「ところでみんな、ちょっと相談があるんだけど」
休み時間、いつものように、あたしと奈々と明奈と美沙子で集まって、たわいのない話をしていると、突然美沙子が声を改めた。
「何? 急に?」
「んと……驚かないで聞いてほしいんだけどね」
……ひょっとして、怖い話かな? まさか突然大きな声を出して「お前だ!」とか言うんじゃないでしょうね? それだと意味がわかんないけど。
「あのね、今度の日曜日、あたし、3組の城田君と、デートすることになったの」
その瞬間、あたしたちの世界は凍りついた。
…………。
今、美沙子、なんて言ったの?
判らない。理解できない。デートって何? 食べるとおいしいのかな? もしゃもしゃ。うーん、味がしないな。食べ物じゃないのかも。だったら何だろ? わかんないや。
「……大丈夫?」
美沙子の声で、みんな正気を取り戻す。
……今、美沙子、デートって言ったよね? それも、3組の城田君と?
「な……な……な……」正気に戻っても、あまりにも意外すぎて、うまく言葉が出てこない。
「はい、結衣、落ち着いて」
美沙子に言われ、あたし、深呼吸。ふう。少し落ち着いた。じゃ、改めて。
「なんであんたが、城田君と!?」
教室中に響く声をあげる。
「そんな大きな声で言わないでよ!」美沙子、大慌て。
でも、大声をあげるのも無理はない。城田君はサッカー部のエースで、学校中の女生徒の憧れの的。それがなんで美沙子なんかと!?
「まあ、いろいろあってね。それはいいじゃん。それより、相談なんだけど」
「……何?」
「ん。デートって何をすればいいの?」
…………。
は? なんだ、その質問は?
「だって、デートなんてしたことないんだもん。わかんないよ」
ま、そりゃそうだろう。美沙子はいっつもあたしたちと一緒にいる。男の子と遊んでるところなんて見たことない。けど、そんなこと言ったら、あたしたちだって同じだ。みんな、デートなんて言葉とは程遠い位置にいる。
「てか、そういうのって、普通男の人が企画するんじゃないの?」と、奈々。確かにそれは言える。
「そうかもしれないけど、でも、何も考えずに行っていいのかな?」
うーん、どうだろ? 考えても、判るはずもない。みんな、デートの経験なんて無いのだから。相談する相手を間違えてるような。
「頼りになるのは結衣たちしかいないんだよ。お願い! 一緒に考えて!」
ぱん! と手を合わせ。お願いする美沙子。そう言われると、友達だから放っておくわけにもいかない。
「うーん。やっぱりデートって言ったら、喫茶店で待ち合わせして、それから映画見て、食事して、夜景を見るんじゃない?」
とりあず、マンガやドラマでよく見る光景を思い浮かべ、言ってみる。美沙子、ノートを取り出し、ふむふむと頷きながらメモる。
「でも、あんまりお金のかかることはできなんじゃない?」と、奈々。中学生だからそれも当然か。
「まあ、映画を見るくらいなら大丈夫だけど」と、美沙子。
「じゃあ、駅前で待ち合わせて、ショッピングモールで映画見て、それから堀北中央公園でおしゃべりするってのはどう? なんなら、お弁当を作って行きなよ。お昼代が浮くし」
「うん、それならなんとかなるかな?」
「あ、でも――」と、奈々。「あの公園、芝生の上ではお弁当食べない方がいいよ」
「へ? なんで?」
「あの公園の芝生の上でカップルが寝転がると、別れるってジンクスがあるの」
「あー、あったね、そういうの。懐かしいな」あたしは、昔のことを思い出しながら言った。小学生の時、あたしと奈々、あの公園の芝生の上で寝転がって、その後ケンカしたっけ。
「ふーん、そうなんだ。気をつけるね」
美沙子、ノートに「芝生には近づかない!」と書き、さらに赤ペンで丸をつけ、「ここ重要!!」と記した。テストじゃないんだから……。
「そうだ、中央公園に行くなら、ボートに乗ってみたら?」それまで黙ってた明奈、突然口を挟む。
「ボート? ボートなんてあるの?」美沙子、目を輝かせる。
「うん。ゆったりできて、結構いいと思うよ」
「判った。そうする」美沙子は律義にノートに書く。
「ま、こんなもんじゃない?」あたしは言った。とりあえず、無い知恵を絞り、できるだけのことは考えた。きっと何かの役には立つだろう。そう信じたい。
「ありがとね、みんな。助かったよ」
そう言うと美沙子、教室を出て行った。さっそく城田君に会いに行ったのかもしれない。
「それにしても、美沙子がデートなんて、驚いちゃった」奈々、今でも信じられないと言った様子。
「でも、大丈夫かな? ボートになんか乗っちゃって」あたしは不安げに言う。
「ん? なんで?」
「だって、デートで公園のボートに乗るって、あんまりいいウワサ聞かないよ? 芝生の上に寝転がるのと同じで、ボートに乗ったカップルは別れるって、よく言うじゃない」
「そうだっけ? でも、あの公園のボートでは、そんな話は無いよね」
「ふっふっふ……」と、明奈が不気味に笑う。「確かにあの公園のボートにはそんなウワサは無い。でもね、これは科学的に証明されたことなのよ」
はい? 何言ってんだこの娘。
「初めてのデートでボートに乗るとね、男は女にいいところを見せようと張り切り、女は男のたくましい姿を期待する。でも、ボートの運転って意外と難しいものなの。だから、男が張りきれば張り切るほど失敗し、女はそんな男の姿に幻滅してしまう。だから、別れてしまうのよ」
「……だったら、なんでボートに乗れなんて言うのよ」
「ふん、美沙子のくせに、デートなんて生意気なのよ。失敗しちゃえばいいんだわ。ひっひっひ」
何がひっひっひだ。悪趣味だな。あたしと奈々、軽蔑のまなざしを向ける。そんなあたしたちの視線に気付いた明奈、こほん、と咳払いをして。
「……まあ、この程度で本当に別れるようなカップルなら、どうせうまく行きっこないよ。これは、2人の相性を調べるテストみたいなものかな」必死に言い訳。
ま、それは確かに言えるかな。
あたしと奈々も、芝生の上に寝転がって、それからケンカしたけど、その後すぐに仲直りした。今でも大親友。美沙子と城田君も、大丈夫だよね、きっと。うん。
で、あっという間に日曜が過ぎ、月曜の朝。
「おはよー、みんな」美沙子、笑顔で教室に入ってくる。
「おはよ、美沙子。昨日はどうだった?」
「うん! 楽しかったよ。3人のアドバイスのおかげだよ。ありがとね」美沙子は嬉しそうに言った。良かった。あんなアドバイスでも、役に立ったみたい。あたしと奈々は手を取り合って喜ぶ。明奈だけが、あからさまにガッカリしていた。コイツ、本気で失敗すればいいと思ってたな……。友達付き合いを改めた方がいいかも。
「ボートには乗らなかったの?」と、あたしは聞いてみる。
「ん? 乗ったよ?」
「大丈夫だったの?」
「それがさ、聞いてよ。城田君、ボート漕ぐの下手なんだよね。ぐらぐらして、すごく怖かったよ」
あら。明奈の言う通り、城田君、失敗しちゃったんだ。でも、その割には美沙子、嬉しそうだな。完全に恋する乙女って感じで、うっとりしてる。
……どういうことだろう? この前の明奈の理論だと、美沙子は城田君に失望して、別れちゃうってことになるはずだけど。
「しまった! つり橋効果だ!」突然明奈が声をあげた。
何? つり橋効果って?
奈々と顔を見合わせる。奈々も意味が判らないようで、首をかしげた。
明奈が言うには。
つり橋など、高くて不安定な場所にいると、人は怖くてドキドキする。このとき、異性と一緒にいると、そのドキドキを恋によるものと勘違いをして、その人のことを好きになってしまうことがあると言うのだ。アクション映画などでよくある、危機的状況に陥った男女2人がやがて恋に落ちる……こういうことは、本当にあるらしい。
つまり、城田君の下手な運転によりぐらぐらしたボートは、美沙子に恐怖感を与え、そのことを恋のドキドキと勘違いした美沙子は、城田君のことを好きになってしまったってわけ。
その後、美沙子と城田君は付き合うことになった。明奈は、図らずとも2人のキューピットになってしまったのでした。
(作者オリジナル)