劣等生の世界の一般魔法師女子にTS転生してしまったんだが   作:機巧

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入学編Ⅵ 入学式

2096年現在、大抵の学校の制服には形状記憶繊維が使われている。

 

制服を強制的に「正しい」着用法で使わせることで、学校の風紀を守りたい学校側。

立体裁断による着心地の良さや、洗濯時の皺などを気にしなくて済む生徒側。

 

この二者のメリットが一致した結果、この制服やスーツは成り立っており、それは第一高校でも同様だった。

 

男子のブレザーや女子のスカートなど、様々なところにその技術は使われているのだが、様々な条件の関係上、用いられていないものも存在する。

 

その一つが、女子制服のストッキングであった。

 

この一つの理由としては、ストッキングは学校側の指定メーカーのものではなく、各自用意するものであることが考えられる。

 

校則では『黒又はグレーのタイツかレギンス』とだけあり、どのメーカーのものを使うのかは生徒自身次第であるのだ。

 

市販のストッキングには、形状記憶繊維など使われていない。これはストッキングが消耗品であることも理由の一つであろう。

 

高級品であるならば、事情は違うのだろうが、玲香が日常の範囲で触れるストッキングには、形状記憶繊維など使われていなかった。

 

だから、ストッキングが伝線してしまうのも、考えられない話ではなかった。

 

 

「えぇ……」

 

 

……ちなみに、校則には『黒又はグレーのタイツかレギンス』とあるのに、『ストッキング』はいいのか、と思うかもしれないが、特に問題はない。

 

というのも、玲香はこうして女子になって知ったのだが、タイツとストッキングの間に構造的な違いは存在しない。

 

この二つの違いは、「デニール」と呼ばれる生地の厚さである。

生地が薄いものをストッキング、厚いものをタイツ、と日本では呼称している。

 

だが、外国では区別なくタイツと呼んでいたりと、その二つの違いというものは存在しないのだ。(ちなみに外国でストッキングと言うと、ガーターベルトで吊るものと言う認識になるらしい)

 

もともと、タイツの生地の厚さは防寒目的であるからして、【一方通行】によって熱量の移動を操作できる玲香には、ストッキングもタイツもそれほど変わりはないのだが。

 

だが、玲香は肌が昔から弱かったこともあって、両親が心配していた。このため両親は、生地の薄い(刺激の低い)ストッキングで良いか、と学校側に問い合わせて許可を得ていたのである。

 

この両親の気遣いを無にする訳にもいかず、玲香はストッキングを着用していた。

 

【一方通行】を使えるのだから、これは両親の要らぬお世話だと思われるかもしれない。だが、玲香はそもそも衣服の重さや感触などをベクトル操作していない。ゆえに、刺激などを考えて問い合わせてくれた両親には感謝をしていた。

 

……なお、衣服などのベクトルを操作していないのは、肌に何も触れていない感触だと、全裸でいるような感覚に襲われるからである。この感覚を楽しめる人間はどこかにいるのかもしれないが、少なくとも玲香にはそのような痴女の気はなかった。

 

だから、生地の薄い(刺激の少ない)ストッキングを着用していたのだが、生地の薄さが裏目に出た形だった。

 

 

(どうしようどうしよう)

 

 

数十年前に第三次世界大戦が起こるきっかけとなった地球寒冷化の影響は随所に残っている。

 

極力肌の露出を避けるようなドレスコードも、その一つである。

 

少なくとも公式の場では、伝線したストッキングなど、論外だろう。

ましてや自分は登壇するのだ。

 

……今のところはスカートで隠れる範囲にとどまっているが、ひろがっていかないとは限らないし、ふとした拍子に見えてしまう可能性もなくはない。

 

なんとかして対策を探そうとする玲香であるが、焦っていると時間が経つのも早いようで、玲香の登壇を促す声が聞こえてきた。

 

 

『──新入生、答辞。新入生総代、篠宮玲香さん』

 

 

その声に慌て、なんとか応急処置的に【ベクトル操作】で、反射膜の設定を新たに設定し直した。

なんとかストッキングの穴を大きくしないように、肌に押しつける形にしたのである。

 

……だが、ここでミスがあった。

 

焦っていたからか、肌から放出される熱量を普段より少なくしてしまったのである。

 

こうして、玲香はストッキングの穴を広げないようにすることには成功したものの、片足だけ特に蒸れる形になってしまったのである。

 

 

──ここから先は地獄だった。

 

 

 

『麗かな春の桜が舞う──』

(あああああ!! 設定し直すとなると、答辞の内容が飛んでしまうかも……)

 

 

『名門、国立魔法大学附属第一高校に──』

(まって、蒸れすぎ! 汗出てきた!)

 

 

『──光栄に存じます』

(いや、答辞の内容は光のベクトル操作して、前向いてても網膜に映せるんだけど!!)

 

 

『私は、新入生を代表し、また第一高校の一員として──』

(こんなに汗出て、片方だけブーツ臭くなったりしないよね? ね?)

 

 

『──新入生代表、篠宮玲香』

(タイトなスカートまでキツく思えてきたんですけど! 前世男子には辛すぎるううううう!)

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

そうして地獄の数分を耐え切った玲香は、隙を見て熱量に関する設定をし直し、なんとか平常心を取り戻した。

 

表情に関しては、表情筋ベクトル操作でなんとか繕っていたが、内心は冷や汗ものだった。

 

だが、なんとかリカバリーできたとは感じる。……最悪の場合、事前に録音した答辞の音声を再生していたレコーダーがあった。これを、あたかも口から発せられているようにベクトル操作する、という手もあったのだが、使わずに済んで僥倖だった。(もちろんこの音声は反射膜の外に出していない)

 

 

この後、新入生を代表して、一足先にIDカードを受け取り、玲香の新入生総代としての入学式での役割は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

……というわけで、新入生総代のお役目から解放、とはいかなかった。

 

 

例年、入学式が終わった後、新入生はIDカードが発布される、ID交付会場に集まっていく。

ここで、校内のさまざまな施設を利用するためのIDカードとともに、自分のクラスを知ることができるという寸法だ。

 

だが、入学式中に既にIDカードを受け取っている新入生総代は例外だった。

入学式後の新入生総代の役割、それは、

 

 

「いやぁ、今年の式で一つ残念だったことは、司波君のスピーチが聞けなかったことですかな」

「それは無理というものですよ、上野先生。入学式で登壇する生徒は生徒会長と新入生総代だけなのですから」

「ハハハ、そういえばそうでした。ですが、今年の新入生総代の篠宮君も素晴らしいスピーチでしたな」

「……光栄です」

 

 

……こうして、来賓対応する深雪とともに、 空騒ぎする大人たち(来賓)に囲まれて、ひたすら愛想笑いをすることだった。

 

(……うっわ、めっちゃ視線が気持ち悪いんですけど!)

 

原作でも「肉体的な衰えを意識し始めた男が若く美しい娘に抱く本能的なもの」を含んだ視線を深雪に向けていたが、自分にまで向けられるとは思っていなかった。

 

七宝琢磨は全然絡まれずに済んでいたような記憶があるのだが、要は本当に『そういうこと』なのだろう。実際に受ける身となってみると不快以外の何物でもなかった。

 

にも拘わらず、どうして愛想笑いで無駄話に付き合っているかというと、来賓の1人の職業が関係する。

 

「上野先生」と呼ばれた壮年の男性だ。この男は政治家で、東京を地盤とする与党所属の国会議員だ。若手有望株であり、次の選挙で与党が勝利を収めたのならば大臣のポストは確実とも言われている。玲香もテレビでは何回か見たことがあるほどである。

 

尤も若手と言っても、それは政治家の中でという話で、一般的に言えば既に壮年なのだが。

 

この上野先生とやらの厄介なところは、魔法師に好意的な議員としても知られており、魔法大学の学外監事を務めたところがあるという点だ。魔法師を敵視する運動が徐々に勢力を増している現下の情勢では、魔法大学でも第一高校にとっても扱いを疎かにできない人物だった。

 

そういうこともあって、玲香は学校関係者との打ち合わせの際に丁寧に対応してくれ、と頼まれていた。

 

「本来であれば16歳の少女に配慮してもらうようなことではないのだが……」と学校関係者が苦悩していたこと。

玲香自身が、自分の身を守るためにも、魔法師を世間が敵視する風潮を増長させるのはまずいと思ったこと。

この二つもあって、丁寧な対応を約束したのだが……。

 

 

(……このハゲええええええ! 見てるところバレバレなんだよ! 話も長すぎ! お母さんに頼んで、近くのコンビニで買ってもらった替えのストッキングに、早く履き替えたいのに!)

 

 

──正直、玲香はそれを後悔していた。

 

前世なら一生会うはずのなかったであろう、政治家という職につく人物に会ったというちょっとした感慨は何処へやら。

 

彼の長話は、かなり長時間にわたるものとなっており、少々、いやかなり辟易した空気が周りに充満してきた。

 

来賓の中でも特に社会的地位が高い国会議員がこの場にとどまっていては、職員もこの場を去り辛いということだ。

 

去年までは、七草という家名に遠慮していたこともあって、彼の長話はそこそこに抑えられていたとのことであるが、今年はその煽りを受けているということだった。

 

 

そろそろベクトル操作で、どこらへんとは言わないが冷風でも送り込んで、凍えさせてやろうか、と過激な思想に走りそうになった玲香であったが、ここで助けが登場した。

 

 

「いやはや、お久しぶりですね、上野先生」

 

 

あまりの長話を見かねてか、会話に割り込んできたのはそれなりに歳をとった様子の男であった。

 

 

「篠宮君もご無沙汰しております。首席入学と聞きましてね、こうして来させていただきました。その後のご機嫌は?」

「お久しぶりです。……おかげ様でこうして」

 

 

この男は、キャビネットという、現代の最もポピュラーな交通機関を一手に担う会社の上役で、政府関係機関にも伝手の多い人物だ。

 

このため、上野がこの男に顔を合わせたことも数度あり、そして上野にとっても無視できない立ち位置にいる人物である。

 

 

……そして、玲香はこの男と会ったことがあった。

 

というのも、玲香が事故から目覚めた後。

 

「キャビネット関係のお偉いさんが謝罪に来た」と言ったが、その謝罪に来た人物がこの男なのである。

 

玲香にとって、社会的地位の高い唯一(・・)の顔見知りとも言えた。

 

……普通ならば、そのような謝罪など、部下に押し付けてもおかしくない地位にいる人物なのだが、彼は現場からの叩き上げということもあって、かなり誠実な人柄の人物であった。

 

このため、キャビネットの事故にあった直後にも玲香の両親の下に謝罪に訪れ、治療費を負担するばかりか、最高級の治療施設を用意してくれたとのことだった。

 

それだけで責任はとっていると、普通の人物なら言いそうだが、こうして首席を取った祝いに訪れるというところに彼の誠実さが表れていると言えるだろう。

 

もちろん、魔法科高校首席入学者との顔繋ぎや周りの来賓との歓談など、別の目的もあるのではあろうが。

 

そんなこんなで、少し上野先生の勢いが緩んだ中に、スーツ姿の女性が乱入してきたことで、この長話は終わりを迎えた。

 

 

「上野先生、こんにちは」

 

 

その女性の名前は、七草真由美。

昨年度の第一高校生徒会長であり、今現在は魔法大学の学生だ。

赤い目を持ち、黒くウェーブのかかった髪はよく手入れがされている。

原作でトランジスターグラマーと言われるその体型は、レディーススーツ姿でも健在。それでいて九校戦で映される容姿より数段大人っぽく見えた。

 

 

「お忙しい中、わざわざご足労くださり、ありがとうございます」

 

 

前半の「お忙しい中」というフレーズを強調した真由美の言葉に、上野は慌てて対応した。政治家は無神経に務まっても、愚鈍には務まらないということなのであろう。

 

素早く真由美の意図を察した上野は、不自然にならないよう、適当な話題を振って撤退することにしたようだ。

 

「それよりも、真由美君はどうしてここに? 妹さんたちの付き添いですか?」

「ええ。両親が2人とも、どうしても時間の都合がつかないと薄情なことを言うものですから」

「ハハハ、お二人ともお忙しい方ですから」

 

こうして、真由美たちの妹が挨拶する流れとなり、双子が深々と頭を下げたこともあって、いち段落ついた空気が充満した。

 

上野はこの変化を見逃さず、

 

「2人とも、そして総代の篠宮君も、期待していますよ。では真由美君、僕はそろそろ失礼します」

 

簡単な挨拶だけをして、そそくさとその場を立ち去ったのだった。

 

 

ちなみに先程乱入してくれたキャビネット関係の責任者の男とはいうと、真由美が乗り込んできたときに、さりげなくその場を離れていた。

 

どうやら魔法関係の十師族と、大きく関わるつもりもなかったのであろう。

彼は、目礼をする玲香に、さりげなく右手を上げることで応えた。その後、かの議員につられて、来賓が少しずつ減っていく中に紛れて見えなくなった。

 

その事態をひき起こした真由美は、彼らの姿がほとんど見えなくなった後。朗らかな笑顔で深雪、そして玲香を見た。

 

 

「深雪さん、そして篠宮さんだったかしら。大丈夫?」

 

 

 

 

 




この事件前の深雪「お兄様、考えすぎではありませんか?」
この事件後の深雪「交通関係の要人に伝手? まさか……」

唯一と言ってもいい要人への伝手(ほぼ面識なし)を疑われる主人公である。

なお、この男は今後出てくることはないと思いますので言っておきますと、ただの善人(お節介気質のおじさん)です。



次回「入学編Ⅶ 新入生女子4人」
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