊だけあって、人々を襲いやすい位置に拠点を構えていたようだ。この速度で行けばあと少しで村である。
「逃さん・・・逃さんぞ!」
彼女の叫び声をちょっと焦げた兎耳が捉える。
それでも、諦めないのか・・・風を起こして此方の方向に、向かって来るようだ。しかし、まだ暗い夜の森。既にこちらを見失っているはず。
順当に行けば、このまま逃げ切れるはずである。
撤退して出直したらどうなんだ?彼女の身体が心配になってくる。
「父上、私は・・・私はぁぁぁぁぁ!!!」
何か叫んでいるようだ。
なんだ、俺でもわかるぞ、コレが魔力の奔流というヤツか!なんかもの凄い嫌な予感がする・・・!
「ぶもさん!後ろ!」
「ヤバいぞ、なんだありゃぁ!」
『獄炎の桜』の奥義。ノベル終盤で披露したその技は、地面を覆い尽くす妖の群れを一瞬で炭に変えたという。押し寄せる炎の波は、焔の国に伝わる風と炎の術の結晶とも言える。
それは英雄の力に並ぶと評されるほどである。
全てを呑み込む炎の海、『炎獄之大赤海』と呼ばれた。
「ぶももももも!?」
地の底から鳴り響くようや轟音と共に、迫り来る炎の巨大な壁。んなもん、こんなところで使うなよ!
村に近いってことは確か・・・あの方向に向かえれば!
フルスロットル!面舵いっぱい!
「うわぁぁぁ!呑み込まれる!」
「ぶもさん、急いで!」
間に合え、間に合え、間に合えぇぇ!
「ぶもおおおお!」
無我夢中で走り、身体に残る力を振り絞りながら叫ぶ。せせらぎの音が聞こえると、全力でジャンプして川に飛び込んだ。
「ぷはぁ!」
「た、助かった・・・。」
「ぶもぅ!」
できる限り川に潜ってから水面から顔を出すと、炎の壁は通り過ぎていったようだ。
炎の速度が速かったためか、それとも術が不完全だったのか、表面を炙られた程度で、意外にも森はそこまで燃えてはいなかった。
木々は、炎の壁が来た方向だけ炭になるほど焦げてはいるが、ところどころ、枝の節々がパチパチと火がついている程度である。
最近雨が降ったばかりだし、湿気も高かったのもあるかもしれない。とにかく幸運だった。
「いや、危なかったな、死んだかと思ったぜ。」
「巫女って、あんなことまでできるんだね。」
再び急に燃え出す可能性や、煙は油断できない。とはいえ、逃げる分には問題なさそうだ。
「ぶもっ!」
川に浮かんでいた少年達を捕まえて、再び脇に抱える。セット完了。
ずっと抱えられていたせいなのか、彼らも抱えられることに抵抗を感じなくなっているらしい。
いい子達だ。俺は再び森の中へ走り始める。
「ちょっ、ぶもさん逆!」
「そっちは炎が来た方向だろ!」
少年達がちょっともがくが、疲れているとはいえ、牛さんの筋肉には到底及ばない。
悪いね、一連托生というやつだ。危なくなったらすぐ逃げるさ。
だが、もしもだ。もし火事が起こって逃げ切ったとして、忘れ物を取りに逃げたところに戻るなんてことは、絶対にしちゃだめだぜ!牛さんとの約束だ!
煙と炎で感覚が狂いそうになるも、いつもの春のような甘いお香の香りから位置を特定することができた。
叫んで追ってくるようなら、ほっといて逃げようとは思っていたのだが・・・。
他と比べるとひどく燃えている木々の中に、案の定、倒れている桜を見つけた。息はあるようなのでホッとする。
あれだけ暴れておいて、英雄に匹敵する火力を出すなんてすれば、こうなると思っていた。
やっぱり、このまま放置するのはマズい状況だったようだ。ゲホッ、煙も酷い、ゆっくりはしていられないな。
まったく、世話の焼ける姉妹だよ・・・。姉妹揃って殺そうとしてきたな。血は争えないね、けっ。
「ぐ、うぅ・・・!」
「ゲホッ、ゲホッ・・・殺そうとしてきた巫女だ!」
「気絶しているみたいだね、術を使いすぎたんだと思う。」
近づいてみると、六助の言う通り、たろ坊の時のように術を使いすぎて意識を混濁させているらしい。身体へのダメージも関係しているだろう。
「父上ぇ、和香・・・。」
うわ言を呟く桜に、少年達を下ろして身体に触れてみる。
これは、全身傷だらけで、至る所の骨が折れている・・・これで追って来ていたとか、凄まじい執念だ。
医学の覚えはないが、素人判断でも手当てしなければ助からないだろう。
いやはや、ここまでになっても、あの術を使えるとは。
ノベルの最終盤を運ではなく実力で生き残った実力は伊達ではないなぁ。正面から戦っていたら、もしかしなくとも、消し炭となっていただろう。
「わたしが、わたしがやらなければ・・・。」
夢の中ではまだ戦うつもりらしい。それでも、村も近いのに大技を使うとか、勘弁していただきたいもんだよ。
「トドメを刺しに来たのか?」
「たぶん助けに来たんじゃないかな・・・?」
回復術を腕に展開しつつ、お姫様抱っこをする。
ちょっと、いや、だいぶ疲れたな。
少年達が追いつけるように先導しつつ、山火事になりつつある森を抜けるために走りだす。
「大丈夫か?疲れてんのか?」
「僕たちを抱えて、ずっとあれだけ走れば無理もないよ・・・。」
桜は重症なだけあって、術への負荷が大きい。だが、それだけ危険な状態ということなので、手を抜かず治療する。
「ぶも・・・。」
うまく声が出ない。目眩がして、嫌な汗が吹き出しつつある。少々、足取りが覚束ないが、なんとか、少年を誘導するくらいなら、できそうだな。
ああ、ブラック企業で、徹夜で身を粉にするのと比べれば・・・。ははは、異世界でもやってることは変わらないのか。
無心で走り続け、耳鳴りがし、ついてきている少年達の声も遠くなってくる。既に何を言っているのか聞こえていない。いや、耳が聴こえているのか怪しい。自分の呼吸音しかしない。
火の気配から離れて、水の匂いを感じ、川辺に巫女を下ろし休もうとすると、バランスを崩し、そのまま意識を手放した。
「離せ!離せーっ!」
喧しい女性の声で目を覚ました。ぐ、最悪のアラームだ。うるせぇ。
「ぶもっ・・・!」
「お、お前も起きたか。」
「おはよう、ぶもさん。もうお昼だけど。」
慌てて周囲を見渡すと、少年達がいたので安心する。火もなく、無事のようだ。なんとか山火事から逃げられたらしい。
石だらけのところで寝ていたせいもあり、身体が疲労で凄まじく重いが、なんとか上半身を起こす。
「『火産霊』の大巫女なんだぞ!
枷なんぞ付けて、どうなるのかわかってるのかー!
誰かー!助けてくれー!」
桜は手を後ろに回され、両手両足に山賊の使っていた枷をしている。そして、海老のようにびったんびったん跳ねている。
鎧があるとはいえ、河原の岩の上で痛くないのだろうか・・・。
なんにせよ、元気そうでなによりである。
「へへ、この術封じの枷って、意外と高く売れるんだ。」
どうやら、いつの間にか松太郎が枷を持ってきていたらしい。鞄の中からじゃらじゃらと枷を取り出して見せる。
「持ってきたのはいいアイデアだったね。まさか役に立つとは思ってなかったけど。」
逞しいなぁ、この世界の子供達。俺なんか鼻垂れ小僧だった時期じゃないか?
「牛さん、無事で良かったよぉ!」
「ぶもっ?」
ん、あれ?覚えのある匂いだと思ったら、たろ坊が抱きついてくる。
もっふもふにしてやろう。しかし、どうしてこんな所に?
「村の近くで火が上がって、牛さんの気配がするから見に来たんだよ!
そしたら牛さんが倒れててびっくりしたよ!」
「ぶもぶも。」
たろ坊の頭を撫でる。ほんと、どうやってるんだろう、その気配の察知とか。こっちもびっくりだよ。
「おかげで飯にありつけたけどな。お前にも友達がいるんだな?」
「おにぎりごちそうさまです。ご恩は忘れません。」
六助がぺこりと頭を下げる。この年でさすが商人なんだが、松太郎はなんなんだろうか・・・。
「ううん、もともと牛さんのご飯だったし。
はい、減っちゃったけど、おにぎり!」
「ぶもおおお!」
うおおおおお!飯だああああ!
「ぶもっ・・・?」
いやなんで、おにぎりで興奮するんだろうな、と口に放り込む。
具のない雑穀混じりだが、ほんのり塩気が効いていて素朴な味わいである。疲れた身体に身に染みる。
「んで、どうするんだこの巫女。
このまま解放すりゃ、俺たち全員縛り首だろ?」
「ぶもー・・・。」
ほんと、どうしたものか。俺は大して変わらんとは思うけど、少年達の安全は確保したいところではある。
牛の顎を撫でながら桜を眺める。こうして見ると、怒った表情などは和香の面影を感じる。和香より凛々しく、ハッキリとした顔立ちであり、独特の目力がある。
そして、一番、似ても似つかないのは、その胸囲よな。ふむふむ。
「はっ・・・傷が治っている?」
「ぶも?」
桜が何かに気づいたらしい。この世の終わりのような絶望の顔をしているが、どうかしたのだろうか。
「お前、私を眷属にしたなぁ!」
どうかしているらしい。
俺はノベルを知ってるから、『予言』と合わせてそうなる思考は理解できるけど、もうちょっとなんとかならないのか。
「さっきから『けんぞく』ってなんなんだろうな?
俺も『けんぞく』だーっとか言って殺しに来たしよぉ。」
「親戚とか、家来って意味だけど・・・。」
「んー?僕は家来じゃないよ、友達だよ?」
少年達が、呆れとも哀れみとも取れる表情で巫女を見つめている。
「ううう・・・私はここまで・・・何のための努力だったのだ・・・!」
ぽろぽろと涙をこぼし始める桜。一人で盛り上がってますな。
「殺せ!お前の眷属になって家族を苦しめるくらいなら、殺せぇ!」
いやいや、敵意はないよと手を挙げてジェスチャーするも、伝わっている気がしない。『くっ殺』なんてシチュ、マジであるとは思わんかったよ!
見ての通り桜って、ノベルでも激情家だった。
主人公と殺し合い、強い男が好きってことで気に入って、猛アタックをかけていた。蛮族の方ですか?
「ま、待てって!だからその『けんぞく』ってなんなんだよ!」
「詳しくお聞かせ願いませんか?誤解が解けるかもしれません。」
悔しそうに少年二人を見遣る巫女。
『眷属』に『眷属』が何かなど話してもどうしようもない、と言いたいのだろうが・・・。
「・・・。
そこの怪物が治療するのは、己が種を植えた眷属だけだ。
傷が早く治ると思った隣人が、実はコイツの眷属だった、ということもある。わかっていることだろう?」
観念したのか、ポツポツと話し始める。ん、俺の知識とは食い違うな。
治療するのは眷属のみというのはわかるが、種を植えられると、大抵は理性がなくなって人の生活は無理になる。そういうことは起こらないはずだが。
『予言』か、俺のノベルの知識もそうだし、当てにならないのかもしれないな・・・。
「でも僕も、牛さんと同じ術が使えるよ?」
たろ坊が黄金のオーラを手に宿す。優しく桜の胸の辺りに触れた。
ほう、本人は気づける年齢ではないだろうが、役得である。いつかその意味が分かるといいな!
「コイツと同じ術だと!さ、触るな・・・・!」
さっきから跳ねていたせいで、痛んでいるであろう胸を治療しているようだ。俺は黙って腕を組んで見ている。福眼、福眼。
松太郎がニヤついている。ほう、お前もおっぱい星人か!?
「ね?巫女さんじゃなくても、誰でも怪我をしたなら治療できるよ?
牛さんに教えてもらったの。他の人に見せてほしいなら、見せてあげるよ?」
「あの化け物から術を習った・・・?」
たろ坊が治療を終えて、諭すように桜を説得する。
桜はかなり驚いたようである。英雄以外から新たな術の発露というのは、この世界では初めての発見の可能性すらあるよな。
「すげー・・・俺も使えるようになれば、金に困らなさそうだぜ。」
「ぶもさんの妖術かと思ったけど、たろ坊君が使えるなら正式な術なのかな。
妖術は人には扱えないはず。
いやでも、こんな便利な術なら聞いたことあるはず・・・?」
やはりこの世界の住人である六助も、俺とだいたい似た考えになるのか。不思議な現象だよな。
一応、俺も全身に術・・・あるいは妖術のオーラを見せてみる。
恐らく、こちらを追跡している間に認識しているとは思うが。何も言わず、桜はこちらの様子を伺っている。
「『けんぞく』とやらにしなくても、治療できるってこった。
俺への疑いは晴れたな。というか『けんぞく』の何が悪いんだ?」
松太郎が肩をすくめる。
ふーむ、いつか俺も『眷属』を作れるようになるのか?
出来たとして、野の妖なりモンスターを手懐けるくらいで、人で作る気は無いが。
「『眷属』が何を意味するか分かりませんが、少なくとも、僕らは治療されただけで、他に彼に何かされた覚えはありません。
僕が言っても信用が無いのかもしれませんが。
それは、巫女様も同じことではないでしょうか?何か前と変わったところはありますか?」
桜は何か考えているようだが、思い返したように口を開いた。
「賊とはいえ、人を喰らっただろう?それはどう弁明する?」
ああそれ・・・遠くから見るとそう見えるって話なんだろうな。ここは一つ一つ、牛さんの真実を証明するためパフォーマンスを見せるしかない。
ファイティングポーズを取り闘う様子を見せた後、噛み付くジェスチャーをし、その後、不味そうに吐き出すジェスチャーをしてみる。
「ぶももっ!?」
これで、どうだ!?
「上手いよ、牛さん!」
たろ坊が謎の拍手をする。上手いってなんだよ。君、実は天然だな?
「え、えっと、つまり戦ってる途中で噛み付いて、不味くて吐き出したということで良いんだよね?
そもそも、山賊は巫女様が焼く前まで全員生きていました。『喰い殺した』とは考えにくいと思います。」
「人を喰うんだったら、俺らの部隊の死体も埋葬せずに食ってただろ・・・。」
桜は少年達の説得を受けて・・・。
「ふふっ・・・。
確かに、そうだな、ははは。」
何か吹っ切れたように笑い始める。どこか乾いた、諦めたような笑いではあるが。
「そもそも、私が眷属になっていたら既に手遅れなのだ。今更、私を説得すること自体が無駄だろう。
それに・・・三人が演技しているようには思えなかった。
その怪我を治癒する術も気になる。私もそんなものは聞いたことがない。」
観念したようにため息をつく桜。激情家ではあるけど、頭の回る女性でもあるから助かった。
「ぶもーっ・・・。」
なんとか説得できたようだ。こちらも軽くため息をつく。姉妹揃って説得するのも大変なのは変わらないってのも、血は争えないのか。
「殺そうとしてきた私を、わざわざ燃える森から探し出して、助けてくれたのだろう?
私が和香の姉だからか?
まさか本気で和香の兵になりたいと思っているのか?」
「ぶもぶも。」
とりあえず、肩をすくめながら頷く。
桜を助け出したのは、ノベルの活躍を今後もしてほしいというのもあるが・・・。ま、君ら姉妹が読んでて好きだったからといのもあるか。
「そうか・・・。和香が正しかったのだろうな。
もし良かったら、拘束を解いてくれないか?
信用はないかもしれないが、もう攻撃しないと誓おう。」
松太郎に目線で合図すると、松太郎が頷き、恐る恐る鍵を差し込んだ。
枷が外れると同時に少年達を俺の後ろに隠させ、臨戦態勢をとる。
「大丈夫だ、安心してくれ。騙し討ちなど卑怯な真似はしないさ。」
「ぶもぅ・・・?」
どうだか、勝つためには手段を選ばないタイプだろう・・・?
主人公に対する色仕掛けも、ありとあらゆる手段使ってたやん。
「さて、たろ坊と言ったかな?
できれば都に来てほしい。その術について色々と調べたいことがある。」
「え、えぇ?すぐには決められないよ!」
桜は乱れた衣服と鎧を整える。その仕草一つ一つに隙がないのだ。
追って来た時のように殺意がなければ、和香以上に神秘的な美しさと、大人の艶かしさを感じる。
「そうだろうな。
後で村に使いの者をよこすから、その時までに決めるといい。
なんとしても、その術は後世に伝えたい。
公にはまだ出来ないが、待遇は保証しよう。君の力が必要なんだ。」
「う、うん。わかった。家族のみんなと相談するね。」
俺はポンとたろ坊の肩を叩いた。
たろ坊がこっちを見上げたので、無言で頷く。
「二人は、山賊の犠牲者だったか。
この国の守護者として、君らの商隊が襲われる前に、賊を排除できなかったことを詫びなければならない。」
「いえ、そんな・・・。」
「・・・・・。」
二人とも思うところがあるのか、黙ったままである。
ただ、この国の治安が特別悪いとかはノベルでもあまり聞かなかった。せいぜい、スラム街が存在しているくらいだろうな。
「何処かに縁故がある人はいるだろうか?
私が責任を持って送り届けよう。もしいなければ、こちらで面倒を見ることもできる。」
「ふもとの宿場町に、同じ雀連商人の叔父がいます。
もともと、彼らの商隊にも誘われていました、二人で彼らを頼ろうと考えています。」
ふむ、なかなか六助は聡明そうな子だしね。引き取りたいという人がいてもおかしくないだろう。
「わかった。彼らの商隊の名前を教えてもらえれば、社に掛け合って調べてもらおう。
もし、交渉が拗れたら私を頼るといい。」
そうそう、『焔の国』では『社』が事実上の役所の機能を果たしている。
他の神、例えば過去の英雄『風宮』を祀ったりするので、そこまでガチガチではない多神教だが、基本は『天野焔』を宗祖とする宗教国家なのだ。
「ありがとうございます。」
六助が頭を丁寧に下げる。この子なら将来も大丈夫だろう。
「ありがとう、ございます・・・。」
松太郎がそれに続く。おう、頑張れ、頑張れ。
「一番の懸念は、やはりお前だな・・・。」
「ぶもも・・・。」
そうか、わかってはいたが、姉妹を説得すれば大丈夫とはならないか。
化け物は辛いよ。
「今代の英雄様はお前にご執心のようだ。
『予言』という形で、何らかの未来予知ができるらしい。
お前という存在を見るに、外れることもあるようだが・・・。」
「ぶも?」
ん、今代の英雄と言った?他の国とかではなく?
「そうだ、お前はこの国の英雄に『国を滅ぼす』と危険視されている。
私から『国を滅ぼすような化け物は消し炭にした』と、別の獣を倒したことにして、ウソを伝えることは可能だ。だが一時しのぎにしかならない。
その能力に目を付けられれば確実に看破され、討伐されるだろうな。」
『この国の英雄』か、つまり、俺のノベルの知識はほぼ通用しないと思った方がいいな。ノベルでは、この国は召喚に失敗し、英雄はいないはずだった。
一方で、『予言』できる英雄というのも気になる。
もしかしたら、何らかの形でこちらと同じような、しかし、細部が異なる知識を持っている可能性がある。
「お前は人を癒す力を持っているのだろう?
まずは文字を覚えるなどして、会話をできるようになることだ。
その後、その力で人々を癒し、討伐されないだけの評価を積んで行く、というのが正道かもしれないな。
こちらで、和香とも上手く協力して場を提供していく。
評価さえ高まれば、和香の兵としても認められるはずだ。私を退けた腕は頼りにしているぞ?」
「ぷもぅ・・・。」
いや、退けたというより単に自爆しただけだと思うが・・・しかし、確かに、姉妹の後ろ盾を得ながら進んでいけば頼もしいな。
決して、楽な道だとは思っていないが、道筋が見えただけマシである。
どうやら、助けて正解だった。今考えると、あのまま見捨てたら和香が仇打ちに来そうだったし。ん、そうなると結局、選択肢はあまり無かったのかもしれないな。
「この話は全員くれぐれも内密に頼む。
特に、牛顔した妖に会ったというのも禁止だ。
私が何か恐ろしい化け物を退治したということにしておいてくれ。
それがお互いのためだ、頼むぞ。」
優しく慈しむように微笑み、たろ坊の頭を撫でる桜。少年達は頷く。
俺ですらちょっとドキッとする。和香のお姉さんなだけあってか、こういう一面もあるのか・・・。
「そこの牛は森に潜伏して、たまに村の様子を見に来い。使いの巫女を置いておく。
さ、一旦、子供達は私と共に村に戻り、宿を借りよう。
君たち二人とも、夜から休んでいないのだろう。私も一息つきたい。
あそこまで派手に暴れた以上、捜索隊も来ているかもしれないしな。」
「ぶももっ!」
こちらも頷き、軽く手を振って村とは反対方向に歩き始める。
まだまだ牛さんのサバイバル生活は続く。これも安全に文明に帰るため、致し方ない・・・。
「ありがとう、ぶもさん!
貴方がいなかったら僕はあそこで売られてた!」
「そうだ、俺も傷を治してくれなきゃ死んでいた!
仲間もみんな弔えた!お前も大変だろうけど頑張れ!」
六助と松太郎が叫ぶ。振り向いて、力強くガッツポーズをとってみる。少年達への応援だ。
「じゃあねー!牛さん、頑張れー!」
たろ坊が元気にぴょんぴょん跳ねながら手を振っている。手を振り返しながら、歩き始めた。
「私は・・・囚われていたのかもしれんな。
父上、和香・・・。」
微かに、誰にも聞こえないように、桜が呟いた。
振り向くと、何かを思い返すように目を閉じて、桜が微笑んでいた。