早朝。あたしは久しぶりに奈々の朝連に付き合い、まだ薄暗い堀北中央公園にやって来た。
「左手は添えるだけ……えい」
ゴールから少し離れた場所からジャンプシュートを打つ奈々。がん。リングに弾かれたボールは、あらぬ方向へ。
「あん。おしい」走ってボールを拾いに行く。
早いもので、あたしたちが西高に入学して、もう2年半が経った。超運動音痴だった奈々も、バスケ部に入部してからはめきめきと上達し、今ではそれなりにうまくなっている。まあ、あくまでもそれなりで、せいぜい人並レベルかそれ以下。地方予選ベスト4の堀北西女子バスケ部の中では問題外で、結局1度も試合には出場していない。ほとんどマネージャー同然だったようだ。それでもずっと続けてきたのだから、立派だと思う。
でも、先月のインターハイ予選での敗退で、それも終わった。3年生はこれで引退。結局女子バスケ部は全国には行けなかったけれど、みんな、よく頑張ったと思う。
「で、どうするの? 進学先は決めたの?」奈々に訊く。
「うーん……それなんだよねぇ」ボールを拾い、ドリブルしながら戻ってくる奈々。表情は暗い。
奈々は、まだ進路を決めかねていた。バスケを続けるために隣の県のK大学を目指すか、バスケはやめて、無難に堀北大学を目指すかで、ずっと悩んでいる。
K大学は、去年卒業した水嶋先輩が在籍している大学だ。バスケでは全国的に名が知られていて、奈々のバスケレベルで入れるような大学ではない。まあ、K大もバスケがすべてではないけれど、スポーツでの推薦が無いと、あたしたちの高校のレベルで合格するのは難しい。
堀北大学は、その名の通り、この堀北にある大学だ。あたしの進学希望先でもある。あたしがここを選んだ特別な理由というのは無い。近いし、あたしの学力でも十分に合格が可能な大学だからだ。当然、あたしより成績の良い奈々なら、もっと簡単に合格できるだろう。確認はしてないけど、多分バスケのサークルもあると思う。堀北大でもバスケを続けることはできるだろう。でも、奈々にとっては、バスケを続けるならK大でないと意味が無いのかもしれない。
ちなみに恵梨香は、自衛隊に入隊するとか、ワケの判らないことを言っている。多分、先のことは何も決めてないのだろう。
「早く決めないと、先生も両親も、心配するよ?」
「そうだよねぇ……」悩む奈々。
そんな姿を見ていると
――一緒に、堀北大学に行こうよ。
その言葉が出そうになる。
でもあたしは、それを飲み込む。
あたしと奈々は幼馴染で、家も近く、幼稚園からずっと一緒だった。別々の学校に行くなんて、考えてもみなかった。奈々がK大に行きたがってるなんて、思いもしなかった。
できれば、一緒にいたい。これからもずっと。
あたしのそばに、ずっといてほしい。
せめて、学校は別でも、会いたいときにいつでも会える、そんな仲でいたい。
判っている。それは、あたしのわがままだ。
奈々は優しい娘だ。もしあたしが「一緒に堀北大に行こうよ」と言えば、笑顔で、「うん」と応えてくれるだろう。
でも、それじゃダメなんだ。
奈々には、奈々のやりたいことがあるのだ。
ただなんとなく堀北大への進学を決めたあたしが、それを邪魔するなんてできない。
だからあたしは、奈々に相談されても何も言えない。言ってはいけないと思うから。
「どうする? さとるくんにでも相談してみる?」冗談ぽく言う。
「あはは。そんなのもあったね」笑う奈々。
さとるくん。中学の頃話題になったウワサだ。10円玉で自分のケータイに電話をかけ、繋がったら「さとるくん、おいでください」とか何とか呪文を唱える。すると24時間以内にさとるくんから電話がかかって来て、何でも質問に答えてくれるというのだ。
「あと、こっくりさんとか、エンジェル様とか。あ、最近では、怪人アンサーってのもいるらしいよ?」
「へえ。色々あるね」
懐かしいな。明奈がいたころはこんな話ばっかりだったけど、別の高校になり、あまり話さなくなったな。
何でも質問に答えてくれる不思議な存在。本当にそういうものがあれば、どれだけ助かるだろうか? そう思う。どんな悩みでも解決してくれるはず。
でも、実際にそんなものはいない。当時、明奈たちと一緒に試してみたけれど、さとるくんからの電話なんてかかって来なかった。こっくりさんやエンジェル様も同じだ。
結局、何でも質問に答えてくれるなんて、そんな都合のいいものは存在しないのだ。
「よーし」奈々はボールを持ち、ゴールの前の、フリスローラインに立った。「このフリースローが入ったら、あたし、バスケを続けるよ」
「いいの? そんなんで決めちゃって」
こう言っちゃなんだけど、奈々の腕でフリースローが入る可能性は、K大に合格する可能性よりも低いような気がする。
「いいの。バスケを続けるなら、こんなフリースロー、簡単に決めないとね。もし入らなかったら、そのときはすっぱりあきらめるよ」
奈々の瞳には、ゆるぎない決意がみなぎっているように見えた。
2度、ボールをつき。
構えた。
入学以来2年半ほど。ずっと練習してきた成果を、ボールに注ぎ込む。そんな感じ。
そして。
投げた。
ボールは、綺麗な弧を描き、ゴールへと飛ぶ。
――――。
だけど、無情にもリングにはじかれ。
そして、地面に落ちた。
ボールが弾む音が、空しく辺りに響き渡る。
「…………」
「…………」
「……今のは練習。次が本番」奈々は、慌ててボールを拾いに行った。
その姿があまりにも健気で、あたしは思わず吹き出してしまった。
「な……何よ?」恥ずかしそうな顔の奈々。
「続けたいんでしょ? バスケ」
「え……」
「続ければいいじゃん。K大、行きたいんでしょ?」
「――うん」
「だったら、自分の信じた道を進めばいいよ。確かに難しいかもしれないけど、挑戦せずに諦めるなんて、バカげてるでしょ? 納得いくまでとことんやらなきゃ」
「……そうだね」
「そうよ。それに、水嶋先輩のそばにいたいんでしょ?」ちょっとイジワルして言ってみる。
「ば……バカ! そ……そんなんじゃないったら!」
真っ赤になる奈々。握りこぶしを振り上げて追いかけてくる。逃げるあたし。ふふん。あたしより水嶋先輩を選ぶんだから、これくらいのイジワルは許されるだろう。
やがて走りまわって疲れたので、コートの真ん中に座り込むあたしたち。
「――ありがとう、結衣」しんみりした口調の奈々。
「うん」
そして奈々は。
あたしを、ぎゅっと抱きしめた。
「別の大学に行っても、離れて暮らしても、あたしたち、ずっと友達だよね?」
その目には、いつの間にか涙が浮かんでいた。
「もう……当たり前でしょ? バカね……何泣いてるのよ」
「だって……だって……」奈々の言葉は、嗚咽へと変わっていく。
まったく。泣き虫なんだから、奈々は。大げさだよ。まるで一生の別れみたいだ。たかだか隣りの県、しかもまだ半年も先の話で、K大合格するという難問も控えている。今から泣いててどうすんのよ、もう。
でも。
本当に、奈々とは長い付き合いだ。小学校の頃は、いっつも一緒に遊んでいた。逆上がりができない奈々と、放課後一緒に練習した。ケンカした後、突然北乃へ引っ越した奈々に謝るために、電車で何時間もかけ、1人で会いに行った。中学校では、明奈たちと一緒に、旧校舎に肝試しに行った。怖がりの奈々は、いっつもあたしの陰に隠れておびえていたのよね。高校でもずっと一緒だった。入学式の日にバスケ部の水嶋先輩に一目惚れ。運動音痴のくせにバスケ部に入部して、ずっと頑張っていた。
ずっと、あたしのそばにいてくれた奈々。
――――。
いつの間にか。
あたしの目からも、涙が零れ落ちていた。
あれ? おかしいな? あたし、奈々みたいな泣き虫じゃないのに。奈々とは一生の別れじゃないし、隣の県だし、まだ半年も先の話で、しかもまだK大に合格したわけじゃないのにね。
泣く必要なんか、無いのにね。
でも、涙はもう止めることができず。
あたしも奈々を抱きしめ、そして、そのまま2人でずっと泣いていた――。
(作者オリジナル)