私には秘密がある。
その秘密を知っているのなんて、今は家族くらいのもので、その秘密は私が『僕』だったと言うものだ。
性別が変わる。
それは私たちの生きるこの世界で多くないものの、確かにある病気だった。
私が発症したのは今から数年くらい前。タイミングとしては中学校へ入学する直前くらいだ。
『僕』は当時決まっていた学校に入学するのが怖くて、別の学校に通うことにした。選択肢が与えられたから。誰も知らない、『僕』の事を誰も覚えていない場所。
一つ隣なだけで、皆んなは初対面だった。
「おはよ、
「うん、おはよ」
夏休みが明け、新学期が始まる。
これから先、一生、私の秘密は秘密のまま過ごせたら良いと思いながら、僅かな不安を感じながら今日だって学校に向けて足を運ばせる。
「石崎くんが後天性性別変態症候群に罹りました」
「ども……」
先生が紹介したのは、僅かながらに石崎くんの面影が残る小さな女の子。黄色い帽子を被せても違和感がないくらい。
少しばかり鬱陶しそうな感じで顔を歪めていて、私は、『僕』は思ったんだ。
彼は、彼女は強いって。
「どうして……」
君は転校しなかったんだろうと。
ただ、私は石崎くんに手を差し伸べるでもなく傍観者に徹していた。
「奏多? ねえ奏多、聞いてるの?」
「え、あ、うん。な、何の話?」
「ちょっとー」
あはは。
そんな目で見ないでよ。
ただちょっと、そうちょっとだけ羨ましいって思っただけ。
「ねえ、奏多。私、飲み物買ってくるけど何かいる?」
「別に良いかな」
それでも今は楽しいのだから、きっと、この感情はどうでもいいものなんだ。
「じゃあ行ってくるね」
そう言って中学からの友達の彼女は教室から出て行ってしまった。
弁当を食べるのは彼女が戻ってくるまで待ってようか。
「あ、あのー、山野。ちょっと良いか?」
「あ、
「おい、何もじもじしてんだよ、気色悪い」
やって来たのは仲のいい二人。
元々、幼馴染って事で仲のいい二人だけど、こうして見てると微笑ましさと同時に胸に少しばかりの痛みが走る。
「石崎くんも。どうしたの?」
「い、いや、詩音ってさ女子とそこまで
「うん」
「な、仲良くしてやってくれないか?」
「…………」
どうして、私なのだろうか。
それが分からなくて、もしかして秘密を知ってるんじゃないかって不安になった。でもそんな訳ない。
「いいよ」
だから、私はその提案を受け入れる事にした。
「ほ、本当か!?」
「マジか……。仲良くできる時で良いですよー。俺は基本、こいつといるんで」
そう言って石崎くんは隣立っている竹中の背中を叩く。
「うん。よろしくね、石崎くん」
「…………」
迷ったような顔を見せてから彼女は私の手を取った。
「よろしくお願いします」
そんな敬語のついた言葉を聞いて、私は少しだけ笑ってしまった。
それでも、その日は結局、一緒にご飯を食べると言うことはなく今日と言う日が流れていく。
図書室に彼女の背を見て、私はあまり足を踏み入れることのなかった図書室に入った。
雰囲気はとても重たく、静かなものだ。
「石崎くん?」
「っ」
突然、背後から声をかけるとビクッと肩を震わせてからゼンマイじかけのオモチャのようにゆっくりとこっちに顔を向ける。
それが小動物みたいで可愛らしい。
「な、何だ。……山野、さんか」
「で、何読んでるの?」
彼の開いていた本を見れば、そこにあったのはキャラクターの絵。文字という物はおおよそ吹き出しの中か、あるいは効果音のようなカタカナくらい。
「漫画?」
「はい……」
それが居心地が悪かったのか石崎くんは漫画を閉じてしまった。私は別に気にしないのに。
「何で図書室に?」
「謙也を待ってて、ですね」
「あー」
「…………」
沈黙。
いや、これが正しいんだろう。ここは図書室で大凡、会話をするために設けられたスペースでもないだろうし。
「え、と?」
「ちょっと話したい事あるんだ」
「……図書室から出ます?」
そう言って石崎くんは漫画を鞄の中に仕舞い込む。石崎くんの所持品だったんだ。まあ、図書室にあまり来ないから分からないけど、漫画なんてそうそう置かれてないだろうしね。
「ねぇ、石崎くん」
「はい?」
「……竹中くんと話す時と同じ感じでいいよ」
「努力します……」
「……それで、何だけどさ」
これを聞く事にどれくらいの意味があるのか。それを聞いたからって『僕』は納得するのだろうか。怖いから逃げ出した『僕』が。
「何で、転校しなかったの?」
自分でもストレート過ぎると思うけど、それでも答えが知りたかった。
何で、変わる事が怖くないのか。私は怖かった。『僕』と彼は何が違うんだろうか。
「面倒だったから、……です」
「え?」
「転校の手続きとか、そう言うのが面倒だったからです」
予想外の回答。
思わず、ポカンと口を開けてしまった。
そんな理由で。
「でもTS病に罹った人は基本的には転校するでしょ?」
「そうみたいですね……。あれ、もしかして山野、さんはアレですか? 俺に転校してもらいたかったとか?」
「ううん! そうじゃなくって!」
「……まあ、転校するよりも謙也がいた方が安心ですしね。父さんも母さんもそれで納得してくれてますし」
「そんなに竹中くんは石崎くんの中で大きいの?」
「……家族みたいなモンですよ。あいつの隣は暇しないんです。俺はそこが気に入ってますし」
一生、親友でいるつもりですから。
なんて、見惚れてしまいそうなほどに無邪気な笑顔を石崎くんは浮かべて話した。
その瞬間に『僕』は、石崎くんのその笑顔を守りたいと思ってしまったのだ。