「――男がマスクを取ると、そこには大きな傷があったの。女の人は、その傷を見てすごくショックを受けた。で、聞いてみたの。『どうしてそんな傷ができたの?』って。そしたら……」
明奈は一旦そこで言葉を切り、みんなの顔を見回す。奈々と美沙子と亜弥、ごくりと息を飲み、明奈の言葉を待つ。みんな緊張した面持ち。明奈はそんなみんなの様子に満足したのか、話を続ける。
「――男はこう答えたの。『こうなったのは……お前のせいだああぁぁ!!』」
明奈、ものすごく大きな声。みんなビックリして、奈々と美沙子なんか、明奈よりも大きな声で悲鳴を上げた。
「あはは、どう? 恐かった?」明奈、すごく楽しそうに笑いながら、みんなの顔を見る。
「恐いんじゃなくて、あんたの声にビックリしたんでしょうが!」奈々からブーイング。
「はは、ごめんごめん」明奈は舌を出し、てへ、って感じで微笑んだ。全然かわいくない。まったく、心臓に悪い話しないでよね。亜弥とか、固まっちゃったよ。大丈夫かな?
何をしているのかと言うと。
中学2年の1学期の期末テストが終わり、夏休み目前ってことで、あたしたち仲良しグループ、あたしと奈々と明奈と美沙子と亜弥の5人で、夜の怪談百物語。あたしたちの中学校には、今は使われていない旧校舎がある。幽霊が出るって評判で、そのせいかどうかは判らないけど、立ち入り禁止になっている。そこの一室に勝手に忍び込んで、1人1人、恐い話をしていくの。
「おっと、もうこんな時間かぁ」明奈が腕時計を見た。9時を少し過ぎている。もうそろそろお開きかな。
「うーん、オバケの話をするとオバケが集まってくるって、よく言うけど、何にも起こらなかったね」奈々が残念そうに言う。この子。普段は恐がりのクセに、恐い話は人一倍好きなんだから。
「じゃ、最後は結衣の話でシメてもらいましょ」明奈、あたしに向かって拍手。みんなも期待の眼差し。うーんしょうがないなあ。
「えーっと。じゃあ、これ、あたしが小学生の時に体験した話なんだけど――」
と、あたしが取って置きの話をしようとしたとき。
トントン。
ノックの音。
「え? 何?」美沙子の声。みんなで一斉にドアを見る。
「もしかして、先生かな?」奈々が言う。
「あちゃー、見つかったか。もう。最後の話だったのに」残念そうな明奈。
「あーあ、勝手に忍び込んじゃったから、怒られるよね、きっと」と、美沙子。
トントン。
もう1度ノックの音。
「ごめんなさーい。今帰ります」明奈が言った。でも。
トントン。
また、ノックの音。
「今帰りますってば」もう1度明奈が言ったけど。
トントン。
ノックの音しか返って来ない。
「どうして答えないの?」亜弥が聞く。
「さあ……」誰も判らない。
トントン。
ノックは続く。この時になって。
ぞわぞわぞわ――。
あたし、全身に鳥肌が立った。あ、ヤバイ。これ、あたしの霊感が働くサイン。嫌な予感がする。このノックをしてるの、多分――人間じゃない。
トントン。
明奈が立ち上がり、ドアを開けようとする。
「待って!」あたし、止める。「開けない方が……いいと思う」
「え? なんで?」明奈、ドアを開けかけた手を引っ込める。
みんながあたしの方を見る。あたし、何も答えない。幽霊かも、って言ったら、みんなに余計な不安を与えそうな気がしたから。そんなあたしの態度から、みんな、ただ事じゃないって雰囲気を感じ取る。
「そ……そうだね。誰かも判らないし……」奈々が言った。
「じゃ、じゃあ、聞いてみようか?」美沙子が提案する。
「うん……。あの、先生ですか?」
明奈が聞いた。しかし、返事は無く、代わりに。
トントン。
また、ノックの音。
「な……何で、ノックしかしないんだろ……?」と美沙子。
「あ……もしかしたら、何か事情があって、声が出せないのかも……」
「事情って……?」
「……さあ」
しばらく沈黙。その間も、ノックは続く。
「そうだ」明奈がいい案を思いついたらしい。ドアの向こうの何者かに対して言う。「あの、これから出す質問に、はいならノック1回、いいえならノック2回で答えてください。いいですか?」
トン。
ノックは1回。どうやら、言葉は通じているらしい。
「えーと、先生ですか?」
トントン。
ノックは2回。やはり、先生ではないようだ。
「じゃあ、この学校の生徒ですか?」
トントン。ノックは2回。生徒ではない。
「じゃ……じゃあ、学校の近くに住んでる人ですか?」
トントン。学校近くに住んでいる人でもない。
教室の中に、重苦しい空気が流れる。
「先生でも、生徒でも、近くに住んでる人でもない……じゃあ、一体何?」奈々、あたしの腕を、ぎゅっとつかむ。
「ねえ結衣、これってもしかして――」
美沙子、最後の言葉は言わなかった。言わなかったけど、何が言いたいのか判る。あたしは返事をしない。返事をしないことが、肯定ってこと。みんな、そのことに気がついた。
「あ、あの――」明奈、質問を続ける。「もしかして……幽霊、ですか?」
その場にいる全員が、2回のノックを期待する。しかし。
トン。
ノックは1回だった。
「いやあぁ!」奈々の悲鳴。あたし、奈々の肩を抱き、小さく、大丈夫、大丈夫、って繰り返す。何の根拠も無いけど。
「あ……あは、幽霊だって……どうしよう……」明奈、ドアから離れる。
「あたし達に何かするつもりなのかな……?」と、亜弥。
「聞いてみる。……あの、あたし達に何か、危害を加えたりは、しないですよね……?」
息がつまる。ノックが返ってくるまでの時間に、窒息死してしまうのではないかと思えるほどに。それはほんの数秒なのだろうけど、永遠とも思える時間。いや、本当に永遠に返事が帰って来ない方がいいのではないか、そう思う。
でも――。
トントン。
ノックは――2回。いいえ。危害を加えるってこと。
奈々、あたしの胸に顔をうずめて、泣いた。美沙子もあたしに抱きついて来た。亜弥は呆然と立ち尽くしている。あたしは両手で奈々と美沙子の2人を抱き、必死で、大丈夫、大丈夫だから、と、根拠のない言葉をかけ続ける。あたしのこの言葉、何の説得力も無いって、みんな判っているけど、それでも、あたしは言うしかない。
「ま……まさか、殺すつもり……ですか?」
「明奈! もうやめて!」奈々が泣きながら叫ぶ。
すると――。
ドン!
全員、ビクッと、肩を震わせる。
今までに無い大きな音。ドアが壊れるかと思うくらいの大きな音だった。
「いやああぁぁ! もういやぁぁぁ!!」泣き叫ぶ奈々と美沙子。あたしも震えが止まらない。
「い……今、1人ですか?」明奈はなおも質問を続ける。
ドンドン!
ノックは2回。
「ふ……2人ですか?」
ドンドン!
ノックは2回。
「な……何人ですか? ぜ、全員で、ノックしてください……」
静寂。そして――。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン――。
翌朝、あたしたち5人は、教室の中で気絶しているのを、見回りに来た用務員のおじさんに発見された。
何があったのか、あのノックが何だったのか、今となっては判らない。
夏休みが明け、その旧校舎は取り壊されることとなった。しかし、原因不明の事故が相次ぎ、工事は中断。中学を卒業した今でも、放置されたままになっている――。
(都市伝説「幽霊との会話方法」より)