真夜中の帰り道2
高校を卒業し、県外の大学に進学した奈々が、冬休みを利用して帰ってきたので、あたしは車で市川まで遊びに行った。これはその帰りに起こった話だ。
「ふあぁ。それにしても、今日は楽しかったなぁ。ありがとうね、結衣」助手席で大きく伸びをしながら、奈々が言った。
「ううん、あたしこそありがとう、こんなおそくまで付き合ってもらって」ハンドルを握りながら、あたしは答えた。
時計を見ると、すでに深夜2時を回っていた。眠気も襲ってくるところだけど、楽しかった1日を思うと、少しも眠くない。奈々が帰ってくるのは夏休み以来。実に4ヶ月ぶりだ。しかも奈々は明日には帰るそうなので、今日は思いっきり遊だ。あたしが住んでいる堀北の街と違い、市川はかなり大きな街だ。遊ぶところは比べ物にならないくらい多い。買い物はもちろん、ご飯にカラオケ、ボウリングからゲームセンターまでめぐりにめぐった。この4ヶ月間電話でしか会えずにたまった思いを、今日1日にぶつけた。そんな感じ。そうしているうちに、すっかり遅くなってしまったのだ。
「あ……確か、この先の道だったよね」ライトに照らされる道路を見ながら、奈々が言った。
「ああ、夏休みのときのやつね……もう通らないよ、絶対」露骨に嫌な顔をして見せ、あたしは答えた。
この先、道がふたつに分かれている。海沿いの広い道路と、山の中を走る狭い道路。夏休みに奈々が帰ってきたときも、今日と同じく市川まで遊びに行き、同じように帰りが遅くなった。で、近道しようと、普段は使わない山道を通り、そこで、白いドレスの幽霊に出会ったのだ。以来、あたしはどんなに遅くなっても、山道は通らないようにしている。
分かれ道が見えてきた。左が海沿いの道、右が山道。あたしはためらうことなく、ハンドルを左に切る。
「あれ?」と、奈々。山の中の暗闇へと消えている道を指さす。
「ん? どうしたの?」
「今、道の先に白いドレスの女の人が、手招きしてたような――」
「え、ホント!?」あたし、ぎょっとして、右の道を見る。
「うそ」
「…………」
「…………」
「もう! やめてよね、そういうの!」
「あはは、ごめんごめん」奈々、ペロッと舌を出す。こういうたわいもないふざけあいが、今は懐かしい。
奈々とあたしは幼稚園のころからの幼馴染。小中高と、学校はずっと同じだった。家が近いこともあり、登下校はほぼ毎日一緒。幼稚園から数えると、実に12年間。高校を卒業し、お互い違う大学に進んで、それが無くなったときのさみしさと言ったら……。もう、本当に心にぽっかりと穴があいてしまった感じ。
「はあ、それにしても、奈々、もう明日には帰っちゃうんだね。寂しくなるなぁ」
「まあ、そう言わないの。春にまた帰ってくるから」
「絶対だよー」
「はいはい。あ、でもたまには結衣も遊びに来てよ。あたしの住んでる街、案内するから」
「あ、そうだね。じゃ、今度、みんなも誘って、絶対行くから!」
海沿いの道は緩やかな左カーブに差し掛かる。あたしはハンドルを切りながら、奈々の家に遊びに行くことを想像してみた。1人で行くより、みんなと一緒の方が楽しいよね。明奈たちも誘ってみようかな? うーん、これは今から楽しみ。
「ん? あれ、なんだろ?」
奈々が前方を指さす。見ると、ライトの先に花束が見えた。対向車線の端、歩道と車道の間に置かれている。
「ああ。少し前に、ひき逃げ事件があったらしいよ」あたしは、少し車の速度を落とした。
「ひき逃げ? ここで?」
「うん。なんでも、夜中にこの道を、若いカップルが歩いてたんだって。そこに、車が突っ込んできたらしいの。スピードを出しすぎてカーブを曲がり切れなかったのか、居眠りしてたのかは判らないけど、センターラインを大きくはみ出して、反対側の歩道を歩いていた2人を跳ね飛ばした。2人とも頭を強く打って、即死だったそうよ。車は、その場から逃げだした。警察が調べてるけど、真夜中で目撃者もいないから、今でも犯人は捕まってないみたい」
「へえ……ヒドイ話ね」
奈々はじっと花束を見つる。車は花束の横を通り過ぎる。ルームミラーに映る花束は、徐々に小さくなり、暗闇に吸い込まれていった。
と。
「――――!」
絶句するあたしと奈々。
ミラーに、人の影が映っていた。あたしと奈々じゃない、ふたつの影。今日は、あたしと奈々の2人だけで出かけた。この車に、あたしたち以外の誰かが乗っているはずはない。なのに、いつの間にか、後部座席に誰か座っている。車内は暗く、顔は見えないが、かろうじて、男と女だということは判る。
車内の空気が凍りついていくような感覚。息が苦しい。背中を流れる汗が冷たい。まるで、氷が流れているかのようだ。声が出ない。あたしも、奈々も、ただじっと、ミラー越しに2人の姿を見つめてるだけ。
誰だろう? いつこの車に乗ったのだろう? 判らない。考えても判らなかった。いや、考えたくなかったのかもしれない。考えた先には、嫌な答えが待っていそうだったから。
女の両手が動いた。
あたしの、首の方へ。
あたしは、動かない。動けない。金縛りにあったかのように。
女の手が、首に巻きついた。
冷たい手だ。体温が、一気に奪われてしまう、そんな錯覚。
女の手に、力がこめられていく。
徐々に、息が苦しくなっていく。
でもあたしは――何もできない。ただ、目を閉じた。
そのとき、男が言った。
「こいつじゃ……ないよ」
あたしは目を開ける。
ミラーに映る女と目が合った。
じっと、あたしを見つめる女。車内は暗く、姿ははっきりとは見えないのに、女の瞳だけが、妖しく光っているように感じた。
やがて女は。
「そうね――」
小さく呟いた。
同時に、首にからみつく冷たい手から力が抜けていくのが判った。あたしは大きく息を吸い込む。急激に体内に取り込まれた酸素に、体が拒否反応を起こし、激しく咳きこむ。同時に、金縛りが解けた。ブレーキを踏む。タイヤが悲鳴を上げる。車が停まるのにはかなり時間がかかった。いや、本当はそんなに時間はかかっていないのかもしれない。判らない。感覚がマヒしてる。でもとにかく、車は停まった。そして振り返る。奈々と同時に。
しかし――そこにはもう、2人の姿は無かった。
「今の……何?」咳きこみながら、あたしは奈々に聞いた。聞かなくても、想像はついていたのだが。
「ひき逃げされた、カップル……かな。あはは」奈々の答えは、あたしの想像通りの、でも、もっとも聞きたくない答えだった。
あたしたちは、逃げるようにその場を後にした。
数日後。
その道を通った1台の車が、海に転落するという事故があった。
その車は、偶然にも、あたしの車と同じ型、同じ色だった。
運転手は頭を強く打って即死。その人が、ひき逃げ事件と関係があるのかは、判らない――。
(都市伝説「こいつじゃないよ」より)