Y.U.I.~都市伝説ファイル~   作:ドラ麦茶

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モンスター裁判

 大学での講義が終わり、今日は珍しく亜美も理名も予定が無いということで、久しぶりにおしゃべり会を開くことになった。場所の候補は色々あるけど、今回は無難に、大学から少し離れたところにあるハンバーガーショップで、ということになった。さっそく3人で向かう。

 

 途中、小さな公園を通る。その方が近道なのだ。

 

 しばらく歩いて、あたしは異変に気付いた。

 

「あれ、誰もいないね、公園」あたし、公園内をぐるりと見回す。

 

 あたしたちはよくこの公園を通り道にしてるし、ときどきはベンチでおしゃべりしたりもするけど、いつも、元気よく遊ぶ子供たちや、おしゃべりする主婦たちでにぎわっている。でも今日は、公園内には誰もいない。

 

「あれじゃない?」

 

 理名が砂場のそばにある滑り台を指差した。黄色と黒のロープでぐるぐる巻きにされ、「危険」という札が下げられてある。遊ぶことができない状態だ。

 

「何? あれ?」理名に訊く。

 

「この前ニュースでやってたんだけど、この公園で遊んでた子供が、あの滑り台のそばで転んだらしいの。手すりの所で頭を打って、そのショックからか、失明してしまったらしいのよ」

 

「へえ。そんなことがあったんだ。かわいそうだな」

 

「うん。で、その子の親が、公園の管理者を訴えたらしいよ。今、裁判で争ってるそうなの」

 

「なんで? まさか、管理人が突き飛ばしたの?」

 

「ううん。1人で走ってて転んだそうよ」

 

「……はぁ?」おもわず声を上げるあたし。「1人で転んで、なんで管理人を訴えるの? 意味が判らないよ」

 

「そうね。あたしもそう思う。でも、つまりそういうことで、あの滑り台は使用不可。おかげでこの公園も閑古鳥ってわけ」理名、やれやれという感じで言った。

 

 判らないなぁ。そりゃまあ、失明した子供はかわいそうだし、親も気の毒だとは思うけど、だからって公園の管理人を訴えるのは筋違いなような。

 

「で、その裁判どうなりそうなの?」あたしは訊いた。

 

「うーん。小さなニュースだったから、詳しいことはわかんないけど、まあ、そんな訴え、通らないと思うわ。アメリカじゃないんだから」

 

「そうだよね……って、アメリカなら通るの?」驚くあたし。

 

「かもね。結衣、知らないの? アメリカが裁判大国だって」

 

 裁判大国? うーん。聞いたことあるような気もするけど、詳しい内容までは知らない。

 

「色々無茶な裁判があるわよ? 例えば、飼いネコが雨で濡れて帰って来たので、飼い主のおばあさんは早く乾かしてあげようと、電子レンジにそのネコを入れたの」

 

「はぁ?」またまたあたし、声を上げる。電子レンジにネコ? その発想が理解できない。

 

 困惑するあたしを楽しそうな目で見ながら、理名は続ける。「で、ネコはボン! 怒ったおばあさんは、電子レンジの会社を訴えた。ネコが死んだのは、『生き物を乾かさないように』という注意書きをしていなかった会社の責任だ、ってね。その裁判は見事勝利。おばあさんは何億ドルという慰謝料を手にしたそうよ。以来、電子レンジの注意書きには、必ず、『生き物を乾かさないように』という注意書きが書かれるようになったの」

 

 なんじゃそりゃ。そんなことで何億ドルも貰えるの? どんな裁判だよ、それ。

 

「他にもあるわよ? 喫茶店で彼氏とケンカした女が、ジュースを彼氏にぶちまけた。そして、店を出て行こうとしたんだけど、自分がぶちまけたジュースで足を滑らせ、転んでケガしたの。それは、掃除を怠った店のせいだってことになって、これも何億ドル」

 

 ……なんでだ。お店は客がぶちまけた飲み物を瞬時に掃除しないといけないのか? どんだけ責任重大なんだよ。

 

「後は、娘がハンバーガーを食べすぎて肥満になったのは、お店が食べ過ぎると肥満になるという注意を怠ったためだ、とか」

 

 ……いかん。これは、常識崩壊の危機だ。ハンバーガーを食べたのはその娘の意思じゃないのか? 肥満になる程ハンバーガーを食べる娘を、親は止めることができなかったのか? それとも、その娘はある日突然太ったのか?

 

「そんなわけだから、アメリカの企業は、注意書きとか社員教育とかに神経質になってるらしいよ。なんてったって、些細なミスが何億ドルの損失になりかねないからね。幸い、日本ではこういうとんでもない裁判で勝利した、って話は聞かないけど、似たような訴えを起こす人は、年々増えているそうよ」

 

「そうなの?」

 

「うん。訴えるまでは行かなくても、悪質な苦情を言う人も多い。ほら。最近テレビでもよくやってるじゃない。モンスタークレーマーとか、モンスターペアレントとか」

 

 ああ。やってるやってる。遠足で子供にブランドのバッグだか服だかを持たせたら汚しちゃって、学校に弁償しろって言った、とか、家の手伝いをしなくなるから宿題を出すな、とか。少し前話題になったな。

 

「そう言えば、この前もいたよ。クレーマー」と、亜美が言った。「今から行くハンバーガーショップなんだけど、あたしの隣にいた女の客がね、10円引きのクーポン券を持ってみたいなの。でも、その期限が切れてて、使えなかったらしいの。それがたった1日だから、なんとかならないか、って、ずっとねばってた。結局、1時間くらいやってたわ」

 

 うわ。たかが10円で1時間か。その時間の方がもったいとか思わないのかな。いまどきどんなバイトだって時給700円はあるだろうに。そういう人とは関わり合いたくないな。

 

 などと思いながら、あたしたちは公園を抜け、目的のハンバーガーショップへ。ウイーン。自動ドアが開いた瞬間。

 

「だから、期限が切れたって言っても、たかが数時間じゃない。いいでしょ? それくらい? 10円くらいケチケチしないでよ」

 

 カウンターの方から女の人の声。店員さん、すごく困った顔で、申し訳ありません、と、頭を下げている。

 

「うわ。またやってるよ。同じ人だ」亜美が言った。

 

 さっき言ってた人か。しかも、また10円だって。てか、なんでそんな期限の切れたクーポン券ばっかり持ってくるんだろ。どんな顔してんだ?

 

 と、そのクレーマーがこちらを見た。目が合う。

 

「あ、結衣! 聞いてよ! この店ったらひどいのよ! このクーポン。今日のお昼の12時までしか使えないって、割引してくれないの。いいじゃない。たかが4、5時間くらい。ケチだと思わない?」

 

 その瞬間。

 

 くるり。あたしは回れ右をする。

 

 すぐに後ろを向いたから、顔は見ていない。声も聞こえない。誰だか判らない。

 

「……結衣、まさか、友達?」理名と亜美、すごく退いている。

 

「ううん。知らない人」

 

 それだけ言って、そのまま店を出る。

 

「あれ。ちょっと結衣、待ってよ! あんたも言ってやってよ! 10円くらいでケチケチするなって。ねえ! ちょっと!」

 

 その女の人は叫んでいたけど、あたしは構わずその場を去った。耳をふさぐ。何も聞こえない。何も見ていない。そう。あれが誰だったかは判らない。もちろん、知らない人。うん。そうよ。なんであたしの名前を知ってたのか判らないけど、多分、誰かと間違えたんだろう。たまたまあたしのそっくりさんで、あたしと同じ名前。うん。そういうことって、よくあるよね。さて。今日はあたし1人か。このまま帰ろっかな。うん。

 

 夕暮れの帰り道。カラスがカァと鳴く。明日も天気は良さそうだ。でもなぜだろう。あたしの胸には今にも降り出しそうなどす黒い雨雲が立ち込めているかのようだった。

 

 

 

(都市伝説「ネコレンジ」より)

 

 

 

 

 

 

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