劣等生の世界の一般魔法師女子にTS転生してしまったんだが   作:機巧

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皆さん温かい感想、評価ありがとうございます。




入学編Ⅹ 新入生勧誘期間

木曜日。

日曜日の入学式からまだ数日にも関わらず、すでに女子のグループは固まりつつあった。

 

玲香は生徒会の仕事で休み時間を削られていたこと、入試の成績とその美貌によって遠巻きにされていたこともあり、友達がたくさんできるということはなかった。

 

普通に気軽な話ができるのは、前の席の水波と、そのさらに前の席の香澄くらいのものだ。

……ただ、香澄はその持ち前の明るさで、玲香たちとは別にパリピ系のグループを作っているので、同じグループとは言えない。

 

 

「おはよう、水波」

「おはよう、玲香」

 

 

となるとこのように、普段玲香が一緒に行動するのは、水波だけと言うことになっていた。

ここ数日は登校したあと、始業までの少しの間、水波と適当な会話をするのがルーティーンとなりつつある。

 

 

「あ、玲香。おっはよー!」

 

 

だが、この日は登校して着席した途端、香澄が大きい声で会話に加わってきた。

 

今まで話していたであろうグループから、玲香と水波の座る席の近くにやってきた香澄は、自分の左腕にある腕章を見せびらかすように引っ張った。

 

 

「ふっふーん」

「どうしたの、香澄。そんな腕章を見せびらかすようなことをして」

 

 

香澄はあまりに得意げにその腕章をつかんでいる。玲香は空気を読み、腕章のことについて聞く。

 

これがこの2年で玲香が身につけた、女子の会話に必須のスキルの19、「空気を読んで自慢話に付き合う」だった。

 

その聞き返しに気分を良くしたのか、香澄は自分の状況を話し始めた。

 

 

「新入生勧誘期間が始まるでしょ?」

「そうだね。今日からだよね」

「うん、それでさ、みんなが勧誘のために魔法をあっちこっちで使うから、毎年騒動がひどいんだってさ」

「なるほど。それで香澄さんたちが風紀委員に選ばれたと言うことですね」

 

 

その言葉に「そう、風紀委員だよ!」とビシッとポーズを決める香澄に、玲香はふと、

(その風紀委員ってジャッジメントとか読まないよね?)

と思ったが、それはおくびにも出さずに香澄の話に付き合う。

 

 

「去年風紀委員に選ばれたアイツも、この期間にかなりすごい活躍をしたらしいんだよね」

 

 

どうやら、香澄は原作と同じく、達也に敵愾心を覚えて風紀委員に入ることにしたようだ。

 

絶対にすごい活躍をして、お姉ちゃんと泉美ちゃんの目を覚まさせてやる、と意気込む香澄。

 

周りが「クラブ何にするー?」とか「えーそこはかっこいい先輩がいるみたいよー」とか和気藹々としている中、一人無駄に意気込んでいる様子の香澄に、空回りしないといいなぁ……と玲香は不安を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新入生勧誘期間。

 

それは第一高校に存在する、各クラブによる新入生の勧誘のための期間だ。

期間は4月12日から19日の7日間。

 

担任、クラブ顧問という制度もなかなか見ないようになった現在でも、部の存続のための最低人数などの決まりは残っている。

……つまり、人数が一定に満たなくなったクラブ活動は、公式のものとは認められなくなるのだ。

 

これはクラブ運営費の問題が存在するからなのだが、これによって、普通の高校だとしても、勧誘期間が熾烈を極めることは想像に難くないだろう。さらに期間が限られているのであるから、なおさらである。

 

 

だが、ここは魔法科高校。

非魔法系のクラブに限らず、魔法を用いた競技などの部活、すなわち魔法系のクラブ活動が存在する。

 

第一高校に存在するクラブで例を挙げるならば、例えば「SSボード・バイアスロン部」、「軽新体操部」、「マーシャル・マジック・アーツ部」、「ボート部」、「コンバット・シューティング部」、「剣術部」などが存在する。

 

こう言った魔法系のクラブは、魔法を使う競技を行うクラブである以上、勧誘のためのデモンストレーションには、魔法の行使が必要だ。よって期間中は、CADの学内携行制限が解除されて、生徒会役員や風紀委員以外のものでも、CADの常時携帯が可能となる。

 

……このCAD常時携帯許可が、毎年この期間中に起こる騒動の原因だった。

 

そうなるのも仕方ない。

各クラブは生徒会に予算を通すため、実績を出す必要があるからだ。

 

先程言った最低人数の話もあるが、人数に問題のないクラブも実績ひいては予算のため、有能な新入生を勧誘することに必死なのである。

 

その必死さと言ったら、毎年どこからか新入生の成績が漏れ出し、それを元に成績上位の新入生はさらなる熱狂の渦に巻き込まれるほどだ。

 

個人情報保護なんてどこへやら、勧誘に必死になった生徒たちは、少なからず揉め事を起こす。しかも魔法を使うことも少なくない。

 

 

……こうなってくると大変なのが生徒会役員と風紀委員だ。

 

魔法の行使による騒動が起きるたびに風紀委員や部活連、生徒会のメンバーが出勤する羽目になるのだ。

 

だからそれを防ぐために、風紀委員は常に単独で巡回しなければならないし、生徒会も手続き等で忙しい季節にもかかわらず、常時二人以上は確実に部活連本部に待機していなければならない。

 

そうしていなければ、騒動に対応できないのだ。

 

にもかかわらず、デモンストレーションのための魔法行使が許されているのは、ひとえに九校戦での実績を挙げたいと、学校側が黙認しているためといえよう。

 

正直言って、裁定する側の風紀委員、生徒会、部活連のメンバーからすると、地獄の1週間とも言える。

 

 

 

そう……例年、期間中常に一人で巡回しなければならない風紀委員に負けず劣らず、生徒会役員も忙しくなる。

 

ただでさえ忙しい新年度の生徒会業務を、普通より少ない人数で回さなければならなくなるためだ。

 

故に部活連本部に待機している達也と深雪を除いた生徒会役員は、業務に追われることになる……はずだったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

「……暇です……」

 

 

生徒会長の椅子に座るあずさは、誰に言うにでもなくつぶやいた。

 

今日は新入生勧誘期間2日目。

朝に香澄が風紀委員の腕章を見せびらかしてきた日の翌日。

 

すでに時刻は放課後となり、校舎前には勧誘用のテントが建てられ、各クラブのブースが所狭しと乱立している。少し離れている生徒会室にも熱気が伝わってくるくらいだ。

 

そんな勧誘の熱を感じながら、玲香たち生徒会役員は新年度の業務の多さに追われている……ことはなかった。

 

そう。

あずさの呟き通り、ただいま生徒会室には残っている業務が、何一つとしてなかった。

 

理由は言うまでもなく、今ここにはいない達也だ。

彼は常人の十数倍(比喩ではない)の速度で、情報の読み取り、精査、分類、判断、整理を行い、たった数十分の滞在で生徒会全員のその日の仕事を終わらせたのだ。

 

 

「……本当にすごいんですね、達也さんは……」

「そうですよね!」

 

 

達也の常人離れしたオフィススキルに思わず漏れてしまった玲香の言葉を、ほのかは自分のことのように嬉しがった。ぐいぐいと詰め寄ってくるほのかに玲香は相槌を打つ。

 

その会話の中、ふと目線を逸らして生徒会長の椅子に座るあずさの方に目をやると、業務がないことで逆にソワソワしている様子だった。

 

少し遠い目をしたあずさが、ぽつりとつぶやく。

 

 

「あとは、昨日と同じく今日も騒動が起きないように祈るだけですね……」

 

 

玲香は原作知識は曖昧とはいえ、なんか騒動は起きてたような気がするため、なんの慰めも言うことはできなかった。

どう対応しようかと玲香が考えているうちにあずさの方は復活したようで、玲香はあずさを慰める機会を失った。

 

そうして復活したあずさは、「そういえばなんですけど、ちょうど業務もありませんし」と前置きした上で、提案をしてきた。

 

 

「お二人とも、見回りということで、外を回ってきたらどうでしょうか? 篠宮さんが興味あるクラブを見てきてもいいですよ」

「えっと……、あの、生徒会役員のクラブ活動って大丈夫なんですか?」

 

 

玲香はその提案に、少しの驚きを持ってあずさに尋ね返した。

 

確か原作では深雪もあずさも真由美も刑部少丞半蔵も、クラブ活動は特に言われていなかったように思える。

 

それにリーナは臨時生徒会役員になることでクラブ活動の勧誘を止めさせた筈だ。

 

その疑問をあずさにぶつけると。

 

 

「別に禁止されてはいませんよ? ただ、生徒会は忙しいので、クラブに入る方はほとんどいないのが実情ですけどね。……でも、そこにいる光井さんは掛け持ちしていたりするんですよ?」

「はい。わたし、SSボード・バイアスロン部に入っているんですよ?」

 

 

そういえばそうだったと、瞼をパチクリさせて納得する。

原作では最初から生徒会役員になった人は、クラブ活動をやっているかは不明だったが、後から入ったものは確かに掛け持ちということになるだろう。

 

やめている描写もなかったはずであるし、掛け持ちは可能なのだろう。

 

納得する様子の玲香を見ていたあずさは、満足そうに頷いた。

 

おそらく玲香がクラブ活動を希望すれば掛け持ちもできなくはない、ということを理解してくれたと思ったのだろう。

 

 

「と言うことなので、光井さんと一緒に見回りという名目で、クラブのブースを回ってみたらどうですか?」

「は、はい。……でも会長は」

 

 

再びのあずさの提案に、断るのも気まずいと思い、玲香は肯定を返す。

このまま何の仕事もない空間で、数時間過ごすのは辛いものがあると感じたからだ。

 

だが、自分たちが出かけるとなると、必然的に、会長であるあずさが残ることになる。

こんな時期に、生徒会室に誰もいないというのもまずいだろう。

 

 

「私は会長ですから。いなくてはいけません……あっ、気にしなくていいんですよ。見回り、お願いできますか?」

「はいっ、わかりました!」

 

 

その点を指摘すると、あずさは全くそれを苦に思っていない様子だった。

 

むしろ、楽しんできてほしいという気遣いがあふれるモノで、その様子を見て、とてもいい先輩だな、と玲香は感じいった。

 

こんな先輩を持てただけでも、苦労して生徒会に入った意味があるというモノだろう。

 

そうして出かける準備をしていると、何やら言い忘れたことがあるようで、あずさが白い小さな機械を渡してきた。

 

 

「あっ、一応は見回りということですからね。ICレコーダーをつけておいてください」

 

 

どうやら、このICレコーダーは、事件に遭遇したと思った時、即座に録音を開始するためのもののようだ。

 

事件が起こった時、事件を起こした生徒は尋問委員会でその事件について精査されるのだが、その時の証拠として活用できるらしい。

 

基本的に生徒会役員の証言は無条件で信用され、もし事件が起こったら、各自の判断で捕まえていいとのことだが、それでも音声という物的証拠は大きいということらしい。

 

ICレコーダーを、制服のボレロの内側にあるポケット(CADが入っている側とは反対側)に差し込んでおき、玲香とほのかは生徒会室を後にした。

 

 

「「失礼します」」

「頑張ってきてくださいねー」

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、玲香はほのかに案内されつつも各部活のブースを見回っていった。

 

金曜日。

新入生勧誘週間の2日目ということもあって、初日のようなゴタゴタした喧騒はなく、純粋に勧誘に勤しんでいるクラブが多いようだった。

 

玲香は多少誘われはしたが、すでに生徒会に入っていることが出回っているらしく、群がった先輩方が退散していくのも早かった。

 

……上級生の生徒会役員であるほのかと一緒にいたことも大きいだろう。

 

玲香達が歩いたルートでは、なんの障害もなく、校内は平和そのものだった。

 

そうして、校内の一角にあるブースに来ると、ほのかは足を止めて玲香の方をくるりと振り向いた。

 

 

「篠宮さん、ここが私の所属するクラブ、SSボード・バイアスロン部だよ」

 

 

ほのかは、その部名が書かれた看板のテントに入っていく。

 

ほのかに続いて挨拶をしながらバイアスロン部のテントに入ると、明らかに他の学生とは纏う空気が違う女性がいた。

 

ぴっちりと体に張り付いたスーツは、バトルボード用のものだろうか。

 

どこかで見たような、見なかったような容姿に、玲香は首を捻る。

 

 

「……あれ? 風祭先輩じゃないですか。いらっしゃってたんですね」

「そういう貴女は、ほのかちゃんね。去年の期待の新入生。新人戦バトルボード優勝。しっかり覚えてるわ。我ながら、自分の審美眼が怖いくらいよ」

 

 

あはは、とほのかは褒められたことに照れた様子だ。どうやらこの先輩の話によると、去年ほのかはこの先輩に勧誘されたらしい。

 

そこまで情報を得たことで、玲香はこの人物の正体に思い至った。

 

 

(あああっ! 『優等生』で登場してた迷惑コンビの2人か! ほのかと雫をさらって逃げた人だ!)

 

 

そう。スピンオフ『魔法科高校の優等生』にて登場した先輩だ。漫画では白黒であったため、思うより明るい髪色に混乱して、なかなか人物に思い至らなかったようだ。

 

……そもそも原作知識は、劣等生の一年生の部以外は割と曖昧だから仕方ないといえば仕方ないのだが。

 

そして、その正体に思い至った今でも、名前が出てこない始末だ。

 

 

「えっと、今年の私は生徒会役員です。何かあったら風祭先輩でも捕まえなくてはいけないので、去年みたいな無理な勧誘はやめてくださいね」

「そんなことしないわよ……。だって、もう有望株が来てくれたもの。ちょうどロボ研の辺りで騒ぎが起きててね。穏便に誰にも邪魔されずに勧誘できたってわけ」

 

 

ほのかとその先輩であろう人の会話を聞いていると、その先輩の苗字がわかった。

 

(……あぁ、風祭先輩か……そんな名前だったっけ……っていうか、ロボ研で騒動? ……あずさ先輩……強く生きて……)

 

ロボ研の騒動ということで思い出したが、確か達也達の魔法工学科担当の先生の息子、ケントが騒動に巻き込まれているのだったか。

 

 

 

「新入部員、無事に勧誘できたんですね。それならよかったです」

「今その子が競技のレベルを見たいというものだから、颯季がデモンストレーションをしに行ってるわ。……すぐ戻ってくるみたいだし、どんな子かはすぐに見れるんじゃないかしら」

 

 

その颯季というのが、迷惑二人組のもう一人の名前なのだろう。

 

なんとか表情筋をベクトル操作して眉を寄せているのを気づかれないようにしつつ、記憶を探る。

 

そうしているうちに、ほのかと風祭先輩(仮)の話は、心の中でだけ唸りつづけている玲香の話になっていたようだ。

 

 

「それで、こちらは入試一位の篠宮さんね。私はOGで魔法大学三年の風祭涼歌。よろしくね」

「篠宮玲香です。よろしくお願いします」

 

 

玲香が挨拶を返すと、風祭先輩はその整った涼しげな顔を喜びで染めた。

 

 

「それにしても、ほのかちゃん。よくやったわ! 入試一位を勧誘できるなんて!」

 

 

その声は大きくはないが、よく通る声だった。

風祭先輩の声に、周りのバイアスロン部の生徒がわらわらと集まってきた。

 

「入試一位だって?」

「ほんと?」

 

どんどんと増えていくバイアスロン部の生徒達に玲香が、底知れぬ圧を感じ始めると、みかねたほのかが助けに入ってくれた。

 

ほのかは玲香の前に出て風祭先輩や他の部員達の方を向いて、

 

 

「あぁ、そういうわけじゃないんです。同じく生徒会役員の仕事で見回りというか……、それで少し寄ってみただけなんです」

「……へぇ、生徒会ね……。それは残念。でも、掛け持ちは禁止されてなかったはずよね?」

 

 

玲香が生徒会役員となっていることをさほど驚きもせずに受け止める風祭先輩。

 

先程のよく通る声は、どうやら玲香が生徒会役員とわかった上で、外堀を埋める作戦だったらしい。

 

そもそもこの人はバイアスロン部に新入部員を入れるという信条のもと、校則を破る確信犯だ。

 

入らないという選択肢を取りづらくさせる手腕は見事なものだった。

 

 

「そうですけど……その、無理な勧誘はやめてくださいね。捕まえなくちゃいけなくなりますから。そうしたらSSボード部だってただじゃ済まないんですよ?」

「わかってるわよ、捕まらなきゃいいんでしょう?」

「……多分そういうことじゃないと思うんですが」

 

 

だが、ほのかのフォローのおかげで、なんとか場の空気が緩んだようだ。

 

なんとか意見を言いづらい雰囲気が流れかけたところで、風祭先輩の言葉を非難するような言葉を言う。

 

先に違うことで少しの否定をしてから本気の否定をする。これは、のちに勧誘をお断りしやすくするための雰囲気づくりであった。

 

 

「それはそうと篠宮さん。うちの部に入らない?」

「ごめんなさい。今のところは考えていないんです」

 

 

最後まで粘る風祭先輩だったが、なんとかほのかの作ってくれた空気のおかげで断りをすることができた玲香。

 

玲香としては、ただでさえ忙しい(はずの)生徒会の仕事以外にやるべきことが増えすぎるのも考えものであったため、ほのかのフォローには頭が上がらない。

 

そうして玲香が断りを入れることができ、ほっとしたところで、風祭先輩は案外すぐに引き下がる姿勢をみせた。

 

 

「そう、残念だわ……」

 

 

だが、それは言葉だけのもので。

 

 

「先に言っておくわ、篠宮さん。ごめんねー。……それぇ!」

 

 

風祭先輩がそう言うやいなや、玲香の白いマーメイド型スカートが捲れ上がった。

 

 

「白ね……」

 

 

慌ててスカートを押さえる玲香であったが、時すでに遅く、風祭先輩は意味深げに色をつぶやく。

 

……校則指定のタイツを履いていたとしても、その色は目立つものだ。

 

その言葉の意味がわかった玲香は、顔を赤く染めた。

 

 

 

……玲香は一方通行で常時反射するものを、ホワイトリストに設定している。

 

そのホワイトリストに入っているものの一つが、そよ風だ。

 

反射膜の内側だけで空気のやりとりをしているとそのうち酸素が足りなくなるし、着ている衣服が全く風に揺れないのも不自然だ。

あと、涼しい風を浴びたい。

 

そんなこともあって、玲香はそよ風を反射のホワイトリストに設定していた。

 

 

 

そして今回。

風祭先輩が使った風を操作する収束系の魔法は、スカートを一瞬持ち上げるだけの「そよ風を発生させる魔法」であったのだ。

 

風が強すぎても反射に弾かれただろうし、反対に弱すぎてもスカートを持ち上げることはできなかっただろう。

 

……これはある意味で、必要最低限の風でスカートめくりをするという、風祭先輩のスカートめくりにかける執念が生んだ奇跡だった。

 

 

「じゃあねー、機会があったらまたよろしくね」

 

 

そんな奇跡が起きたとも知らず、風祭先輩はいつもの通りいい仕事をしたとばかりに、テントを去っていく。

 

その様子に、玲香は底知れぬ怒りを覚えた。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「……光井先輩、これって魔法の不正行使に当たりますよね」

「は、はい。多分?」

 

 

ほのかに確認をとるや否や、風祭先輩に続き、玲香はテントを飛び出した。

 

その間は数秒であったはずだが、魔法を用いたボードに乗って逃げる風祭先輩は、すでにかなり遠くに去っていた。

 

玲香は制服の内ポケットからCADを取り出し、3桁のコマンドを入力した。

 

コマンドは111。よく使うため、簡単な同じコマンドにしている術式だ。

 

その名は『自己加速術式』。

 

加重系魔法で慣性を制御し肉体にかかる負担を減らしたあと、加速系魔法と移動系魔法を複合して移動する、高速移動のための術式だ。

 

ただ、これを用いて風祭先輩を追いかけるのではない。この術式はただのカモフラージュだ。

 

事前に一方通行で変数を代入し、自己加速術式を起動すると、自身に加速度ベクトルが生じる。

 

それを感じた瞬間、自己加速術式への干渉力を切る。……この動作を行うのは、魔法を使わなければ、次に行う高速移動の説明がつかないからだ。

 

そして魔法は実際に発動しなければ、その魔法式はサイオン粒子として霧散し、魔法として検出されなくなってしまう。

このため、『魔法を発動させてから』、高速移動を行う必要があったのだ。

 

 

 

そうして、干渉力が切れ魔法が解除されたのを自覚した瞬間、玲香は地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、『自己加速術式』ね。やるじゃない、一年生」

 

 

風祭が玲香の魔法行使によるエイドスの反発に気づいた瞬間、振り向くと玲香の姿は音もなく消えていた。

 

 

「えっ……?」

 

 

どこにもいない。たしかにテントの外であの白い髪の一年生が『自己加速術式』を使用したはずだ。

 

風祭は混乱しつつも、長年の経験から玲香の今の位置を割り出そうとしたところで、真後ろから声が聞こえた。

 

風祭は後ろを振り向いているから、正確には進行方向、というべきかも知れないが。

 

 

「よくもやってくれましたね」

「……ッ、いつの間に⁉︎」

 

 

風祭の進路を阻むような形で立っている玲香の姿に風祭は驚きを覚える。

 

風祭自身は本気ではないとはいえ、かなり速度は出ており、距離も離れていたはずだ。

 

それにもかかわらず先回りするなど、並の使い手ではない。

相当加速系魔法が得意なのだろう、と風祭は玲香の評価を改めた。

 

 

「流石入試一位ということかしら」

 

 

ぶつからないように風祭はボードの軌道を急激に変え、逃走方向を修正する。

 

 

「逃しません」

 

 

玲香はそれに対し、さらに追いかける。

 

玲香がこのように高速移動している原理は単純だ。

 

ベクトル操作で身体機能を増幅させ、さらに地面を蹴る作用と反作用を束ねて無反動で倍の加速をしているだけのこと。

 

これだけで音速を超える速度をも生み出すことができる。

 

普通であるならばこのような挙動をすると、慣性や空気抵抗によって、体の方が悲鳴をあげてしまう。

 

だが、玲香はその障害すらもベクトル操作で推進力に変えていた。

 

 

「なんて速さなのっ」

 

 

その速さに思わず悪態をつく風祭。

 

風祭は先程から、玲香または玲香の周囲に対して、軽い妨害の魔法をかけて逃走をしようとしていた。

 

だが、それは悉く不発。

 

玲香の周囲の地面や空気に働きかけようにも、魔法が発動したときにはその位置をとうに過ぎ去っている。

 

玲香自身を魔法の対象にしようにも、速すぎて視界に捉えられない。

 

……そもそも、真由美や達也など別の『眼』を持つ特別な魔法師以外は、視界に対象が入っていないと精神的な距離ができ、魔法を発動することができない。

 

これは情報次元での距離が、そのまま精神的な距離に当てはまるからなのだが、とにかく起動式に座標を代入してから魔法発動までの間、対象を視界内に収めていないと魔法を発動することはできないのである。

 

そして、ソニックブームが出ないように音速を超える挙動はしていないものの、それに近い挙動をしている玲香を捉えることは難しかった。

 

 

(よほど自己加速術式を使いこなしているわね……細かい方向転換を利用して私の視界から常に外れるように動き回ってる……!)

 

 

たとえ一瞬玲香を視界に捉えて魔法を発動しようとしたとして、魔法式が構築される頃にはすでに玲香は視界から外れている。

 

そうして対象を見失った魔法式が霧散すること数度。

 

玲香は風祭の真後ろに同じ速度で並走し、優しく風祭のCADを持つ手を握った。

 

そして、風祭に負担がかからないよう、段階的に速度ベクトルを分解して、静止させた。

 

……一方通行は、保護膜に触れたものなら、そのもののベクトルごと操作できる。

つまりどういうことかというと、銃弾を跳ね返す時銃弾の先端だけを跳ね返しているのではなく、まだ保護膜に触れていない銃弾の後方も含めた、銃弾そのもののベクトルを操作しているのだ。

 

今回は、触れている風祭の腕だけ減速すると、脱臼などの事故となるだろう。

 

だが、触れているもの全体のベクトルを操作して停止させるならば負担はない。

 

そうやって風祭を静止させたわけだ。

 

すると、動いていることを前提に作られている風祭の移動の魔法式は、効力を失った。

 

それを確認した玲香は、手を握ったまま、表情筋ベクトル操作で、できる限りいい笑顔を作って言った。

 

 

「悪いことをしたら謝りましょう。……ね?」

「ひっ……。は、はい……」

 

 

その計算して作られた笑顔はとても良く機能したようで、風祭はこれ以上逃げる気力を失ったようであった。

 

──こうして、はた迷惑な先輩を玲香は取り押さえたのだった。

 

 

 

 

……なお、被害が被害であったことと、バイアスロン部の先輩の頼みが必死だったこともあって、内うちに問題は処理させることとなった。

 

ロボ研の騒動で大体の人はそちらに集まっていたため目撃者はおらず、玲香はICレコーダーを起動していなかったし、実際に使ったのも風を起こす程度のものと加速系術式だったので、デモンストレーションという処理ができたのだ。

 

 

よって、昨年の達也と同じく、玲香は一躍ヒーローではなくヒロイン……とはならなかった。

 




一応今回の玲香の速度は、自己加速術式を得意な人が極めれば到達できなくもない速度で、擬似瞬間移動よりかは遅いです。
あと、コンビでなく1人であったことと、風祭先輩の油断も大きいです。
ボソッ(ピクシーによる魔法感知システムのハッキング)




風祭先輩の髪色、彩色されているページはなかったような気がするので、風祭先輩の髪の色は適当です。
彩色されてなかったら、この小説ではひとまずこの色ということで。

今優等生が手元になく確認できないのですが、すでに色が決まっていて間違っていたり、口調が違いましたら、優しくご指摘ください。
まぁ、間違ってたら、優等生のアニメが始まったら否が応でも突きつけられるんですけどね……



次回『入学編Ⅺ シルバー・モデル』

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