Y.U.I.~都市伝説ファイル~   作:ドラ麦茶

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放置したメールアドレス

 ある日、明奈があたしの家にやって来た。パソコンを使わせてくれ、というのだ。まあ、いつものことである。明奈は高校卒業後、情報処理系の専門学校に通っているけど、パソコンを持っていない。1人暮らしをしていてお金が無いというのが理由だ。なので、レポートをまとめたり、インターネットで調べ物をするときは、よくあたしのパソコンを使いに来る。でも、今日の用事はそのどちらでもないようで。

 

「……ああ、もう。またやられたよ。ダメだこりゃ。とてもまともにプレイできないわ」

 

 明奈、しばらくあたしのパソコンをいじっていたけれど、お手上げ、とばかりに両手を上げた。

 

「何? どうしたの?」

 

 あたしはパソコンの画面を見た。剣を持った戦士風の恰好の男が数人と、画面の奥には大きなドラゴンみたいなモンスターがいる。何かのゲームのようだ。

 

「モンウォリをダウンロードしてインストールしてみたんだけど、ダメね」

 

 どうやら、また勝手に何かダウンロードしたようだ。以前も何やら中国語の怪しげなサイトから怪しげなファイルをダウンロードし、ウィルスに感染しかけたことがある。

 

「ああ。今度は大丈夫だって」明奈、ひらひらと手を振る。「結衣も知ってる国内の大手ゲームメーカーのヤツだから。ちゃんと信頼できるサイトだよ。基本料無料だから、お金もかからないし。でも、パソコンのスペックが全然足りないから、動きがカクカクしてゲームにならないよ。ねぇ、ちゃんとしたグラフィックボード積んでるパソコン買いなよ」

 

 あたしのパソコンは、電器店で10万円以下で売っていたセールス品を、さらにプロパイダ同時契約の割引を利用して買った品だ。安かった分性能もそれなりで、明奈がやるような、3D映像をぐりぐり動かすようなゲームは、逆立ちしたって動かない。グラフィックボードというものが必要らしいのだけど、あたしには何のことだかよく判らない。それに。

 

「なんであんたがゲームやるためにあたしがパソコン買い替えないといけないのよ。あたしはゲームとかやらないから、今のパソコンで十分なの。そんなにゲームがしたいなら、自分で買いなよ。お金が無いなら、パチンコでもすれば? そういうの、得意そうじゃん」

 

「ああ、ダメダメ。ギャンブルはあたし、絶対やらないの。あれは、お金に余裕のある人がやる遊びよ。あたしみたいな貧乏人がやると、どうしても生活かかっちゃうから。それに、パチンコとか競馬とか公営ギャンブルは、必ず経営者が勝つようになってるの。じゃないと会社が儲からないでしょ? つまり、やった時点で遊技者の負けは確定してるの。そんなの、バカらしくてやってらんないでしょ? ギャンブルは、お金のためにやるんじゃなく、あくまでもゲームそのものを楽しむためにやるものよ。だったら、1ゲーム1000円もするような高額ゲームやるより、こういうパソコンの無料ゲームや、家庭用の数千円のゲームやった方が、ずっとお得でしょ?」

 

 おっと。明奈ギャンブル嫌いだとは意外だった。たまにはまともなことを言う。でも、だからあたしにパソコンを買えと言うのだから、感心はできない。

 

「あんたがギャンブル嫌いなのは判ったから。そのゲーム、ダメならさっさと諦めて、あたしと代わってよ。あたしだって用事があるんだから」

 

 しっし、と、ノラ犬を追い払うように明奈を扱うあたし。明奈は「ちぇっ」と舌打ちし、つまらなさそうな顔でパソコンをあたしに譲ると、本棚から適当にマンガ本を出し、ベッドに座って読み始めた。

 

 さて。作業再開しますか。

 

 明奈が来る前、あたしはインターネットのお気に入りの整理をしていた。このパソコンも、もう割と長く使っている。お気に入り登録は増える一方で、そろそろ整理しないと、何が何だか判らなくなる状況だ。

 

 えーっと。このサイトは今でも毎日チェックしてるから、このフォルダに入れて、このサイトは、もう見ないだろうからゴミ箱へポイ。うーんと。このサイトは……全然見てないけど、また新しい商品が出たときはチェックする必要があるかな。一応消さないでおこう。そして……うわ。このサイト、懐かしいな。前は結構ハマったよね。かなり更新されてる。今度時間があるときにでも読んでみよう。もちろん保存、と。さて、次は……。

 

 …………。

 

 あ、これは……。

 

「何、どうしたの?」

 

 いきなり明奈があたしのそばに立つ。マンガ読んでたんじゃないのか。

 

「読んでたけど、結衣がブツブツ言うから気になって」

 

 あらら。あたし、気付かないうちに、独り言、言ってたんだ。気をつけないと。

 

「で、何?」

 

「ん、これなんだけど」

 

 あたしはパソコンのモニターを指す。大手検索サイトのフリーメールサービスのページだ。

 

「これがどうしたの?」

 

「うん。あのね、このパソコン買ったころ、いろんなサイトの掲示板とか、チャットとか利用してたんだけど、そのとき使ってたのが、このサイトのメールアドレスなの」

 

「へえ。プロパイダのメールじゃなくて、ちゃんとフリーメール使ってたんだ。結衣にしては、しっかりしてるじゃない」

 

「うん。そのあたりのことは、ちゃんとネット防犯の本読んで勉強したの。ネット上でメルアド公開すると、悪徳会社とかに収集されて、迷惑メールやウィルスメールが大量に送られてくる可能性があるんでしょ? だから、プロパイダ提供の本アドレスじゃなく、いざというときに簡単に捨てることができるフリーメールを使え、って。で、まあこのアドレスで、いろんな人とメル友になったんだけど、1人、変な人がいてね」

 

「変な人?」

 

「何と言うか……とにかくしつこいのよ。写真を送ってくれとか、電話番号を教えてくれとか、今度2人で会おうよとか」

 

「ああ。サイバーストーカーってやつね」

 

「そう、それ。断っても断ってもキリが無くて、無視することにしたんだけど、それでもしつこくメールしてくるの。だから、もうこのアドレスは使わないことにしたんだ」

 

「まあ、妥当な対応じゃないかな」

 

「それが1年くらい前かな。そのまますっかり忘れてたんだけど……まさか、まだメール送ってるってことはないよね?」

 

「うーん。普通はないだろうけど、どうかな? 何と言っても、相手はストーカーだからね。あたしたち一般ピープルに、その心理を理解することは難しいかな。ま、気になるなら見てみたら?」

 

「えー? 大丈夫かな?」

 

「そりゃあ、何もせずにこのまま放置するか、いっそ削除するのが一番安全だけ思うけどね。でもまあ、返信したりしなきゃ大丈夫でしょ。それに、結衣に惚れる男ってのも、気になるじゃない? どんなモノ好きなのか、見せてよ」

 

 なんか面白がってるな、この娘。ま、いいや。気になるのは確かだ。そのストーカーはともかく、他にもたくさんの人とこのアドレスを交換したんだよね。ほとんどの人にはアドレス変更は伝えたけど、もしかしたら漏れがあって、誰かメールを送って来てるかもしれない。あたしはキーボードを叩き、IDとパスワードを入れた。しばらく読み込みがあり、やがて、メールボックスが表示される。

 

「――――!」

 

 その画面を見て、あたしと明奈、言葉を失う。

 

「件名:ユイちゃんに、この詩を送ります」「件名:この前の詩、読んでくれた?」「件名:最近返事が無いね、忙しいのかな?」「件名:もしかしたら風邪か何かで寝込んでるのかな? 心配です」「件名:何でもいいので、返事ください」「件名:ユイちゃんのことが心配で居ても立ってもいられません。とにかく返事ください」…………。

 

 このようなメールで、ボックスはいっぱいになっていた。このフリーメールサービスは、受信ボックスの大容量がウリだ。添付ファイル付きのメールならともかく、文字だけのメールなら、100通や200通保存しても、全体容量の5%も使わない。しかし、ボックス内の使用容量を表す数字は、ほぼ100%に近かった。いったい、何通のメールが届いているのか? 想像もつかない。もちろん、送り主は全部同じアドレス――あのストーカーだ。

 

 これは……普通じゃない……。

 

 ネット上のこととはいえ、さすがに恐怖を感じる。明奈も、言葉を発せないでいた。

 

 と、そのとき。

 

 ピコーン。

 

 突然の電子音に、思わずビクッとなる。

 

 今のは、新しいメールを受信した音だ。

 

 そのメールが表示される。

 

 

 

「件名:やっとボクのメール、見てくれたね」

 

 

 

 ――――。

 

 なぜ、こんなメールが、今、このタイミングで?

 

 送ったメールを受信側が見たか、見ずに削除したかを知らせる機能がある、という話は聞いたことがある。でも、あたしはメールを見たり削除したりしていない。件名を見ただけだ。なのに、なぜ相手にあたしがこのメールボックスを見たことが判ったのだろう。

 

 

 

 と、その瞬間。

 

 背後に、人の気配を感じた――。

 

 

 

(都市伝説「放置したメールアドレス」より)

 

 

 

 

 

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