Y.U.I.~都市伝説ファイル~   作:ドラ麦茶

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錬金術

 朝、眠い目をこすりながら、あたしは大学のロビーに向かう。いつもここでコーヒーを飲みながら理名と亜美とおしゃべりをし、それから授業に向かうのが日課。ぐるりとロビーを見回す。あ、理名いた。でも、亜美の姿は見えない。朝が弱いあたしと違って、亜美は朝から常にハイテンション。あたしより遅く学校に来ることなんて、めったに無いんだけどな。

 

「おはよー、理名。亜美は?」あたし、自販機で紙コップのコーヒーを買って、理名の正面の席に着いた。

 

「おはよ、結衣。亜美は研究室」

 

「研究室? なんで?」

 

「今日提出のレポートをまとめてるんだって。昨日の夜から徹夜でやってるみたいだよ」

 

「へえ。大変だね。何のレポート?」

 

「錬金術だって」

 

「れんきんじゅつううぅ?」

 

 あたし、ロビー中に響くほどの大声をあげてしまう。錬金術って、物質を金に変えるってやつだよね? 昔の科学者が大真面目にやってた。

 

「……そうあからさまに胡散臭そうな顔しないの。亜美は真剣にやってんだから」

 

「真剣たって……錬金術だよ? そこいらにある鉄や石が、金に変わっちゃうんだよ? マンガや映画じゃあるまいし、そんな夢みたいなこと、できるわけないじゃん」

 

「そんなことないよ。科学的には可能だよ」理名、極めてマジメな表情で言った。あまりに予想外の返答だったので、しばらくあたし、言葉を失ってしまう。

 

「……またまたぁ。騙されないよ」なんとかそう言った。

 

「ホントだって。あんた、ちゃんと授業聞いてる?」

 

 授業? 授業でそんなこと言ってたかな?

 

「……聞いてなかったみたいね」呆れた口調。むう、理名のやつ、あたしの表情を読みやがった。なんか悔しい。

 

 理名は続ける。「元素の種類は原子核の持つ電子の数によって決まるの。だから、電子の数を増やしたり減らしたりすれば、別の元素になるわけよ。金を作るなら、水銀にガンマ線を照射して、原子核崩壊を起こせばいいわね」

 

「……はあ、なるほど」あたし、曖昧な返事。うーむ、物理は苦手なのよね。それ以前に、今の説明が物理なのかどうなのかもわかんないんだけど。

 

「判ったの?」

 

「なんか聞きなれない単語がいっぱいだったのは判った」

 

「……要するに、水銀の原子番号は80だから、原子核崩壊が起これば、陽子が1個はじき出され、原子番号がひとつ下の79の物質、つまり、金になるってわけ」

 

 今の説明がどう要されていたのかはわかんないけど、ひとつだけ理解できたことがあって。

 

「つまり、錬金術が可能ってこと!?」またまたロビー中に響くほどの大声を出すあたし。

 

「だからそう言ってるじゃないの。ちなみにその副産物として、プラチナもできるわ」

 

 うわー。ホントなんだ。それってすごくない? いくらでも金やプラチナができるなんて、大金持ちになれるよ。

 

「『いくらでも金やプラチナができるなんて、大金持ちになれるよ』って、思ってない?」と、理名。むう、また表情を読まれた。

 

「思ってたけど……いけない?」

 

「ま、いけないってことはないけど、そう考えるのは甘いわね」

 

 理名、何やらイジワルげに微笑む。なんだろう?

 

「あるデータによると、質量1.34トンの水銀に50メガ電子ボルトのガンマ線を70日間照射して、6年間の冷却期間を置くことによって、金が74キロ、プラチナが180キロできるらしいの」

 

「げ、金になるまで6年もかかるの? そりゃまた、気が遠くなる話だね」あたし、ちょっとがっかり。そんなに手間がかかるものなのか。「……ちなみに金74キロとプラチナ180キロって、いくらくらい?」

 

「うーん、金もプラチナも相場は常に変動するから正確には言えないんだけど……まあ、金が1グラム3000円、プラチナが1グラム3500円として――」理名、ケータイを取り出し、計算機の機能を使って素早く計算する。「金が2億2200万円、プラチナが6億3000万円か。合わせて8億5200万円だね」

 

「は……はちおくぅ!?」声が上ずるあたし。「ろ…6年で8億5000万なら、年収1億4000万くらいになるじゃん! 十分大金持ちだよ、それ!」

 

「あのね、結衣。ここで問題なのは、金ができるまで6年以上かかるってことじゃなくて、50メガ電子ボルトのガンマ線を、70日間も照射し続けなければならない、ってことなの」理名、やっぱり冷静な口調。

 

「……つまり、それってどういうこと?」

 

「電気代だけで150億円はかかるわ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……ダメじゃん」

 

「そ、ダメなの。まあ、儲かるなら、とっくに誰かがやってるだろうね」

 

「なーんだ。がっかり」あたしのテンション、一気に下がる。いくら錬金術が可能でも、作れば作るほど大赤字じゃ、どうにもならないもんね。

 

「まあ、亜美が今回研究してるのは、違う方法だけどね」

 

「そうなんだ。どんな方法?」

 

「海水から金を抽出するの」

 

「海水? 海の水の?」

 

「そう。海水には微量ながら金が含まれているの。それを抽出してみるんだって」

 

 そりゃまた、突拍子もないことを考えるね、あの娘。でも、海水から金か。これなら元手もかからないし、いいんじゃないのかな?

 

「それにしても、理名も亜美も、よくそんなこと知ってるね。あたし、感心しちゃうよ」

 

「……あんたが勉強不足なだけよ。授業、ちゃんと聞いてなさい」

 

「ん、それを言われると返す言葉もないけど、でも、理名はとにかく、亜美が、ねぇ」

 

「あれ? 結衣、知らなかったの?」

 

「知らなかったって、何を?」

 

「亜美、あれでもあたしより成績いいのよ」

 

「……はぁ?」

 

 そんなバカな。あたし、今までの授業風景を思い返す。理名は優等生で、授業はいつも真剣そのもの。予習復習完璧で、授業中は常にノートにペンを走らせている。それに対してあたしは、一応ノートは取るけど、予習復習なんてしない。テスト前に一夜漬けで勉強するくらいかな。亜美にいたっては、授業中ノートを取ってるところすら見たことが無い。いつも退屈そうに座ってるだけ。勉強なんてあたし以上にしてないと思う。

 

「いるんだねぇ、ああいう娘」理名、軽く溜息を吐く。「全然勉強しなくても、授業聞いてるだけで全部頭に入っちゃうんだと思う。天才ってやつかな? あの娘、北高で3年間ずっとトップだったって話だよ」

 

 北高でずっとトップ!? そりゃすごい。

 

 北高っていうのは、この堀北市で一番の進学高校。卒業後は、東京の有名大学に進学する生徒も少なくない。中にはアメリカやイギリスの有名大学に行く生徒もいるって話だ。

 

「……そんな娘が、なんであたしなんかと同じ大学に入学したの?」

 

「さあ? 家から近いからじゃない?」

 

 ……あの娘ならありそうだな、それ。

 

 なんて話をしていると、ロビーのはずれにあるエレベーターのドアが開き、亜美が下りてきた。

 

「あ、亜美だ。おはよー」あたしは手を振る。

 

 亜美は大きなあくびをしながら手を振り返す。そして、あたしの隣の席に座った。「おはよ、結衣、理名。ゴメン結衣。コーヒーもらっていい?」

 

 亜美は返事も待たずにあたしのコーヒーを飲み始めた。うわ、目の下、真っ黒なクマができてる。こりゃ、相当疲れてるみたい。

 

「で、亜美。レポート、どうだった?」と、理名。

 

「んー。まあ、できたよ、一応」

 

「できたんだ!? すごいね。海水から金を抽出したんでしょ?」あたし、またまたテンションが上がっていく。

 

「うん、まあね。海水に、塩酸とテルルとヒドラジンを加え、沸騰させてろ過するの……はい、これ」

 

 亜美はポケットから透明のプラスチックのカプセルを取り出した。中には何も入っていない。

 

「……何、コレ?」

 

「金だけど?」

 

 これが金? あたし、そう言われて、じっと眼を凝らしてカプセルを見るけど、やっぱり何も入っていない。

 

「……亜美、まさか、『愚か者には見えない金』、なんて言うんじゃないでしょうね?」

 

「言わないよ。そこにホントに金があるの。まあ、肉眼じゃ、まず見えないけどね」

 

「肉眼じゃ見えないって……どんだけ少ないのよ」

 

「はい、これ」

 

 そう言って亜美は、ポケットからルーペを取り出した。あたしはそれを受け取り、カプセルをもう1度見る。

 

「……やっぱり何もないけど」

 

「あるの。よく見て」

 

 そう言われてもなぁ。あたし、もう1度、じっとみつめる。

 

 ……そう言えば、なんか金色に光ってるものが見えるような見えないような、そんな気がしないでもない、かな?

 

「……亜美、これ、どのくらいの金の量なの?」

 

「さあ? 1000分の1グラム以下ってことは確かかな」

 

「それをどうするの……」あたし、またまたガッカリ。

 

「しょうがないでしょ。それだけしか取れなかったんだから。それに、今回のレポートのテーマは金の抽出方法で、採れる量は問題じゃないの」

 

 ……でもまあ、少しとはいえ金が取れるってことが確かなら、海水の量を増やせば、それだけ採れる金の量も増えるはずだから、いつかは儲けが出るんだよね?

 

「結衣……あんた、『海水の量を増やせば、それだけ採れる金の量も増えるはずだから、いつかは儲けが出るんだよね?』って、思ってるでしょ?」

 

 だから理名、表情を読むなっての。

 

「ま、海水の量を増やせば、金の量も増えるのは確かだね」と、亜美。「地球全体の海水には、約50億トンの金が含まれてるって話だし」

 

「ご……ごじゅうおくとん!?」

 

 またまたロビーに響き渡るあたしの声。さっきの理名の話だと、金1グラムが3000円だから、ええっとええっと……とにかく、すっごい値段ななるじゃん! それ!

 

「あのねぇ結衣」理名、やっぱり冷静な口調。「地球全体の海水に対して50億トンって、1グラムの金を採るのにどれくらいの海水が必要か判る?」

 

「うーん、10トンくらい?」あたし、適当に解答。

 

「約200万トンね」

 

「……それってどれくらい?」

 

「東京ドーム4、5杯分かな」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……ダメじゃん」

 

「そ、ダメなの」理名も亜美も、当然、といった表情。うーん。東京ドームを4、5回海水で一杯にして、やっと3000円分か……とても儲かりそうにない。ま、そりゃそうか。理名の言う通り、儲かるんだったら、とっくに他の誰かがやってるよね。うーん。当たり前と言えば当たり前だけど、やっぱちょっと、がっかりだなぁ。

 

 プルプルプル……。

 

 あ、ケータイ鳴ってる。見ると、明奈からのメール。相談したいことがある、だって。何だろ?

 

「あ、そうだ、結衣。金で儲けたいなら、いい方法があるよ」亜美が言った。

 

「え? どんな?」

 

「それ。ケータイ。それを集めるの」

 

「へ? ケータイなんて集めて、どうするの?」

 

「ケータイだけじゃなく、パソコンとか、テレビとか、精密機械の基盤には、金が使われてるの。壊れたやつとか古くなったやつとかを集めれば、結構な量になるはずよ」

 

「結構な量って、どれくらい?」

 

「えーっと、確か、ケータイ1台あたり、約0.03グラムだったかな?」

 

「……少ないじゃん。ケータイ1台あたり、90円ってことだよね?」

 

「まあ、そうだね。でも、ケータイ1万台で1トンとして、そこからは300グラムの金が採れる。これってすごい量だよ。普通の金鉱山だと、1トンの土から採れる金は、約5グラム程度。世界一の鉱山でも、せいぜい50グラム程度らしいからね」

 

「そうは言っても、ケータイ1万台なんて、ムリだよ。あーあ。やっぱ、楽してお金儲けなんて、難しいね」

 

「ま、そりゃそうだね」亜美は大きく伸びをした。

 

「……と。そろそろ授業始まるよ。行こうか?」

 

 理名が時計を見て言った。もうそんな時間か。あたしたちは席を立ち、教室へ向かう。あーあ。亜美、大あくび。眠そうだなぁ。今日の授業、大丈夫かな? まあ、天才だから大丈夫か。

 

 

 

 

 

 

 数年後、亜美はこの、名づけて「ケータイは良質な金鉱山」理論をもとに、携帯電話やパソコンなどの機械を回収する会社を立ち上げ、年間数十億円を稼ぐようになる。天才って、すごいな……。

 

 

 

 

 

 

(作者オリジナル)

 

 

 

 

 

 

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