Y.U.I.~都市伝説ファイル~   作:ドラ麦茶

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第3夜
真夜中の帰り道3


 高校を卒業し、県外の大学に進学した奈々が、春休みを利用して帰って来たので、あたしたちは車で市川まで出かけた。これは、その帰りにあった話だ。

 

「ふあぁ。それにしても、今日は楽しかったなぁ。ありがとね、結衣」助手席の奈々、腕を伸ばして大きなあくびをしながら言う。

 

「ううん、あたしこそありがと。こんなに遅くまで付き合ってもらって」右カーブに差し掛かり、あたしは大きくハンドルをきって答えた。

 

 時計を見ると、すでに2時を回ってた。普通なら眠気も襲って来るところだけど、楽しかった今日1日を思うと、ちっとも眠くはない。奈々が帰ってくるのは冬休み以来。実に3ヶ月ぶりだ。しかも奈々は明日には帰ってしまうので、今日は思いっきり遊んだ。あたしが住んでいる堀北の街とは違い、市川はかなり大きな街だ。遊ぶところは比べ物にならないくらい多い。買い物はもちろん、ご飯にカラオケ、ボウリングからゲームセンターまで、はしごしまくり。この3ヶ月の間、電話でしか会えずにたまった思いを、今日1日にぶつけた、そんな感じ。そうしているうちに、すっかり遅くなってしまったのだ。普通ならお母さんに怒られるところだけど、ま、今日は奈々と一緒だから、大目に見てもらえるだろう。うん。

 

「あ……そう言えば、確か、この先の道だったよね」奈々が言った。

 

「ああ。去年の夏休みのやつね……もう通らないよ、絶対」あたし、苦笑い。

 

 この先、道が2つに分かれている。海沿いの広い道と、山の中を走る狭い道。去年の夏休みに奈々が帰って来たときも、今日と同じく市川まで出かけ、同じように帰りが遅くなった。で、狭いけれど山道の方が堀北までは早く着くので、近道しようとその道を通った。そこで、白いドレスの女の幽霊が出たのだ。以来、あたしはどんなに遅くなっても、あの山道は通らないようにしている。

 

 分かれ道が見えて来た。左が海沿いの道、右が山道。あたしはためらうことなく、ハンドルを左に切った。これで、白いドレスの幽霊に会うことはないだろう。

 

 とは言え。

 

「でもさ。こっちの道も、安全じゃないんだよね」奈々も苦笑い。

 

 そうなのだ。この前の冬休みに奈々が帰って来たときも、またまた同じように市川に出かけ、またまた帰りが遅くなった。急いでたけど、山道はドレスの幽霊が出るので、こちらの海沿いの道を選んで帰ったのだ。でも、今度はこの道で、カップルの幽霊が出た。

 

「……まあ、あの幽霊は、もう出ないと思うけどね」あまり根拠はないけれど、あたしはそう言ってあげる。

 

「そうだといいけど」表情が固い奈々。

 

 やがて車は、以前その幽霊が出た場所を通る。対向車線に置かれた花束がその目印。ここでひき逃げ事件があったのだ。恐らくその霊がさまよってたんだと思うけど、本当のところは今も判らない。

 

「…………」

 

「…………」

 

 あたしも奈々も言葉が無くなる。何も出ないで、お願い。ただ祈る。自然と、アクセルを踏む足に力が入る。おっと……スピードの出しすぎに注意。心を落ち着け、アクセルを元に戻す。

 

 それからしばらく進んだけど、特に異変は起こらなかった。やっぱりあの幽霊はもう出ないのだろう。

 

「ふう。良かった」安堵の表情の奈々。「ま、そうだよね。山道も海道も、両方幽霊が出て、通るたびに死にかけるんじゃ、堀北と市川、交流断絶しないといけないもんね」

 

「交流断絶って、そんな大げさな」あたしは笑って答えた。

 

 ま、何事もなくて良かった。安心安心。

 

 何気なくメーターを見る。あれ? ガソリンが少ないぞ。メーターは限りなく0を指している。堀北まで帰れるか、かなり微妙だ。困ったな。

 

「ねえ奈々。この先、ガソリンスタンドってあったっけ?」

 

「ん? なんで?」

 

「ほら。ガソリンが無くなりそうなの」あたしはメーターを指差した。

 

「ホントだ。ガソリンスタンドか。どうだったかな? あったとは思うけど、この時間にやってるかな?」

 

 うーん。それが最大の問題なんだよね。すでに深夜2時過ぎ。昔の言い方だと、草木も眠る丑三つ時だ。都会の市川なら24時間営業のガソリンスタンドも珍しくはないし、堀北でも無いことはないんだけど、この辺はちょうど市川と堀北の中間あたりで、民家がまばらにあるだけ。コンビニすら無い地域だ。困ったな。このまま立ち往生なんて勘弁だ。

 

 心配しながらしばらく進むと。

 

「あ。あれ、ガソリンスタンドじゃない?」奈々が前方を指差す。

 

 道路沿いに建つ街灯の心細い明りに照らされ、うっすらとガソリンスタンドの看板が見えた。でも、その看板の電気は点いていない。

 

「うーん。やっぱり、やってないのかな?」

 

「どうかな。あ、でも、中の明かりは点いてるよ」

 

 奈々に言われ、見ると、確かに事務所と思われる建物の明かりは点いていた。少なくとも人はいるようだ。あたしはハンドルを切り、そのガソリンスタンドに入った。給油機のそばに車を止める。

 

 …………。

 

 しばらく待ってみるけど、何の反応も無かった。

 

「誰も出てこないね。やっぱり、閉店してるのかな?」と、奈々。

 

「でも、それなら入って来られないように、チェーンとかしてないかな?」

 

「それもそうだよね」

 

 それからまた少し待ってみるけど、やっぱり建物からは誰も出てこない。しょうがないので、ピピッ、っと、軽くクラクションを鳴らす。すると、ようやく店員さんが姿を現した。背の高い痩せ型の男の人と、背の低い太った男の人の2人。

 

「いらっしゃいませ……」背の高い方の店員さんが言った。ものすごく元気の無い声だった。ガソリンスタンドって、普通、うるさいくらい活気にあふれてるものだと思うけど。表情も暗い。笑顔ひとつ無く、うつむいて、こちらを見ようとしない。太った店員にいたっては、あいさつすらしなかった。

 

「えっと……レギュラー満タンで」ウィンドウを開け、痩せ店員に伝える。

 

「…………」

 

 痩せ店員は、返事をすることも無く、ガソリンを入れ始めた。

 

「なんか、感じの悪いお店だね」と、奈々。

 

「だね。大丈夫かな、ここ?」

 

 正直こんな接客態度のお店はゴメンだ。最初の挨拶が悪かった時点で出て行っても良かったんだけど、この先営業しているガソリンスタンドがある保証はないし、我慢するしかない。

 

 と。

 

 ばん!

 

 フロントガラスを叩かれ、あたしと奈々、ビクっとなる。

 

 見ると、太った店員が、タオルでフロントガラスを拭いていた。もう。驚かさないでよ。

 

 太った店員。そのままサイドウィンドウ、リアウインドウと拭いて行く。その間ずっと、あたしたちを舐めまわすような目で見ていた。まとわりつく視線に、鳥肌が立つ思いだ。

 

 一方の痩せた店員は、あたしたちの方こそ見ていないけれど、じっと、視線は後部座席に注がれていた。そして、なぜか小さく笑っている。

 

 ――なんだろう、このお店。何かがおかしい。そんな気がする。入らなきゃ良かった。でも、いまさらどうしようもない。今はただ、何事もなく終わることを祈るだけ。

 

 給油が終わった。そんなに時間はかかっていないはずだけど、ものすごく長く感じた。よし。後はお金を払ってさっさと帰ろう。もう2度とこのお店には来ない。うん。

 

「……3510円です」

 

 相変わらず愛想も何も無い痩せ店員。あたしは5千円札を渡す。お釣りはいらないです、と言って、さっさと出て行きたかったけど、さすがに1490円は大きいので言わない。

 

 …………。

 

 なんだろう? 痩せ店員、あたしが渡した5千円札を両手で広げ、じっと見ている。早くお釣りを貰って出て行きたいのに。

 

 すると。

 

「……このお札は偽モノですね」

 

 痩せ店員は消え入るような声でそう言った。

 

 は? 何言ってんの? 本物に決まってるでしょ? なんであたしが偽札使わないといけないのよ?

 

「……こちらへ来ていただけますか」

 

 痩せ店員。素早い動きで窓から手を入れ、車のロックを外し、ドアを開けた。

 

「ちょっと、何すんのよ!」あたしは抗議するけど。

 

「……ですから、このお札は偽モノなので、こちらへ来てください」淡々とした口調の痩せ店員。抑揚が無く、不気味だ。

 

「そんなわけないでしょ!? どう見ても本物のお金じゃない! 変な言いがかりつけないで!」

 

 あたしはドアを閉めようとする。でも。

 

 がっ! 痩せ店員がドアを握る。ものすごい力だ。ぐいっと引っ張られ、ドアが開けられる。

 

「こちらへ来てください」

 

 そのままあたしの腕を取った痩せ店員は、無理矢理あたしを外へ引っ張り出した。

 

「ちょっと! 結衣!」

 

 心配した奈々が外に出た。でも、その奈々も、太った店員に腕を掴まれた。

 

「やめて! 放して!」

 

 2人で叫び、もがくけど、どうしたって力は男の人の方が強い。そのまま引きずられるように事務所の方へ連れて行かれる。

 

 やばい。これはやばい。直感的にそう思う。無理矢理事務所に連れ込まれ、一体何をされるの? 判らない。想像したくない。ただ、もがく。でも、無駄な抵抗。あたしも奈々も、そのままなすすべなく事務所の中に連れて行かれた。

 

 そして。

 

 バタン、ガチャリ。

 

 ドアが閉められ、鍵がかけられた。

 

 男たちは、そこでようやく手を放す。

 

 あたしは奈々の手を取り、部屋の隅へ逃げた。狭い部屋だ。それでどうなるものでもない。太った男はドアの前に立っている。とても外に逃げることはできない。

 

 痩せ男が、1歩近づいた。

 

 震える奈々の手をぎゅっと握りしめる。あたしも怖くてしょうがないけど、今、奈々を護れるのはあたししかいないのだ。

 

「近づかないで! 警察を呼ぶわよ!」

 

 あたしはポケットに手を入れる。そこにケータイがあれば良かったんだけど、無い。車の中に置いたままだ。せめて持ってるふりだけでも、と思い、握りこぶしでケータイっぽく見せる。効果があるとは思えないけど。

 

 痩せ男はさらに1歩近づき。

 

 そして――ニヤリ、と、薄気味悪い笑みを浮かべた。

 

 やっぱりムダだった? じゃあ、どうしよう? わかんない。とにかく逃げないと。でも、どうやって!

 

 と、男が。

 

「ええ! 早く呼んでください!」

 

 今までの不気味さがウソのように、大きな、そして、慌てた声で言う。

 

「…………?」

 

 あたしと奈々、何のことか判らず、ただ呆然とする。

 

「そうです! 早く警察を!」

 

 太った店員も同じように慌てている。いったい、なんだって言うのだろう?

 

 あたしたちが理解できないでただ突っ立っていると、痩せ男が、

 

「あなたの車の後部座席……シートの下に、誰かいたんですよ!」

 

 窓の外のあたしの車を指差し、そう言った。

 

 ――それって、まさか!?

 

 あたしは、事務所の窓から、恐る恐る車を見る。

 

 すると。

 

 ゆっくりと、後部座席のドアが開いた。誰かが下りてくる。

 

 まず、足が見えた。

 

 次に、顔。

 

 その人物が、ぎろり、と、こちらを睨んだ。

 

 そして――

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 大きなあくびと同時に、伸びをした。

 

 寝ぼけ眼をこすり、辺りを見回し、あたしたちを探す。

 

「あれ、友達です」

 

 あたしの言葉に、店員さんは、文字通り目が点になった。

 

 車から出て来た人物――寝起き姿の明奈は、ここがどこか判らないというような感じで、しばらくきょろきょろしていた。

 

 あたしたちは今日、3人で遊んだんだけど、夕ごはんのとき、明奈は1人でお酒を飲み始め、そのまま酔いつぶれて勝手に眠ってしまったのだ。しょうがないので後部座席に寝かせておいたんだけど、まあ、寝相の究極に悪い明奈のこと、シートの下に落ちたのだろう。それで目を覚ますような娘ではない。そのままずっと眠っていたのだ。あたしたちも、うっかりその存在を忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 その後、痩せ&太っちょ店員さんは、2人とも平謝り。まあ、悪気があったわけじゃないので、あたしたちも怒るわけにもいかず、それに、お詫びにとガソリン代をタダにしてくれたので、むしろラッキーだった。なかなかいいお店だ。また市川に行くときには、よってみようかな。うん。

 

 

 

(都市伝説「夜のガソリンスタンド」より)

 

 

 

 

 

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