その日、女優を目指して上京した梓が、久々に帰って来たので、あたしたちは明奈のアパートに集まった。3人でおかしなDVDを見たり、おしゃべりしたりで、夜中までわいわいと騒ぐ。
「――でも、女優って大変そうだよね? 普段はどんなことやってるの?」あたしは梓に訊く。
「んー。まあ、バイトが主かな」梓は笑って言った。「まだ小さな劇団に属しているだけだからね。とてもそれだけで食べていけないの。だから、普段は居酒屋で働いてる。公演が近くなったら稽古するって感じかな。まあ、あたしの役なんて、ほとんど学芸会の木とか風とかのレベルだけど」
「あは。そうなんだ。でも、頑張ってるんだね。今度、見てみたいな。梓のお芝居」
「うん。東京来ることがあったら、絶対見に来てよね。チケット、いっぱい余ってるから」
「ん。約束」
「結衣と明奈はどうなの? 学校は」
「うーん……どうかな? 中学や高校とあんまり変わらないかも? 行って、適当に授業聞いて、みんなでおしゃべりしてって感じ。明奈も同じじゃない?」あたしは明奈を見る。
「失敬な。あたしはそんな非生産的な生活は送ってないわよ」明奈、口を尖らせる。でも、すぐに笑い。「と、言いたいところだけど、まあ、同じようなものかな」
「あ、でも、学校終わった後はバイトしてるんでしょ? 1人暮らしだし、あたしよりは立派だよ」
「そりゃそうでしょ。親元でぬくぬくしてる結衣と一緒にしないで」
「そりゃあ悪うございました」
あたしがそう言うと、2人とも笑った。あたしもつられて笑う。懐かしい感じだ。中学時代を思い出す。いっつも、こんな感じで、みんなで笑いあってたよね。勉強なんてほとんどしなかった。学校に行くのは、みんなに会いたかったから。ああ。奈々がいないのが残念だな。今度、また4人で会いたいよね。
「あ、そうだ。みんなに見せたいものがあったんだ」明奈、突然そう言うと、ケータイを取り出した。
「何、また、変なもんじゃないでしょうね」あたしは警戒心をあらわにする。変なものは、さっきDVDでもうたくさんだった。
「違うよ。すごいの。この前さ、あたし、見ちゃったのよ。UFO」
「UFO!?」
あたしと梓、同時に声を上げる。もちろんカップ焼きそばのことではないだろう。未確認飛行物体というやつだ。
「やっぱ、変なものじゃん」
疑わしそうな目で明奈を見る梓。多分、あたしも同じ目をしているだろう。
「あ、疑ってるでしょ? 絶対本物なんだから。えーと……あった。これだ」
しばらくケータイを操作した明奈、あたしたちに画面を見せる。あたしは梓と一緒にケータイを覗き込んだ。
画面に映っていたのは動画だった。見覚えのある街並み。この近くの風景だろう。急に上を向いた。雲ひとつない青い空が映し出される。その中央。白く、ぼやーっと光る円盤状のものが映っていた。ゆっくりと動いている。カメラはその動きを追う。そして、30秒ほどで消えた。
「1週間くらい前かな? すぐそこの道路で撮影したの。ちょうど、結衣の家の辺りから、中学校の上辺りまで飛んだの。どう? すごいでしょ?」得意満面な顔の明奈。
「どう、と言われても、ねぇ」
あたしと梓、同時に顔を見合わせる。正直、何ともコメントしにくい映像だった。ケータイで撮影した動画なので、画質は決して良くない。加えて明奈、かなり興奮していたのだろう。手ブレがひどく、大画面で長時間だったら酔ってしまいそうな感じだ。
つまりはっきり言えば、何か白いものが映ってたけれど、それがUFOだと言われても、ピンとこない、というところである。
「……あんたらさあ。もっとこう、いいリアクションしてよ。張り合いが無いわねぇ」不満を漏らす明奈。
「そう言われてもねぇ。これじゃ、ちょっと」と、梓。
「だね。これを奈々が撮ったって言うんだったら、また少し反応は違うんだけど、明奈じゃねぇ。なんか、胡散臭いというか、自作自演ぽいっというか」
「なんてこと言うのよ。あたしが作った動画だって言うの?」
「その可能性を否定する根拠は、今のところ無いってこと」あたしはどこかの探偵みたいなセリフを言う。
「フン。何とでも言いなさい。あんたらに見せたのが間違いだったわ」明奈、拗ねてケータイを奪い取る。「これ、今度ネットで公開しようと思うの。きっと、世界がひっくり返るわよ」
世界がねぇ。とてもそうは思えないけど、どうせ止めてもムダだろう。明奈、昔からこういうのが大好きだったからな。そう言えば中学生のときも、UFOがどうとか騒いでいたような気がする。あの頃から、全然進歩してないような。ま、それがこの娘の魅力でもあるんだけど。
それからまたくだらないことを話して大いに盛り上がり、気がつくと、外はうっすらと明るくなっていた。徹夜でおしゃべりコース。そのまま帰るのは大変だったので、みんなでお昼まで仮眠をとり、起きてからまたおしゃべり。夕方までだらだらと過ごし、ようやく解散となる。明奈に一応お邪魔でしたと告げ、梓と一緒に部屋を出た。
「梓、いつまでこっちにいるの?」アパートを出たところで訊く。
「明日のお昼には帰るよ。明後日から、またバイトだし」
「そっか。じゃあ、見送りに行くね」
「ホント? ありがと」
「ん。じゃね」
そう言って、別れようとしたとき。
道の向こう。電柱のそばに、黒い車が停められているのに気付いた。そのそばに、これまた黒い男が2人、立っている。黒いスーツに黒い靴、黒い帽子。黒いサングラスに黒いネクタイ。シャツこそ白だけど、それがかえって他の黒さを際立たせている。夜になったら、存在が消えてしまうんじゃないだろうか。そんな男たちだった。
2人の男は、じっと、こちらを見ていた。
「あれ、何だろう」梓が不安げに言う。
「さあ……」
「なんか、変な人なのかな。どうしよう。あたし、帰り道あっちなのに」
「うーん。まあ、何でもないと思うよ。多分、電線工事の人とか、消火栓点検の人とかじゃないかな?」
「だといいんだけど……」
と、梓の不安は消えないようなので。
「いいよ。送ってあげる」あたしはそう言ってあげた。
「へ? いいの? 結衣、遠回りになっちゃうよ」
「いいのいいの。もうちょっと、梓と話してたいし」
「そう? じゃあ、お願いしようかな」
そして、2人で歩く。大丈夫だろう、とは言ったけど、やっぱりその人たちの前を通ると、少し緊張する。その黒い男の人は、じっと、あたしたちを見つめていた。いや、サングラスだから、視線までは判らない。見つめられてる気がするだけで、全然別のものを見ているのかもしれない。そう心の中で言い聞かせても、不安は消えない。いきなり車の中に押し込められるんじゃないか。そんな想像をしてしまう。
でも、結局何事も無く、あたしたちは黒い男たちの前を通り過ぎた。ほ。やっぱり、何でも無かったな。考えすぎだった。
でも。
振り返ったとき、その黒い男たちの視線は、明奈の部屋に注がれていた。
不安は消えないけれど、どうすることもできなかった。とりあえずあたしは明奈に電話し、部屋の外に変な人がいるから、何でも無いとは思うけど、一応気をつけてね、と注意をし、その場を後にした。
で、1週間後。
あれから特に何ごとも無く、黒い服の男たちのことなんてすっかり忘れたあたしは、その日、ヒマだったので明奈のアパートに遊びに行った。
「あんた、あたしの部屋が汚いだのごみ溜めだの言うわりには、結構遊びに来るよね」部屋に入るなり明奈が言う。確かにそうだな。
「いいじゃん別に。あんただって、よくあたしの家のパソコン使いに来るじゃない」
あたしはそう言ってやる。明奈は情報処理系の専門学校に通っているけど、パソコンを持っていない。1人暮らしでお金が無いそうなのだ。なので、レポートを書いたり、調べ物があるときは、あたしのパソコンを使いに来るのだ。
「ふふん。もうそんなことはないわよ」明奈がほくそ笑んだ。
「何、どういうこと?」
あたしが訊くと、明奈は。
「これを見なさい!」
そう言って、部屋の中を指差した。相変わらず散らかり放題の汚い部屋がそこにはあった。しかし、部屋の中央。テーブルの上に、見慣れないもの発見。眩しく光り輝くそれは、なんと、ノートパソコンだった。
「え? 明奈、パソコン買ったんだ?」驚くあたし。
「ふっふっふ。そうよ。しかも、結衣のとこの安売りパソコンとはわけが違うの。最新OS。高スペックのCPUにメモリ、大容量のハードディスク、そしてもちろん、最新のグラフィックボードもついてるわ! 最新機能も多数搭載した、超ハイエンドモデルよ!!」
水戸黄門の印籠のよろしくパソコンを見せる明奈。あたし、パソコンに関しては疎いけど、それでもそのすごさはなんとなく判る。あたしの使ってるパソコンは数年前に買ったもので、しかも電器店で1番安いセールス品だった。10万円以下のものを、さらにプロパイダ同時契約の値引きを利用して買ったのだ。あのとき一応、高性能のパソコンも見たけど、20万とか30万とかしたはずだ。性能はよく判らないけれど、値段だけですごいのが判る。
「でも、よくこんなの買えたね。明奈、お金無いって、いつも言ってるのに」
「うん? ま、それは、あれよ」急に口ごもる明奈。「そうそう。この前パチンコしたらさ、大勝ちしちゃって。ビギナーズラックってやつ?」
「へえ。明奈、パチンコしたんだ。ギャンブルは嫌いだって言ってなかったっけ?」
「えへへ。こうなると、ギャンブルも捨てたもんじゃないな、なんて思ったり」
「ふーん。まあ、調子に乗ると痛い目を見るから、気をつけなよ」
「うん。判ってるって」
「じゃあ、ちょっとさわっていい?」
「いいけど、壊さないでよ?」
「よく言うよ。あんたは今まで、さんざんあたしのパソコン壊しかけたでしょ?」
「へ? そんなことあったっけ?」とぼける明奈。
「あったわよ」きっぱりと言う。ついこの間、怪しげなファイルをダウンロードしようとして、ウィルスに感染しかけたのを忘れたとは言わせない。
ま、いいや。あたしは明奈の最新パソコンの前に座り、ぽちっとスイッチを入れる。
……うお。すごい。パソコンに疎いあたしでも、あたしの家のやつとの違いが判る。何がすごいって、一瞬で起動した。あたしのパソコンは、電源を入れてから実際操作できるようになるまで、なんだかんだで3分くらいかかるのに。
その後、適当にインターネットを巡り、ページの表示されるスピートの速さにまた驚く。
「ネットなんて見ても大して違わないと思うけど? それより、せっかくなんだから、結衣のパソコンじゃできないゲームとかやれば?」明奈が言う。
「うーん。あたし、そういうのよく判らないからなぁ。そうだ。明奈がこの前言ってた動画、見せてよ」
動画。あの、例の怪しいUFO映像のことだ。確か、ネット上にアップするって言ってた。この前見たのはケータイの画面だから、小さくてよく判らなかった。パソコンの大画面なら、少しはそれらしく見えるかもしれない。
と、明奈、その瞬間。
「へ!? な……何のこと?」
ぎくっ、という擬音がつきそうな感じで、急にうろたえた。
「何って、この前梓が帰って来たときに、見せてくれたじゃない。怪しいUFOの映像。ネットにアップしたんじゃないの?」
「えー? そんなことあったかなぁ? 覚えてないや」わざとらしい口調で言う明奈。「それよりさ、これ! すごいでしょ? 最新ゲームだよ? 結衣のパソコンじゃ、逆立ちしたって動かないよ」
そう言って明奈は、最新グラフィックの綺麗なゲームを起動する。そのゲームは確かにすごかったけど、なんか明奈の態度、変だったな。この前はあのUFO映像のことで超盛り上がってたのに。
とは言え、明奈が覚えてないと言う以上、あたしとしてはどうしようもないので、その日はパソコンで遊びつつ適当におしゃべりをし、8時ごろ家に帰った。
で、また別の日。
大学が終わり、しばらく理名と亜美とファミレスでおしゃべりをする。普段だったら日付けが変わる頃までおしゃべりするんだけど、今日は8時過ぎに切り上げる。だって今日は月曜日。9時から、話題のドラマ「不機嫌で危険なスローエンジン」の放送があるのだ。これを見逃すわけにはいかない。あたしはダッシュで家に帰り、リビングへ。8時57分。ふう。ぎりぎりセーフだ。ぽちっとテレビの電源を入れる。しばらくCMが流れ、やがて9時。いよいよ始まるぞ。先週は、世界的に有名なレースドライバーの主人公が、契約トラブルでクビになり、自動車教習所の教官になったんだけど、そこで、昔付き合ってた生物大学の大学院生と再会。恋に落ちたところで、突然田舎からトラブルメーカーなお姉さんが引っ越してきて、大騒ぎになったんだ。今日は主人公が務める教習所の所長の娘さんが主人公に一目惚れし、それでまたひと騒動あるみたい。さて、どうなることやら。わくわく。
物語は進み、10分ほどして、その娘が登場。
その姿を見て。
…………。
ええぇぇ!? 思わず声を上げるあたし。
現れた娘役の人、なんと、梓だったのだ!!
確かに梓、東京で女優を目指して修行中だけど、でもこの前、小さな劇団の、木とか風の役をやるのがやっとだ、とか言ってなかったっけ? それがなんでテレビに出てるの? それも、月9ドラマだよ?
食い入るように画面を見る。似てるけど、別の人かも? と思ったけど、やはりそれはどう見ても梓だった。他のベテラン俳優に比べると、決して演技がうまいとは言えなかったけど、それでも一生懸命演じているのは伝わってくる。
やがてドラマが終わり、エンドロールが流れる。そこに出た名前も、間違いなく梓だった。あたしは、慌てて梓に電話した。
「うん。そうなのよ。ダメもとでオーディション受けたんだけど、それにあたしが合格しちゃって。ホント、ラッキーだったな」
電話の向こうで、梓は嬉しそうにそう言った。
「すごいよね! だって、月9だよ? キム兄や妻武器と共演だよ? それも準ヒロインじゃん! うわー。サイン貰っとくんだった」興奮を抑えられないあたし。
「そんな、大げさだよ。今、月9はそんな人気でもないんだから」
「そんなことないって!! ホント、梓は我が中学の誇りだよ!!」
「また、そんな。でも、ホント運が良かったよ」
「だね。そう言えば、明奈も運が良かったって言ってたよ」
「ん? 何?」
「なんか、パチンコで大当たりしたみたいだよ。ウン十万もする高性能パソコン買って、さんざん自慢されたよ」
「へぇ……」
と、このとき、なぜか梓のテンションが下がったような気がした。でも、気のせいかな、と思い、話を続ける。「でも、明奈、ちょっと変だったんだよね。ほら、この前梓が帰って来たとき、ケータイでUFOの動画、見たじゃない? あれ、明奈知らないって言うのよ。どう思う?」
すると梓は。
「えーっと。何だっけ、それ?」
とぼけたような口調。
「へ? 何言ってんの? 明奈が興奮して見せてくれたじゃない。UFOの映像。ネットにアップするって」
「んー。そうだったかな? 覚えてないや。ゴメン結衣。あたし、今撮影中なんだ。監督が呼んでるから、もう切るね」
「え? あ、うん」
と、まともに返事する間もなく、電話は切れてしまった。忙しいときに電話しちゃったかな? だったらちょっと悪いことしたけど、でも、なんだか変だったな。梓も明奈も。なんだって2人とも、あのUFOの話になると、はぐらかすんだろう?
そして、何十万もする高級パソコン。突然の月9ドラマへの抜擢。
…………。
ピンポーン。チャイムが鳴った。誰だ? こんな時間に。あたしは玄関に向かい、ドアを開けた。
そこには――。
「宮崎結衣さん、ですね」
黒いスーツ、黒い靴、黒い帽子、黒いサングラス、黒いネクタイ、それらをひときわ引き立たせる真っ白なシャツ。以前明奈のアパートの前にいた、黒い服の男が2人、立っていた。道には、例の黒塗りの車。
…………。
明奈にパソコン、梓に月9ドラマ。UFOの映像。
そして、黒い服の男。
何故だろう? そのときあたしは。
――そう言えばあたし、新しい車が欲しかったんだよなぁ。
そんなことを考えていた。
(都市伝説「メン・イン・ブラック」より)