劣等生の世界の一般魔法師女子にTS転生してしまったんだが 作:機巧
──2096年4月8日。
日曜日にも関わらず、国立魔法大学付属第一高等学校には多くの人が集まっていた。
と言うのも、今日は魔法科高校の入学式だからである。
この第一高校では例年日曜日に入学式が行われるのが通例である。魔法科高校のカリキュラムは、修学旅行はおろか遠足さえもない過密スケジュールから構成されている。このため、平日に入学式を行う余裕がないのである。
会場である講堂は、式が既に始まっているために静かであるが、そこはかとない熱気に包まれている。
おろしたての真新しい制服に袖を通し、初めての登校を迎え緊張した面持ちで席に座る新入生。彼らを、舞台袖から見る者がいた。この第一高校の生徒会長、中条あずさである。
(──今年も
声にならないため息をつくあずさの前には、文字通り『分かれて』座る生徒たちの姿があった。
前の方に座る生徒たちの制服のエンブレムには8枚花弁があり、後ろの方に座る生徒のエンブレムには何もない。
その違いはすなわち『一科生』と『二科生』である。
──魔法科高校の中でも第一高校から第三高校までの計3校には、2科制度というものが存在する。
一学年200名の合格定員のうち入試成績上位100名を一科生、下位100名を二科生とし、このうち一科生にのみ指導教員がつくのである。
これは指導教員の人数的な問題で、即時的な改善は不可能であるものの、実質的な区別は指導教員の有無以外には殆ど存在しない。
にも関わらず、この区別を元にした差別が存在する。
というのも、指導教員の差がとても大きいと言わざるを得ない故である。
すべて独力で魔法を学ばなければならない二科生と、指導教員のいる一科生。
指導教員の有無による差は、卒業時点での魔法科高校の卒業資格に大きく表れているといえよう。
すなわち一科生は無条件で魔法科高校の卒業資格を得られる点である。
対して、二科生は専用の試験を突破しなければ魔法科高校の卒業資格は得られず、普通科高校の卒業資格のみしか得られない。
これからも分かる通り、入学時点ではあまり差がなかったはずの一科生下位の生徒と、二科生上位の生徒について、明らかな魔法力の差が卒業時点でできているということになる。
魔法は国防の要となっており、限られたリソースを有効的に使うと言う点において、この区別が効力を発揮していると言わざるを得ない。
そしてこれらの事実が、『差別』の温床になっていることは、紛れもない事実である。
一科生は、一科生である事自体をエンブレムの8枚花弁にちなんで『ブルーム』と誇る。逆に2科生は、自らのことを一科生のスペアである『ウィード(雑草)』と自嘲する。
この問題は、魔法の指導教員不足からなかなか改善ができないものであり、生徒会は常にこの問題に端を発する魔法行使などの問題に苦悩してきた。
……そして去年。
その差別に苦悩する二科生が、第一高校を襲撃したテロリストに唆されてしまうという事件なども発生した。
このこともあって、あずさが尊敬する先輩、昨年度の生徒会長である七草真由美は、できる限りの対応をプレゼンし、実行した。
彼女は生徒会長を降りるときには、唯一根深く残されていた『生徒会役員の選任に関する制限』──すなわち生徒会役員は一科生のみとする制限──を取り払った。
そうして、実技指導に関するものを除き、そうした区別は全て取り払われた……はずだったのだが。
結果は見ての通りである。
一科生は講堂における階段状の席の前側に座り、二科生は誰に言われるわけでもなく後方に座る。
……何も知らないであろう新入生たちにそうさせてしまうのは、積み重ねた差別の重さか。
(……制度に関する区別がなくなったとしても、差別自体はそう簡単には無くならないというわけですね)
少し落胆しつつも、先輩が残してくれた差別撤廃の意思を引き継ごうと、改めてあずさは決意した。
(……それに)
それに良い兆候もある。
それが今、現在壇の上から聞こえる言葉である。新入生総代として登壇し、答辞を行う
その言葉は、昨年度の新入生総代を務めた少女と重なる部分がある。
彼女も(その兄も含めちょっと規格外だが)入学前からその差別を憂い、自分たちに協力してくれた。
(また、そういう子が入ってくれて嬉しいです)
いいことだ。2年続けて(自分や先輩を含めると少なくとも4代続けてということなるが)新入生総代がその差別を憂いているということなのだから。
彼らは魔法という特殊な技能を有するとはいえ、高校生。多少ミーハーなところがあるため、そのトップが差別に対して反対的な方針を持っているということは、とても大きい。
とはいえ、あまりにも先進的な意見だと逆に出る杭は打たれるが如く、その意見ごと本人は追い詰められてしまう可能性もあるのだが……。
(……どうやらその心配は無いようですね)
入学生の方を覗くと、差別に反対するワードに気づいているのかどうかはわからないものの、否定的な視線は殆ど存在していない。
それはリハーサルの前に見せてもらった彼女の答辞の文章構成もあるが、それ以上に新入生総代である彼女の存在が大きかった。
舞台裏に止まったまま、音を立てないようにしながら位置を少しだけずれて、答辞を続ける彼女の横顔を覗く。
(……改めて見てもとても綺麗な子ですね)
篠宮玲香。
事故に遭い昏睡状態になり、中学校を1年間原級留置(要は留年)したにも関わらず、魔法能力を失うことなく、逆に努力によって主席入学をしてきた少女。
光の当たる角度によっては、金色にも見える色素の薄い艶やかな白銀の髪に、赤い満月のように煌めく瞳。色白にも関わらずハリのある肌はどうやってケアしているのか、四六時中訊きたくなるほどである。
張り上げる声は凛としたハスキーボイスで、マイクに聞き惚れるくらいよく通っている。
その容姿たるや、今まで見たことのあるぶっちぎりで1番だと思っていた美少女に、迫る勢いである。
講堂に存在する新入生の少年少女たちが静かに彼女の話を聞いているのは、単に緊張しているというだけでなく、見惚れている割合の方が高いのではないか、と思うあずさであった。
それに、春休みの入学式リハーサル前にその子の履歴書を見た、普段滅多に表情が動かない後輩の男子が眉を少し動かしていたのが印象的だった。
彼の妹──あずさがこの世で1番容姿が整っていると感じている少女──を見慣れているだろう彼でも、反応するくらいということである。
後進者育成のため、新入生総代が生徒会役員になることは恒例となっている。今年もそうなれば、彼の妹と同じく、生徒会広告塔の二枚看板みたいになるだろう。そうなったとしたら改革も進めやすくなるだろうか……と脳の中で思案しつつあずさは、ふるふると首を振った。
新入生総代の生徒会役員任命は本人の意思によるから、今それを考えたとしても取らぬ狸の皮算用になる可能性があるからである。
だからこそ、より生徒役員になってくれる可能性を増やすために、憧れてもらえるよう、威厳のある生徒会長を演じようと、あずさは十分に気合を入れて自らの出番の用意をするのであった。
(──ぜひ入っていただかなければ!)
◇
そんな感じで熱狂の渦にいる少女はというと。
(やばいやばい、『反射』のリソースを破れちゃったストッキングの維持に使ってるせいで、ストッキングが蒸れまくってやばいんですけど! というか魔法科高校の制服のスカートってなんでこんなにタイトなんですかぁ! キツすぎ侍! 前世男子にはキツすぎなんですけどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)
篠宮玲香
中学2年生の時に事故に遭い、前世で男子大学生だった記憶を取り戻したことによって、自らのBS魔法が【一方通行】に似たものであると気づいた少女。精神の主体は前世であるが今世の意識も併せ持つ。
今世の性格の影響で、お肌や髪の毛のケアといった戦闘に関係ないことにベクトル操作を使って深雪にも見劣りしない(超える、ではない)容姿を保っている。
入学式のリハーサル時に慣れないきついスカートのためストッキングをひっかけて破いたことにより答辞の間、穴が開かないよう、その制御に必死になっている。そのせいで常時行なっている反射を設定し忘れ、ストッキング内が蒸れ蒸れになって焦り中←イマココ
挿絵注意
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