Y.U.I.~都市伝説ファイル~   作:ドラ麦茶

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201号室

 土曜日、明奈から電話があった。引っ越しするから、手伝ってほしいと言うのだ。

 

「何よ、いきなり。あんた、その部屋気に入ってたんじゃないの? それに、いつもお金が無いって言ってるじゃん」いきなりの申し出に、ちょっと困惑するあたし。

 

「それがさ。すっごく安い物件見つけたのよ!」明奈は、興奮を抑えられない口調で話す。「今の部屋より広いのに、家賃がなんと、1ヶ月9千円!! 駅からも近くて、近くにコンビニやスーパーもあるの! すごいでしょ?」

 

「明奈……」

 

「ん? 何?」

 

「その部屋、絶対何かあるよ」

 

「まあ、そうだろうね」

 

 明奈、あっけらかんとそう言う。

 

「そうだろうね、じゃなくてさ。やめといた方がいいんじゃない? いくらなんでも、9千円はヤバいって」

 

「いいのいいの。何と言っても、今の部屋より2万円以上安いんだから! ここも格安だったけど、今度のヤツに比べたら霞むわね。ちょっとくらい不都合があったって、目をつむるよ。だからさ。車、お願いね。引っ越し業者に頼むと高くつくから。ああ。大丈夫。今日中に終わらせなくても平気。今月は、今の部屋もそのまま借りてるから。何と言っても、9千円だからね。今月いっぱいかけて、ゆっくり引っ越す予定」

 

 のんきな口調の明奈。ああ。ダメだ。この娘には未知なるものを恐れるという感情が欠落している。あたしなら、絶対にそんな部屋に住むのはイヤだ。

 

 まあでも。

 

 所詮は明奈だ。その部屋で何かあっても(例えば、毎晩幽霊が出たとしても)、ケロッとしてるだろう。それどころか、かえって喜びそうだ。

 

「判った。じゃあ、車で行くね」

 

「うん。お願いね」

 

 そして、あたしは電話を切った。車に乗り、明奈のアパートを目指す。

 

 ちなみに。

 

 後に奈々は言う。「結衣も、かなり明奈に感化されてるよね……」と。

 

 

 

 

 

 

「……よいしょっと。ふう。とりあえず、これでいいかな」

 

 あたしは後部座席にテレビを詰め込んだ。他にも、荷物でいっぱいの段ボールがたくさん。

 

「うーん。もっと広い車なら、たくさん詰め込めるんだけどねぇ」

 

 いきなり手伝えと言っておいて、文句を言う明奈。

 

「悪かったわね、狭い車で」あたしは唇を尖らせた。

 

 あたしの車は、ウン十年前の軽自動車だ。もちろんあたしが買ったものではなく、お母さんのお下がり。狭いだけでなく、軽のくせに燃費は悪く、走りもイマイチだ。まあ、まだ学生であり、免許を取って間もなく、どこかにぶつけたり擦ったりする恐れもあるので、贅沢を言える身分ではない。ないけど、やっぱり新しい車が欲しいよなぁ。

 

 ま、いいや。それは就職してからの話だ。今はこの車で十分。

 

「よし、じゃあ、さっそく新しいお城に向かいますか」

 

 明奈が助手席のドアを開ける。あたしも運転席のドアを開けて乗ろうとした。

 

「あら? 明奈ちゃん?」

 

 女の人が声をかけてきた。なんだか、ものすごく派手な人だった。胸元が強調された赤いチェックの派手なスーツに、いわゆるマイクロミニと呼ばれる超短いスカート、ブロンドに近い茶のロングヘアー、厚塗りの化粧、強い香水の匂い、両手のゴテゴテとしたデコネイル。いかにも出勤前のキャバ嬢という格好だ。

 

 その女の人を見て、明奈は一瞬、すごくイヤそうな顔をした。でも、本当に一瞬だったから、気のせいかもしれない。

 

「あ、由里子さん……こんにちは」笑顔でそう言った。

 

 誰だろう? 化粧のせいで随分大人っぽく見えるけど、歳はあたしたちと同じくらいかもしれない。明奈の友達かな? 由里子さん……聞いたことのない名前だ。まあ、明奈とは中学卒業後は別々の学校だ。あたしの知らない友達がいても別に不思議じゃない。でも、初対面でこんなことを思うのも失礼だろうけど、ちょっと好感の沸かない娘だな。明奈が付き合うような人には見えない。

 

「どうしたの? こんなに荷物を積んで? まるで、引っ越しでもするみたい」女の人は後部座席の荷物を見て言った。

 

「みたい、じゃなくて、引っ越しするんです。すごく安い物件を見つけて」明奈が答えた。

 

「え? そうなの? 全然知らなかった。言ってくれればよかったに」

 

「ゴメンなさい。由里子さん、お仕事で忙しそうだったから。それに、新しいアパート、ここから近いんで、あたし1人でも大丈夫だと思って」

 

「もう、そんな気を使わなくていいのに。もっと早く言ってくれれば、あたしも車出したわよ?」

 

「いえ、いいんです。そんなに荷物も多くないし」

 

「そう? なら、いいけど」

 

 2人のやり取りを黙って聞いてるしかないあたし。明奈が紹介してくれたらあいさつの1つでもするんだけどな。なんとなく会話に入っていけない雰囲気だ。その女の人も同じようで、あたしの方をチラチラと気にしつつも、声を掛けられないでいるようだった。

 

「由里子さん、これからお仕事じゃないんですか? 時間、大丈夫です?」

 

 明奈がそう言うと、女の人は時計を見て、「あ、ホントだ。ヤバいヤバい。じゃあ行くね」

 

 あたしに軽く会釈をしたので、あたしも返した。そして、そのまま行ってしまった。

 

「――さ、行こう」明奈は、その人を見送るでもなく、つまらなそうな声でそう言うと、助手席に座り、ドアを閉めた。なんとなく、あの人のことにては触れてほしくないような雰囲気ではあったけれど、訊かなければそれはそれで気まずい。

 

「今の誰? 学校の友達?」運転席に座り、シートベルトをしながら、あたしは何気ない感じで訊いた。

 

 明奈はしばらく何か考えていたようだったけど、やがて小さな声で言った。「あたしのお母さん」

 

 あたしは笑った。どう見てもあの人、そんな歳には見えない。「またまた、そんなこと言って」

 

 すると明奈も笑い、「あは。冗談だよ。ただの友達」

 

 ……と言うと思ったんだけど。

 

 明奈は真剣な表情のままで、ただ、じっと前を見ているだけだった。

 

 あたしは、笑うのをやめた。「……まさか、ホントに?」

 

「そうよ。冗談じゃなく、ホントに母親。あたしより1つ年上だってさ。笑えるでしょ?」

 

 明奈はイライラしたように頭を掻き、そして、小さな声で「バカみたい」と、吐き捨てるように言った。

 

 あたしは、ただ黙っているしかなかった。

 

 そう言えば明奈の両親は、小学4年生の時に離婚したんだっけ。そして、父親に引き取られたはずだ。じゃあ、あの人は父親の再婚相手なのだろうか? あんな若い、たった1つしか違わない人が。

 

「……ゴメンゴメン。なんか、変な雰囲気になっちゃったね。さあ、早く行こう!」

 

 どう見ても無理して元気にふるまっているような声の明奈。普段は脳天気でお気楽なヤツなのに、色々あるんだな。そう思ったあたしは。

 

「そうだね。よし! じゃあ、すっとばして行きますか!」

 

 明奈に負けないように、必要以上に元気に言った。

 

 

 

 

 

 

 車で5分ほど走ったところに、そのアパートはあった。あたしの家からは少し離れてるけど、確かに駅からは近い。また、アパートの外見から判断だけど、前のところよりも格段に新しそうだ。これで9千円なら、確かに悪くはないな。

 

 そのアパートの201号室が、明奈の新しい部屋だそうだ。適当に荷物を持ち、階段を上がる。上がったすぐそばに、201号室のドア。明奈が鍵を開け、中に入った。あたしも続く。

 

 その瞬間。

 

 ゾクゾクゾク!

 

 あたしの背中に、まるで氷の刃でも刺さったかのような悪寒が走った。

 

 これは久しぶりの、霊感が働く合図だ。これはちょっとヤバいぞ。さっきの明奈の母親の件ですっかり頭から飛んでたけど、ここは月9千円の格安物件だ。普通の部屋であるわけが無い。

 

「ねえ、明奈」

 

「ん? 何?」

 

「本当にこの部屋に住むの?」

 

「何言ってんの、今さら。当たり前でしょ?」

 

「悪いことは言わないわ。絶対、やめといた方がいい」

 

 真剣な表情で訴えたけど、明奈は相変わらずあっけらかんとしたものだった。大丈夫大丈夫、と、手をひらひらし、次の荷物を取りに階段を下りて言った。

 

 いや、さすがの明奈でも、これは大丈夫じゃないような気がする。あたしは部屋を見回す。明奈の言う通り、前の部屋と比べるとかなり広い。でも、この部屋にいると、胃が締め付けられるような、あるいは、頭が締め付けられるような、もしくは、肺が締め付けられるような、そんな、気持ち悪さや息苦しさを感じる。

 

「この部屋に、住むのですか……?」

 

 玄関の方で声がした。振り返ると、初老の女の人が立っていた。多分、このアパートの住人だろう。

 

「あ、えっと……友達が住むことになります。よろしくお願いします」あたしは、ぺこりと頭を下げた。

 

「やめておいた方がいいと思いますけどね……」女の人はそう言って、自分の部屋に戻ろうとする。

 

「あ。あの、ちょっと待ってください」あたしは慌てて呼び止めた。「どういうことですか?」

 

 女の人は、最初は渋るような顔をしていたけれど、やがて、ポツリポツリと話し始めた。

 

 その女の人は、もう10年近くこのアパートの202号室に住んでいると言う。この201号室には、この10年で、数えきれないほどの人が入居したけれど、みんな、2週間以内に引っ越してしまうと言うのだ。

 

「何があるのか、私には判りませんよ。みんな、夜逃げ同然に逃げ出してしまうのです」

 

 そう言うと、女の人は自分の部屋に入った。

 

 入れ違いで、明奈が荷物を持って戻って来た。あたしは今聞いた話をした。

 

「へえ。そうなんだ。面白いね。何があるのか、この明奈さんが見届けてやろうじゃないの。ついでに、10年間誰にも破ることができなかった記録を塗り変えて上げるわ」

 

 ダメだ。この娘には、何を言ってもムダそうだ。

 

 しょうがないので、あたしも荷物を運ぶ。やがて夜になった。明奈はこのままこの部屋で寝ると言う。

 

「何かあったら、夜中でもいいから、とにかく電話してきて」

 

 そう告げ、あたしはそのアパートを後にした。

 

 その夜、あたしはなかなか寝付けなかった。明奈から電話がかかってくるかと思ったけど、そんなこともなく、ようやくうとうとしかけたのは、外がすでに薄明るくなる頃だった。

 

 

 

 

 

 

 日曜日。お昼前に目が覚め、すぐに明奈に電話をする。明奈はすぐに出た。

 

「もしもし、明奈? どう? 何かあった?」

 

 早口で訊くけど、明奈は平然と。

 

「んー。別に。何にも無かったよ」

 

 そう答えた。

 

 何も無い? それはそれで良かったけれど、なら、あのとき感じた悪寒は何だったのだろう? あれは確かに、あたしの霊感が働く合図だった。

 

「まあ、とりあえず今日も引っ越しの作業するから、ヒマだったら、車出してよ。今、前のアパートにいるから」明奈はそう言った。

 

 心配でもあったので、あたしはさっそく車で明奈のところへ向かった。

 

「ありがと、結衣」

 

 車を止めると、明奈は早速荷物を積み込み始めた。

 

「あんた、本当に大丈夫だったの?」確認せずにはいられないあたし。

 

「だから、大丈夫だって。何かあったように見える?」

 

 そう言って、明奈はこぶしを握ってパンチを繰り出したり、軽くステップを踏んで見せたりする。確かにいつもの明奈だ。顔色もいい。何も無いと言うのは本当らしい。まあ確かに、何かあったのなら、こっちが訊かなくても、明奈の方から嬉しそうに報告してくるだろう。

 

「……強いて言うなら、ちょっと、寝苦しかったかな? 夜中に目が覚めたのよ。あたし、あんまりそういうことは無いんだけどね。まあ、絶対無いってことでも無いから、特におかしいってことはないけど」明奈は、思い出したようにそう言った。

 

 夜中に目が覚めた……か。確かに、その程度なら異変とは言えないだろう。

 

 本当に、あの部屋には何も無いのだろうか? だったら、みんななぜ、2週間以内に引っ越してしまうのだろう? それは、いくら考えても判らない。

 

 今の段階で引っ越しを思いとどまらせる理由はないので、とりあえずあたしはその日も明奈を手伝った。やがて夜になり、あたしは家に帰る。明奈はその日も201号室で寝たらしい。

 

 翌日。月曜日だ。昼はあたしも明奈も学校。その後あたしはヒマだけど、明奈はバイトがあるので、今日の引っ越し作業はなしということになった。寝る前に電話してみる。明奈は、今日もあの201号室にいるらしい。でも、やはりこれと言って何も無いと言う。

 

 そのまま3日目、4日目が過ぎた。そして、5日目にあたしが電話をしたとき、明奈は、ようやく異変を訴えた。

 

「いや、異変って呼べるかどうかは判んないんだけどね。なんかさ、毎晩、夜中に目が覚めるのよ。それも、ぴったり2時」

 

 2時――丑三つ時と言うやつだ。昔からこの時間は、魑魅魍魎が跋扈すると言われている。要するに、幽霊や妖怪が出やすい時間帯なのだ。

 

 明奈は話を続ける。「それとね、目が覚めたとき、必ず、コツン、って音がするの。最初は、何の音か判らなかったの。ただ、部屋の外、階段の方から聞こえたのだけは判ったんだけどね。1日目は、1回だけ。そのときは別に気にならなかったけど、次の日も、やっぱり聞こえたの。それも、今度はコツ、コツ、って、2回。3日目も聞こえた。今度は3回。それで気付いたんだけど、あの音、多分、階段を上がるときの足音だと思うの」

 

「――――」

 

「すぐに外に出て、階段を見たけど、誰もいなかったわ。でも、次の日も聞こえる。今度は4回。だんだん、近づいてくるのよ」

 

「ちょ……ちょっと待って」あたしは、大きく息を吸い込んだ。無意識のうちに、呼吸を止めていたらしい。「確かその部屋、引っ越してきた人は必ず2週間以内に引っ越すんだったよね? もしかして――」

 

「結衣も気付いた? そう。あたしも気付いて、数えたの。階段の数。そしたら――」

 

 ごくり。あたしは息を飲んだ。

 

「そしたら――13段だったわ」明奈は、重い口調でそう言った。

 

 13。不吉とされている数字だ。

 

「色々調べてみたんだけど、アパートとかで、階段を13段にしているところって、ほとんど無いんだって。やっぱり不吉な数字だから、建設会社が自然に避けるそうなの。でもたまに、こういう物件もあるらしいわ。設計ミスが原因らしいけど」

 

 あたしは何と言っていいか判らず、ただ黙って明奈の話を聞いていた。

 

「まあ、それでも月9千円は魅力的だから、もう少し様子を見るよ。とりあえず、2週間を過ぎれば安全だと思うから」

 

 明奈はその日も、その部屋で寝たようだった。後から訊くと、やっぱり、その夜も2時に目が覚め、そして、コツ、コツ、という足音が、5回、聞こえたそうだ。

 

 それからしばらく、明奈とはあまり連絡が取れなくなった。学校とバイトで忙しいらしい。ただ、やはりあの201号室に寝泊まりしており、夜中の2時に目が覚め、足音は1つずつ増えていると言う。

 

 1週間が過ぎ、10日が過ぎ、そして13日が過ぎた。金曜の夕方、あたしは明奈に電話をした。

 

「うん。昨日の夜――正確には今日の2時だけど――で、13回の足音。あと1歩であたしの部屋だよ」

 

 明奈は、相変わらずお気楽な声でそう言った。

 

「そんなのんきに言ってる場合じゃないでしょ? 今日、どうするの?」

 

「うーん。何が起こるか興味はあるんだけどね」

 

「ダメよ! 絶対!! 前の部屋、まだ借りてるんでしょ? だったら、今日はそっちで寝て! お願いだから!!」

 

 あたしが懇願するので、明奈はしぶしぶ了承してくれた。

 

 

 

 

 

 

 翌日。土曜日。

 

 朝一番に起きると、あたしはすぐに明奈のアパートへ向かった。前の部屋で寝るとは言ったものの、あの娘のことだ。面白半分であの201号室で寝た可能性も大いにある。

 

 明奈の前のアパートに着き、103号室のドアを勢いよく叩く。しばらくして、明奈が眠そうな顔で出て来た。良かった。ちゃんとこっちで寝てくれたみたいだ。

 

 その後、簡単に支度を整え、あたしたちはあの201号室へ向かった。

 

 13段の階段を上がると。

 

 ――――。

 

 あたしたちは、言葉を失う。

 

 201号室は、めちゃめちゃに荒らされていた。

 

 もちろん、明奈の部屋はいつも滅茶苦茶のぐちゃぐちゃなのだけれど、それは前の部屋の話だ。この部屋は、引っ越したばかりで、荷物はほとんど段ボールに入っていて、部屋の奥に積み上げられた状態だった。

 

 でも今は。

 

 全ての段ボールは引き裂かれ、中身がぶちまけられている。本棚やタンス、テレビや冷蔵庫などの家具も全て倒され、窓も割られ、ドアも、蹴り破ったかのように吹き飛んでいた。まるで、誰かがこの部屋で暴れたような――それも、大勢で――そんな惨状だった。

 

 さすがの明奈も、この部屋に住むのは諦めた。2部屋同時に借りていたのは正解だった。前の部屋の大家さんに相談したところ、まだ来月の借り手は決まっていないとのことで、そのまま住んでいいと言われた。明奈は、その日のうちに201号室を引き上げた。

 

 

 

 

 

 

 その後、あたしはたまに、そのアパートの前を通る。ほとんどは空き部屋のままだけど、まれに、誰かが住んでいる気配がある。

 

 でも、やはり2週間ほどで元の空き部屋になっているのだ――。

 

 

 

(都市伝説「13階段の物件」より)

 

 

 

 

 

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