「おっはよー」
朝、教室に明奈が入ってきた。あたしたちはあいさつを返す。「おはよ、明奈」
「あれ? 亜弥は?」明奈はみんなの顔をぐるっと見回し、亜弥がいないことに気がついた。
あたしたち中学の仲良しメンバー、あたし、奈々、明奈、美沙子、亜弥、の5人のうち、一番最後に登校してくるのはいつも大体明奈で、他の娘が明奈より後に登校するのは極めて珍しい。とは言え、まだ亜弥が登校していないというわけではなく。
「亜弥、来てるよ」美沙子が答える「なんか、昨日の授業のことで先生に質問があるとかで、職員室に行ってる」
「なんだ、珍しく遅刻かと思った」明奈は納得したような顔で席に着いた。
亜弥はあたしたちの中では抜群に成績が良く、テストでは毎回トップを争う優等生。来年は高校受験だけど、亜弥は市内1の進学校である北高を受験すると思う。あたしたちとは頭の出来が違う感じ。
「ところでさ、みんな。ちょっとクイズでもしてみない?」唐突に明奈が言った。
「……何? いきなり」奈々が胡散臭そうな目で明奈を見る。
「だから、クイズよ、クイズ」
明奈、瞳をらんらんと輝かせる。それを見てあたし、気付く。
明奈は昔からウワサ話や怪談話が大好きで、どこからともなく怪しげな話を仕入れてきては、みんなに披露するのを何よりの楽しみにしている。明奈があの目をするときは、新しいネタを仕入れてきたときだ。
「また、しょーもない話じゃないでしょうね?」あたしは言った。明奈がする話は結構面白いものも多いけど、中にはとんでもない与太話もあるから要注意なのだ。
「大丈夫大丈夫」明奈、無邪気に微笑む。その笑顔に何となく嫌な予感がするけど、ま、聞きたくないと言ってもどうせ強引に話すだろうし、聞いてあげるか。
みんなが聞く姿勢になったので、明奈、こほんとひとつ咳ばらいをし、真面目な顔で話し始めた。
「――あるところに、愛し合った男と女がいた。2人は結婚し、結婚式には2人の親族、友人、会社の同僚など、大勢の人が出席した。式は何事も無く無事に終わったが、翌日、女は男を殺してしまった。いったい何故――」
「……は?」
思わず返す言葉に詰まる。
「……だから、何故、女は男を殺したか? ってこと」
「それが、クイズ?」
「そう。早く答えて」
と、明奈は嬉しそうに微笑む。みんなの答えに期待大って感じ。
……うーむ。答えて、と言われても、問題が漠然としすぎていて、答えようがない気がする。奈々と美沙子の顔を見ると、やっぱりちょっと困った表情。それでも。
「……えっと、実は女は男を恨んでいて、以前から殺したいと思っていた。それで、結婚したのを機に殺した……とか?」と、奈々が答えたけど。
「ブー。違います」と明奈、楽しそうに言う。ま、そりゃそうだ。それだと、わざわざ結婚した後に殺す意味が判らない。結婚した後に殺すことに意味があったんだろうから、こういうのはどうだろう?
「じゃあ、女は男の財産が目的だった。だから、結婚した後に殺した?」あたしは言った。でも。
「それもブー。まだまだ考えが浅いよ。そんなありきたりな話じゃなく、もっと深く考えないと」
明奈、してやったりと言わんばかりの顔。なんか腹立つな。よーし、ここは絶対解いてやろうじゃないの。
「じゃ、今度はあたし」美沙子が手を挙げた。「男は実は浮気をしていた。それが結婚式の後になって発覚し、女は嫉妬のあまり殺してしまった?」
「残念、ブー。でも、少し近くなったかな?」
近いのか。『浮気』がキーワードかな?
「じゃあ――」と、美沙子が続けて答える。「逆に女が浮気をしていて、男と結婚したのはいいけど、やっぱり浮気相手の方が良くなり、男を殺して、一緒になろうとした?」
「あ、また少しだけ近くなった。でも、ブー」明奈、本当に楽しそうだな。
あたしは手を挙げた。「質問はいいの?」
「どうぞどうぞ」
「男と女は、愛し合っていたんだよね?」
明奈の言った問題を思い出す。最初に、「あるところに、愛し合った男と女がいた」と言ったはずだ。
「そう。愛し合って『いた』の」
だよね。なら、どちらかに浮気相手がいたという線は消える。
…………。
明奈、今なんで『いた』を強調したんだろ? あれ、ヒントかな?
「愛し合って『いた』ってことは、過去形なの?」あたしが訊く。
「お? 結衣、良い質問だね。そう。過去形なの」
過去形。と、いうことは、結婚式までは愛し合っていたけど、結婚式を境に、愛せなくなったということかな?
「つまり、結婚式で何かあったってことね?」
「そう! 結衣、素晴らしい質問だよ! 結婚式であったことが、重要なヒントなの!」
だんだん真相に近づいてきているようだ。なんだか楽しくなってきたぞ。
結婚式を境に、愛せなくなった理由……?
単純に考えると。
「結婚式がきっかけで、他に好きな人ができた?」あたしは思いついたことを明奈に言う。
「そう! その通り! 女は結婚式がきっかけで、別の人を好きになってしまったの!」
……そうか、そういうことか!
「判った! 妻は結婚式に出席した男の友人に一目惚れしてしまった。で、その友人と一緒になりたくて、男が邪魔になった。だから殺した!」
あたしは「どうだ?」という表情で明奈に言った。自信満々の答え。
でも。
「うーん! いい線ついてるけど、違うんだなぁ」
……これでも違うのか。じゃあ、いったい何だ?
ガラガラ。
そのとき、教室の扉が開き、亜弥が帰ってきた。
「あ、亜弥、おはよ」亜弥に声をかける明奈。
「おはよ、明奈。何やってるの?」
「クイズよ、クイズ。亜弥も考えてみて」
と、明奈は嬉しそうに亜弥にも問題を話す。
「……女は結婚式で男の友人を好きになったの?」ここまでの流れを聞いた亜弥は、静かにそう言った。
「そう」明奈が答える。
「なら、こういうことじゃない? 女はその友人を好きになり、もう1度会いたいと思った。でも、会うきっかけが無い。女は考えた。友人に会ったのは結婚式。もう1度結婚式を行えば、その友人が出席してくれるはず。でも、結婚式は2度はできない。なら、どうすればいいか。結婚式が無理なら、別の式をすればいい。すぐに行えて、みんなが集まってくれる式。それは――お葬式」
淡々と話す亜弥。正直、亜弥が言ってることは意味が判らなかった。みんなも同じなのだろう。黙って聞いている。
「――つまり答えは、男を殺してお葬式をすれば、もう1度男の友人に会えるから、じゃない?」
……なんだ? その身勝手な理由は。いくらなんでも、そりゃないでしょ?
と、明奈を見ると。
「……正解」
と、小さく言った。
「ええ? そんなのわかるわけないじゃん!」と、美沙子、怒る。そりゃそうだ。そんな突拍子もない答え、判るわけがない。と言うより、このクイズ自体がおかしい。考え方次第で、いくらでも答えがある。つまり、答えは出題者の気分次第ってことだ。
「……にしても亜弥、よく判ったね」あたしは感心する。こんな明奈の気まぐれクイズをあっさり解いてしまうなんて、さすが北高を目指してると言うべきか。
「そう? 問題聞いたとき、すぐに思いついたけど」
亜弥は、こんなの当然という感じで、席に着いた。
明奈を見ると。
あっさり解かれて悔しがってるかと思ったら、亜弥の方を見て、曖昧に笑っていた。なんだろう? あの苦笑いは。なんか、ウラがあるような無いような……。
考えてみたら、なんか明奈らしくないな。明奈のこの手の話は、たいてい最後に何かとんでもないオチあるんだけど、今回は何も無かったような。
キーンコーンカーンコーン。
始業のチャイムだ。すぐに先生がやってくる。あたしたちも席に着いた。
授業が始まっても、あたしはしばらく明奈のクイズについて考えていた。でも、時間が経つにつれ、だんだんどうでもよくなってきた。ま、あの娘の話には深い意味なんてないことも多いからな。考えてもしょうがないかもしれない。で、昼休みの頃には、そんなことはすっかり忘れてしまった。
が、数年後。
ある事件をきっかけに、あたしは明奈から、このクイズの真意を知らされる。
これはクイズではなく、心理テストなのだそうだ。
この心理テストをしたほとんどの人は、女が男を殺した理由を、
「女は財産目当てだった」
とか、あるいは、女が男の友人を好きになったことが判っても、
「女は男の友人と付き合うため、男が邪魔になった」
と、答えるらしい。あたしたちのように。
でも、一部の犯罪者は亜弥のように、
「男を殺して葬式を出せば、また男の友人に会えるから」
と、答えるそうなのだ。
まさか亜弥がためらいも無くこう答えるとは思わなかった明奈は、あの場でネタをばらすわけにもいかなくなり、曖昧に笑ってごまかしたのだそうだ。
ちなみにこの心理テストは、実際に日本中の警察で行われており、地下鉄に毒ガスをまいた宗教団体の教祖や、近所の子供を殺害しバラバラにして学校の校門前に置いた14歳の少年などが、同じように答えたらしい――。
(都市伝説「犯罪者の心理テスト」より)