うー。緊張する。
時計を見る。あと5分ほどで、特別講義が始まる。大学の講義で緊張することもないと思うかもしんないけど、今日は特別、いや超特別講義なのだ。今回の講師は何と、アメリカ前大統領、ショージ・プッシュ氏なのだ。どういういきさつがあってうちの大学なんかで講義するに至ったのかは皆目見当もつかないけど、とにかく、これってすごい。もう、朝から大学にはマスコミ関係の人やら、警備の警察やら、市や県のお偉いさんやらがたくさん押しかけてる。普段は見慣れぬ光景に、もう、あたしのテンションは上がりまくり。
「少しは落ち着きなさいよ。たかが講義なんだから」理名があきれたような口調で言う。
「だって大統領だよ? アメリカの。大統領は辞めた後も大統領って呼ばれるって、なんかのドラマで言ってたんだよ? 核ミサイルのスイッチを押せる立場にあった人だよ? その命を守るために、優秀なエージェントが何人も命を落としてる人なんだよ?」
「……あんたがなんでそんなに興奮してるのか、全然判んないんだけど。ま、講義が始まったら、静かにしててよね。『よ! 大統領!』なんて、言わないでよ」
「あ、それ、いいかも」
「…………」
理名、あきれ果てた様子。浮かれるあたしに反して、理名と亜美は、いたって平静だった。理名は、さっきから黙々と、ノートに英語で何やら書いている。何でも、今日の講義で、大統領にする質問をまとめているのだそうだ。優等生の理名らしい。あたしみたいにはしゃいだりはしないけど、理名もこの講義を楽しみにしていたのだろう。
それに対して亜美は、机に頬杖をつき、あくびをかみ殺している。本当に興味がないといった感じ。ま、この娘の場合、相手が大統領ならこんなもんだろう。これがハリウッドのイケメン俳優なんかだったら、あたし以上にはしゃぎまくるはず。亜美は、日米問わずイケメン俳優に目が無いのだ。
キーンコーンカーンコーン。
授業開始の合図。しばらくして。
…………。
来たー! 大統領! みんなが拍手で迎える。それに手を上げてこたえる大統領。その周りには、サングラスで黒服の男が数人。テレビでよく見る光景だよ。すごい。
そして、講義は始まった。
数十分後。
…………。
ふあぁ。眠くなってきちゃった。
だって、講義、英語なんだもん(当たり前と言えば当たり前なんだけど)。全然、判んないよ。あー、退屈。
理名を見ると……さすが優等生。大統領の話を聞きながら、せっせとノートに何か書き記してる。あたしには真似できない。退屈しのぎに話しかけたりはできない雰囲気だ。
亜美はと言うと、講義が始まる前と同じで、机に頬杖ついて、あくびをかみ殺している。ただこの娘の場合、あたしと違い、英語が判らなくて退屈なんじゃない。大統領の言ってることが判ってて退屈なのだろう。亜美って他の授業でもこんな感じで、話を聞いてるのか聞いていないのか判らず、ノートも取ったりしないんだけど、それでもなぜか、あたしは勿論、理名よりも成績は優秀なのだから、訳が分からない。
「Then, let's receive the question.」
大統領が言った。えーっと。クエスチョン、って聞こえたから、質問を受ける、ってことかな?
理名が手を挙げた。さすが優等生。大統領は理名を指した。
「The president. Welcome to Japan. I don't throw out shoes to you. Please relieve.」
理名、当然のように英語。場内が笑いに包まれた。大統領も苦笑いしてる。何?
「――今理名、なんて言ったの?」あたしはそっと、亜美に聞いた。
「んー。まあ、『日本へようこそ。これは別れのキスだ』って感じかな」
……アメリカンジョークは判らん。
理名の質問は続く(以下は亜美に通訳してもらいました……)。
「さて、大統領。私はあなたに3つの質問があります。
1・あなたは大統領選挙で総得票数が少なかったのですが、それでも大統領になれたのはなぜでしょうか?
2・なぜ、明確な根拠もなく、イラクを攻撃したのでしょうか?
3・テロは決して許さない、と、あなたは言いますが、歴史上最大のテロ行為は、広島と長崎への原爆投下だと思うのですが、どうですか?」
……理名、言うねえ。完全にアメリカ批判を展開しちゃってるよ。大丈夫かな? 国際問題に発展しなきゃいいんだけど。
大統領、苦笑いしてる。と、そのとき。
キーンコーンカーンコーン。
授業終了のチャイムが鳴った。もう授業は終わりか。早いな。
「ああ、授業は終わりのようだね。いったん休憩にしよう。質問には、次の時間に答えるよ」
大統領はそう言い残し、部屋を出て行った。
「……理名、あんた、あんなこと言って大丈夫なの?」
「さあ? ま、質問を受けると言ったのは彼なんだから、答えてもらいましょうよ。……あ、ごめん、あたし、トイレ行ってくる」
理名も部屋を出た。なんだか怖いよ、理名。
「ずいぶんアメリカのことが嫌いみたいね」と、亜美。見ると、なんだか楽しそうに笑ってる。
「亜美、なんだか楽しそうだね」
「まあね。あたしも就任中のあの大統領の政策には疑問があったし、なんて答えるのか楽しみじゃん。……あたしもトイレ」
そう言って、亜美も部屋を出た。うーん。2人がアンチアメリカだとは知らなかった。この後、どうなるんだろ? 何か不安だな。
10分後。
キーンコーンカーンコーン。
授業再開の合図。
亜美が部屋に戻ってきた。1人だった。
「あれ、理名は?」亜美に聞く。
「へ? 戻ってきてない? トイレにはいなかったけど?」
「戻ってきてないよ。どこ行ったんだろ?」
「…………」
しばらくして、大統領が戻ってくる。理名の席は空いたままだ。どうしたんだろ?
「さて、まだ質問のある人はいるかな?」大統領が言った。
うーん、理名、戻ってこないよ。どうしよう? 質問の時間、終わっちゃうかも。
と言うか、大統領の態度も変だな。理名がいないことに、一切触れない。さっきの質問の答え、どうなったのだろう?
と、思ってると、今度は亜美が手を挙げた。なんだか、ものすごく真剣な表情だ。
「大統領。よろしいでしょうか?」
これ、もちろん英語。なんて言ってるかは後から亜美に聞いたんだけど、このときの亜美、大統領をにらみつけ、指されるのを待たず、一方的に喋り始めた。
「私はあなたに5つの質問があります。
1・あなたは大統領選挙で総得票数が少なかったのですが、それでも大統領になれたのはなぜでしょうか?
2・なぜ、明確な根拠もなく、イラクを攻撃したのでしょうか?
3・テロは決して許さない、と、あなたは言いますが、歴史上最大のテロ行為は、広島と長崎への原爆投下だと思うのですが、どうですか?
4・なぜ、今日はいつもより15分も早く授業のチャイムが鳴ったのでしょうか?
5・私の友達の理名は、どこに消えたのですか?」
大統領は、苦笑いを続けるだけだった……。
(都市伝説「大統領への質問」より)