人類が、何らかの異能ーすなわち、”個性”を持つ個性社会。その黎明期において、”個性”を宿した大多数の人々は、その力を自らのために使った。自己の欲望の赴くままに他人を害し、傷つけ、また多くのものを奪い取った。人々は彼らを軽蔑し、”ヴィラン”と呼んだ。
しかし、”個性”を持った人々の中にも善良な市民は存在した。彼らは自らに備わった力で災害から他人を守り、また”ヴィラン”に苦しむ人々を助けることで自分たち”個性”を持った人間の存在価値を示し続けた。人々は彼らへの感謝を込めて、彼らを”ヒーロー”と呼び、称えた。
時は流れ、人類の総人口のうち八割が”個性”を宿す時代となった。しかし、多くの人は個性という力に振り回され、”ヴィラン”として他人を害するに至る者は後を絶たない。そんな中でも、他人を守ろうとするヒーローは確かに存在した。
四月十日。国立雄英高等学校に春が来た。雄英高校は、ヒーロー養成で実績のある高校である。OBやOGには、現在も活躍する日本のトップヒーローである”オールマイト”や”エンデヴァー”、”ベストジーニスト”などが名を連ねる。
雄英高校の入学条件は厳しい。今年は特に倍率が高く、二クラスで四十名の定員に対して、実に一万人以上の入学希望者が殺到した。偏差値79の学力試験でよい点を取ったとしても、厳しい実技試験を突破しなければならない。学力試験と実技試験、その両方で高い点数を稼がなければ、ヒーロー科への入学は叶わないのだ。
その難関を突破し、今年も新入生たちが雄英の門をくぐる。今日は始業式の日。在校生は体育館に集合し、新入生は各々に割り当てられた教室で担任の到着を待っている。今年の目玉であるヒーロー科、一年A組の教室に、一人の問題児が居た。
「おはよう。」
「あら、おはようございます。」
「私、三輪慶来。これからよろしく!」
教室では先生が到着するまでの間、席が近い者同士で自己紹介をしていた。白い長髪をツインテールでまとめた小柄な女子生徒が、後ろにいた黒髪の女子生徒に笑いかける。黒髪の女子生徒を見る瞳は赤く、澄んだ色だ。人間や動物が何らかの異能を有する個性社会において、”個性”が容姿に対して影響を与える事は珍しくない。白髪であれ赤い瞳であれ、周囲から浮くことはない。
白髪の女子生徒、慶来の顔には高校生活への期待と憧れ、そしてクラスメートとなる黒髪の女子生徒への期待が浮かんでいた。黒髪の女子生徒も迷わず笑顔で返す。
「こちらこそ。これから三年間よろしくお願いしますわ慶来さん。私は八百万百と申します。」
「あ、私の事はケーキでいいよ!私もモモちゃんって呼んでいい?」
「モ、モモちゃん……?いいですわよ、ケーキさん。」
(随分と心の距離感が近い方ですわね……?)
黒髪の女子生徒、八百万百は慶来の笑顔に絆された。百は、両親が日本でも有数の資産家だった。初対面の相手から打算を抜きにした笑顔を向けられたのはいつ以来だろうか。ここでは、百は親の立場など関係なく、一人のヒーロー志望者として友人を作ることが出来るのだろうか。その百の困惑と期待に気付かず、声を潜めて慶来は百と密談する。
「さんはいいって。でも、まぁ普通の人が居てよかったよ。やっと雄英に入学できたって思ったら、クラスに不良が居るんだもん。来るとこ間違えたかなって思った。」
「まぁ、いけませんわ慶来さん。クラスメートを不良だなんて。」
慶来と密談をしながら、百も前に視線を向ける。百が今まであえて無視していた黒板近くの席に、噂の問題児はいた。
爆発的な金髪を携え、屈強な肉体を持った男子生徒だ。制服は着崩している。あろうことか机に脚をかけ、周囲を威圧し、威嚇していた。ヒーロー志望とは思えない。
”個性”社会においても、公共の場においては最低限のマナーが求められる。それは、世界から”個性”が認識される前と変わりはなかった。
「何という態度でしょう。あれではヒーローではなくヴィランですわね。」
「先生が来る前にやめさせた方がいいかな?」
「時間の無駄ですわ、放っておきましょう。先生が注意されますわ。」
慶来はヒーロー科の生徒であり、金髪の男子生徒もヒーロー科の生徒である。クラスメートとして、ヒーロー志望の同志として、金髪の男子生徒を注意するべきかと慶来は思う。
(幾ら不良とはいえ、初日から先生に目をつけられるのはまぁ可哀想かな……?)
という、親切心もない訳ではなかった。
「やっぱ行って…」
「何をしているんだ君は!?これまで机を使ってきた先輩方に申し訳ないとは思わないのか!?」
「思わねーよ!……つーかてめぇどこ中だクソ眼鏡!」
「ク……!?君ひどいな!本当に雄英生か!?ぼ……いや俺は……」
そんな事を考えて慶来が立ち上がりかけた矢先、眼鏡をかけた長身の男子生徒が金髪の男子生徒を注意した。彼はどうやら真面目な性格らしい。長身である以上に、制服の上からでも分かるほどにしっかりとした体型だった。鍛え上げたのだろう。
「あ、グラスイズ君が注意してくれた。普通の人は私らだけじゃないみたい。」
「わたくし達は先生が来るまで大人しくしていましょう。」
(グラスイズ君?)
前で騒ぎを起こしながらもとりあえず金髪生徒が足を降ろしたため、百と慶来はひそひそと密談をして担任の到着を待った。
「私らの担任って、どんな先生だろうね……?きちっとした人ならいいけど。」
「雄英に所属するプロヒーローの誰かですが、オールマイトでない事は確かですわね。今年着任ですもの。」
そして、その時は訪れた。
「……はい、皆さん、静粛に。」
声とともに、黒板の前に男が現れた。彼がこのクラスの担任なのだろう。まるで手入れされていない伸びきったぼさぼさの黒髪に、無精ひげ。加えて寝袋にくるまった姿の男性だった。
「……うわ、汚っ……」
思わず慶来はそう呟いた。
(相手は教師ですわよ!?)
とはいえ、良家に生まれたお嬢様である百も、百以外のクラスメイトも発言内容には同意せざるを得ない。男性教師の姿は、明らかに教師としても社会人として失格だった。教師だと言うならば、身なりは整えて来るべきだ。生徒たちは各々でそう思ったものの、指示通り素直に口をつぐむ。
「……静かになるのに8秒もかかりました。君たちは合理性に欠くね。」
生徒たちの困惑を無視し、男性教師は言葉を続ける。
「時間は有限です。君たちが雄英で使う時間を無駄にしないためにも、これからは他人に注意される前に適切な行動をとる事。……ああ、自己紹介がまだだったな。担任の相澤消太だ。よろしく。」
話の合間合間に、自らが持参したゼリーを飲み込みながら相澤は言う。何もかもが規格外の教師を相手に、生徒たちは人生でかつてない程に困惑した。相澤先生の声からは教師としての威厳や覇気というものが感じられない。いや、もっと言うなら元気が感じられない。よく見れば相澤先生の目には隈が出来ていた。寝不足なのだろうか?
(だ、大丈夫なの相澤先生…?)
(保健室に行った方がいいんじゃ?)
(というかこれが本当に雄英?思ってたのと違う……)
慶来も例外ではなく、困惑していた。今時田舎でも居ないような不良に、教員免許を持っているかも怪しい担任。ヒーローに憧れて雄英を目指し、偏差値79の壁を突破するために青春を捧げてきたというのにこの仕打ちはあんまりだと思った。
(で、でも夢のために頑張らないと。折角友達だって出来たんだし……)
慶来も伊達に雄英に合格したわけではない。衝撃を受けたからといって、傾聴の姿勢は崩さない。
「さて、生徒諸君。早速だが体操着に着替えて第一運動場に来い。それから、三輪。人を見た目で判断するな。助けを求める人がこういう姿の場合もある。」
一呼吸を置いて、相澤先生は続ける。
「他の者たちにも言っておくぞ。個性社会においては、善良な市民であっても悪質なヴィランであっても、一目見ただけでは判断できない事が多い。無論、ヒーローは、相手がどんな容姿であれ業務中に助けを求める声があったならそれに応えねばならない。どんな容姿の人間にも、今のうちに慣れておけ。」
(うわっ、目を付けられた……?)
「はい、相澤先生。」
内心の動揺を抑えて、慶来は即答する。なるほど、確かに、ヒーローならば見た目だけで人を判断してはならない。金髪の不良生徒にしても、ヒーロー科に合格したのだからああ見えてヒーロー精神の塊に違いないのだ。話の内容には同意せざるを得ない。
「な、成程。これも授業の一つ!ヒーローとして、心構えを鍛えるということですね!」
「そ、そうか。見た目で人を判断するのは男らしくねぇか。そうだよな……」
「意識が変われば習慣が変わり、習慣が変われば行動が変わる。ヒーローとしての修行だと思って、まずは自分の意識から変えていけ。」
そう言うと、相澤は教室を後にした。生徒たちも慌ててそれに続く。
「わたくしたちも行きましょうか、ケーキさん。」
「うん。行こうかモモちゃん。でもさぁ。」
一呼吸置いてから、慶来は続ける。
「ヒーローは救助活動をすることだってあるし、普段から清潔にしとくべきじゃん……?」
「その通りですが、相澤先生には黙っていましょうね?」
先ほど不良を注意した眼鏡の男子生徒や、赤毛の男子生徒などが納得する中で、慶来は雄英への不満を溜めこんでいた。女子更衣室で髪を弄りながら着替え、百に相澤先生への愚痴を吐きながら急ぎ第一運動場に向かう。始業式の会場である第一体育館ではなく、第一運動場だ。
「あれ、運動場……?」
「ガイダンスは?入学式は!?」
生徒たちのツッコミを無視し、相澤先生は宣言する。
「高校生活はたったの三年間。そんな事をしている暇はないぞ。今から君たちには”個性”を用いた体力測定をしてもらう!最下位は罰として、普通科への”転籍”だ。」
『はぁーっ!???』
慶来は思わず叫んだ。周囲の生徒も叫んでいた。
転籍。ヒーロー科から、他の科。普通科への転籍。それは、ヒーローへの夢から遠ざかるに等しい。まさか初日に、ヒーロー志望者から脱落者が出るとは!
「雄英の校風は”自由”。おまえらを生かすも殺すも俺達教師の”自由”だ。そして校訓は”Plus Ultra”……だ。これから俺は、君たちに困難を与え続ける。どんな試練も乗り越えて見せろ。」
(こ、これが……これが最高峰……!)
最低系主人公、三輪慶来の高校生活は、波乱の幕開けとなった。
オリ主のイメージはワートリのユーマ(容姿)+ふたばちゃん(容姿)