Y.U.I.~都市伝説ファイル~   作:ドラ麦茶

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死神

「ねえ、ホントに行くの?」

 

 奈々は、明奈と梓に向かって、少し怖気づき気味に言った。

 

「もちろん! そのために来たんでしょ?」明奈、嬉しそうに答える。

 

 今、あたしたち仲良しグループ、あたし、奈々、明奈、梓の4人は、旧校舎の前にいる。高校受験が終わり、ようやく勉強漬けの毎日から解放されたので、久しぶりに肝試しをしようというのだ。今は使われていないこの旧校舎は、幽霊が出るともっぱらのウワサだ。明奈と梓の2人は怖い話や体験が大好きで、こういった心霊スポットと呼ばれる場所には好んで足を運びたがるのだ。もちろん、今回の肝試しも明奈が言い出したことだった。

 

「そうは言ってもねぇ」

 

 あたしも不安げに旧校舎を見上げる。正直、あたしもここにはあんまり来たくない。これまでも何度か来たことがあるけど、そのたびに不思議な体験をしている。

 

 今回、この旧校舎に来たのにはわけがある。今朝、明奈が新しい情報を仕入れてきたのだ。

 

 今年の春、1人の女子生徒が、旧校舎の屋上から飛び降りをしたらしい。警察の調べによると自殺だったらしいけれど、遺書等は見つかっておらず、自殺にしては不自然な点も多かった。学校側はよからぬウワサが立つのを恐れ、女子生徒は転校したことにし、この事実を隠匿した。その女子生徒は今でも夜になると旧校舎の中をさまよっていると言う。

 

 なんとも胡散臭い情報だ。いくらなんでも学校が生徒の自殺を隠すはずもないし、仮に隠したとしても、警察が捜査しているとなると、もっと大騒ぎになるはずだ。どう考えてもあり得ない話で、明奈自身も信じていないに違いない。ただ、みんなで一緒に怖い思いをするのが楽しいのだろう。

 

「……どうする? 結衣」

 

 奈々があたしの腕をつかむ。奈々は怖い話が大好きな割に怖がりだ。明奈が怖い話をするときはキャッキャしてるけど、いざこのような肝試しになると、及び腰になる。

 

「うーん、奈々が行きたくないなら、あたしもやめるけど……」

 

 奈々、本当に怖がっている様子。でも。

 

「盛り上がってるあの2人に水を差すのも悪いよね」

 

 奈々とは対照的に明奈と梓はいつも以上にハイテンション。あの2人に気を使うこともないとは思うけど。

 

「まあ、幽霊なんてウワサだけだよね。しょうがない。行くよ」

 

 奈々、気丈にそう言った。3人が行くと言うのならあたしも断るわけにはいかない。

 

「お? 2人ともやっと覚悟を決めたみたいね。それじゃあさっそく出発!」

 

 明奈、懐中電灯を片手に、嬉しそうに校舎の中へ入っていった。その後を梓、そして、あたしと奈々が続く。

 

 校舎の中はほとんど真っ暗だった。窓から月明かりが射しこむものの、それがかえって不気味さを引き立たせている。明奈の懐中電灯だけでは心もとないので、あたしも懐中電灯を取り出し、点ける。

 

「よし。じゃ、1階から全部見て行こうか」

 

 明奈先導で、あたしたちは進む。

 

 1階には通常の教室と、家庭科室があった。でも、残念ながら家庭科室には鍵がかかっていて、入ることはできなかった。教室は開いていたけど、中は机と椅子が隅に積み上げられているだけで、特に何も無かった。

 

「次、行こ」

 

 明奈は階段を上がる。あたしたちもそれに続く。

 

 2階は、普通の教室と理科室だった。でも、どれも鍵がかかってて入れない。

 

「うーん、つまんないなぁ。窓割って入っちゃおうか?」

 

 無茶を言う明奈。もちろんあたしは止める。明奈はしぶしぶ3階に向かう。

 

 ぴちょん。

 

 そのとき、廊下に音が響いた。ちょうど、水滴が落ちるような。

 

「今の音、何?」明奈、立ち止まる。

 

 みんなで耳を澄ます。ぴちょん。もう1度音がした。

 

「す……水道から水が漏れてるんじゃない?」と、奈々。

 

「でも、旧校舎だよ? 水道、止めてないかな?」

 

「じゃ、雨漏りとか?」

 

「しばらく雨は降ってないでしょ」

 

 明奈、音の原因を確かめに行きたそうだ。奈々は早く終わらせて帰りたい様子。

 

 と。

 

 廊下の端に、何か見えた。

 

 あたしは懐中電灯で照らす。

 

 ――――!

 

 息を飲む。

 

 そこには、人らしき影があった。

 

 フードの付いた、ボロボロの黒い服に身を包んでいる。じっとこっちを見ているようだけど、顔がフードに隠れていてよく判らない。右手に棒のような物を持っている。これも暗くて何なのかよく判らなかった。

 

「結衣、どうしたの?」

 

 不安そうに奈々が聞く。あたしは慌てて。

 

「何でもないよ。それより、早く3階に行こう」

 

 戻ろうとする明奈を引き止め、あたしたちは3階に上がった。

 

 あたしは昔から霊感が強く、ああいった物を見るのは珍しくない。奈々、すごく怖がっているので、わざわざ教えなくてもいいだろう。明奈たちに言うとかえって喜びそうだし。

 

 3階は教室と図書室だった。でも、2階と同じで、どれも鍵がかかっていて入れなかった。仕方が無いので、また階段を上がる。

 

 4階は、通常教室と音楽室だ。教室は開いていたので、明奈と梓は喜んで中に入る。

 

「お!? 何これ?」

 

 明奈が嬉しそうに言い、懐中電灯で床を照らした。

 

 そこには、奇妙な図形が描かれていた。

 

 三角形を2つ組み合わせた星のような形があり、それを円で囲んでいる。円周には英語ともフランス語ともつかない文字のような物がびっしりと書かれてある。

 

「これ、魔法陣ってやつ?」明奈が言った。

 

「魔法陣って、黒魔術で使う、悪魔とかを呼び出すアレ?」と、梓。

 

「誰かがここで悪魔召喚の儀式でもやったのかな?」

 

「エロイロエッサイム、エロイロエッサイム、我は求め訴えたり……ってか?」

 

 明奈と梓、嬉しそうに話す。奈々は怖がってそれどころじゃない。あたしも、ちょっと2人のテンションにはついて行けないかな。

 

 しばらく明奈と梓は教室を見て回ったけど、床の絵以外は特に何も無いので、やがて飽きたのか。

 

「次、行こうか」

 

 教室を出て、音楽室に向かう。でも、鍵がかかっていて入れなかった。

 

「もう終わり? 何も出なかったね」つまらなそうな梓。

 

「やっぱり明奈の話なんて、眉つばだよね」奈々、ほっとしたような口調。

 

「眉つばとは失礼な。あたしはちゃんとリサーチした情報しか話さないよ」明奈が頬を膨らます。

 

「あ、でもまだ屋上があるよ? どうする?」

 

 梓がそう言うと、奈々がまた不安げな表情になる。やっと終わったと思ってたのに、まだ続くのか。

 

「もう帰ろうよ。この様子じゃ、多分鍵がかかってて行けないよ」

 

 あたしは奈々の気持ちを考え、そう言った。

 

「うーん、そうかもね」と、明奈。「じゃ、最後にもう1度、2階を見てから帰ろう。あの水の滴るような音、やっぱ気になるのよね」

 

 えー、と、奈々は反対するけど、明奈と梓は構わず階段を下りて行った。あたしもあんまり行きたくない。あの水の音はともかく、フードの人影が見えた階だ。でも、2人を放っておくわけにもいかず、しぶしぶ後を追う。

 

 2階に戻ってきた。幸い、さっきの場所にフードの人影は無く、ぴちょん、と言う音も、今は聞こえない。少し安心する。

 

 懐中電灯で天井を照らしながら歩く明奈。もちろん、水漏れしている場所なんて無い。そのまま理科室につきあたり、何気なく明奈が扉に手をかける。

 

「あれ? 開いてる」

 

 ガラガラ。扉が開いた。さっきは確かに鍵がかかっていたはずなのに。

 

「な……なんで開いてるの」

 

 不安がる奈々。明奈はそんなことお構いなしで。

 

「ラッキー。おじゃましまーす」

 

 中に入った。梓も続くので、あたしたちもしょうがなく中に入る。

 

 月明かりの入らない理科室は本当に真っ暗だった。明奈が水道を見つけ、蛇口をひねってみる。水は出てこない。

 

「やっぱり水道、止められてるね」

 

「じゃ、あの音、何だったのかな?」

 

 明奈と梓、納得いかない様子で教室内を見て回る。

 

「――――!」

 

 突然、奈々が息を飲んだ。

 

「どうしたの? 奈々」

 

「あそこ、何かいた――」

 

 震える指で、教室の隅を指差す。

 

 あたしと明奈が、懐中電灯でその場所を照らすと……。

 

 浮かび上がる、骸骨!

 

 それは、理科室によくある人骨の模型だったんだけど。

 

 奈々、ものすごい悲鳴をあげ、理科室から飛び出した。

 

 そうなると、模型だと判っていても怖くなってくるもので、あたしと明奈と梓も、慌てて理科室を飛び出した。走ってるうちにどんどん怖くなってきて、いつの間にか全力疾走。

 

 そして。

 

「――あれ?」

 

 立ち止まると、誰もいなかった。みんな、どこに行ったんだろ?

 

「おーい! 奈々ぁ! 明奈ぁ! 梓ぁ!」

 

 みんなを呼ぶ。でも、声は廊下に響くだけで、返事は無い。

 

 おかしいな。この校舎の作りは単純だ。廊下はまっすぐ1本道。迷ってはぐれるような構造じゃない。ひょっとして、逃げ出したのはあたしだけだったんだろうか? そうだとしたら恥ずかしいな。あたし、理科室に戻ろうとして、懐中電灯を向けた。

 

 ――――!

 

 心臓が止まるかと思った。

 

 廊下に、あの、フードの人影が立っていた。

 

 すぐそばだった。顔が、月明かりでも良く見える。

 

 フードの中は――骸骨だった。

 

 フードから伸びている手も、骨だ。そして、その手に握られている棒のような物。先端に、三日月のような光るものが見える。

 

 それは、巨大な鎌だった。

 

 ――死神。

 

 その言葉が、頭をよぎる。

 

 ぼろぼろの服、骸骨、巨大な鎌。その姿は、まさに死神だった。

 

 鎌を振り上げた。

 

 殺される!

 

 そう思った瞬間、あたしは駆け出した。全力で、その場から逃げた。死神が追ってくる。でも、それを確認したわけじゃない。振り返っている余裕なんてない。あたしはただ、逃げる。階段を2段飛ばしで駆け抜け、ドアを開け、校舎を飛び出した。しばらく走って、そこで、ようやく振り返った。校舎の外には出られないんじゃないか。そう思ったから。

 

 でも、死神は校舎を出て追ってくる。あたしは慌てて走る。走って走って、息が苦しくなってきたけど、それでも走るのをやめるわけにはいかなかった。走り続ける。逃げ続ける。目の前に金網が見えた。しまった。逃げる方向を間違えた。校門の方じゃなく、グラウンドに来てしまった。でも、死神はすぐそこまで迫って来ている。他に逃げ場は無い。あたしは金網をよじ登った。幸い大した高さじゃないから、簡単に乗り越えられそうだ。その向こうは学校の外。そこまで行けば助かる。そんな気がして、あたしは無我夢中で金網を上り、上までたどり着き、向こう側に飛び降りようとした。でも。

 

 がしっ。

 

 腕を掴まれた。ものすごい力で引っ張られる。

 

「イヤ! 離して!」

 

 叫び、振りほどこうとする。必死で暴れた。とにかく、金網の向こうへ。この向こう側に行かなくちゃ。逃げなくちゃ! 早く!

 

「結衣!!」

 

 あたしを呼ぶ声。

 

 そして、さらに強い力で引っ張られる。耐えられず、あたしは引き戻された。

 

「あんた、何やってるの!?」

 

 肩を揺さぶられる。

 

 声の主は、明奈だった。

 

 はっとして、見回す。死神の姿は、どこにもない。

 

「急にどうしたの? 突然階段を駆け上がったから、ビックリしたよ!」

 

 へ? 駆け上がった?

 

 あたしは、死神に追われて、グラウンドに逃げたはず。

 

 ――――!!

 

 あたりを見回して、あたしは、背筋が凍りついた。

 

 そこは、グラウンドではなく――屋上だった。旧校舎の。

 

 金網の向こうは、学校の外なんかじゃなかった。遥か眼下に、コンクリートの地面。

 

 あたしは、屋上から飛び降りようとしていたのだ!

 

「一体、何があったの?」

 

 明奈が聞くけど、あたし自身、何がどうなっているのか判らなかった。ただ、じっと金網の向こうを見つめる。やがて奈々と梓も屋上に来た。3人の顔を見て、安心したのだろう。涙が出てきた。我慢しきれず。泣き崩れる。奈々がそっと抱きしめてくれたので、胸に顔をうずめ、しばらく泣いていた。

 

 そしてあたしは、死神に追われたことを話した。でも、3人ともそんなものは見ていないと言う。

 

 ふと、この肝試しの発端となった明奈の話を思い出す。

 

 1人の女子生徒が、この校舎の屋上から飛び降りた。警察は自殺と断定したが、遺書等は見つかっておらず、自殺にしては不審な点も多い――。

 

 明奈のする話だ。真偽のほどは定かではない。関係があるかどうかも判らない。

 

 ただあたしは、もう2度とこの旧校舎には近づかないと、心に決めた――。

 

 

 

 

 

 

(都市伝説「死神」より)

 

 

 

 

 

 

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