劣等生の世界の一般魔法師女子にTS転生してしまったんだが 作:機巧
挿絵注意。嫌な人はオフ推奨。
──2096年4月6日
魔法科高校の入学式の前々日。
在校生が始業式を迎えるこの日は、新入生総代の2回目の入学式の打ち合わせ日でもあった。
つまりは、おそらく原作主人公兄妹との邂逅の日でもある。打ち合わせ自体は春休み中に1度あったのだが、その時は生徒会長に会ったのみで、原作主人公たちに会うことはなかった。
だが、うろ覚えではあるが、達也たちが七宝琢磨に初めて会ったのは、始業式の日であるかのような覚えがあるので、会うとしたら今日であろう。
そんな訳で、目覚ましを二重にかけて寝た玲香が起きたのは、早朝といっても良い時間。目覚まし時計の機械音が玲香の意識を覚醒させた。
「ぅ、……うーん」
目覚まし時計を手探りで止めた玲香は、布団から這い出て足をベッドの外に出した。そして、背伸びをしつつ上半身を起こし、目を開ける。玲香の目に映ったのは既に見慣れた天井であった。
だが、すでに見慣れてはいてもなかなか慣れないことはある。
その一つが前世と今世の体の違いであった。
それはよくある胸に重たいものが……とか「ないっ」ということではない。そういう重みは走る時などに感じることはあるが、前世にランドセルや鞄を背負った重みと、慣れ方はそうは変わらない。
「おっと……」
起き上がったはいいが、足をもつれさせ転びそうになった玲香は、慌ててベクトル操作で姿勢を維持する。
玲香を惑わしたのは、こう言った手足の長さや骨格の違い、色彩感覚の違いと言った、脳と体の伝達の問題だった。
多くの男性が横座り……俗に言う女の子座りができないように、逆に男性でできる動作が女性の骨格ではできないことが存在する。
そして、手足の微妙な長さの差は、入院時初めて起き上がった時にうまく動けない、と言った事態に遭遇するほどの違いであった。病院の医師達は筋力の衰えだろうと言う話で片付いたが、明らかにあれは動作信号の伝達がうまく行っていない感じであった。
そして色彩感覚は、赤系統の色の違いがよくわかるという違いが存在した。男性であった時はリップ色など気にしていなかったが、明らかに違いがわかるのである。
今世の意識はありつつも前世の意識が主体な玲香は、そのような微妙な動作の認識の違いが、慣れた今でも寝ぼけていたりすると確かに存在しているのだった。
「うっ……んっ……、よし、ストレッチ終了っと」
少しストレッチをして、完全に覚醒したところで、自室から出て階段を降りる。
完全に起きてから降りるようにしているのは一度、寝ぼけたまま降りようとしてしまい、前述の動作の違和感から階段を落ちた経験がきっかけだ。ベクトル操作でことなきを得たものの、大きな音で両親を心配させてしまったのは記憶に新しい。
ただでさえ事故で心配を多大にかけてしまっているのだ。大丈夫だとわかっていても、念は押しておくべきだろう。
「おはよー」
「おはよう、今日も早いのね」
リビングに入ると母親がすでに起きていた。とは言っても、前世のように家事をするために早く起きている……というわけではない。
それらの作業は全てHAR<ハル>と呼ばれるロボットによって行われている。このHARは先進国でかなりの数普及しており、今や料理を作るものは、その道の人や苦学生くらいのものであろうと言われている。
この事実からわかる通り、今世──つまり魔法科高校の劣等生の家事事情は、とても発展している。まあ、前世でもだいぶ自動化が進んでいたから、それが半世紀以上経ったと思えば自然なのだろうか。
「また、目覚まし時計で起きたの? 今日くらいサウンド・スリーパーを使った方が良かったんじゃない?」
「うーん、なんか違和感あるんだよね」
「そう……」
サウンド・スリーパーという器具も、その類の器具の一種だ。
安眠導入機と呼ばれるもので国内の普及率は70%を超えている。特殊な音楽を流し、安眠を保障すると言ったこの機械は、人生の半分を使う睡眠を快適なものにするだけあり、感覚遮断カプセルと共に愛用するものは多い。
だが玲香は、前世の記憶からか、こう言った器具による睡眠はなんだか違和感を感じてしまい、その結果目覚まし時計という前時代的なものを使っていた。
なんだか、自分の意思に反して眠りに落ちていくのが怖かったのである。
だが逆に母親は、これをとても気に入っているようで事あるごとに勧めてくるのである。大事な取引の時に、サウンド・スリーパーを使わなかったせいでやらかしたことがあるそうなのだが、詳しくは聞いていない。
「顔洗ってくるね」
このままでは、サウンド・スリーパー信者の母親に押し切られてしまうと思った玲香は、戦略的撤退を行うことにしたのだった。
「えっと化粧水……」
【一方通行】の反射のホワイトリストの設定を夜のパック加湿モードから、化粧モードに切り替え、大量の液体を通す設定にする。こうして洗顔した後、化粧水を顔につける。
後で化粧をするにしろ、しないにしろ、朝起きて洗顔した後に、化粧水をつけることは日課となっている。
この化粧水というものは、肌の保湿などに役に立つようで、乾燥肌でも崩れにくい肌になる……らしい。
プラモデルなどの塗装の下地と同じ感じで、これをやるのとやらないとではかなりの差が生じる……とのことで試してみた結果、PSPの画質とPS4の画質くらい違って割とショックを受けた。
化粧水をつけた後は、夏場ならシャワーを浴びることもあるのだが、地球寒冷化と今が春先なこともあって、シャワーに入ることはしない。
「うわ、ムダ毛……」
洗面台にある鏡を見ていると、ほんの少しムダ毛が生えてきてることに気がつきシェーバー(カミソリ)で処理をする。
前世でも、女子はこんな苦労を見えないところでしていたのかなと、遠い目になりながら、玲香は肌を傷つけないよう丁寧に処理を進めていった。
「お、起きてたか」
そんなこんなして、リビング兼台所に戻ると既に父親が起きてきていたようで、席に座るとHARがご飯を運んできた。
どうやら魚料理のようで、よくある日本料理の形で朝食は配膳された。食事の準備方法や、快適さが変わったとしても、食事の内容としてはあまり変わらないようだ、というのが前世の人格面の結論だった。
「玲香、今日は何時に出るの? キャビネットで1時間くらいはかかるんでしょ? 大丈夫?」
「うん、そのくらいかかるから7時前ごろに出たいかな」
「そうか、頑張れよ。入学式の時は期待してるからな」
「……カメラ激写は恥ずかしいからやめてよね」
「あ、そうだ玲香、インナーガウンの刺繍、済ませておいたから取って行きなさい」
「わかった。ありがとう」
最初は今世の知識がありつつも、違和感を感じていたこんな会話も、もう違和感はなく過ごせている。
自分がこの世界を生きている一員だと考えられるようになったのは、今世の記憶か、それとも自称ライバルの友人のおかげか。
そんなことを考えつつ、家族の団欒の時間は過ぎ去っていった。前世なら余裕もなかった時間も、HARのおかげで余計な時間が短縮されている分、こう言った団欒に使えるのが近未来のいいところであった。
「よし、完璧!」
朝食での団欒から数十分後。
鏡を前に、魔法科高校の女子制服を着た玲香は、最後の身だしなみを整えていた。
この制服に袖を通して学校に向かうのは、これが初めてである。前回はまだ春休み中ということもあって制服が届いていなかったし、本来届いてから初めて制服を着て学校に向かうのは、入学式のはずだからである。
……魔法科高校の制服は、緑色の下地に白のアクセントが入ったボレロの様な裾の少ない上着、その下に白いノースリーブのマーメイド型ワンピースと黒のネクタイ、黒またはグレーのタイツやレギンス、そして黒に緑のアクセントが入ったブーツとなっている。
確かにボレロの様な上着はデザイン的にもそれなりに可愛いとは思うのだが、問題はマーメイド型ワンピースである。
このワンピース、原作ではサイドに形状記憶三角プリーツがあったはずなのだが……。
(アニメ基準で何故かプリーツがないせいで動き辛いんですよねぇ……。ほんとなんでさ……アニメでは摩利さん、謎のスリット入れてたもんなぁ……)
そういうわけで見栄えはともかく、謎に体のラインが出るだけで動きづらいワンピースなのである。
そして何より着替えにくい。
機能は全然ないくせに可愛さだけはあるところが謎に苛つくポイントである。
「あっ、お母さんが仕上げてくれたガウン、忘れない様にしないと……」
インナーガウン。
魔法科高校の劣等生の制服の中でも、特に目を引くであろう、女子がボレロ?とワンピースの間に着る謎のケープのことである。
シルクテイスト・オーガンジー(要は絹の平織物に透け加工を施したもの)であり、なんだか統一性がなくて、その生徒の個性を区別するかの様に模様が異なるアレである。
このインナーガウンのモチーフは、雪・月・花のどれかであれば、具体的な色や形状は自由とかいう訳の分からない校則となっている。
つまり
元男子大学生に出来るわけないだろ。
確かに、テーラーマシンという自動洋裁、和裁、刺繍用の、多腕式の自動工作機械が普及してはいる。中学校の選択授業で操作も習うので、自作の服をデザインする高校生も少なくない。そんなわけで女子高生たちは、インナーダウンの色や柄を自分でアレンジしているらしい。実際習った記憶もあるし、出来るかできないかで言ったらできなくはないだろう。
(だけどさ、可能であるかどうかと、デザイン能力があるかは別なんだよなぁ)
元男子大学生の意識が強く出ている玲香にとって、服のデザインセンスなんてものはかけらも残っていなかった。
そんなわけで、母親に頼んで柄を作ってもらったのだった。その内容としては、桜色のケープに黄色の三日月が浮かんでいるというものであった。品位を損なっていないので、十分受け入れられるデザインであろう。
多分自分でやってたら、冒涜的なデザインになっていたかもしれないと冷や汗をかきつつ、自宅でこんなケープができてしまうことに改めて驚きを受ける。
わからない様に、ベクトル操作で違和感を消しつつ、軽く化粧をした後、割といい時間帯になったので、玄関に向かう。
玄関には制服のブーツがあった。未だにヒールでの歩き方は慣れないが、よくあるヒールが痛いといったことは、ベクトル操作で重心を分散して対処している。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
そう言って、左胸にある8枚花のエンブレムを軽く叩く母に笑いかけて家を後にし、近くのキャビネット停留所に向かうことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
正直、事故に遭ったからか、キャビネットにいい思い出はない。
だがそれでも、使わないという選択肢があまり考えられないほどにそのシステムは優秀だった。
無論、あまり使わなくて済む様に、15になった瞬間達也の様にバイクの免許を取ったりはしたのだが、バイク登校の夢はマーメイド型ワンピースに阻まれた。
そんなわけで、泣く泣くキャビネットで登校することとなっているのである。
だがキャビネット・システムの快適さや速さは本物で、タブレット型端末を利用した読書がそこそこ進んだ。一冊読み終わるかというところで、魔法科高校の最寄りの停留所に着いた。
そうしてキャビネットから出ると、魔法科高校前の坂を登っていく生徒たちの姿が見えた。
今日は自分以外の新入生はいないはずなので、視界から目の前に映るのがすべて先輩だと思うと、ちょっと気まずい思いもしなくもないが、努めて気にしないように紛れて坂を上っていく。
途中ジロジロと見られている気もするが、表情筋のベクトル操作で表情を制御し、気にしない様に努める。ベクトル操作を全力で美容に使っているからか、それとも単純にアルビノが珍しいのか知らないが、こういう視線への対処には慣れていた。
坂を登り切ると、まるで大学のキャンパスの様な広い敷地に、校舎が建ち並んでいた。
「うわぁ……」
思わず声が出るが、音波のベクトルを制御し、感嘆の声が周囲に出ない様にする。
声の音波を制御して、周りに出さない様にするなら、最初から声を出すなと思うかもしれない。
だが、思わず声が出てしまったのも仕方のないことであろう。
前世の意識としては前世から憧れていた(?)魔法科高校が目の前にあり、今世の意識としては目指していた目標地点の一つが目の前にあるのである。
もちろん、春休み中の打ち合わせでも一度訪れてはいるのだが、その時は私服であったことや、生徒が誰1人いなかったことから、ようやく今日、魔法科高校に入るということを実感したのである。
あまり止まっていても不自然なので、前回通った様な道を歩き出す。人のいないベンチに腰をかけたところで、近くの携帯端末に落としてあった地図のアプリを起動し、事務棟の位置を再び確認する。
そうして地図と実際にある棟を見比べて、目指す地点を決め、動き出す。
所々あたりを見渡しながら歩いていくと、8枚花弁とも無地とも違う、歯車の様なデザインのエンブレムをつける生徒たちが見つかった。
(──魔法工学科だ)
魔法工学科。
原作で達也が、対外的にも対内的にも莫大な功績を残してしまい、彼をただの二科生として扱うことのできなくなった学校側が用意した苦肉の策。
ある意味で、原作主人公のためだけに作られたと言う訳の分からない科である。
前回の打ち合わせの時に、今後何か間違って情報を落としても大丈夫なように、中条あずさ生徒会長からその存在を教えてもらったりはしておいたなぁ……と玲香がそんなことを思い返していると、急に魔法工学科のエンブレムが目につく様になった。
自らの子供が赤ちゃんの時は赤ちゃん製品のCMがよく目に付くと言う、あの現象である。
──そうして、見つけてしまった。
「お兄様?」
圧倒的なまでの美貌を持つ青い雪のガウンを羽織る少女と、その少女に話しかけられる、やけに鋭い眼光を持つ魔法工学科の少年を。
とりあえず見なかったことにして、職員室に向かった。
デザインはともかく、機能性に不安が残る魔法科高校の制服。
ちなみに九校が1番デザイン好きです。