Y.U.I.~都市伝説ファイル~   作:ドラ麦茶

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中学の同級生 第4話 今井亜弥

9月10日(日) PM 1:02

 

 

 

 9月10日。その日はやってきた。礼子さんと貴美子さんが会う日。

 

 あたしは駅前で貴美子さんが着くのを待っていた。1時前の電車で来ると言ってたから、もうすぐ出てくると思うんだけど……あ、来た。あたしは駅の南口から出てくる人の群れの中に貴美子さんを見つけ、大きく手を振った。

 

「ん? 亜弥? どうしたの?」

 

 貴美子さん、あたしの姿を見て、おどろいた表情。

 

「えっと、特に用事は無いんですけど……母に会う前に、貴美子さんに会っておきたくて」

 

「何? おかしな子ね」

 

 貴美子さん、うれしそうに微笑む。

 

 今日の貴美子さんの格好、いつものラフな服装とは違い、紺のスーツにパンプスと、いかにもキャリアウーマンって感じの格好。右肩にスーツと同じ色のショルダーバッグ、左手には赤いコートを持っている。

 

 ……え? 赤いコート?

 

 まだ9月の10日だというのに、貴美子さん、なんでコートなんて持ってるんだろう? しかも、赤いコート……。

 

「ああ、これ?」貴美子さん、あたしがコートを凝視してるのに気付き。「うーん、なんて言うのかな……私のお守りみたいな物なのよね、赤いコート。就職活動の時とか、成人式の時とか、大事な日には、赤いコートを着るようにしているの。利夫さんとの初デートのときも着たのよ」

 

 貴美子さんはそう言って、赤いコートを広げ、あたしに見せる。

 

 ドクン……心臓が大きく鳴った。

 

 その赤いコートは、あたしが買ったものとそっくりだった。7年前、母へのプレゼントに買った、母に受取ることを拒否された、あの赤いコートに……。

 

「さすがに今日は暑いからまだ着ないけど、礼子さんに会う前には着るつもり……亜弥、どうかした?」

 

 貴美子さん、あたしの表情が凍り付いているのに気がつき、心配そうに訊く。

 

「ん? ああ、別に、何でもないです、何でも……」慌ててごまかす。

 

「そう? ならいいけど」

 

「それより、その……貴美子さん」

 

「ん? 何?」

 

「え……っと、あたし、貴美子さんのこと、大好きです」

 

「何? 突然?」貴美子さん、すごくビックリした表情。ま、当然だよね。突然こんなこと言われちゃ。

 

「この前、貴美子さんが、あたしのことを引き取りたい、って言ってくれたとき、あたし、すっごく嬉しかったんだけど、でも、そのことうまく言えなかったから……だからその……あたしも、貴美子さんと一緒に暮らしたい、って、思ってます」

 

「うん。ありがとう」

 

「あの……お母さん、って呼んでもいいですか?」

 

「もちろんよ――亜弥」

 

 貴美子さんは、1週間前と同じように、そっと、あたしを抱きしめた。

 

「――じゃあ、そろそろ行くわ」

 

「うん。がんばってね、お母さん」

 

「ええ」

 

 貴美子さんは赤いコートを着て、そして、あたしの家の方向へ歩き始める。あたしはその姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。

 

 …………。

 

 さてと。どうしようかな?

 

 貴美子さん、今日はお父さんに何か用事をお願いした、って言ってた。お父さんも昼過ぎには出かけたから、今、家には母――礼子さん1人。貴美子さんが望んだとおり、2人っきりでの対面になる。しばらく家には帰れない。あたしはショッピングセンターでしばらく時間をつぶすことにした。

 

 

 

 

 

 

 うーん、あたし、普段ならこの本屋で立ち読みしてたら、2時間や3時間くらい簡単につぶせるのに。今日は貴美子さんのことが気になって、時間、なかなか進まない。時計を見ると、まだ2時前。いくらなんでも、まだ話、終わってないよね。でも、どうしようかな? 気になってしょうがない。少しだけ様子を見に、家に帰ってみようか? 貴美子さんの邪魔になるかもしれないけど、少しだけ、ね。

 

 ということであたし、立ち読みしていた本を閉じて棚に戻し、ショッピングセンターを出て、駐輪場に止めておいた自転車に乗り、家に向かう。途中、大きな公園があり、駅方面から家に帰るにはそこを通り抜けた方が早いから、いつも通るようにしてるんだけど。

 

「あれ?」

 

 あたし、自転車こぐのをやめる。

 

 公園の中にはシンボルとも言える大きな滑り台があって、その近くにベンチがあるんだけど……そこに座ってる人、あたしに背を向けてるけど、あれ、お父さんだ。そして隣に座ってるのは、貴美子さん? どうしたんだろう? もう母と話は終わったのかな? ちょっと早すぎるような気もするけど、でもまあ、あの母のことだ。離婚だの引き取るだのの話をした時点で、無理やり話を終わらせて、貴美子さん追い出す、ってことも十分考えられる。で、たまたま父と会ってこの公園で話しをしてるのかな。

 

 あたし、2人に声をかけようとしたけれど。

 

「ねえ、利夫さん。どうしても、礼子さんに会わなきゃダメ?」

 

 貴美子さんのセリフを聞いて、あたしの出かけた言葉、引っ込む。

 

 何? つい1時間ほど前の貴美子さんからは想像もできない、今のセリフ。

 

 2人は後ろにいるあたしの存在には気付かないので、あたし、そのまま話を聞いてみることにした。

 

「もちろんだよ。会わなくちゃダメだ」父は優しい声で言った。

 

「でも、やっぱり、1人で会うのは恐いわ」

 

「それは判るけど……でも、礼子と会わないと、話が進まないだろ?」

 

「そうなんだけどさ……」

 

「いいか、瞳。これは俺達にとって、重要なことなんだ」

 

 ……え? 瞳?

 

 お父さん今、貴美子さんの事、瞳って呼んだ?

 

 何? どういうこと?

 

「礼子は、俺が離婚したいと言っても、そう簡単には応じないだろう。あいつは、結婚生活に異常なまで執着心がある。でもそれは、俺との生活よりも、亜弥との生活に対しての方が強いはずなんだ」

 

「うん」

 

「俺と亜弥、どちらかを選ばないといけなくなったとき、あいつは間違いなく亜弥を選ぶだろう。だから、離婚を切り出す前に、まず瞳が貴美子になりすまして、亜弥を引き取りたい、と言う。で、その後、俺が離婚の話をして、貴美子とやり直したいと言うんだ。そうすれば、礼子は亜弥だけは、という思いが強くなって、亜弥の親権を礼子に渡すということを条件に、離婚に応じると思うんだ」

 

「うん、判ってる。だから、今から会いに行くんだよね」

 

 …………。

 

 何だろう? この人たち、何の話をしてるの?

 

 あたしには理解できない会話が、今、目の前で、当たり前のように飛び交っている。

 

 瞳が貴美子になりすまして?

 

 この貴美子さんは、あたしの本当のお母さんの、貴美子さんじゃないってこと?

 

「……で、どうなんだ? 亜弥のほうは?」

 

「うん、バッチリ。もう完全に、私になついてるわよ」

 

「そうか、良かった。亜弥自身が俺たちについていくと言った方が、礼子に危機感を与えやすいからな」

 

「そうね。でもあの娘、ホント単純よね。ちょっと私が、一緒に暮らしましょ、って言って、抱きしめてあげたら、コロッとだまされちゃって。今日なんか、わざわざ駅前まで来てさ。『あたし、貴美子さんの事大好きです。お母さんって呼んでもいいですか?』だって。笑っちゃうわよね」

 

「まあ、そう言うな。あいつもかわいそうな子だ。礼子の言いなりになって、無理矢理、礼子の理想通りに育てられてるんだ。礼子の調子に合わせるのって、疲れるんだぜ。亜弥も、相当参ってると思う」

 

「でも私、あんな暗い娘、いらなーい。利夫さんだけで十分よ」

 

「ああ。俺もお前がいてくれればいい。会社の金を少しずつ横領してきたから、新しい生活を始めるための資金もバッチリだ。後は礼子と亜弥を何とかすれば――」

 

 寄り添う2人の会話をそれ以上聞いていられなくなったあたしは、公園から逃げ出した。

 

 つまり、2人の話をまとめると。

 

 あたしが本当のお母さんだと思っていた貴美子さんは、実はお父さんの愛人の瞳さんという女の人で。

 

 お父さんは母と離婚し、瞳さんと一緒になりたいと思ってるけど、2人とも、あたしを引き取りたいとは思ってなくて。

 

 瞳さんがあたしを引き取りたいと言ったのは、母を離婚に応じやすくさせるためで。

 

 つまり。

 

 あたしが北高に合格したのを喜んでくれたりとか、あたしの期末テストの結果をすごいと言ってくれたこととか、あたしと一緒に暮らしたいと言ってくれたこととか、やさしくあたしを抱きしめてくれたこととか、それ全部、ウソだったってこと。

 

 全部、ウソだったんだ。

 

 ウソだったんだ――。

 

 

 

 

 

 

 その後、あたしはどこをどう通ったのか全く覚えてないけど、気がつくと、家の前にいた。

 

 時計を見ると、4時30分を少し過ぎたところ。2時間以上も街をさまよってたのか、あたし。あれから貴美子さん――ううん、お父さんの愛人の瞳さんは、母に会い、あたしを引き取るという、ウソの話をしたのだろうか? その話を聞いた母は、どのような反応をしたのだろう? お父さんと瞳さんの企み通りになるのだろうか?

 

 ――まあ、別にどうでもいいや。

 

 父と母が離婚しようがしまいが、あたしの生活は何も変わらないんだ、きっと。今のあたしを救ってくれる人なんて、どこにもいない。貴美子さんが救ってくれる、なんて期待した、あたしがバカだった。もう、どうでもいい。どうでも……。

 

 あたしは自転車を停め、玄関を開けた。

 

 あれ? 玄関にある紺のパンプス、瞳さんのだ。ってことはあの人、まだ家にいるの? そのわりには静かね。玄関と居間ってそんなに離れてないから、話をしていれば聞こえてくるはず。まして、話の内容を考えれば、母が冷静でいられるわけはない。ヒステリックになって叫んでたって、おかしくないのに。

 

 あたし、居間に向かった。

 

 …………。

 

 ……え?

 

 居間を見たあたし、少し驚く。

 

 居間の奥には、母が壁にもたれかかるように座っていた。目は開いてるけど、すっごく遠くを見ているような眼差し。放心状態、って言うのかな? あたしがいることにも全然気がついてない。で、問題なのは、その前に瞳さんが倒れてるってこと。あの赤いコートを着て、うつ伏せの状態。後頭部から血が流れてる。その横には、いつもテレビの上に置かれている、ブロンズ製の馬の置物が転がってた。台座の部分に、瞳さんのものと思われる血がついている。

 

 ――ああ、そうか。

 

 居間の状況を見てあたし、すぐに何があったのか判った。

 

 母と瞳さん。この部屋で話をし、そして、瞳さんが帰ろうとしたとき、母は、後ろからブロンズ像で瞳さんの後頭部を殴ったのだろう。ま、別に不思議じゃない。母ならやりかねないと思った。

 

 でも、母も詰めが甘い。

 

 殴り方、そんなに強くなかったんだろう。瞳さんの後頭部の傷は、あまり深くないように見える。頭の怪我は甘く見ない方がいい、と言うけれど、どう見たって、すぐに死ぬほどの怪我じゃないもの。どうせ殴るんだったら、もっと徹底的にやればいいのに。

 

「う……ん……」

 

 ほら。瞳さん、目覚ましちゃった。せっかく殴ったのに、これじゃ瞳さんに訴えられて、治療費と慰謝料取られて、ついでにお父さんとの離婚も認められて、それで終わり。完全に殴り損だよ。

 

「痛たた……何よ、これ……」

 

 瞳さん、後頭部を押さえて起き上がる。で、手に付いた血を見て驚く。「え? 何? 血が出てるじゃない!」

 

「母に殴られたんじゃないですか?」あたし、冷たく言った。

 

「……え? あ。亜弥。……そうだわ。私、礼子さんに亜弥を引き取りたいって話しをしたけど、全く聞き入れてもらえなかったから、帰ろうとしたとき、礼子さんに……」

 

 みしっ。

 

 ……何だろう? 今の音。

 

「――――!」

 

 瞳さん、部屋の奥に座ってる母の姿を見て脅える。

 

「大丈夫ですよ。なんか、気を失ってるみたいですよ、母。あたしが帰って来たのにも気が付いてなくて」

 

「そ……そうなんだ。でも亜弥、大変ね、こんなお母さんで。気に入らないことがあると、すぐに暴力を振るうの? 今まで、こんな人と一緒に暮らしてたのね。可哀想……」

 

 みしっ。

 

 ……また聞こえた。あの音。

 

「でも、安心して。あたし、絶対に亜弥を救ってみせるから。こんな人なら、利夫さんが離婚するのも、そんなに難しくないわ。そうしたら亜弥、私と一緒に暮らせるからね」

 

 みしみしみしっ!

 

 音、さらに酷く、大きくなる。

 

 そうか。判った。この音、何か。

 

 これ、あたしの心が壊れる音。

 

 この人、貴美子さんじゃない。あたしを今の生活から救ってくれる人じゃない。

 

 信じていたのに。本当に、大好きだったのに……。この人はあたしを騙してたんだ。こうやって、今と同じ優しい言葉をかけて、あたしの心をもてあそんだんだ。

 

 許せない。絶対に。

 

 みしみしみしみしみしみしっ!

 

 あたしの心、壊れ続ける。

 

「待って、亜弥。今、利夫さんに電話かけるから。警察も呼んだ方がいいかしら……?」

 

 瞳さん。バッグから携帯を取り出し、あたしに背を向け、電話をかけた。

 

 みしみしみしみしみしみしみしみしみしっ!

 

 心、完全に、壊れて。

 

 あたしは畳の上に転がっているブロンズ製の馬の置物を手に取った。

 

 それを振り上げ――。

 

「あ、利夫さん! すぐに来て、私、礼子さんに襲われて――」

 

 瞳さんの後頭部に振り下ろした。

 

 ぐしゃ。

 

 不快な感触が、ブロンズ像ごしに手に伝わる。

 

 ガン! っていう感触じゃない。硬い物に弾かれる感触じゃなくて、硬い物を潰した感触。

 

 瞳さん、仰向けになって倒れる。

 

 倒れた瞳さんに近づき、もう1度、今度は顔面にブロンズ像を振り下ろした。

 

 もう1度。

 

 さらにもう1度。

 

 血があたしの顔や服に飛び散るけど、そんなことはお構いなしに、何度も何度もブロンズ像を振り下ろす。瞳さんは顔をかばおうともしない。もう完全に死んでると思うけど、それでもあたしはやめない。そして、もう誰だか判別が付かなくなったところで、ブロンズ像を畳の上に投げ捨てた。

 

 ふう。疲れた。明日、筋肉痛になりそうだな。なんて考える。

 

 特別な感情は湧き上がってこない。もう2度と起き上がることはない瞳さんの姿を見ても、特に何も思わない。台所でゴキブリをスリッパで叩いたのと同じ。害虫を駆除したようなもの。あたし、ゴキブリって大ッキライ(って、好きな人はいないか)。ゴキブリを見かけると、すっごくイヤだけど、必ず殺すようにしている。放っておくのはもっとイヤだから。殺虫剤吹き付けたり、スリッパで叩いたり。でも、殺すことはできるけど、死骸の後始末ができない。あんな物、ティッシュペーパーを何重に重ねても触りたくない。だから、あたしが殺したゴキブリを片付けるのは、いつも、父か母の役目。

 

 この死骸も、母が片付けてくれるだろう――。

 

 母を見た。今だ目の焦点は定まっておらず、放心状態。ま、放っておけばそのうち気付くだろう。そうすればこれ、自分がやったと思うはず。後は警察に捕まるなりなんなりしてちょうだい。

 

 あは。これって、一石二鳥ってやつじゃない?

 

 あたしの心を踏みにじった瞳さんがいなくなって、母が警察に捕まれば、昨日まで描いていた未来とは違うけど、あたし、今までの生活から救われたことになる。

 

 お父さん。あの人も、瞳さんと同じくあたしの心を踏みにじった人だけど、今は我慢しよう。両親が2人ともいなくなったら、いろいろと困る。それはそれで、今までと同じくらいつらい生活かもしれない。それにお父さん、会社のお金を横領してるって言ってたよね。……うん。何か、使えるかもしれない。それは後で考えよう。

 

 あたしは洗面所に行き、顔と両手に付いた血を洗い流した。

 

 バタン。玄関の開く音。お父さんが帰ってきたんだろう。

 

 あたしはお父さんに見つからないように勝手口から庭に出た。そして、お父さんが居間に行き、母を起こし、何があったか聞いたであろう頃を見計らって。

 

「ただいまー」

 

 玄関を開ける。そのまま居間に行って「何があったの!?」って半狂乱になって騒いでもおもしろいだろうけど、あたしの服、瞳さんの返り血でいっぱい。あたしはまっすぐ2階の部屋に向かい、すぐに着替えた。血の付いた服は、一旦押入れに隠す。

 

 さて、ひとまずこれでいいわね。この後母はどうするんだろう? 警察呼んで自首? 警察が来る前に逃げる? 罪の意識に耐えかねて自殺……は無いよね。あんな人殺したって、罪を感じないのは、母も同じだろう。

 

 トントン。ノックの音。ん? 何だろう?

 

「はーい」あたしが返事をすると。扉を開け、お父さんが入ってきた。

 

「や……やあ、亜弥。今日は、どこへ行ってたんだ」

 

 ものすごくわざとらしい笑顔を作り、そう訊いてきた。お父さん、普段はあたしの部屋に来ることなんてまず無い。まして、この硬い表情としらじらしいセリフ。これじゃ、何も知らなくったって、何かあったって思うよ。あたし、少しイタズラ心が湧き上がる。お父さんのセリフは無視して、ズバリ、核心を突く。

 

「お父さん。居間で何があったの?」

 

 ビクっと、大げさに震えるお父さん。かなり慌てた口調で。「な……何も無いぞ! 何も」

 

 ……この人、よく今まで母にばれずに瞳さんとの不倫を続けてこれたもんね。ちょっと訊いただけでこんなに動揺しちゃって。バカみたい。

 

「な……なんで、そんなこと訊くんだ?」お父さんは何とか動揺を隠そうとしているようだけど、ますます泥沼にはまってるって感じ。

 

「だって、廊下に血みたいなのが飛び散ってたのが見えたから」あたし、適当なことを言う。本当は廊下にまでは飛び散ってなかったけどね。「それに、今日、貴美子さんが家に来たはずなんだよ。お母さんに、あたしを引き取りたいって話をするために。玄関にまだ貴美子さんの靴があったけど、居間は静かだった。ねえ、一体何があったの?」

 

 これを聞いたお父さん、観念したのか。

 

「あ……亜弥……落ち着いて、聞くんだぞ」お父さんは、ためらいながらも話し始める。「じ……実は……居間で貴美子が……死んでるんだ。礼子に……母さんに、殺されたみたいで……」

 

 そう言って、お父さんは目を伏せた。動揺する娘の顔を見たくなかったのだろう。もちろんあたしは動揺なんてしない。でも、お父さんはそれに気が付かなかったようで、話を続ける。

 

「貴美子、亜弥を引き取りたいって話を、母さんにしたんだ。それを聞いた母さんは、かっとなって、テレビの上にある馬の置物で、貴美子の頭を……」

 

「それで、お母さんは、今何してるの?」

 

「判らない。亜弥が下に降りてこないように、部屋に引き止めてくれって頼まれた」

 

 ……あたしが降りてこないように?

 

 まさかあの人、隠そうとしてるんじゃないでしょうね? 瞳さんの死体を――もっと言えば、瞳さんを殺したこと自体を。

 

 ――へぇ。あの人も結構やるじゃない。

 

 瞳さんを殺したことを、無かったことに――忘れようとしようとしている。そして、母のことだ。そのうち、本当に忘れてしまうだろう。7年前の母の日がそうであったように。自分の理想に反することは、忘れてしまえる人なのだから。

 

 ふむ。これは、なんだかおもしろいことになってきた。

 

「やっぱり父さん、母さんを説得してくる。自首するように」

 

 お父さん、下に降りようとするので。

 

「待って。お母さんの好きなようにさせてあげて」

 

 あたしがそう言うと、お父さん、それがよほど意外だったのか、目を丸くして驚く。「――な、何言ってんだ!? 亜弥まで! 母さんは、貴美子を――お前の本当のお母さんを殺したんだぞ? それなのに――」

 

「うそつき」

 

「――――?」

 

「貴美子さんなんかじゃない。あの人は……あたしのお母さんなんかじゃない!」

 

「な……何を? 貴美子は本当にお前の――」

 

「瞳さん、でしょ? あの人。さっき、お父さんそう呼んでたじゃない」

 

「――――!」

 

「残念だったね。せっかく会社のお金横領して、新しい生活始めるはずだったのに」

 

「お――お前、まさか、聞いてたのか!?」

 

「ダメだよ。あんな公園のど真ん中で、大きな声で話してちゃ」

 

 あたし、すっごく見下した目で、お父さんを見つめる。お父さんは悔しそうに下唇を噛み、視線を逸らした。気分がいい。

 

「横領のこと、会社にバレちゃ、やっぱりまずいんでしょ? あ、それとも、瞳さんとのこと、お母さんに話しちゃおっか? お父さん、瞳さんと同じ目に合わされるんじゃない? あはは!」

 

「な!?」

 

 お父さん、ぎょっとした顔。瞳さんの姿を自分と重ねたのだろう。顔が見る見る真っ青になり、何かしゃべろうとするが、言葉にならない様子。あたしはその姿を見て、不敵に笑う。うん。完全にお父さん、あたしに屈服したかな。

 

「利夫さん、ちょっといい?」

 

 1階から母が呼ぶ声が聞こえた。

 

「亜弥、父さんに、どうしろって言うんだ?」

 

「んー。今のところは別に。とりあえず、お母さんの言うとおりにしてみて」

 

「…………」

 

 お父さんはあたしを恨めしそうな目で見ながら部屋を出て、下に降りていった。

 

 さて、これからどうなることか。

 

 

 

9月11日(月) AM 1:38

 

 

 

 深夜、父と母は行動を始めた。

 

 瞳さんの死体をゴミ袋で包み、シャベルで庭を掘り始めた。あたしはその様子を、部屋の窓のカーテンの隙間から、そっと見下ろす。

 

 ……って、庭に埋めるの? どっか遠くの山の中とかに埋めるでしょ、普通。やだな、あんな人の死体が庭に埋まってるなんて。明日、お父さんに言って、埋める場所変えてもらおう。

 

 それにしても、2人とも大変だね。特にお父さん、明日――正確には今日、お仕事だってのに、こんな肉体労働させられちゃって。ま、自業自得だよね。あ、雨まで降ってきた。それも、かなり強い。2人とも、カッパも着ずに作業を続けてる。ご苦労さん。

 

 ふあ。あたしも学校があるし、見ててもおもしろくないし、そろそろ寝ようかな。あたしはベッドに横になり、目を閉じた。

 

 しばらくウトウトしていると。

 

 ギィ……ギィ……。

 

 部屋の中を、誰かが歩き回ってるような音がする。

 

 え? 誰?

 

 あたし、ベッドの上に上半身を起こし、部屋を見回す。

 

 誰もいない。

 

 窓の外をそっと見ると、父と母は、ちょうど、死体を穴の中に投げ入れるところだった。

 

 ――気のせい?

 

 そう思うしかなかった。夢を見てたのかもしれない。あたしはもう1度横になり、目を閉じた。でも、しばらくするとまた……。

 

 ギィ……ギィ……ギィ……。

 

 明らかに、誰かが部屋の中を歩き回っている音だ。あたし、もう1度起きて、部屋を見回す。

 

 ――――!

 

 部屋の隅に、誰かいる。

 

 父でも母でもない。2人とも、まだ庭にいる。瞳さんの死体に、土をかけている。

 

 瞳さん?

 

 部屋の中にいる人、赤いコートを着て、黒いロングヘアーの女性。瞳さんと同じ格好。でも顔は……顔は、誰だか判らない。鼻はつぶれ、歯は折れ、眼球が無い。でもそれは、瞳さんの顔。あたしが殴り続けた、瞳さんの顔――。

 

 ――何? これ?

 

 

 

 

 

 

 朝。目覚まし時計が鳴り、あたしは目覚めた。7時ちょうど。いつもの起床時間。

 

 部屋を見回すと――誰もいない。

 

 あれ、何だったの? 夢でも見たかな?

 

 深夜、瞳さんみたいな人が立っていた部屋の隅を見つめる。もちろん、今は誰もいない。考えても判るはずも無く、すごくリアルだったけど、夢だと思うしかなかった。

 

「亜弥、早く起きなさい。遅刻するわよ?」

 

「あ、はーい」

 

 あたしは制服に着替え、居間に下りていった。

 

「おはよ、お父さん、お母さん」あたし、普段なら絶対見せないような笑顔で、朝の挨拶をする。

 

「おはよ、亜弥」母も笑顔で答えた。深夜、あれだけの重労働をしたのに、何も無かったかのように、むしろ、いつもより生き生きしているように見える。

 

 反面父は、目の下に大きなクマができていて、完全に疲労と寝不足が顔に出てる。可哀想に。ま、同情はしないけど。

 

「利夫さん、昨日はよく眠れなかったの? すごく疲れた顔してる」

 

 母、こんなことを言う。演技なのか、瞳さんのことなんてもう忘れてしまったのか、判らないところが恐い。お父さん、母のこのセリフを聞いて、ますます疲れが顔に出る。

 

「待ってて、今、コーヒー入れてくるから」

 

 母は台所へ向かった。

 

「ご苦労様、お父さん。埋めるの、何時までかかった?」

 

 あたし、台所の母に聞こえないような小さな声で言う。お父さんは答えず、恐い目であたしを睨んだ。

 

「で、悪いんだけど、あたし、あの人の死体が庭に埋まってるのって耐えられないから、お母さんに内緒で、今晩、どこか遠くの山にでも捨ててきてくれない?」

 

「な――!?」

 

 お父さん。絶句。ま、そりゃそうだろう。2日続けて徹夜で肉体労働。しかも今夜は1人だもの。

 

「お願い、ね?」

 

 あたし、両手を合わせてお願いのポーズ。まるで、お小遣いアップでもお願いしてるかのよう。

 

「何? 亜弥。何のお願い?」

 

 母がコーヒーを持って戻ってきた。

 

「ん? なんでもなーい。ね、お父さん」そう言ってあたし、ウィンクする。

 

「あ……ああ……」

 

「何? 怪しいなあ」母はとても嬉しそうに言った。「あ、そんなことより、2人とも早く食べないと遅刻するわよ」

 

「はーい」

 

 あたしは急いでご飯を食べる。お父さんはあきらめきった表情で、何も言わずにコーヒーを飲んだ。

 

 

 

9月12日(火) AM 1:38

 

 

 

 お父さんは、庭で瞳さんの死体を掘り返してる。レンタカーか会社の車か判らないけど、車を1台用意してるから、これから遠くの山にでも捨てに行くんだろう。ホント、ご苦労さん。今夜はわりと早くから作業を始めたけど、お父さん1人で朝までに全部終わるのかな? ま、どうでもいいけど。

 

 そんなことより問題なのは。

 

 ギィ……ギィ……

 

 さっきから部屋の中を、赤いコートを着た、黒いロングヘアーの、顔の潰れた女の人が、歩き回ってるの。

 

 これ、認めたくないけど……明らかに、瞳さんの幽霊。

 

 うーん、困った。あたし、呪われるのか?

 

 

 

9月24日(日) PM 7:40

 

 

 

 それから約2週間。瞳さんの幽霊は、毎晩あたしの部屋に現れる。あ、でも、特に何か悪さをするって訳じゃないの。あたしを呪い殺そうとか、そういうのじゃなく、ただ部屋を歩き回ってるだけ。ま、落ち着いて寝られやしないから迷惑なのは迷惑なんだけどね。さすがにあたし、寝不足気味。夕食を食べながらも、考えるのはその事ばかり。どうすればあの幽霊、いなくなってくれるだろう? おっと、箸をかまないように気をつけないと。この上母に怒られちゃ、あたし、本当に参ってしまう。

 

「亜弥、どんどん食べてね」

 

 母が笑顔でそう言った。あの日以来、えらく機嫌がいい。最近父が帰ってくるのが早いからだろう。それが、愛人がいなくなったせいだなんて思ってもいないんだろうな、きっと。知らぬが仏とはよく言ったもんだ。

 

「うん……」

 

 返事はするけど、箸はなかなか進まない。

 

「亜弥、どうしたの? 最近元気が無いけど、何か悩みでもあるなら、お母さん聞くわよ?」

 

「うん……大丈夫」

 

 とてもじゃないけど、母に言えるような話じゃない。

 

「大丈夫じゃないでしょ? もうずっと食欲無いみたいだし。お母さんもお父さんも亜弥の力になるから、ね?」

 

 母は箸を置き、まっすぐにあたしを見つめ、そう言った。

 

 ……よく言うよ。

 

 表面的には涙が出るほどありがたいセリフだけど、あたしには判ってる。母は、自分の理想像に反することに、力を貸したりはしない。北高に行きたいと言ったときがそうだったんだから。まして、幽霊が出るなんて話しても、相手にしてもらえないだろう。 

 

 ……あ、でも。

 

 ふと、好奇心が沸いてくる。

 

 母の中では、もうすっかり、貴美子さん――瞳さんを殺し、庭に埋めたことなんて、無かったことになってるんだろうな。もしここであたしが「赤いコートの幽霊が出る」と言ったら、どうするだろう? 母は、貴美子さんは自分が殺したと思っている。そのせいで、娘が苦しめられてると知ったら。

 

 よし。ちょっと、試してみるか。

 

「でも……言っても多分、信じないよ」

 

 わざともったいぶってみる。すると母、いかにも心外だという顔で。

 

「何言ってるの。お母さん亜弥の言うことなら信じるに決まってるじゃないの。そんなの気にしないで、言ってみて」

 

「うん、判った」あたしがそう言うと、母、とても嬉しそうに微笑んだ。その笑顔がいつまで持つだろう。あたしは話す。「あのね、最近あたしの部屋に――幽霊が出るの」

 

「――――」

 

 案の定、母は、そして父も、言葉を失う。

 

 ま、そりゃそうだ。誰もこんな話だなんて思わないよね。

 

「幽霊が出る……って、ごめん亜弥、それ、どういうこと?」

 

「……やっぱり信じないよね、こんな話」あたし、大げさに落胆したフリ。

 

「ううん、そうじゃないの。信じてないわけじゃないのよ」母は慌てて否定する。「ただ、突然だったから。もう少し詳しく話してみて。ね?」

 

「……うん。でもあたしにもよく判らないんだ。それまではそんなことは無かったんだけど、2週間くらい前から、突然出るようになったの」

 

 2週間前。そう言った瞬間、母の顔が凍りついた。よし、いい反応。あたしは話を続ける。「あたしが眠っていると、ギシ、ギシって、部屋を誰かが歩いているような音がして、でも、目を覚ましても誰もいないの。しばらくそれが続いて、そしたら、現れるの。ロングヘアーで、泥だらけの赤いコートを着た女の人が――」

 

「いいかげんにしなさい! そんなこと、あるわけないでしょう!」

 

 バン! 母はテーブルを叩くと同時に、これ以上はないというような大きな声で怒鳴った。

 

 突然の母の豹変ぶりに、さすがにあたし、驚く。

 

 その瞬間、あたしの頭をよぎったのは。

 

 ――うるさいわね! いらないと言ったらいらないの!

 

 そう言って、あたしのプレゼントを投げ捨てる、7年前の母の姿。

 

 ……あ、まずい。

 

 視界が涙で霞んでいく。それを母に見られないように。

 

「だから……だから言いたくなかったんだよ!」

 

 あたしは居間を飛び出した。

 

「あ……亜弥――」

 

 母の声が聞こえたけど、あたしは構わず階段を駆け上がり、部屋に入り、枕に顔をうずめ、泣いた。7年前の、あの日と同じように。

 

 母はやはり、あの日と何も変わっていない。

 

 自分の理想に反することは、決して認めない。それで娘が傷つくことになっても、関係ない。

 

 …………。

 

 って言うか。

 

 何泣いてるんだろう、あたし。

 

 母がああいう人だって、とっくに判っていたはずなのに。

 

 まさか、期待していたんだろうか? 母が、本当に相談に乗ってくれると。

 

 そんなことあるわけ無いのに。

 

 そうだ。あるわけ無いんだ。

 

 …………。

 

 ん。涙、すっかり乾いてしまった。

 

 大丈夫。あたし、母に期待なんかしていなかった。ただ、理不尽に怒鳴られて、昔を思い出して、悲しくなっただけ。

 

 それにしても、さすがに腹が立つ。

 

 あの人、自分から話を聞くと言っておきながら、あの反応は無いだろう。確かに、幽霊が出るなんて、突拍子も無い話だとは思うけど。でもあたし、ウソは言ってないもの。

 

 でも、母のことだ。夢でも見たのよ、とか言って、無理矢理納得させようとするに違いない。

 

 そして、この日のことも、母の中では、無かったことになるだろう。

 

 冗談じゃない。

 

 そう何度も、母の都合のいいようにさせるもんか。

 

 こうなったら、何が何でも、母に幽霊のこと、認めさせてみせる。

 

 絶対に無かったことになんてさせないから!

 

 

 

9月27日(水) PM 5:15

 

 

 

 その後、あたしと母と父の3人は、何度か幽霊の話をした。母は予想通り、幽霊なんていない。疲れているから変な夢を見るんだ、と、あたしを説得し続ける。もちろんあたしは否定するけど、母は断固としてそれを認めない。

 

 うーん。どうすれば、母にあの幽霊が本物だと思わせることができるだろう?

 

 母との生活なんて、どうせあとわずか。あの人は、貴美子さんを殺したのは自分だ、と思っているはずだ。貴美子さんの死体。父がどこに埋め直したかはわからないけど、それが見つかれば、母が警察に捕まるのは時間の問題。

 

 でも、もし警察に捕まっても、母、自分が殺したんじゃない、って言うんじゃないだろうか?(ま、実際はそうなんだけどね)あの人の中では、貴美子さんとのことは、無かったことになりつつあるんだから。警察に追及されても、そんな人は知らない、会ったことも無い、と、言い続けるに違いない。そうなると、警察の取調べ、あたしに及ぶかもしれない。それ、さすがにまずいよね。なんたって、実際に殺したの、あたしなんだから。なんとかして、母に貴美子さんのこと、忘れさせないようにしないと。

 

 あたし、下校途中、例の公園の側を歩きながら、ずっと、それを考える。

 

 ……あれ?

 

 向こうから来る娘。あれ、結衣じゃないだろうか?

 

 宮崎結衣――中学の同級生。西高か南高に進学したはず。中学卒業後は1度も会ってない。ま、それは結衣に限らず、他のみんなもだけど。

 

 あ、でも結衣、あたしに気付いてない様子。薄情な娘。

 

 でも、まあいいか。あたしあの娘、あんまり好きじゃないし。

 

 グループで行動することは多かったけど、2人きりで会うことはほとんど無かった。結衣の方から話しかけてくることはほとんど無かったし。今思うと、あたしのこと避けてたんじゃないかな、きっと。まあ、呼び止めたところで何話していいか判らないし、このまま気付かないフリしてよう。

 

 ……あ、待てよ。

 

 確かあの娘、霊感が強い、とか言ってなかったっけ?

 

 ……うん。そうだ。

 

 中学のとき、あたし達の周りで、幽霊とかの話が流行ってて、しょっちゅう、怪談話とかしてたっけ。そのとき結衣、子供の頃から幽霊とか見ることが多いって言ってた。

 

 結衣に、幽霊のこと、相談してみようかな?

 

 まさかこの娘があの幽霊を退治してくれるとも思えないけど、まあ、幽霊を見て、そのことを母に言ってくれれば、あたし1人が言うのと違って、俄然、説得力が出てくるよね。

 

 よし。

 

「――結衣ちゃん」

 

 あたしは結衣を呼び止め、公園で、幽霊の話をした。

 

 

 

 

 

 

 帰宅後、母に結衣が土曜の夜に泊まりに来ることを話し、あたしは部屋に戻った。

 

 さて、これで母も少しは、本当か? と思ってくれてるでしょ。後は、土曜の夜に結衣が幽霊を見てくれればいい。

 

 ……それにしても。

 

 結衣が泊まりに来ると言ったときの、母のあの態度。すっごく嬉しそうで、今にも泣き出しそうだった。ビックリしたよ。

 

 …………。

 

 そういえばあたし、今まで家に友達を呼んだことなんて無かったな。1度も。母、実はそのこと、ずっと気にしてたんだろうか? あたしに友達がいないんじゃないかって。

 

 …………。

 

 

 

9月30日(土) PM 10:14

 

 

 

 結衣が家にやってきて、母は、ずっと上機嫌だった。夕飯も、見たことのないくらいのご馳走。結衣と母はすっかり打ち解けて、小学校のときはあーだの、中学校のときはこーだのと、いろんな話で盛り上がってた。で、食事も終わり、結衣とあたしと2人、交代でお風呂に入り、そして、結衣を部屋に連れて行く。

 

「へぇ、これが亜弥ちゃんの部屋かぁ」

 

 結衣、当たり障りの無い感想を言う。ま、片付けだけはしっかりしているものの、あたしの部屋、今時の女子高生が持ってそうなかわいい雑貨とかは何も無い、すごく地味な部屋。だから、そんな感想になってしまうのもしょうがないだろう。

 

「あ! これ読みたかったんだぁ」

 

 結衣が本棚のコミック本を手に取る。でも、あたしは彼女には構わずベッドに入った。

 

「――ねえ、今度貸してよ」

 

 結衣があたしの方を見るけど、あたし、特に返事はしない。あたしは別に、結衣に遊びに来てほしかったわけじゃない。一晩泊まって、瞳さんの幽霊を見てもらって、それを母に伝えてもらえれば、それでいいんだから。結衣は何度かあたしと会話を試みようとするけど、あたしが返事をしないので、あきらめて寝ることにしたらしい。部屋の電気を消そうとしたので、消さないように頼んだ。深く眠ってもらっちゃ困る。眠ってて幽霊なんて見なかった、なんてことになったら、呼んだ意味、ないもんね。

 

 さ、後はいつもの通り、瞳さんの幽霊が出るのを待つだけだ。

 

 

 

10月1日(日) AM 0:17

 

 

 

 キィ……。

 

 部屋のドアが開く音がした。

 

 あれ? なんか、いつもと違う。瞳さんの幽霊、毎晩出るけど、勝手にドアを開けたりすることは、今まで無かった。いつも、ただ意味もなく部屋を歩き回ってるだけ。どうしたんだろ、今夜は。あたしはこっそりドアの方を見た。

 

 ドアは、2、3センチくらい開いていた。そのわずかな隙間から、誰かが覗いてる!

 

 ……って、あれ、お父さんじゃん。何やってんだろ。心配になって見に来たのかな? だとしても、こんな夜中に、しかも、友達が泊まりに来てるってのに、娘の部屋をのぞくなんて、ちょっとデリカシーがなさすぎ。そんな趣味があったのか?

 

 バタン。

 

 ギィ……ギィ……ギィ……。

 

 お父さんはしばらくドアの隙間からのぞいた後、ドアを閉め、1階に下りていった。そのドアを閉める音が少し大きかったので、結衣が目を覚ました。ドアを開け、階段の方を見るけど、何も無いので、そのまま布団に戻った。

 

 何だったんだろ? あのオヤジは。結衣が帰ったら問い詰めてやろう。意外と盗撮の趣味とか持ってたりして。あ、それ、すっごくやだ。部屋とかお風呂場とか、隠しカメラが仕掛けてあったりするの? 寒気がする。

 

 ……ま、いいや。それはそうと決まってから考えよう。もうすぐ0時30分。そろそろ出る頃だ。

 

 ギィ……ギィ……。

 

 あ、来た来た。良かった。結衣がいるから、出るの遠慮したらどうしよう、なんて、変な心配しちゃったよ。

 

 瞳さん。いつもの通り、音はするけど姿は見せない。それが1時間くらい続いた後、フッと、電気が消えた。

 

「え……?」

 

 結衣が起き上がり、部屋を見回す。あたしは背を向けているから確認できないけど、多分、部屋の隅に瞳さんが立ってるはず。で、1歩ずつ、近づいてきて……。

 

 ちょっとここらで、恐がるフリでもしてみるか。

 

「結衣ちゃん! 助けて!」

 

 大げさにがたがた震え、叫ぶ。でも結衣は、布団をかぶって、脅えてるだけ。

 

「結衣ちゃん! 結衣ちゃん!」

 

「ごめん! 亜弥ちゃんごめん!」

 

 ――なーんだ。やっぱり、何もしてくれないか。

 

 実はほんのちょっとだけ、「悪霊退散!」とかやってくれて、瞳さんの幽霊、成仏させてくれるかな、なんて期待したけど、やっぱりムリだよね。ま、そりゃそうか。この娘が、霊感がある、なんて言ってるの、多分、ひとつのステータスみたいなもの。中学時代は怪談話が流行ったから、そう言っていれば、みんなから注目されてたからね。

 

 ま、これで結衣は、朝になったら母に「赤いコートの幽霊が出た」って言ってくれるでしょ。目的は達成。瞳さんの幽霊、そろそろ消える頃だ。あたしの演技もクライマックス。

 

「結衣ちゃん! 結衣ちゃん! ゆい――」

 

 叫ぶのをやめる。

 

 タイミングバッチリで、部屋の電気が点く。つまり、瞳さんの幽霊は消えたってこと。

 

 背中を向けているから判らないけど、結衣が布団から出る気配がする。で、部屋を見回して、幽霊がいなくなったのを確認して、あたしの肩に手をかける。

 

「大丈夫、もういなくなったよ」

 

 その後、結衣の胸に飛び込み、恐かった。やっぱり幽霊、いるでしょ? って、泣く演技をすれば終了。あたしは振り向き、結衣の胸に飛び込もうとしたんだけど――。

 

 結衣の顔を見ると――結衣じゃなかった。

 

 その顔は、鼻がつぶれ、歯が折れ、眼球が無い。そして、長い黒髪と、赤いコート。あたしの肩に手をかけたのは――瞳さん。

 

 瞳さんはその潰れた顔をあたしに近づけ、そして、言った。

 

「――あんたを救ってくれる人なんて、どこにもいないんだよ!」

 

 その言葉を聞いたあたしは――心が凍りついた。

 

 心だけじゃない。体全部。頭も、胸も、手足も、全部が凍りついたような感覚。

 

 ――寒い。

 

 意識が遠のいていく。

 

 あたし、死ぬのかな?

 

 ――え? 死ぬ?

 

 イヤだ。そんなのイヤだよ! 誰か……誰か助けて。

 

 結衣……。

 

 お母さん……。

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 目を覚ますと、白い壁の小さな部屋のベッドの上に寝かされていた。消毒液のきついにおいがする。病院特有の、あのにおい。

 

 って、ここ、たぶん病院だ。えっと、あたし、どうしたんだっけ? 記憶をたどる。意識を失ってたみたいだけど、耳の奥にみんなの騒ぐ声が残ってる。結衣が父と母を呼んで、結衣が帰った後、救急車が来て、で、病院に運ばれて、入院することになったんだ。

 

 でも、あれ、何だったんだろう?

 

 結衣の姿が瞳さんに見えた。今までは瞳さんの幽霊、ただ部屋を歩き回ってただけだったのに、今夜に限って新たな恐がらせ方にチャレンジしたの? もしそうなら、瞳さんもなかなかやる。だってあたし、ほんとに死ぬかと思ったもん。

 

 ま、でも。

 

 おかげで入院することになったし、これでしばらくは瞳さんの幽霊から解放されるでしょ。さすがに瞳さんも病院までは追いかけてこないだろうし。

 

 ……お母さんどうしたかな?

 

 あたしだけじゃなく、結衣も赤いコートの幽霊を見たと言い、あたしがこんな状態になって、お母さん、どう思っただろう? 大丈夫かな……?

 

 ……って、何であたしがあの人の心配しなきゃいけないの。

 

 元々幽霊のことを信じさせるのが目的だったんだから。あたしの入院なんて、予想外のトラブルがあったとは言え、結果的には大成功じゃない。

 

 うん、そうだよ。大成功だよ。

 

 …………。

 

 

 

10月2日(月) AM 8:30

 

 

 

 看護師さんが朝食を運んできた。ご飯におみそ汁にほうれん草の胡麻和えに海苔にバナナに牛乳。ヘルシーなのは結構だけど、味が薄すぎ。夕べのご飯もそうだった。病院だから塩分量とかにはこだわってるんだろうけど、あたしはまだまだ若い。こうあからさまに年寄り向けの味付けだと、ちょっと物足りない。あーあ。お母さんのハンバーグ、食べたいなぁ。チーズがのって、半分に割ると中にもチーズが入ってて、ジューシーでとってもおいしいの。

 

 ……って、何言ってんだ、あたし。この間から変だな。母との食事なんて、気を使いすぎて、味を感じないはずだったのに。

 

 でもまあ、こうして改めて母以外の料理を食べてみると。

 

 まあ、病院の食事っておいしくないとは言うけれど、ここまでハッキリ薄味だとは思わなかった。母の料理が恋しくなるほどに。

 

 あー。やめやめ。こんなこと考えるなんて、あたし、どうかしてる。薄味だけど、健康に良いことは確かなんだ。慣れればおいしいのかもしれないし。あたしは半ば無理矢理、ご飯を胃の中に押し込んだ。

 

「……205号室の患者さん、どうする?」

 

 廊下から若い看護師さんの声。部屋のドアが少しだけ開いてるから、ひそひそ話だけど、よく聞こえる。

 

「……えーっと、夜中に運ばれて来た今井礼子さんね。確か、217号室の今井亜弥さんのお母さんだっけ?」

 

 ――え? お母さん?

 

 お母さんも、入院してるの? なんで?

 

 看護師の話に耳を傾ける。

 

「……うーん。まだ、食事ができる状態じゃないわね。今は薬で安静にしてるけど、ひどく興奮した状態だったもの」

 

「……でもなんか、不気味よね。赤いコートの幽霊が来る、って言ってるんでしょ? 娘さんもそのせいで入院したって言ってるし」

 

 あらら。お母さんも、瞳さんの幽霊見たのか。

 

 ってことは瞳さん、居間まで下りて行ったの? どうしたんだろう? 結衣を呼んでからというもの、瞳さんの幽霊、積極的だな。

 

 うーん。お母さん、大丈夫かな?

 

 …………。

 

 だから! なんでであたしがあの人の心配しなきゃいけないの!

 

 あの人は、あたしが幽霊が出るって言っても、全く信用しようとしなかったじゃない! で、理不尽に怒鳴って、あたしを傷つけた。自業自得だよ!

 

 …………。

 

 

 

10月3日(火) PM 8:04

 

 

 

 翌日、事態は急転した。

 

 朝、母が警察を呼び、瞳さんを殺したことを打ち明けたのだ。病院は1日中大騒ぎ。警察の人は母の証言を確認するため、結構な人数でいろいろ調べてたみたい。で、夜になって、容疑が固まったのか、40分くらい前、小太りの中年刑事が母の部屋に入っていった。母、ついに逮捕か? あたし、廊下の影から、母の部屋の様子をうかがう。

 

 ……あ、さっきの刑事さん、部屋から出てきた。でも、1人。そのまま帰ろうとする。お母さんはどうしたんだろう? 逮捕しないのかな?

 

「しかし、人騒がせな奥さんですねぇ」中年刑事さん、外に待機してた若い刑事に大声で話す。

 

「全くですね。なんでまた、娘の実の母親を殺し、死体を庭に埋めたなんて妄想、持っちゃったんでしょう?」

 

 ……あ、そうか。

 

 母は、大沢貴美子さんを殺し、その死体を庭に埋めた、と思ってるんだ。でも、死んだのは父の愛人の瞳さん。警察は本物の貴美子さんのことを調べたんだろう。当然生きてるし、瞳さんの死体もお父さんがどこかに埋め直したから、庭からは出てこない。だから、お母さんの狂言ってことになって、逮捕されなかったんだ。

 

 なんだ。良かった……。

 

 …………。

 

 だから!

 

 なんであたし、あの人が逮捕されなかったからって、ほっと一安心、みたいになってんの?

 

 あの人が逮捕されるの望んでたのに!

 

 うーん。やっぱりあたし、最近おかしいな。

 

 …………。

 

 いやいや。

 

 あたしが安心したのは、あたしが捕まらなかったからだよ。

 

 瞳さん殺したのはあたしだし、下手に死体が見つかったりして、母が、自分が殺した、って言っても、警察だってバカじゃない。調べると、もしかしたらあたしが殺したって証拠が出てくるかもしれないじゃん。だから、死体が見つからなくて、ひとまず安心、ってことなんだよ。そう。そうなのよ。

 

 ……アホらし。誰に言い訳してんだろ。部屋に帰って寝よ。

 

 …………。

 

 あれ?

 

 刑事さんと入れ替わりになる形で、お父さんがやってきた。母の病室の前に立つ。お見舞いに来たのかな? あたしの所には来ないのに。ま、来て欲しくないけど。

 

 あ、でも、面会時間過ぎてるよね? それに……左手に持ってる物、お見舞いにしちゃ、おかしな物だ。赤いコートに、黒いロングヘアーのかつらに、ゾンビの覆面? あの人、何する気?

 

 父は、あたしが覗いてるのに気付かず、赤いコートを着て、ゾンビの覆面をかぶり、かつらをかぶった。

 

 その姿は、一見すると――あの瞳さんの幽霊。

 

 ――え?

 

 お父さん、瞳さんの幽霊の格好してる?

 

 まさか、今まであたしが見た瞳さんの幽霊って、お父さんが変装してたってこと?

 

 ――――。

 

 いや、それは無いか。

 

 確かにぱっと見、瞳さんの幽霊に見える。暗闇で現れたらビックリするだろう。でもあたし、2週間以上前から毎晩見てる。さすがに気付くだろうし、お父さんだったら、突然現れたり消えたりなんて、できるはずが無い。それに、初めて幽霊見たとき、お父さん、お母さんと一緒に、庭に死体埋めてたよね、確か。

 

 と、いうことは。

 

 お父さんこれから、何するつもりなんだろ? なんて、少し考えればわかる。

 

 お父さんは病室のドアを開け、中に入った。

 

 あたしは静かに病室の前に移動し、そっとドアを開け、中の様子をうかがった。

 

 ……あ、やっぱり。

 

 瞳さんの幽霊の格好をした父、母の首を絞めてる。母を殺そうとしてる。

 

 考えてみれば当然か。

 

 父にしてみれば、離婚しようとした矢先、愛人を妻に殺されたんだ。殺意を抱いてもおかしくないよね。

 

 ま、こういう終わり方も、いいかもね。

 

 これで母が死に、父が警察に捕まれば、愛人を殺された恨みから、父が母を殺した、ってことになる。あたしの身は安泰。両親が2人ともいなくなるのは大変だけど、ま、何とかなるでしょ。初めに描いていた未来とは違うけど、あたし、今の生活から救われることになる。あたしは、幸せになれるんだ、これから――。

 

 だから、泣くことなんて無い。泣くことなんて――。

 

 ――あれ?

 

 あたし、泣いてる? 何で?

 

 母がいなくなる、父がいなくなる。これ、あたしが望んだことだったはず。

 

 なのに、何で泣くの? あたし。悲しくなんてないはずなのに。

 

「……ゴメンネ……」

 

 母の声が聞こえた。首を絞められながらも、漏れるその声。謝ってる。誰に?

 

「……亜弥……ゴメンネ……」

 

 ――あたし?

 

 母の予想外の言葉に、あたし、動揺を隠せない。

 

 何で、何でこんなときに謝るのよ? 謝ったって、許すもんか。あたしがお母さんのせいでどれだけ傷ついたことか! 今更謝ったって、何にもならないよ!

 

 もうこうなったら、ホントのこと言っちゃうけどね。

 

 あたし、気付いてたんだ。お母さんの優しさに。

 

 結衣が泊まりに来るって言ったとき、お母さん、ほんとに嬉しそうだった。友達がいないあたしのこと、心配してくれてたんだ。

 

 高校だってそう。お母さんはあたしのためを思って、北高を受験させたんだ。どうせ通うなら、勉強のできる学校の方がいいに決まってる。お母さんのせいで学校に友達がいないなんて、言い訳。友達ができないのは、あたしの性格がいけないんだよ。

 

 それに、それにね……。

 

 瞳さんが貴美子さんになりすまして、あたしを引き取りたいって言ったとき、お母さんは、瞳さんを殴ってまで、あたしを手渡そうとしなかったんだよ。

 

 これ、間違ってるとは思うけど――あたしのこと、本当に大切に思ってくれてるってことなんだ。

 

 お母さんの持つ理想像って、すっごく厳しい。それに従うのって大変だけど、でもそれって全部、あたしのことを思ってのことなんだよ! あたし、そのことに、やっと気がついた。

 

 でも、でも!

 

 7年前のあの日は、どう考えても許せない!

 

 あたしはお母さんに喜んでもらおうと思って、季節外れだったけど、あの赤いコートを買ったのに! 確かにあたし、箸をかんだり、おみそ汁をこぼしたり、テストで悪い点を取ったり、コップを割っちゃったり、にんじん買い忘れたりしてたけど、でも、だからって、あたしが選んだプレゼントを、あんな風に扱うなんて、そして、それを忘れるなんて、絶対に、許せない!

 

 でもお母さんは、謝り続ける。

 

「……亜弥……ゴメンネ……赤い……コート……本当に……ごめんなさい……」

 

 ――――!

 

 赤い……コート……?

 

 お母さん、もしかして、思い出したの? あの日のことを……。

 

 でも……でも!

 

 今更あたしに、どうしろって言うの!

 

 どうしろって言うのよ!

 

 

 

 

 

 

中学の同級生 第4話 今井亜弥 終

 

 

 

 

 

 

(作者オリジナル)

 

 

 

 

 

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