「……ついたな。代々木八幡」
あのあと、あの凶暴お姉ちゃんが再びメールをよこしてきた。それに記された場所がここだ。
頑張って釈明の電話やメールを飛ばしたのだが、どれにも反応が一切なく、もう指示通りに行動するしかないというのが現状。全くお騒がせな魔王である。
「……それにしても、一体どんな人なのかしら。あなたたちがそんなに怖がるなんて」
「うん。……なんか私まで怖くなってきました」
由比ヶ浜をはじめ、事情を全て知っている中野二乃さんと五月さんコンビも、暴走魔王に事情を説明するとついて来てくれた。上杉も、女子組に何かあった時のための盾として来てくれている。でもさっき買っていた肉まんは一体何の意味があるのだろううか。
正直彼女たちにも危険が及びかねない以上、あまりアレに近づけたくはないのだが、マジで俺が殺されそうなのでお言葉に甘えて着いて来てもらったわけだ。
どうも、大学に入ってから人に頼ることを覚えた八幡です。
そうそう。三玖さんと三浦は、一花さんとゲロリボンと雪ノ下のいるホテルを見に行ったらしい。
「時間だ」
指定の時間になる。夕方の都心の神社には、俺たちの他には誰もいない。風が吹き、それに揺れる葉っぱの音が何かただならぬ雰囲気を作り出していた。
きた。
確かに存在を確認した時、世界に異常な緊張感が生まれた。
空気が違う、段違いに重い。気を抜くと地面にへたり込みそうだ。
さっきまで吹いていた風がピタッと止んだ。不気味な静寂が空間を支配する。
ヒールの足音が響く。なぜこんなに不自然に響くのだろう。
一度だけカラスが鳴き、何かを察知した様に飛んでいってしまった。
「よく来たね。……あら、呼んだのはお前だけのはずなのに、こんなにたくさん。いつの間に君はこんなハーレムを作ってたのかな」
そんなに近い場所にいないはずなのに、すぐそこから声が聞こえた気がした。
「……リボンの女はどれ? 雪乃ちゃんを泣かせている間にも、よろしくやっていたのでしょう?」
やばい。マジやばい。本気でちびりそう。
「あっ……ま、まま、まままままままってくくくだしゃい……いいくはひょ、いつひぃ!」
「ひゃ、ひゃひゃひゃ……ににょ! おおおちちゅきましょう!」
あまりの魔王の迫力に、二乃さんと五月さんは抱き合って震えていた。魔王はその二人を見る。
「……あなたたち、誰? そこの浮気男の肩を持つわけ?」
二人を真正面から見据え、威圧を飛ばした。
飛ばされた二人はよりキツく抱き合い、ブルブル震えるしかない。
「ちょ、ちょっと待ってください陽乃さん!!」
由比ヶ浜が勇気を振り絞ったように叫んだ。しかし、勇気を振り絞るために俺の肩に強く強ーく抱きつきながら。
「……へぇ。ガハマ。お前も雪乃ちゃんに牙を剥くのか、、潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す」
より一層覇気が増してしまった。
魔王はこっちに近寄ってくる。由比ヶ浜は分かりやすくガタガタ震え出し、自ら俺から離れることができない。だからゆっくり由比ヶ浜から俺は離れ、魔王の元に歩く。
3.2.1メートル。
もうすぐそこに、脅威はいた。
ここまで来たらもう腹を括るしかない。明日の朝に病院のベットの上にいる覚悟を決めながら、俺はここ数年で一番の勇気を振り絞った、瞬間だった。
「ふ、ふやぁあああ!!」
「っ!?」
「!?!?」
突然、叫び声が聞こえてきた。
視界からの情報を分析するに、どうやら陽乃さんの背中を五月さんが思いっきり押した様だ。でもなぜ肉まんを口に咥えているのだろうか?
そういや肉まんといえば、さっき上杉が念の為とか言って買ってたやつか?
咥えているということは、上杉が五月さんの口に突っ込んだ? 肉まんは五月さんにとって動力源か何かなのだろうか。そんなどうでもいいような思考が頭を過ぎる。
突然後ろから押されたせいで俺に勢いよくぶつかる陽乃さん。俺はあまりに突然のことで、そのまま後ろにバランスを崩し倒れてしまった。
次には、胸には陽乃さんの大きいメロンを感じ、
唇には、少し湿った、暖かくて柔らかい感触が襲ってきた。
「……!?」
「っ!?」
妹に似た整った顔が、超至近距離で驚きに目を見開いていた。
* * *
「わたし……ポンコツだ……みんな何も悪くなかったのに一人で暴走して、仕事に穴開けて」
あれから時間がたち、五月さんの肉まん捨身タックルと二乃さんの懸命な説明のお陰で全ては明らかになった。
その結果が今の魔王のこの憔悴である。体育座りで地面に死んだ目をしながら座っていた。
「ゆきのちゃん……ごめんね。暴走するだけじゃなくてわたし、あなたの彼とキスしちゃった……雪乃ちゃんに嫌われちゃうよね……わたし、生きてる意味あるのかな……」
さっきからずっとこんなんである。さっきとはまた別の意味でどうしたらいいか分からない。自分の生きている意味すら問い始めた。
「あの……比企谷さん。いいですか?」
俺が魔王の扱いに困っていると、勝利の立役者である五月さんが俺に耳打ちをしてくる。さっきの肉まんはとっくに胃の中にあるみたいだ。
「あ、ああ。なんだ?」
「四葉と雪ノ下さんがとりあえずまともに歩ける様になったとのことなので、合流したいのですが……」
とりあえずこのままでは埒があかないので、しょぼくれ魔王を連れて俺たちは雪ノ下たちと合流することにした。