西高での生活も、早くも2年の冬が終わった。3月1日。今日は、水嶋先輩の卒業式である。
「で、どうやって告白するかは、決めたの?」
体育館。壇上では3年生が卒業証書を受け取り、涙する姿も見られるけれど、恵梨香はそんなことそっちのけで、奈々と話している。告白とは、もちろん水嶋先輩のことである。
「告白なんて……そんなの、できるわけないでしょ!」真っ赤になって否定する奈々。
「何でよ? 校庭のあの伝説の樹の下で告白するチャンスは、今日しかないのよ?」
恵梨香が言ってるのは、あたしたちの高校に代々伝わる伝説だ。校庭に大きな桜の樹があり、卒業式の日、その樹の下で女の子から愛の告白をすると、その2人は永遠に結ばれる、というのだ。誰が考えたのかは知らないが、もうちょっとマシな伝説は無かったのか、と思ってしまうような話だ。でも、この学校では意外と人気があるらしく、去年の卒業式の日も、何人もの生徒があの樹の下で告白をしていたようだった。
「そんなことしてもムダだよ、きっと。先輩は、あたしなんかには興味無いから。ううん。あたしだけじゃないよ。先輩は、バスケだけしか見てないの。女の子と付き合うとか、そういうの、全然考えてないと思う」
奈々、笑いながら言う。でも、その笑顔には少しだけ影が見えた。
まあ、奈々の言うことはもっともだと思う。バスケ部のエースである水嶋先輩は女子から大人気で、たくさんの娘が、今日の日を待ちきれず告白したようだけど、皆撃沈し、屍の山を築いていったらしい。
「今はバスケ以外のことは考えたくないから」
と、いうのがその理由だそうだ。
西高の男子バスケ部は、去年と今年、2年連続でインターハイの決勝大会へとコマを進めた。しかし、残念ながら両年とも3回戦での敗退となり、ベスト16にとどまった。それはそれでスゴイことだけど、水嶋先輩はそれで納得する人じゃなかった。目標はあくまでも全国制覇で、その夢は、大学で叶えるつもりだろう。バスケで有名なK大への進学が決まっている。そんな先輩だから、今、恋愛なんて頭の片隅にもないはずだ。
「まあ、奈々が告白しないのなら、ライバルが減っていいけどね」と、恵梨香。
恵梨香、告白するつもりなのか? この2年間、先輩にしつこく付きまとい続け、心底嫌われていることに気付いていないのだろうか?
「嫌われてるとは失礼ね。ただ、先輩がシャイなだけだよ」
平然とした顔で言う。この強靭な心が半分でも奈々にあればいいのにな。いや、半分でも多すぎか。10分の1、ううん、100分の1くらい?
おっと、先生が睨んでる。おしゃべり終了。おとなしくしてよう。
卒業式は無事終了し、その後、教室で簡単なホームルームを終えたあたしたちは、さっそく校庭の伝説の樹へ向かう。恵梨香が昨日、「卒業式が終わった後、校庭の桜の樹の下で待ってます」という手紙を、水嶋先輩の靴箱に入れておいたのだ。
「うわ。たくさんいるね」あたし、思わずため息。伝説の樹の下には、すでに10人以上の告白待ちの女子が集まっていた。まさか、全員水嶋先輩狙い? なわけはないだろうけど、でも、半分くらいそうだとしてもおかしくはない。
「競争率は高そうね。よし。今のうちに間引いとくかな」関節を鳴らし、物騒なことを言う恵梨香を、ひっぱたいて止める。そんなことをしても、この娘には万にひとつの可能性も無いだろう。
「あたし、やっぱ帰るよ」気弱なことを言う奈々。
「何言ってんの。恵梨香じゃないけど、チャンスは今日しかないのよ? せめて想いだけでも伝えとかないと」励ますあたし。確かに水嶋先輩はバスケ一筋で、恋愛なんか眼中に無さそうではあるけど、奈々とは割と仲良くやっていたように思う。早朝の公園で、奈々の練習に付き合ってくれるのはしょっちゅうだったし、学校の部活でも、頻繁にアドバイスをしてくれていた。なので、これはもしかしたらもしかするかも!? という思いも、無いでは無い。
しかし。
その後、10分待っても、30分待っても、1時間待っても、水嶋先輩は現れなかった。
「ほら。やっぱり来ないよ、先輩」奈々、安心したような、がっかりしたような、そんな複雑な表情。
「まあ、呼び出しの手紙がこの娘じゃ、ねぇ」と、あたしは恵梨香を見た。
「そう思ってあたし、無記名で出したんだけどな」
……それ、自分でも避けられてるのが判ってるってことじゃないのか。
樹の周りを見回す。10人ほどいた女子は、今は半分になっている。みんな、意中の人に告白しては、喜んだり、泣いたりして帰っていった。残りの半分は、まだ待っている。もしかしたら本当に水嶋先輩狙いなのかもしれない。でもその数も、やがて1人、2人と減っていく。諦めたのだろう。泣いてる娘もいた。
「ま、しょうがないか」恵梨香はあっけらかんとしたものだ。さすが恋愛ターミネーター。
「そうだね。帰ろうか」と、奈々も同意。
「てかさ、この伝説、おかしくない?」と、恵梨香。
「ん? 何が」
「だってさ、見てよ、これ」頭上を指差す。
見上げた桜の樹は、見事なまでに丸裸だ。つぼみ1つ見当たらない。まあ、それも当然だ。今は3月1日。桜が咲くには早すぎる。
「こんな樹の下で告白したって、全然絵にならないっての。誰よ? こんな話考えたの」
恵梨香の言葉に、あたしと奈々は笑った。確かに、入学式のときは桜が満開で、この話を聞き、情景を思い浮かべ、ロマンティックだなと(奈々は)思った。でも、実際この日を迎えると、ロマンティックとは程遠い。まあ、現実はこんなものだろう。
校庭を後にしたあたしたちは、一応水嶋先輩を探して、あちこち覗いてみたけれど、教室にも、体育館にも、部室にも、どこにもいなかった。どうやらとっくに帰ってしまったらしい。しょうがないので、とぼとぼと帰宅する。
「あ、ちょっとよってかない?」
駅の近く、堀北中央公園の前で、恵梨香が言った。いつも奈々が早朝練習をしている場所だ。特に反対する理由も無いので、みんなで中に入る。そして、バスケット場に向かうと。
「あ、いたいた。おーい。せんぱーい」恵梨香が駆けていく。見ると、水嶋先輩が、ゴールに向かってシュートを打っていた。
先輩は恵梨香の顔を見て一瞬イヤそうな顔をしたけど、奈々の顔を見ると、いつものさわやかな笑顔を向けてくれた。あたしたちも駆けていく。
「先輩、ここで練習してたんですね」と、恵梨香。
「うん。学校は、ちょっと集中できなくてね」先輩はリストバンドで汗を拭った。奈々とおそろいのヤツだ。
「でも、会えて良かった。あたし、先輩に大事な話があったんです。でも、ここじゃアレなんで、学校の校庭の樹の下へ……ぐえっ」
あたしは恵梨香の襟をつかみ、ずるずると引きずる。「あたしたち、あっちに行ってるんで、練習、頑張ってくださいね」そして、奈々にぱちっとウィンクし、その場を離れた。
「何すんのよ。せっかくチャンスだったのに。あーあ。このままだと、先輩を奈々に取られちゃうな」繁みの陰から様子をうかがう恵梨香。言葉とは逆に、顔は奈々を心配している。
あたしは、フフ、っと笑い。「ありがとうね、恵梨香」
「へ? 何が?」
「水嶋先輩と奈々のこと。みんな、恵梨香のおかげだよ」
「あたしのおかげ? 何言ってんの?」とぼける恵梨香。
でも、あたしには判っている。もちろん、奈々も。
あたしたちが先輩と接点を持っていられるのは、全て、恵梨香のおかげだ。恵梨香がいなければ、この2年間、先輩と奈々はひと言も言葉を交わすことは無かったかもしれない。
そして、あの奥手の奈々が先輩と話したり、プレゼントを送ったりできるのも、恵梨香のおかげだ。恵梨香が果敢に何度もアタックしては撃沈してくれるおかげで、勇気が沸いてくるのだ。
「……何言ってんのよ。あたしは純粋に、先輩を想っているのよ」顔を赤くする恵梨香。ふふ。あたしも奈々も、良い友達を持ったな。
2人でしばらく物陰から様子をうかがう。やがて、話を終えた奈々は、こっちにやって来た。顔は、すごく晴れやかだった。あの顔はもしや!? 期待が膨らむ。
「どうだった? 告白、成功?」恵梨香が駆けて行く。
しかし。
「ううん。告白なんて、してないよ」奈々は平然と言った。
「はぁ? 何でよ? せっかくのチャンスなのに?」
「だって、しょうがないでしょ。先輩はバスケのことで頭がいっぱいなの。告白なんかして、先輩に余計な迷惑かけたくないもん」
「迷惑って、そんなこと考えてたら恋なんかできないでしょうが。今からでも遅くないわ。もう1度アタックよ!」
「いいの。さ、邪魔しないで、帰るよ」
特攻しそうな恵梨香を連れて公園を出る奈々。
「でも、告白できなかったわりには、なんかスッキリしてるよね」あたしは奈々に言った。
「うん。これ、貰ったから」
と、奈々が見せてくれたのは、学生服のボタンだった。
「そ……それはまさか、ウワサに聞く第2ボタン!」恵梨香が叫ぶ。
「そうよ。いいでしょ」ぎゅっと握りしめ、嬉しそうな奈々。スキップすらしている。
その姿を見つめ、あたしと恵梨香は、にっこりと笑った。
まあ、告白できなかったのは残念だけど、それも、しょうがないだろう。これで終わりってわけじゃない。いつか先輩が全国制覇の夢をかなえたとき、そのときに――。
頑張れ! 奈々! うん。
(作者オリジナル)