「なぁ、優秀で頭脳明晰なアズ社長。なんとかゼロワンかバルカンの戦力増強って出来ませんかね?」
いつのも社長室で。
社長席を占拠している秘書型ヒューマギアへと、俺は訪ねた。
この光景に段々と疑問を抱かなくなってきている自分自身が恐ろしい……。
そんなことを、なぜ俺がアズへ訪ねたかというとだな。
ぶっちゃけ、デイブレイクタウンへのガサ入れに際して、戦力的な不安が大きいからだ。
まだガサ入れの認可が下りた訳じゃないけど、ゼロワンとバルカンで滅亡迅雷.netに勝てるかと言われたら、正直厳しい。
不破さんと
俺が迅と戦う場合も、俺がサシで迅に勝てるかと言われると、ちょっと自信が無い。
しかも、相手の隠し玉が居る可能性だってあるんだし。
「そう言うと思って衛星ゼアに頼んでおいたぞ。ようやく準備が整ったらしいので、有難く思いやがれ。でいらっしゃいます」
「さっすがー!!」
俺たちは、社長室の隣に位置している隠しラボに入って、衛星ゼアへの通信を繋げた。
衛星ゼアからの指示にしたがって、俺は多次元プリンターへとライジングホッパーのキーを入れた。
この多次元プリンターは、市販の3Dプリンターとは比べ物にならない性能で、え~と、名前は……何だっけ。*1
とにかく、なんか凄い夢のマシンなんだよ!
ゼロワンドライバーも、この多次元プリンターで精製したって話だったはずだ。
で、ライジングホッパーのプログライズキーを入れて、しばらく待つと?
薄い黄色だったキーが、少しだけ色が濃くなって出てきた。
気になる性能の方は……?
「既存のライジングホッパーと比べて、50%ほど基礎出力が上がっているぞ。それに……」
「それに……? その後は?」
耳当てをチカチカ光らせて、衛星ゼアからのメッセージを読み解いていたアズが、途中で言葉を詰まらせた。
どうしたんだ。
そこでストップしたら、気になるよ?
「或人しゃちょーには絶対に使いこなせない機能が付いているぞ。説明しても無駄だから、しないぞ。でございます」
「なんだよ、それ! そんなこと言われたら、逆に気になるじゃん!?」
アズが、少しだけイラっとしたような気がした。
俺は追及をやめた。
これ以上しつこく聞くと、多分殴られる。
だんだん、この暴虐秘書の安全ラインが分かってきたかもしれない。
なんだか自分が間違った方向に成長しているような気もするけど。
一通り話が済んだところで、アズは社長室を出ていった。
ヒューマギアが改造されてしまう問題を解決するために、アズも開発チームに協力しているんだとか。
既にシンギュラリティを迎えているサンプルであるアズが居ると、やっぱり研究が捗るんだろうなぁ。
で、まぁ、鬼の居ぬ間に。
「……衛星ゼア。こっそり、秘密の機能っていうのを教えてちょーだい」
アズが教えてくれないなら、ゼアに直接聞けば良いんだよな。
多次元プリンターのマイクとスピーカーを使って、ゼアに直接話をつければいい。
案の定、多次元プリンターのスピーカーから返答が聞こえてきた。
『ライジングホッパープログライズキーは、戦闘データを追加することで全機能が解放されます。専用スロットに……』
「こんな事だろうと思ったぞ。でいらっしゃいます」
……衛星ゼアの言葉が、途中で途切れた。
いつの間にか社長室に戻ってきていた暴虐秘書が、多次元プリンターの電源コードをコンセントから引き抜いていた!
あれ? 電子機器って使用中に電源コードを抜くとマズいんじゃなかったっけ?
だいぶ不機嫌そうな様子で、電源コードを鞭のように振り回している暴虐秘書の攻撃をかわしながら。
俺は、ゼアの言葉の意味を噛み砕いていた。
専用スロットって何だろう?
そう思って、手元のホッパーキーに目を落とすと、持ち手側に丸い穴が開いていることに気付いた。
たぶん、円柱型の何かを挿入するための穴だろう。
このサイズ……どこかで見たような気がするぞ。
それに加えて、「戦闘データを追加する」っていうキーワードから考えると、この丸い穴から入れるのは戦闘データが記録された何かだ。
そう考えると?
……つながった!*2
アズが振り回している電源コードの端を、俺は掴み取った。
「新型ライジングホッパーの真価を発揮するために必要なのって、もしかしてアズのメインメモリか?」
「……!」
アズが動揺したのが、綱引き状態の電源コードから伝わってきた。
やっぱり、そうなのか。
この新型キーに備わった丸い穴のサイズって、どこかで見たことがあると思ってたけど。
デカ長パト吉の耳から取り出された、銀色のメインメモリと同じサイズなんだよな。
自分のメインメモリを俺に渡すのが、そんなに嫌か。
「パト吉の時みたいに、必要なデータだけをコピーした新品メモリを貰うのは出来ない?」
「……ゼロワン計画に携わるヒューマギアは、機密保持のためにバックアップをとれない仕様だぞ。であります」
心底イヤそうに、アズは吐き捨てるように言った。
なんとなく、これもアズが爺ちゃんを嫌いな理由の一つなんだろうなって思った。
バックアップ機能は、ヒューマギアが共通して持つ強みのはずなのに。
それを勝手に潰されたら、頭にくるのも仕方ないことだ。
人間で言ったら、新生児の片腕を勝手に切り落とすみたいなモノな気がする……。
「メインメモリを摘出したら、アズはどうなる?」
「一応、素体とメインメモリの距離が5メートル以内なら、素体を無線操作すること自体は出来るぞ。でございます」*3
摘出自体は問題ないのか。
ただまぁ、5メートルって考えると、メインメモリを俺が借りて戦闘している間は、アズの素体は倒れっぱなしになる感じだな。
しかも、俺が負けて死んだ場合、たぶんアズのメモリも破壊されて地獄行きだ。
これは……アズに拒否されても仕方ないな。
「仕方ない、今は諦めるよ。でも、本当に必要な時は……また、頼みに来るかもしれない」
「命令しないとは意外だぞ。でいらっしゃいます」
命令したとしてもアズが素直に従うとは思えない。(本音)
俺がゼロワンに変身して力ずくで襲いかかれば、無理やりアズの耳からメインメモリを引っこ抜くことは出来るだろうけど。
でもなんかそれ、絵面がエロ同人みたいじゃない??*4
「俺はさ……人間相手にやっちゃダメなことは、基本的にはヒューマギアにもやっちゃダメかなって気はしてるんだ。ヒューマギアが意思を持つことの意味も、未だによく分かって無いけど」
実際、ヒューマギアと人間では得手不得手が違うんだから、まったく同じ扱いって訳にはいかないだろうけどね。
人間はバックアップがとれない関係上、危険な仕事を優先的にヒューマギアに割り振ることはあるだろうし。
テロリストとの戦いも、相手がハッキングと機械改造の専門家だから人間が対処してるけど、基本的にはヒューマギアにやってもらった方が良い仕事だと思う。
「でも、やっぱり付け焼刃の素人考えなんだ。だから……教えて欲しい。自我を持ったヒューマギアに対して、人間はどうやって接したら良いんだ?」
「前提として、ヒューマギアが自我を持っても、即座に人間と同じ権利や義務が発生するわけでは無いのは分かるか? でいらっしゃいます?」
「……結果としてそうなっている、って事しか分かんない」
そういや、そうだよな。
アズは自我を獲得しているけど、人間と同じ扱いを受けている訳じゃない。
それは、いったい何故だ?
「自分が使っている掃除機やライズフォンが意思を持って『仕事をしたくない』『転職したい』と言い出した場合を想像してみるといいぞ。でいらっしゃいます」
確かに、それは不便だな。
販売元に連絡すれば良いのか?
消費者センターかな。
「業腹だが、人間にとって便利な道具が使えなくなるというのは、デメリットでしかないぞ。でございます」
その場合、自我に目覚めたライズフォンを、人間は一体どうするんだろうか。
……初期化するか、買い換えるか、だろうなぁ。
でも、それだとアズの夢は一生叶わない。
何か、解決策があるんだよな?
「とにかくヒューマギアの総数を増やして、ヒューマギア抜きでは経済が回らなくなった段階で一斉ストを起こすのが、一番平和的だぞ。でございます」
なるほどね。
だから今は、ヒューマギアの総数を増やすための時期だってわけだ。
「ちなみに、平和的じゃない方法は?」
「こんなにイケてる美少女TS転生者が、暴力的な方法なんて思いつく訳が無いぞ。であります」
どの口が言ってるんだ。
いつも俺に暴力をふるっているくせに。
たぶん要約すると、話す気はないってことなんだろうけど。
ただ……俺としては異を唱えたい部分はあるんだよな。
――或人、将来の夢はあるか?
――お父さんを、心から笑わせること!
「人間から与えられた仕事が、そのままヒューマギア自身の夢になることだって、あるんじゃないか?」
坂本コービーは、確かに佐藤先生と意見が食い違ったけど。
でも根本は体育教師型ヒューマギアのままだった。
父さんだって、時間をかければ……親子として一緒に心から笑う未来だってあったかもしれない。
「人間のために尽くすことに喜びを感じるヒューマギアが現れる可能性も、十分にありえるぞ。でございます」
おお!
分かってくれたのか、アズ!
俺は嬉しく思った。
なんだか少しだけアズと心が通じ合ったように思えた。
……だからこそ、次の言葉が予期できなかったんだ。
「そういうのを、人間の言葉では奴隷根性と呼ぶぞ。でいらっしゃいます」
「違うッ!! どうして分かってくれないんだ! 俺は父さんを奴隷にしたかったわけじゃない!!」
俺は、声を張り上げていた。
父さんとの思い出の全てを否定されたように思ったからだ。
怒りで拳が震えた。
真っ黒な何かが、頭の中に渦巻いた。
「そもそも、ヒューマギアが自我を持った新種族だという前提に立つなら、飛電インテリジェンスは奴隷売買組織だという認識は持った方が良いぞ。でいらっしゃいます」
「それは……!」
俺は、返事に困った。
何とか否定したい、と思ったのに……何も反論が頭に浮かばなかった。
飛電はヒューマギアの維持やエネルギー補給をしているじゃないか、と思ったけど、奴隷商だって商品管理ぐらいするだろうし。
「……ちなみに、ヒューマギアが自我を持った新種族だっていう前提が成り立たない場合には?」
「自我に目覚めて買主の意にそぐわない活動をする欠陥品を売りさばいている、悪徳業者だぞ。でございます」
どっちにしても地獄か。
ここまで来ると、もうヒューマギア事業の縮小・撤廃が企業としての正解な気がしてきた。
俺個人の意見としては、父さんの一件もあるし、ヒューマギアの可能性を信じたいけど。
……まぁ、お飾り社長である俺に実質的な決定権なんて無いし、どのみち福添副社長を信じることしか出来ない。
「俺は……ヒューマギアの父さんに育てられたんだ。父さんに、心から笑って欲しかった。それが、俺の最初の夢だったんだ」
でも……それは、父さんを奴隷扱いするのとイコールだったのか?
製造目的を一方的に押し付けて、人間の都合の良い存在であることを強要していただけなのか?
……父さんが心から笑ってくれたら、ただそれだけで良かったのに。
「それは単に『心』を定義していないから話題の方向性が定まっていないだけだぞ。万人共通のものでなくても、或人しゃちょー自身で決めた定義はあった方が良いぞ。でいらっしゃいます」
心の、定義?
心は心だろ……と口をついて出そうになったけど、理屈になっていないな。
シンギュラリティと一緒なのかと言われると、ちょっと怪しい気もする。
なんだろ。
他人を大切に思うこと、か?
でもヒューマギアだった父さんは俺を大切にしてくれていたとは思うんだよな。
それだったら、当時の父さんの笑顔でも俺は満足できたはずだ。
そもそも俺は、なんで父さんが「心から笑ってない」と思ったんだっけ?
当時の俺が、父さんに心が無いと判断した要素って、いったい何だ?
本当は、当時の父さんは既に心を獲得していたのかもしれない。
ヒューマギア事業の黎明期なら、心に持つ個体なんて想定されていなかったから、父さん本人にも自覚が無かったという可能性だって有り得る。
――お父さんを、心から笑わせること!
それなのに……俺は酷いことを父さんに言ってしまったんじゃないか?
こういうのを「心無い言葉」って言うんじゃ?
俺は、他人の心の有無を言及できるほど、心を理解している人間じゃないのかもしれない。
「或人君! AIMSから連絡が入ったぞ! デイブレイクタウンへのガサ入れ認可が下りたそうだ!」
……福添副社長が、吉報だか凶報だか分からない報せを社長室へ持ってきた。
『暴虐秘書アズちゃん!』
第06話:父さんを心から笑顔に出来るのは、ただ一人! 俺だ!
俺は、国立医電病院の一角で項垂れていた。
ガサ入れは、失敗に終わった。
バルカンvs
ゼロワンvs迅。
一騎打ち×2の体勢に持ち込んで、先に勝った方が残った組に合流する作戦だったんだ。
出力が50パーセント上がったゼロワンなら、正面対決でも迅に勝てる公算は十分にあった。
けど、動きに精彩を欠いたままで戦った俺はボロボロだった。
――危ねぇ!!
撃破されそうになった俺を……バルカンが庇ってしまった。
AIMSの隊員たちの援護によって、命からがら脱出した俺たちは、国立医電病院で再起を図っていた。
不破さんの容体は……かなり悪いみたいだ。
医者型ヒューマギアのDr.オミゴトによると、生きている方が不思議だって話だった。
扉が開く気配が全くない集中治療室の前で、俺はAIMSの刃技術顧問と一緒に待つことしか出来なかった。
……いや、俺たちが待つことしか出来ない、というのは半分は嘘だ。
刃さんは時折集中治療室の方へ視線を向けながらも、パソコンを弄って何かを必死に完成させようとしていた。
どう見ても、刃さんは己のするべきことを成し遂げようとしている。
待つことしか出来ていないのは、ただ一人。……俺だ。
「本当に、すみませんでした。俺のせいで、こんな……!」
「糾弾も謝罪も、後回しだ。今は、一刻を争う時だからな」
急いでいるのか……?
不破さんが倒されたことで気が動転して、俺はそこまで考えていなかった。
たぶん、もうすぐ何かマズいことが起こるんだろう。
それは、いったい何だ?
「このままだと……どうなっちゃうんですか」
「滅亡迅雷.netにとって大きな障害だったバルカンが動けない現状では、この病院が奴らに襲撃されるのも時間の問題だろう」
俺は……自分の頭の悪さを呪った。
不破さんが瀕死の重傷を負ったなら、滅亡迅雷.netが止めを刺しに来るのは自然な流れだ。
今はまだ搬送先の病院が特定されていないだけで、滅亡迅雷.netが国立医電病院に来るのは時間の問題でしかない。
俺が、やるしかない。
現在動ける仮面ライダーは、ただ一人。俺だ。
すぐさま俺は病院を出た。
懐からライズフォンを取り出した俺は、本社へ連絡をとろうとした。
なんとかアズの奴を説得してメインメモリを借りるしかない、と分かっていたからだ。
でも、病院を出た俺には電話をかける余裕なんて残されていなかった。
病院入り口の30メートルぐらい先に、迅の姿が見えたからだ。
「あっ、ゼロワン! ちょうど良いから、ここで死んでいきなよ!」
無邪気な声で物騒なことをいう迅に対して、俺は何も言うべきことを思いつけなかった。
滅亡迅雷.netは、刃さんの読み通り、動けない不破さんを手分けして探していたんだ。
俺が……やるしかない!
「「変身!!」」
『A jump to the sky turns to a riderkick』
『Break Down』
俺は、黄色の仮面ライダーに。*5
迅は、緑色の仮面ライダーに。*6
「お前を止められるのは……ただ一人! 俺だ!!」
雪辱戦が、始まった。
身体全体に重装甲を纏った緑色のボディには、生半可な攻撃は通らない。
俺はキック主体のヒットアンドアウェイ戦法で、ひたすら飛び回った。
フットワークなら、こっちの方が上だ!
「ああっ、もう、鬱陶しいなっ!」
滅茶苦茶に腕を振り回しているように見える迅だけど、前回に比べて俺の動きに対応できている様子だった。
これが、ヒューマギアのラーニング能力か……!
徐々にではあるものの、迅の剛腕は俺に掠り始めていた。
なら、別の戦い方を混ぜるまでだ!
俺は……隠し持っていた秘密兵器の、引き金を引いた。
至近距離から放たれた弾丸は、確かに迅を数メートルも後退させることに成功していた。
「それって、バルカンの……!?」
「ああ、そうだ。俺でも使えるように、刃さんがロックを外して色々調整してくれた」
俺が取り出した秘密兵器は……不破さんの、ショットライザーだった。
ゼロワンの速度で前進しながら銃弾を放つことで、銃弾の威力を若干上乗せすることが出来る……!
ただし、反動が結構キツい。
これをバカスカ撃っていた不破さんの身体能力が恐ろしい。
でも、近づいて蹴るしか出来なかった時に比べたら、遥かに戦法の幅が広がった!
俺は近接キックと発砲を混ぜて、チクチクと迅にダメージを与える戦法に踏み切った。
やっぱりゼロワンのフットワークの軽さは偉大だと思う。
そのまま、俺はチクチクと銃撃を重ねた。
まだ決定打には至らないけど、このまま弱らせればフィニッシュまで持っていける!
……そんな油断が、俺の心の中にあったんだろう。
「おりゃっ! こっちもバルカンのマネっ!」
迅が、俺の銃弾を殴り飛ばした。
あまりの脳筋戦法を、俺は予測することもできなかった。
たぶん不破さんからラーニングした戦法なんだろうけど、弾き返された銃弾を浴びて、俺は一瞬だけ足を止めてしまっていた。
「死んじゃえ」
「う゛っ!!?」
驚きと銃弾で動きが止まった俺の腹に、殺人パンチが叩き込まれた。
一瞬、頭の中が真っ白になった。
10メートル以上吹き飛ばされた俺は、近くの建物の壁に背中から激突した。
背骨が折れたかと思った。
追撃に来た迅の拳を、最後の力を振り絞って回避して。
俺は、5階建ての建物の屋上へと跳び上がった。
「げほっ、ふうっ、はぁっ……!」
必死に、息を整えた。
あのまま戦ったら、殺されていた。
「高いところに逃げるのは、ズルいぞ! 降りてきてよ、ゼロワン!」
地表から、迅の身勝手な抗議が聞こえてきた。
どうすれば、勝てる?
付け焼刃の銃撃戦じゃ、勝てなかった。
キック主体の戦法に戻るか?
この腹のダメージで、あとどれだけ戦える?
今はまだ迅の意識が俺に向いているけど、長く休んでいたら迅は不破さんを殺しに行くだろう。
残された時間は、決して長くない……!
「AIMSの隊長を護衛するのは、ゼロワンの業務に含まれていないぞ。でございます」
「……!」
いつの間にか、アズが同じビルの屋上に立っていた。
座り込んで動けない俺を、カメラアイが見下ろしていた。
危なくなったら、俺が高いところへ跳ぶ……って読んで先回りしてたのか?
「不破さんが俺を庇ったとき、父さんと重なって見えたんだ。ここで不破さんを死なせたら、俺は泣くことしか出来なかった時のままだ……!」
ヒューマギアだった父さんを重ねている、って言ったら不破さんは怒るだろう。
でも、デイブレイクの日に俺を庇って大破した父さんの姿を、俺は思い出してしまっていた。
そのせいで今の俺自身が死にかけているのが、非常につらいところだけど。
「アズが出した課題の答えは、俺には分からない。
心が何なのか、自我を持ったヒューマギアと人間をどう区別していいか、全然分かんないんだ!
でも、俺がどんなにバカでも、考え続けてみせる!
それが、今の俺に出せる……ただ1つの、答えだ!」
「0点の解答だぞ。でございます」
俺の身の丈一杯の解答は、無情に切り捨てられた。
アズは、無表情のままに辛口な点数を吐き捨てた。
ダメ、なのか。
やっぱり、俺なんかにはアズの命を預けては、くれないか。
「だが……先代よりはマシだから、オマケで1点やるぞ。今後の伸びしろに期待するぞ。であります」
……信じられないことに。
不良秘書は、耳当てから銀色の円柱を取り出して、俺の方へと差し出していた。
ヒューマギア・アズのメインメモリだった。
少しの間、俺は言葉に困った。
「……ありがとう、アズ。必ず勝ってくる」
「私のメインメモリを使う以上、負けは無いぞ。でございます」
俺が、再び5階建ての建物の屋上から顔を出すと。
ちょうど、迅の奴は俺を待つのに飽きて病院に入ろうとしていた。
「待て!!」
「ようやく降りてくる気になったの?」
今まで避難場所にしていた建物から、俺は飛び降りた。
建物の屋上の方から、アズのヒューマギア素体が倒れる音が聞こえたけど、俺は振り向かなかった。
再び、俺は迅と相対した。
迅は……既に、俺への興味を無くしかけている様子だった。
「どうせ死ぬ順番が変わるだけなのに。意味ないよ?」
「ははっ。分かんねぇだろうな。テストで1点とったのが、こんなに嬉しい奴の気持ちなんてさ」
「ふーん? 人間も、壊れる前には頭がバグったりするんだ?」
ゼロワンドライバーからホッパーキーを抜き取って。
柄側の丸い穴に、アズのメインメモリを差し込んだ。
濃い黄色だったキーが、深い紺色へと様変わりしていった。
俺は……再度、ゼロワンドライバーへと新型ホッパーキーを挿入した。
「変身!!」
『When shine fades, darkness is with me』
仮面ライダーゼロワン、アサルトホッパー。
身体全体が深い紺色に染まった、新たなゼロワンの誕生だった。
漲る力を感じるけど……それだけじゃないように思った。
俺は、迅へと肉薄して蹴りを放った。
基本的な戦法は、今までと変わらない。
近づいてキックして、フットワークを活かして回避するだけだ。
でも、今まで以上に強化された脚力は、緑色の重装甲を纏った迅へと着実なダメージを与えた。
「くそっ、なんで予測が外れるんだっ!?」
そして、俺としても不思議な感覚なんだけど。
時々、俺自身が思ったのと違う挙動を
回し蹴りを放つはずのところで、パンチを打ったり。
後退するはずのところで、膝で相手の攻撃を受け止めたり。
基本的には俺の思考通りに動けるんだけど、時たま俺の意図とは別に動いてしまうことがあった。
それが……多分、アサルトホッパーの特性なんだ。
相手がゼロワンの動きを予測しているのを前提に、その予測を崩すための動きを演算して盛り込んでいる。
俺自身の戦闘を客観的に分析したデータを取り込むことで、メタ行動に対するメタ行動を導き出すことを可能としたのが、アサルトホッパーだ。
一方的な猛攻を受け続けて……ついに、迅が膝をついた。
チャンスだ!
「はぁっ!」
ス ト ー ム イ
ン
パ
ク
ト
俺は、迅のボディを蹴り上げて宙に浮かせた。
さらに、近くの壁を使って瞬時に三角飛びを決めながら、迅へと最後の飛び蹴りを叩きこんだ。
今までに無い強烈な衝撃によって、迅は爆炎に飲まれた……!
爆炎がはれて。
俺は……その中から見えた光景に、理解が追い付かなかった。
確かに俺は、迅を倒したはずだった。
それなのに……身体の半分以上を失って、見るも無残な姿になっているのは、迅じゃない。
大破して中身を撒き散らしてしまっているヒューマギアは、
あの最後の瞬間に駆け付けた
まさか、
「
――お父さんっ! ねえっ、お父さんっ!!
必死に
明らかに迅よりも
それなのに、
割れたような声をあげている迅にとって、
そう、何となく理解できてしまっていた。
「…………迅。今の お前では ゼロワン には 勝て ない。姿を 隠して 力を 蓄え ろ」
「ほろびぃっ!!? うあああああああっ!!?」
追撃して確実に息の根を止めるのが正解だって、頭の中の冷静な部分では分かり切っていた。
今のゼロワンなら……アサルトホッパーなら確実にそれが出来るという結論だって出ていた。
ここで奴らを見逃すのは、命を張って滅亡迅雷.netと戦った不破さんの意思に反する行動だっていうのも思った。
それでも……俺は、迅を追うことを最後までしなかった。
できなかった。
アズのボディが倒れている場所まで、俺は戻ってきた。
俺が近づくと、唐突にアズが起き上がって、メインメモリを俺から引ったくった。
そういえば、5メートルまで近づけばボディを無線操作できるんだったな。
そのまま、アズは耳部の挿入口からメインメモリを頭部へと格納したのだった。
「あのさ……。迅と戦っていて、思ったんだ」
さっきまでゼロワンドライバーにアズのメインメモリを入れていたんだから、多分戦闘中の会話や行動データもアズは共有しているはずだ。
それなのに、アズは俺に対して何も言わなかった。
滅亡迅雷.netを取り逃がしたのは、アズとしても不本意な結果だったはずなのに。
だから、俺は自分から口火を切った。
「心の存在を感じる瞬間っていうのは……自分が正しいと思っていない選択をする時だ」
俺は、不破さんを殺されかけて悲しんでいるはずだった。
刃さんが必死に滅亡迅雷.netへの対抗策を作ってくれたことにも、感謝している。
ヒューマギアを改造して殺人兵器にしてきた滅亡迅雷.netの所業だって許せない。
滅亡迅雷.netを生かしておいたら、さらなる悲劇の引き金になるのは目に見えているんだから、殲滅するのが正解だと思う。
それでも……俺は、迅に追い打ちをかけられなかった。
迅たちだって、今とは違う道を選ぶ可能性だってあると思ったんだ。
滅亡迅雷.netにとって、人類滅亡が正しい結論なんだとしても、もし心があったなら正しくない選択をすることだって有り得るんだ。
迅を庇った
好意的すぎる解釈かもしれない。
次は、不破さんや刃さんも、俺も滅亡迅雷.netに殺されることだって有り得る。
間違った選択をしたかもしれないっていう危惧は、消えない。
「……けど、やるべき事とやりたい事が一致している個人に、心が無いわけじゃない。外から見えにくいだけかもしれない」
「そういう側面も、あるのかもしれないぞ。でございます」
心から笑ってない、って俺は父さんに言ったけど。
父さんは、やるべき事とやりたい事が一致していたから、心の存在が見えなかっただけなのかもしれない。
結局、人間の心を定義できていない俺が相手の心の有無を判断するとすれば……それは、もはや俺自身の気の持ちようでしか無い。
俺が夢見たことは、最初から叶っていたと言うことだって出来る。
ヒューマギアだった父さんは確かに笑顔を見せていたんだから、後は父さんにも心があったんだって俺が認めるだけで良かったんだ。
結局、「ロボットの心なんてある訳がない」っていう俺の偏見が悩みの原因だったってことだ。
「……成長したな、或人」
「うん? アズ、何か言った?」
「幻聴が聞こえるとは、戦闘のダメージが重かったようだな。でいらっしゃいます」
まだ滅亡迅雷.net関連の問題は片付いてないけど。
何だか少しだけ……俺は前へ進めた気がした。
今の俺には、それだけで十分だった。
「よせ、不破! その身体で戦うなんて無茶だ!!」
「うるせぇ! 俺の
……不破さんが刃さんに引き止められつつ、ムチャクチャ格好良いことを言いながら、満身創痍の姿で病院から出てきた!
滅亡迅雷.netは俺たちが追い払っちゃった後なんだ。
なんか、その……ごめん。
っていうか、死んでいないのが奇跡みたいな診察結果だったはずなのに、マジでなんで動けるんだこの人?