「報告は以上となります。」
祭祀殿で帰還した桜様の報告を受ける。
「やれやれ、国を揺るがす問題と言ったとはいえ、あそこまで森を焼かれるとはねぇ。村からは苦情が来ているよ?
まぁ、君らの戦い方から、致し方ないところもあるのかもしれないけども。」
昨晩の火事は凄まじいものだった。自室で仕事していると、森の中から突然炎が吹き上げ、綺麗に円形に広がっていったのは驚いた。
これで英雄でも、その従者でもないと言うのだから、恐ろしいものだねぇ。しかも、我らが英雄の『予言』によると、あの術はもっと後になってから編み出したはずだとか。
ま、あそこまでやったんだから『アレ』に負けて洗脳されてる、なんてことはないだろう。死骸は回収できないのも仕方がないし、演技にしても、やり過ぎだしねぇ。
「相手が強敵であったとはいえ、『火産霊』の勝手を許すべきではありません。やはり、我々で手綱は握るべきでしょう。」
『フレデリカ』と視線を交わす。桜様を切り崩すの構わないが、怒らせるのも僕は怖いんだよ。
あれは追い詰めすぎると爆発する、火薬庫のようなものなんだ。国に害をなすものと看做されたら、『英雄』と言えども簡単に首を刈りにくるだろう。
後ろの成り上がり君達も、恐怖からか黙ってしまっている。
「そうだねぇ、各社とも相談してみる必要がありそうだね。
ま、いきなり解体してさようなら、というわけじゃないよ。
まずは手始めに、僕らの『浮蜘蛛』と兵を交換するなどして、少しずつ軍を変えて行こうと思う。」
事実、この国の軍は歴史ある伝統と聞こえはいいが、少々、型式主義に囚われてしまっている。僕が好き勝手にするためでもあるけど、新しい空気を必要としているのは間違いない。
「・・・。」
答えないか、やりにくいねぇ。
「手始めに、中隊にそれぞれ数人ずつ、彼女らの巫女をつけて運用してみてはいかがでしょう。
近接歩兵中心の我が『浮蜘蛛』と、兵科としてもバランスは取れるはずです。」
ここまでは前々から、彼女と相談して考えていたこととはいえ・・・事実上、それが簡単にできれば解体だろうに。
「しかし、我々は機動できる『砲』としての役目もございます。分散して配置しては効果は薄まるだけです。巫女で集まって作る大術も使えないとなると、悪手でしょう。
合同訓練を増やし、いかに我々が貴方様の部隊を援護できるか考える方向にすべきでしょう。」
真っ当な意見ではあるかな。
やはり戦争となれば、本国の本陣にあのような大型の術を叩き込まれるととんでもない被害になる。
『風』と『炎』という相性の良さすぎる組み合わせがこの国の厄介なところだ。
「どうでしょうか?
機動力を誇る『浮蜘蛛』にとって、機動できる砲が備わるだけで、より柔軟な戦闘が可能になります。時代は機動力に重きを置いているのですよ。」
特殊部隊出身の彼女らしい考え方だ。攻撃を受け止めるのではなく回避し、奇襲、陽動、そして電撃戦を得意としている。
成り上がりの傭兵で構成される『浮蜘蛛』部隊であっても、短い訓練で形にできるのは彼女の手腕ならではだろうね。
「今後、敵国にしろ妖達にしろ、我々は数的不利の中、戦う必要が出てくるでしょう。
そのためにも、機動力のために『火産霊』の圧倒的な火力を削ぐ必要がどこにありましょう?」
実際、『予言』によれば、旧式とはいえ、その圧倒的な火力で『焔の国』はこの戦乱を生き残ることができるらしい。
特に防衛戦となると、騎兵も迂闊に近づけず、簡単に消し炭になるからねぇ・・・。
だからこそ我が国は、長い歴史の中でこの国を落とすことができなかったというわけで。
「機動力こそ火力に繋がるのです!貴女の考えこそ時代遅れです!」
ヨアキム国は騎兵が発達しているし、そういう考えにもなるかな。
重装備よりは機動力というのがコスト面でも優秀だし世界的な本流ではあるね。一方で、未だに重装騎兵を重用する、オトラン帝国は一番の脅威ではあるんだよね。
「幾ら機動力があろうと、圧倒的な火力の前では無力でしょう?」
あー、うん。ここはもういいかな?
パン!パン!と手を叩く。
「すまないね、この会は例の化け物を討伐した件についての報告会なんだ。
戦略論はとても有意義なもので、僕も興味はあるけど、それは別の機会にしようか。兵の交換の話もその時にしよう。
賊と『アレ』を消し炭にした働きはご苦労だった、今日はお開きにしよう。」
立ち上がると、二人が不満そうにこちらを見遣る。
とはいえ、ねぇ?
延々と彼女らのキャットファイトを眺める趣味は僕にはないし、こちらも悪巧みにいろいろと忙しいからね・・・許しておくれよ?
「どうやらご機嫌ナナメじゃないか?
味方してほしかったかい?」
自室のラグチェアに座り、いつもの恋愛小説を開いて休憩する。ささやかな幸せを感じる時間だ。クリスタは相変わらず、そこらの壁に背を預けている。
「ふん・・・。」
表に出れば忠犬で、裏に回れば猫のよう。
クリスタが表と同じ態度を取らないのは、ある意味では演技をする必要がないという、信頼の裏返しなのかもしれない。
あるいは、単に煙たがられているのか。両方かも。
「やっぱり、将来の『ショウヘイ様』の結婚相手となると、君も気が気じゃないのかもしれないね。」
「それとこれとは話が別だ・・・!」
「なら、あまり桜様を怒らせない方がいいと思うよ。
彼女は別格だ、敵に回すにはリスクが大きすぎる。
将来的には、僕らの味方になるお方なんだから、ね?」
彼女に、ちょっと寂しく笑いかける。
将来の我らが主人の妻となられる方だから『様』なのだ。もしかしたら、クリスタは恋敵に仕える、なんてこともあり得るかもしれない。
ま、僕はそんな恋のレースに参加すら許されないのだけれども。
僕と彼が熱愛か・・・夢のような話だ。叶うことのない、叶ってはいけない恋なんて、ね。実にロマンチックじゃないか。
「散々、和香をいびっておいてよく言う。
そんなことでは『火産霊』を解散させることはできないだろう。
多少なりとも強引に行かなければ、主導権を手放すとは思えん。
悠長なことをしていれば、本国と合流なんてものは、夢のまた夢だぞ?」
悠長なことはしてられないし、痛いところ突いてくるとは思うけどねぇ・・・。
「強引に行って、計画を全ておじゃんにしてしまうよりはマシだろう。
桜様一人に疑われるだけで、それがあり得るんだよ。
僕らの立場は、風が吹けば簡単に飛ばされてしまうような、不安定な位置にいるのを忘れたのかい?
僕らがここに潜伏しているだけで優位なんだ。
しっかりと道筋を立てて、確実に巫女達を取り込んで行こうよ。」
だから焦りは禁物。ゆっくりと、焦らすように。
愛を持って。少しずつ、少しずつ口説いていく・・・。それが詐欺師の囁く、欺瞞に満ちたものであったとしても。
「確かに・・・私も桜様には警戒すべきだとは思っている。
兵学にムキになって、少し冷静さを欠いていた。」
僕は彼女の様子に頷く。
「焦る必要はないよ、確実に行こう。
大丈夫。全てが上手くいけば、あの方のお側にいられるよう、執り成すようにしてあげるから。」
「なぜ・・・?」
おや、随分と真剣な物言いだねぇ。本を閉じて、彼女を見遣る。
「なぜ、そこまでしようとする?
私は、『ご主人様』の側に帰ることができるなんて思っていない・・・。
信じられないが、お前だって、あの方を愛しているんだろう?」
クリスタの声が少し震えている。
これが不安押し潰されそうな、素の乙女としての彼女なんだろうね・・・。
僕にだって嫉妬の念が無い、というわけでもないのだけども。
「『あの方』には君のような忠臣が一人でも多く必要なんだ。
もし、『予言』の通りなら、『あの方』は大変な危機に立ち向かわなければならなくなる。
彼は優秀だが、はっきり言って弱い。こんな僕が護ってあげたくなるくらいに。
その時、君のように、彼を心から支えられる女性が必要になるんだ。」
そして、それは・・・僕には、できないのだろうね。
「私にできるのだろうか・・・そんなことを。」
「大丈夫さ。忠誠心の塊のような君だからこそ、できるのさ。
なんなら、僕が考えた彼への口説き文句でも聞くかい?
君が使えばイチコロなんじゃないかな?」
がくりと肩を落とし、ため息をつくクリスタ。
おや、いいじゃない、口説き文句ぐらい。
どうせ、僕のは使われることはないんだろうしさぁ。
「私は真面目に話をしているのだが・・・そういうところがお前を好きになれんのだ。」
頭を抱えて首を振るクリスタ。
やれやれ、お堅いんだから。僕のお茶目なところも、チャームポイントだろうに。
「そう?口下手な君に参考になると思ったんだけどなぁ。
ところで、『アレ』に派遣したスカウト隊はどうだったんだい?」
まさか、洗脳されて炎に巻き込まれ炭になっちゃった、なんてことはないだろうけど。
「・・・それがだな、偶然見つけたそゔだが、奴は野生のメスの大猿を誘惑していたらしい。」
「わぁぉ。」
ぶるるっと寒気がした。まさか、『予言』が本当だったとは。
しかも野生のメスの大猿にすら発情させるとは、僕の想像以上の相手だったらしい。世界は広いなぁ。
「もっとも、大猿とは何か気に食わなかったらしく、未遂に終わったようだが、あと一歩のところだったそうだ・・・。
あとは、砦を襲った時点では、報告通りの『四つ足で走る双頭の獣』ではなかったらしい。そこで賊の頭領の頭部を喰らったのを確認した。
『予言』の通りならば、身体を自由に変えられるという話だから、戦闘の前に変化したものかもしれないな。
他は、桜様の報告のとおりだ。
ただ、砦は炎のせいで、戦闘はうまく観察できなかったらしい。
さらに、砦から戦闘の場所を移したので追いかけたようだが、彼らの脚でも追いつけず、詳細は分からずじまいだ。」
ふーむ、スカウト隊の脚すら撒けるとは。
両者ともに只者ではないねぇ。桜様が奥義を使った理由も少しわかる気がする。
「ま、僕は桜様があそこまで暴れて無傷で帰ってきた以上、消し炭になったと考えているけどね。
『予言』では『アレ』が散々暴れたおかげで、ゲルトマン王国に焔の国が事実上の降伏となったわけだけども、その手はもう使えないわけだ。
予想はしてたけど山賊は全滅するし、上手くは行かないなぁ、次の手を考えなきゃね。」
ぐーっと伸びをする。
英雄として訓練をしてるけど、やっぱり形するのは難しい。能力の開示を機密事項として、訓練を公開しないことで威厳を保ててはいるけれども、凡人の僕じゃあ桜様どころか和香ちゃんの足元にも及ばない。
「報告は以上だ。私はこれから兵の交換について会議がある。」
「うん、ご苦労様。僕は書類を片付けてるよ。」
さて休憩は終わりだ。
内政に知識があったから、そこに食い込めたのは救いかな。本業はこっちだしねぇ。しかし、こんな僕を口説きこんで、とんでもない作戦に放り込むものだね。しかも、それが上手くいくもんだから僕でも驚きだよ。
信じてるよ、僕の愛しい人・・・。
いつもの囲いに入ると姉上が既に待機していた。わしはちょっと涙目になる。
「姉上ぇ・・・ご無事で。」
姉上に誘われずとも姉上の胸に飛び込む。姉上は何も言わずに受け止めてくれる。背中を優しくさすってくれる。姉上ぇ・・・。
うう、『ポチ』は焼かれてしまったのじゃろうな。惜しい兵を亡くした。
わしも、あの山火事を見ていたが、こっそり焔様にポチの冥福をお祈りしていたのじゃ。あの世で善行を積んで、今度は立派な人間に生まれ変わるのじゃぞ・・・。
「うむ、あの牛、和香が見込んだだけのことはあるな。
久方ぶりに敗北したよ。」
「ポチは焼かれ・・・はい?
姉上が負けた?」
姉上の胸に埋めていた顔を上げる。え、ちょっとよくわからないのじゃ。
最強無慈悲の姉上が負けるということが想像できない。
頭が思考を拒否しているのじゃが。
「うん、冗談でもなく、敗けた。呆気なく敗けたよ。
しかも死にかけたところを助けられた。
ふふふ、それが私達の味方になるというのだから、楽しみで仕方がないよ。」
朗らかに、楽しそうに笑う姉上。
最近はキョウスケのこともあり、どうしても辛いことが多いせいか、こんな姉上の笑顔を久しぶりに見た気がするのじゃ。
いや、しかし、無傷で帰ってきて、敗けて嬉しそうとな?
「え、ちょ、ちょっとお待ちくださいなのじゃ?」
静かにするようにと、人差し指を口に指を当てて微笑む姉上。
「これは今は私達だけの秘密だ。
私達は国の存亡に関わるほど、重要な『兵』を手に入れたかもしれないよ?」
「傷を治癒する継承可能な妖術、姉上すら退ける圧倒的な身体能力。
わしはとんでもない奴を勧誘していたんじゃな、我ながら恐ろしいわい・・・。」
姉上の腕の中で震えるのじゃが・・・。
わしも苦戦した山賊の頭領を含めて、拠点を死者すらださず一匹で制圧。
火に囲まれた砦を、火だるまになりながら脱出。しかも、術により無傷。
わしも鎌鼬の利用する『浮風』を使えなくもないが、姉上の『浮風』は何か別の術のような、あり得ない高速移動をする。
その全速力を童を二人抱えて同じ速度で走り、しかも小細工を仕掛けて姉上から逃げ切る。
しまいには姉上の全力とも呼べる火術を凌ぎ、気絶した姉上を助けにくる余裕。
英雄殿が国を揺るがすというのも理解できる。わしに友好的で良かった、村で戦闘を回避して本当に正解じゃった・・・。
「まったくだよ。
私だって、あんな怪物を自分の軍に引き入れようなんて発想はできなかったと思う。これは和香の手柄だ。
お前が、この国の流れを変えられるのかもしれないのだ。」
「姉上・・・。」
目を閉じて、わしの髪を指で梳かす姉上。わしの自慢の髪、姉上には決して劣らぬ、我が国の誇りの色と艶。うう、姉上に褒められて嬉しいのじゃ。
「だが、まだ油断はできない。
討伐したと誤魔化せたが、英雄殿は『予言』を信じて警戒している。
それに、英雄殿の動きはどうも・・・きな臭い。
今は秘密裏に動き、ほとぼりが冷めてから、信頼を勝ち得る必要がある。」
うーむ、秘密裏とは難しい問題じゃ。
あの見た目は街の中を歩けば一目で討伐隊が動き出すじゃろう。飼い犬のように首に鎖でも繋ぐか、それとも、森の中でこっそり診療所でも作るか・・・?
「とりあえず、しばらくは森の中で文字を覚えさせてやるとして、その後をどうするかじゃな。
術を継承できた少年と共に『稲子院』の信頼のおける医師達と連絡をとって、患者を見させてみるのがよいのかのう・・・?
ところで、あやつの治癒術の効果とはどれくらいなのですじゃ?」
『稲子院』とは、国のお抱え医師達のことじゃ。
焔様の時代、炎の術から治癒の力を引き出したとされる従者様から始まった。
燃え盛る炎をどう見たら、治癒の力に変えられると考えつくのじゃろうか。焔様ですら考えつかなかったという。焔の国が医術大国としての根幹となった、偉大な従者様であられる。
引退した『火産霊』などが女医になることもよくあることなので、わしらと繋がりが深い人物も多い。
「少年の話では、森では足や尻尾の取れた鼠を捕まえて来ては、それを治療する練習をさせられたらしい。
しかし、流石に死んだ鼠などは治療はできないそうだ。また風邪などの病には効果が無かったらしい。
少年では切り傷を治すのが精一杯だったらしいが、おそらく牛ならば人間でも大抵のものは治せるだろうとも言っていた。」
聞けば恐ろしいほど実用的な妖術じゃ。
実用化できれば、戦の時に負傷兵をすぐに前線に送り込むことができることとなる。治癒術を展開しながら突撃ということもできる。
なんとしても、術を体系化して広げなければならぬな・・・。
「人間の足や腕でも治せる可能性があるとは。
いやはや、戦で手足を失った落武者達が泣いて喜びそうじゃな。
・・・む、大抵のもの?もしや薬で焼かれた目などでも?」
我が友人ももしかしたら・・・?
「なるほど、やってみる価値はありそうだな。
『成穂』の力添えがあれば頼もしい・・・彼女に研究させるのもアリか。」
あらゆる手を尽くして治らなかった友の『目』。それを取り戻す可能性が、こんなところで舞い込むとは・・・。
成穂は我が盟友にして、共に術を学び、教えてくれた同期でもある。
兎にも角にも、術の研究には右に出る者がいない天才というやつじゃ。
普段は寡黙なんじゃが、西の貴重な魔術書などを持って行くと興奮して涎を垂らして喜ぶような悪癖がある。
初めて会った時は、我が家の図書館で本の山に何か埋もれているなと思ったら彼女じゃった。
しかも許可も得ないで我が天野家の図書館に堂々と侵入しておった。後付けで許可を付けたが。
研究に没頭して図書館から数日出ないこともあり、担いで風呂に放りこんだりしたのぅ。
炎の術だけではなく、妖術から他国の術まで全ての術に明るく、様々な道具を日夜組み立てては奇声を上げておったなぁ・・・。
道具は地図の現在地を示すことができる妖術など実用的なものから、怪しげな媚薬の失敗作まで・・・。
本人曰く、わしのために作ったらしいが・・・わしは自分より成穂がちゃんとお嫁に行けるのか心配なのじゃ。
しかし、元々身分の低い出身で、少々どころではない風変わりな性格からか、他の貴族学者からやっかみを買うことが多々あった。
わしらに格別に気に入られたというのもあるのかもしれぬ。
半年前、夜中に何者かに襲撃され、薬品をかけられ失明してしまった。
治安の良い都の中にも関わらず、屋敷に侵入され、犯人を探したが見つからなかった。姉上も警備には気を配ってはいたようじゃが・・・。
なんとか研究は続けておるようだが、書を読めなくなった落ち込みようは酷く、一人で図書館で泣いていた時は思わず抱きしめてしまったのじゃ。
「成穂ならば、治癒術を体系づけられるし、新たな活用法を見つけてくれるやもしれんのですじゃ。
最悪、あやつが成穂に気まぐれでバラバラに解剖されても、治癒術で治せるじゃろう。」
元々、家で飼えぬなら、彼女の研究に付き合わせようと考えていたものだしのぅ。彼女なら大喜びじゃろうて。
「成穂ならやりかねんな・・・釘を刺しておくか。
治るかどうかはともかく、今度村に一緒に連れて行こう。
彼女の知見で何かわかるかもしれない。」
姉上は姉上で、成穂の後見として面倒を見ては、奇行に頭を抱えておったしのぅ。
「そして、一つ頼みがあるのだが・・・。」
おや、姉上からの頼み事とな?ここは妹として人肌脱ぐのじゃ!
「いかがいたしましょう、姉上?」
「うむ、牛に乗って少しの間旅に出てみたい。ダメか?」
姉上と成穂と共に、馬車を停めて村の外れで待機する。盲目となった成穂の手を繋ぎ、姉上と一緒に山の空を楽しむ。
日に日に強くなってきた日差し。春ももうすぐ終わりか・・・今年は花を愛でる機会も少なかったのぅ。
ここらは妖も少なく、のんびりと水筒に入れてきた茶を啜る。役目を忘れ、こんな日が続けばと思ってしまうのじゃ。
「ぶももぅ!」
背後の木から何か巨大なものかが降りてきた。ギョッとして振り返る。
相変わらずの凄まじい巨体にその筋肉。着地すると地面が少し揺れる。
「まったく、気配すらないとは相変わらずだ。
もう少しまともな登場はできないのか?」
姉上が瞬時に構えた薙刀をしまう。山火事で失くしたので新調したらしい。
申し訳なさそうに頭を掻く牛の巨人。暫定でポチとしよう。
まったくじゃ、相変わらず人形の中に人が入っているのではと思うくらいに人間くさいのぅ。
「おうおう、随分なご登場じゃの。
久方ぶりじゃ!元気にしておったか?」
こくこくと頷くポチ。
こうして見ると可愛い顔しているのぅ、もうちっと目が可愛いければ良いのじゃが。いや、戦で騎乗すると考えると、こんな鋭い瞳の方が威圧感があっていいかもしれぬ。むふふ、楽しみじゃ。
「大きい、獣・・・?」
目が見えぬ成穂がふらふらとポチに向かって歩いていく。
ポチに恐る恐る手に触れるが、ポチの方は支えるように受け止めて、心配そうに成穂の目を見ている。こやつ、粗野に見えて、妙に紳士的じゃな。
「彼女は成穂。目を薬で焼かれてな。
早速だが、治せそうか?」
「ぶもっ。」
姉上が聞くと、力強く頷くポチ。竜が獲物を射抜くような目で、患部を凝視しておる。
「お願い・・・します。」
成穂が覚悟を決めると、ポチの右手が黄金色に輝く。ゆっくりと成穂の目に触れていく。あれが、全ての傷を治癒する妖術・・・!
「ッ・・・!痛いッ・・・!」
ポチの左手は成穂の肩を掴んで離さない。苦痛からか、目に見えて成穂の頬を汗が伝う。
大丈夫なのかと姉上を振り向くと、目が合い頷いてくれた。実際に治癒術を受けた姉上が信じるのであれば信じるしかあるまい。
「くっ・・・!ああっ・・・!」
小さく悲鳴を上げる成穂。姉上もわしも、固唾を飲んで治療の様子を伺う。成穂の辛そうな様子に、思わず姉上の巫女服の裾を掴んだのじゃ。
どれくらい時間が経ったかわからないが、ポチが成穂を覆うようしにしていた目から手を離した。ポチも大きく息を吐き、額の汗を拭う。
「ッ・・・!?
見える、ああっ、見えます和香様、桜様!」
見ると、顔に火傷の跡は赤く残っているものの、目は常人と変わらない、健康な目に治療されていた。目には涙が浮かぶ。
「やったのぅ!」
「良かった!」
姉上とハイタッチする。こういう時はノリが良い姉上。
「あなたが恩人の・・・なんでしょうか。」
成穂が早速、ポチの周りをぐるぐると観察し始める。お礼とかすっ飛ばして相手の観察とか、彼女らしいのではあるが。
「・・・複数の動物を結合させた生物ですか。
角は山岳地帯の岩羊、頭の骨格は付近にもたまに見かけるスイギュウ、目は恐らくいずれかの種の竜、なるほど・・・。
失われた生命付与の術の使い手ならば、既存の術で作ることができるかもしれない・・・しかし、不自然すぎる、やはり解剖して造りを観察してみない限りは・・・。」
さすが、目を開眼してもらったというのに、お礼をすっ飛ばして、早速解剖することを考えておる。大人しいポチでも少しひいておるぞ。
「先程の術を・・・そうです。そのままにしてください。
これは妖術ではない、理論付けられた立派な術。生命付与の派生かどうかは、実物が口伝な以上結論は出ないが・・・。」
ポチの術を見ながら、ぶつぶつと呟きだす成穂、体調は大丈夫とかいろいろ気になるのじゃが、まぁ元気なのじゃろうな。
姉上と目線を合わせると姉上がため息をついた。いつものやつである。
「で、どうなんじゃ?」
はっ、と我に帰る成穂。
「・・・あっ、はい!
解剖してみないことにはわかりませんが、人為的に様々な生物を混ぜて作られた生物のように思えます。噛み合わないはずの生物の特徴を、ここまで上手く配置できるのは、げっ、芸術的です!
表面的に表れている動物以外にも、もしかしたら相当な動物を使用しているかも、ですね。
じゅ、術は少なくとも妖術ではありません。妖術はその生物固有の魔術回路が必要なのですが、魔術回路そのものは完全に人間のものでした。
複数の動物を元としているのに、身体全体にある魔術回路は完全に人間のものです。つまり、妖の妖術は逆に全く使用できなくなっています。」
吃音混じりの彼女の説明を受ける。わしも心得はあるが、術を受けただけでここまで解析できるのはさすがとしか言えぬ・・・。
「というと・・・つまり、これはなんなんじゃ?」
目の前のポチが何か不思議なものに見えてくるのじゃが。
「あくまで予測ですが、術の本質は肉体を加工する術ですね、派生として傷を癒すことができるのです。
私の目も元の形に新しく作り替えられているだけなのです、本来なら既に壊死した細胞を戻すことはできません。
動物のパーツを得ては、特徴的な部分を取り入れられるよう加工し、さらに人間用に回路を書き換えて、その魔力だけ使えるようにしたと見るべきでしょう。」
ふーむ、ポチも己の手のひらを見たりして、何か考えているように見えるのぅ。
「つまり、その牛は人間を取り込んだということは間違いないのだな?」
姉上の声が怒気を帯びている気がするのじゃが・・・。
「ま、間違いないと思います。
あ、でもっ、元が人間だった可能性もあります。解剖すればわかるかもです。」
「む、人間だったのかお主?」
しばらく考えこんだ後、一応頷くポチ。衝撃じゃ・・・いや、喋れないだけで言葉は理解できたりと、思い当たる節は多いが。
「何、お前は人間だったのか!?」
ぐいぐい来る姉上、ポチはちょっと怯えているのじゃ。
「ほえー、何故にこんなことになってしまったんじゃ?
怪しげな妖術でも試したのか?」
首を横に振るポチは、木の棒きれを取り出すと、簡潔な絵を描き始めた。
大きな牛の様な獣の横に棒人間を描き、棒人間とポチ自身を交互に指差す。棒人間から獣の方向へ矢印を描いて、さらに大きな矢印を描き大きな巨人を描いた、これが恐らくポチじゃろう。
「つまり、お前も取り込まれた側だと言いたいのだな。
なるほど、そんなことが、しかし・・・。」
姉上は図を見ながら何やら考え込んでいるご様子じゃ。
「り、理想的な身体を模索するうち、誤ってあなたの脳を繋げてしまった。
ここまで複雑化した身体ならあり得ると思います!
是非とも解剖させてください!ちょっと内臓見るだけですから!」
目を輝かせながら、ポチに詰め寄る成穂。断るかどうか困惑するポチ。どうしてこう、研究のこととなると周りが見えなくなる悪癖がのぅ・・・。
「ダメじゃ、目を癒してくれた恩人じゃろう!」
「あ・・・ひゃい、そうでした。ありがとうございます。
自己紹介します。私は成穂、です。おかげで読み書きできます。」
ポチは見た目は怖いが、動作そのものはゆったりと安心感があるのじゃ。興味の対象じゃし、人見知りする成穂でもなんとか付き合えるじゃろう。
「申し訳ないが、私も気になる。」
「姉上っ!?」
「ぶもっ!?」
なぜそうも皆ポチをバラバラにしたがるのじゃ!?
「今のお前を取り込んだ奴の正体が気にかかる。
未だに中に潜んでいるかもしれないだろう?
国を滅ぼす『予言』はその奴のことなのだろう。」
「ぶももも・・・。」
ポチは腕を組んで考え込んでおるようじゃが・・・。
「ともかく、ちゃんとした設備が無いと解剖なんて無理じゃろう。
都に連れて行くわけにもいかぬし、後で考えるのじゃ。
ところで・・・。」
わしは馬車の中からポチに用意していたものを取り出す。
「人間とわかった上で渡すのは気が引けるのじゃが、どうじゃろうか?
その、『ポチ』と書いてあるのじゃ。誠の名は知らぬが、わしの騎馬として活躍をな・・・。」
『ポチ』と刻印された首輪じゃ。わしの好みの模様を刻んだとはいえ少し無骨じゃが、鍛治職人に首を守れるよう、喉輪としての妖術を仕込んでもらった、頑丈かつ高級な防具でもあるのじゃ。
いつもの職人に頼んだら、ずいぶんと大きい犬だ、犬は飼えないが首輪だけ作るなんて者も多いと笑われたものじゃが。
「もらってくれるか?」
首輪を手渡すと、彼は首輪を観察した後、少しばかり躊躇したが首に巻いて、太い首に合うように調整し始めた。
「よし、お前はこれからは『ポチ』として、わしの騎馬となれるよう修練を積んでいくのじゃ!
よろしくな『ポチ』!」
「ぶ、ぶもっ!」