真夜中の帰り道
高校を卒業し、県外の大学へ進学した奈々が、夏休みを利用して久しぶりに帰って来たので、あたしたちは車で隣町まで遊びに行った。これはその帰りに起こった話だ。
「ふあぁ。それにしても、今日は楽しかったなぁ。ありがとうね、結衣」助手席で大きく伸びをしながら、奈々が言った。
「ううん、あたしこそありがとう、こんなおそくまで付き合ってもらって」ハンドルを握りながら、あたしは答えた。
時計を見ると、すでに深夜2時を回っている。眠気も襲ってくるところだが、楽しかった1日を思うと、少しも眠くはなかった。2人で遊ぶなんて半年振りのことだ。奈々は明日には帰るというので、今日は思いっきり遊んだのだ。買い物はに食事にカラオケ、ボウリングからゲームセンターまでめぐりめぐった。この半年間電話でしか会えずにたまった思いを、今日1日にぶつけた。そんな感じ。そうしているうちに、すっかり遅くなってしまったので、普段は通らない山道を通って帰ることにした。あたしの住んでいる街から隣町へ行くには、普通海沿いの道を使う。道幅が狭く、街灯などほとんど無いこの山道を、この時間に使う人はほとんどいない。しかし、ここを通れば、海沿いの道路を使うよりもはるかに早いのだ。
「そう言えばさ――」と、奈々が思い出したように言う。「この道じゃなかったっけ?」
「ん? 何が?」
「ほら、中学の時噂になったじゃない。この道、白いドレスの幽霊が出るって」突然、意地の悪そうな顔になる奈々。
「ああ、そういえばそんな話もあったわね」
奈々に言われ、あたしは当時のことを思い出した。
中学時代、この道には『白いドレスの幽霊が出る』と噂になったことがあった。友達の友達から聞いただの、知り合いの親が見ただの、どこどこのタクシーの運転手が見ただの、出所のはっきりとしない、今思えばうさんくさい話ではあったが、あの頃はこのような話題で盛り上がったものである。あたしは当時を思い出し、懐かしさのあまり笑みがこぼれた。
「あれ? 全然怖がってないね」奈々が少しつまらなそうに言った。
「そりゃそうでしょ。この歳になって、そんな話で怖がらないよ」
「ま、そうだよねー。今思えば、何であんな話で盛り上がってたんだか」
「あれってどんな話だったかな?」
「えっと……白いドレスを着た女の幽霊、って言うのは覚えているけど、何だっけ、忘れちゃった」
「結局ホントに見た人って、いなかったよね。なんだったのかなぁ、あの噂」
「でも、ホントに出たらどうする?」
「どーするー?」
2人で見詰め合い、しばしの沈黙。それがたまらなくおかしくて、大声で笑いあった。
――と、奈々の顔が凍りつく。
「結衣! 前!」
弾かれたようにあたしは前を見る。
道路の真ん中に女の人が立っていたのだ!
反射的にブレーキを踏むが、気付くのが遅すぎた。車はそんなに簡単には止まってくれない。タイヤがロックされても、車体は無情にも滑っていく。
だめだ! 間に合わない!
あたしは目を閉じた。
人を撥ね飛ばす鈍い衝撃がハンドルから伝わってくる――はずであった。
しかし、何故だろう? ハンドルから強い衝撃は伝わってこなかった。タイヤがアスファルトと擦れる、ガリガリという振動のみ。やがてその振動も緩やかになり、ようやく車が止まった。恐る恐る目を開ける。奈々と目が合った。どうなったの? 目が問いかけている。あたしの目も同じように奈々を見ているだろう。振り返るのが怖かった。しかし、確かめないわけにはいかない。意を決し、振り返った。今まで走ってきた道が、暗闇の中に消えている。ここから見る限り、人が倒れているような様子は無い。もしかしたら、車の下にもぐりこんでしまったのかもしれない。あたしは備え付けてある懐中電灯を持ち、外に出た。車の下を照らすが、何も無い。道を数十メートル戻って確認するが、やはり何も無かった。
「気のせいだったの……?」奈々に意見を求めた。
「でも……あたしも見たよ、女の人」
「うん、白いドレスの女の人」
そう言って、気がついた。
――白いドレスの女?
そう。さっき立っていた女の人は、確かに白いドレスを着ていた。
しかし、今は姿が見えない。
嫌な考えが頭をよぎる。今さっき、奈々と話していたところなのだ。体中から汗が噴き出すのが判った。
「幽……霊……?」奈々が言ってはいけないことを言ってしまった。
「ま……まさか!」あたしは否定する。否定するが、それ以外には考えられなかった。2人で同じ幻を見るとは考えにくいし、幻でないなら、消えた理由が判らない。幽霊と考えるのが、一番納得がいくような気がする。
「――――!」
不意に奈々が息をのんだ。正面を指差し、細かく震えている。驚きのあまり声が出ない、そんな様子だった。あたしは彼女の指差す先を見た。そして、同様に言葉を失った。
そこは、切り立った崖であった。
手前にはガードレールも何も無い。
車は崖の数センチ手前で止まっていた。
ブレーキを踏むのがもう少し遅かったら、そのまま崖下に転落していただろう。
崖はかなりの高さで、落ちたらまず命は無いように思われた。
そこで思い当たる。
「もしかしたら……あの幽霊」
奈々の方を見た。奈々も、同じことを考えていたようだ。
ふざけあって車を運転していたあたし。あのまま進んでいたら、あたしたちは間違いなく崖下に転落していただろう。あの幽霊は、あたし達にそのことを警告するために現れたのだ……そう思った。
「ありがとう……幽霊さん」
あたしは暗闇に向かって手を合わせ、親切な幽霊に感謝気持ちを伝えた。奈々も同じように手を合わせた。
そしてあたしたちはふたたび車に乗り込み、エンジンをかけようとした。
そのとき、女の声が聞こえた。
あたしの声でも、奈々の声でもない。誰かの声。かすれるような声だったが、はっきりと聞こえた。
「死ねばよかったのに……」
あたし達は、一目散にその場を後にした。
その後、どんなに夜遅くなっても、あの道だけは通らないようにしている。
(都市伝説「死ねばよかったのに」より)