偵察、偵察って言っても何すりゃあいいですかね。
あてもなく夜の森を散歩してるわけだけど、モンスターもいるし、とっても危険なお散歩である。
狼の遠吠えも聞こえる。村からそう離れていないので、そこまで強力なモンスターはいないはずだが、油断すれば牛さんとてやられる、サバイバルである。
ほんと、人の心配どころじゃない気がしてならんのだが・・・。
とりあえず、木の実や果物がどこに生えているかなどを確認する。焔の国とは植生が異なるが、共通する木の実なんかも多い。
ゴリラの知識は貴重であった・・・複雑な気持ちになる。
三日間共にしたゴリラの知識によると、ある種類では熟してない木の実に毒があったり、似ているが猛毒、なんてパターンもあるので、迂闊に手を出さない方がいいものが多いらしい。初日に不味くて吐き出した果物がソレだ。
とはいえ、いつ襲撃が来るかわからない以上、旅糧を無駄にする気もない。安全で食べられるものは食べておく。
小川を見つけて水浴びするが、高度が高いのか夜はよく冷える。臭いを消したいので仕方なく浴びてはいるが、ちと辛い。
一方で沼地などは少なく、行動はしやすいようだ。乾燥している気候なのかもしれない。
「あぁぁぁ・・・困ったなぁ・・・。」
獣の声とかにはそこまで驚かない、せいぜい警戒するくらいだが、人の声にはとてもビビる。
なんでこんな森の奥で人の声がするんだよ。お化けか何かと思うじゃないか・・・モンスターの方が安心である。
「ショートカットなんかするんじゃなかった・・・幻影で偵察しても森、森、森しかない。頭がおかしくなりそう。こんな所で死ぬのか・・・。」
どうやら遭難者の独り言のようである。そろりそろりと、様子が伺える位置まで近づいてみる。牛さんレッグは足音を立てないんだぜ、知ってたか?
「師匠、俺はいったいどうすりゃいいんすかね・・・。」
ふーむ、伊達男。
第一印象が伊達男である。
細身の身体、緑の髪、でかいピアスに、革鎧だが実用性ガン無視の派手な柄がプリントされてある。剣の柄にはトゲトゲしい、少年の心をくすぐられそうな装飾がしてある。
帽子も実用性とか関係ない、何やら羽根やら旗やらがついてケバケバしい。香水もばっちり使っている。
何か指には指輪を何個もジャラジャラと付けていて、ネックレスだっていくつ付けているのか・・・。
そんな男が木の根元でうずくまって、頭を抱えている。
「ぶもーっ・・・。」
遭難している彼に聞こえないよう呟く。
任務中である以上、本当はほっとくのが一番なんだろうけど、とりあえず、鞄に入れた木の実を取り出して放り投げてやろ・・・ん?
「えっ・・・!」
「ぶもっ!?」
振り返ると、真後ろには遭難して座り込んでいるはずの『彼』が立っていた。瓜二つどころか、装飾、装備にいたるまで完全に一緒である。思わず目が合い、お互いに驚いて一歩ずつあとずさる。
匂い、音、一切しなかったぞ・・・!
「ほう、この華麗なる僕に忍び寄り貪ろうとは。
あぁ、残念だな、猛獣くん、僕のこの美しさを知った次の瞬間・・・。」
いや、違う。本当に匂いも音もない!
これは『幻影』、目に見えているだけだ!
「君は息絶えているのだから!」
本体は後ろに回り込もうとしている!
剣を振り抜く目の前の伊達男に向かって飛び退く。予想通り、目の前の幻影からは、斬撃を受けることも、ぶつかることすらなくすり抜けた。
そして、声と薔薇臭い匂いですぐわかったが、伊達男が後ろから斬りつけようとしていたようだ。やたらキザったらしく片手剣を構え、こちらを見遣る。細身の刺突剣のようだ。
「ぶも!ぶももも!」
慌てて首輪を指さす。手のひらで静止を促し、戦闘を止めようとする。
あまり騒ぎを起こしたくないのだ、たとえ夜の奥深い森の中でも、戦闘はよろしくない。
「ふむ、僕の華麗なる罠をかわすとは、なかなかどうして。おや、首輪?」
首輪に気付いて、首を傾げる伊達男。
「さり気ないその模様は、なかなか粋な首輪だね。悪くないよ。
君は・・・『ポチ』?」
こちらを観察しながら、何か考え込む伊達男。やがて合点がいったのか、構えを解き、やたら滑らかな動作で髪をかき上げる。謎の光がキラキラとしている。なんだよそのキラキラ。
「失礼した。美しい僕を狙う、獰猛なモンスターと思ってしまったよ。
初めまして『ポチ』・・・随分と見た目に似合わず可愛らしい名前だね。
僕はさすらいの愛の剣士、ベルンハルト。」
いちいちお辞儀までキザったらしい。一応こちらも軽く礼は返す。
「どうやら君は・・・飼い牛?ということで良いのかい?」
首輪を叩きながら、とりあえず頷く。
で、ベルンハルトね。誰だコイツ。ノベルでもこんな変な奴おらんぞ。
だが『幻影』というと、南部の小国オーディンの関係者か・・・今代の英雄の『幻』の術。なぜこんな所にいるのだろうか?地理的にもだいぶ遠い。
しかも、遭難していたさっきまでとキャラが違いすぎません?
「良かった、話せないのかな?でも、言葉は通じるみたいだね。
君のような巨体な生き物が世の中では飼われているとは、僕も初めて知ったよ。
まだ見ぬ愛を探してこんな森の奥に来てしまったが、月夜の晩は不思議な出会いがあるようだ。」
剣を鞘に戻し、顎に手を当てて目を閉じて、あらぬ方向を向いて微笑む伊達男。言葉は通じるが、こちらの常識は通じなさそうな人である。
世の中にはいろんな人がいる・・・森の中にいるとは思わなかったが。
「ぶももっ・・・。」
とりあえず、先程の木の実を差し出してみる。
旅糧もあるが、木の実は日持ちしないので勿体ないのだ。どう見ても変人なので渡したくないとかではない、たぶん。
「おおっ、友好の証ということだね!
では、遠慮なく頂くとしよう。ああ・・・素朴な味わいだね。
お、これは・・・なかなか・・・。」
「ぶもぶも。」
はいはい、食べやすいように殻は剥いてあげますよっと。お、いい食いっぷりですね。えっ、そこまで食べますか。
牛さんが蓄えた木の実、果物、全部食べてしまったようだ。結構な量だったが、よほど腹が減っていたのか。
確かに表情が少々やつれて見える。やたら派手な動作が元気そうに見えていたが、意外と衰弱していたのかもしれない。
「ふぅ・・・ごちそうさま。
食料も尽きていたんだ。ああ、生き返った気分だよ。
なんと言えば・・・もはや、この喜びは筆舌に尽くせない!」
やたらと芝居がかった動作で感謝するベルンハルト。へいへい、本心だろうし、お喜びでなにより。
「獣の姿でありながら優しき心を持つ友よ、この出会いに感謝する。
ところで、君のご主人は何処にいるんだい?
見たところ、逞しい君のその背中には人馬鞍が付いているし、運搬を生業としているのだろう?
この通り、恥ずかしながら僕は運命の道に迷ってしまった。もし良かったら案内してくれないかい?お礼がしたいんだ。」
うーむ、運命の道とか言い出す人を桜さんに案内しても迷惑なだけだろう。
あのフルフェイスの兜は身元を隠すためだろうしなぁ・・・まぁ、村に案内するくらいならやってあげようか。
術と背後に回り込む動きは、相手にしたくない相当な実力だったが、どう見ても旅慣れていないのだろう。
ここら辺の獣と変わらないモンスターくらいなら、わけなくこなせるだろうが、放置すると餓死する可能性が大だ。
「ぶもっ!」
背を向けて屈み、人馬鞍に乗るように促す。ちょっと牛さんの鼻には香水がキツいが我慢してあげよう。
というか、わざわざこんな森の奥で遭難してても香水してたのか・・・誰に嗅がせるというわけでもないのに。なんなんだろうか、そのこだわり。
「おおっ、運んでくれるのだね?
見ればとても艶のある美しい毛並みだ・・・ご主人に大切にされているのだろう。愛、だな。」
「ぶもっ・・・。」
いや、森に放し飼いにされて野生に還りかけているんだが・・・お世辞でも悲しいよ。
ベルンハルトが人馬鞍に座り、留め具をしっかりと固定したところを確認すると、そこそこのスピードで走り出す。
術も使っていないし、昼間のように目的地に急いでいるわけではないので、牛さん便は乗り心地を重視した鈍行運行である。
「おお!?森の中なのに結構なスピードが出るんだね!
まるで森を吹き抜ける一つの風になったような気分だ!」
これでもだいぶ手加減しているのだが・・・まぁ、馬が人を乗せて走るよりはそれでも速いのかもしれない。
「できれば君のご主人に、君みたいな・・・牛人かな?
君のような力強いお供が、何処で出会えるのか聞いてみたいくらいだ。
君さえいれば、まだ見ぬ愛を探すこの長旅でも、苦労しないだろう。」
「ぶもぅ?」
言われてみれば、ノベルで言う『ぬえ』は何処から来たのだろうな・・・俺にもわからん。ノベルにも起源そのものについては記載が無かったはずだ。
「らぁーらぁー!へろらいなぁー!
暗き森を我いくはぁー!優しき牛の巨人に出逢わんー!」
「ぶもぅ・・・。」
急に背中で歌い出すベルンハルト。歌は悔しいことに上手いのですが、肉食獣が寄って来るので勘弁してください・・・。
そうこうしている内に、村に続く道に出た。
人の足でも十数分で村に辿り着ける位置だ。座り込んで降りるように促す。
「ぶもっ。」
「おおっ、道だ!
まだ見ぬ僕の冒険の舞台に続く道!」
へいへい・・・地面に木の棒で、簡単に家のマークを作り、そっちの方角を指差してあげよう。
「そうか!そちらに村があるのだな!愛らしきポチよ!
ご主人に会えないのは残念だけど、ここまでの案内、心より感謝するよ!
これはお礼だ!」
袋にぎっしりと詰まった金貨を差し出して来る。いやいや、いらんから。首を横に振り、断るように手のひらを突き出す。
「ぶもぶも!」
桜さんも金に困る身分じゃないし、どこで貰った金だと怒られるだけだから。思った通り牛さん運送は儲かるけど、どうせ俺が金を持ってても使える場所が無いんだよな。
「ぶもーっ。」
口に人差し指を当てて、静かにするように促す。お金より、牛さんのことを黙っていてほしいのだ。
俺みたいなのがいるとわかったら、村で討伐だの騒ぎになるの可能性もある。問題はベルンハルトの口が綿のよりも軽そうなことだが・・・。
「・・・なるほど、君も何かワケありということだね?
やはり、世界を見聞きして来たつもりだが、君のような生き物の存在は聞いたことがない。
君のご主人に会えないのも、何か、僕の知らない秘密があるんだろう。実に残念だ。」
突然、やたら真面目なオーラを漂わせるベルンハルト。単なる能天気ではないらしい。先程の戦闘の動きや術といい、何か裏のある、食えない野郎のようだぜ。
目を細める牛さん。
「なら、君は話せないようだけど、僕の使った華麗なる『幻影』も秘密にして置いてほしいな。
君との不思議な出逢いは、僕の胸の中に大切にしまっておくと誓うよ。」
こちらを真似して、人差し指を口に当てて微笑むベルンハルト。異界の月に照らされた整った顔立ち、高い鼻、どこか愛嬌のある目尻。
口さえ閉じれば、なかなかの好青年なのは間違いない。
女の子ってこういう人が好きなんですかね、男の子の牛さんにはよくわからんのです。
「お礼に一つだけ、秘密を教えてあげよう。よく聞くんだ。」
意味深な笑みを浮かべ、屈んでいる俺の、プリチーなうさみみに囁くベルンハルト。
「あの村を恐ろしい血に飢えた怪物が狙っているのだ。山のような地を這うドラゴンが・・・!
英雄ですら簡単には貫けない硬い皮膚を持つ、凶悪な怪物・・・!
このままでは、村の警備なぞ役に立たずに、残酷に、凄惨に、後に悲劇として語られるような殺戮が起こる。あの村が血に赤く染まるのだ!」
「ぶもっ!?」
思わず驚愕してしまう。まさかの変人から突然の『予言』が飛び出して来るとは思わなかった。
「しかし!
華麗なるこの僕が!この地に住まう英雄と協力し、それを防ぐ!
この剣に誓って!
君も恐れる必要はない、村は無事、穏やかな日々を過ごすこととなるだろう。そして僕の語る叙事詩の一ページとなるのだ!
君のご主人がもし村に居るのであれば、安心して欲しいが・・・長居は勧められないな。」
「ぶもっ・・・。」
なるほど、これでわかったが、恐らく南の小国の『幻』の英雄も『予言』が使えるのだ。ヨウスケのことも知っている。
そして、その『予言』に対処すべく送られた使者がベルンハルトということか。戦闘力は確かだが、森で遭難してる時点で人選はどう考えても間違ってるがな。
「ふっ、信じられないかもしれないが、せめて気をつけたまえよ?
さらばだ、ポチ、我が友よ。君の進む道に月の女神の加護があらんことを。」
さて、こうなると果たして、『予言』ができるのは焔の国と、オーディン国の英雄だけなのか・・・。
「ぶもっ!」
村に向かう彼に、手を振りながら見送った。さて、明日の朝、桜さんにどうやって説明したらいいものか・・・。
「ポチか。朝食は済ませたか?国に帰るぞ。」
「ぶもうっ!?」
朝日に照らされた葡萄畑の片隅に座り、双眼鏡で村を覗くアーマー桜さんに近づくと、出し抜けに言われた。もうホームシックですか!?
「突然ですまない。
まず、この村に都市同盟の英雄と、ヨアキム国の英雄が滞在している。」
「ぶもうっ・・・!?」
いや『予言』できる英雄は他にもいるとは思っていたけど、英雄達が直接乗り込んでるのかよ!アクティブな奴らだな!?
「他にも、冒険者にしては凄腕すぎたり、明らかに異国からやってきた格好の吟遊詩人など、私を含めてこの村には似つかわしく無い連中がごろごろといる。」
あ、一名、心当たりがある歌がうまい伊達男がいるね。
「宿は満杯だ、運良く私は民家に泊めてもらえたが・・・。」
もしかしたら、伊達男は村まで来て道端で寝てるとか、そんなオチなのか。
「そして、実は目当ての人物が二人いたのだがな・・・。
まず、ここに住む賢者の末裔の娘は、七、八年前に若い冒険者に誘われて旅に出てしまったらしい。彼女の力もついでにアテにしていたのだが、今頃どうしているのやら。」
「ぶももも・・・?」
いや、そんな昔となると、レイチェルさん10歳かそこらで旅に出たのでは?
えぇー?それくらい前だと、英雄達とか関係ないところでノベルと既に食い違っているらしい。
「そうなると彼女はどうでもいい。」
「ぶもっ!?」
どうでもいいんかい!?
「一番の問題は『光』の英雄だ。
『予言』が実現しているならば、既にこの村に流れ着いているはずなのだが、そんな人物はやはり村の誰一人として知らないらしい。」
「ぶもぅ?」
え、いや待ってくれ・・・どういうことなんだ?
「ゲルトマン王国の英雄は、召喚陣とは全く別の地点に召喚され、この村に辿り着く、というのが『予言』だ。そして、この村の襲撃するモンスターをかろうじてだが撤退させるというのも『予言』されていた。
しかし、見ての通り、村の襲撃を『予言』ができる英雄達がここには揃っている。『光』の英雄が召喚された時点で先を越され、村に辿り着く前に何かされた可能性もあり得るということだ。」
「ぶもぅ・・・!」
うわぁ、そういうことか・・・!えっぐいなぁ。
「だが、彼自身も英雄だ。彼が『予言』を持っている可能性もある。そう簡単にくたばったりはしていないだろうが・・・。
元々、『鎌鼬』に偵察してもらい、ここに住んではいないことはわかっていたが、村の襲撃でも二人とも顔を見せなかったか。残念だ。」
「ぶもっ。」
おや、予想と反して、ヨウスケが住んでいないことを知っていて、桜さんは村を防衛しに来ていたのか。それでも何かしらの収穫があると思って偵察に来ていたのか、ふーむ。
「ここまで英雄達が揃っているとは予想外だった。もはや、この村は世界で最も安全な村、と言ってもいいかもしれないな。
もっとも、妖のようなお前にとっては最も危険な村だ。村に入れば一瞬で蒸発できるだろうよ。」
「ぶもーっ。」
はっはっは、ごもっともで。ちくしょー、早く人間になりたい!
「大方、英雄達は『予言』の上では誰にも雇われていないヨウスケの身柄を確保したい、そんなところだろう。かくいう私も、もしできれば勧誘してみたいと思っていた。
英雄を二人も手に入れることができるならば、勝利は手堅くなる。どの国でも血眼になってでも『歓迎』するだろう。」
確かになぁ、英雄を得た国は全力で英雄を持てなし、結婚、金銀財宝、名誉などで、なんとしてでも縛りつける。
それで、ヨアキム国のセイイチは堕落してしまったりしたが、それでも他国に取られるよりはマシである。
「村の襲撃も、英雄二人にこれほどの冒険者達が揃っている以上、我々が何かする必要もあるまい。
そして、私が身元を晒す気もない。同様に『予言』と食い違うポチ。お前という切り札をわざわざ他の国に開示する必要もない。なので帰る。」
「ぶもっ・・・。」
即断即決すなぁ。結論自体に異論はないのだけど。というわけで桜さんが、背中の人馬鞍に乗れるように屈む。
「他国の英雄達の動きを知ることができただけ、収穫と思った方がいいな。
今後は他国がどう動くか考慮せねばならない。
お前のおかげで無駄に日数を無駄にしないで済んだ。
無理を言ってすまないが、本当に感謝しているよ。」
「ぶもっ!」
桜さんが人馬鞍の固定器具をしっかりとロックしたことを確認すると、昨日と同じペースで走り出す。ルートは既に頭の中に入っている。
なんで一度通ったらルートが入っているのか自分でもわからないが、頭の中の地図にインプットされてしまっている。
やはり牛さんの頭の中って何かされてませんか・・・?
一応、桜さんには地図で位置を確認してもらうつもりではあるが。
うーむ、これを見越して焔の国の英雄は静観していたのか?『予言』だらけの英雄達、見つからないノベルの主人公、これから世界はどうなるんだ?
もーう、牛さんにはわかんない。国にかえるぅ。
「ぶもーっ。」
森をしばらく走り、村から離れた森を疾走しながら欠伸をする。考えてみれば、走りながら欠伸とは、随分器用なことができるようになったものだ。
こうなるのだったら、もう少し寝とけば良かった。ベルンハルトを送り届けたのもあって少々寝足りない。
と言っても、牛さん運送に支障はないくらいなので大丈夫ではある。
「ぶもっ・・・?」
牛さんイヤーは地獄耳!うさみみが反応し、ピクリと動く。何かが衝突する振動音が聞こえた。人の叫び声も微かに聞こえる。森の奥で大型の生物と戦闘している・・・?
「ぶもうっ?」
方向転換して、音のする方向へ向かう。輸送任務中ではあるが、いやまさかって可能性もある。
この速度なら戦闘地点にあっという間にに到着するだろう。場合によっては、逃走したって構わないのだ。それだけ足が速いというのは選択肢がある。
様子を確認するだけでも損はないだろう。
「どうした、方向が少し逸れていないか?」
微妙な方向転換もよくわかるな桜さんも。
それに、どうやら高速運行にも慣れてきているようだ。本当に何かにつけて隙がないなこの人。
「ぶももも!」
「む、何かあるのか?森の中は詳しいのはお前だから任せるが・・・。
ん、なんだこの音は?」
戦闘音がだいぶ近づいてきたようだ。今となっては、ここまで聞こえてなかった人間の耳の方が、むしろ貧弱に思えてしまうのが悲しいなぁ・・・。
「ぶもうっ?」
赤黒いけた大地の露出する、岩場のような開けた所に出た。ここだけ森ではなく荒野のような、何も植物が生えていない地帯となっている。
いや、何も生えていなかったわけではない。
所々に大きな穴が空いており、まるで地中を耕すかのようにひっくり返され、何も生えなくなっただけなのだ。何かが相当な期間、地面から出入りを繰り返して散々暴れたような。
そんなフィールドには、背中に黒光りする鉱石を背負う、鰐にも似た10mもある巨大な灰色の大トカゲ。歩く度に太く短い足で地面を揺らし、金属質にも見える凶悪な牙を口から見せる。
泥に塗れ、所々覗かせる鱗には滑らかな光沢がある。
緑色の瞳は思考や感情というものが感じられない、ただ獲物を殺すための兵器としての無機質さが感じられた。コイツが例の『ロックザウルス』か・・・!
それを囲むように三人の冒険者のような人影があった。知ってるぞ、この三人の『既視感』、ノベルのどこかで見たことがあるヤツだ。
「来るぞ、下がれぇ!」
「避けて!」
長剣を構える黒髪の、軽装のなめした皮鎧を着た青年。冒険者だろうか、仲間が叫んで危機を伝える。
「しまっ・・・!」
そこにトカゲが短い足ながら地面を這ってうねるように、土埃を撒き散らしながら突進し、口を開けて噛み付こうとしているのが見えた。あの牙に当たったらミンチだろう、そう確信できる勢いである。
やれやれ、早速ピンチですかい!
「ぶもおおおっ!」
勢いを殺さず、さらに加速して、俺は飛んだ。フライアウェイ!
「ぐえっ、ポチぃ!」
そのまま流星のこどく、トカゲの頭目掛けて飛び蹴りをかます。桜さんが背中の後ろで女の子と思えない、カエルが潰されたような声を上げている。すまん。
牛さんライダーキックゥ!
「ぶもっ!?」
「何が起こッ、ぐあっ!?」
「グルルルルル!」
硬っ!トカゲの皮膚が硬い!こちらの足の骨が砕けるくらいに硬い!
とはいえ、蹴りの勢いでトカゲの青年への攻撃はギリギリ逸れ、牛さんという質量の弾丸に、トカゲはひるんで横倒しになったようだ。まるで火事でもあったかのように、乾いた大地からはもくもくと土煙が立ち上がる。
「助かった・・・?」
青年を見ると、防御の構えを維持、というより硬直して動けないままのようだが、突然の謎の闖入者である牛さんに呆然としている。
ああ、青年は前になんとなく見たことがある。その黒髪、ロックザウルス、もしかして、そういうことなんだろうか。
「ぶもぉっ!ぶもぉっ!」
んなことより、あのトカゲ硬いよぉ!牛さんレッグがぁ!
ほんの少し涙をこぼしながら、無事だった片足でぴょんぴょん跳ね、折れた足を術で治療する。
「モンスター・・・?」
「な、なんなの?新手?」
「牛に人が乗っている・・・?」
戦っていた三人の視線が、珍妙な行動をしている牛さんに釘付けになっている。そんなに見つめないでおくれよ、牛さんって照れ屋さんなんだぜ?
「ぐおっ、ぬおっ、ぬあっ!」
「ぶもっ・・・?」
後ろで桜さんが、がっこんがっこんシェイクされていることに声で気づき、ちょっと気不味くなる。
「ポチ!私を背負っていることを忘れるな!」
怒鳴り声をあげて、素早く降りて片手剣を抜き、炎の竜を展開して臨戦体勢に入る桜さん。すまねぇ、緊急事態だったので許してください。
「その声、その術・・・あんた、まさか!?」
茶色髪のフードを被った槍持ちの重装備の冒険者は、桜さんを見て驚愕している。声でもわかるくらいに、桜さんを知っているのだろうか?
「お前は何故ここにいる・・・!?
ヨウスケ!?」
桜さんが驚愕する。ふむ、『予言』だけで一目見てわかるものなのだろうか?
「なんで俺の名前を!?
あんたも俺を知っているのか?」
む、やはり他の英雄達に声を掛けられたことがあるのか・・・?
まさかね、諦めて帰宅する途中に出逢えるとはね、わからないもんだ。
「来ます、構えて!」
ローブを着た、といってもローブの下には鎧を装着しているであろう金髪の少女・・・恐らく『レイチェル』が杖を構えて杖先に術の力を込める。発破をかけられ、全員が目の前の脅威に集中を始めた。こちらも足が治ったので、臨戦体勢に入る。
あれは・・・なんの術だろうか、彼女の杖の先、そこだけ空気が歪んで見える。
「グルルル・・・。」
低い唸り声に、岩を擦り合わせたような音の混ざる、独特の鳴き声を上げる大トカゲ。体勢を立て直し、ターゲットを俺に切り替えたらしい。俺の高速ステップに目線が付いてきていることでわかる。
ならば好都合、牛さんがお相手いたしましょうか・・・!
「ぶもうっ!」
「おい、待てっ!」
唯一、誰かわからない茶髪の槍使いが静止するも、トカゲの前に躍り出る。突進して、先程の飛び蹴りと同じように加速をする。
待ち構えていたかのように、トカゲが大きな口を開ける。爬虫類が虫のような素早い獲物を狙う時の、冷ややかで無表情な瞳がこちらを捉える。
「危ないっ!」
ヨウスケが無謀な試みに見えたのか叫ぶ。
しかし俺は、トカゲの噛みつきの間合いに入ると、素早く後ろに飛び退く。何もない空間で空を切る、トカゲの噛みつき。
鉱物すら砕くという歯と歯が、恐ろしい質量を持ってかち合う破裂音。だが、それだけに大きな隙となった!
そのままトカゲの側面に回り込み、トカゲの目を抉るようにして爪を入れる!
「ぶもっ!?」
トカゲの目のあまりの硬さにこちらの爪が折れた!いってぇ!
くそっ!こいつ、目すら透明な防弾ガラスのようにコーティングされている!殴れば良かったか!
「グルルル!」
「ぶもうっ!」
痛覚はあったようで、トカゲは痛みに耐えかねてか吠える。しかし、ひるまず巨大な頭部を振って口を開き、再び俺に噛みつこうとしてくる。やらせるかよ!咄嗟にもう一度避けようと身構えるが・・・。
「そこぉっ!」
間髪入れずに、ローブの女性の杖先から何かが弾丸のように発射されて、トカゲの頭部に命中した。凄まじい音と共に、トカゲの頭が空に打ち上がる!
トカゲの頭から大量の水滴が垂れ、側に立っていた俺も霧のような水でずぶ濡れになった。ブルブルと身体を振って毛皮から水を落とす。
「『水流の破弾』か!
やるでは・・・ないか!」
桜さんが負けじと、周囲に纏っていた炎の竜を、打ち上がったトカゲの腹に叩きつける。トカゲをそのまま押し出し、そのままひっくり返る形で地面に叩きつけられ、再び大量の土煙が舞う。
倒れ込む轟音と振動はまるで怪獣映画を再現しているかのようである。映画館よりも臨場感溢れて大迫力だぜ。
「『炎竜』ねぇ・・・相変わらずおっかねぇな!」
茶髪の冒険者が槍を回すと、その軌跡に一瞬で大量の氷柱の針が出来上がる。ヌンチャクのように振り回せば振り回すほど、氷柱の数は増えていく。
「凍りつきなぁ!」
そのまま飛び上がり、トカゲの頭目掛けて夥しい数の氷柱を降り注ぐ。先程の『水弾』で濡れていたこともあり、トカゲの頭は氷の塊のようになる。ずぶ濡れの牛さんにもちょっと寒い。
「ここで決める・・・!」
目を閉じた黒髪の青年の剣が眩い光を放ち始める。装備、格好は変わっているが構えはノベルの扉絵とおなじ。俺の記憶と彼が重なる。
凄まじい魔力の流れを感じ、光が直視できないくらい強くなっていく。
ノベルでは彼が、己が英雄と知ったのは村人が全員死んでからだった。しかし、目の前の彼は己の力を既に理解しているようだ。ノベルでは、数多の命も、化け物も立ち塞がる全てを消滅させてきたその力。
「喰らえええぇぇ!」
剣を振り抜くと、光の柱が身動きのとれなくなったトカゲに突き刺さる。
離れていても、その熱量を感じる。太陽の光を、宇宙で目前に浴びたかのような強烈な熱。目の前に立てば、大抵のものは骨さえ残らずに溶けてなくなってしまうだろう。
数十秒だとは思うが、徐々に光が弱くなっていく。最後には電球が切れたかのように点滅すると、光の柱は消え、ヨウスケは剣を鞘に収めた。
「はぁっ・・・はぁっ、まだ苦しいな、練習、しないと。」
焦げた匂いが辺りに充満する。
光が通った下の地面は、その熱量に当てられて焦げているようだ。
「グルルル・・・!」
「ぶもっ・・・!」
微かな鳴き声を聞き漏らさない。いや、桜さんの一撃を受けても『倒れるだけ』だったので察していたが・・・。
ドンッ!
この足音はヤバいな。全身の毛が逆立ち、野生の直感が死を告げる。
目標地点にいたヨウスケを片腕で捕まえて、全力で後方にダッシュする。
「うわっ、どうした!?」
直後、大地がびっくり返るかのような轟音と共に、頭上からトカゲが降ってきた。揺れと土煙混じりの風圧で、ガチガチの筋肉の俺でも少しよろけそうになる。
あの10m近くあり、鉱石すら背中に生やした重量で跳躍し、ボディプレスに近い突進で、光の英雄を押し潰そうとしてきたのだ。あの短い足でよくやるぜ・・・!
「まじかよ、あれで生きてんのか!」
「ヨウスケ、大丈夫なの!?」
「ポチ、良くやった!」
「グルルルル!」
「俺の全力でも駄目なのか・・・!?」
まだまだトカゲはご健在のご様子ですぜ!