ワイルズウィッチーズ ‐カシオペヤの魔女‐   作:にょっき‐オリウィ創作

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※小説に登場するウィッチ達のイラスト付き紹介ページを作りました⇒こちら

~前回までのあらすじ~
撃墜され死んだものと思われていたウィッチ、大友花子は扶桑皇国への帰国を果たす。
しかし辿り着いた故郷には帰る家も待つ人も残っていなかった。
悲しみ生きる気力を失った花子だったが、最後の頼りと向かった関屋銀行で育ての親である佐里先生の遺書を見つけ、前を向いて生きることを思い出す。
それから漠然とした何かを探しながらガリアを放浪していた彼女はネウロイに襲撃されている村を発見し、そこで家を失い悲しみに暮れるおばあさんに出会う。
生きることを諦めようとしていたおばあさんを勇気づけるため花子はネウロイに立ち向かう。



第2話 夜空を駆ける狩猟団

 

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夕刻、乾いた風が野犬の如くうなる荒れはてた高地。そこから見下ろせるのは、かつて豊かに流れたローヌ河の支流が走るいくつもの渓谷。

だが今や水は失せ、瘴気が重く垂れ込めて、そこに寄る草木や動物の姿はない。厚く暗い雲に覆われた空は西の果てだけが熱を秘めた熾き火のように赤さを溜める。この場所はまるで世界から零れ落ちたかのようだ。

その荒れ野にひとつ、ひょこひょこと影法師が動いている。何かを警戒しているのか時折止まっては身を低くし、二、三くびを振ってはまたひょこひょこと動き始める。

あなぐらのネズミのように荒れ野を渡っているのは幼い娘だった。その姿はくたびれて、灰汁色のショートボブの髪はもさもさに痛み、大きな眼に漂う緑青の瞳子はほとんど表情を映し出していない。おまけに身につけたジャンパーが体に合わず大きいので、首回りのファーが彼女の口元までもこもこと覆ってしまっている。なんともみすぼらしいあなぐら娘。

あなぐら娘はぱんぱんに膨らんだ布袋を大事そうに抱えながら、確かめるように歩く。沈み込みや、切り込んで谷間に通ずるところに足を踏み外さぬように。窪地に溜まり落ちた瘴気は生き物にとって毒だ。点在するそれらの場所には近づくこともままならない。

ぶつ―――と何か切れるような音。娘は袋を掲げて底の様子を伺うが、なにもない。袋のやぶれを探しながら、ふらふら歩く、突然、ガクンッと娘はつんのめった!

踏んづけた靴紐に足を取られ、先ほどのはブーツの紐が切れる音だとわかった。前のめりに倒れそうになるところをネコのように背をしならせてふんばり、後ろにしりもち。あのまま倒れ込んでいたら顔も膝もズル剥けだ。

...安堵に目を伏していたそのとき、ぞわと身の毛がよだつ。背後にある谷間から霧を沸かせ、どす黒い巨体が体を持ち上げる、それは西の雲間から差す夕陽を遮ってあなぐら娘を影の中に落とした。

ネウロイ。この高地のいたるところ、瘴気の沈みに潜むおぞましい怪物。娘がずっと警戒していたのはこれだ。

荒野の唸る風音が怪物の息遣いに変わって首筋をなでる。指先一本も動かせば気付かれる、呼吸をするのですら恐ろしい。空気が動いた波紋が奴らの耳をくすぐってしまおうものなら...怖れは膨らみ、体をめぐる血がどんどん、どんどん、冷えていく。

数秒とは思えぬその緊張を破ったのは、思いもよらないものだった。

 

ゴオオオオオオォォォォォォォォォォォ!!!!

轟音たてる大風が怪物の息遣いをかき消した!

 

突如として吹き付ける風の洪水は怪物の体を押し流す勢いで、娘も地面にくっついているのがやっと。周りにわずかばかり残った枯れた樹木たちは根こそぎ捲りあげられてゆく。

暴力の如きこの風は土地の者たちが"ミストラル"と呼んで畏れるアルプス山地生まれの北風だ。この地の家や木々を毟り取り、強い寒気を連れてきて病を流行らせ、最後には人や動物の心を狂わせる。この風が吹いた後、人や家畜がどこかに消えてゆくのだそうだ。

風によって厚く覆っていた雲が地平線の果てまで追い払われ、砂ぼこりでわずかしか開けられない娘の目に、朱から群青に変わる夕暮れの空を見せる。

そこにほんの一瞬、またたくよりも短いとき。銀に輝く翼が幾条と光の軌跡を描いて消えた。するとまるで、怪物は恐れるように溢れ波打つ瘴気の中に逃げ去ってゆく。

 

風が止み、ぽつんとひとり残されたあなぐら娘はハッと我に返ると空をあっちこっち探し回った。しかし、さきほどの光の軌跡はもうどこにも残っていない。

「...ワイルドハント」

あなぐら娘は残念そうにぽつりと呟く。

 

 

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44年冬の南ガリア。

花子がネウロイと戦っているまさにそのとき、村のはるか北西を列車が走っていた。

陽光照らす山並みの道を重厚なクロムグリーンの車体が力強く進む。銀のラインでシャープに縁取られたこのブリタニア製4シリンダー蒸気機関車は、その名を”カシオペヤ号”。ガリア解放後に物資輸送の目的で持ち込また折り、ブリタニアの英雄的海軍提督の名前を冠していたこれは眠らずの星を示す新たな名前を与えられ、こうしてアルプスの裾野を走っている。

さて、今なぞえの道を越えて一面に広がるラベンダー畑に差し掛かるといよいよここはプロヴァンス。地中海性の暖かな空気が冬の寒さを忘れさせてくれる。この長閑な風景の中をガタゴト、ガタゴト、荷物を曳いてひた走るのがカシオペヤ号の日常...ただ今日は少しだけ様子が違った。

一輌ごと軍事物資や食料に資材と満載したこの貨物列車の前方に、今日は客車が連結されている。貨物車と連ねるには少々華美がすぎる側廊下式の客室には、3人のウィッチの姿。

「南ガリアの冬は話と違って寒いなんて言うけれど、まったくポカポカ陽気だね。見て、積乱雲だ」

陽光まぶしい客室でくつろぐ黒髪のウィッチ、左眉を掠めるように顔に傷の入った彼女はカールスラント空軍のナスターシャ・ロイター少佐。彼女の指差す先にはそれは大きな積乱雲が遠くの山の稜線を覆っている、とても冬とは思えない光景だった。

「昔からプロヴァンスは4年ごとに暖冬になるらしいけれど、それにしてもちょっとこのあたりは異常気象だよ」

少佐の指差す先を見てそうこぼしたのは亜麻色の髪の、オストマルク人にしては変わった名前のウィッチ、ロレッタ・マイスナー中尉。

「それよりも少佐、今日のためにわざわざこんな立派な客車を用意させるなんて、いったいどんな魔法をつかったんだい?」

異常な暖冬よりもロレッタ中尉が気にしているのはそこだ。戦力として貴重なウィッチといえど、こんな旅客車でぶらり列車旅とは普通いかない。

「ロレッタ君、ぼくはね常々思うんだ。カールスラント軍人たるもの質素倹約にというけれど、明日も知れない我々が若い身空で贅沢も知らずでは諸君の上官も心痛むよ...そこでだ」

パンッと少佐は手を叩く。

「渋る上官にこう言った。少年少女の色無き春に、青を加えてやる心意気があってこそ、いざ武器を取れとその背に声をかけられる。嗚呼、人生は灰色かと崩れ落ちるぼくらの頭上に虹の橋をかけてやるのがひとかどの上官というものですよ、ってまあ手を変え品を変えおねだりをね」

「ひとかどの上官ね、まさに今ここに居るひとかどの上官に、お嬢が冷た~い視線を送っているけど?」

「ア、アンナ女史...」

ロイターが振り向いた先に立っていたのは、アンナ(またはお嬢)と呼ばれた燃えるような赤髪のウィッチ。オラーシャ陸軍のジアーナ・アントノーヴナ・レズニコフ大尉。

泣きぼくろを添えた幻想的なターコイズブルーの瞳で彼女にとっての”ひとかどの上官”にあたる、ロイターを睨みつけていた。

「少佐、わかっていて?私たちが積み荷を無事届けられなかったら、頭上にかかった虹の橋を3人仲良く渡る羽目になるのよ」

「あいや、はは...そんな、犬じゃないんだから」

その静かな威圧にたじろぐ。

「わざわざこんな豪勢な客車を使うなんて、目立って仕方がないわ」

「でもアンナ女史も備え付けのお紅茶喜んでたじゃないほら、マリアンヌ・フレール、上等ない~い香りだよ?」

彼女たち3人はとある重要な積み荷を送り届けるためにこのカシオペヤ号に乗り込んでいる。

ウィッチが3人がかりで護送する積み荷とはどれほどの重要物資か。そこに目を付け、客室に耳をそばだてている者があった。

「ふふん、やっぱりなにかとんでもないものを運んでいるのね。この私の目はごまかせないわ」

「だめだよリタ、盗み聞きなんて...」

扉に張り付いて中の様子を伺う、この金髪のピッグテールの少女はリタ・リンダ・リップス曹長。そしてそれを止めようとしている、栗色の一本結びの少女がベルタ・ドーリス・ライマン軍曹。

二人ともパリの防空を担うカールスラント軍からのウィッチだが、このところは復興に沸くガリアの鉄道輸送網を防衛することが専ら彼女達の主な仕事となっていた。9月にネウロイの支配を脱してから連合各国がこぞって前線を押し上げたその驚異的な取り組みのたまものだ。

「...ねえ、リタってば」

「考えてもみなさいよ、3人もウィッチが付いて運ぶものって何?護衛に呼ばれた私たちを入れたらこの列車に5人もウィッチがいるのよ!」

「ちょっと変だとは思うけど...」

リタはどうもこういったことにやたらと首を突っ込みたがる。エースウィッチに憧れを持つ彼女は、特務を帯びたらしき者達の中に混ざりたくて仕方ない。それに振り回される泣き虫なベルタ、普段と違う任務で殊更に事件など起こらないでほしく、既に半泣きだ。

彼女たちが鉄道網を守るにあたって直接列車に乗り込むというのはあまりなく、ほとんどは主要な輸送ルート上を哨戒飛行するのみだ。しかしそれがどういうわけか、今日は要請を受けてわざわざカシオペヤ号に乗り込んでいる。当然リタのような娘は興奮するわけで、いまだ扉に張り付いている。

「...きっとすごい秘密兵器を運んでるのね、たぶん透明なストライカーユニットとかよ!扶桑のゼロファイターでそういうのを作ってるって聞いたことがあるわ」

「どうして扶桑のストライカーがガリアに―――」

 

ゴオオオンッッ!!!

急に列車が激しく揺れる。

 

視界が上下左右に振られ一面の紫色が目に焼き付く。それが車窓から見えるラベンダー畑だと気付く暇もなく、目の前が暗転したベルタは前のめりに倒れ、扉を突いて客室に転がり込んでしまった。

床に両手をついて一拍置いたあと...列車の揺れたその間の悪さを呪う。

「...すごい揺れだったね、ケガはない?」

顔をあげると心配そうに手を差し伸べるロレッタ、と茶革のジャンパーに高級お紅茶をぶちまけてゲンナリしているロイター。そしてその後ろで、明らかに盗み聞きを疑っている風の目つきで見下ろすジアーナが視界に入った。

さっきまで興奮して扉に張り付いていたリタはいつの間にかいない、なんと逃げ足の早いことか。

「あ、ああっ、ええーっと...その」

適当にごまかそうとしたそのとき、ベルタのインカムに通信が飛び込んで来た。

 

<...だ...か、...えるか、こちらは......!...ウェ...ゴン......ネウ.........れている!>

 

かなりノイズがひどい。ただ事ではない様子を察し、ベルタは即座に応答。通信相手は女性のようだ。

 

<...ウェルゴンが...に包囲され......る!ネウロイに包囲されている!だれでもい...救援を...!!>

 

列車内に緊張が走った。

 

 

 

―――――ウェルゴン上空、交戦中の大友花子。

「っはあ...ほらっ...そろそろビビッて逃げてもいいよっ!」

歯を食いしばりながらもニィッっと強い笑顔を見せつける。余裕を見せて脅しをかけるがその実、強がりを言わねばならぬほど花子は追いつめられていた。

何機ものネウロイを斬り捨てたがいっこうに数は減らず、縦横に飛び回る複数のネウロイの光線を避けながら白兵戦を仕掛け続けた花子はもうかなり消耗してきている。このままでは埒が明かない、いっそ残り全部引き付けて村から引き離せば足止めされている村民たちが逃げる隙を作れるかも。そう思ったそのとき、正面から敵が一直線に突っ込んできた。

「っらぁっ!!!」

突撃してきたそれを大太刀で袈裟に切り捨てる、ジークフリート線に敷設された竜の歯に酷似するこの四角推のネウロイは硬い装甲を持ち、今の花子ではいよいよ一刀両断といかなくなってきている。

すぐまた3時方向からもう一機が突撃、疲労から残心が途切れた花子は既の所でシールドを張るもののほとんど直撃をうけネウロイの推進力に負けて押し返せない!

「ぐっ...くっ!!」

呼吸ができないっ。そこに背後からもう一機、その竜の歯と歯を咬み合わせてこのまま押し潰すつもりだ。

まずい。花子は丹田を上に向かって(りき)を込め空っぽの体から無理やり息を捻り出すと、迫り押してくるネウロイを太刀の鍔で弾き揚げ、身を滑らせるように低空に逃げた。頭上では弾き上げられたネウロイにもう一方が突っ込み光の破片を散らせる。

「っはあっ!!こんなのっ、昼飯前だって!って、きゃああああ!!!!!」

自分への安い鼓舞を許す間も与えず地面すれすれまで降りた花子へ高空からビームが雨あられ。這うように低く飛んでビームの隙間をなんとか必死に縫い躱していくがしかし、その間に高度を下げてきた一機に背後をとられ敵はぐんぐんと距離を詰め迫ってくる。

―――前方に大木が見える、しめた。花子が大木の横を通り過ぎるその刹那、一刀のもとにその巨大な幹を切り倒すとこれがネウロイに直撃!もつれ地面に激突を繰り返しコアが硬い体内で弾かれて爆沈、内臓破裂の有様だ。

「先に行く、あとに残るも同じこと、連れて行けぬをわかれぞと思う...ってね!」

昔どこかの武将が言ったらしい、使い方は違うかもしれないが。

ズドォ!!!

「かっッッッ!!!!!」

撃墜したネウロイを後ろ目に、油断しきった花子を今度は地面から突き出してきたネウロイが上空へ打ち上げた!脳みそが揺れ、突き上げられた体はストライカーの推進力を借りて制御なく飛び上がってゆく。頭の中が白くかき消され、意識は遠く彼方へ...

 

 

―――――おばあちゃんは無事に逃げられただろうか、

 

うん。たぶん大丈夫、あのウィッチの人がついてくれてる。

 

馬鹿だなぁ私、辞世の句なんて口にするから、

 

結局あの時撃墜されて、そこから少し寿命が延びただけだったなぁ...

 

たぶん、おばあちゃんがお孫さんにもう一度会うために私は生かされてただけだったのかも。

 

...なんて考えすぎか。

 

まあなんにせよおばあちゃんが前を向いてくれたし、それでいっか。

 

「おばあちゃん信じて!!私を!!!」

 

...あれ、

 

「生きていれば、もう一度会えるよっ」

 

いやいやいや、

 

「一緒に探しに行こう、おばあちゃん!!」

 

 

 

「――――――――――――まだ駄目じゃんっっ!!!!」

遥か彼方に失せた五感が身体に舞い戻り、夕焼けに色づいた景色が目に飛び込んでくる。おばあさんとの約束が花子を踏みとどまらせた。

空中で体を起こすと右手には大太刀”長太郎”がまだ強く握られている。衝突の時に刀を体の前に構えていなかったら死んでいただろう、気を失ってなおこれを確りと握りしめていたその潜在意志が彼女に約束を思い出させたのだ。花子は片鼻を塞いで鼻血を吹き捨て、霞の構えをとる。

「そうだ...私たちはやっと走り出したんだ!!」

帰る場所を喪って一度は捨てた者同士。蝋燭を寄せ火を移し、照らした夜道にここから一歩、大友花子まだ死なず。

 

ズガーーーーーーンッ!!

その時、彼方から銃声が響いた。

 

「...ううん、外れたみたい」

「今のは距離を測ったのよ!」

「リップス曹長、地上にいる方を狙いなさい、見たところ動きが鈍いわ」

「...誰かいるね」

銃声はリタ・リップス曹長のPzB39対装甲ライフルの音。ベルタ、リタ、ジアーナ、ロレッタ、カシオペヤ号から飛び立った4名がウェルゴンに急行してきたのだ。

「助けが...来た...?」

花子は咄嗟にインカムに手を伸ばすが彼女がそんなものを付けているはずなかった。

「リップス曹長とライマン軍曹はここから援護、ロレッタはあの所属不明のウィッチをお願い、敵は私が掃討するわ」

「了解、あの子を確保した後に私の分をお嬢が残してくれてたらいいけど」

「どうかしら、手加減できた事なんてないわ」

ジアーナ大尉の髪が夕陽に照らされて燃えるような赤さを湛えている、この即席チームの指揮を執る彼女は戦闘隊長としての数々の戦歴から”赤い軍団長”の異名で呼ばれている人だ。

「私も!私も行くわ!!」

「だめだよリタ、命令に従わないとっ」

後方から援護など不服だとばかりにリタは抗議する、功名心の強い彼女はとにかく戦いたくてたまらない。

「ダメよ、今日初めて組んだばかりのあなた達を実力もわからないうちに使う気はないわ」

「ぐううぅ...」

そもそもふたりは列車に留守番のはずだったのだが、リタが勝手に飛び出して行ってしまったので連れ戻すため仕方なくベルタもここまで来てしまっただけなのだ。

「リタ、ベルタ、二人が防波堤だよ。私たちが取り逃がしてしまった分を頼むね」

ロレッタはそうフォローを入れて花子の元へ、続いてジアーナも敵中に突っ込んでいく。

暴れるリタを必死に制止しながらふたりの背中を見送るベルタはその圧倒的な戦いぶりに防波堤としての役割などすっかり失念してしまった。

 

   ◇

 

――――――――――そして、

「一通りカタが付いたかしら」

「お疲れお嬢、こっちも片付いたよ」

涼しい顔で言葉を交わすジアーナとロレッタを羨望の眼差しで見つめるリタ。小型とはいえコア持ちのネウロイ達をほとんど二人で片付けてしまった。

「...ところで、あなたは何者?見たところ扶桑のウィッチのようだけれど」

ジアーナの視線の先には自分でストライカーを回す体力さえ残っていない花子がベルタに抱えられていた。

「えーと...なんというか、そのー...」

適当な答えが見つからない、今はもう扶桑軍人でもないのだし。

「強いて言うなら...風来坊ですかね?たぶん?」

「私に聞かれても...」

振られたベルタも困り顔だ。

「多勢相手にカタナ一本でよく戦ったね、キミがいてくれなかったら村は持ちこたえられなかった」

「なかなかやるわね!」

「いやー、はは、そんなそんな...」

「ともかく少佐に報告しましょう、村の被害状況も確認しなければならないのだし」

ロレッタの賛辞に照れる花子とそれをライバル視するリタ、そんなやり取りをよそにジアーナはロイター少佐へ無線をつなぐ。

「少佐聞こえるかしら、こちらドンダー。ウェルゴンの安全は確保したわ......少佐?」

 

ネウロイ出現の報を受け村より遥か手前で停車したカシオペヤ号。線路わきに降りたロイターは列車が辿ってきた北西の方角を見つめ息をのんでいた。

「うーん、これは、まずいかもしれないね...」

――――――――その目線の先には、地平線を覆う程の黒雲の壁。

波打つ黒い壁面からはネウロイと思しき赤い目が夥しい数のぞいては消える、ネウロイの巣と呼ぶには規模が違いすぎた。数刻前、車窓から見た白い積乱雲が全て奴らの黒雲に転じてしまったかのようだ。

 

「黒雲の壁?要領を得ないわ」

<...大規模な巣のように見えるね、ここからリヨンの方角が完全にふさがれてる、しかもこっちに向かって動いてるみたいなんだ>

「なんですって...」

<このままじゃウェルゴンは巣に飲み込まれる、ゆっくりしてる暇はなさそうだ。列車をそっちに向かわせるから住民の避難準備を進めててくれるかな、それと周囲の哨戒にも飛んでもらいたい>

「...厄介なことになってきたわね」

ジアーナは頭を抱える時間も惜しいと行動を開始した。

 

 

 

―――日没30分前、カシオペヤ号はウェルゴンの村民を収容する真っただ中。

「残っていた村民はたったの20名ちょっと、しかもほとんど怪我人。そのほかは安否不明か...ううん」

ロイター少佐はこの状況から彼らが自らの手段で逃げるのは不可能だと考え、カシオペヤ号に収容しての脱出を決断。担架で運ばれてくる者、家財をめいっぱい持ってくる者、家畜を連れてくる者等々が列車までやってくるので貨物車の積み荷をいくらか降ろしていかざるをえなくなった。

「なんだかまるで”洪水物語”って感じですね。ほら、お味噌汁だかコーンポタージュだかいうところの伝説の...」

戦闘の疲労で足腰立たなくなっている花子は石積の低い塀に腰かけながら暢気な事を言う。

どこの伝説を思い浮かべているのかは謎だが、カシオペヤ号に人や家畜のウシ、ウマ、ブタ、犬、ネズミなどが列をなして乗り込んでいくその光景、危機から皆で逃れようとする様は世界各地の伝承に共通して現れる大洪水の物語を想起させる。

「古い文明を洗い流す洪水伝説ね。花子君、そうなるとぼくたちはネウロイのために道を譲らなきゃいけないのかも知れないよ」

「いやー、それはちょっと...」

「お嬢ちゃん!無事だったのかい...!」

「ああ!おばあちゃん!」

花子とロイターの話している少し向こうから来たのはあのホレおばあさんだった。

「無事でよかった...あなたが勇気をわけてくれたから、私もここまで歩いてこれたのよ」

「あは、おばあちゃん、こっからは汽車でフィレールちゃん探しの旅だよ...ってあれ?」

花子たちを助けに入ってくれたあのウィッチが見当たらない。

「おばあちゃん、あの知らないウィッチの人は…?」

「あや、さっきまで付き添ってくれてたんだけどねぇ...」

「少佐、いいかな?」

花子達が例のウィッチを心配しているそばに、避難準備を手伝っていたロレッタとリタが戻ってきた。

「準備は大方進んだから私達も哨戒に飛ぶよ、逃げ遅れてる人がいないかついでに見ておきたいし」

「悪いねぇ、今は情報がいくらあっても足りないくらいだ。こっちは後はぼくに任せて、何か動きがあったら逐一知らせてほしい」

「少佐...?」

「あ...れ...おたまさん?!」

ロイター達が会話しているところ次に現れたのは”おたまさん”もとい石和珠緒大尉だった、背中には疲労しきった少女、カトリをおんぶしている。

「まさか、おたまさんが村にいたなんて...ああ、えっと...」

突然の見知った顔にロイターがうろたえていると、その前にロレッタが割って入った。

「背中の子は私が引き受けるよ。久しぶりだねおたまさん、会えてうれしいな。」

「リタ、この子を運ぶの手伝ってくれる?」

「おまかせよ!」

「ええ、助かります」

そうして会釈する石和にロレッタはまた後でと手を振り、ふたりでカトリを連れて行った。リタはすっかりロレッタに懐いているようだ。

ロイター達とこの石和大尉はネウロイ大戦初期からの戦友であり、そして...

「あの子の診療のためにここを訪れていたのですが、まさかこんなところで...。少佐、無事な姿が見られて安心いたしました」

「ごめんよおたまさん、手紙もろくに出さなくって...いろいろと事情というかなんというかその...」

ロイターと石和はちょっと複雑な関係だった。

<お話し中悪いのだけど>

遮ったのはジアーナからの無線だ。

「アンナ女史!なにかあった?!」

<後方の巣でネウロイたちが活発に動き始めてる、こっちに来る速度も上がってるわよ、今すぐ発ったほうが良いわ>

西から差すはずの夕陽が彼方の黒雲に阻まれ急速に夜へ傾こうとしている、少佐は皆に声をかけ搭乗を急がせた。

 

そして、カシオペヤ号は皆を乗せて走り出す。

だがこれは、過酷な旅の始まりに過ぎないのだった。

 

 

   ◇◇◇

 

 

プロヴァンスのとある場所。

枯れ木ばかりの森の中、例のあなぐら娘が夕暮れに急かされて歩いている。

風でぎしぎし不吉な音を立てる木々の中を布袋を抱えて進む、たどり着いたのは反りあがった低い崖下。

そこにはぽっかり口を開けた洞穴があった。穴のわきに突き出した木の根っこには底が黒ずんだブーツがつり下がっていて、何かの目印らしきそのブーツの中を娘はひと目覗くと、すぐに洞穴に入っていく。

中は真っ暗で何も見えない。少しすると何かをこすり合わせる音がして、あたりがぼうっと明るくなり、薄く甘い香りが漂いはじめた。娘が蜜蝋に火を灯したのだ。そして甘い香りに照らし出された洞穴の中にあったのは...おびただしい数のがらくたの山。

水瓶にクッキーの缶、干し草のベッド、木綿や麻の布切れに金ダライ、さくらんぼを漬けた瓶詰に山羊乳のピコドンチーズやオリーブ油。他にも鳥かごで飼育しているかたつむり...はおそらく食べる算段。食料や道具だけではない。果ては、ハサミと櫛を持ったマロニー空軍大将似のボブルヘッド人形といったへんてこなガラクタ。どれもすべて荒れ地から拾い集められたものたち。この洞穴は娘の秘密基地だった。

歩き疲れたあなぐら娘は干し草のベッドに足を投げ出して、ようやっとひとあんしん。

灯は闇の中に安息を作りだしてくれる、このぼうっと明るい蜜蝋も生き抜くために手に入れたもの。蜜蜂の楽園と言われる南ガリアは養蜂家が多く、放棄されたそれらの養蜂場で蜂の巣を手に入れてこしらえた。

巣を砕いて鍋で煮だし、ざるで濾して固めれば蜜蝋の出来上がりだ。12歳そこらの子供が、群がるハチと必死に格闘して得た闇夜を乗り切る術だった。

荒れ地を歩き回っては使えそうなものを拾ってきて、夜にはこの洞穴に持ち帰る。それで一息ついたらさくらんぼの瓶詰だとか、その日に調達したものを食べて夜が明けるのをじっと待つ、そんな暮らしを娘はもうずっと続けている。

さて、休息もつかの間、娘は外から持ち帰ってきた例の布袋の中身をたしかめる。そこには...まるまるとしたどんぐりが目一杯!この荒れ地になんとか残っているいくつかの森林からかき集めてきたもの。

たっぷり太ったどんぐりをひとつぶひとつぶつまみあげ、緑青の瞳子でじっくり面接する。荒野を渡っているときの虚ろだった目が今は一流職人のそれに変わる。つや、ハリ、みずみずしさとどれもが一級品でなければとばかりに、少しでもヒビがあるもの、身の小さいものは右に除けられ。出色の出来と判断されたもののみが左に並ぶことを許される。

そうやってひとつぶひとつぶ綺麗に地面に並べていく娘の背後を、ごそごそ...なにかが蠢く。

蜜蝋の灯りにつやめく宝石をうっとり見つめ、また一つ左に並べようと視線を落とす――――そこに、黒い異物。

「!!!」

咄嗟に袋を投げ出して背後の壁まで飛びのく!どんぐりを並べようとした視線の先にいたのはなんとネウロイ。ラグビーボール程の大きさのそれがすぐそばに鎮座していたのだ。まるで、新聞を読む手をコーヒーに伸ばした先に巨大な蛾が黙して居座っていたような、侵される恐怖。

娘は睨みをきかせながら、手ごろな獲物をさがしてじりじり壁伝いにカニ歩き。対するネウロイも身構えている。

小さなネウロイの姿はガリアのAMX40戦車に酷似していた。戦車らしからぬ丸みを帯びたアヒルのようなシルエットの体は例にもれず黒と少しの赤色で、下部には蜘蛛に似た4本の足が生えている。見た目がどうあろうと娘にとっては安息を踏み荒らした害虫でしかないが。

壁際に積まれた拾い物の山を後ろ手にまさぐっていると、いい具合の棒を探り当てた。次には壁を蹴ってネウロイにとびかかる!彼奴の意表をついてどアタマを強かに打ちつけると、そのはずみで鉛筆のように細い砲塔からビームが飛び出し娘の頬を焼く!

「み゛っっ!!」

それは虫刺され程度の痛みだったが、それでも娘の生存本能を強く刺激し、棒での殴打と蜂の刺すようなビームの応酬を繰り広げ両者もつれるように洞穴の外まで転がり出る。

娘は痛みに耐えながら取っ組み合って棒で殴る殴る。夜の闇に包まれた崖下で繰り広げられる熾烈な戦いに終止符を打ったのは、いい具合の棒による四度の強打。へたり込み始めていたネウロイの脳天をガンガンガン!仕上げにガン!!そうして両者満身創痍となって地面に身を投げ出した。

養蜂場でさんざん蜂に刺され慣れた娘の体力勝ち...戦いの音は止み、夜の森は静寂に帰る。ネウロイは小刻みに震えて近くでへばっている、一方の娘は息を切らしながらも夜空を仰ぎ星を見ていた。冬、満天の星、疲れきった薄目で見上げる空に一条の流れ星。あなぐら娘はまた言った。

 

「......ワイルドハント」

寂しげな声色だった。

 

   ◇

 

1940年3月のこと。

夜、プロヴァンス地方アラウシオ近郊の高原に建つ人家。

ランタン一つで照らされた部屋の中で、ひとり机に向かっている老人がいる。彼はトウモロコシで作った黄色い巻き紙の太い手巻き煙草をふかしながら、明かりにかざしたどんぐりを選り分けていた。

ヒビがあったり身の小さいものは右へ、まるまるとつやめいているものは左に並ぶことを許される、それをひとつひとつ克明に審査するのだ。

カランと、右によけたどんぐりが転がる音がしてそちらに視線を移すと、机の端から顔を上半分だけ覗かせた小娘が目に入る。どんぐりをつまむ手元を見つめる緑青の瞳子、灰汁色のショートボブの髪はよく手入れされて毛流れが良い、そこにいたのはあなぐら娘だった。

「まだ起きていたんかい、フラヴィ」

フラヴィ。フラヴィ・ブフィエ、あなぐら娘の本当の名前。

おじいさんは煙草を灰皿にもみ付けて火を消すと、空になったその手でその子の頭をわしわし撫でる。

フラヴィはおじいさんのこの大きな手が好きだ、ごつごつして、野良仕事で節がぼこぼこで、でも暖かい手だ。小さな両手でおじいさんの大きな手を掴んでくんくん鼻を鳴らす。おじいさんの指はいつも吸っている巻き煙草の煙に焼かれてほのかに黄色く、メイズ・ペーパーから立ち上がるトウモロコシの芳ばしい香りが纏わりついている。

フラヴィは特にこの臭いが好きだった、おじいさんが傍にいるという安堵感を強く与えてくれるそんな臭い。

「寝れないなら何か読んでやろう、退屈な本がいっぱいあるぞ」

おじいさんは答えがわかっているような口ぶりで本棚に目をやる。フラヴィはそちらに駆けて行って、この子が取るのに最も適した高さの段に収まっている一番背表紙の痛んだ本を取って戻ってきた。

「ワイルドハント...お前はほんとうにこの本が好きだな、他は退屈な本ばかりだものな」

おじいさんはやれやれといった様子でありつつも、そんなこの子が愛おしかった。

ワイルドハント。欧州の各地で様々に形を変えて語り継がれる夜空を駆ける狩猟団のお話。おじいさんは痛んだ本の一番癖がついたページを開くと、お利口にベッドに収まったフラヴィに寄り添って傍の椅子に腰かける。

「お前の一番好きな狩猟団のお話にしてあげよう、狩人の魔女テオマカが率いる、ウィッチ達のワイルドハントだ」

フラヴィは目をキラキラと輝かせた。

 

魔女達のワイルドハント、その頭領テオマカはプロヴァンス伯領がその名前で呼ばれるよりうんと昔からその名を知られたウィッチだ。燃えるような赤髪と星を散りばめた天河石の瞳を持ち、立派な角を頭上に戴いたいにしえの魔女。

彼女の後ろに続くのは白銀の翼を持つ名高きウィッチ達、そして漆黒の猟犬といった使い魔の大軍勢。

現世と幽世の境目が交わる冬至の頃。魔法の風ミストラルに乗って隊列は空を駆け、はびこる怪異を追い立てて、彼女たちは狩猟の狂宴をはじめるのだ。

ある年の冬至の頃、アルプス山から下界を見下ろしていた魔女テオマカは人影を見つけた。

火灯し頃の冷たく乾いた森の中を娘が歩いている。それはおつかいの帰り道、果物の砂糖漬けを鞄に大事にしまって家路を急いでいた。森の冷気が足元から上がってきて心地が悪い、はやく暖炉で暖まりたいと小走りでゆく娘の前を黒いうさぎが横切った。

灰色の森の中で影のようにくっきり見える黒うさぎ。ぴょんと跳ねて娘の興味はどうしてかあれよあれよとそちらに流れ、後を追って森の奥にすっかり迷い果てる。

ここはいったいどこかしら、気付いた頃にはもう遅い。

辺り一面赤紫の木々が覆い、空は夜雲が蓋して光もない、足元をおびただしい何かが這いずりブーツ越しでもわかるくらい足を撫でまわす。

この頃は現世と幽世の境目が薄くなり、道を間違えばそこに踏み込んでしまうと大人たちが言っていた。

ここは怪異達が暮らす夜見の国、赤紫の木々の其処此処から怪鳥の如き叫声があがる。しかしテオマカは目を瞑って瞼の裏に夜見の国を映し、迷い込んだ哀れな娘を眺めるのみ。怪異達は娘ににじり寄り、ここまでかと思われたそのとき娘の行いに目がとまった。娘は片足のブーツを脱いで鞄の中の瓶から砂糖漬けを掴み出すと、そのままブーツに押し込んだ。それは魔女に向けたおまじないだ。テオマカの肩にとまった銀のワタリガラスがカァと鳴き飛び立つ。

ブーツを低木の枝に吊るすと娘は青い目で怪異達を睨みつける、赤髪の魔女はたとえアルプスの頂にいようとその眼光を見逃さない。

森に降り立った銀のワタリガラスがブーツの中身を啄んだとき、魔女はびゅうと一度目の寒風を吹かせた!

魔法の息吹は山肌を下る。するとどうだろう、風に吹かれた少女は猟犬の耳と尾を現しその姿に怪異たちは恐れおののく。

それは第一の魔法。

追い立てよ!追い立てよ!と森の奥から声がして二度目の息吹、魔法の風ミストラルが押し寄せると怪異たちは一目散に逃げだした。

銀の翼を煌めかせるワタリガラスを駆ってテオマカは夜雲たちこめる空を風で引き裂く。続くウィッチの狩猟軍団が夜空に流星の軌跡を描いて獲物を追い立てはじめた。

猟犬の使い魔を与えられた少女もこのワイルドハントの隊列に加わり、怪異たちを追って共に夜空を駆け、夜明け前にはすべての獲物が狩猟の狂宴の餌食となった。

―――日が昇るころ、現世と幽世が溶けて混ざり合い裏がえる、ウィッチとなった少女はテオマカの吹かせる三度目のミストラルに乗って狩場を去ってゆくのだった...。

 

最後に語り手は言う。

ワイルドハントは邪なる者を魔法の風ミストラルで狂わせ狩りの獲物とする。狩られた者達はワイルドハントに忠誠を誓ってその隊列に加わり、終わりなき狩猟の狂宴の新たな担い手となると。

しかし善良なる者が敬意を示し、狩猟団の神獣のために捧げ物を詰めたブーツを吊るせば、特別な贈り物を与えてくれるのだそうだ。

 

おじいさんは本を閉じて、すでに夢の中で夜空を駆けまわっているフラヴィの寝顔に優しく微笑み、静かにこの子の頭を撫でた。

 

翌朝、ふたりは高原の向こうまで足を延ばしていた。

そこは赤紫の痩せ細った草木がまばらにあるだけの枯れた土地。おじいさんはその乾いた土にシェパーズ・クルーク(羊飼いが用いる先の大きく曲がった杖)を突き立ててぼつぼつ穴をいくつも作り、フラヴィがそれに駆け寄って袋から取り出したどんぐりを植えこんでゆく。昨夜どんぐりを選り分けていたのはこうした痩せた土地にブナの木を植えるためだ。

プロヴァンスの夏は乾燥して山火事が多い、そこから新たな草花が芽吹くこともあるが焼けてしまって緑を取り戻せないままの場所も少なくない。ブナ科のどんぐりの中でもこのあたりで手に入るコルクガシは樹皮が厚く山火事に強いので乾燥した夏のプロヴァンスにはもってこいの木だ。

「ちょっと一息つこう」

ひと袋植え切ったところで適当に腰かけようとしたのだが、フラヴィが少し離れた場所の地面を見つめているのが気になった。そこはたしか先日植えたばかりのところだ。

「はは、そんなにすぐには芽は出んぞ」

こちらに向けたフラヴィの顔はつまらなさそうだ、それを見たおじいさんはふっと笑って近くに寄りしゃがみ込む。

「そいつが立派な木になって花をつけるのにはうんと時間がかかるんだ、わしが生きているうちにはもう見られんかもしれんぐらいな」

見つめるこの子の眼には疑問が漂った、あまりしゃべらない子だがおじいさんには何が言いたいかはすぐにわかる。

「花が見られんのに植えるのはばかばかしいと思うか?わしも昔ならそう思った」

「でもな、花が咲くのを見るよりもそれを待つことの方がずっと大切なんだ」

木を増やして荒れ地にたくさん草花が戻るのをめあてでどんぐりを植えているのではないか、フラヴィはまったく合点がいかないといった感じだ。

「若い頃は今のお前と同じ気持ちだったよ、昔はせっかちで家の仕事なんかほったらかして仲間と遊びほうけとった。楽でたのしいことだけしていたくて他の何かに時間を取られるのはばかばかしいと思っとったんだ。」

「お前は友達が困っていたらどうする?手を貸してやるか?」

この子の目は無論といった表情だ。

「うん、お前はわしよりずっと聡い。でもそういうとき、わしはそんなのに付き合うより他の楽しい奴らと遊ぶのを選んだ。仕事も馬鹿馬鹿しくて悪さもした...一番の悪さは、母親が病気になってもなお手紙一つ出さんかったことだ、楽でたのしい事以外は全部めんどうくさかった」

おじいさんは何か思い残すように一呼吸ついて、続ける。

「でもな、そうやっているうちに飽きが来て、ふっと振り返ると何もかもがつまらんくなる...心に何も残っとらんからな」

「不思議なもんだろう、つまらんのがいやだから楽しいことばかりしているのに」

フラヴィはそれがどうしてなのか幼いなりに考えていた。本当に聡い子だ、思いを巡らせるその眼を見ておじいさんはうれしかった。

「...それはな、こうして種を植えて育てることをしてこなかったせいだ。このどんぐりが大きな木になって、根っこが雨水をつかまえて山が更に生い茂って...わしはもう歳だからその景色を見られんとしても、明日に続くなにかを育てるという事は喜びに満ちとる。腰を曲げて一粒一粒ひろって植えて、顔をあげたときに吹く風の心地よさが、心に残る」

どんぐりの埋まった地面を優しく手で覆うおじいさんの目はおだやかだ。

「わしにはお前が生まれてきてくれた、かわいい孫だ。お前が年頃になって好きな人を連れてきたり、結婚したり、家族を作ったりそのどれも見られんかもしれん。それでも今日お前とこうして一緒にどんぐりを植えて飯を食って。そうして過ごす一日一日が、わしの見られんかもしれんずっと先の未来を育てる。」

「お前が笑って過ごす明日の種を毎日手塩に掛けるんだ、これ以上に幸福なことはない」

幸せそうなその顔を見てフラヴィも嬉しくなり、おじいさんの胸にぐりぐりと頭を押し付けて甘えた。この子は今の長話をどれくらいわかっただろうか、いいやそれよりもっと大切な事は、こうして話して過ごしたこの朝のひとときだった。

 

1940年5月、麓の村アラウシオ。

「ブフィエさん聞いたかい、ベルリンが陥落したって。じきに国境までネウロイが押し寄せてくるかもしれないヨ」

「こっちまでこんさ。それよりほらまだ剃り残しがある、おまえは何につけてもせっかちでいかんぞ」

ピンと張った皮砥に剃刀を撫でつける床屋の店主は仕事に手がつかない様子で、久々にさっぱりするつもりで来たおじいさんの頬には剃りきれなかった髭がみっともなく残っている。

カールスラントで小ビフレスト作戦が発動されてほとんど間を置かず首都は陥落、その知らせはガリアの人々の元にすぐさま届いた。

北側では後に続く撤退作戦に向けた準備が進んでいる頃だろうか、それに比べてここは暢気なものだ。おじいさんもそうだが土地愛の強いプロヴァンスの住人たちはたとえ北で戦争が起きようともここは安心であるという絶対の自信のようなものを持っていた。

ここらで戦争の事を心配しているのはブリタニアから移り住んで来たこの床屋の主人、どこかの空軍大将に似たひげの彼くらいだ。床屋の店前に出しているボブルヘッド人形の看板に書かれたRo”V”ert理髪店のVが強調されているところに彼の神経質さがよく表れている。

「あいつらは空を飛んで来るんですョ......と、髭こんなもんでどうでショ...」

「うん、すっきりした...それでお前さんな、ラジオでも言ってたろうネウロイは河や山は越えられないんだと。ここからカールスラントはアルプスを挟んで向こう側だ。それに北西はセヴェンヌの山もある、たとえ奴らが国境を越えてきてもこっちには来れんさ。」

「そうですかねェ、そうだといいんですが」

おじいさんの言う通りプロヴァンスとカールスラントの間にはアルプス山脈を有するヘルウェティア連邦があり、北西にはそれほど標高は高くないがセヴェンヌ山地が立ち並ぶ。そしてこの二つの山に挟まれた平地には雄大なローヌ河が流れ、ネウロイが嫌う地形が固まっているというわけだ。

それらの地形を乗り越えて奴らがプロヴァンスの高地にたどり着いたとしてもそこを越えた先は地中海、わざわざ足を延ばしてこちらまでくる線は薄いというのが土地の人たちが考えているところだった。

「いざとなればロマーニャの国境まで目と鼻の先だ、安心せい」

そう言い残して店を出て行くおじいさんの背中を、店主は不安げに見送るほかなかった。

 

1940年6月、高原の牧草地。

フラヴィは干し草のつみ藁を毟って履き古したブーツに詰めこんでいる。今日は羊を牧草地に遊ばせている間におじいさんとふたりで草を天日干しし、冬の備えをしていた、といっても出来上がった干し草をブーツに詰める必要はないのだが。

今朝は夏のはじめにもかかわらず冷え込んだのでフラヴィはおじいさん愛用のジャンパーを着ている。そのジャンパーのポケットをまさぐって取り出したのは...むき出しの角砂糖、こういったものを裸のままポケットに入れるのはこの子の悪い癖だ。その角砂糖もブーツの中に念入りに押し込んでこれを近くの低木に吊るせば、この子が最も信奉するワイルドハントへの捧げ物のできあがり。

「おおい、フラヴィ!羊たちを追い立ててくれ!」

おじいさんが向こうで叫ぶ、するとフラヴィは待っていましたとばかりにスキレットと手収まりの良い棒を持って羊群に突進し、ガンガンガンまたまたガンと打ち鳴らして羊の追い込みを始める。山暮らしで鍛えた足で縦横に駆けまわる姿はとても子供とは思えないほど。

「はっはっはっ、ワイルドハントの猟犬が狩りを始めたぞ、さあ逃げろ逃げろ!」

おじいさんがそんな風に囃し立てるものだからこの子も得意になって羊たちを追い回す、テオマカの風を受けて漆黒の猟犬となったつもりだ。

羊群を追い走っていると何匹か群れからそれて行こうとするので、そこに回り込んで群れの中に戻す。また別の方向に行くものだから回り込んで戻す。するとまたまた...どうにも今日は素直に追われてくれない。

そうして羊たちを追い固めているうちに牧草地を抜けてどんどんどんどん離れていってしまう、なんだか様子がおかしい。やがて羊の群れは散り散りに逃げ惑いはじめ、フラヴィはしまいには目の前を走る一頭になんとか追いすがっている状態だ。黒くてくっきり見える、妙に耳の長い羊だった。

雑木林に逃げ込んだのを追ってぜぇぜぇ息を切らせながら走っていると、木の根に足を取られガクンと目の前が暗転し地面に突っ伏す。

ひどく擦りむいてしまった膝を庇いながらも走り続けるうちにまわりの木々は赤紫色に萎びてだんだん数を減らし、やがて林は終わって視界が開ける。...そこには信じられないものが待ち受けていた。

眼前には、火の海に沈むアラウシオの村。

空を一面ふさぐ雲からぬうっと顔を出したのは巨大などす黒い怪物、ネウロイ、そうだネウロイがここまで来た。

鈍く光る黒い体表に毒々しい赤を光らせ、その閃光のたびに地上の家々が爆炎に包まれていく。怪異達に追い立てられ逃げ惑う人々の悲鳴がこの高地までこだまして、まるで夜見の国に迷い込んでしまったかの如き惨状。蹂躙される村の様子を呆然と見下ろしていると、今度は牧草地の方から轟音が響き鳥たちが林から一斉に飛び立つ。

胸の奥がぞわぞわと

ざわめく、牧草地にはおじいさんが...!踵を返したまさにその時、

すぐうしろで爆炎が上がりこの子の意識は真っ暗なあなぐらの中に落ちていった―――

 

   ◇

 

そうして、あなぐら娘は今日も荒野にいた。

空も山々も、すべてが世界から取り残されてしまったかのような静まり返った夕暮れ。荒野の小高い丘には風見鶏が立っていて、フラヴィはその周りの地面にいい具合の棒を突き刺しては穴をいくつも作りそこにどんぐりを一粒一粒植えていく。

おじいさんがしたのと同じように毎日、毎日、あの日幸せそうに笑ったおじいさんの顔を思い出しながら。これはまねごとか、この行いの先におじいさんがあの日語った言葉の意味を探して。

中心の風見鶏は植え場所の目印に立てたものだが辺りにはほとんど芽は出ていない。もうこの場所だけでも何百とやって数本がこの子の膝まで届くくらいにやっと育ったのみ。この膝までの高さが、おじいさんと離れ離れになったあの日からの歳月を物語る......4年、もう4年間もこうして過ごしていた。

ひととおり今日の分を植え終えると、フラヴィは底が真っ黒になった古びたブーツを風見鶏に吊るし座り込む。ブーツの中には干し草と、角砂糖の代わりのハチミツを流し込んで。こうすれば空からワイルドハントが風と共にこの子を迎えに現れ、そしてそのまま風に乗りおじいさんの元にもきっと帰れる、そう信じて、フラヴィは今日も風を待つ。

―――しかし、しばらく待っても風は吹かなかった。いつもとかわらない、フラヴィは落胆の色も見せず帰り支度をはじめた。そういえば今日はひとつだけいつもと違うことがある。風見鶏から少し離れた岩場に首輪をつけて縛ってあるのは、なんと昨夜襲い掛かってきた小さいネウロイだ。

あの夜の戦いの後フラヴィは問題に気付く、このネウロイの外殻を割るすべもなければコアを破壊するという方法もこの子は知らない。かといって追い払っても戻ってきて寝首を掻かれる、そんなわけでこうして首輪をつけて連れているのが一番安全だと考えたのだ、それに寂しさが紛れるかもしれないという気持ちもどこかにあった。

黒い小さな体にはチョークでcorbeau(コルボー)と名前まで書いて、厄介な砲塔はおがくずを詰め込んで塞いでしまった。

 

夕陽に照らされた風のない荒野をふたつの影法師が渡ってゆく、フラヴィの後ろに続く小さなネウロイ”コルボー”ははじめ躾の悪い犬のように紐に抵抗していたが、やがてトボトボとついてくるようになった。

その姿を度々振り返るとこやつは砲塔をプイと背ける。帰りは日が落ちきる前にと思ったのだが今日は捕虜の様子を監視しつつ歩くものだからあっという間に空は青深まって暗い夜空に。

 

...美しい星空、雲一つなく天河石の瞳ように光の粒がちりばめられた天球が果てなく広がる、フラヴィはそれをぼんやりと見上げていた。

くじら、アンドロメダ、ペルセウス...そしてカシオペヤ、目を奪う星々の中にふと明滅する変わった星を見つける。それは瞬き散っては消え、また現れる輝きはだんだん大きくなり、光芒をいくつも散らせて目の前に迫る。

フラヴィの目には間違いなくそう見えた。夜闇が迫り、星の瞬きがどんどん大きく、どんどんどんどん目の前に、ついに夜空の星が目と鼻の先。

――――今、満天の星空が堕ちてくる!!

タタタタタンッ!!!

けたたましい炸裂音が静寂を割く。堕ちてきたのは星空ではない、夜空を映したネウロイの巨体がきらめく破片を散らしながら頭上に墜落してきたのだ!フラヴィは咄嗟にコルボーを逃がそうとするが間に合わない、巨体が視界を上から覆い隠し押しつぶす――――――――。

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ!!!!!!

その時、風が吹いた。

 

北の山々から強烈な暴風が荒れ地に押し寄せ、地面に落ちようとしたネウロイの巨体を落ち葉のように容易く吹き飛ばす。ネウロイから散らばったきらめく破片もこの風に乗って吹き上げられ、まるで流星のように空に幾条もの光の軌跡を描いた。

この力強い風、壮烈な光の奔流、それは間違いなく北風の支配者テオマカが吹き起こしたミストラル。

風に救われ地面に伏せていたフラヴィは見上げた先に見つけた。光芒走る天球の、カシオペヤ座の方角。一際目立つ四条の光跡が夜空を駆けてゆく、それは銀の翼を煌めかせるウィッチ達。そしてその先頭に立つ者の燃えるような赤髪がちらと照らされた。

来たのだ、ついに迎えに来た!ワイルドハントがその狩猟団の一員にフラヴィを加えるため空の彼方から駆けてきた!!コルボーを抱えて奮い立ち走り出す。

舞い上がったきらめく破片が荒野を星屑の海に変え、光跡を追って星々の中を走るフラヴィの姿はまさに夜空を駆ける漆黒の猟犬。

 

――――――ふしぎな風がその背中を力強く押した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

同時刻、走行するカシオペヤ号客車内。

「アンナ女史、大丈夫かい?敵と交戦したようだけど」

客車前方にある小さな食堂スペース、対面のテーブルが3つとカウンター付きの小さなキッチンを備えたこの場所に地図や機材を広げ簡易指令室を作ったロイター少佐。そこで花子と石和を交え状況確認をしていたところジアーナからネウロイと接触したらしき通信を受けたところだ。

<もう片付けたわ。それよりかなり強い風が出てきてる、危険な状況よ>

「周辺も後方の巣の事もある程度確認できた、日も沈んでしまったしここまでにしよう、ロレッタ班と合流して戻ってきてほしい。」

哨戒に飛んだジアーナ/ベルタ班とロレッタ/リタ班それぞれからの報告をまとめても、手元にある情報は決して充分とは言えなかった。

後方の大規模ネウロイの巣と思しき壁はウェルゴンを覆ったあたりで急激に速度を落としたものの、広範囲に相当量のネウロイが散らばっていてほとんど身動きが取れず南ガリア一帯の状況確認はかなり限定的になってしまった。そして更に一番の問題は...

「ディジョンや他の地域にも、どこにも無線がつながらないなんて」

「あれだけ大規模な巣だ、ガリア中の軍隊が動いていてもおかしくないはずだけれどまったくその気配もない。信じたくはないがネウロイ達のなんらかの妨害で南ガリアが孤立させられた可能性があるね...」

「芳しくありませんね...」

沈痛な面持ちの石和は村の医師と協力してやっと怪我人の手当てを終えてきたばかり、無線も通じず援軍の望みも薄い中で重症者の数を考えれば特に現状を重く受け止めざるをえなかった。

「まあなんにせよ今は情報が足りない。民間人を乗せている以上は無暗に動けないし、夜間は特にね。みんなが戻ってきたら今後の方針を説明するから、この先の切り通しに列車を隠して今夜は大人しくしていよう」

今いる人員で夜間飛行の適正があるのはジアーナ大尉だけ、昼過ぎから飛び続けている彼女をロイターはこれ以上無理させたくなかった。と、そう考えていたところ、ここまで一部始終を聞いていたとある人物が簡易指令室に姿を現す。

「もし、夜間飛行の手が必要なら私が協力しよう」

「あ!村にいたウィッチの人!」

それは花子とおばあさんを助けに入ってくれたあのウィッチだった。

「キミは?」

黒髪に凛々しい顔立ちの彼女、白いシャツにモノクロチェック柄のタイを付けたその姿は見慣れぬものだった。

「...私はシンシア・パトリス・ナイト、ブリタニア空軍の少尉だ。夜間飛行の技能がある、力になれるはずだ」

「その声、ウェルゴンの事を報せてくれたのはキミか」

カシオペヤ号に通信してきたあの時の声の主は彼女だったようだ。

「いやはや...苦難の旅路かと思ったら。またまたウィッチが現れるなんて」

これ以上に心強い申し出はない、不安の拭いきれぬ雰囲気漂う車内に一筋の希望が見えた。

そしてロイターは車内にいる3人をひとりひとり見渡して頷く。

「これだけ人手が揃ってるんだ、あまり悲観的になるものじゃないのかもしれないね」

「...よし!」

ロイターはなにか思いついた様子で、得意げに微笑んで見せた。

「ここはひとつ、ここに集いし荒くれ少女たちに名前でも付けようか」

「...名前ですか?」

ぽんと手を打つロイターの顔は打って変わって晴れやかだ。

「そう、頭の痛いお話はこれくらいにして。難局を乗り越えんとする私たちにパーッとひとつ気の利いた名前でも付けようよ」

「いいですね!それ!」

花子も乗り気で、そんな二人の様子に石和も笑みがこぼれてしまう。

<はいはいはいはい!!>

これを聞いて真っ先に反応したのは無線の向こうのリタ曹長、ここに仮初のウィッチ隊命名大会が幕を開ける。

<ヴァールシャインリッヒカイト・シュタルク・ズィーガー・フリューゲル・ウィッチーズで決まりよ!!>

「ははは、い~い長さだリタ君、うん、とってもながいね。はい次ベルタ君!」

<え?!え、えーと...その......じゃあ列車に乗ってるから、アイゼンバーン・ウィッチーズ...とか>

<捻りがないわねぇあんたは>

<リタは捻りすぎだよ...>

<はは、私はいいと思うよベルタ。ふむ、そうだなぁ私がつけるなら...アストルム・ウィッチーズなんてどうかな>

ふたりのやり取りを聞いて朗らかに笑うロレッタも案を出すのは忘れない。

<星芒の魔女ってところかしら、カシオペヤ号には合うかもしれないわね>

「そういうアンナ女史はどうだい?」

<私は発語しにくい名前でなければなんでもいいわ>

<まあまあ、そう言わずにさ>

普段クールなジアーナも、ロイターとロレッタの二人がかりで促されてはたじろいでしまう。

<珠緒さん助けてくれないかしら、こういうのは恥ずかしいのよ...>

「ふふ、そうですねぇ...では僭越ながら私から」

ジアーナに助けを求められた石和には何か妙案があるようだ。

「やはり皆さん婦女子ですからここは清く、奥ゆかしく...ワビサビ・ウィッチーズなどいかがでしょう」

「ワ...ワビサビ......お、おたまさんらしいね」

「私、いいの思いついちゃいました...!めいっぱい可愛いやつ―――」

「お、どんなのだい花子君」

「ブルーム・ウィッチーズ!ふふ、花咲く魔女たちって感じで」

眼帯姿がどうして物々しく見えてしまう花子はこと可愛いモノに関して人一倍の憧れを持っているのだ。

今日初めて巡り合った寄せ集めのウィッチたち。それでもこうして命名大会を繰り広げるこのひと時はとても和やかで、年相応の少女らしさをそれぞれが放っていた。

「シンシア君、キミは...あれ、」

そんな穏やかな場から逃げるように、シンシアだけはいつのまにかその場にいない。

彼女の行方を疑問に思うより先に、花子がロイターに問いかけてきた。

「で、どうするんですか?”隊長”さん」

「ん...ああ、そうだねぇ!どれも出色の出来だから――――――」

まさにいま応えようとしたその時。

 

ギッギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッッッ!!!!!!!!!!!!

 

カシオペヤ号が激しい鳴音をあげて急停車。

「なっ、なに?!」

「外に誰かいます!」

花子たちは揃って外に飛び出す。カシオペヤ号の前照灯に煌々と照らされた線路の先。

 

―――――そこにはまっくろに汚れた少女の姿が。

 

その頭には獣の耳が生え、お尻にはふさふさの尻尾が揺れ、その姿はまるで漆黒の猟犬...に見えなくもない。

星屑の海を走り抜け、フラヴィが列車の前に現れたのだった。

「......キミは...ウィッチか?!」

恐る恐る聞くロイターを無視して、フラヴィはカシオペヤ号よりはるか上の夜空を指さす。

「ふっ...ふぅ...ふぅっ...ワイルドっ...ハント...」

「ワイルドハント...?」

息も絶え絶えに発したその一言、合点がいったのはその指差す先を振り返ったとき。

哨戒を終え帰還して来たジアーナ達4人がカシオペヤ号に向けて降下してきている。その姿はまるで、銀の翼を月光にきらめかせ、夜空を渡る魔女の狩猟軍団。

「ワイルドハント......そうかWildes Heerか!」

カールスラントにも伝わっていた、猛々しい軍団と呼ばれ畏れられてきた魔女たちの姿。これはしめたと言わんばかり、彼女の中で明らかに名案、ストンとおさまりしっくりきた。

「.....うん、いいかもしれない!」

景気づけに名前を付けよう、そう言った矢先でのこの遭遇。夜空に見た伝説。

これしかないと彼女は頷き、よくわからないがフラヴィも頷いた。

ロイターはポンと一つ手を打つと、列車の前へ勢ぞろいした魔女達を振り返り、得意げにこう言い放つ。

「...いいかいみんな、ぼくたちは夜空を駆ける狩猟団」

 

「今からぼくらは、ワイルズウィッチーズだ!」

 

 

つづく

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