隣の由希さんの姿を見なくなって1ヶ月が過ぎたある日、あたしは、由希さんの旦那さんの英一さんに、相談したいことがある、と言われ、再び沢村家にやってきた。前回の由希さんとのことがあったので、あんまり気が進まなかったけど、でも、由希さんのことが気になったので、結局また来てしまった。
「……やあ、よく来てくれたね。さあ、あがって」
玄関で出迎えてくれた英一さん。死人みたいに青い顔をしている。
……ああ、やっぱり来るんじゃなかった。あたし、英一さんの姿を見て、すぐに後悔した。でも、もう遅い。英一さんはあたしの腕を取り、半ば強引に家の中に入れた。
「今、お茶を入れるから……」
リビングのソファに座ったあたしの前に、あのときと同じティーポットとカップが運ばれてくる。英一さん、慣れない手つきで紅茶を注ぐ。時々、肩を回しながら。
「……最近、なんだか肩がこってね」
「はあ……」
そりゃ、肩もこるわよね、こんな状態じゃ……なんて言う訳にもいかず、あたし、曖昧な返事をするだけ。英一さん、カップに紅茶をそそぎ終わると、あたしの前に置いた。でもあたし、その紅茶を飲む気にはなれなかった。英一さんには悪いけど。
「話というのは、由希のことなんだが……」
ああ、始まってしまった。あたし、この先の展開は、大体想像がつく。あの日の由希さんと同じ、あたしのついていけない話をするに違いない。
「由希から聞いてるよね? 高志の話」
「……はい」
「そうか。俺もあの日、聞いたんだ。由希が高志を殺したって話。俺、知らなかったんだ。高志は事故で死んだと、ずっと思ってた。由希が殺したなんて、思いもしなかった。確かに、高志は誠と比べて……何というか……見た目はかわいい子じゃなかった。けど、それでも俺の子なんだ。愛していた。由希も愛していると思ってたのに! それが……それが! 自分の子供を殺すなんて! あんな……あんな身勝手な理由で我が子に手をかけるなんて! だから俺、かっとなって、そばにあった花びんで、由希の頭を――」
……やっぱり、こういう展開になると思った。だからそんな話はあたしにするんじゃなくて、警察にしろって言うの。帰りたい。
「由希はぐったりして、ピクリとも動かなかった。殺す気はなかったけど、死んだものは仕方ない。俺は後悔なんかしていない。アイツは俺の息子を殺したんだ。死んで当然だ。俺には殺す権利がある。俺は由希の死体を車のトランクに詰め、それで、夜中に隣街の山奥に運んで、埋めたんだ。かなり掘って、埋めた。俺はそのまま帰って、その日は寝たんだ」
ああ、もう。何でこの家の人は、こうも簡単に人を殺せるわけ? そりゃ由希さん、ヒドイ人だと思うわよ。なんたって、醜いって理由で、5歳の高志君を池に突き落としたんだから。でも、だからって死んでいいとは思わない。英一さんに殺す権利があるなんて思わない。絶対に。
英一さんの話は続く。「誰にも見られなかったけど、ひとつだけ気がかりなことがあったんだ。誠のことだ。だってそうだろう? 母親がいなければ、子供は心配するに決まってる。1日や2日なら、旅行に行ったとかなんとかでごまかせるが、由希は、もう2度と帰って来ないんだ。誠になんて言えばいいのか判らなかった。『お母さんはどこ?』と聞かれるのが怖かった。だが……」
英一さん、紅茶を一気に飲み干す。
「誠は何も聞かなかった。1日経っても、2日経っても、1週間経っても、何も聞かないんだ。母親がいないのが、全然気になっていないみたいに。だから俺は、どうしても我慢できなくて、誠に聞いた。『誠、母さんのことで、何か聞きたいことはないのか?』ってね。そうしたら、あいつは言ったんだ――」
「『うーん、別にないけど、1つだけ。お父さん、どうしていつも、お母さんをおんぶしてるの』って――」
英一さんは頭をかきむしりながらそう言った。でもあたし、あんまり驚かない。だって、あたしにも見えてるから。由希さんの姿。こう見えてもあたし、結構霊感強いから。ずっと見えてる。英一さんの背中に、いるのよ。由希さん。頭から血を流して、うっすら笑って、さっきからずっと、こっちを見てるの。
その後、英一さんは警察に自首した。誠君はその後、親戚中をたらい回しにされ、最後にはどこかの施設に入れられたらしい。
(都市伝説「どうして背負ってるの?」より)