小学生のとき、あたしのクラスに、ある女の子がいた。いつも元気で明るく笑っていたけれど、本当は、とても幸せとは言えない環境で育った子だ。仮に、名前をA子としておこう。
A子の両親は、お互い仲が悪かった。たまにA子の家に遊びに行くことがあったけど、いつも喧嘩をしていた。特に、ヒステリックに叫ぶ母親の声は、今でもはっきりと覚えている。多分、精神的にかなり参っていたのだろう。病院に通っている、と、A子本人から聞いたこともあった。
小学4年のとき、A子の両親は離婚した。A子は父親に引き取られた。母親はどうなったのか、A子は知らないと言った。実家に帰ったのかもしれないし、入院しているのかもしれない、と。連絡はとれないと言う。要するに、行方不明になったのだ。
ただ、母親は離婚の前、A子に手作りのお守りを渡し、こう言ったそうだ。
「これは、お母さんが心を込めてつくったお守りよ。大切にしてね。絶対に、何があっても開けちゃダメよ。お守りの効果が無くなっちゃうからね」
A子はその言いつけを守り、いつもお守りを身につけ、大切にしていた。
小学5年になったある日、A子はそのお守りを見せてくれた。
☆
「ふうん。これ、お母さんが作ったんだすごいね」あたしは、じっくりとお守りを見た。手作りとは言っても、神社とかで売ってるものとほとんど変わらない。よっぽど心を込めてつくったんだろうな。
「でもお母さん、今はどこにいるのか判らないんでしょ?」あたしの隣で、奈々ちゃんもじっくりとお守りを見ている。「じゃあ、A子ちゃんとお母さんをつなぐ、赤い糸みたいのものだね」
奈々ちゃんがそう言うと、A子ちゃんは「そうだね」と言って、笑った。A子ちゃんのお父さんとお母さんは、いっつもケンカしてばっかりだったけど、A子ちゃんは、お母さんのことが大好きだった。本当はA子ちゃん、お母さんについて行きたかったんじゃないかな、と、思うこともある。でも、A子ちゃんは何も言わない。お父さんのことを思ってのことだろう。
「じゃあこのお守り、大切にしないとね」
あたしはお守りをA子ちゃんに返した。
と、そのときだった。
「お? なんだこれ?」
ひょい、っと、横からお守りを取り上げられた。岡部君と石塚君だった。クラスのガキ大将的存在で、女子から嫌われている2人だ。
「ちょっと、やめてよ。それ、A子ちゃんの大切なお守りなんだからね」
あたしと奈々ちゃん、抗議するけど。
「あん? なんだって?」
ギロリ。岡部君に睨まれて、すぐに言葉が出なくなる。あたしも奈々ちゃんも、こういうのは苦手だ。男子に睨まれると、すぐに何も言えなくなってしまう。
でも、A子ちゃんは違った。
「返しなさいよ! それ、お母さんから貰ったものなんだからね!」
ひるんだりせず、しっかりした口調で岡部君に言う。取り返そうとするけど、岡部君はお守りを頭の上へ。背は岡部君の方が高いから、A子ちゃんは届かない。でも諦めず、ジャンプする。
「おっと、パスだ」
岡部君は、石塚君に向かってお守りを投げた。キャッチする石塚君。
そのまま2人はキャッチボールのようにお守りをお互いに投げて渡す。「返して!」と言いながら、2人の間をウロウロするA子ちゃん。あたしと奈々ちゃんは、見てるしかできない。
「……おっと」
岡部君がキャッチし損ねた。指先に当たったお守りは大きく弾み、あたしの足元に落ちた。
そのとき。
はずみでお守りの口が開き、そして、中に入っていた紙が飛び出した。
「ああ! お母さんに絶対開けちゃダメって言われてたのに……」
泣きそうな顔になるA子ちゃん。気が強いA子ちゃんが、あんな顔になることはあまりない。
「へっ。知るかよ」
泣かれると面倒だと思ったのか、岡部君と石塚君は、そのまま教室から出て行った。
もう。ヒドイことするなぁ。あたしあの2人、大っきらい!
あたしは足元のお守りと、そして、飛び出した紙を拾った。
と、紙の隙間から、中に書かれた文字が見えた。小さく折りたたまれた紙で、見えた文字はほんのちょっとだけど、それだけで、書かれてある内容は想像できた。
――――。
あたしは、その紙をお守りの中に戻すフリして、A子ちゃんに見えないように、そっと、ポケットに忍び込ませた。
「はい、A子ちゃん」何気ない顔をして渡す。
「どうしよう……絶対開けちゃダメだって言われてたのに……」いつもの元気が無いA子ちゃん。
「大丈夫だよ。A子ちゃんが開けたわけじゃないし。それに、紙は見てないんだから」奈々ちゃんがフォローする。どうやら、あたしが紙をポケットに入れたことは、奈々ちゃんにもバレなかったみたいだ。
「……そうだといいけど」
「大丈夫だよ。元気出して!」
なんとかA子ちゃんを励まそうとする奈々ちゃん。あたしはそっと、2人のそばを離れた。
ポケットから紙を出す。小さく折りたたまれた紙。それを広げる。
そこには、血のような真っ赤なペンで、大きくこう書かれてあった。
『お前なんか死ね!!』
あたしは。その紙をビリビリに破き、そして誰にも見られないように、ゴミ箱に捨てた。
☆
今思えば、あの頃からA子は、家のことをあまり話さなくなったように思う。
最近になってあたしは、A子が親とうまく行ってないことを知った。詳しいことは判らないけれど、父親との間に何かあったのかもしれない。
そう。A子とあたしは、今でも友達だ。
彼女は、いつの間にかあのお守りを身につけなくなっていた。理由は判らない。もちろん、あの紙に書かれてあったことを、A子に話したことはない。
それにしても。
A子の母親は、なぜあんなことを書き、それをお守りに入れたのだろうか? それは、今でも判らない。
母親は、今も行方不明のままだ――。
(都市伝説「母のお守り」より)