劣等生の世界の一般魔法師女子にTS転生してしまったんだが   作:機巧

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入学編Ⅳ フラグ

「副会長の司波達也です。よろしく、篠宮さん」

「篠宮、玲香です。よろしくお願いします」

 

 

表面上、その挨拶は何の問題もなく行われた。

反応と感触そのものは悪くない。心の中でほっと息を吐く玲香。

 

安心して平常心をなんとか取り戻した玲香は、あらかじめ決めてあったように、その胸のエンブレムをじっと見つめる。

 

その胸には、一高の八枚花弁に、歯車を足したようなデザインのエンブレムがある。適切な言葉を探すならば八枚歯車であろうか。これは魔法工学科のエンブレムであった。

 

ここで何も気づかずにスルーするのも変だろう、ということで、あらかじめ興味を持ったような形で見つめるということは決めておいたのだ。

 

 

「どうかしましたか?」

 

考えていた通り、その行動に疑問を持ったのか、達也が声をかけてくる。

 

 

ここで知らないフリをするのは、玲香は原作知識の存在を隠しておきたいからである。

別に話したところで大丈夫な立場なら話していたかも知れないが、玲香はそうではない。

 

未来予知じみた知識があると知られたら、大亜連合あたりが家族を誘拐なりしそうである。というか、確実にするだろう。そして、一般家庭である玲香の家は、おそらく対応することができない。

……玲香個人を狙ってくるならともかく、遠距離攻撃は、空気を圧縮するにしろ衝撃波を飛ばすにしろ、周囲を巻き込む技しか持っていない。家族を守ることは不可能だった。

 

となると、原作知識は、隠しておくに越した事は無い。念には念を入れて、知る人は少ない方がいいだろうと、玲香はこの知識を、一人で墓まで持っていくつもりであった。

 

最悪、達也たちを通じて、四葉あたりに保護してもらうというのもなくはないのだが。四葉が精神干渉魔法を得意としていることからも、それはほんとに最終手段だろう。

 

そんなわけで、玲香は原作知識がない状態を装うしかないのである。

玲香は努めて、ベクトル操作をうまく使い、初めて見たエンブレムに戸惑い、見つめてしまって申し訳なく感じた様子を装う。

 

 

「いえ……そのエンブレム、今年から創設されたという?」

 

反応したのは、達也ではなくあずさだった。あずさは「はい、そうなんです」と頷いて、

 

「魔法工学科のエンブレムなんですよ」

 

と説明した。

ちなみに、魔法工学科自体の設立については、学校側からの説明の際、雑談として聞いているので、知っていても不自然ではない。

 

「やっぱり……! 去年の新人戦では、エンジニアとしてメンバー入りして、担当した競技では、実質負けなしだと聞きました。とても優秀なんですね」

「それほどでもありません」

 

先ほど聞いた達也の優秀さをさりげなく褒めておく玲香。

これは、達也自身を褒めてはいるものの、達也ではなく、深雪と仲良くするためのアピールといってもいいかも知れない。

 

将を射んと欲すればまず馬を射よ。

達也は深雪を溺愛し、深雪は達也を敬愛している。そして、深雪は、兄の凄さをアピールしがちなところがある。だからこれは、深雪との会話に、少しでも好印象を与えようという魂胆だった。

 

 

その考えはうまく嵌ったのか、その次に行われた深雪との挨拶は、至極穏やかなものであった。

 

「同じく副会長の司波深雪です。よろしくね、篠宮さん」

「篠宮玲香です。よろしくお願いします」

 

こうして、玲香は、ある意味最大の障害とも言える、司波兄妹との挨拶を無事に終えることができた。

 

 

その後、ほのかが元気よく挨拶をした後、入学式の打ち合わせが始まった。

これは、リハーサルの類ではなく、すでに決まっている段取りを徹底するだけであったので、かなり早く終わった。

 

実際に文章を読み上げるということはなく、動作の確認だけであったこと。

学校側との打ち合わせの際、一度、丁寧に正確な動作を行っていたため、ベクトル操作で、スムーズに動作が行えたこと。

特にこれが大きいだろう。

 

そして、今回行わなかった答辞の方は、かなり練習してあり、しかも音波のベクトル操作でミスしたときのフォローも容易であるため、入学式の準備は万端と言えた。

 

当日の準備がすみ、動作のお墨付きをもらい、答辞の方はそれなりに自信がある。

こうなれば、もはや 後顧の憂いはないといえた。

 

問題としていた司波兄妹との初対面、入学式の準備がそれなりに満足のいく出来になったことで、玲香はホッと息を吐いた。

 

 

 

 

(……わたしはもう、何も怖くない!)

 

 

 

 

 

 

……。

…………。

………………。

 

……そう思ったことが間違いだったのか。それとも、目先の問題がひとまずなくなり、気を抜いたことが間違いだったのか。

 

翌々日である入学式当日。第一高校講堂、控え室にて──

 

すでに始まっている入学式。まもなく新入生総代として、答辞を読み上げるために、登壇する。

控室に入った玲香は、直前にあったリハーサルの時と同じく、一旦パイプ椅子に腰を下ろしたのだが……。

 

 

──何かが破れるような音が膝のあたりから聞こえた。

 

 

嫌な予感がした玲香は、スカートをめくって、下に履いているストッキングのことを確かめた。

すると、膝のあたりからかなり大きく伝線していた。

ここまで大きいと、少し動いただけでスカートの裾から見えかねない。

 

2096年現在、生足を見せることは、はしたないと言われる時代である。それを抜きにしても、伝線したストッキングを履いているのを見られるのは恥ずかしいことだ。だから、これはどうにかしなければいけないのであるが。

 

替えのストッキングは持ってないし、時間はないし、着替えるところもない。

 

 

「えっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し戻り、始業式と入学式の打ち合わせがあった翌日。

 

まだ日も上がりきらぬ早朝。

達也と深雪は、自宅から10キロメートル離れた九重寺を訪れていた。

 

「うーん、もう制服を見せにきてくれた時から一年だねぇ。去年の初々しい深雪くんを思い出すねぇ。でもすこし成長した2年生の深雪くんもこれはこれで……うむ、眼福眼福」

「やめていただけませんか、師匠」

 

深雪にセクハラをかまそうとしていた男に、先程まで他の門下生と戦っていた達也が襲い掛かる。

 

「おっと、またまた腕を上げたようだねぇ」

 

達也が師匠と呼ぶこの男の名前は、九重八雲。

法衣を纏っていても、「似非坊主」に見える胡散臭さが滲み出ているものの、この九重寺の住職にして天台宗の僧侶である。

そして、達也の体術の師匠でもあった。

 

八雲は、達也の体術による攻撃を、なんらかの方法で飄々と受け流している。

それに対して達也は、なんとか食らいついていくのだった。

 

 

 

 

 

「それでは、僕が調べたことを報告しようか」

「お願いします」

 

あれから間も無くして、達也の日課の鍛錬が終了した。

達也の服についた埃を深雪がはらった後、話は達也が以前依頼した、とある調査の報告に移っていった。

 

その対象は、去年……そして、昨日あった少女。

 

 

「彼女の名前は知ってる通り、篠宮玲香。出身は神奈川県川崎市。年は16才。先天的白皮症で、軽い念動力と魔法力を併せ持つ。中学校と魔法塾は地元のものに通っていたようだねぇ」

 

 

念動力(サイコキネシス)

 

意志の力だけで物体を動かす超能力。

多様性、正確性、安定性では起動式を持った魔法に劣るが、念じるだけで発動する為、発動までの速さでは勝ると言われている。

加速・加重系の魔法はこの超能力から発展したといわれ、達也が所有権を持つピクシーもこの能力を保有している。

 

……明日以降、万一の際に魔法の不正利用を揉み消すため、達也はピクシーのこの能力を使って、学校の監視システムをハッキングするつもりであった。これは去年まで七草先輩が持っていた、妙に権限の強いアカウントに代わる形だ。

 

このようにピクシーのようなことができる念動力は希少(というより電子機器であるピクシーが念動力を持ったからこそ可能な方法)である。

 

だが、念動力そのものは、少ないと言っても珍しい能力ではない。

BS魔法師の中のそれなりの割合がこの念動力者であるからだ。そして、魔法師としての力と、この念動力を併せ持つものも、いないわけではない。

 

 

(ただ、彼女の念動力はかなり強いもののように見えたが……)

 

 

昨日彼女と挨拶した際、達也は精霊の目で彼女を見たが、彼女はなんらかの強い干渉を受けたサイオンを身にまとっていた。

それは、深雪がたまに起こす、不完全な魔法式による干渉に似ていた気がする。

 

彼女は干渉力が強く、加速系減速魔法の干渉をたまに起こすことがあると、達也は事前に聞いていたから、あまり動じはしなかった。だが、何の事前知識もない状態で彼女を見たら、わずかに眉を顰めるなどはしていたかもしれない。

 

彼女の体内のサイオンの密度が高く、少しぼやけていたことと、すぐに精霊の目の行使を止めたこともあって、それ以上に詳しくは視ることはできなかったのだが。

 

精霊の目の行使を続けなかったことには理由がある。

知覚系魔法や能力は、対象が感受性の高い魔法師ならば『見られた』ことを知覚できることがある。『視た』瞬間、彼女が僅かであるが反応したので、達也は精霊の目の行使をやめたのだ。

 

だが、一見するに、彼女は余剰サイオンが多く、干渉力が強いだろうこと以外は普通に見えた。

その程度ならば、魔法科高校首席入学者であることを考えれば、ありえない話でもない。

 

だから、それよりも気になったのは……。

 

 

「16? ですか?」

 

 

──こちらの方だ。

 

深雪が質問したことは、当然浮かぶ疑問だ。

普通、高校一年生は15歳と16歳の少年少女で構成される。年度のうちに、誕生日を迎える前が15歳、迎えた後が16歳だ。

だから、高校に入学した今の時点で16歳と言うことは、4月のかなり上旬が生誕日であると言うことが考えられる。

 

(……だが、あの書類では誕生月は4月ではなかったはず……)

 

達也は、あずさに見せられた書類のことを思い出していた。達也の記憶では、誕生月は4月でなかったはずだ。そうなると、早生まれと言う可能性は否定される。

 

達也の記憶通り、八雲の回答は深雪のその予想とは大きく外れた。

 

 

「そういうことじゃない。彼女は原級留置……つまりは留年してるんだよ、キャビネットの事故でね」

「キャビネットの事故、ですか?」

 

 

信じられない、という風に深雪が聞き返した。

 

キャビネットは、滅多に事故など起こり得ない。

そもそもキャビネットは、21世紀初頭の電車が進化したものだ。たしかに個別車両となり、車に似ているものの、本質的には電車なのである。

故に交通管制システムによって、渋滞や車両同士の事故が限りなく低くなっている。

 

さらに個別車両となったことにより、車の事故回避システムも採用しており、人身事故の方の数も少なくなっている。これは、周りの動く物体を感知し、一定距離内の前方に近づいた場合は急制動をかけるというものである。

 

リニア式による車両のため、電磁石に通す電流を緊急的に逆向きにすることで、緊急停止を行なっているということらしいのだが。

だが、そのシステムが働く前段階として、電磁石が埋め込まれた線路と普通の道路はそれなりに離れているところも多い。

 

故に、現代においてキャビネットの事故というものは限りなく可能性が低いことであった。

 

 

 

「──そう、この事故には不可解な点が多いんだよ」

 

 

 

生じた疑問を分かっていたかのように、八雲は言葉を付け足した。

 

 

「ひとつめ。その事故の後、彼女の魔法力……特に干渉力は以前とは比べ物にならないほど上がったそうだ」

「事故で、ですか」

「そう。事故で脳のどこかの部位が活性化されたのだろうと医師の診断書には書かれていたよ。確かに脳の機能は未だ分かっていないけどね。魔法力──しかも干渉力だけが増えるなんて、信憑性が怪しいところだねぇ」

 

 

手を口元に当てながら淡々と説明する八雲は、何やら含みを持たせた様子でそう語った。

 

八雲の語る内容には同意だ。

 

例年、魔法事故というものは存在し、それによって文字通り魔法師人生からのドロップアウトをしてしまう学生は少なくない。

魔法力を、失うのだ。特に発展途上で魔法力が成熟していない未成年によく起こる現象だった。

実際、魔法科高校でも一年に1割弱の生徒が魔法力の喪失を理由に退学している。

 

だが、魔法事故ではないが、彼女は逆に事故に遭うことによって魔法力が増したと言うのだ。

それに加えて、彼女が今現在保持している魔法力は、十師族や師補十八家の子息を押さえて魔法科高校に入学するほどである。

 

これは、なかなか信じ難いことだった。

 

 

「二つ目。事故の前後で交友関係や趣味嗜好が少し変わっているみたいなんだよね……」

 

 

言われたことのショックから立ち直る前に、八雲は更なる疑問点を語り出した。

 

彼女は、事故の後、趣味嗜好や交友関係が変わっているというのだ。

 

……これ自体はなんら不思議なことではない。

事故の後、頭に強いショックを受けたことで人格が多少変わってしまう、と言ったことは昔から存在していたからだ。

 

だから、このことを八雲が疑問点という理由には、さらなる根拠があった。

 

 

「そしてすぐに退院……つまり少し無理すれば、元の学年に復帰できたのかもしれないのに、入院期間が延びて、わざわざ留年しているみたいだねぇ。ついでに言うと、事故前後で化粧品へのこだわりも変わったようで、より綺麗になったって周りの人はみんな言うねぇ。……ただの思春期の少女の成長は垢抜けるっていう言葉があるくらい変わることはあるけどねぇ……それではいまいち説明できないくらい変わったみたいだよ?」

 

 

そう言い切ると八雲は、達也と深雪の2人から目線を逸らし、「さて」と腰に手を当てた。

 

 

 

「こうなると一つの仮説が浮かび上がってくると思わないかい?」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

八雲は言った後、達也と深雪のことをじっと見つめていた。どうやら、2人の反応を確かめているようだったが、まず達也の方をじっと見つめ、その後頷いた。

 

「……どうやら達也くんは、僕と同じ結論に至ったかな?」

 

八雲は達也から目をそらし、深雪の方に目を向ける。どうやらまだ分かっていない様子の深雪に「深雪くんにはヒントをあげよう」と言って、八雲はとある情報を付け加えた。

 

「キミたちは知らないかもだけど、首席入学者を出した魔法塾には、特別手当が支給されるんだ……。コレ、結構大きい額だよ?」

 

深雪は、八雲に新しい情報を提示され、その情報とさっきまでの情報を合わせて考えてみた。

 

 

 

言われれば言われるほど、彼女は事故前後で変わったものが多い。

 

変わった趣味嗜好。

変わった交友関係。

その交友関係を変えるためのように見える、入院期間を引き伸ばしての留年。

変わった化粧品と、ただの思春期の少女の成長というには、あまりに変わりすぎている容姿。

塾の講師達への金銭は、口止めを目的にしているようにも感じられる。

そして魔法力の違い。

……増したのは干渉力だけという話だったが、演算規模と速度は(・・・・・・・・)自分の意思で(・・・・・・)能力が低いように見せる(・・・・・・・・・・・)ことができる。むしろ制御できない項目が干渉力といえよう。

 

……そして、それが起きたのは普通では起こり得ないキャビネットによる事故……。

 

その後、彼女は演算規模と速度も向上させ、七草と七宝といった、十師族や師補十八家の子息を超える魔法力を得ている。魔法力の多くは遺伝する中、百家でもない一般家庭出身の少女が、である。

 

 

 

一般人に生まれた少女が、偶然滅多に起こらないキャビネットの事故に遭い、偶然脳に損傷をおって、偶然奇跡的に生還。その影響か、偶然趣味嗜好が変わり、偶然魔法力が上昇して、偶然入院期間が長引いてしまい、偶然交友関係が変わって、偶然魔法師の家系を凌駕する容姿に成長する。

さらに、偶然二十八家の子息を超える魔法力を努力によって得て、偶然魔法科高校に首席入学する……ということも、たしかにあり得なくはないだろう。

 

だが、深雪には、別の可能性が見え隠れしているように見えた。

そして深雪は、深く考える様子の兄と、自身をじっと見つめる八雲の間に視線を彷徨わせ、その疑念を口にする。

 

 

 

 

「まさか──」

 




今回からご指摘を受け、前書きの挿絵に対する注意書きをやめ、タグに『挿絵注意』を追加致しました。
あと次回以降になるのですが、『一部オリジナル設定』タグを追加させていただきます。申し訳ありません。
とは言っても、とんでも設定やとんでも解釈などではなく、原作の世界観を自分なりに考察し解釈した結果ということになります。よろしくお願いします。


次回。達也達がさらなる『真実』に近づいていきます。
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