その日、東京に住んでいる梓が久しぶりに帰って来たので、明奈の部屋に集まることになった。3人で夜中までわいわい騒ぐ。明奈は現在1人暮らしをしている。何かと大変だろうけど、誰にも気兼ねすることなく夜更かしできるのは、何ともうらやましい。
「結衣も1人暮らししたら? 気楽でいいよ? 今、実家で暮らしてるの、結衣だけじゃない?」
明奈と梓がそろって言う。そう言えばそうだな。奈々も隣の県の大学に進学したから、当然1人暮らしだし。
でも。
「あたしは駄目だろうな。炊事とか洗濯とか掃除とか、全部1人でやらないといけないんでしょ? そんなの絶対ムリ。朝起きるのだって1人じゃ絶望的だもん。明奈も梓も、立派だと思うよ。ちゃんと自立してて」
「うーん、どうかな? 1人暮らししてるからって、自立してるってわけでもないと思うけど」と、梓。
「ん? どういうこと?」
「だって、この部屋見てよ」と、梓は部屋を示した。「これで明奈が自立してると言える?」
確かに……明奈の部屋はいつ来てもめちゃくちゃのぐちゃぐちゃで、ゴミ屋敷と言ってもいいほどの散らかりようだ。今日もあたしと梓の座る場所を確保するために、どれだけの時間を費やしたことか。
「どういう意味よ? 確かに部屋はちょっと散らかってるかもしれないけど」明奈、頬を膨らます。
どこがちょっとだ、どこが。
でも明奈、昼は学校に通い、夜は生活費を稼ぐためにバイトをしている。部屋を片付ける時間なんて無いのかもしれない。やっぱり明奈って、立派だと思うよ。
……そう言えば。
今まで気にしたことなかったけど、明奈って、なんで1人暮らしを始めたんだろ?
上京した梓や県外の大学に進学した奈々が1人暮らしをするのは当然なんだけど、明奈は市内の専門学校に通っている。実家から通っても不便は無いはずだ。
あたしがそのことを訊いてみると。
「まあ、いろいろあってね……」歯切れの悪い答え。
「いろいろって?」
「んー。ちょっと、親とうまく行ってないと言うか……」
声のトーンが下がる。まずいことを訊いちゃったか? 話題を変えた方がいいかも。
「そうだ。ねえ明奈、中学のときみたいに、なんか怖い話、ないの?」
ナイス! 梓が方向修正してくれた。心の中で感謝。
「うーん、そうねぇ」明奈、ぱっと顔を明るくさせる。やっぱりあんまり訊かれたくないことだったんだ。気をつけないとね。
「あるけど、聞きたい?」
さっきとは違い、凄みを利かせるように、声のトーンを下げる明奈。
「何々? 話して」梓、目を輝かせる。
「いいけど――これ、本当に怖いよ。心臓が凍りつくくらいに……」
明奈は不気味に微笑んだ。その笑顔に、不吉な物を感じる。
…………。
って、このパターンはまずいぞ。あのくだらない話シリーズだ。中学時代、あたしはこれにさんざん苦しめられたんだ。
「いい、やめとく」きっぱりと断る。
「えー。なんで?」
「もう凍死したくない」
「どういう意味よ」
不満そうな明奈の顔を見て、あたしと梓はプッと吹き出してしまった。
「……あ、そうだ。怖い話がダメなら……えっと……」明奈、本棚をごそごそする「……あったあった。これ、見てみない」
そう言って取りだしたのは、1枚のDVDだ。ラベルは真っ白で、市販の物ではないと判る。
「何のDVD?」
「それがさ、今朝、郵便受けに入ってたんだよね。あたしもまだ見てないから、何だか判んないの」
何それ? 気持ち悪い。そう思うけど、明奈はあっけらかんとしたものだ。
「あー。そういうの、劇団の先輩たちにはよくあるよ」と、梓。梓は女優になるのが夢で、今、小さな劇団に属しているのだ。「ファンの人からよく送られてくるの。ビデオレター。『大好きです。ずっと応援しています』とか言うのはましな方で、ヒドイのになると、『愛しています。あなたのことをずっと想っています』とか、永遠と愛の告白してるのもあるの。まったく知らない人から送られてくるから、見るのに勇気がいるらしいよ」
「へえ、そうなんだ」
「うん。でも、ファンの人だから粗末にも扱えないし、結構困ってるみたい」
「ふーん。でも、明奈は別に何もやってないし、ファンから、ってことは無いんじゃないの?」
「ま、確かに。何だろうね?」
「いいから見てみようよ」
明奈は、嬉しそうにDVDをプレイヤーに入れる。この娘、怖いとか気持ち悪いとか思わないのかな?
ぽち。リモコンの再生ボタンを押す。
「うわ、何? これ」モニターに映像が映った瞬間、明奈が嫌悪感をあらわにする。
そこには、眼鏡をかけた男の人がアップ映っていた。小太りで汗ばんでおり、鼻息が荒い。見た目で人を判断するのはアレだけど、正直あたしもキモイと思った。
「誰? これ?」梓が訊く。
「うーん、誰だろ?」困ったように答える明奈。「どっかで見たような気もするんだけど……」
映像は、どうやら自分で自分にカメラを向け撮影しているらしい。男はしばらくもじもじしてたけど、やがてしゃべりだした。「あ……明奈ちゃん……ボクは……いつも……明奈ちゃんを見ています……す……す……好きなんです……」
「お? 来たぁ! 愛の告白! 明奈もスミに置けないねぇ」楽しそうな梓。
「やめてよぉ。マジキモイんだから」心底イヤそうな顔をする明奈。「……っていうかさ、この人が郵便受けに入れたのかな? DVD」
「へ? それって、この人が明奈の部屋の前まで来たってこと? まさか、ストーカー?」と、あたし。
「そう言えば……」明奈、モニターの男をじっと見つめる。「そうだ……思い出した。この人、何度か家の近くで見たことある。じっとこっちを見てて、何だろう? って思ったんだ」
うわぁ。そりゃちょっと、笑い事じゃ済まなくなってきたぞ。
「きょ……今日は……明奈ちゃんの……す……全てを……見たいと思います……」男、挙動不審な感じで言う。
「……全てって……どういうこと?」
「……さあ?」
「…………」
梓も不安になってきたようだ。騒ぐのをやめて、食い入るように見る。
と、画面がぐるっと回転した。どうやら夜に撮影してるらしい。暗闇に、1軒のアパートが映し出されている。
あれ? このアパート、どこかで見たような……。
「――――」
息を飲む明奈。その姿を見て、悟る。
これは……明奈のアパートだ。
画面が揺れる。歩いているようだ。やがて、103号室の前へ。明奈の部屋だ。ぬっと手が現れた。ドアノブをひねる。ガチャガチャ。当然鍵がかかっていて開かない。ほっと、安堵の息を漏らすあたしたち。
「……これ……やばくない?」
「うん。警察に行った方がいいかな……」
男は部屋の前に来てノブを回しただけだ。この行為自体は法律的に何の問題もないだろうけど、その様子を撮影して、それをDVDにして明奈に届けるなんて、異常だ。あまり詳しくはないけど、ストーカー防止法と言うのに引っかかるんじゃないのだろうか?
と、1度男の手が画面から消え、もう1度現れる。
信じられない物を持っていた。
鍵だった。
まさか――。
イヤな予感がする。全員が息を飲む。
男は鍵を差し込み――。
がちゃり。
回った。
ゆっくりと鍵を抜き、ノブを回す。開く、ドア。
3人とも、金縛りにあったかのように動けない。ただ、画面を凝視する。
もしかしたら、似ているけど別のアパートなのかもしれない――わずかに抱いた希望は、もろくも崩れ去る。画面に映ったキッチン。間取りが、この部屋その物だ。食器棚や冷蔵庫、電子レンジの位置はもちろん、メーカーに機種まで一緒だ。
明奈を見た。いつも気丈な明奈だけど、さすがに動揺を隠しきれない。ギュッと唇を噛み、小刻みに震えている。梓も怯えている。どうしていいか判らないあたし。
男はキッチンを通りぬけ、そして、部屋――今まさに、あたしたちがいる部屋に、進む。
部屋の真ん中に。
眠っている明奈が映っていた。
その瞬間――。
空気を切り裂くような悲鳴が、部屋中に響き渡った。
悲鳴をあげたのは。
…………。
ビデオの男の人だった。
……はい? なんだ、これ?
画面が激しく揺れる。どうやら、男は部屋を走って飛び出したらしい。しばらくしてブツッと切れ、後はノイズが映し出されるだけだった。
「……何だったの? 今の」
「……さあ? もう1回見てみようか」
明奈、巻き戻しのボタンを押す。男がキッチンを通り、明奈の部屋に入ったシーンまで戻した。部屋の中央に、眠る明奈。
…………。
「これかな……」
「これだね……」
あたしと梓は、納得して頷いた。
そこに映っている明奈は、この世の物とは思えない、恐ろしい姿をしていた。パジャマはめくれあがってお腹丸出し。ばんざいのような格好をして、布団と垂直になって眠っている。口はだらしなく開いていて、よだれが垂れていた。もちろんすっぴんで、正直、誰だか判らない。そして当然、部屋も散らかり放題。
「これじゃあ、恋も冷めるよねぇ」
「だね。まるでゴミの海に浮かぶトドだよ」
「あの男の人、かわいそうだなぁ」
2人で同情する。
「……あんたらねぇ」明奈が怖い顔で見てる。ちょっと言い過ぎたかな? てへ。
その後、男が明奈の前に姿を現すことは無かった。
明奈は引っ越すこともなく、相変わらずあのアパートの103号室に住んでいる。鍵こそ交換したものの、それ以外は特に気にしていないようだ。警察にも訴えてはいない。
今回の事件で、少しは己のだらしなさを反省し、部屋をきちんと片づけるかとも思ったけど、そのようなことも一切なかった。
今もあの部屋は、ごみ溜めのままである――。
(都市伝説「ファンからの贈り物」より)