国立医電病院に踏み込んだ俺たちは、ヒューマギアの管理データを見せてもらった。
仮にも飛電の社長とAIMS隊長が権限をフル活用している訳だから、苦も無く閲覧には成功した。
まぁそりゃそうだよな。
お飾りとはいえ一応俺は社長だし、その社長がAIMS隊長と組んで仕事をしたら大抵の無茶は通るよなぁ。
ところが、不破さんの執刀医だったヒューマギアからは、その前後1時間の記録が綺麗に消されていた……。
病院側サーバーのバックアップデータを当たってみても、ダメだった。
明らかにクロなんだけど、これ以上捜査は出来ないっぽい?
「出入口の入館記録もダメか……!」
不破さんも悔しそうに拳を壁に叩きつけていた。
病院の壁にクレーターが出来たような気がしたけど、きっと気のせいだろう。
「僕のせいだ……。すまない、みんな……」
迅も責任を感じているっぽい。
当時、滅亡迅雷.netに所属していた迅が、不破さん抹殺のためにこの病院を襲撃していたからね……。
病院側も出入口の管理とか言っていられる状況じゃなかったみたいだ。
こうなったら、俺の爆笑ギャグで場を和ませなくちゃ!(使命感)
……と俺は思っていたが。
「そんなことだろうと思って、病院の近辺を通りがかった全ヒューマギアの視覚データを洗い直しておいたぞ。でございます」
「もう、お前ひとりで良いんじゃないかな……」
どうやらアズ的には今の展開は既に読めていたらしい。
移動中に衛星ゼアに頼んで、データをまとめてもらったとのこと。
アズが目から光を発して、病院の白い壁に画像を投影してくれた。
お前そんなこと出来たの??
「こいつは……!」
「僕も見覚えがあるよ。ZAIAエンタープライズ日本支部の代表取締役、天津垓だ」
投影された先には、上から下まで白い服を着て悪目立ちしているのを隠す気もない男の姿が映っていた。
服装から、忍ぶ気を全く感じられない……!
なまじ電子的な偽装に自信があったから、目立たない服装で来るっていう発想が無かったのかもしれない……。
「でも、これでZAIAの社長を逮捕できるってことだよね!
俺は、心から喜びながら迅たちに声をかけた。
だが俺以外の3人は、決して明るい雰囲気じゃなかった。
え? まだ何か問題があるの?
俺に分かるように説明してくれ。
「そもそもバルカンが捜査令状を手に入れるだけなら、
「ZAIAの施設を直接捜査するのが困難であることは推測可能だぞ。であります」
……天津を逮捕できないの?
それっておかしくない?
悪い奴なんでしょ?
「ZAIAは政治分野で多額の献金を出しているうえに、AIMSへの資金的・技術的な影響力も大きい。そう簡単には捜査令状は出ねぇんだ……」
AIMSへの影響力って、その最たるものが刃さんの存在なんだろうなぁ。
技術顧問枠でZAIAの社員をねじ込める影響力って、たぶん凄いんだろう。
ううーん……。
悪い奴ほど捕まらない、って何かで聞いたような気がするけど、じゃあどうすれば良いんだ?
「別件で天津垓を現行犯逮捕するのが一番手っ取り早い。一度身柄を確保しちまえばZAIA本社に踏み込むハードルは一気に下がる」
こういう搦め手は好きじゃねぇんだけどな、なんてボヤきながら不破さんが答えてくれた。
確かに不破さんは猪突猛進感があるけど、少なくとも俺よりは確実に頭が良いと思わせる要素は色々あった。
搦め手に関しても、思いつかないから使わないんじゃなくて、嫌いだから普段は使わないんだよな。
ただ今回に関しては好き嫌いで手段を選ぶ余裕が無い、ってことなんだろう。
「でもさ。
「……いや、AIMSから正式に警察へ捜査協力依頼をしたら、まず刃たちにはバレる。なるべく、情報を知る奴は増やしたく無ぇな」
飛電側でも内通者が居るっていう疑惑は消えてないから、協力者を増やすのは難しい。
デカ長パト吉の時に存在が示唆された内通者って、まだ発見されてないんだよなぁ。
迅もその正体を知らなかったみたいだし、今は保留にするしかないけど。
「その天津垓が、さきほど緊急記者会見を開いたようだぞ。でいらっしゃいます」
……と、まさにそんな時。
アズが唐突にニュース情報をキャッチしたみたいだ。
壁に投影された映像の中で、白い服を着こんだ天津垓社長が会見を行っていた。
気になる内容の方は?
『ZAIAエンタープライズ日本支部の社長として、飛電インテリジェンスに対してTOBを宣言します!』
……ティーオービーって、何?
『暴虐秘書アズちゃん!』
第10話:TOBの意味を理解していない社長は、ただ一人! 俺だ!
TOBに関する説明を一通り受けた俺は、なんとなくマズいことになったということだけは分かった。
天津はロクでもない奴だ。
その天津が飛電インテリジェンスを手に入れようとしている。
オレが社長じゃなくなるのは置いとくとしても、副添副社長たちやヒューマギアたちが心配だ。
そんな俺の元へと、更なる悲報が届いた。
どうも、天津が俺に面会アポをとってきたらしい。
多分TOBを円滑に進めるための交渉をしたいんだろう。
それって、俺が話し合いに出席していい問題なのか?
名目上は俺が社長ではあるけど、実質的には俺は社長の仕事なんてやってないぞ。
俺がやっているのは、身も蓋も無い言い方をすると外注のトラブルシューターみたいなものだよね。
ゼロワンドライバーの価値が高すぎて部外者に渡せないから、
そんな俺が社運をかけた交渉の場に出ていいのか? 良いわけ無いよな。
「俺がZAIAとの交渉に行くのって、おかしいと思うんです」
いつもの社長室で、俺は副添副社長に質してみた。
俺は経営なんて分からない。
だから、天津との交渉なんて無理だ。
「私も、可能であれば社長を代わってやりたい……!」
ギリッ、なんて奥歯を鳴らした副社長の言葉は、真に迫っていた。
本気で言っていると、俺は確信した。
まぁ当然だよな。
俺の悪口は言わないにしても、俺に社長としてのスキルが無いことは副添さんが一番よく知っているはずだ。
とはいえ、社長の座を譲るのは無理なんだけどな。
ゼロワンの変身権の問題もあるけど、俺にはアズとの約束もあるし。
「或人しゃちょーが怪我で入院すれば、副社長が交渉の場に出るのは不自然じゃないぞ。でいらしゃいます」
「「その手があったか!」」
……と、社長席を当然のような顔で占領していたアズが、ここで口を出してきた。
その光景に慣れきってしまっている社長と副社長の図って、何かがおかしい気もするけどな。
ともかく、俺と副社長はヒザを打った。
さすがアズだ。
ズルいことを考えさせたら右に出る者は居ないな。
親の顔が見てみたいわ。あ、
こうして、俺はアズに顔面をブン殴られて、そのまま意識不明の重態という体で国立医電病院に緊急搬送されたのだった……。
後から聞いた話だと、頭部への強打は、見た目の怪我が大したことが無くても何が起こるか分からないので、入院するのはおかしくないそうだ。
いや、待ってくれよ。
何が起こってもおかしくない頭部を迷い無く強打したアズが怖すぎるんですが、それは……?
不破さんじゃなくても、ヒューマギアは殺人マシンだって言いたくなる案件だと思った。
あと、こんなに早く医電病院を再来することになるとは思わなかった……。
で、天津垓との話し合いに行って来た福添副社長は、無事に帰還した。
帰社する途中で国立医電病院に寄って、俺の入院先にも報告をしてくれたんだんだけど。
なんだか、話が割と拗れたみたいだ。
どうも、ZAIAが発明した眼鏡型デバイスで「ZAIAスペック」という商品があるらしい。
人間の仕事能力を1000%に拡張するという触れ込みの商品を、天津はPRしようとしているそうだ。
そして、ZAIAスペック使用者とヒューマギアの仕事能力を競う企画を持ち掛けてきたんだってさ。
けど、福添副社長も長いこと副社長をやっている身だから、そう簡単に天津に丸め込まれたりはしなかった。
天:お仕事5番勝負をしたいのですが、飛電側でも名誉挽回の機会として悪い話ではないでしょう?
福:「ZAIAスペックを付けた労働者」と「ヒューマギア」の能力を比べるということは、被用者向けではなく雇用者向けのPRということです。点数を付けて競うなら、点数の分母は「被用者の年収」と「ヒューマギアの年間リース料」になりますよね?
天:し、しかし! こちら側は選りすぐりの人材を起用します! ZAIA側の負けは1000%ありえない!
福:雇用者向けのアピールなんだから、その業種の平均的な能力を持つ労働者を起用しなきゃ意味ないでしょう。もともと業界トップクラスの能力の人間にZAIAスペックを使わせてやっと勝負になるレベルなら、ZAIAスペックを付けた労働者の方を評価する雇用者なんて居ないでしょうし。
天:(撃沈)
ダイジェストにすると、大体こんな感じらしい。
福添副社長に行ってもらって、本当に良かった……!
医電病院の病室で、俺は心底そう思った。
万が一にも俺が行っていたら、無茶苦茶な条件の勝負を受けてしまっていたかもしれない。
福添さんに説明してもらうまで、天津の提案の何がおかしいのか俺は理解できていなかったわけだし。
アズが同行するにしても、やっぱり俺に交渉事は向いてないって思ったよ。
ヒューマギアが襲われる事件が頻発しているせいで飛電の株価が下がっているのは本当だし、俺が交渉の席についていたら焦って色々やらかしていたかもしれない。
正直、俺よりも福添さんが社長をやった方が、絶対に仕事は上手く回るだろうなぁ……。
で、ちょっと気になったことがあるし、この病室に居るメンツに聞いてみるか。
今そろっている人員は、副社長とアズと迅だ。
いつもの社長室の面々だな。
「そもそも、天津垓は何が狙いなんだろう?」
「なるほど。天津垓の狙いを推測して、先手を打って罠に嵌める作戦だな。いい発想だぞ。でいらっしゃいます」
「僕もゼロワンの言いたいことが分かったよ。飛電インテリジェンスを乗っ取ること自体が目的なんじゃなくて、乗っ取ることで天津垓が何かをしようとしているっていうことだね」
俺と迅とアズの視線が、副社長に集まった。
福添副社長は、たじろいだ。
でも、俺たちの聞きたいことは伝わっているみたいだ。
飛電インテリジェンスを乗っ取る人間が、どんなメリットを手にするのか。
それを説明できるのは、ただ一人。福添副社長だけだ!
「ううむ……。腕の良いエンジニアやプログラマーを傘下に収めることで、何かを開発させようとしている……とか?」
少しだけ悩みながら副社長が捻りだした答えは、確かにありそうに思える内容ではあった。
そして、その内容に対して更に一歩踏み込んだのは迅だった。
「飛電インテリジェンスといえば、僕たちヒューマギアだよね。ヒューマギア絡みで、何か無いの?」
俺もそれを思っていた。
飛電インテリジェンスは、ヒューマギアの製造を独占している会社だ。
それを手中に収めるなら、やっぱりヒューマギアが関係する何かだろうって推測するよね。
「いや、多分それは無いぞ。ヒューマギア関連の特許は是之助社長が個人で持っていたものを或人君が個人で相続しているからな。TOBで何かが解決できるとは思えない」
……そうだっけ?
と思ってアズに確認してもらったが、マジらしい。
ヒューマギアの特許権って、飛電インテリジェンスじゃなくて俺個人が持ってたのか……。
じゃあ、俺が社長就任を断った場合は飛電インテリジェンスは一体どうなっていたんだ? 爺ちゃん、ぶっちゃけ何も考えずに遺言残してる??
「或人しゃちょーにも分かるように解説しておくと、会社全体で開発した製品の特許権を個人に帰属させるのは、他の社員の利益を守るという観点からは、基本的には有り得ないぞ。であります」
「なるほど。敵対的TOBへの対抗策として、株を買い占めただけじゃヒューマギア事業を独占できないようにしてあるのか。クラウンジュエル*1と似た考え方だね」
迅、お前……今ググったな?
耳当てがチカチカ光ったのを、見逃さなかったぞ?
っていうか、爺ちゃんの遺産配分は一応考えがあってのことなのか。さすが爺ちゃんだ!(掌高速回転)
意味はよく分かんないけど、そんな専門用語があるぐらいにはキチンとした戦法なんだろう。たぶん。
「福添さん。天津はヒューマギアの構造を知ることで、別の何かに悪用しようとしている可能性は無いのかな?」
「或人君。特許をとる場合は、申請対象物の詳しい情報を公開するものなんだ。内部構造を知るだけなら難しくないから、それを目的にTOBをするという事は無いんだよ」
え……?
特許って、そういうものなの……?
何だか、また一つ無知を晒してしまった気がするぞ……。
俺の表情から全てを察した福添副社長は、丁寧に説明してくれた。
特許をとる場合、類似製品に関する裁判をすることも想定されるから、事前に対象物の詳しい情報を申告しておくことが必要らしい。
それが一定期間経過後に、特許庁から一般公開されるそうだ。
ヒューマギア自体は小さなバージョンアップを繰り返しているものの、大本は10年以上前の技術なので、とっくに製品情報は一般公開されているんだってさ。
というか、俺も知らなかったんだけど、迅は
権利関係を無視すれば、飛電インテリジェンス以外の設備でもヒューマギアを製造すること自体は技術的には難しくないみたいだ。
「なんか……すみません」
なんか、俺だけ明後日の方向を向いて意見を出している気がする……。
いつものことと言えば、その通りなんだけどさ。
だけど、そこに副添副社長が優しい口調で返事をしてくれた。
「確かに、経営能力としては私の方が優れている面が多い。実際、私が社長をやったほうが営業成績は伸びるだろう」
だがね、或人君。
そう、副社長は続けた。
決して、俺を責めるような雰囲気は感じなかった。
「長年企業戦士をやってきたせいで見えなくなっているものだって、私達にはあるかもしれない。或人君は我が社に関わってこなかった人間として、独自の視点で意見を出してくれ」
「確かに、それがゼロワンの長所だよね」
みんな……!
今のは、ちょっと胸が熱くなったぞ。
作戦立案の面で俺はあんまり役に立っていない自覚はあったけど。
それでも皆、俺のことは確り認めていてくれたんだな……!
「ダメで元々と思って聞いてみるぞ。或人しゃちょーが他企業へTOBを仕掛けるとしたら、その動機は何になるか答えてみやがれ。でいらっしゃいます」
ええ……?(困惑)
まぁアズ本人も言っている通り、ダメで元々なんだよな。
ここは、俺なりに考えてみるか。
さすがに爆笑ギャグを言わない程度にはTPOは気にするけどな!
「コンビニで自分がよく買ってた商品が販売停止になると、悲しくなるよね。関連企業をTOBすれば、その商品がまた作られるかもしれない!」
ザ・庶民の意見って感じだけど。
たぶん新しい発想を検証するための切っ掛け作り以上の意味は無さそうだし、こんなもんでしょ。
「そういえば、現行商品である
「……社内のデータベースを検索したぞ。天津の父親名義で購入された当社の商品は、AIBOがあったぞ。でございます」
アイボ??
なんだっけそれ。
聞いたことある気がするんだけどな……。
……なんて俺が思っていたら、遠い目をしながら副社長が何かを思い出した様子だった。
「ああ、あったなぁ、AIBO……。ペット型の犬ロボットだ。もう30年以上前の話だけどね」
アズが目から光を出して、病室の壁に画像を映し出した。
ビーグル犬みたいなシルエットのロボット犬が映っていた。
30年前って、俺は生まれてすらいないじゃん……。*2
データを見る限りだと、AIBO購入当時の天津は10歳か。
どうなんだろう。
俺の適当な意見がマジで当たっちゃった可能性が微粒子レベルで存在する……?
でも俺が10歳のころなんて、使ってた玩具のメーカー名なんて気にしてなかった気がするけどなぁ。
うーん、後に敏腕経営者になる人間だし、小さいころから他の人とは目の付け所が違ったのかもしれない。
「AIBOのために大企業を買収するだろうか、と疑問に思うところもあるが、他に候補も無いから一応検証してみよう」
せっかく或人君が思い付いてくれた訳だし、なんて補足しながら福添副社長が頷いてくれた。
え……?
本当にその方針で行くの?
意見を出した俺自身ですら、バカの意見かなってちょっと思ったのに??
そんな、不安いっぱいの方針会議がまとまりかけた時だった。
天津垓から、福添副社長のライズフォンへとメッセージが届いた。
いつになく事態の深刻さを感じさせる表情でメッセージを黙読した副社長は、数十秒の後に重い口を開いた。
メッセージの内容は……?
「或人君。天津から決闘状が届いたぞ……!」
果たし状って……昭和かよ!?
ああ、そういえば天津垓は昭和の男だったか……。*3