大学の講義終了後、あたしと理名と亜美の3人は、近くのハンバーガーショップへ行った。学校が終わった後、みんなの用事が無い日、ここでおしゃべりするのは、もはや恒例行事である。
お店に入り、あたしはエビバーガーとポテトとコーヒーのセット、理名はベーコンレタスバーガーとサラダとコーラのセット、亜美はチーズバーガーとサラダとミルクティーのセットを注文した。
「……って、理名、コーラ飲むの?」席に着きながら理名に言うあたし。
「そうだけど、いけない?」
「いや、いけないってことはないけど。なんとなく、理名のイメージじゃないと思って」
「あたしだってコーラくらい飲むわよ。別にいいでしょ?」
「そりゃそうだけど」あたしは、少し意地悪な顔をする。「大丈夫? 骨が溶けちゃうかもよ?」
コーラを飲むと骨が溶ける。昔からよく言われていることだ。あたしも子供の頃はよくコーラを飲んでいたけど、この話を聞いて以来、あまり飲まなくなった。
「そんな非科学的なこと、あるわけないでしょ」理名、バッサリとあたしの話を斬る。「コーラの成分表を見てみなさいよ。骨を溶かすような物質が書いてある?」
むう。そう言われると返す言葉も無い。理系が弱いあたしは、何が骨を溶かすのかとか、よく判らない。
「そうだね。コーラが骨を溶かすっていうのは、ありえないわね」亜美も理名に同意する。「懐かしいわ。子供の頃、魚の骨をコーラにつけて、実験したのよね。3ヶ月つけたけど、全く溶けなかったわ」
3ヶ月って……亜美、子供のころからそんな実験してたんだ。やっぱり天才は違うな。
「人のこと心配するより、自分のこと心配した方がいいんじゃないの?」今度は理名が意地悪な顔になった。「そのポテト。食べるとがんになっちゃうわよ?」
「はあ? またまたぁ。そんな話、聞いたことないよ」笑い飛ばし、ポテトを1本パクリ。
「それ、ホントよ」亜美が肯定した。「この前、スウェーデンの国立食品局が発表したの。炭水化物を多く含む食品を焼いたり油で揚げたりすると、発がん性物質のアクリルアミドが高濃度で検出されるって。WHOが飲料水の許容範囲としている濃度の100倍よ」
……マジか、おい。手が止まるあたし。それで、2人ともポテトを頼まなかったのか?
「あーあ。結衣の命も長くないね。ご愁傷さま」理名が手を合わせた。
「そんなぁ。あたし、死にたくないよ。これ、食べて」泣きそうになるあたし。
「あはは。冗談だって」亜美と理名が笑う。「まあ、そういう研究結果が発表されたのは本当だけど、それはあくまでもマウスに対してよ。人体に与える影響に関しては、まだ証明されていないわ」
そうなんだ。良かった。このポテト、無駄にならずに済んだ。安心し、パクリともう1つ食べる。
「あ、でも、あくまでも証明されてないだけだからね。普通に考えれば、マウスでそういう結果が出たのなら、人間でも同じ結果が出ると思うけど」
亜美の言葉にまた手が止まる。
「……いいもん。おいしいものを食べて死ぬのなら、本望だもん」
あたしはやけになってポテトを食べた。
「ま、それも1つの真理かもね」理名がそう言って、あたしのポテトをとって食べた。
「そう言えばさ」亜美もあたしのポテトを取る。「子供の頃、落書きを消すのに、ポテトチップスを使ってたよね」
当たり前のように言った亜美の言葉に、あたしと理名、目が点になる。
「……あれ? あたしだけ?」
「……多分、そうじゃないかな」と、理名。
「だね。あたしもいろんな怪しいウワサを聞いたけど、それは初めてかな」あたしも頷く。
「いや、ホントなんだって。フローリングとかに付いた油性ペンの汚れは、ポテチでこすると消えるのよ」
そうなのだろうか? 仮に落ちたとしても、今度はポテチで汚れるだろうから、あんまり意味が無いような。
などと、くだらない話で大いに盛り上がるあたしたち。気が付くと、もう8時前だった。またこのまま日付が変わる頃まで居座り続けることになるんだろうな、と思いかけたとき。
「あ、しまった。先生にレポート渡さないといけないんだった」あたし、不意に思い出す。うっかり忘れるところだった。今日提出しないと、ヘタすりゃ留年だ。
「こらこら。そんな重要なこと、忘れるんじゃないよ」呆れる理名。
「この時間ならまだ先生学校にいると思うから、今から持って行けば?」と、亜美。
「そうする。ゴメンね。すぐ戻るから、待ってて」
あたしはかばんを持ち、外に出た。
ハンバーガーショップから大学までは、公園を通るのが近道だ。滑り台やブランコなどの定番の遊具がいくつか置かれてあるだけの小さな公園。昼間は近所の子供たちや主婦たちでにぎわうけど、さすがにこの時間は誰もいない。小さな電灯が公園内をぼんやりと照らす。なんだか不気味だ。うーん。理名と亜美についてきてもらった方が良かったかな。いやいや。まだ8時前。公園の外は人通りも多いし、別に大丈夫でしょ。あたしは意を決し、公園を駆け抜けようとした。
と、滑り台の横を通ったとき。
ビクッ! あたし、思わず心臓が止まりそうになった。砂場で、黒い塊がもぞもぞと動いていたのだ。
思わず逃げ出しそうになったけど、よく見ると、それは人だった。なんだ。ビックリさせないでよ。と、思ったのも一瞬。こんな時間に、砂場で何してるんだろう? 遊んでる……ようには見えなかった。時間が時間だし、それにその人、顔はよく見えないけど、どうやらお婆さんのようだ。しゃがみ込み、砂をかき分けている。なんとなくその場を去りがたい雰囲気だ。
「あの、お婆さん、どうかしましたか?」あたしは声をかけた。
「――探し物をしています」お婆さんは、こちらを見ることもなく、小さな声で答えた。
探し物……お孫さんがお昼に砂場で遊んで、おもちゃでも忘れたのかな? お婆さん、一生懸命探している。うーん。急いでるんだけど、これは仕方がない。
「あたし、一緒に探します」そう言って、砂場にしゃがみ込んだ。
「ありがとうございます……」
お婆さんは、相変わらず小さい声でお礼を言った。でも、やっぱりこちらを見ようとはしなかった。
「それで、何を探しているんですか?」
あたしが訊くと、お婆さんは。
「――右目です」
呟くように言った。
…………。
……は?
今、右目、って言った?
右目って、右の目だよね? それ以外ないよね? でも、それって落とすようなものかな? それともあたし、聞き間違えたのかな?
…………。
考えてみたけれど、右目と聞き間違うような言葉は思いつかない。どういうことなのか訊いてみようか、とも思ったけれど、なんだかそれもためらわれた。お婆さんは、必死で砂をかき分けている。それ以上声をかけづらい雰囲気だ。
……そっか。多分、コンタクトレンズのことだ。それを比喩的に、右目と言ったのだろう。
そう自分に言い聞かせ、納得させる。しかし、この砂場からコンタクトレンズを探すのなんて、すごく大変だろうな。自分から手伝うと言った手前、やらないわけにはいかないけど。あたしは砂場にしゃがみ込み、一緒にコンタクトレンズを探した。
しばらく探したけど、当然のごとく見つからない。砂場はそんなに広くはないけれど、さすがにコンタクトレンズ1枚を見つけるのはムリじゃないかな。しかも今は夜。明かりは心細い公園の電灯だけ。
「これは、ちょっと見つけるのは難しそうですね」
なるべくさりげない口調で言う。はっきり言えば、「そろそろやめませんか?」という意味を含ませたのだ。あたしが探したのはほんの5分ほどだけど、それでも、この砂場からコンタクトレンズを1枚見つけ出すのは、ほとんど不可能なのは判る。お婆さんが砂をかき分けているので、砂の中にもぐってしまった可能性が高いのだ。諦めるのが賢明のように思う。
「……あれがないと、困るのです」
お婆さんはそう答えた。やめる気配はない。はあ。あたしはお婆さんに聞こえないようにため息をつき、もう1度探し始めた。
でも、やはり見つからない。
「見つかりませんね。諦めて、新しいものを買った方がいいかもしれませんよ」
今度はさっきよりも判り易く、やめようという意思を表してみた。
すると。
それまでせわしなく動いていたお婆さんの動きが、ピタリと止まった。
「そうですね……見つからなかったときは……新しいのを……」
ゆっくりとこっちを見た。
――――!
息を飲む。
老婆の右目の部分は、空ろだった。
ぽっかりと穴が開いていたのだ。そこには、闇しか存在していない。
あたしは、存在しない右目を凝視する。まるで吸い込まれてしまいそうな、そんな錯覚を覚える。
老婆が不気味な笑みを浮かべた。それが何を意味するのかは判らない。
あたしは目を逸らし、そして、砂をかき分けた。
右目を探さないといけない。本能が、そう告げた。必死で砂をかき分け、探す。
老婆はすでに探すのをやめていた。じっと、左目だけであたしを見ている。笑っている。
このまま見つからないと、どうなるのだろう? 新しいのを……。老婆はそう言った。新しい、何だろう? なんで探すのをやめたのだろう? なんであたしの方を見ているのだろう? 判らない。いや……考えたくない。とにかく見つけなきゃ。必死で砂をかき分ける。憑かれたように探す。
そして。
かき分けた砂から、視線を感じた。
見ると、砂の間に目玉があった。ギロリ、と、こちらを睨んでいた。不気味さは感じなかった。それ以上に、見つかって良かった、という、安心感があった。あたしはその目玉を拾う。内臓に触れたような不快な柔らかさ。でも、今は気にならない。
「見つかりました、右目……」渡した。
老婆は目玉を受け取る。
何故だろう。その顔に、無念そうな色が浮かぶ。
目玉を受け取った老婆は。
「…………っ」
舌打ちをした――ような気がした。
そして、老婆は砂場を後にし、そのまま公園の闇に消えた。
しばらくその場に呆然と立ち尽くすあたし。やがて我に帰り、逃げるように公園を後にした。
後から考えると。
あの目は多分、義眼だったのだ。そう思う。
今でも、あの目玉の感触を忘れることはできない。ぶにゃり、とした感触。力を入れると、簡単に潰れてしまいそうな柔らかさ。とても作りものとは思えなかったけど、もちろんあたしは、義眼なんて見たことも触ったこともない。だから、本来義眼はああいうものなのかもしれない。そう考えるのが普通だし、それ以外には考えられない。
でも。
思い出すのは、目を受け取ったときの、あの老婆の舌打ち。
もし、あたしがあの目を見つけることができなかったら、一体どうなっていたのだろう?
…………。
もう終わったことだ。あたしは、それ以上は考えないことにした。
(都市伝説「小指を探す老婆」より)