Y.U.I.~都市伝説ファイル~   作:ドラ麦茶

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メリーさん

 ――まずい。全然頭に入らない。

 

 あたしは机の上に広げた物理の参考書と問題集を見比べ、絶望の思いにうちひしがれた。

 

 ただいま1学期の期末試験勉強の真っ最中。明日は試験最終日。でもこの最終日ってのが最大の問題で、なんと、物理が待ち構えている。

 

 何を隠そう、あたしは、物理が大の苦手なのだ。

 

 他の教科はなんとかなった。いい点が取れてる自信は無いけど、少なくとも、赤点は取ってないと思う。

 

 でも、物理は別。このままだとあたし、確実に赤点。

 

 高校2年の夏休みは、すべて明日にかかっていると言っても過言ではないのよね。

 

 高校2年の夏休みって言えば、事実上、高校最後の夏休み。来年は受験。夏休みに遊んでいるヒマなんて無いだろう。はかなき17歳の青春の夏の日々を、補習に追われて終わらせるなんて、耐えられない。

 

 それだけは回避しなきゃ。

 

 そのためには、なんとしても赤点を取るわけにはいかない。

 

 でも。

 

 あたしのそんな思いとは裏腹に、そびえ立つ壁は想像以上に高く、道は険しい。

 

「えーと、音の速度は温度によって変化し、温度が1度上がるごとに0.6m毎秒ずつ速くなっていく。音の速さを式で表すと、V=331.5+0.6t(温度)。tの値(温度)が0の時は331.5度となる……」

 

 ――さっぱり判らん。

 

 机に向かって約2時間。ずっとこんな調子。

 

「ああ、こんなことなら普段からきちんと勉強しておくんだった……」椅子の背もたれに寄りかかり、天井に向かって言った。

 

 ……このセリフ、毎回物理のテスト前に言っているような。

 

 しばらくボーっと天井を眺めてる。こうしていると、落ち着く。

 

 ……などと無駄な時間を過ごしているヒマは無い。今はやるしかないんだから。とにかく頭に詰め込まなきゃ! あたしは気合を入れなおし、再び参考書に挑む。

 

 と、そのとき、リビングから電話の音が聞こえた。

 

 入れなおそうとした気合が抜けていくのがわかった。今、家にはあたし1人しかいない。だから、あたしが出るしかない。

 

 仕方なくリビングに向かい、受話器を取った。

 

「はい、宮崎です」

 

 勉強を邪魔された気持ちが声に出ないように気をつけ、なるべく穏やかに言った。

 

「私、メリーさん。今、駅の前にいるの」

 

 …………。

 

 抑揚の無い声だった。女性のように聞こえるけど、はっきりとは判らない。

 

「え? もしもし」

 

 聞き返すが、すでに電話は切れていた。

 

 何だったの、今の? 駅にいることを伝えたかったのかな? でもあたし、メリーさんという人に心当たりは無いし……。これって、やっぱり間違い電話かな。ったく、この大変な時に、間違い電話なんかかけてこないでよ。あたしはすでにいなくなった受話器の向こうの相手に対して文句を言い、受話器を部屋に戻った。そしてまたしばらく、机に向かう。

 

 10分後。

 

 また、リビングの電話が鳴った。

 

 ……人がせっかくやる気になっているのに、なんで邪魔するのよ。

 

 あたしは少し苛立ちながらリビングへ向かう。

 

「はい。宮崎です」

 

 あ、少し感情が出たかもしれない。

 

「私、メリーさん。今、スーパーの前にいるの」

 

 再び抑揚の無い声。さっきと同じ人だ。

 

「あの、もしもし?」

 

 呼びかけるけど、先ほどと同じく、すでに切れてる。

 

「ちゃんと番号確かめてよね!」

 

 乱暴に受話器を置いて、部屋に戻った。

 

 だが10分後、また電話が鳴る。

 

「もう! 何なのよ!」

 

 今度同じ人だったら絶対文句を言ってやろう。そう思い、あたしは受話器を取った。

 

「もしもし!」

 

 今度は感情むき出し。

 

「私、メリーさん」

 

 やっぱり同じ人だった。今度は切られる前にこちらからしゃべる。「あの、どちらにおかけですか?」

 

 でも電話の向こうの相手、あたしの言うことなどまるで聞いていないかのように言う。

 

「今、コンビニの前にいるの」

 

 そして切れる。

 

「何なのよ、もう!」

 

 あたし、受話器を置こうとして、ふと、その手を止める。

 

 …………。

 

 何かが心に引っかかった。何だろう? 考える。

 

 1度目の電話は、駅の前にいると言った。

 

 2度目の電話は、スーパーの前。

 

 3度目の電話は、コンビニの前。

 

 この道順、駅からあたしの家に帰るときに通る道だ。

 

 この後郵便局の角を曲がり、公園の前を通れば、すぐにあたしの家。

 

 あ、やだ。なんか、すっごく嫌な気分。胸の中に、もやもやがたまってる。気持ち悪い。これって多分、不安ってやつ。だってあたし、嫌なこと考えてしまった。電話の相手、あたしの家に向かってる? なんて。

 

 受話器を置き、電話を見つめる。まさか、ねぇ。

 

 そうよ。まさかそんなこと無いよね。駅からの帰り道にスーパーとコンビニがある家なんて、たくさんあるはず。たまたま間違い電話が、あたしの家の環境と一致しただけの話。そう、そうに決まってる。そう考えても、胸の中の不安は消えない。

 

 そのとき、また電話が鳴った。

 

 あたし、大きく震えてしまう。

 

 ……大丈夫。考えすぎよ。あたしは受話器をとった。

 

「私、メリーさん」

 

 同じ、抑揚の無い声。

 

「今、郵便局の前にいるの」

 

「――イタズラはやめてください!」あたしは叫んだ。

 

 電話は、やはり切れていた。

 

 受話器を置く。これって一体何なの? 誰かのイタズラ? うん、その可能性は高い。でも、それで安心はできない。だってあの声、すっごく不気味なんだもの。感情のこもっていないあの声。まるで、人間じゃないみたい。あ、やだ。人間じゃない、なんて、思うんじゃなかった。あたし、ますます不安になる。

 

 再び、電話が鳴った。

 

 ……どうしよう。

 

 またあの声で、「公園の前にいる」と言われたら、あたし、意識を保っていられるかな? 自信はない。ううん、こういうのって、自分で怖いと思うから怖いのよ! あたしは、勇気を振り絞り、受話器を取った。

 

「私、メリーさん」

 

 同じ声。さっき振り絞った勇気、その声を聞いたとたん、どこかへ飛んでいく。あたしは祈る。頼むから、公園の前にいるって言わないで、と。

 

 でも、願いは届かない。

 

「今、公園の前にいるの」

 

 あたしは叩きつけるように受話器を置いた。

 

 まさか本当に、何かが家に向かって来てるの?

 

 何が?

 

 判らない。判らないけど、嫌な予感。

 

 そしてまた、電話が鳴る。

 

 出るのが怖い。公園の前を通れば、あたしの家、もう目の前。どうしよう。そうだ、簡単なことだ。電話に出なければいい。それなら、あの声を聞くことも無い。なんでこんなことに気がつかなかったの。あたしは部屋に戻ろうと、廊下に出た。

 

 でも、現実って無情。あたし、気がつかなかったんだけど、電話、留守電モードになってた。

 

「……発信音の後にメッセージをどうぞ」

 

 機械音声が流れ、ピーという発信音が鳴る。そして、聞きたくないあの声。

 

「私、メリーさん。今、玄関の前にいるの」

 

「――――!」

 

 電話は切れた。

 

 長い沈黙。

 

 じっと、あたしは玄関を見る。

 

 この扉の向こうに、本当に何かがいるの?

 

「バ……バカバカしい。そんなことあるわけ無いじゃない!」

 

 あたし、必要以上に大きな声を出し、心の中の恐怖を追い出そうとする。そうしなければ、恐怖に押しつぶされてしまいそうなんだもの。あ、これって意外と効果あり。大きな声を出したから、少し冷静なれた。考える。普通に考えれば、これってタチの悪いイタズラ。それを確かめる方法は簡単。玄関を開けて外を見ればいいだけ。それで何もいなければ、安心して勉強に専念できる。でも、もし、何かがいたらどうしよう? 何かって何が? 何もいないに決まってるじゃない! だから、確かめればいい。でも……。

 

 ああ、ダメね。あたしの頭の中、考えが堂々巡り。散々思い悩んだ挙句、あたし、キッチンの窓から見ればいいんだって気が付いた。うちのキッチンの窓って、玄関の前が見えるもの。あたしは窓の方へ向かう。閉められたカーテンを少しだけ開け、そこで一瞬ためらうけど、思い直し、思い切って外を見た。

 

 玄関の前には――誰もいなかった。

 

 一気に全身の力が抜ける。

 

「やっぱりイタズラか……」

 

 息を1つ大きく吐く。何をそんなに怖がっていたんだろ、あたし。今までの自分が急におかしく思え、笑った。

 

 そのとき、また電話が鳴った。

 

 ――――。

 

 大丈夫。今度は違う人からかもしれないし、そうじゃなくても、さっきまでのはイタズラだから、気にしなければいい。そう。大丈夫なのよ。あたしは自分に言い聞かせ、受話器をとった。

 

「私、メリーさん」

 

 それはさっきと同じ、感情の無い声だった。

 

 ドクン……。心臓が大きく鳴る。

 

 ――大丈夫。これはただのイタズラ。文句を言って、切ればいい。そう。そうしよう。大きく息を吸い込んだ。

 

 でも、受話器からもれたその言葉を聞き、あたしの心は凍りついた。

 

 

 

「今、あなたの後ろにいるの――」

 

 

 

 翌日、あたしがテストで赤点を取ったのは、言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

(都市伝説「メリーさん」より)

 

 

 

 

 

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